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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ
第579話 異変
しおりを挟む「え、リリン……さん? えっと、誰それ?」
「ちょっと、聞いたことない名前だなあ。職業柄、人の名前はなるべく覚えておくようにしてるんだけど……ごめん」
「すいません、心当たりがないですね……」
「ん~……覚えてないですねぇ」
「……聞いたことない。……クローナ? ……それも、知らない名前」
「私もわかんないなー……」
「誰それ? 知らないわよそんな人……え、義理の母? あっはっは、何言ってんの、私があんたの義姉なのは、あんたの兄貴分が私の夫だったからで……」
「も、申し訳ありません……不勉強にして、存じ上げない名前です」
最初は、夢か何かかと思った。
けど、そうじゃなかった。現実だった。
現実に……現実とは思えないようなことが起こっていた。
母さんが……いや、母さんだけじゃない。
師匠達、『女楼蜘蛛』の面々、ペット達までが……皆、いなくなっていた。
拠点から出ていっていたとかじゃない。最初から『存在しない』ことになっていたのだ。
エルクだけじゃなく、シェリーやザリー、ナナにミュウ、ネリドラにクロエ、セレナ義姉さんやサクヤにも聞いてみたけど、誰もその存在を覚えてなかった。
誰に聞いても『誰それ?』って返された。
アルバすらもそうだった。『母さん達のこと覚えてるよね?』って聞いてみても――こいつはきちんと人の言語も理解しているし人物も認識してるから――『?』と首をかしげる始末。
もちろん、時々一緒に遊んでた、ストークやペル、ビィにバベルのことも忘れていた。
わけがわからなかった。頭がおかしくなりそうだった。
昨日まで確かにいて、楽しく騒がしく過ごしていたはずの母さん達のことを……誰も、何も覚えていなかったんだから。
……1人を除いて。
『……ええ、もちろん覚えてるわよ。リリン・キャドリーユ。夢魔族。元……ああいえ、復帰したから現役で『SS』ランクの冒険者ね。あなたの2回目の誕生を担ってもらった……私と同じ、あなたのお母さんよね、ミナト』
(よかった……覚えてる人がいた……!)
僕の中から聞こえてくる、アドリアナ母さんの声を聴いて……僕は、この上ないくらいにほっとしていた。
皆が皆、まるで僕がおかしくなったみたいに言ってくるから、何なんだこの悪夢は、って思ってたところだったんだよ……。
アドリアナ母さんが無事……という言い方でいいのかわかんないけど、とりあえず無事でいてくれたのはよかった。
けど残念ながら、そのアドリアナ母さんも、なんでこうなったのかまではわからなかった。
僕を通してこの異常な状況に気づいて、アドリアナ母さんの方も驚いてたんだって。あわてて拠点のマザーコンピューターにアクセスして中を見てみたけど、なんとそこに入っているあらゆる記録やデータからも、母さんや師匠達がいた痕跡がなくなってしまっていた。
一体何が起こってるんだこれは? まさかとは思うけど、壮大なドッキリ……なんてことあるわけないだろうし。
というかこれって、まるで……ッ!?
(……まさか……いやでも、いくら何でもそんなことって……!? でも、もしそうなら……色々と説明がつく……ついてしまう……!)
『ミナト? どうかしたの? 何かわかったの?』
「……アドリアナ母さん、ちょっと僕、色々調べてみる。1つ思いついたことがあるんだけど……それを裏付けるためにも、確認しておきたい」
僕は、エルク達に一言断って、誰も連れずに1人だけで拠点を出た。
☆☆☆
数時間後。
バイク型マジックアイテム『ライオンハート』を使い、超音速の移動で僕がやってきたのは、ネスティア王国にある大都市『ウォルカ』。
冒険者ギルドの総本部がある都市であり……僕の、この『剣と魔法の異世界』での冒険が始まった思い出の町でもある。
冒険者に関することを調べるのに、ギルド総本部があるここ以上に適した場所はない。
ギルドに入り、SSランク冒険者の権限で、ここにある資料を片っ端から閲覧させてもらった。
合わせて、僕の担当職員であるリィンさんにも協力してもらい、いくつか教えてもらった。
その結果……信じられないことが次々に分かった。
というかむしろ、信じられないことばかりだった。いっそ、頭が理解するのを拒否したいと思ってしまいそうなほどに。
まず、『女楼蜘蛛』という冒険者チーム自体は、確かに存在していた。
150年以上前に存在した、女性ばかりの凄腕の冒険者チーム。そう、きちんとギルドに記録が残っていた。
……しかし、だ。
・全員のランクが『S』。
・最後の活動記録は、ネスティア王国南部の都市『グラドエル』での調査任務。
・以降の消息不明。一定期間生存確認が取れなかったため、規定により資格停止となった。
全員が『SS』ランクだったという事実も、色々謎を残しつつもきちんと『解散』したという情報も、そこにはなく……まるで聞いたことがない『記録』がそこに載っていた。
アイリーンさんが消息不明になっているため、当然、僕が知っている『100年以上ギルドマスターを務めた』という事実もなくなっていた。
歴代ギルドマスターの名簿には、数年、あるいは数十年おきに就任した、聞いたこともない名前の人達が名を連ねていた。
