魔拳のデイドリーマー

osho

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第23章 幻の英雄

第550話 血の味の思い出

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 現在、セイランさんは。病室のベッドの上……ではなく、人が丸々1人楽に入れる大きさの試験管の中にいる。
 薬液で満たされたそこに、全裸で入っているわけだが、呼吸はできるようになっているので問題はない。

 同じような処置、『ヤマト皇国』の時にサクヤにもやったんだっけな。

 ファンタジーのかけらもない、完全にSFな光景ではあるけど、実際これが一番早く治せるので仕方ない。
 特に欠損の修復ともなるとね。効率最重視でやる必要があるから。

 というか、もうすでに両腕は治ってるんだけどね。

 治療開始から4日。すでに、こないだまで肘のあたりまでしかなかったセイランさんの腕は、きちんと手の指が五本あって、爪も生えそろって形になっている。

 ただ、まだ形ができあがっただけなので、中身まで含めてきちんとなじむにはもう少しかかる。
 一応肉体としては『元通り』なんだけど……新しく通った神経とかがまだなじんでないので、元通り動かせるようになるにはリハビリが必要だろう。

 けど、もう少し様子を見て、検査もして問題なければ、退院ってことでいいと思う。余裕見て……あと4日ってとこかな。

 合計で、全治8日ちょい。それで両腕再生。
 ファンタジー世界だとしても滅茶苦茶な早さだと言っていいと思う……いや、というかそもそも欠損が再生すること自体異常なんだっけな。

 まあ、いいか。僕ならできるってだけだし。



 そんで、この4日の間に、色々と他の準備も進んでいる。

 『オルトヘイム号』の航宙艦としての改造。
 それに付随して必要になる各種アイテムの用意。
 遠征のための食料その他必要物資の準備。

 その他色々、やることは決して少なくはなかったし、その多くは専門知識や技術が必要だったんで、僕や師匠とかしかできなかったけど……それでも順調といっていいペースだ。

 また、その他のこと……さっきとは逆で、僕ら以外でもできることとかについては、他のメンバーに任せている。必要物資の発注や確認とか、関係各所への連絡・打ち合わせとかだな。
 エルクやナナ、アイリーンさんやエレノアさんなんかがやってくれてたりする。

 エルクとナナはいつものこととして……アイリーンさんとエレノアさんも、『女楼蜘蛛』としての現役時代は、もっぱらそういう仕事担当だったっぽいので、すごくスムーズに進んでるそうだ。実に頼もしい。

 とまあ、そんな感じで適材適所、自分にできる分野で準備を進めていっている最中なわけだが……その最中の、とある日の夜のこと。

 時刻はすでに午前0時を回っている。いつもならさすがに翌日のことを考えて、適当なところで切り上げて寝に向かう時間だ。

 しかし今日、『オルトヘイム号』の細かい部分の改造を行っていた僕と師匠は……簡単に言ってしまうと、ちょうど作業がいい感じに進んでノっていたところだったので……そのまま作業を続行。
 深夜テンションも合わさってぶっ続けで何時間も進み……で、気が付いたら、

「2時半……腹減るわけだなこりゃ」

「さすがに一旦休憩しません? 細かい作業だし、疲れ溜まってる状態でやるのもどうかと……あとぶっちゃけおなか減ったし夜食食べたい」

「ぶっちゃけるな。まあ俺も同感だがよ」

 というわけで、きりのいいところで一旦工具を置き、夜食タイムにすることに。

 しかしターニャちゃんやシェーンを起こすわけにはいかない。
 しかし、この拠点の食堂スペースには、メイドロボが最低1~2体は常駐している。ロボだから24時間動けるし、簡単な料理なら作れるので、彼女達に頼めばって問題ないだろう。



 で、

「夜中になんちゅうもん食べてんのあんたら……」

「あれ、どしたの母さん?」

「なんだリリン、まだ起きてたのか?」

 カツ丼(大盛)を食べる僕と、ステーキ丼(大盛)を食べる師匠の姿を見て、呆れた様子で言う母さん。寝巻であるネグリジェ姿で、なぜか食堂に姿を現した。

「いや、ただちょっと変な夢見ちゃったせいで、時間に目が覚めてね……なんかそのまま目がさえちゃって眠れないから、夜食でも食べようかなって」

「なんだよ、お前も結局食いにきたんじゃねーか」

「そこまでガッツリ全開なメニュー頼むつもりはなかったわよさすがに。……こんな時間にそんなもん食べたら重いし……それに朝ごはん美味しく食べられなくなっちゃうでしょ?」

