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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ
第589話 兆と、終局
しおりを挟むテーガンさんの振るう矛を裏拳ではじき、母さんが放ってくる光の刃を足で蹴って打ち払って、
遠距離から飛んでくるアイリーンさんの魔法を拳で撃ち落とし、中距離から放たれる何十発もの魔力弾は……威力は大したことないので無視。受けて耐える。
召喚術で呼び出された炎の精霊のモンスターが僕の体にまとわりついて焼きながら動きを封じるも、『攻撃吸収充電』で逆に食い尽くして魔力に変える。それらもろとも僕を斬ろうとしてきたテーガンさんの大矛を蹴飛ばして防ぐ。
二刀流で切りかかってくる母さんの剣戟を両手でさばきつつ、反対側から飛んでくるアイリーンさんの破壊光線(威力高い上に曲がる)を、その場で高速回転して母さんの剣も含めて全部弾く。
(忙しい! やること多い!)
さすがは一流の冒険者チーム……1つ1つの攻撃がもれなく他の誰かの何かしらの攻撃、ないし動作との連携になってて、一瞬も油断ができない、適当に相手できない時間が続く……
自分で言うのもなんだけど、集中力を切らさずにこの3人の相手をし続けて、大きな傷も負うことなく耐えている僕、すごいと思う。
けどさすがに全部を完璧に防ぐことはできず、小さなものではあるけど……少しずつ傷は負わされている。
『エレメンタルブラッド』を強化して回復力をあげ、負傷したそばから再生するようにはしてるけど……さすがに完全回復してなかったことになるかっていうとな……疲労もたまるし……
(それでも、我慢我慢……チャンスは必ずやってくる。今は耐えて待て……)
もう何十回も心の中で自分に言い聞かせていることをまた繰り返しつつ、四方八方からどんな形で飛んでくるかもわからない怒涛の攻撃をさばき続ける。
母さん、テーガンさん、アイリーンさんの3人は、普通の奴なら余波だけで消し飛んでるような攻撃を何百発と食らいながらも、それら全てを最小限の労力で裁ききっている僕に対して、随分前からもう油断というものをしなくなっていた。
テーガンさんが大振りで隙が大きいような攻撃を使ってこないのも、母さんが中衛としての役割を全うして過剰に踏み込んで来ないのも、アイリーンさんが絶対に僕との距離を詰めず、なおかつ視界が塞がるような規模の攻撃をしないのも……そのせいだろう。
ちょっとくらい油断してくれてもいいんだけど……三対一で、こっちは連戦で割とホントに疲れてるんだからさ。
そんな感じだから、僕が待ち望んでいる『チャンス』も一向にくる気配がないんだが……余計なことを考えると心が折れそうになるので勤めて無視。
耐える。ただ耐える。ただただ耐える。
……そしてようやく、その時は来た。
何百回、あるいは何千回目かの母さんの連撃をさばき切り、弾かれたように離れて着地した瞬間……疲労がかなり蓄積していたせいで、足の踏ん張り方を間違えたらしい。
ほんの一瞬、僕の足が踏ん張れずに滑って流れ、体勢が崩れた。
演技じゃない。本当に疲れたせいで足の位置を、つき方をミスった。
「好期!」
その一瞬を見逃さず、母さんと入れ違いでこっちに駆け出していたテーガンさんは、その一撃に全力を込めたような気迫と共に矛を振り上げ、すさまじい魔力をそこに集中させる。
そして、僕の胴体を真っ二つにするようなコースで一気に降りぬく。
どうにかそれを、体の前でクロスさせて受け止めた僕だけど、その代償として完全に体勢が崩れて、背中から倒れこむ。
倒れこんだ瞬間に、後ろ向きに、高等部で地面をガン! と頭突いてその勢いで立ち上がって構えるも、その瞬間にはまたテーガンさんと、さらに反対側から母さんが迫ってきていた。
タイミング的に、体勢を立て直してどちらか片方を受け止める、あるいは凌ぐだけでギリギリ。それすら難しいくらいだろう。……どう考えても、もう片方を受けて僕は倒れる。
そんな、必殺のタイミングだった。母さんやテーガンさんはもちろん、僕すらそう確信してしまえるほどの……文句のつけようもない、完璧な。
