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第22章 双黒の魔拳
第530話 『聖王』と『死霊の王』
しおりを挟む「……何だったんだ、今のは?」
「さ、さあ……」
ここは、ジャスニア王国は、『水の都』ブルーベルの町の近海。
そこで、第五王子エルビス率いる艦隊が、迫りくるスタンピードの魔物達を、あるいはその原因たる『神域の龍』の襲撃を、国土に届く前に迎撃し、撃滅すべく構えていた。
彼らはつい先程まで、おそらくは『神域の龍』を恐れて逃げ出したのであろう魔物の大群を相手に、獅子奮迅の活躍を見せていた。
しかし、いかに海戦の訓練を積んだ歴戦の軍人達であっても、揺れる船上という不安定でしかも脆い足場で戦い続けるのは並大抵の苦しさではなく、消耗も激しかった。
加えて、船に襲い掛かってくる魔物と言うのは、えてしてそれなりのサイズである場合が多く、中には身動き一つで波が起き、甲板にたたきつけたり、転覆しそうな揺れが起こって思うように動けなかったりする。
そもそもの話、海の上などと言う場所は、人間にとってはアウェーでしかないということをこれでもかと突きつけられる戦いだった。
このまま襲撃が続けば壊滅は必至、しかしまだまだスタンピードは収まる様子を見せない上、元凶である『神域の龍』を、そしてそれらを呼ぶ『ライン』をなんとかしない限りはいつまでも続くとあっては、彼らの脳裏に絶望がよぎり始めるのも無理のないことだった。
……救いの女神は、そんなときに現れた。
『皆さん、危ないですからあまり動かないでくださいね。動くと当たりますよ』
突如、その場にいた者達の頭に響いたそんな声と共に……天上から光の雨が降り注いだ。
いや、もっと正確に言えば……それは、超威力・超貫通力のレーザーの豪雨だった。
十重二十重どころか、百重千重と降り注いだそれらは、これから艦隊に襲い掛かろうとしていたものまで含めて、魔物という魔物を貫いて絶命させ、しかし兵士達や船体には一発も、当たるどころかかすりもしなかった。
船の上に乗っていた、強靭そうな甲殻を持つカニの魔物を貫通したにも関わらず、甲板に命中する前に減衰して消失したり、ちょうど他のレーザーと当たって互いに消滅していた。
ものの数秒の間に、自分達を襲っていた災害級の魔物の群れが全滅し、兵達が残らず呆気に取られている中……エルビスや、その他の多くの兵士達は、自然と上を見ていた。今の光の雨が降りそそいできた方向を。
そこにいた……というか、浮いていたのは、1人の女性だった。
全体的にゆったりした、法衣のような服に身を包んでいる。しかし、腕だけは肩まで出ていてノースリーブ状態という、どことなくアンバランスなデザインでもある。
その服の上からでもわかるくらいに、女性らしい体つきをしているということや、年の頃は20代後半ほどに見える美女だった。潮風に揺れる紫髪と、不意に浮かべられる微笑に、多くの兵が、戦闘中――すでに敵は全滅してはいるが――だというのに見惚れていた。
そんな中にあって、エルビスだけはその女性に見覚えがあった。
「……あれは……テレサ殿?」
以前、式典に参加するために、ジャスニア王国の代表として、シャラムスカ皇国の聖都に行った時に会ったシスターであり……伝説の冒険者チーム『女楼蜘蛛』のメンバーの1人。
光属性の魔法を操って、目に見える範囲の魔物を薙ぎ払い、また強力極まりない結界で魔物達を封じ込めて町を守った女傑。
修道服を着ていたあの時とは、大きくイメージが違うため、すぐには気づけなかったが、間違いなくあの人だ、とエルビスは確信した。
そんなエルビスに、テレサはにこりと微笑むと……声をかけられるよりも早く、その場から飛び去って行った。その速度は速く、すぐに見えなくなってしまう。
そして、飛んで行った方角は……ラインがある方角だった。
「……そうか、かの御仁が……いや、よもやあの方々が動いてくれているのか」
どこか安堵したようなその声音と表情に、彼を傍で守っていた1人の兵士は、
「殿下、今の女性をご存じなのですか?」
「ああ、一応な。知人というほどではないかもしれんが……私の推測が正しければ、この上なく心強い助っ人だよ……それこそ、我らの出番がもう来ないかもしれんほどにな」
