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第22章 双黒の魔拳
第534話 とびっきりの『悪夢』
しおりを挟む距離をとろうとするウェスカーを追って、『リニアラン』で超加速し、殺到する光刃を、『レールガンストライク』で粉砕して……しかしその拳は、威力の減衰もあり、間一髪で止められてしまう。
直後、首を狙って放たれるウェスカーの光の剣での一撃を、ミナトは、漆黒の電撃『エレキャリバー』を纏った手刀ではじいて砕く。
すぐさま光の剣を手放すウェスカー。光の剣は空気中に溶けるように消滅する。
自由になった左手も使い、両手で剣を持って魔力を込め、高威力の一撃を放とうとしてくるも、ミナトはそれを、雷雲を纏った拳『トールハンマー』で受け止めて、逆に押し返す。
それでもすぐに体勢を立て直して切りかかるウェスカー。受け止めるミナト。
鍔迫り合いになった瞬間、ぱっと左手を話して、ウェスカーはミナトの顔面目掛けて、ほぼゼロ距離で火炎魔法『フレイムランス』を放つ。
が、それに対してミナトは口を大きく開き、光と炎を練り合わせた『ドラゴンブレス』を吐き出して迎撃、相殺する。
その相殺で生じた爆風をぶち抜いて、ミナトの頭突きがウェスカーに当たる。
流石に顔面に直接衝撃が叩き込まれるのは効いたらしく、ウェスカーは目の前に火花が散った感触と共に、一瞬体勢を崩す。それでも、攻められないように光刃を再構築して振り回し、けん制する。
が、頭突きの勢いのまま勢いよく跳躍+体を前に大回転させたミナトは、そのまま縦方向の連続回し蹴り……しかも、足に『エレキャリバー』を発生させて殺傷力を高めたそれで、光刃を全て粉砕。
間一髪ウェスカーはそれを剣で受け止め、直撃を食らうことこそなかったが、勢いを殺しきれず、背中から地面に盛大に叩きつけられ……その瞬間。
2人の戦いに耐えきれなかった隔離空間の壁がとうとう崩壊し、ちょうどウェスカーの背中が叩きつけられた部分から、ガラスが割れるように崩れて消えた。
そしてそのまま、ウェスカーとミナトは通常空間に投げ出され……今に至る。
(これほど、とは……!)
通上空間に復帰してミナトと睨み合うウェスカーは、徐々に徐々に増していく自分の力に、平然とついてくる……どころか、上回って当ててくるミナトの実力に戦慄していた。
(『強化変身』を封じてなお、ここまでの……逆に言えば、最初の一手であのアイテムを封じられていなければ、私は既に負けていたでしょうね……しかしだからこそ、今、力を封じることに成功している今、決着をつけなければ……間違いなく彼の力は、総裁に、財団にとっての脅威となる!)
少しの間を置くことで、さらにウェスカーの力は高まり、痛みや疲労も消えていく。
回復魔法を発動することで、細かな傷も癒え、体は万全に戻る。
しかしそれでも、油断など微塵も許される状況にないことを、ウェスカーは悟っていた。
と、その瞬間、はるか後方で……ガシャァン、と音を立てて、立ち上っていた『ライン』が砕け散る。
ミナトはそれを目にして、『お、師匠やったんだ』と一瞬、意識に隙間を作ってしまう。
その瞬間、ウェスカーはミナトに斬りかかる……のではなく、魔法で収納していたさらなる『奥の手』を取り出した。
注射器の形になっているそれを、自分の首元に突き刺し、中身の薬品を注入する。
ミナトがはっとしてそれに気づいた時には、すでに空になった注射器をウェスカーが投げて捨てるところ、そして、またしても爆発的にウェスカーの力が高まっていくところだった。
「注射器て……まーたヤバげなビジュアルのものを使って……。何、そうまでして僕のことここで仕留めたいの? 既にラインも破壊されて、負け確定なのに?」
「ええ、それはもう……総裁はあなたに色々と期待をかけているようですが、私からすれば、あの方の喉元に届きうる牙を有しているあなたの存在は危険でしかない。我々に協力していただける見込みもないことはわかり切っていますからね。なればこそ……この身がどうなろうとも、今、ここで決着をつけさせてもらいます……!」
「重い……」
ため息をつくミナトの眼前で、ウェスカーの体に、外見でわかるほどの決定的な『変容』が現れていく。
手の爪が鋭く伸び、首元や手首など、見えている肌の部分の一部に、龍の鱗のようなものが浮かび上がってきていた。心なしか、歯も、牙、と呼べるくらいに鋭くなってきているように見える。
そこまで決定的に『異形』と呼べるような姿にはなっていないものの、明らかに人間を捨てた方向への変容。それを目の当たりにして、ミナトは『うわあ』という表情になった。
