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11巻
11-2
しおりを挟むミュウの『召喚』で、『オルトヘイム号』からターニャちゃんとシェーンを呼び出し、全員集合。
リビングで皆でくつろいでいるとあらためて実感する。
うん、やっぱ実家は落ち着く。
それがたとえ、敷地から一歩出たとたんに魔物が襲ってきてもおかしくない危険地帯であっても、食料庫内の食材がほぼ全て魔物関連の肉や葉物でも、ふと窓の外を見ると重機級の大きさの獣型モンスターが闊歩していたりしても……やっぱ実家は落ち着くのである。
まあ、あいつらはこの屋敷に近づいてこないし、入ろうとしても、結界魔法のおかげで無理だからね。
「ターニャちゃん。せっかく晴れたいい日なんだから、カーテンというカーテン全部閉めるのやめない? 気が滅入っちゃうよ」
「ごめんミナトさん……給仕中とか掃除中に、見たこともないような凶悪な魔物が視界に入ると、いちいち心臓が止まりそうになるの……お願い、勘弁して」
一応、営業スマイルを崩していないのはプロ根性なのだろうが……ターニャちゃんの背後に縦線効果が見えるほどに、彼女は精神的に疲弊していた。
やっぱり冒険者宿屋の従業員と言っても、そこではせいぜい荒っぽい話を聞いたりする程度。さすがにその目でAランク相当の魔物(しかも生きてる)を見るのはキツいようだ。
「いや、自信はあったんだよ……これでも同年代の中では肝は据わっている方だったし。仕事柄、冒険者の血とか生々しい傷を見る機会もあったからさ。けど……」
「けど?」
「ミナトさんの実家だー! って感激しながらふと窓の外を見たら、角の生えたでっかい熊が、でっかい怪鳥をバラバラに引き裂いておいしそうに食べてるのを見ちゃって……」
……それはひどい。
聞く限り、結構グロい光景な上、単純に魔物の見た目的にも恐ろしいだろう。
あんなレベルの食物連鎖が平然と起こってる森の中に自分がいるんだ、と認識した一般人……その心中推して知るべし、か。
「角の生えた熊……まさか、『鬼熊』か? 小さな村一つくらいなら、一匹で瞬く間に壊滅させるレベルの危険な魔物だと聞いたことがあるが……」
「……あの、ミナトさん、何度も聞いちゃって悪いんだけどさ……この家、ホンッッッットに、安全なんだよね? あの熊が襲ってきたりしないよね!?」
シェーンの追い討ちをかけるような補足で、更に不安と恐怖が増してしまったらしいターニャちゃんが泣きそうな顔で確認してくる。
「大丈夫大丈夫、ホントにあいつらここに入れないから。あ、何ならアレ狩ってこよっか? けっこう美味しいよ?」
「……やはり食料扱いなのか」
「他にも色々いるよ? でっかい鶏とか、でっかいゴリラとか、でっかいサルとか、でっかい狼とか、でっかいワニとか……植物なら、自生してる直径二メートルの巨大キャベツとか、寄生した樹の栄養全部吸い取って実をつけるリンゴとか」
「まともな食材がない……くっ、私に調理できるか……!?」
「毎日ゲテモノ料理とかそういう食卓になりませんように……」
シェーンはなぜか頭を抱え、ターニャちゃんはますます不安そうな表情を浮かべている。
「失礼な。ちゃんと見た目も美味しい肉ばっかりだよ……解体さえしちゃえば」
「まあ、私は比較的魔物や戦いも見慣れている。そういった光景やこういう状況もそこまで忌避することはない……多分。厨房主任としては、きちんと普通に食える食材さえ入れてくれれば文句はない。料理して皿の上に載せさせてもらう」
と、サムズアップしながらシェーン。
「そうこなくっちゃ。じゃ手始めに『ロースター』でも狩ってきますかね」
「へ? ろ、『ロースター』!? 超高級肉じゃない! ミナトさん、アレいるのこの森!?」
「うん。おいしーよねアレ、一時期ハマって毎日食べてた」
『ロースター』、いわゆる鶏だ。ただし大きさはメートル単位だけど。
虫(系の魔物)とか食料が豊富だから、けっこうな数が群れで棲んでるんだよね、あの鶏。
それこそ、適度に間引かないと大繁殖して森の外に溢れちゃうくらいの数が。
それを聞いたターニャちゃんは、何かを思い出したようだ。
「……そういえば、何年かに一度、ネスティアの南の方で『ロースター』の大発生が起こることがあるって聞いた気がするなぁ……高級肉が大量に手に入るビッグチャンスだから、一攫千金を狙う冒険者がこぞって狩りに行く、不定期のお祭り行事だって」