僕が、ギルド史上初のSSランク……という扱いになっていた。
さらに、150年分の冒険者名簿の中に……『大灼天』の二つ名で知られたSランク冒険者だったはずの、ノエル姉さんの名前がなくなっていた。
一応はギルド職員として確かに在籍していたはずの、アイドローネ姉さんの名前もなかった。
何度かギルドがネスティア王国の正規軍と共同で大きなクエストを実行した記録があったんだけど、数十年前に実行されたそれに記されている、王国騎士団総帥や、魔法大臣の名前が……ドレーク兄さんやアクィラ姉さんとは異なっていた。
その他、傭兵団、ローザンパーク、アントワネット財閥、シャルム教……他にも、思いつく限りのワードを調べてみたけど、どこにも、
「どこにも……母さん達や、僕の兄弟姉妹達に関する記録が……ない」
僕の記憶の中にある、確かにあったはずの事実が……ことごとく、全く別なものに置き換えられていた。
『女楼蜘蛛』や『キャドリーユ家』に関することのみ、すっぽりと抜けて……それでいて、矛盾が生じないように、上手いことつじつまだけが合わせられていた。
こんなの、まるで……事実そのものが……歴史が変わったみたいな……。
……いや、おそらくは……『そう』なんだろう。
『みたい』じゃなくて、これは、そう……正真正銘……
「歴史が……変わってる……!?」
隣にいて、調べものの手伝いをしてくれていたリィンさんが『?』な顔になっているのが、視界の端に見えていた。
そりゃまあ、いきなりこんなこと隣でつぶやかれても『何言ってんのこの人?』ってな感じになっちゃうよな。意味わかんないよな。
けど……多分これ、これ以外に言いようがないんだよ。
そして、多分これで合ってるんだよ。
どうしてこんなことが起こった?
原因は何だ? いったい何がどうなったら、こんな突拍子もない事態になる?
……いや、多分だけど……見当はついてる。
恐らくは……
(……あ・の・色白迷惑独善幻影野郎……やりやがったな!!)
ほんの少し程度に、気になってはいたんだ。
あの過去の記憶の中で、あの野郎の……バイラスの目的を知った時に。
あいつの目的は、世界を『聖女リリス』が望んだ平和で優しい世界に作り替えること。
そして、そこに彼女を迎えること……そう、言っていた。
世界を作り替える……はいいとして、もう1つの方の目的は……リリスさんをその世界に迎えるってのは、一体どうするつもりなんだろう、と。
1万2千年の歴史の中で、死者蘇生の秘術でも編み出していたんだろうか? まあ、似たようなことなら僕にも……理論上はできるからな。
今まさにアドリアナ母さんがそんな感じだし。
彼女は約20年前、僕とウェスカーを生んだ時に死んでしまった。
けど、その魂を僕の中に封じ込めていたため、人格も記憶も無事だった。
僕はそれを、拠点の『魔量子コンピューター』に接続することで、彼女に体を与え、さらに拠点内でコンピューターがある場所どこにでも行けるようにしてあげた。
新しい体を用意しての魂の移植という形で、疑似的にだけど死者蘇生を実行している。
バイラスは、聖女リリスの魂の欠片を持っていて、それをドロシーさんとかに移植する実験みたいなのもしていたそうだし……てっきり、同じような方法でリリスさんを蘇らせるつもりだったのかな、と思ってた。
……蘇ったリリスさんが、独善の塊によって多くの犠牲のもとに作られたいびつな『平和』を前にして、どう思うかはちょっとアレだったが……まあそれは今は置いといて。
しかし、そうでなかったのだとしたら?
バイラスは、どうやってリリスさんをその『新しい世界』に呼び戻すつもりだったんだ?
ひょっとしたらアイツ……最初からこの手を使うつもりで、準備を進めていたんじゃないか?
つまり、結論(仮説だけど)を言ってしまうと……
あの野郎、『新しい世界』が完成したら、タイムスリップして過去に戻って、まだ存命なリリスさんを未来に連れてくるつもりだったんじゃないか?
そのために、時を超えて過去に戻る術を既に手に入れていたんじゃないか?
そして、それを使って過去に戻って……母さん達を始末したんじゃないか!?
今の自分の、自分達の力じゃあ、どうあがいても母さん達に勝てない。そう悟った。
けどもっと昔の、今ほど強くない頃の母さん達なら。
自分の天敵足りうる『ザ・デイドリーマー』に目覚めていない頃の母さんなら。
自慢のゾンビアタック戦術で、時間はかかっても疲弊を誘い、倒せると考えて。
そして、母さんを始末してしまえば……歴史は変わり、もう1人の天敵である僕も、自動的に消滅する、生まれなくなると考えて。
宿願の達成の妨げになる存在を、排除できると……そう考えて……
……そして、実行した。
結果、歴史は変わり……『女楼蜘蛛』も、『キャドリーユ家』も、いなくなった。
最初から、いなかったことになった。
……しかし、なぜかこうして僕だけは消滅せず残っているし……僕も含めてうまいことつじつまが合う形で、歴史は修正されている。
これまでの記憶も、発明した技術も……何もかも、僕の中でだけは残ったままだ。
どうしてそうなったのか……それはわからない。
わからないけど、どうでもいい。
今、僕の頭の中にあるのは……ただ、1つのことだけだ。
あの野郎、絶対に許さん。
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