「怪人化は巨大化に並ぶ負けフラグだと思うんだけど……」
「また、わけのわからないことを……! 別にこれは、今体を作り替えたわけではないですよ……もともと私の体の中にあった『因子』を、表面に持ってきただけのこと……!」
「?」
「私の体は、元々……様々な生物の力を宿した『改造人間』としてのそれ……普段は、一番適合した『ケルビム族』の因子のおかげもあって、人間の姿に留まってはいますが……他にも取り込んだ様々な力を顕在化し、最大限発揮できるようにすれば……!」
「今の薬はそのための奴で、代償がその異形化か」
「もちろん、変わったのは形だけではないことを、ええ……とくとご覧いただきますよ!」
同じく幹部である、プラセリエルほどではないが、人と龍の間の姿のようになったウェスカーは、直後、地面を砕く勢いで前に踏み出し、ミナトに襲い掛かる。
振るわれる剣を、腕をクロスさせて受けるミナト。そこから伝わってくる衝撃の大きさに、切り札として扱うだけのことはある、という感想を抱く。
その場で踏みとどまれず、僅かに後ろに押し込まれた。
ウェスカーそこから、スピード、パワー、魔力……全てにおいて極限まで強化された戦闘能力を存分に発揮して攻め立てる。
両腕と4本の光刃翼に加え、時に両足にまで光の刃を発生させ、さらに先程までと同じように、魔法攻撃によるセルフの援護射撃や追撃をも織り込んで。
一撃一撃が、大型モンスターを一蹴して仕留められるほどの威力の攻撃が、秒間数発、魔法も合わせれば数十発というペースで叩き込まれる。
何者も割り込むこと叶わないほどの、死をも経たす大嵐。周囲の地形を盛大に変えながら、ウェスカーは攻め続け……しかし、
(なぜ、防がれる……!? なぜ、押し切れない!?)
『ダークジョーカー』状態のミナトに、全てさばかれ、防がれる。
細かい傷を作ることはできているものの、一向に有効打足りうる一撃を叩き込むことができないまま、時間だけが過ぎて行く。
その、時間は自分の味方である……という認識すらもまた、徐々にかすんできているように感じられた。
(これでもまだ足りないのか!? 一体、どれほどの力を彼は……ッ!?)
徐々に焦りが見え始めるウェスカーの眼前で、さらにそれに追い打ちをかける事態が起こる。
ミナトの防御を抜くつもりで放った渾身の一撃。
それをミナトは平然と、右の拳1つで相殺して見せた……その瞬間、再び眼前で闇が吹き上がり……次の瞬間、ミナトの姿は、『アメイジングジョーカー』に変わっていた。
奇しくも、以前ここでミナトとウェスカーが戦った当時のミナトの切り札。
それを前にして一瞬怯んだウェスカーだったが、すぐに困惑を振り払って攻撃を再開する。
(だが、あの姿もまた……発動に装備やアイテムを要するものだったのでは……)
そんな、僅かな困惑だけは心に残したまま。
しかし、それすら吹き飛ぶような事態が続けざまに起こる。
ウェスカーの、光刃翼と魔法の同時攻撃はミナトを襲ったその瞬間……ミナトの周囲に、突如として3つの魔法陣が現れ、それを打ち消して防いだ。
障壁魔法か、とウェスカーはあたりを突けたが、その魔法陣から、死神と龍、大蛇が現れたことでそれは違うと悟り……同時に、『なぜ!?』と困惑する。
「それは……!」
『Walpurgis!』
『Georgius!』
『Uroboros!』
「『アルティメットジョーカー』……!」
それら3つを取り込んで膨れ上がるミナトの力。
闇が吹き上がり、一瞬にしてミナトの姿は……体はライダースーツとプロテクター風の装甲に覆われ、髪の毛の前半分が金色になり、目が鮮やかな緑色に染まった姿に変わっていた。
そのまま、ウェスカーの攻撃を、先程までにまして激しくなってきているそれを容易くさばく。
光刃翼でのラッシュを、出現させた銀色の双剣でさばいて砕き、雨あられと降り注ぐ魔法攻撃を金色のマントを翻して打ち消し、距離をとれば巨大なバズーカのような大砲を構え、放つ。
次第に攻守が入れ替わりつつあることを悟って焦るウェスカーが、無理やりミナトの防御をこじ開けて攻撃を届かせようとすると、ミナトは空中高く跳躍してそれを回避した。
しかし、降りてきたところを狙おうと身構えるウェスカーの眼前で、今度はミナトの全身が輝く球体に包まれ……しかしその球体が、すぐに闇に塗りつぶされて黒く染まる。
『日食』が起こった太陽のような姿になったその球体がはじけ飛び、中から『エクリプスジョーカー』となったミナトが飛び出して、ウェスカーによる迎撃の構えを容易くうちぬいた。