……しかし、僕はこれを待っていた。
絶対に仕留められる。絶対に逃がさない。僕は対応できない。
そう確信して、2人が全リソースを攻撃に割り振ってくれる……この一瞬の隙を。
もちろん、そもそも僕がその攻撃をしのぐどころか逃れることすら絶対にできないタイミングなんだから、本来であれば隙になりようもない隙であるし……母さん達もそれが分かった上で動いたんだろう。ここから僕が、どちらに対してどう動こうが、自分達の勝ちだと。
しかし、その予想は外れた。
「ザ・デイドリーマー……『オーヴァーロード』!!」
その瞬間、因果律を歪める『ザ・デイドリーマー』の奥義が発動し……僕の姿が一気に5人に増える。
そして、体勢を立て直した次の瞬間から全く別な行動を始める。
ぎょっとする母さん達の目の前で、5人のうちの1人が母さんの攻撃をさばき、1人がテーガンさんの攻撃を受け止め、そのまま矛を掴んで固定する。
1人がそのまま、武器を封じられたテーガンさんにとびかかる。
残り2人は、テーガンさんを助けようとする母さんとアイリーンさんの妨害に回った。
テーガンさんは矛を無理やり引き戻そうとするが、動かない。
彼女の腕力なら、つかんで抑えている僕ごと持ち上げることだってできるだろうが……魔力を足に回して『電磁力』に変え、床と吸着させている僕の足はびくともしない。
しかも、その状態で放電してきたので、電撃が矛を伝ってテーガンさんを襲う。
とっさに矛を放したテーガンさんだったが、それによって丸腰になってしまった。
そして、おそらくはその素振りからして……収納魔法から予備の武器か何かを取り出そうとしたらしいが、それより早く僕の攻撃が届いた。
電磁力で超加速した拳……『レールガンストライク』。普通の人では、防いだりかわしたりすることはおろか、自分が攻撃されたことすら気づかずに吹き飛ばされる速さなんだが……テーガンさんはそれをしっかりと見切ってガードしてみせた。
が、その瞬間に僕はさらに、『技を直前キャンセルしてフェイントで各方向から襲い掛かる』という選択をした未来を具現化し、さらに5人、新たに出現する。
そして、そのうち4人。電磁力の拳への対応だけで手いっぱいだったテーガンさんの両手両足を掴んで関節技をかける。残り1人が、後ろに回ってテーガンさんの首を捕らえる。
自分で言うのもなんだが一瞬にして見事に決まり、『4の字』『ヒールホールド』『腕ひしぎ』『キーロック』『チョークスリーパー』が一気にかかった。
しかし、それすらテーガンさんは持ち前の腕力を全開にして振りほどこうとするが……それを待たずに、5人の僕全員の体から、黒紫色の電撃が吹き上がってテーガンさんを包み込む。
「っ……がぁぁあああぁああぁっ!?」
「テーガン!?」
「っ……やられたな、あれは多分、エレノアの時の……!」
アイリーンさん、多分だけどご明察。もちろんただの電撃じゃない。さっきエレノアさんを行動不能にした、『毒魔力』をたっぷり含んだそれだ。
電撃のダメージも普通にあるのに加えて、体から急速に力が抜けていくのが実感されたテーガンさんは、そのまま動けなくなる……と思ったのだが。
「この程度で……わしがやられるかぁ!」
なんと、そのままフィジカルにものを言わせて全部の僕の拘束を振りほどいてみせた。
そして、攻撃範囲外に跳躍して逃れ、収納から予備の矛――本来の獲物よりは品質は低そうだけど、それでも十分鋭くて頑丈そうだ――を取り出して構える。
そうだった……エレノアさんより断然タフなんだもんな、この人。毒食らっても耐えて戦うことくらいはできるか。
……でも、さすがに全く何も影響なし、とはいかなかったようだ。
膝とか結構がくがく行ってるし、さっきほどちからが入っていないのも感じ取れる。動けはするが、とても戦えるコンディションには……見えない。
それでも戦意がくじけていないあたり、さすがというべきか。
膨大な魔力で無理やり体を強化して動かし、少しでもこちらに油断ができようものなら、そこを力ずくで食い破る……と言わんばかりの執念を感じる。
とはいえ……うん、知ってるよ、そういう人だって。