「それまでには消化終わるから大丈夫だって」

「つーかお前、夢魔が夢見が悪くて目が覚めるって……コントロールしろよそれくらい」

「そういう日もあるのよ、きっと……ミナト、母さんにもメニュー頂戴?」

「はい。どれにする?」

「とりあえず丼もの以外のページ開いてちょうだい。お母さんいくら何でも夜中2時台にこれ食べる気はないから」

 結局母さんは、『ヤマト皇国』からレシピを持ち帰って再現したばかりの『茶碗蒸し』を注文。
 さらに師匠は追加でお酒も出して飲み始め(赤ワインかな?)、そのまま流れで深夜の雑談タイムみたいな感じになった。

「そっかー、じゃあもうすぐ出発できるってわけね。あー楽しみ。雲よりずっとずっと高い空の上かー……どんな風になってるんだろうなー。2人はもうテストで上がったんでしょ? どうだった? やっぱきれいだった?」

「きれいだったかもしれねえけど……思ったより地味でもあったな。何せまあ、当たり前だが……何もねえ場所だからな。水も、地面も、何もねえし……魔物もいねえし」

「でも、高い所から見下ろす地きゅ……大地はすごく雄大というか、きれいなうえに迫力あったと思うよ? 言葉にして説明するの難しいけど」

「あー、私も早くこの目で見たいなー、ミナト、クローナ、ガンバ! なる早でお願い!」

「そりゃわかってるけどよ、俺たちがどんだけ早く完成させたところで、他の部分の準備がそろわなきゃ出発無理だろ」

「物資なんてもう数日あればそろうわよ! 各国との調整その他もフレデリカに投げ……んんっ、任せてちょうどよくなるようにお願いしてあるし」

「『投げ』っつったぞこいつ」

「フレデリカ姉さん、いきなり無茶ぶりされて可哀そうに……」

 宇宙旅行が待ち遠しくて仕方ないらしい母さんに呆れつつ、僕は、目が3つある兄弟姉妹思いの姉の1人に、今度何か労をねぎらう贈り物でもしようと心に誓った。

 そんな中、ふと思いついたように母さんが、

「……こんな風に夜中に3人で話してると、昔を思い出すわね」

「昔?」

「そ。まだ私たちが『女楼蜘蛛』だった頃さあ……まだ行ったことない場所に行く前の日とか、こんな風に話しながら夜更かししたりしてたこと、よくあったでしょ? 早く寝なきゃいけないってわかってるのに、結局全然眠れなくてさ」

「ああ……まあ、な。そんでその翌日にエレノアに怒られて、テレサとアイリーンに呆れられるところまでワンセットだったな」

「遠足前の子供みたいだね……」

 母さん達にもそんな、初々しい時期があったんだな、なんて思ってしまった。

 あと母さん、さっき『こんな風に3人で』とか言ってたけど……その言い方だと僕もその頃、眠れない夜を過ごしてたメンバーの一人みたく聞こえちゃうよ。
 その頃僕まだ生まれてない……っていうか、母さんドレーク兄さんすら生んでないでしょ。

 そう指摘すると、母さんだけでなく師匠も『あ』って感じの顔になって、

「ああ、そういやそうね、ごめんごめん。いや、なんか自然とそんな風に言っちゃったのよね……なんでだろ? やっぱミナトがSSにまでなって、私達と同じ場所まで来てくれたからかな?」

「あるいは、お前の精神年齢がこいつと近いからかもな。ま、俺も人のことは言えねーが」

 からかうように言う師匠だったが、彼女自身も、どこか遠くを見るような目になっている気がした。考え事をしているような……何かを不思議に思っているような……?
 