エルビスの言葉に、兵士は驚くが、周囲に死屍累々と倒れ伏す魔物達というこの光景を見れば、そしてこれをやったのがあの女性だとすれば……と考えると、納得も行くものだった。
「何者なのですか……一体? まだ年若い女性のようでしたが……」
「ははは、たしかにな。だが彼女は、ひゃくご―――」
―――キュボッ
その瞬間。遥か彼方でピカッと何かが光ったかと思うと、目にも留まらぬ速さで何かがエルビスのすぐ横を通過していった。そのまま、そこに丁度転がっていた巨大な蟹の魔物の体を貫いた。
そこに開いた、反対側が見えるほどの大穴を見て、エルビスは、
「……まあ、若くて美しいのにお強い方だよ、うん」
「はあ……」
せっかく魔物の襲撃を生き残ったというのに、それより恐ろしい存在に目をつけられてはかなわないと、速やかに口をつぐむのだった。
☆☆☆
艦隊を襲っていた魔物を一網打尽にし、速やかにその場を去り、
その十数秒後、ふと何かに気づいたように後方にレーザーを一発放った――見ている者がいたら背筋が寒くなるような氷の微笑を浮かべながら――テレサは、一路『ライン』を目指していた。
その途中、やはり何度もスタンピードを起こしている魔物達を見かけるも、彼女には全く問題にならなかった。
ほとんどの魔物は、飛行しているテレサに牙を届かせることはできないため、無視してもそれまでだったろうが、そのまま災厄となって艦隊や沿岸の町に降りかかるのを看過するのも忍びない。
テレサが手を突き出すと、そこから機関銃のように猛烈な勢いでレーザーの束が乱射され、海に降り注ぐ。それが威嚇射撃になり、魔物達は逃げ散っていく。
逃げる気配がない者達は、仕方ないのでそのまま仕留める。今度は威嚇ではなく、確実に仕留める精度と威力のレーザーで。
それを何度か繰り返し、『ライン』が構築されている現場に到着したテレサ。
しかし……予想外なことに、そこには既に『先客』がいた。
それは、『ダモクレス財団』の戦闘員達や最高幹部、そして、降りてきた『神域の龍』……のことでは、ない。
いや、それらももちろんいるが……この場において目を向けるべきは、明らかにそれらではない。
先んじてここにきて、それらを壊滅させ終えていた、テレサ以外のもう1人の乱入者の方だ。
「全く最近の若造は、いきなり湧いて出てギャアギャアと騒がしい……近所迷惑というものを知らんのか」
「あ、ぐぅ……!」
ミイラのように細い、しかし不気味なほどにのっぺりしていてしわの1つもない、漆黒の肉体。
前衛芸術のようにも、禍々しい呪物のようにも見える王冠をかぶり、くぼんだ眼窩の奥に真っ赤な光の目を輝かせる……最強のアンデッドが、そこにいた。
その手で――一見か細く見えはするものの、恐らくその膂力は十分に人外のそれであろう――喉をつかまれて宙吊り状態にされているのは、このラインの守護を任されていた、『ダモクレス財団』の最高幹部の男、あるいは女だった。
それ以外は……どうやら、彼――『エターナルテラー』に、無謀にも挑みかかって、無残にも返り討ちにあったようだ。
周囲には、既にこと切れた『戦闘員』や『神域の龍』が力なく浮かんでいた。
全員、体に傷が1つもついていないにもかかわらず絶命しているという、異様な状態で。
最早、その手に捕まっている1人しか生きている者はいない状態。
その場に到着したテレサが、流石に驚いた様子でいると、『エターナルテラー』はゆっくりと振り向き……その深淵のような目をテレサに向けた。
「んん……やれやれ、今日はお客さんが多いのう。お前さんも何ぞ用か? そこのお嬢ちゃん」
その瞬間、これだけヤバい状況にも関わらず、目に見えて機嫌がよくなるテレサ。
「あら、お上手ですのね、お嬢ちゃんだなんて……うふふっ。私、そんな年齢じゃないですよ」
「かっかっか、何、わしからすれば皆似たようなもんじゃよ。例えごひゃうおぉお!?」
―――キュボッ
瞬間、けっこう本気の殺気と共に光線を発射するテレサ。
ほとんどノータイム、何の前触れもなく放たれた……明らかに自分にも傷を与えうる威力だった光線を、エターナルテラーは結構本気で避けた。
その際、思わず『最高幹部』を放り出して海に落としてしまった。
(え、何今の威力? 当たったら死……にはせんけど、多分めっちゃ痛かったと思うんじゃけど……このお嬢ちゃん、実は結構ヤバい? というか、この雰囲気は……)
