魔拳のデイドリーマー

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第22章 双黒の魔拳

第531話 エレノアとドレーク

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 ネスティア王国、リトラス山。
 ここにも、何十年ぶりに思う存分暴れている者が1人いた。

「にゃっ……ハァ―――!!!」

 斥候らしいと言えばそうなのか、身軽に動ける軽装な装備に身を包み、決して狭くはないリトラス山の戦場を縦横無尽に駆け回る、『女楼蜘蛛』の1人……『牙王』エレノア・トレパロスキー。

 両手を、肉球と爪のついた猫の手に変え……ぴこぴこと耳や尻尾を動かしながら走る姿は、客観的に、あくまで第三者の視点から、純粋な感想として言うなら、『かわいい』と言えるものなのかもしれないが……現場で起こっていることを加味してみれば、どうしてもそんな感想は出てこない。

 『猫の手』が振るわれるたび、それについている爪から真空波が放たれ、その直線状にいる魔物を切り刻んでなぎ倒す。

 ふわふわで柔らかそうに見える尻尾は、鞭のように鋭く振るわれて、クマや狼のような大型の魔物をも薙ぎ払って吹き飛ばし、体が岩でできているゴーレム系の魔物すら砕き割る。

 そもそも、常に目にも留まらぬ速さで動いているため、気が付いたら切り刻まれていたり吹き飛ばされていたりと、魔物達や、『財団』の戦闘員達はその敗北すらろくに認識できずに討ち取られていく。

 そしてそれは、『神域の龍』であっても同じだった。

「このっ……下等種族の、小娘がァ!」

 1匹の龍が、長い尻尾で広範囲を一気に薙ぎ払って攻撃する。
 とにかく一度に広い範囲を攻撃することで、素早くて捕らえられないエレノアにどうにか攻撃を当てようとしたのだろう。

 魔法金属の鎧すら紙同然に砕いて引きちぎるであろうその尻尾を振り抜こうとして……振り抜く前に根元から切断されて宙に舞っていた。

「ガァァアアァアアッ!?」

 その切り口の部分は、鋭利な刃物で一息に切断されたような見事な断面になっている。
 そこからまだだいぶ離れたところで、エレノアが腕を振り抜いた姿勢になっているのを見れば、何が起こったかは想像するまでもないだろう。

 そのエレノアは、直後に地を蹴ってほぼ一瞬でトップスピードまで加速し疾走、またたく間にその龍との距離をゼロにし、懐に飛び込む。
 龍はまだそれに気付いていない。速すぎて、気付けない。

 そしてその龍は、エレノアが体を駆け上がって首筋で爪を一閃させるまで、とうとう気づけなかった。

 首筋に鋭い痛みを感じた龍が、最後に見た光景は、首と尾がない自分の体が倒れ込むという、わけのわからないもの。

 そしてその時すでに、もう首元はもちろん、その周囲にはエレノアは影も形もなくなっていた。

 龍の瞳から急速に光が消えて行った頃、エレノアは次は、別な方向から獣の群れが近づいてきていることに気づき、そちらに移動していた。

 おそらくは、龍の出現で『リトラス山』や、隣接する『深紅の森』がパニック状態になっている中で、縄張りを失って、あるいは捨てて移動してきた者達だろう。新たな縄張りを、そして生きるための食料をもとめて、傍目からも殺気だっているとわかる目で、大挙して押し寄せる。

 その群れの進行方向上の木のてっぺんにエレノアが登り、抜群のバランス感覚で――というより、もはや軽業である――その先端に立ち……ほんの少し、意識してそちらに殺気を向ける。

 それだけで、魔物達の侵攻は止まり……散り散りになって逃げて行った。

 彼らは恐らく、その一瞬で、絶対に勝てない、戦ってはいけない者の存在を感じたのだろう。

 『これでよし』と満足そうにうなずくエレノアに、その瞬間、背後から襲い掛かる影があった。
 武器を手に持っている彼らは、ダモクレス財団の戦闘員だ。もちろん、改造手術で強化済みの。