「むー、クローナってば、自分も気づいてなかったくせに……ああ、そうだ、そういえば」

 と、母さん、またしても何か思い出した様子。

「そういやあの頃は、このまま寝ないのもさすがにまずいからって、ちょいちょい寝酒飲んで無理やり寝たりしてたわよね。クローナがよく出してくれてたでしょ?」

「そういやそうだったかもな。……で、何だよその手は?」

 目の前で、にっこり笑いながら、手を『ちょーだい♪』の形にしている母さんを見て、三白眼になりながら訪ねる師匠。

「いやほら、ちょうどいいの持ってるみたいだし? せっかくだからその時のそれも再現してみようかなってね?」

「たかろうとすんなボケ。……残念ながらこれは普通の酒じゃなくて魔法薬の類だ。いくらお前でも飲むのはお勧めできねえからやめとけ」

「え、そうなの?」

 思わずといった様子でというか予想もしてなかったんだろう。意外そうな顔になっている。
 あれ、もしかして母さんは知らなかったのかな?

「魔法薬って……何でそんなもん飲んでんのよあんたが? どっか悪いの?」

「違げーよ。単なる血の代わりだ」

 『吸血鬼』はその名の通り、人間の血液を飲むという性質を持つ。
 それは、どれだけ強い力を持っていようとも、切っても切れない性質であり……頻度や量に個人差はあるとはいえ、命を保つうえであらゆる吸血鬼に等しく必要な行為だ。
 『夢魔』である母さんが、定期的な『吸精』を必要とするように、師匠だって『吸血鬼』である以上は、全く『吸血』をせずに生きることはできない。

 が、師匠は、血液の代わりになる魔法薬の開発に既に成功しており……それを自前で作って何本……いや、何樽もストックしてあるし、定期的に作り足してる。

 しかもその製法がワインの醸造みたいな感じであり、見た目も味もほぼほぼワインなのだ。師匠曰く、どうせ飲むなら美味い方がいいからって、狙ってそうなるように作ってるらしい。

 お酒と同じ感覚で普通に飲んでるこの薬があるからこそ、師匠は『吸血』なしでも生きていられるし、体調を崩したりもしないのである。

 人間なんて1人もいないあの『暗黒山脈』の邸宅で、師匠が数十年間ずっと引きこもっていられたのも、それが理由だ。

 ……っていうのを僕も、だいぶ前に教えてもらったことがある。

 けどこの反応を見ると、母さんは知らなかったんだな。

「現役の頃はそんなの飲んでなかったわよね? 引退してから作ったの?」

「ああ。引きこもるちょっと前からだな、コレのお世話になり始めたのは」

「そういえば聞いたことなかったですけど、なんで師匠ってそんな薬作ったんですか? やっぱりあの邸宅に引きこもるため?」

「それもなくはねえけど……一番は、他人の血を飲まなくていいようになるためだな」

 ちなみに、普通の吸血鬼は、普段飲む血をどうやって調達しているのかというと……知り合いに頼んでちょっと吸わせてもらう、あるいは金で買う、というのが一番一般的だそうだ。
 まあ、『一般的』っていう言葉を使ってもいいかどうか迷うくらいには、吸血鬼なんてそうそういない種族なんだけどね。

 あるいは、吸血専用の奴隷を買って持っていたりとか……中には、血の味が気に入った人と仲間になってチームを組んだり、結婚までしてしまう人もいるとか……ありようは色々。

 そもそも吸血鬼が必要とする『吸血』の量は、個人差あるとはいえ、そんなに多くないので、血を吸われたからといって命や健康にあれこれあるわけじゃないらしいしね。

 たまに欲望に負けて、相手が死ぬレベルで吸い続けちゃうバカもいるようだけど、そういうのはもれなくお尋ね者の討伐コースなので。
 あるいは、『吸血鬼たるもの相手が死ぬまで吸うのが本来のあるべき姿』だとか、物騒な考え方でやらかすアホもいるそうだ。リアロストピアの時に僕が消し飛ばした奴とか多分そうだ。

 そういう連中のせいで『吸血鬼』っていう種族全体が悪者扱いされるんだって、師匠、面白くなさそうにしてたっけな。

 けとやっぱり、ポーションや治癒魔法ですぐに治せるとはいえ、他人に嚙みついて傷をつけることになるわけだし……『吸血』という行為は忌避されることも多い。
 あるいは、吸血鬼自身が忌避することも多い。噛みついて傷つける相手に申し訳ないって。

 なので、多くの吸血鬼……特に、人里で暮らしているような奴は、量も頻度も最小限で済ませることが多い。
 あるいは、献血みたいに注射器で抜き取った血液を買ってそのまま飲むとか。