「あー……それ多分、この森から溢れた奴らだね」
そんなお祭り的な行事になるんだ、溢れると。
まあ、『ロースター』のランクはA……そこらの冒険者じゃ手も足も出ず、そのせいでさらに価値が上がって高級食材になってるわけだから、無理もないか。
「この森じゃあ、樹が少ない平野を選んで散歩すれば、わりと簡単に出会えるんだけど」
「いや、ぶっちゃけ出会えても返り討ちにあう確率の方が高いでしょ、普通は……しかしまあ、色んな意味で非常識な森だねー、ここ。なんかもう、一周回って落ち着いてきちゃったよ」
徐々に慣れてきたのか、ターニャちゃんが平然とツッコミを入れてくる。
「そりゃよかった。じゃ、今夜はその『ロースター』を狩ってきましょーかね。というわけでシェーン、調理頼める?」
「了解だ。さすがに狼や龍を持ち込まれたらどうしようかと思って身構えていたのだが……熊や鶏、最悪、猪やワニくらいなら何とかなる。もってこい」
おう、頼もしい。
話がまとまった(?)所で、恐らく疲れて部屋で休んでいるであろうエルクたちのことはターニャちゃんに任せて、僕とペットのアルバは今夜の夕食を調達するための狩りに出た。
☆☆☆
同時刻。
ところ変わって、ここはネスティア王国王都・ネフリム。
王城の食堂……それもただの食堂ではなく、王族専用の食卓だ。
卓についている者たちは皆、高貴な身分にふさわしい服装で、上品な手つきで皿の上の料理を口に運んでいる。
ネスティア王国国王・アーバレオン。
第一王女・メルディアナ。
第三王女・レナリア。
若くして他界してしまった王妃と、とある事情で王城を留守にしている第二王女を除いた、今この城にいる王族全員が一堂に会しているこの場で、皿の上の料理を一足先に平らげたメルディアナが、タイミングを見計らっていたかのように口を開いた。
「……時に親父殿」
「お姉さま、口調」
ぴしゃりと注意する第三王女・レナリアは、スルーされる。
これは悲しいことではあるが、いつものこと。
レナリアはため息をつきつつジト目で姉を睨むが、それもスルーしたメルディアナは父・アーバレオンに問いかけた。
「先だって『サンセスタ島』で、山の向こうのあの国がまたちょっかいを出してきたと聞いたのですが」
彼女が問いかけた『山の向こうのあの国』とは、言わずもがな『チラノース』である。
『ネスティア』と『チラノース』の国境付近には、かの有名なAAランクの危険区域『暗黒山脈』が走っている。鍛え上げられた軍隊でも全滅しかねない苛酷な環境に凶暴な生物が棲息し、さらにあの『女楼蜘蛛』のクローナが居を構えている魔境。
そこは事実上の通行不可能区域であり、ネスティアとチラノースを行き来するには、普通はそこを大きく迂回しなければならない。
数百キロにわたって連なるその山々を迂回。簡単なことではではない。直進するよりも十数倍長い時間がかかる。
ゆえにネスティアとチラノースの国交は政治、経済のいずれの面でも、ほぼ無いといえる。手紙一つ出すのですら一苦労なのだから、当たり前ではあるが。
そういった厄介な国境のない国であれば、それなりに国交を持つ機会もあるのだが、逆にいらぬちょっかいを頻繁に出してきて問題になることも多い。そのために、結果的には『暗黒山脈』のおかげで、それなりに助かっているといえなくもない。
今現在、ネスティアにはチラノースを重要視しなければならない理由は特にない。
チラノースが今回、『サンセスタ島』で盛大に喧嘩を売ってきて、こちらの軍に死者数名を含む犠牲者が出ているという報告は、すでにメルディアナらの耳にも届いていた。
威力外交どころか、直接武力行使してきた上に、そこに第三勢力たる『ダモクレス財団』まで参戦して大混戦になった、と。
「幸い、こちら側の陣営に『偶然』、『相当な手練』がいたおかげで、被害はそこまで大きくはなかったようですし、かの国の者たちにだけやられたわけではないとのことですが……今回の件はさすがに看過できるものではありますまい」
「……それに関しては私も同意見です、父上。すでに外交部門が動いていることとは思いますが、どういった対処をなさるおつもりですか」
メルディアナのみならず、レナリアもまた興味関心を抱いていた話題で、その内容が内容だけに、親子の間には珍しく、緊張感のある空気が漂った。
国王・アーバレオンは、口の中で噛んでいた肉をワインで飲み下すと、普段の砕けた態度ではなく、玉座に座る時の凛とした目つきになる。
