魔拳のデイドリーマー

osho

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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ

第590話 終戦とシスターとお説教

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 時は少し遡り……

「……やっぱ苦戦してるわね、さすがのミナト君も……」

「そりゃまあ、当然でしょうね……相手はお義母さん達だもの。普通に強い上にやりづらいだろうし……クローナさんとエレノアさんと戦った後の連戦よ? ダメージや疲労だって残ってる」

「けど、このままいけばなんとかなりそうじゃないですか? ミナトさん、まだいくつも手札キープしたままですし……」

「そうね……170年分の月日に救われてるのもあるけど、基本的にミナトの戦い方って初見殺しもいいとこだからね。知識ゼロからあの突拍子もない魔法やらアイテムやらを見ぬけとか警戒しろってのも無理な話よ。発想が常識も何もかもぶっちぎってるもの」

 シェリーやエルク、ナナやセレナが、コントロールルームのモニターを見ながらそう話していた。

 今回の戦い、相手が相手であるため、中途半端な戦力では返り討ちに遭う。
 そう判断したミナトによって、最初のクローナとエレノアとの戦いから……ミナト以外の人員が全員後方待機になっていた。

 実力不足の懸念もなくはないが、ミナトが彼女達を無力化した後、牢屋などに幽閉するにあたり……その途中に意識を取り戻したりして反撃してこないとも限らない。
 ゆえに、その時にも対処できるよう、護送要員にも戦闘力を求めた結果である。……そこにミナトがつけるとも限らなかったからだ。

 結果として、その懸念は当たっていた。
 
 クローナら2人を倒した直後にリリン達3人が乱入し、ミナトは引き続きその3人との戦いに突入。倒した2人に関しては、一応の拘束を施した上で、転送だけしてエルク達に任せる形になった。

 暴れられることこそなかったものの、魔法やアイテムなしでも彼女達の基礎戦闘力がずぬけていることを考えれば、適切な処置だったと言えるだろう。

 その拘束・幽閉もひとまず無事に済んだところで、今なお続いている、ミナトVSリリン・テーガン・アイリーンの戦いの行方を、固唾をのんでその場にいた全員が見守っていた中。

 突如、サクヤがはっとした様子で振り返り……武器に手をかけて構えた。

「!? 何、どうしたのサクヤ!?」

「エルク殿、お下がりを! 皆さま、武器を構えてください! ばかな……この距離まで接近に気づけないとは……ミナト殿の索敵装置や私の『糸』もすり抜けたのか!?」

 一気に部屋の中に緊張感が走る中……モニタールームの扉が、誰もいないのに開いた。

 驚くエルク達だが、その直後……何も見えなかった空間から、1人の美女が滲み出すように現れたことで、さらに驚くことになる。
 修道服を改造したような戦闘装束を身にまとい、いくつものマジックアイテムを身に着けて武装しているその女性は……彼女達もよく知っている顔だった。

 しかし、今この時……否、この時代においては、残念ながら『敵』というしかない人物である。

「驚かせてごめんなさい。怪しいものでは……ない、なんてことは言えないわね」

 その女性……『女楼蜘蛛』メンバーの1人、テレサは、穏やかそうな笑みを浮かべたまま一歩足を踏み出そうとして……殺気をたぎらせてエルク達の前に立ちはだかったサクヤを見てそれを止める。
 6本すべての手に武器を持ち、金色の目をぎらつかせて完全に臨戦態勢になっている彼女を刺激してはいけない、と思った。

 もっとも、それは『危険だから』という理由によるものではないことは、彼女の実力を知る者達からすれば自明のことではあるが……。

 サクヤと同様に、シェリーやナナ、セレナといった戦える面々も……彼女達にはやや劣るが、クロエやエルクもまた、それぞれの武器に手を伸ばして構えようとして……

「待って! ごめんなさい、驚かせてしまって……私は戦いに来たわけではないの!」

 強い口調ではっきりと、しかし真剣な目つきでそう言ったテレサの言葉に……各々、手を止めた。


 そして、時間は現在に戻る。


 ☆☆☆


「テレサ……あなた、どうやってここに!?」

「クローナに、リリン……2人が2回も強引なやり方でプロテクトを突破したからでしょうね。防御がかなりもろくなっていたの。どうにかすり抜けてここに来ることができたわ……それでもかなり難しい作業だったけどね」