メッシュのようにひと房の金髪が混じり、瞳の縁取りだけに緑色を残した姿となって笑うミナトを前に……ウェスカーは先程から困惑が収まらない。
「なぜ、その姿に変身できる……あのアイテムが必要だったはずでは……!?」
「そうでもないんだなコレが。忘れてるみたいだけど、『アルティメット』も『エクリプス』も、最初の1回は僕、補助も何もなしに自力で変身してんだからさ。お前の言うアイテム……『エンドカウンター』はあくまで、僕が気分を乗せるための、言い方はアレだけど『おもちゃ』に過ぎない」
つまるところ、ミナトの『強化変身』に必要なのは、何を置いてもミナトの気合、ないし『気分が乗っている』こと。
それこそがミナトの力の根源であり、不可能を可能にする『ザ・デイドリーマー』の本質そのものである。
究極的な話、相応にミナトのテンションが乗ってさえいれば……なくても問題はないのだ。
しかしそれでも、自他ともに認める『特撮ヒーロー好き』であるミナトにとっては、アイテムを使って変身して強くなる、というのが、テンションが上がる要素の1つに違いないのは事実。
ゆえにこそ、今回の戦いの当初も、『エンドカウンター』を壊されるという事態は、かなりまずい事態の一つだった。あの時点では、正真正銘。
それを覆してここまで来れているのは、ひとえに今までミナトが積み上げてきた修行の成果であり……そして同時に、今この戦いでミナトがやろうとしている、『あること』に起因する。
「……だとしても問題はありませんとも。元々私の体に施した強化は……カムロの能力をベースにして、その『エクリプスジョーカー』になったあなたとも渡り合えるところを目指して高められたものなのですからね……思惑が外れたところで、退く選択肢などありませんとも」
「そりゃ残念……でも困ったことに、好都合でもある。ここまでやって退却なんかされた日にゃ、テンション下がるし、最後までやれよ空気読めないのか、って呪詛吐くところだった」
「全く、あなたはいつもいつも、緊迫した戦いであればあるほど緊張感に欠ける……その夢見がちな態度が力に変わっているというのだから、敵として見ると腹立たしいものだ。ですが、いい加減その、どこまでも都合のいいデタラメな力も……それによって引き起こされる『否常識』も……終わりにして差し上げますよ……今日、ここで!」
そう言って構え直し、飛び込んでくるウェスカーを、ミナトは……
☆☆☆
(夢見がち……『夢』……か、上手いこと言ったもんだ)
『やや異形』とでも言えそうな状態に変身し、猛攻をかけてくるウェスカーの連撃をさばきながら……僕はふと、そんな感想を抱いていた。
思えば、前世の……『春風湊』だった僕が、この世界に転生して、こうして生きてきて……変な話、それ自体がある意味『夢』みたいなもんなんだよな。
ネット小説やライトノベルの中にしかないような、フィクションでしかありえない、夢物語。
事実は小説よりも奇なり、な体験を現在進行形でし続けている僕にとって、行ってみれば、この世界での1日1日、一挙手一投足、全てが夢のような時間だ。そう言っても過言じゃない。
優しい母さんの元に生まれて、
頼もしい仲間ができて、一緒に楽しく冒険して、
時には危機に陥ることもあったけど、協力してどうにか乗り越えて……ここまで来た。
月並みな言い方になるけど、それらの思い出の1つ1つが、今こうしている僕を形作っているわけで……そして、その今までの経験の中において、間違いなく、こうして今戦っているウェスカーもまた……その1つでもある。
というか、全然意識する機会ないけど、こいつ一応僕の実の兄なんだよな。
それがこうして、決定的に敵同士に分かれて、こんな風に戦うことになって……そうなる見込みだって話した時には、アドリアナ母さんも悲しそうにしてたっけ。
けど、お互い譲れないものがある以上は仕方ないって、無理やり納得してたな。
思えばコイツとも長い付き合いだ。
幽霊船の上で初めて会って、その後も色々な場面でちょいちょい会って……
サンセスタ島の一件の時には、敵同士として戦って、
けどその後、奇妙な縁で、リアロストピアの時には、共闘みたいなこともした。
シャラムスカでは……あの時はどっちかって言うと、好き勝手暴れるアガトが邪魔だったから2人でさっさと排除して……その時に双子の兄弟だってわかったんだっけ。
そして今……いずれこうなる気がするとは思っていたけど、こうしてとうとう、雌雄を決しようとしている。
……正直、『財団』のぶっ飛んだ目的やら計画や、敵味方の関係さえなければ……割とこいつのことは、嫌いでもなかったように思う。