 しかし彼らは、エレノアがそちらを振り返りすらすることなく、ひゅん、と振るわれたしっぽの一撃で、巨大な落石が激突したかのように、ひしゃげて、吹き飛ばされた。

 直後には再びエレノアの姿はそこからかき消えており……数百mは離れた場所から様子をうかがっていた、別な戦闘員が輪切りになった。
 さらにそこから数百m、また数百mと、ものの十数秒の間に、各個撃破されないために散開していた――エレノアに言わせれば、『この程度の距離は散開とは言わない』――戦闘員が壊滅。

 その様子を見ていて、勝ち目がないと悟って逃げようと背を向けた、最後に残った1人は……振り返った瞬間には既にそこにいたエレノアに目を丸くして驚くと同時に、腕をクロスさせるようにして放たれた爪の真空波で細切れにされた。
 明日には、この山に住む何らかの魔物の腹に収まっているだろう。ちょうど食べやすいサイズにまでなってしまった。

「ふぃー……これで『財団』の連中は全員かニャ。あとは……ドレークくーん、手伝う?」

『いえ、不要です』



 そこからやや離れたところで、財団最高幹部の1人、グナザイアと戦っていたドレークは、耳に届いたエレノアの声に、念話を使って返事した。

 もう何十回、何百回と戟を振るうも、その攻撃力を上回る防御力でことごとく防がれている。
 グナザイアの全身を覆う鎧には、無数の細かい傷はついていれど、一向に斬れる気配も砕ける気配も見られなかった。

 それでもドレークは、ほとんど表情を変えずに戦い続け、大ぶりな攻撃が多いがゆえにかわしやすいグナザイアを相手に、未だ無傷で立ち回っていた。

「フウゥ……しぶとい奴め。いい加減に諦めればよいものを」

「しぶといのはお互い様だ……それよりもいいのか。貴様の部下はどうやら、エレノア殿に全滅させられたようだが……今はあちらで龍を探して狩り始めているな」
 
 ちらりと横目に見た先で、空中に飛んでいる『神域の龍』の巨体が、両翼、尻尾、両足、そして頭の順に切り落とされ、解体されて墜落していくのが見えた。

 あるいはグナザイアにもそれは見えていたかもしれないが、ふん、と鼻を鳴らして一笑に付す。

「役立たず共が死んだからどうだと言うのだ、私はここで自分の役目を全うするまで。この身を盾とし、貴様ら侵入者どもから『ライン』を守り抜くことこそ使命……それ以外のことなど考える必要はないわ!」

 直後、巨腕を大きく振りかぶりながら突っ込んでくるグナザイア。
 巨体だと言うのに、そのスピードはまるで弾丸のように早く、そのサイズと相まって、まるで砲弾が向かってくるようなプレッシャーがドレークを襲っていた。

 斜め前に飛び込むようにしてかわしたドレーク。その一瞬前までたっていたところに、グナザイアの巨大な右腕による一撃が叩き込まれ、地面が盛大に陥没、クレーターができた。

 しかし攻撃はそこで止まることはなく、その一撃の反動を利用して急激に方向転換し、またしても突っ込んでいく。

 それを同じように交わしながら、ドレークは反撃の機会を探る。
 しかしその姿を、グナザイアはやはり鼻を鳴らして笑った。

「無駄だ! 貴様ごときの攻撃ではこの私の鎧を打ち破ることなど到底かなわぬ! 諦めて死ぬか、尻尾を巻いて逃げるか、さっさと選ぶがいい!」

 今度は叩きつけるのではなく、ストレートパンチの要領で、先程よりもまさしく砲弾のような動きで、そして勢いでドレークに迫るが……

「……それを待っていた」

 直線で、飛んで、自分に迫ってくるグナザイアに対し、ドレークは今度は避けずに戟を構える。
 そして、防ぐのでも撃ち落とすのでもなく、下からそっとすくい上げるようにして戟を振るう。