 驚いて尋ねる母さんに、今突然現れたテレサさんは、そう返して答えていた。

 ……そっちを先に修復しとくべきだったか。
 いや、お願いはしてたんだけどね……ネリドラ達に。師匠と母さん達が壊しちゃったプロテクト、直しといてくれって。……間に合わなかったみたいだが。

 けど、まずいことになったな……母さんとアイリーンさんに加え……やっとこさ離脱させたテーガンさんの穴を埋める形で、テレサさんが来ちゃうとは。
 これでまた振り出し……いや、『オーヴァーロード』っていう切り札を見せちゃった以上は、さっきまでよりさらに状況は悪いな。

 けど、まさか言って帰ってくれるわけでもなし……やるしかないか。

 そう決めて呼吸を整え、まずは観察から入ろうとして……

「…………ん?」

 奇妙なことに気づいてしまった。
 あれ? この人……この装備、もしかして……

 恐らく、僕よりも早く気付いていたんだろう……少し前から様子がおかしかったアイリーンさんもまた、同じく戸惑ったような、驚いたような表情になっている。

「でもよかった……テレサが来てくれたんなら心強いわ! まあ、ちょっと前衛後衛のバランスは悪いけど、それでも油断しなければきっと……」

「待てリリン、刺激するな、何も言うな」

「……はい?」

 きょとんとして不思議そうに聞き返す母さんは、どうやら気づいていない様子だ。

 対してアイリーンさんは、ひきつった表情で冷や汗を流し、恐る恐る、といった感じでテレサさんに問いかける。

「おいテレサ……それ、君、一体何のつもりだよ」

「何って……何がかしら?」

「とぼけるな……君のその装備……いや服のことだよ」

 うん、僕もそれ、気になってた。

「それ……マジックアイテムでもなければ、冒険者としての装束ですらない……ただの修道服だろ? しかも、武器やマジックアイテムも何も身に着けてないじゃないか……何でそんな、丸腰同然の状態でこんなところに来た!?」

「え……!?」

 アイリーンさんの言う通り……今のテレサさんは、装備を何一つ持っていないのだ。
 来ている服は本当にただの修道服。こないだ偶然出会ったときに着ていた、冒険者用の装備じゃない。
 あの時来ていた装備は、一見布製みたいではあったけど、マジックアイテムだから下手な鎧以上の防御力を持っていた。……多分、師匠の作品だ。

 けど、今着ている修道服は、マジックアイテムでもなければ裏地に装甲版とかをつけ足しているわけでもない、本当にただの服だ。

 その他の武器やマジックアイテムの類も何もない。魔法の発動を補助する媒体も、接近戦に持ち込まれた時用の武器も。本当に何もない。そういう魔力を感じない。

 もちろん、彼女ほどの実力者であれば、そんなものなくても戦えるんだろうけど……それはあくまでそのへんの雑魚が相手の場合だ。
 自分で言うのもアレだけど、僕みたいな、それ相応に強敵と言えるレベルのと戦う時にこれは……普通に自殺行為である。アイリーンさんの言う通り、丸腰で戦場に出てきたに等しい。

 僕の強さを体感している今のアイリーンさんからすれば、テレサさんは今……下手したらパンチの一撃で重傷か、あるいは死ぬレベルまでもっていかれかねないような危険なところにいる。
 そのことを母さんも理解し、青くなったが……当のテレサさんは平然としている。

 それどころか、涼しい顔でこんなことまで言い出した。

「いらないわよ、そんなもの。私、戦いに来たわけではないもの」

「「「……は?」」」

 思わず3人分の声が揃った。

 しかし、テレサさんはそんな反応をまるっと無視して、

「ミナト君、でよかったかしら?」

「えっ? はい……そうですけど」

 僕の名前を確認した後……なんと、腰を90度に折って、深々と頭を下げた。

「このたびは……私の仲間達が本当にごめんなさい。誤って許してもらえることじゃないかもしれないけど……このとおり謝罪します」

「「「……!?」」」

 予想外過ぎて言葉が出ず、しばしフリーズしてしまう僕。
 えっと……どういうこと? いきなり現れて、謝罪って……え? 何この超展開?

 あの、もしかして謝るから許してほしい、仲間も返してほしいっていう、なんかこう……泣き落とし的な……?

