魔拳のデイドリーマー

osho

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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ

第585話 想定外に次ぐ想定外

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「あー、疲れた……」

「……まあ、今回ばかりはあんたに落ち度はないわね……。純粋にお疲れ様だわ」

 僕らの当初の計画では、『何もわからないお上りさんのふりしてこの世界のことをちょっとずつ調べていこうね』という予定だった。
 その為に、ウォルカに入った後は、適当な買取対応店を探して貴金属類(自作)を売り払ってお金に変え、それを滞在費その他の元手にするつもりでいた。

 そしてそのまま、極力目立たないように、地道に地道に調査を包めていく……予定『だった』。
 ……過去形である。もうその予定は、実行不可能だと思ってもいいかもしれない。

 運悪すぎだろ……なんでウォルカに入る前に、この時代の母さん達にばったり会うんだ。

「今の母さん達がもうSランク、あるいはそれに近い位置だと仮定して……その母さん達が注目してる開いてってなったら、必然、ギルドとかからも警戒されると思う?」

「思う。Sランクって専属っていうか担当の職員が着くわよね。私なら、それとなくその担当者に聞いてみて、注意喚起と合わせて情報共有するわ。身元も目的も不明な、けれど絶対に普通じゃないレベルの装備に身を包んだ旅人なんて、十中八九厄ネタだもの」

「悪党の類だと決めつけるのは早計にしても、それだけの実力者なら冒険者なり傭兵なり、何らかの形で名が知れていてしかるべき。しかし誰もわからず、それどころか素性を隠したがっていて、その隠密は自分達超一流でようやく気づけるレベル……となれば」

「ま、普通に他国のスパイか、あるいは後ろ暗い事情を持つ何者か……と勘繰るでしょうね」

 だよなあ……面倒なことになった。
 母さん達がギルドにそう報告して、ギルドが『一応警戒しとくか』とか思ったらどうしよう。
 ギルドに目をつけられたりしたら、こっそりの『こ』の字もあったもんじゃない。

 冒険者ギルド総本部はこの『ウォルカ』の町の、誇張でもなんでもなく中心だ。あらゆる方面に強力なパイプを持ち、それによってギルドの運営や、冒険者達へのサポートを行っている。
 それらを駆使して僕らのことを『注視する』とか、悪夢でしかない異。色々な伝手を使ってこの世界での一挙手一投足を監視されることになりかねないぞ。

「……作戦の変更が必要だと思うわ」

 何やらじっくり考えていた様子のクロエから、挙手してそんな提案。

「まあ、状況が大幅に変わっちゃったから、多かれ少なかれ修正は必要だと思ってたけど……具体的にはどんな風に?」

「リリンさん達に存在がばれて、その進言でギルドや、その系列の機関までもが私達を警戒することになるかもしれないとなれば……もうこの町ではろくな調査活動はできないと見ていい。けど、すぐにそうなるってわけでもないはずよ。ギルドが私達という存在への対応を協議して、関係機関に周知するまで、数日はあるはず」

 なるほど確かに。
 いくらSランクの冒険者の進言でも、それを鵜呑みにしてその通りに警戒する、なんてことは、ギルドもしないだろう。

「それは確かに道理だね。それだけの相手なら、逆に『注意しない』方がいいパターンだって考えられるわけだから、関係機関への周知は、入念に下調べと検討を行ってからになるよ。……まあ、どのくらい時間をかけるかはわからないけど」

「えっと……つまり?」

「例えば、他国のスパイとか、貴族の関係者とかだと、警戒は必要ではあるけど、だからといっていたずらに刺激するわけにもいかない相手でもあるでしょ? 動向に注意するにしても、どの程度こちらで厳しく監視、ないし対応するかは考えないといけないんだ。危ないことにならないために警戒していたつもりが、逆に逆鱗に触れて大問題になった、なんてことにもなり得るからね」

「なるほど、言われてみれば……じゃあ、割とまだ余裕ある感じなのかな?」

「いえ、それでも、検討段階でも最低限の監視とかは付けるだろうから、全くじゃないわ」

 クロエが首を振って否定しつつ、続けて話す。

「多分だけどこれからの数日間、過剰にならない程度に私達の行動なんかは注視されると思う。そして『下調べ』が終わり、特にどことつながっているわけでもない、ただ正体不明で強そうなだけの集団だとわかったら、さらに監視は厳しくなる。行動制限まではかからないとは思うけど……もしかしたら、何らかの形でこちらに探りを入れてくる可能性も出てくるわ」

