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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ
第582話 いざ、過去へ
しおりを挟む1か月の準備期間はあっという間に過ぎた。
1か月間に僕たちがやったことは……実はそんなに多くない。
というのも、結果的にではあるんだけど……人間関係の根回しとか挨拶その他が、ほとんど不要だったからね。
兄さんや姉さんたちが軒並みいなくなってて、話を通す相手が冒険者ギルドくらいのもんだったから。
諸事情で詳細な行先は明かせないけど、ジャスニア王国方面にちょっと長めの遠征に出る、とだけ報告して、それで済んだ。
最近は情勢も割と安定してきてるから、僕ら『邪香猫』の出番も少ないし。特に引き留められたり、追及されることもなかった。
その他の準備と言えば、まあ、普通に遠征の準備と同じである。
食料その他の物資を大量に用意し、武器とか装備の点検を万全に。
過去でどんな出来事があっても対応できるように。
無論、各自のトレーニングも欠かさない。
恐らく、というかほぼ間違いなく、バイラスやその手勢との戦いになる上に……今度は多分、母さん達『女楼蜘蛛』の助力も期待できないかもしれないんだ。皆、訓練に気合が入っていた。
その他にも、どんな強敵に出会うことになるのかもわからないんだしね。
懸念としては……それらの物資をどうやって運ぶかっていう部分が一番大きい。
というのも、僕らの場合、いつも物資とかは全部『オルトヘイム号』に積み込んでるわけなんだけど……あれ、ミュウの召喚獣だから、必要に応じて呼び出してもらってるんだよね。
けど、召喚獣って過去でも問題なく呼び出せるのかな、って考えると……試したことがないのでわからない、としか言えない。
荷物全部オルトヘイム号に積み込みました!
けど時間が違うから呼び出せませんでした。残念!
……なんてことになったら笑えないどころじゃない。
なので、オルトヘイム号にももちろん大量に積み込みはしておくけど、圧縮して手元にもたくさん……ある程度の量を持っておくことにした。
『否常識』技術をフル活用すれば、数週間分の食料や消耗品は余裕で持ち運べる。……さすがに圧縮して収納しても、そこそこの大荷物にはなっちゃうけどね。
この、『時間が違う』ことによる懸念は他にも色々ある。
ミュウの召喚獣もそうだけど……その他、外部とつながることで効果を発揮するような武装やらアイテムやらは、使えなくなるかもしれない、ということを頭に置いておくべきだろう。
電波やら念波が時空を超えてまで届いてくれるとは限らない。
そういう系のものは、使えなくなる前提でむしろ、その対策を込みで準備しておくべきだ。
まあ、食料に関しては何とかなるだろう。
最悪、動物とか魔物を狩って現地調達することもできるだろうし……野菜や果物も、一応宛はある。
マジックアイテムの中に、超即席で野菜や果物を収穫できるアイテムがいくつもあるから。
ほら、チラノースの戦争の時にイーサさんに渡して、イーサさんが救いの巫女扱いされてあがめられた奴。地面に突き立てるだけで大量の野菜や果物を収穫できる杖だよ。
それに、『ドルイドフォルム』の能力を使えば、魔力は消費するけどその場で種とかから育てて速攻収穫することもできるしね。
だからまあ、限定的にではあるけど、食料補充の心配はほぼしなくていいだろう。
むしろ問題は、その他の……自力で生み出せない素材とか消耗品だな。こっちをむしろ優先して持って行かないと。行った先で困ることがないようにね。
そう言った部分を踏まえたうえで準備を進める。
なお、今回一緒に行くメンバーは、そういう物資等の事情もあるので、少数精鋭だ。
最低限の自衛ができて、なおかつこの旅にそのメンバーが必要であるとする面子だけにする。