「うふふっ、ダメですよ女の子に対してそんなこと言ったら。ねえ、『テラさん』?」
「……うん? その名前を知っとるってことは……ああ、もしかしてミナト君やリリン嬢ちゃんの知り合いか! そうか、どおりでなんか雰囲気が似とると思ったんじゃよ」
そのまましばし、テレサと、エターナルテラーもとい『テラさん』は、互いに雑談交じりの状況説明を済ませ、
「なるほどのう……やはりアレが件の『ライン』じゃったか」
「あら、知っていたの?」
「ミナト君から聞いておったんじゃよ。近々こういうわけで大陸が騒がしくなるが、もしかしたらそっちにも波及するかもしれん、とな。まさか海の上に、しかも『アトランティス』の近くにアレができるとはあまり思ってなかったようじゃが」
ゆえに、自身が関わりになることほぼないだろうと思っていた『テラさん』だったが、ふたを開けてみれば、予想外に近所にその『ライン』ができて、『神域の龍』やスタンピードの魔物達が暴れ始め、騒がしくなっていった。
その影響は海上のみならず、海中にも起こっており、しかも時間がたつほどひどくなると思われたため、やむなく根っこを絶つことにした。
そしてここにきて、守りについていた財団の戦闘員や、襲い掛かってきた『神域の龍』を全員返り討ちにしたはいいものの……この後このラインをどうすればいいか迷っていたそうだ。
「なんだかあの光の柱、下手に触るとよくないことになりそうでのう、どうしたもんかと思っていたんじゃが……テレサ嬢ちゃん、そうなるとお前さん、アレを壊せるのか?」
「ええ。まあ、やるのは私じゃなくて……ミナト君が作ってくれたコレを使うんですけどね?」
そう言って、懐から例のメダリオンを取り出すテレサ。
それを見て、込められている魔力その他を感じ取り、ほほう、と感心しながら、
「なら、あの光の柱は任せようかの。その間、襲ってくる野暮な連中は、わしが引き受けよう」
そう言って振り返るテラさん。
その視線の先には……先程まではいなかった、どうやら遠くまで狩りに出ていたらしい『神域の龍』が数匹、怒り狂ってこちらに飛んでくるところだった。恐らくは遠目に、こと切れている同胞の姿を見つけたのだろう。
それを見ながら、しかしテラさんもテレサも、全く動揺する気配はない。当たり前だが。
テラさんは、すっとそれらに手をかざすように構え、
くいっ、と、
手首を折り曲げ、『おいでおいで』と手招きするような動きをしてみせた……その瞬間、向かって来ていた全ての龍が、ふっと脱力し……羽ばたくのをやめて、海に墜落した。
着水の瞬間には、既にその瞳に光は宿っておらず……明らかに絶命していた。
「うわあ……今の、何? 魂でも抜き取ったんですか?」
「ほっほっほ、似たようなもんじゃの。あれしきの連中、別に戦う必要もあるまいて」
流石のテレサも『最強のアンデッドってすごいわ……』と戦慄しつつ、テレサは自分の仕事を済ませることに。
メダリオンを光の柱に投げ入れ……遥か北でテーガンがやったのと同じように、粉々に粉砕した。
そして、その帰り際。
「ああ、テレサ嬢ちゃん。よかったらコレ持ってくか? これやらかした犯人グループの仲間っぽいし、土産にはなるじゃろ」
そういって、テラさんはふと海の中に手を突っ込んだかと思うと、先程投げ捨てた『最高幹部』を引っ張り出した。
「あら、なんだ……逃げてなかったのね、その子」
「掴んどった時にわしの魔力を流し込んでおいたからの、しばらくは体が自由には動くまいて。というか、こやつ何者じゃろうな? 人間にしてはどうも……」
「そうね……というか、この子って……」
2人は、テラさんが襟首をつかんで猫のようにぶら下げているその『少女』を、不思議そうに見ていた。
少しウェーブのかかった、赤みがかった茶髪のその『少女』は、以前、テレサがミナトに映像記録で見せてもらったことのある『女性』によく似ていた。
『裏切り者』……というか、スパイとして『ジャスニア王国』に潜入していた、ダモクレス財団の最高幹部だという女性に。
(あの、ドロシーって子……に似てるわね。妹かしら?)
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