 まあ、僕ら、この時代の人間じゃないから、つながりとか後ろ盾の類も何もないからね。
 そういうのがない、イコール、虎の尾を踏む心配がないとわかったら、徐々に踏み込んでくるかもしれない……か。

「だからその前に、この町での情報収集を終わらせる。そして、さっさと町を出る」

「短期決戦、ってこと? 元々時間をかけて慎重にやるつもりだったものを……そんなにうまくいくかしら?」

「上手くいかなくてももう仕方ないわ。多少目立ってもいいから、とにかくこの町で集められるだけの情報を集める。最低限この時代の情勢その他がわかるようなそれと……例の『グラドエル』について。そしてさっさと町を出て……残りは現地で何とかしましょう」

「現地……いきなり『グラドエル』に乗り込むの? 危険じゃない?」

 もしかしたら、バイラスの奴が何か罠を張って待ち構えてるかもしれない……いや、十中八九そうだと思っていいだろう。

 その『グラドエル』に何があるのかはわからない。あいつが拠点にしてるのか、はたまた、タダ単に母さん達を待ち伏せして討ち取るために選んだだけの場所なのか……
 わからないけど、ほぼ確実に『何かある』ことは確かだ。

 それこそあいつなら……『時間移動』なんていう手段をすでに自力で用意していたあいつなら、僕がこうして追ってくることだって予想して、備えていたっておかしくない。
 そもそも母さん達をどうにかしようとしてるわけだから、何かしら絶対に用意はしているはず。

「……けど、何もせず待っていても何も変わらないわ。それに、リリンさん達が報告を出せば……ひょっとしたらそれをバイラスも知るかもしれない」

「確かに。リリンさん達が標的なら、このウォルカに網を張っててもおかしくないもんね」

「どっちみち……ってことか。待ってても事態が好転することはない。それなら……うん。わかった。その方向で行こう。……あ、でも一応船に残ってるメンバーとも話してから本決まりにしない?」

「それもそうね。じゃあ早速今から行きましょ」

 あ、ちなみに今、僕らは、人のいない適当な裏路地で、認識阻害のマジックアイテムを使って、会話盗聴その他を防いだうえで話している。

 さっき門が開いたばかりで、買取店も何もまだ開いてないからね。

 予定では、換金で現金を手に入れた後、宿を取って拠点を作り、そこに船へ転移するための装置を置いて行き来しながら調査を……というつもりだった。
 いや、この後も実際奏するつもりではいる。ただ、急いで最低限の情報を集める短期決戦方式にするってだけでだ。

 だからその前に……まだ店が開くまでには時間があるだろうから、さっさと船に転移して戻って方針を確定させておこう。

 そうと決まれば善は急げだ。
 僕らは指輪に仕込んである転移用のギミックを使って、一瞬でその場から消え、『オルトヘイム号』に戻った。
 もちろん、認識阻害がきちんと発動していることを確認し、さらに目視や気配察知で、誰も見ていないし気づいていないことを確認した上で、だ。街中でいきなり人が消えるような事態、誰かに見られでもしたら確実に騒ぎになるからね。そのへんは、きっちり確認した上で転移した。





 …………確認した、つもりだった。


 
 ☆☆☆


 
 それから数日後。

 緊急で会議を開き、無事に……と言っていいのかどうかわからないけど、方針の再設定を終えた僕らは、そこから先は予定通りに動けた。

 多少目立ったり、不自然に思われてもいい――よくはないけどこの際もう仕方ない――から、最低限の情報を集めた。
 この時代の『アルマンド大陸』……特にここ『ネスティア王国』及びその周辺地域に関する情報と、母さん達『女楼蜘蛛』に関する情報。
 専門家であるザリーや、元特殊部隊員のクロエのスキルもフルに使ってもらって、情報を集めた。

 その甲斐あって、色々なことが分かった。

 まずこの世界、というか時代は、僕らが目指した過去の世界で間違いないんだが……やはりというか、ぴったり175年前、とはいかなかったらしい。ちょっとだけ誤差が出てしまっている。
 もっとも、それもほんの数か月程度のものなので、ほとんどぴったりといっていいくらいの正確さではあるんだけど。