「レナリアの予想の通り、すでに外交部門が動いている。チラノースへは此度の一件に対して、責任者の処罰や賠償などを求め公式に抗議するのはもちろん、周辺各国にも手を回して糾弾する準備をしている。一両日中には実行されるだろう」
それを聞いて、娘二人は驚いていた。
内容に、ではない。その対応の速さに、だ。
各国と連携しての公式な抗議や、責任追及・賠償請求については恐らく行われるだろうと想定していたが、事件が起こった時期に鑑みても、具体的な対応は先の話だと考えていた。
周辺各国への根回しも進めるとなれば、なおさらである。
すでに事件発生から数週間が経ってはいるが、それでも国家間の案件を処理するにしては異常な速さだった。
もっとも、その疑問はすぐに解消する。
娘達の顔色からそれを読み取った父親によって。
「何、簡単な話だ。調査隊が『否常識』なほど早く帰ってきた上に、その時点で完璧な報告書ができていたから、こちらとしても早く動けた。それだけだ」
(……ああ、なるほど。ここでも「奴ら」か)
瞬時に納得したメルディアナは、ここ最近ご執心の黒髪黒目の冒険者の姿を思い出していた。
「聞けば、調査隊は空飛ぶ船に乗って王都近くまで送ってもらったそうだ。しかも、船内は揺れも少なく快適だったために、負傷している兵士達の治療がスムーズに進み、自らも十分休めたので、報告書の作成に集中できた……とのことであった」
「ふむ、相変わらずの『否常識』ぶりですな……ますます欲しくなった」
「そ、空飛ぶ船、ですか……それはまた途轍もないものを……」
唐突かつ衝撃的に割り込んできたとんでもない情報に、レナリアの顔が引きつり、メルディアナの目はきらーんと光ったが、最早慣れたのか気にならないのか、国王はスルーして続ける。
「ともかくそのおかげで、こちらとしては先手を取る形でチラノースを糾弾することができそうだ。加えて向こうは今回、正規軍の中将をカードとして動かしているし、彼らが持ち帰ってきた証拠や捕虜の証言もある。お得意の責任逃れにも限度があるだろう」
「とぼけた態度やトカゲの尻尾切りは、あの国のお家芸ですからね……」
レナリアがげんなりとした表情で応じる。
「それと逆切れも、ですな。むしろ注意すべきはそっちではないでしょうか? 確かチラノースの兵士に加え、外交部門の人間を何人か捕虜にしていると聞きました」
と、メルディアナが応じる。
「いいがかりをつけて逆にこちらの非を糾弾してくる可能性、か。それも考慮しておかなければならんな。もっとも、戦争を起こそうとまでは考えてはいまいが……」
「それでも、責任の所在をあいまいにしたり、ペナルティを減らすための口実にするくらいは平気でやりそうですな、あの北の狸どもは」
嫌悪感を隠そうともせずに、メルディアナはそうこぼした。
レナリアも同様の反応を見せている。中空を睨みつけ、眉間にしわを寄せて苦々しそうに話す。
「ありえますね……捕虜の拘束は不当だとか、こちらが仕掛けた証拠がないとか、言ってきそうです。以前にも似たようなことがあったそうですし……くっ、あの恥知らず共め!」
「連中が恥知らずなのは今に始まったことではないだろう、レナリア。二国を合併した建国以来……というか、その建国時も色々と後ろ暗いことをしたという話だしな……そういえば、それにかかる機密書類も押収できたとか」
メルディアナはふと、思い出した。
報告によれば、『サンセスタ島』に隠れ住んでいた旧チラノース軍の兵士が隠し持っていたらしい。
兵士たちが持っていた『二種類』の機密書類のうち、ネスティアが押収できたのは『過去』の機密書類。十数年前に旧チラノース軍の兵士が持ち出した、かなり古い資料だ。
――だが、メルディアナたちは知らない。
最新の『機密書類』が存在し、それがある秘密結社により持ち去られていること、さらには、この時点でネスティアが得た情報はかなり昔のものであったことを。
「しかし、機密書類といってもすぐに役立つとは思えない内容だったな。やれやれ、どうせなら奴らの後ろ暗い話の一つでも獲ってきてくれれば、力強い武器になったのだろうが……まあ、そこまでを望むのは欲張りというものか」
ため息とともに、国王がぼやく。
「今重要な情報というわけでもありませんし、その資料は、ひとまず置いておいていいのでは? ともあれ結論としては……チラノースが言い逃れをする準備を整える前に糾弾し、制裁をきっちり突きつける……で決まりでしょうね」