僕、エルク、ザリー、シェリー、ナナ、ミュウ、ネリドラ、セレナ義姉さん、クロエ、サクヤ。
後は、ネリドラの別人格であるリュドネラと、僕と魂で一体化しているアドリアナ母さん。
それに、エルクに次いで僕との付き合いが長いアルバ。
以上、12名と1羽。
シェーンやターニャちゃん、コレットなんかは留守番だ。
打算的な話、リュドネラとアドリアナ母さんは食料がいらない身なので、物資的な面でも有利っていうのもある。
このメンバーで、母さん達を救うために過去へと旅出つ…………
……というつもりだったんだけど。
出発直前になって、もう1人……ここに加わることになった。
いや、正確には……もう1体、か。
☆☆☆
出発当日。
全ての準備を終えて、再び『アトランティス』に集結した僕らは……『龍の門』に来ていた。
『龍の門』には今、無数のケーブルによっていくつものメカメカしいマジックアイテムが繋がれ、なんだかよくわからないけど色々ピコピコ言ってる、みたいな近未来な感じになっている。
いや、何が起こってるかはもちろんわかるよ? これやったの僕(と、ネリドラ)なんだから。
といっても、別に難しいこっちゃない。『龍の門』の状態のモニタリングと……魔力の供給のための装置だ、これらは。
さすがに過去に飛ぶだけあってすごい量の魔力が必要だからね、『縮退炉』をいくつか並列起動させて魔力を増産し、それを注ぎ込んでる。
数日前から稼働させてたから、もうすでに十分な量が溜まっている。いつでも起動可能だ。
そんな準備万端の『龍の門』の前で、最後の確認作業を行っていた。
荷物とかはすでにもうしつこいくらいに確認は済ませてるので、その辺じゃない。
主に、この旅の目的は何か、それを成すためにどういう風に動くか……についてだ。
旅の目的はもちろん、過去に飛んだバイラスの打倒。
そして、そのバイラスに倒されて歴史から消されてしまったと思しき、母さん達『女楼蜘蛛』の救出である。
「じゃ、最終確認ね。僕らがこれからこの『龍の門』で飛ぶのは、この改変された世界で、最後に『女楼蜘蛛』の活動が確認されている、175年前の世界だ」
「たしか、その年に……『グラドエル』とかいう都市に向かったのを最後に、生存記録は途絶えちゃってるのよね? 死んだとかそういう記録も残ってない」
「その『グラドエル』で何かあったってことか……というか、その名前、ミナト君が生まれ育った『樹海』の名前と同じだよね。無関係とは思えない」
そう、確実に何かある。その『グラドエル』に。
名前はともかく、多分だけど、バイラスがそこに潜伏していて、やってきた母さん達を返り討ちにしたか……あるいは、何かしらの罠を用意してたか。
それを止める、ないし、何とかする。僕達の目標はそれだ。
そのために全力を尽くすのは当然だけど……一方で、注意しなきゃいけないことも色々ある。
「過去への干渉は、最低限にする……でしたよね」
「何だっけ、ええと……タイムパ……パラ……パラサイト?」
「タイムパラドックス、ですね。時間を超えて色々やったことで生じる矛盾や、それによる未来への影響を指して言う……って感じだったと思います」
シェリー、残念。そしてナナ、正解。
その『タイムパラドックス』を起こさない。それが重要だ。
僕らが過去で色々やったことで、それはそれで未来の世界に何かよくない影響が起こるかもしれない。
そんなことになったら本末転倒だ。だから、僕らにとって重要な目標以外の干渉は最小限。
例えば、過去の世界に行けば、僕らは言ってみれば『いないはずの存在』だ。
誰も僕らのことを覚えてる、知ってる人なんていないし、生きた記録もない。まだ生まれてないんだから当たり前だが。
けど、だからといって……その世界で動きやすくなるように、身分証を欲して冒険者ギルドで登録なんかしてみろ。大変なことになる。
現在の時間軸になって、駆け出しのころの僕が登録しようとしたときに、『あれ、この人170年前に登録されてるぞ!?』なんてことが起こるでしょ?