 より正確には、175年前のさらに5か月前。うん、誤差だな。
 元の時代に帰れるようになるのが、その分遅くなっちゃってるわけだが……それくらいは仕方ないだろう。……いや、帰還用のゲートが開くタイミングもそのくらいずれる可能性はある、のか。

 となると、最短で予定通り半年間、最長で……1年半近くこの時代にいることになるかもしれない、か。……多少、覚悟はしておいた方がいいかもね。
 まあ、それで死ぬわけじゃないんだし、これに関してはいいだろう。

 で、問題の『グラドエル』の方に関してだが……どうやらこの時代、『グラドエル』はやはりまだ樹海ではなく、ギルドの資料通り『開拓村』みたいな扱いになっているようだ。
 
 あのあたり……『グラドエル地方』なんて名前がついているようだが、そこに町を作り、道を通し、『ジャスニア王国』や海浜地域との行き来に便利な環境を作り出す……その第一歩として、開拓を進める拠点として整備されている町なんだそう。

 もっとも、まだまだ規模的には手を付けたばかりで、まともに滞在できるような設備も何もないそうなんだが。
 まともな建物もあんまりなく、テントを張って日雇いや期間契約の労働者を寝泊まりさせ、切り開いて町そのものを形にしている最中、といったところ。

 だから、そこに何か怪しい設備があるってわけでもないようなんだ。

 けど、多数の身元不確かな労働者が出入りするだけあって、中には、元居たコミュニティを追い出された浮浪者や、表社会にいられなくなった犯罪者なんかも混じっている……らしい。

 開発する側も、ここでトラブルを起こすようなら容赦なくきちんと罰しはするし、存在自体がトラブルにつながりそうな、あまりにやばいのが混じっていた場合も同様としている。
 しかし、労働力はいくらあっても困らない現状なのも確かなため、半ば黙認しているんだとか。
 
 なので、おかしな輩が混じっていてもおかしくない、というのも確かなようだ。

 とまあ、そんな感じのことを……船に戻って、全員揃った会議の場で今、話し合っています。

「これ以上のことはわからなかった、か」

「というより、実際にこれ以上のことが起こっていない、調べる中身がないってことなんでしょうね。少なくとも、見える範囲では」

 ザリーとクロエがそう結論付ける。
 つまり、外側からこれ以上のことを調べることはどっちみちもうできない、難しいってことだな……そこに何があるにせよ、だ。

 しかし、こうして見た感じだとホントに何の変哲もない、普通の開拓村、って感じに見えるな。 

 僕らは、最初からそこで『確実に何かあった』と知ってるからこそここに注目したわけだけど……母さん達がどうしてこんな場所に行こうと思ったのやら?
 開拓村の護衛とかなら、せいぜいがCとかBランク程度の冒険者の仕事だ。それ以上の危険な魔物が出る場所であれば、Aランクとかが駆り出されるかもしれないが……そもそもそんな、人が住むのに適さない場所に開拓村なんて作らないもんな。

 ……でも僕のいた時代だと、あそこ『AAランク』の危険区域だったんだが……この175年間で何があったんだ?
 あんなに大きくてモンスターも豊かな樹海が、この200年以内でできたものだとして……どうしてそんなことに? 危険度も地形も変わりすぎじゃないか。

 ……まあ、確実に何かはあったんだろうけど……

 ……考えても答えがでないことを、いつまで考えていてもしかたない、か。

「ともかく、これ以上は調査しても……少なくとも、短期間のそれじゃわかりようがないってところまでは無事に来たね。じゃ、ここからは予定通り、『グラドエル』に場所を移してやることにしようか」

「そうね。じゃ、まだ日も高い時間だし……今日のうちにもう宿は引き払っちゃいましょ。この後町に戻ってすぐ手続きして……今日はここで寝ることにして」

「現地では調べ方はどうするの? また色々聞き込みとか?」

「いや、いっそその労働者に混じって働いて中から調べたらいいんじゃない? 幸い、身元とかあんまり厳しくチェックはされないみたいだしさ」

「労働者として以外にも、拠点を守る傭兵みたいなのにも需要があるようだから、そっちでもいいかもね。ここにいる全員、ある程度以上に腕には覚えがあるわけだし……ああでも、あんまり目立ちすぎないようにしないといけないけどね。ミナト、あんまり派手な技とかアイテムはダメよ?」