(だからこそ、僕も油断なんかしないよ。あなた達と同じでね)
ほんの一瞬の、隙とも呼べないような隙をつかれて、テーガンさんが大幅戦力ダウンになってしまったのを見て、いよいよ危機感を覚えたらしい母さん達は……さっきまでにもまして慎重に攻めてくるようになった。
慎重に……だけど、決して及び腰って感じじゃなく、より一層隙も油断もなくして堅実に戦いを進めてくる。
そしてその様子を、テーガンさんはここぞという時に参戦するために待機して見ている。
もし僕がテーガンさんを先に仕留めようとしたら、その隙を全力で……テーガンさんを囮に使うようなものだとしても、アイリーンさんと母さんは攻めてくるだろう。
さっきまで以上に、一瞬の隙を探して、そこを突くために動いてくる……
……というのはわかっていたので、その思惑は外させてもらう。
ここから僕は……総攻撃だ。
「フォルムチェンジ……オールスター!」
こっちはさっきまでと違って、慎重に隙を伺うことなんかせずに一気に行く。
しかも、最初に分裂してアイリーンさんと母さんの両方に向かっていき、その途中でさらに分裂して……しかも現れるのは、様々に『フォルムチェンジ』した僕。
驚いて超火力・高密度の弾幕を放ってくるアイリーンさんを、『ネプチューンフォルム』の弾幕で相殺しつつ、別な僕が『バーニングフォルム』で回り込んで蹴りを叩きこむ。
とっさに張ったバリアがきしむと同時に姿を消し、『ネプチューンフォルム』の僕が一斉奏者でバリアを削っていく。
母さんの方には、その攻撃を『グランドフォルム』の僕が大盾を構えて防ぎ、その背後からすり抜けるように出てきた『ダイバーフォルム』と『ハーデスフォルム』の僕。水流を纏った槍と漆黒の大鎌が同時に襲い掛かり、さすがに母さんもそれら3人を両手の剣で防ぐだけで手いっぱい。
それをどうにか援護しようとしたアイリーンさんの車線上に『ゴールデンフォルム』の僕が割り込み、アイリーンさんが放った破壊光線を手甲で受け止め……増幅反射して返す。
そしてそのまま殴りかかり、『バーニングフォルム』の僕と一緒になって責め立てる。
母さんが多少強引に包囲網を突破して空中に一旦逃れたかと思った瞬間、全フォルム中催促の『ヒュッケバインフォルム』に変身した僕が回り込んでその進路をふさぎ、とっさに繰り出した母さんの蹴りと自分の蹴りをぶつからせる。
そうして動きが止まった一瞬に、『ドルイドフォルム』の僕が放った茨が母さんの腕を拘束。
その茨を、怪力の『グランドフォルム』の僕がつかんで引っ張って、地面に引っ張り落とす。
息もつかせない勢いで、とにかく責める。相手が対応できない速さと、手数と、それ以上の……『わけのわからない』攻撃の連続で。
損な戦い方じゃ、あちこちに隙ができてしまうけど、そこを僕は『オーヴァーロード』の物量で無理やり潰す。
むしろ、突かれるとやばい隙を逆に利用して、突こうとしてきた敵の隙を逆に突く。
駆け引きも何もない、ただただ強引な力技。馬力と勢いだけで、追い詰める。
「何ッ……なのよコレ!? 一体何人増えるの……しかも、1体1体が強い!」
「広範囲攻撃でも倒せないところを見ると、単なる分身や偽物じゃない、全部本物なのか!?」
「それなんてインチキ!? 身長にやってとはいえ3人がかりでどうにか戦えてた相手が、5人10人同時に現れるって……ずるいなんてレベルじゃないでしょうが!」
「しょうがないでしょ、そのくらいしないとあなた達には勝てないんだから!」
「随分と高く買ってくれたもんだよ……全然ありがたくないけどねッ!」
母さんとアイリーンさんの2人が、何人もの、様々な姿の僕の包囲を強引に突破しようとしたところで、僕はさらに人数を追加して彼女達を追いこもうとして……その瞬間、背後に強烈な殺気。
「ッ―――おぉぉぉおぉぉおっ!」
視線だけをそっちに向ければ、その身をむしばむ毒を強引に無視して飛び出してきたテーガンさんが、背後から僕の背中めがけて大矛を振り下ろそうとしていた。
様子を見ている場合じゃない、多少強引にでも攻めないと2人が危ない、と思ったんだろう。
僕が分身を出すタイミングに合わせて、一瞬の隙をついたつもりらしい……が、
―――ズドン!!