「い、いやいやいや待てよテレサ! 何そんな頭なんか下げて……やめろって! 今更そんなんでどうにかなるわけないだろ!?」

 と、慌てた様子でアイリーンさんがまくしたてる。

「こんだけ派手にやりあっちゃってるのに、そんな……もしかして君、和平交渉か何かのつもりで……それで装備全解除して、全部置いてここに来たのか!?」

「そうよ。……ついでに言うなら、装備は置いてきたんじゃなくて、彼の仲間達……エルクちゃん達に預けて来たわ。武器もマジックアイテムも、収納アイテムごと全部」

「え!? エルク達の方に行ってたんですか!?」

「ええ……少し前にここに来ることに成功したから。ただ、位置はこの部屋じゃなくて、居住区みたいなところに出てしまって……でもむしろちょうどいいかと思って、その時にね」

「ちょっ、テレサ……君、そんな場所に出れたんなら、何人か捕まえて捕虜にでもすれば、交渉してクローナ達の奪還でもなんでも……」

「いやよそんな真似……今言ったでしょ? 私は戦うために来たんじゃないって。なのにそんな、最初から信頼を損なうような真似をするわけにはいかないじゃない」

「今もうそんな段階じゃないだろ! こっちは3人やられてるし、彼らだって本拠地に入り込まれて怒り心頭になった上でこういう状況になってるんだよ。それを君は……そのくらいの割り切りもできない奴じゃないだろ君は! 一体何を考えてるんだよ!?」



「それはこっちのセリフです! 仮にもいい大人が、子供の目の前でそんなみっともない姿を見せるんじゃないの!」



 思わず、アイリーンさんだけでなく、僕や母さんまで――言葉の矛先がこっち向いていたわけでもないのに――気圧されるくらいの剣幕で、テレサさんは言った。

 突然のことにぽかんとする僕らを置いて、テレサさんは……

「今あなた言ったわよね、ミナト君達は本拠地に入り込まれたからこそ怒ってるんだって……元はと言えばそれがこの戦いの原因で、悪いのは私達でしょう! それを何を彼らが悪いみたいに言っているの!」

「いやそれは、彼らが気になるからって調べてたからだろ、ボクら……その方針には君だって賛成してたじゃないか。ほっとくにはあまりに異質すぎるって……」

「それは確かにそうだけど、だからって最初から悪者扱いしてあれこれ権利も何もかも無視していいわけないでしょう? ……大方ここに強行突入したのはクローナの独断でしょうね。ここ、彼女からすれば宝の山だもの。マジックアイテム目当てに暴走したわね」

 正解。

「もともとの計画ではあくまで調査までで、強行突入だの何だのなんてやるつもりなかったし……無理が通れば道理が引っ込む世界とはいえ、そんな風にずかずか他人のプライベートを侵害してたらこういう争いになるのは当たり前でしょう? 結果、お互いに傷が大きくなって引っ込みがつかなくなって……今まさにそんなところよ。これ以上戦っても好転なんて何一つしないわ」

 強い口調で次々に言葉を並べていくテレサさん。
 僕も母さんもアイリーンさん達も、言うこと全部が正論でできているその怒涛のお説教に、何も言い返せないでいた。

「話の規模やかかっている問題が大きいのはわかってる。大事になってもう引っ込みつかない、って思ってしまうのもわかる。でもだからってこのまま事態を大きくしていいわけじゃない。元をたどれば悪いのは私達。だったらきちんと謝って済ませなきゃいけないでしょう?」

「それは……でも、君今言ってたじゃないか、大事になってもう引っ込みつかないって……そんな、謝ったくらいでどうにかなる問題じゃないだろもう! だったら……」

「あら……私はそうは思わないわ?」

 そう言うとテレサさんは、アイリーンさん達が止めるのも聞かずに、僕の方に歩いてきて――さっき言った通り、丸腰同然の普段着装備で――僕の目の前まで来た。
 手を伸ばせば届く距離だ。

 しかも、魔力すら一切体に纏っていない、つまり、身体強化もしていない。

 ……絶対しないけど、ここで僕が拳を突き出せば、簡単に彼女は重傷を負う。最悪死ぬ。
 なのに、微塵もそれを恐れていない……穏やかで優しい、けど申し訳なさそうな表情で、彼女は平然と僕の前に立っている。

「さっきも言ったけれど、本当にごめんなさい、ミナト君。あの子達が本当に失礼なことをして……もちろん、誤ってすむ問題じゃないかもしれないけれど……この通りです」

 再び頭を下げる。

「ここで彼女達が暴れた分の補償はきちんとさせてもらうし、その他にも償えることがあれば、出来る範囲で協力するわ。もちろん、この場所のことも口外しないし……あなた達のことも、これ以上詮索も侵害もしないと約束します。……もっとも、これはあなた達が危険な集団ではないことがどうしても前提になってしまうけど……多分、そこは問題ないわよね」