「わが国の優秀な外交部門であれば、わざわざ伝えずともそうするだろう……ところで話は変わるが親父殿」
「また口調!」というレナリアの指摘を再びスルーして、メルディアナが父に尋ねる。
「これらの騒動を収束させるために、現地で尽力してくれた者への褒美など、すでに決めたことはおありか?」
「ふっ、相変わらず彼らに入れ込んでいるな、メルディアナ。今もって、ご執心というわけか」
「無論ですとも。此度の一件で奴らの能力の高さや底知れぬ可能性を更に知ることとなりました。最早、彼らを召抱えることを、このメルディアナのライフワークにしてもいいのではないかと思っています。手始めに、本件における恩賞として……」
「……脅迫だけはやめてくださいね、お姉さま……」
すっかりいつもの調子を取り戻し、生き生きとミナト達『邪香猫』の召抱え作戦を話す姉の姿に、妹は呆れ、父親は苦笑するのだった。
☆☆☆
実家に帰ってきて数日。
洋館での休暇は普通に落ち着くことができて、ゆったりとくつろぐ日々。
危険区域行きの依頼受けて休むとか、何考えてたんだろ、って感じ。
……いやまあ、ここも危険区域には違いないんだけども。
この家という絶対的な安全地帯がある上、外に出るのは日課の鍛錬と食料の調達だけなので、危険を感じることはない。
似たような経験……危険区域の中での修業を、『暗黒山脈』の師匠の邸宅で経験済みである『邪香猫』メンバーはもちろん、最初は緊張してたターニャちゃんやシェーンもだんだんと慣れてきて、今じゃ普通に、市街地にいたときと変わらないテンションで過ごしている。
窓のカーテンを閉めなくなって、サファリパーク感覚で魔物を眺めたりしてるし。
……さすがにお食事シーンは目を逸らしてるけど。
また、今ちらっと言ったように、僕らは休暇中でも、体がなまらないようにトレーニングは続けている。外の『グラドエルの樹海』で。
何せランクAAの危険区域。ちょっと歩けば向こうからランクBやAの魔物が襲ってくるため、戦闘訓練の相手には事欠かない。
ランクAのエルクやミュウ、AAになったばかりのザリーなんかにはちょうどいい修業場所であり、なまらないどころか日増しにその実力を研ぎ澄ましている。
……休暇中のはずなんだけどね、今。そこまでしなくても。
まあ細かいことは気にしない。強くなるのはいいことだ。
エルクなんかは、魔法の腕や魔力運用もめきめき上達してるし、僕の『否常識魔法』も――アルバと僕を除けば――このメンバーの中では一番多く習得している。
『ハイエルフ』の『先祖がえり』でもともと秘めていた才能が、どんどん出てきて、彼女の実力は天井知らずの伸びを見せている。
この分なら、AAランクに手が届く日もそう遠くはないだろう。
ミュウやザリーもエルクほどじゃないけれど、確実に強くなってきている。
身体能力や魔力運用能力はもちろん、技のレパートリーも増えてるし。
ザリーはもともと高かった隠密行動能力や相手の意表をつくトリッキーな技や魔法に磨きがかかって、ミュウは魔法の腕や召喚獣のコントロール技能が上がってきている。
さらに二人とも観念したようで、僕の『否常識魔法』を習得することにも、それなりに精力的だ。
『邪香猫+α』のうち、アンダーAAAの三人はそんな感じ。
そしてそれ以上の四人……僕、シェリー、ナナ、セレナ義姉さんはというと……。
この森の魔物では少々物足りないこともあり、主に組み手をメインにしたトレーニングを行っている。
実力で言うと……まあ、当たり前だけど、この四人の中では僕が一番上。
次点で義姉さん。その下に僅差でシェリーとナナ。この二人は互角ってとこだ。
なので組み手をする時は、大概、義姉さんとシェリーとナナの三人のうち二人が戦う。
残り一人は見学・休憩している時もあるし、僕と戦ってる時もある。
また、それほど頻度は多くない――が、最近だんだん増えてきている――けども、僕対三人での組み手なんてのもやることが。
実力では僕が上だけど、きっちりと連携してくるので、かなり手ごわいし……ヒヤッとしたこともある。
近距離でガンガン大威力の攻撃を叩き込んでくる義姉さんと、遠距離から義姉さんをサポートしつつ隙を見て狙撃してくるナナ、臨機応変に攻撃手段を変えてくるシェリーの連携は正直、凶悪と言っていい。
身体強化しただけだと僕も苦戦する。『パワードアームズ』を使えば、かなり楽になるけど、それでも手強かったし。