 グナザイアはその柔らかな一撃――と呼んでいいものか――により、突き進む軌道を45度以上変えられ、盛大に空中に放り出された。

「ぬ……ぬぅううう!?」

 そこにさらに、ドレークが無詠唱で放った暴風の魔法が叩きつけられ、グナザイアの超重量の巨体をさらに上へ、上へと吹き飛ばす。

「馬鹿め! これしきの魔法で私がどうなると思うか! 落下のダメージにしても、この程度の高さ、何の問題もありはしないわ!」

 ドレークの認識の甘さをあざ笑う……否、嘲笑ったつもりのグナザイアだったが……直後、その目に映ったものを見て……ドレークの真の狙いに気付く。

「この『リトラス山』はな……隣接する『深紅の森』と合わせて、非常に多くの魔物や生き物が暮らしている。それに加えて、地盤があまり頑丈ではなく、地震や大きな衝撃を加えることは好ましくない……比較的簡単に、がけ崩れやらの地形の変化が起こるからな」

 眼下に小さく見える、戟を構えたドレーク。
 その手元……戟の刃の部分を中心に、想像を絶する魔力が渦巻いていた。

「ゆえに、あまり破壊力の大きな技を使うことや、そもそも私が本気で戟を振るうということが難しいのだ……それこそ、今の貴様のように……周囲に何もないところにでも行ってくれなければな」

 上空数十mに打ちあがり、まさしく、周囲に何もない場所にいるグナザイア。
 念には念を入れて、暴風で上に上に吹き飛ばした今の状態……絶好の機会を前に、ドレークは戟に、周囲の空間が歪んで見えるほどのエネルギーを込めている。

 いや、エネルギーも確かに膨大だが、実際に空間が歪んでいるのだ。

 それはまさしく、ミナトとの模擬戦で見せ、先のチラノースとの戦争(と言っていいものか疑問は残るが)では砦を一刀両断して見せた、ドレークの本気にして渾身の一撃。

 今までとは違う何かが来る、と流石に気づいたグナザイア。
 巨腕を前に出して縦にするようにし、全身の筋肉に力を入れ、さらに魔力を張り巡らせて防御力を極限まで上げる。さらにその上から強固な障壁まで展開し、万全の防御を整えた。

 空中にいて避けられないことを差し引いても、どんな技だろうと来てみろ、と、鎧の奥に見えるその目がぎらついた光を放つ。

 それを目にして認識しつつも、ドレークの心の中は……激しく渦巻く魔力と、歪んではじけるような轟音を響かせる空間とは対照的に、凪の海のように静けさを保ったままだった。
 静かで、穏やかなままに……その時は来る。
 


「……覇山……崩天!!」



 1つを除いて、破壊するもののない上空へ放たれた、超威力の衝撃波。
 それは、ダモクレス財団最堅の盾を自負するグナザイアが、さらに本気で防御を固めて作り上げた鎧に、そして肉体に、寸分たがわず直撃し……

 ほんの少し、
 本当にほんの少し、その2つは拮抗した。

 そしてすぐに……波打ち際にあった砂の城が、さざ波に押し流されて崩れ去るような光景に変わった。

 障壁も、鎧も、魔法による強化も全て剥ぎ取られ、撃ち抜かれ……その奥にあった肉体もろとも、空気に溶けるように、奇麗に消し飛んで……なくなった。


 ☆☆☆


「ん、お見事」

 言いながら、エレノアはメダリオンを投げ込んでラインを破壊する。

 その直後、ふと何かに気づいたような仕草を見せ、エレノアは先程までラインがあった場所……の、すぐそばの地面に跳んでいって、そこを掘り始めた。
 一見するとわからないようにカモフラージュして会ったが、凄腕の斥候でもある彼女の観察眼は、周囲の地面と何かが違うと見破っていた。

 予想通り、そこには『何か』が埋まっていた。
 エレノアが少し――と言いつつ、爪で削岩機のように掘って見せ、ゆうに2m近い穴が開いたのだが――そこから出てきたのは?

「……? 何だろコレ……随分デカいニャ。水晶じゃない……明らかに人工物の……宝玉? しかも、なんか変な魔力を感じるし……後で、クローナとミナト君に調べてもらおっと」



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