「……え、えーと……はぁ……」

「それで、こちらから無作法を働いておいて、こんな風に頼むのは恥もいいところなのだけど……エレノアもテーガンも、それにクローナも……私達の大切な仲間なの。彼女達……特にクローナにはきちんと言って聞かせるから……お願いします。どうか、解放してあげてくれないかしら?」

「だからっ……テレサ! 今更そんなこと口で頼んだって……」



「……はい、それならいいです……わかりました」



「「…………はぁ!?」」

 さっきまで以上に『わけがわからないよ』といった表情になる母さんとアイリーンさん。

 テレサさんはというと……にっこりと満足そうに笑っていた。


 ☆☆☆


 その少し後。
 『仲間達と少し話してくる』と言ってミナトが離脱した後、リリン、アイリーン、そしてテレサが残されたその部屋にて。

「……まさか本当にあんなんで収まっちゃうとはね……ボクらが必死こいて戦って、命とか貞操とかいろいろ失う覚悟とかしたのは何だったんだ、って思うよ」

「悪いことをしたらごめんなさい、っていう単純なことを、相手もこっちも子供じゃないから、なんて理由で当てはまらないと勝手に決めつけてしまうからよ。もっとも、この場所のこととか彼らの素性のこととか、色々複雑な事情があったのはそうでしょうけど……それでも、最初に誠心誠意謝っておけばここまでこじれはしなかったはずよ」

 テレサの言葉はここでも正論ばかりだが、だからといってすんなり納得できる、というわけでもなかった。
 アイリーン達からしても、言いたいことはある。彼女達も、何も考えずに強硬な姿勢を崩さずにいたわけではない。

「それはそうかもしれないけど……でもそんなの、今こうして、あの子があのレベルできちんと話が分かる人だ、ってわかったからこそ思えることじゃない。……言い訳になっちゃうけど、私達が来た時にはもう、クローナ達結構ぼろぼろになってたのよ? そりゃ頭に血も登るわよ」

「それに関しては、まあ……仕方ない部分もあるけれどね。……何にせよ、ひとまず誰も欠けずに済みそうでよかったわ。この後きちんと話して謝って、落としどころも探さないとね」

「……というかテレサ。君、どうして彼らがそれだけ話が分かるというか……謝ったら許してくれるような相手だってわかったんだよ? そんな奴、この世界じゃむしろ少数派だろ? こちらが非を認めたら、それに付け込んで何要求して来るかもわからない奴の方が圧倒的に多いし、むしろ常道と言えるまであるじゃないか。……特にボクらみたいなのが相手なら」

 アイリーンの言う通り、こういう世界では、『相手に隙を見せない』というのは重要なことだ。でなければ、どこまでも弱みに付け込まれて……次々あれこれと要求されて奪われることになる。

 例えば力。例えば財。例えば立場。例えば体。……その他にも色々、あげつら寝ればきりがないものだ。今言ったように、見目麗しく力も強く、名も知れている彼女達のような存在は、特に。

「そうね……特に貴族とか、無駄にプライドの高い奴なんてその手の連中ばっか。……ぶっちゃけだからこそ隙を見せないようにしなきゃいけない、っていうのは私達のいつもの方針だし、テレサもそれはわかってたでしょ? なのに今回は最初からこっちが折れに言ったってことは……彼らがきちんと話せばわかる上に、無茶な要求もしてこない、ってことがわかってたのよね? 何で?」

 しかし、それを聞いたテレサは……はぁ、とため息をついて呆れたように、

「それついてはむしろ、あなた達こそなんでわからないの……って言いたいくらいなのよ? 私は。ずっと真正面から戦って、向き合っていたはずなのに」

「「…………?」」

「だって彼……戦っている間中ずっと―――」



「―――辛そうに、助けてほしそうにしてたじゃない」



 そう語るテレサの目は、冒険者としての目つきというよりも……彼女のもう1つの顔である、迷える子羊を導き、弱者を救う……シスターとしての目になっていたように、2人には見えた。
 
 そして、そのテレサ自身もまた、内心では……

(ミナト君だけじゃない。さっき会ったあの子たち全員が、私達を……警戒の中にも確かに、よく知っている、親しい人を見るような目で見ていた。加えて、ミナト君は戦っている最中、いかにも辛そうな……戦いたくない、傷つけたくない、という様子だった。特に、リリンに対してそう思っていたように見えたわ……本当に、何者なのかしらね、彼らは……?)



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