個人的な感想では……多分この三人が連携して戦えば、Sランクの魔物や冒険者が相手であっても勝てると思う。
そんな感じでなまらないように適度(?)に動き、疲れたらお風呂やふかふかのベッドでゆっくりくつろぎ、お腹がすいたらシェーンとターニャちゃんの料理に舌鼓を打ち、退屈したら母さんの書斎その他の部屋にある本なんかを読む。
そんな風に、ここで暮らした十六年ちょっとの長い時間に思いを馳せつつ、最近まで僕らが巻き込まれてきた出来事を忘れて、ゆっくりと過ごしていた……ある日のことだった。
母さんの書斎で、ふかふかの社長椅子に座ってくるくる回って遊びながら、エルクの「何してんだコイツは……」的な視線を受け止めていた僕は、ふと、視界の端に映ったあるものに気づいた。
あれ? 何だろ……今、机の下に何か光るものが見えたような……。
気になってしゃがんで見てみると、これは……。
「……鍵、か?」
拾ったのは、鍵。
もしかしたら何かのマジックアイテムかもしれないけど、少なくとも見た目は鍵。
ただ、何というか……見た目が気になる。
何せ金ピカ。純金のようにきらめいてて……しかし重くない上に硬いので、別の金属だろう。
そして取っ手の部分に、青色の水晶が埋め込まれている。
あと、何か微妙に年代ものっぽい見た目なのが気になる……若干汚れもあるし。
その後ちょうど食事だったので、「これ、何か知らない?」って皆に見せてみた。
「『ディープブルー金庫』の鍵よ、コレ」
と、義姉さんが応じる。
「そ。『ブルーベル』にある大きな金庫よ」
次に応えてくれたのは、ナナ。
「『ブルーベル』って何、町の名前か何か? ……そこの貸金庫の鍵?」
「知らないのも無理ないかもね。『ブルーベル』があるのはジャスニア……この国の外だからさ」
チームの情報担当であるザリーが言葉を継ぐ。
「あ、そうなんだ? ……まあ国内にあっても知ってるかどうか微妙だったけど」
「そこにある『ディープブルー金庫』は、創業千年を超える老舗でね、ジャスニアだけでなく、他国の王族や貴族なんかも、そこに私財を保管していたりするのよ」
最後に、ナナがまとめてくれた。
千年……そりゃまたすごいな。日本で言ったら平安時代だ。
聞く限り、富裕層が利用する貸金庫とか銀行の類……地球で言えば、スイス銀行みたいな感じなんだろうか? その『ディープブルー金庫』とやらは。
しかも、腕利きの警備兵を何人も雇っている上、マジックアイテムによる盗難防止策を何重にも仕掛けてあり、警備は万全らしい。そりゃすごい……他国の要人各位が信用するわけだ。
「鍵がここにあるってことは……その金庫をうちの母さんが利用してるってこと?」
「そうなるわね。まあ、別に大したもの預けてないと思うけど……」
「? 何で? ミナトさんのお母さんって、あの『女楼蜘蛛』だった人でしょ? その人がわざわざ預けるんだから、すごいマジックアイテムとかが入ってるんじゃないの?」
と、ターニャちゃん。義姉さんの発言が疑問のようだけど、いやだってホラ……。
「だって預ける必要ないじゃない。お義母さんが自分で管理してた方が安全よ?」
「……ああ、確かに」
知りうる限り最強の番人であるといえる。
そういう金庫があるって聞いて、興味本位で何か預けてみようってことで利用しただけの可能性大。記念受験的な。
もしくは……自分で持っていたくない、けど長期間保存しなきゃいけない訳ありの品とか。
そんなことを考えていたら、ふと気づいたという感じで、ザリーが僕に問いかける。
「ところでさ、この鍵で開く金庫、使用期限っていつなのかな?」
「使用期限? ああ……貸し金庫だし、そりゃそういうのもあるか」
「鍵の取っ手部分を見てみて。十三桁のシリアルナンバーがついてるはずだよ。前半四桁が金庫の番号、後ろの六桁が保管期限」
「……ああ、あったあった。間にアルファベットが三つ入ってるけど、コレは?」
「管理してる金庫の側で使うコードか何か、らしいから気にしなくていいよ」
「へー……随分よく知ってるね、ザリー」
「ん、昔ちょっとね」
ザリーの言ったとおり、鍵の取っ手部分には、桁数の多い番号みたいなものが刻まれている。えっと、これの下六桁が使用期限=日付ってことは……。
この鍵で開く金庫の中身の期限は……うん?
「……今月末……? ……えぇぇ!?」
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