そんな感じで、別なトラブルを起こさないために、極力干渉しない。僕らが絶対に変えるべきだとする以外の歴史を変えるようなことはしない。
バタフライエフェクトなんて言葉があるくらいだ。何が原因になって、どんな変化が起こるか分かったもんじゃないからな。
むしろ今回僕らがやろうとしてるのは、バイラスの奴が勝手に変えたせいで色々とやばいことになってる今の歴史を、元の正しい形に戻す作業だしね。
そして最後の確認。
それを成し遂げた後、どうやってこの時代に戻ってくるかについて。
これについては、一応、2通りの方法がある。
……もっとも、内1つはできればやりたくない方法ではあるんだけど。
「まず前提として、僕らが過去で活動する時期は……ひとまず半年を見込んでる。これは、飛ぶ際のタイムラグを見越してのもの。狙った時間、年月日ぴったりに飛べるとは限らないからね」
「うん。それに、175年前に飛んだはいいものの、それからすぐに『女楼蜘蛛』壊滅のきっかけになった事件が起こってくれるとも限らないもんね」
「ある程度、時間的な幅に余裕を持たせて、様子を見ていないといけません。焦らず、じっくりと待って……それでいて、何か起こったらすぐにでも動けるように」
飛んでから半年間は、様子見も含めてその時間に滞在する予定だ。
その半年の間に、バイラスを倒して目的を達成できればよし。
できなければ……残念だけど、一旦帰還して準備を整え直し、再チャレンジする。
そしてその、肝心の『戻ってくる』方法についてだけど……あらかじめこの『龍の門』に細工をしておくことだ。
今こうして装着されているゴテゴテした装置。これはエネルギー供給のためだけのものじゃない。
簡単に言えば、タイマーでこの『龍の門』をもう一度作動させる。僕らが出発してから半年後に。
つなぐ時間は、僕らが出発時に目的として設定した時間……すなわち、175年前……の、さらに半年後の時間。
そのタイミングで龍の門の方から時空間のゲートを開き、開いたそこにあらかじめ待機していた僕らが、流れ込んでくる時間流をたどって、この時代に戻ってくる。
鯉の滝登りみたいに、時間の流れを、着た時とは逆に登って行ってここに戻る。
色々と不安要素はあるものの、これなら……こっちから働きかけることはできないけど、未来への道筋を作り出すことはできる。
ただ、これに失敗した時用に、一応もう1つプランは考えてある。
……こっちが、あんまり使いたくない方。
オルトヘイム号に、コールドスリープ用の装置を搭載しておいた。
もうこれだけで、どうやって未来に帰るつもりなのか、うん、わかるよね。
コールドスリープで170年ほど眠って、力技で未来に帰ってくるという……。
その間、オルトヘイム号は……海底にでも沈めておくか、衛星軌道上にでも隠しておけばいい。
もっともこれも、『オルトヘイム号』を持ってこれないと意味ないんだけど。
どっちも失敗した時は、最悪……向こうでコールドスリープでも何でも作って対応する。
その他、色々と確認は終了し、あとは過去に飛ぶだけ……と、その前に。
「さて……」
僕は、仲間達が立っているところの……そのさらに少し後ろあたりの暗がりに目を向ける。
そこには……当初は予定していなかった、しかし、出発直前になって急遽、一緒に過去に戻ることになった、最後のメンバーが待っていた。
「最後にもっかい確認するけど……お前も行く、ってことでいいんだよね……ゼット?」
闇に溶け込みそうな黒い鱗に、それとは正反対の輝きを放つ、琥珀色の爪と角。
『神域の龍』の騒動の時に共闘して以来となる、ゼットがそこにいた。
何でこいつがここにいるのかっていうと、こいつの方から申し出てきたからだ。今回の僕らの旅に協力させろって。
……と言っても、僕はエータちゃんと違ってこいつの言ってることがわかるわけでもない。
なので、こいつを改造した時のデータをもとに、こいつの思考を一部どうにか翻訳することでなんとか言いたいことを理解した。
それでもわからない細かいところは、急遽『渡り星』まで言ってテオに通訳の協力を頼んだ。
『ライン』を改造した超々長距離ワープ装置、用意しておいてよかった。マジで。
まだ未完成で負荷がすごいから、僕や僕なみに肉体強度がある奴(ゼット他)や、ワープに適正がある奴(テオ他)以外が使うと死ぬけど。
その結果わかった、こいつの同行動機。
それは……今話したばかりの、エータちゃんのことだった。
どういうわけかはわからない。まあ、バタフライエフェクトの類だとは思うが……エータちゃんが消えてしまったというのだ。
しかし、改造時に僕がこいつに手を加えたその影響か、ゼットの記憶もそのた肉体の状態も変わることはなかった。
自分の記憶の中に確かにいるのに、消えてしまったエータちゃん。恩人でもあり、数少ない心を許せる存在だった彼女を助けるために、ゼットは僕らのところにやってきた。
僕らもちょうど過去へ飛ぼうとしてたので――それを知ってきたわけじゃないみたいだが――自分も連れてけ、って申し出たわけだ。
こちらとしても、ゼットほどの奴が参加してくれるなら心強い。
ジェスチャーである程度の意思疎通はできるから、そこまでコミュニケーションに難儀することもないだろう。こいつ自身は人語わかるし。
過去で、バイラスがどんな手勢を用意して待ち受けてるかもわからないわけだからな……戦力が充実するのはありがたい。
アイツなら……僕が時間を超えて追いかけてくるこも織り込んで準備とかしてそうなもんだ。
さて、じゃあ……最終確認も終えたところで……いよいよ、行きますか。
僕は、今一度皆を一瞥してから、機械まみれになっている『龍の門』に向き直り……装置を作動させる。
既に行先の設定は終えてあるし、エネルギーもたまっている。後はもう……ボタン1つだ。
ポチっとな。
―――キィィイィイイィン……!