 師匠もそういう理由でコレを作ったのかな、と思って聞いてみたんだが……どうも違うようで。

「……血の味って、個体差っつーか……当たりはずれ激しいんだよ。人によってマジで味違ってな……美味い奴からマズい奴まで様々」

「そうなんですか?」

「ああ。まあ、そこんとこの趣味嗜好自体、吸う側の吸血鬼にもあるから、どういう奴の血が美味いとかマズいってのは言い表しづらいんだが……外れ引いた時は散々なんだよ。噛みついた瞬間から『あ、だめだこれ』ってわかるんだけど、今更やめるわけにもいかねえから我慢して……みたいな感じでよ」

「ひょっとして……そういうギャンブルじみた吸血が嫌だからその薬作ったの?」

 ……まあ……食道楽は僕の冒険者としての楽しみの一つでもあるから……そういう、味に関して妥協したくない、はずれを引きたくないっていう気持ち自体はわからなくもない。

 例えて言うなら、何を買うか選べない自動販売機、みたいなもんか?
 値段は全部同じだけど、味も量も炭酸の有無も『つめた~い』も『あったか~い』も選べない……何を選んでも喉の渇きは潤せるけど、こっちの趣味嗜好や気分は一切反映されない、何が出るかわからない完全ギャンブルっていう……確かに嫌になるな。

 ……吸血相手とチームを組んだり奴隷を買ったりするのって、それも理由にあるんじゃ……。

 けど、師匠の場合は……そういうのももちろん理由ではあるけど、厳密にはもうちょっと違ったらしく、
 『あんまりよく覚えてはいねーんだけどな?』と前置きしたうえで話し始める。

「ちょうどそれこそ、150年前以上前だと思うんだが……1回だけ、すっげえ美味い血を飲んだことがあってよ。まず間違いなく、それまでの人生で最高、って言っていいくらいの味だった……と思う」

「へえ……それで?」

「それ以来、他の血が全部まとめて味気なく思えるようになっちまって……それ以前なら文句なく『美味い』と思えてた血でも、全然物足りなく思えて満足できなくて。吸血のたびにしらけちまうんだわ。それがいい加減嫌になったから、『ならいっそ吸血しなくていいように、代わりになるもん作るか』って思って……」

「それであっさり作れちゃうあたりすごいですよね、師匠……」

 話しながら……まるで昔を思い出すように、ちょっと遠い目になりつつ、グラスに残ったワイン(魔法薬)をぐいっと飲み干す師匠。
 
 そんなことがあったのか。
 すごい美味しい血に巡り会ったおかげで、他の全部が物足りなくなっちゃうとは……運がいいんだか悪いんだか……。

「けど、150年以上前ってことは、まだ私達が現役だった頃よね? その血の持ち主って誰なの? 私達の知ってる人?」

「忘れちまったよ。いつどこでどう出会ったのかも、男か女かも思い出せねえ。……肝心のその血の味すらもだ、何もかも忘れちまった」

「えー、何よそれー?」

 つまんなそうにぶー垂れる母さんと、『仕方ねーだろ昔のことなんだから』と言い切って、新しいボトルを開ける師匠。まだ飲むのか。

 まあ、忘れちゃったんなら仕方ないとは思うけど……けど、さすがに僕もちょっと気になるな。
 どんな人だったんだろう、師匠がそんな風に、絶賛するくらいに気に入る血なんて……いや、それを知ったところでどうなるってもんでもないけどさ……。

 ……それに、ちょっと気になるしな……師匠がその人のことを、何も覚えていないってのも。

 師匠って結構わがままでこだわり強い方だから、なんとしても継続的に飲めるように……違法行為はさすがにないにしても、少なくとも交渉とかはしようとしたと思うんだけど。
 チームとか奴隷はないにしても、お金で買えるものならためらいなく買いそうだし。

 あるいは、体細胞からクローンとかホムンクルス作って近似値的な味の血液の再現+安定確保の試みなんかも……いや、これはさすがにないか?

 そんな師匠が、そこまで絶賛するほど気に入った血液の味も、その持ち主も、何も覚えてないって……いくら150年以上前のことだからって……忘れるだろうか? そんなに簡単に?

 まあ、気にしても仕方ないことなのかもしれないけど……ううむ。



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