もしどちらかの立場や出会い方が違えば、もっと違った結末が……いや、考えても仕方ないな。
ウェスカーにはウェスカーで譲れないものがあるんだろう、それはわかってる。
わかってるけど、それを通させるわけにはいかない。
僕はこれからも、この世界で、この2度目の人生を……皆と楽しくやって行くつもりだ。
こいつらの考える『世界規模での試練』なんてもので、その邪魔はさせない。
正義とか大義とか、そんな大層なもんを考えるつもりは一切ない。僕は僕が楽しく生きていくために、ただそれだけのためにここで、全力でお前を倒して、『財団』をぶっ潰す。
……あと、コレちょっと失礼というか、不謹慎だとわかりつつあえて言うんだけども、僕は今、こんな状況でありながら……これから使おうとしている、僕の方の『奥の手』……それがちょっと楽しみで仕方ないというか、うずうずしているというか。うん、不謹慎はわかってるけども(大事なことなので2回言いました)。
お前が終わらせると言った『夢』は、終わらせない。
むしろ、お前にも見せてろう、僕が、今までに積み重ねてきた全てを……それこそ、お前とのこの闘いすらその糧にしてたどり着いた、集大成を。
これからお前が体験することになるのは、僕のこの、転生してからの20年弱の歳月の中で鍛え上げてきた力の集大成であり、ここ数週間の強化特訓の成果であり、この戦いを乗り越えた先の未来に今からもう抱いている、夢と希望と欲望と邪念と焦燥と感謝と親愛と決意と、その他諸々……そして何より、『否常識』のである……
……とびっきりの、『悪夢』だ。
☆☆☆
ふいに、ミナトの左腕に……腕時計型のマジックアイテム『エンドカウンター』が現れる。
しかし、『直ったのか!?』と驚くウェスカーの目の前で、それはすぐに消え……紫色に光り出したかと思うと、きらめく光の粒子になって散った。
その直後、今度は先程もミナトが使っていた、『アルティメットジョーカー』の状態で使える武装……『ワルプルギスのマント』『ゲオルギウスの剣』『ウロボロスの大砲』が現れ……しかし同じように、光の粒子になって消える。
その後も、薙刀型の武器『焔魔橙皇』や、各種の強化フォルムの武装……ミナトがこれまで作って、使って、戦って来た『否常識』なアイテムの数々が現れては消え……そして生まれた光の粒子が一面に漂いだす。ミナトを中心に、渦を巻く。
光はそのまま、いつのまにか見渡す限りに広がって行く。
気付けば、元からそこにあった地面や草木、水や、空に浮かぶ雲や、降り注ぐ日の光……目に見える全てが、僅かではあるが紫色の光を帯びて見えた。
本当に光っているとは思えない。目の錯覚なのか、幻なのか……それもわからない。
しかし、今まで現れた『否常識』達と……ミナトにとっての『玩具』達と同じような光を帯びて、世界そのものが光っているこの光景は、
ともすれば、この瞬間……世界そのものが、ミナトが楽しむための玩具、あるいは遊び場であると……そんな、『否常識』そのものと言っていいような欲望が形になったものであるように見えた。
そしてその瞬間、世界を包んでいた光がミナトの元に収束し……ミナトの体に吸い込まれていき……光と闇が混ざり合ったような色合いの、炎のような優しく、鮮やかで……どこか底知れないものを内包したオーラに、ミナトは包まれ……
それが消えた時、ミナトの姿は……今までに見せたどの姿とも違っていた。
一見すると……普段のミナトの姿そのものかと思えるようで、『アルティメット』や『エクリプス』にあったような、特別さを象徴する要素が、ない。
髪の毛は黒。瞳も、同じく黒。
金色のメッシュや、緑色の縁取りはどこにもない。
普段着である黒のジャケットにズボン。腰には黒帯。手足には、金の縁取りがある程度の、黒い手甲脚甲。
普段と違う点といえば……白いインナーが紫色になっていることと、首元のスカーフが黒になっていること。
そして、よく見るとわかる程度に、髪の毛と瞳に紫のきらめきが混じっている所、程度か。
特段何も飾り気がない、ほとんどいつものミナトの姿。
その戦いの様子を見守っていた、エルクをはじめとした仲間達の目にも……正面から相対しているウェスカーですら、これが本当に『強化変身』なのかどうか、わからない。
だが、それでも、
「……『ナイトメアジョーカー』……!」
今日この時をもって完成した、ミナトの『最強フォーム』は、
見た目の通り、確かに今までと同じであり……それでいて確かに、今までとは違っていたのだ。
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