「……か……っ……!?」
その矛が振り下ろされることはなく……突然その腹部に響いた衝撃に、テーガンさんはその動きを強引に止められることになった。
隙を狙ってかかってくることなんてわかっていた。
だから1体、魔法で透明にしてその辺に忍ばせておいたんだ。
勢いがついて止まれなくなったタイミングでそいつを動かし……どてっぱらに掌底を叩き込んで、肺の中の空気全部抜ける勢いの衝撃で動きを止めた。
そして、その掌底で同時にまた『毒魔力』も叩き込んだわけだが……今回のは、さっきの関節技から叩き込んだそれよりも質が悪いことが起こります。
「ぐ、ぅ……この程度……っ……!? か、は……っ!?」
持ち前のタフネスでまた強引に動こうとしたテーガンさんだが……突然その体をびきっ、と硬直させて……そのままけいれんし始める。
手に持っていた矛も取り落とし、がくん、と膝から崩れ落ち……うつ伏せに倒れた。それきり、動かなくなる。
アイリーンさんと母さんが驚いてる気配が伝わってくる中、僕はなおもテーガンさんがまた動き出すんじゃないかと警戒していたが……どうやら今度は大丈夫っぽいな。
(毒魔力で『アナフィラキシーショック』はちょっと悪辣だったかな……でも、この人の場合、このくらいしないと倒れてくんないよなあ……)
聞いたことある人も多いだろう。アレルギーの抗原を体内に取り込むことで発症する、極めて急激かつ強烈なアレルギー反応。蜂に刺されたりすることでも発症することがあり、『2回刺されると死ぬ』という言葉の元にもなっている現象。
僕は、『毒魔力』を使ってそれを人為的に引き起こせる。
もっとも、魔力を用いての現象だから、相手の魔力の扱いが巧みだったりするとレジストされちゃうこともあるんだけど、今みたいに弱っていたり、余裕がない状態の相手になら結構上手くいく。
事前に大量の毒を流し込み、それで割とガタガタになっていたからだろう。テーガンさんにも、レジストされずに上手く効いてくれたようだ。
倒れたテーガンさんを、僕はさっき師匠とエレノアさんにしたように、この場から転送して牢獄に送る。待機している皆が拘束してくれるだろう。あと治療も。
……こうしないと、残り2人にてこずっている間に、自力で復活と化しかねないから安心できないのよ……それか、一瞬の隙をついてアイリーンさんが回復させたりとか。
それも防ぐ意味で転送を終え、残るは2人。
その瞬間、アイリーンさんは多少の被弾は無視して強引に包囲を突破し……母さんの方に走る。
同時に母さんも同じようにしてアイリーンさんのところへ。
そして、僕が割り込むより先に2人合流し……背中合わせに立つ。お互いがお互いを守れるような形で。
僅かに肩を上下させて入るものの、2人ともまだまだ戦えそうな感じだ。
「まいったなこりゃ……エレノアとクローナに加えて、テーガンもやられちゃったか。これ、明らかにボクら、結成以来の大ピンチだぜ」
「言われなくてもわかってるわよそんなこと……」
表情こそ笑みを浮かべてはいるものの……放してる内容はそんな感じ。
隙を見せないようなので……強引に隙を作ってあげてもよかったんだけど、ひとまず全ての分身を解除する。
それを見て少し、ほんの少しだけ空気を緩めつつ、しかしもちろん油断はせず、母さん達は、
「……リリン、よく聞け」
「何よ。……何か面白くないこと言おうとしてるでしょ、アイリーン」
「ご明察だ。君、どうにかしてここから逃げろ……ボクができる限り時間稼ぐから、プロテクトこじ開けてどうにか元の場所に脱出……」
「お断りよ、ふざけんなおバカ。アイリーンのこと見捨てて行けっていうの?」
「見捨てなくていいからこの場は逃げろ。……率直に言う、コレ多分ボクら勝ち目無い。あの子……まだ本気じゃない。明らかにボクらのこと殺さないように、どころか必要以上に傷つけないように戦ってやがる。それでこのざまなんだよボクらは」
「………………」