「わかってるって。見た目偽装しつつ、性能もある程度以上デチューンした武器とか防具でも作って、『そこそこの傭兵』に見えるような潜入用セット一式でも作っておくよ」

「準備ができたら現地での調査開始ですね。何があるかわかりません、気を引き締めて行きましょう」

 ナナがそう締めくくってくれる。
 それを聞いて、僕も決意を新たにしていた。

 いよいよ、過去の時代で母さん達が消息を絶った、その原因が潜んでいると思しき場所……『グラドエル』を直接調べることになる。

 鬼が出るか蛇が出るか……はたまた今はまだ何も出ないのか。
 予想もつかないけど、間違いなく調査の、そして僕らがこの時代にやってきた目的のための『本番』がここから始まるのは確かだ。
 ナナの言う通り、明日から気を引き締めて……



―――ビ――ッ!!  ビ――ッ!!  ビ――ッ!!
―――ビ――ッ!!  ビ――ッ!!  ビ――ッ!!



「「「…………!?」」」

 突然、僕らが集まっている会議室の中に……いや、おそらくは船全体にだろう。けたたましい警告音が鳴り響いた。
 しかもこの音は、今まで一度だって鳴り響いたことのない……

「侵入者……この船に!?」

「はぁ!? 侵入者って……どうやってよ!? ここ、海の底なのよ!? 半魚人か何かでも侵入してきたっての!?」

 エルクがそんな仰天した様子で言ったけど、それが言い終わらないうちに、素早くネリドラが手元にホロキーボードを出現させて、すごい速さで叩いていき、セキュリティをチェックする。
 右に左に目まぐるしく目線を動かして読み進めている。同時に、彼女の別人格であり、システムに直接アクセスできるリュドネラもそれを手伝っていた。

 その結果、状況はすぐに判明した。

「……侵入者がいるのは確か。誤作動じゃない。でも、船の外装に破損は見られない。おそらく、侵入者はミナト達と同じように転移魔法か何かでここにやってきたみたい」

『対転移魔法のプロテクト術式が強引に突破された形跡がある。しかもこの術式……ミナト達がここに戻ってくる時に使ったそれを探知してトレースされたみたい!』

(……! そんなことができるのは……!)

 僕の脳裏にものすごく嫌な予感がよぎった。
 そしてその直後、『画像出すよ!』というリュドネラの一言と同時に、空中にホログラムモニターでその『侵入者』の姿が映し出された。音声付きで。

 残念ながら、僕の予想は大当たりだった。



『いたたたた……何か雷雲の中に突っ込んで雷に撃たれまくったみたいに痛かったんニャけど!? ちょっとクローナ、一体どうなってんのニャ!? 転移魔法をたどってこっそり潜り込めるんじゃなかったの!? なんかめっちゃ警報っぽいの鳴ってるし、ぜったい気づかれてるニャ!』

『仕方ねえだろ、エレノア。思ったより防御の術式が強くて、多少強引にいくしかなかったんだからよ。けど……その甲斐はあったと思うぜ。こりゃ、とんでもねえ場所に来ちまったみてえだ……はははっ、ほんとあいつら何者なんだよ、絶対逃がさねえぞあの黒いガキ!』



「……っ! ……っ!!」

 やっぱりかぁぁあああ!! あ、の、バカ師匠ぉぉお!!
 もうほんと勘弁してよぉ……これ以上あんた達を助ける邪魔をしないでくれ!

 ていうかホントどうすんだコレ!? プロテクト突破して『オルトヘイム号』の内部にまで侵入されるなんて!
 この拠点の存在を知られたことそのものがやばい! 『正体不明だけど強そうで怪しい』どころじゃない疑念を持たれるじゃないか!

 それに師匠なら、この術式を記憶して今回以降自力でこの船に飛んでくるような真似だって可能にしかねない……

 ……いずれにしても、あの2人、もうこのまま返すわけにはいかない!
 とりあえず何とかしないと! さしあたって、2人とも拘束して……拘束……拘、束……?

 ……あの、2人を?
 ……どちらか片方だけでも僕より強い2人を、拘束する? あまつさえ、一時的にでも閉じ込めておく?



(…………え、無理じゃね?)


 
 ……ほんと、どうしよう。



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