甲高い音が聞こえ始め、『龍の門』が光を放っていく。
そして、壁の模様にしか見えなかったそれが、徐々に奥に向かって開いていき……同時に、周囲のものを吸い込むような風が巻き起こっていく。
けどこの風は、実際に吹いているわけじゃない。あくまで、魔法的な現象だ。魔力を通して体で感じることはできるけど、実際にはほこり1つ巻き上げるような力はない。
けれど、この風に意思を持って乗る感じで、扉の中に飛び込めば……
「よし……じゃ、行くぞ!」
「「「了解!」」」
直後、僕らは一斉に駆け出して、扉の中に飛び込み……その身を、時間の流れの中にからめとられる不思議な感覚を味わった。
直後、扉が閉まる音が背後で聞こえた。
重ねて不思議なことに、風圧がきついとかそういうのは全然なくて……飛び込んだ後の感覚は、驚くほど穏やかで平和なもの。
何かが体にまとわりつくような感覚はあるものの、それも決して深いじゃなく……温水プールに飛び込んでその中にいる、しかし呼吸は普通にできるし目も開いていられる……みたいな。
多分だけど、事前に注ぎ込んでおいた魔力が、僕らを守りつつ、目的地まで運んでくれてるんだろうな。
特段、覚悟していたような過酷さとかは何も感じることのないままに、僕らは扉の中に広がっていた不思議な空間を運ばれていく。暗いような明るいような……あちこち色々な色に光ってるけど、別に目がチカチカするわけでもない、とにかく不思議な世界。
175年間をさかのぼるはずの、その旅は、割とあっという間に終わって……
―――しゅぽーんっ!
なんだか気が抜けるような、まるでワインのコルク栓を抜いたような音と共に、不思議な色の空間が終わり……僕らはいきなり、通常の空間(多分)に投げ出された。
そしてそこでも、猛スピードで地面に激突するとか、上空高くに放り出されるとか、そういったこともなく……僕らが飛び出したのは、普通に地面の近く。
しかも、着地も落とされる感じじゃなく、ふんわりと、優しい感じで行われた。
これも魔力と、『龍の門』のおかげか……割と至れり尽くせりだな。
が、優しかったのはそこまでだったと、僕らは直後に思い知ることになる。
僕らの体に絡みついて守ってくれていた魔力の防壁が、ほどけて消えた、その瞬間……
「「「寒っっっ!?」」」
突如として襲ってきたのは、猛烈な寒さ。
というか、めっちゃ吹雪いてるし、下は地面じゃなくて雪……氷!? 膝の上くらいまである!?
空を見上げても曇天で太陽は見えず、遮るものも何もない、吹きっさらしの大地。
全員普段着(冒険者としての、だけど)だったからめっちゃ寒い、っていうかもはや、寒いとか冷たいとか通り越して痛い!?
即座に『指輪』に込めておいた防御機構が働いていくらかマシになったけど、まだ寒い。は、早く防寒装備に着替えないとまずい!
っていうか、ここはどこですか!?
海底都市『アトランティス』の『龍の門』を使ったから、海の上とか、最悪海の底とかに出てくる可能性くらいは覚悟してたけど……ここ明らかに『ジャスニア王国』とかその付近じゃないよね!?
あの国はむしろ、国土の大半が常夏……とは言わないまでも、年中温暖な気候で、雪なんて北部にわずかに降るか降らないかくらいの気候だったはずだ。
もっと北の方……『フロギュリア連邦』とか、下手したらそれ以上!?
場所も気になるけど、と、とりあえず落ち着いて休める拠点づくり……そういうアイテム持ってきてるから、それを使って……いや、それよりもまず『オルトヘイム号』を呼び出せるかどうか試した方が……や、やること色々あるな、何からやろう。
だ、大丈夫、落ち着け、落ち着いて対処するんだ。何か差し迫って危機があるわけじゃない(寒さ以外)……時間はある。落ち着いて1つずつ……
「み、ミナト! あっち、あっち見て! なんか白い熊? 狼? みたいなでっかい獣だか魔物がこっちに向かってきてる!」
「あだっ!? ちょ、これ……雪だけじゃあなくて雹降ってきてない!? しかもでかいし痛い!」
「えっと、なんだかさっきから地響きも聞こえるんですけど……これ、ひょっとして雪崩か何かでは……?」
「あ、今雲の隙間に白いドラゴンみたいなのが飛んでるのが見えました」
ゆっくりしてる暇はありませんかそうですか。
ああもう、覚悟してはいたけどいきなり前途多難だなあ!
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