「何も言い返してこないってことは、君もそれはわかってるとみなすぜ。どうにかボクが時間稼ぐ……だから君だけでも逃げろ。そのくらいなら、死ぬ気でやればどうにか……」
「言うな! 皆を見捨ててなんて嫌! 絶対に逃げない!」
「このまま戦っても勝てない! それこそ全滅だって言ってるだろ! 見捨てろってんじゃない……一旦引いて体勢を立て直して、その上で助けに来てくれ。上手くすればそれまで……まあどんな目にあうかはわからないけど、ボクらも頑張って生きてられるようにするから」
アイリーンさんのそんな言葉に、言い返したいけど、上手く言い返す言葉が出てこないらしい母さんは、ぐっと口をつぐんでいた。
「自惚れてたんだ、ボクらは……最高位のSランクとか、最強の冒険者チームとか、そんな風にもてはやされて、いい気になって……。冒険者なんて、少しの油断と想定外の事態で、どれだけ強くなろうが簡単に破滅するもんだって、今の今まで忘れてた。忘れていないつもりでも、ボク達皆、慢心してしまっていたんだ! 最後にはいつも通り何とかなるって、信じ切っていた……!」
「……っ……」
「まったく、我ながら呆れるよ……こんないい歳にもなってこのざまとはね。……でも、君まで捕まってしまったら本当に終わる。だから逃げてくれ、リリン。君の方が僕より強いし、逃げ足も速い……テレサと合流して、対策を立てろ。可能な限り味方を集めて、情報もそろえて……可能ならタマモも探し出して協力を頼め。そして……その後でちゃんと助けに来てくれ。それまでは……」
言いながら、アイリーンさんは、母さんと僕の間に進み出るようにして立つ。
「それまでは、ボクが頑張るから」
「……ちゃんと、死なないで、生きて待ってる?」
「……そのつもりだよ。まあ、結局は彼がボクらをどう扱うかによるんだろうけどね……もしかしたら、無駄に二百年以上も守り続けてきた綺麗な体が奪われるくらいはするかもしれないけど……いやーでもまあ、未通子娘のまま死ぬってのも味気ないし、それはぞれでいいかな。ボクらを蹂躙できるくらいに強い奴なら、もし子供ができてもそれはそれで……」
「アイリーン……それ本気で言ってるなら、私、意地でも逃げないわよ」」
「冗談だよ。……何されても、どんな目にあっても、可能な限り耐えて見せるさ。だから……早く助けに来てくれよ、リーダー」
そう言ってアイリーンさんは、いつも浮かべている笑みを消し……真剣な表情になって僕をにらむ。
全身に魔力を漲らせ、一分の隙も無いたたずまいで僕に向き合った。
「わざわざ待っててくれたのかい? ホント、よくわかんないけど優しいね、君……お礼と言っちゃなんだけど、ボクが逃げないで相手、させてもらうから……お手柔らかに頼むよ」
ほんのわずか、目を閉じ、呼吸を整え……
「……さあ、行け、リリン!」
「やだ!」
「そう、やだ…………はぁっ!?」
が、突然そんなことを後ろの人が言い出したことで、シリアスな空気の大半がちょっと霧散してしまい……思わずといった様子で振り返るアイリーンさん。
……正直、僕もまさかここで『やだ』が来るとは思ってなかったので『え!?』ってなった。
びっくりして、普通に隙だらけなのに攻撃するのも忘れて、アイリーンさん同様『何!?』ってな感じで、母さんの次の言葉に注目していた。
「何言い出すんだリリン!?」
「やっぱりやだ! アイリーン達を置いていくなんて、嫌!」
「いや君今の完全にボクに託してくれる流れだったろ!? それをお前、『やだ』って……」
うん、正直僕もそう思った。
「やだやだやだやだ!! 絶対皆で一緒に帰るの! 誰か一人でも置いていくなんて絶対嫌! クローナもエレノアもテーガンも皆助けて一緒に帰る!」
「子供か! ほとんど僕と同じくらいだろ君、年齢!」
ほっといたら寝転んで手足じたばたさせ始めかねないくらいに駄々っ子モードの母さん。……さっきまでのシリアスな空気はどこへ?
「いいわよ子供で! そもそも私達皆普段からそんな威厳とか皆無っていうか、ほぼほぼ全員子供みたいなもんじゃない! クローナなんていっつも率先して暴走するしテーガンも結構頻繁に好き放題やるしアイリーンもなんだかんだで悪乗りするしエレノアもツッコミ担当って割には割と流されてバカなことやるじゃん! 中身も大人なのなんてテレサくらいのもんよ!」
「……くそっ、否定できないことを……でもほら、いい子だから、今だけでいいから多少背伸びして大人になってくれリリン! マジで今回はやばいんだってば! さっさと逃げてうちのお母さん担当と合流してくれ! なんかさっきから彼せっかくずっとこうしてボクらの会話見逃してくれてるんだから。っていうか何かぼちぼち微笑ましい感じの目になってきてるだろ!」
「あ、ホントだ。アレって私とクローナがお菓子の取り合いで喧嘩してるのを見てる時のギルマスとかがする目と同じね」
「赤の他人からまで完全に子ども扱い……別な理由で情けなさがこみあげてくるぜちくしょう」
「でもアレじゃない? あんな目で私達のこと見てくるってことは……私達みたいに、彼も見た目は子供とか若いけど、亜人種で実はむしろ私達より年上とかじゃないの? だったらあの目にも割となっとくできなくもないっていうかさ……」
「あ、すいません僕見た目通りの年齢ですよ。今年19です」
「違った」
「200歳以上年下じゃないか……そんな子にあんな目で見られて……くぅっ、涙が……」
「ていうか……君ホントに19歳なの!? え、『人間換算なら19歳』とかじゃなくて?」
「生まれてから19年ですよ……あと換算も何も人間です僕」
突然変異で『夢魔』混じってるけど。
「……えぇ……言っちゃ悪いけどどんな化け物よ君……君を生んだのってどこの誰? どんな親から生まれたら君みたいなのができるの?」
そんなことを言われたので、よっぽど収納から手鏡か何か出して渡してあげたくなってしまった。
ぶっちゃけ『こんなのから生まれたからこんな僕ができた』という点については、僕個人的にはこの上ないくらい納得しております。不思議でも何でもないよ。
ついでにこんな風に育ったのは、その母親と、もう半分は師匠が影響してます。
なんてことを考えていたら……突然、落ち込んでいたと思ったアイリーンさんが、『あはははははっ!』と大口を開けて笑い始めた。どうした突然。
「ボクら、200歳以上年下のガキにいいようにあしらわれてたのか……ははは、傑作だなこりゃ。いやあアレだね、いかに慢心とか油断がとんでもない結末をもたらしてくれるかってのがわかるね……。うん、これはダメだ、このまま終わらすわけにはいかないな、うん」
「? アイリーン?」
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……色々と言われたい放題な上に全部当たったるんですがどうすればいいですか。
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シリアスで悲劇的な雰囲気なんかじゃなくて、やっぱこの2人に似合うのはこういう雰囲気だよな……。
そんな2人と……まさに僕が現代の世界で取り戻したい2人と、一緒にいられないどころか、戦わなきゃいけないんだと思うと、ほんと勘弁してほしいというか……哀しいし悔しいし寂しいし、お母さんどうして僕はそこにいられないの、的な気持ちがですね……くそう、展開がもうマザコンに厳しい。
けど、その母親達を助けるためにこそ、僕だって心を鬼にして戦わなきゃ……と思い、拳を構えようとした……その時だった。
2つのことが、同時に起こった。
1つは……母さんと目が合った瞬間、僕の背筋に……これまでにないくらいの危機感というか、強烈に嫌な予感が走った。
ぞくっ、と……気のせいだなんて思えないくらいに、明確な何かの『脅威』。
それが何なのかわからないままではあるけど、僕の中の第六感が最大限に警鐘を鳴らし始めて……
しかし、それとさらに同時に……もう1つ。
――― ピ カ ッ !!
「「「っ!?」」」
突如、僕とアイリーンさん達のちょうど中間に、強烈な光があふれて……とっさに僕らは3人とも、目がくらまないようにかばった。
そして恐る恐るその光があったところを見ると……あれ!?
「双方、そこまで! これ以上は無意味よ……刃を収めなさい!」
修道服を着こんで、藤色の髪をなびかせた……この場にはいないはずの、『女楼蜘蛛』メンバー最後の1人。
テレサさんが、真剣な顔で……大きく手を広げて、そこに立ちはだかっていた。
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