魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第528話 介入、開始

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 アルマンド大陸の各所と、ヤマト皇国にも1つ、合計6つ現れたライン。
 そのいずれにおいても、『神域の龍』の侵攻ルートの破壊を試みる各国正規軍と、それを守らんとする『ダモクレス財団』の精鋭、そして、特に守るとかは考えずに、不遜にも自分達の邪魔をしようとする者達を食い殺そうとする『神域の龍』達の戦いは、熾烈を極めていた。

 しかし、もとよりこの状況を想定していた『ダモクレス財団』は、改造人間の戦闘兵達を含む相当数の防備を敷いていたのに加え、『神域の龍』達の単純に強力な戦力の前に、各国の精鋭と言えどもそう簡単にはことを運べずにいた。

 しかし、戦いが始まってから数十分後、あるいは数時間後のこと。
 突如として、その戦域全てに、特大の波紋を立てる石が投じられることになる。



「こ、のッ……ただでさえ、大変だって所に……!」

 ヤマト皇国、イズモ。
 財団最高幹部の1人、龍人・プラセリエルと戦っていた、タマモ達3人。
 しかし今は、タマモを残し……残る2人はリタイアしてしまっていた。

 鎧河童のヨゴウは、龍に比肩する馬力で、鋼の甲羅が叩き割られるほどの一撃を受け、
 大天狗のタロウボウは、壮絶な空中戦の末にスピードで競り負け、一瞬の隙を突かれて叩き落され、

 ともに命こそ落としてはいないものの、この闘いに復帰することはもはや叶わない状態。そうして1人残ったタマモが奮戦していたが、そこにやってきた招かれざる乱入者に、戦場は一層混沌とした状況になっていた。

「んもー、何なのよコイツ!? でっかい『麒麟』!? 何だって私達に襲い掛かってく……っ!?」

 不幸中の幸いとしては、どうやらこの乱入者……『麒麟』は、『ダモクレス財団』や『神域の龍』にとっても敵であり、むしろ率先して龍や『財団』の尖兵を狩っていることか。

 見た目の特徴からして、数か月前、ミナト達と共にデスマーチ行脚を行っていた時に遭遇した――タマモ自身はその姿を見たわけではないが――空間を捻じ曲げて超長距離を一瞬で転移する怪物『麒麟』であろうことは予想がついた。
 それがなぜ、この闘いに横から首を突っ込んでくるのかと、最初はタマモも困惑したが、すぐにミナト達が話していた予想、ないし懸念を思い出す。

(こいつも『古代種』ってわけね……)

 魔物の中でも『古代種』にカテゴライズされる種族、あるいはその血を色濃く受け継ぐ種族は、本能の奥底に、『龍神文明』の時代、『神域の龍』と戦っていた時の記憶を眠らせている。
 その本能は、地上に再び『神域の龍』が現れた時に呼び覚まされ、彼らは闘争に駆り立てられる……という研究報告があった。

 現に、シャラムスカではそうなった。『血晶』から漏れだした『初代龍王』の力に充てられ、周囲の龍族が活性化したのに合わせて、それを強烈に敵視する獣たちが集結ないし拡声し、泥沼の大混戦になり、死傷者を多数出した、と。

 この『麒麟』もまた、それに該当するのだろう。今回、ここに形作られたラインを通って地上に舞い降りた『神域の龍』達の存在を察知し、数万年ぶりの戦いにはせ参じたというわけだ。

 それだけならまだ、どちらかと言えばこちらの味方と見ることができ多分よかったのだが……残念なことに向こうにそのつもりはない。
 率直に言えば、平気でこちらを巻き込むような攻撃をしてくる。

 『麒麟』は、その移動能力からもわかるように、空間に干渉する極めて強力な力を持っている。
 その力で空間を捻じ曲げ、それが元に戻る時の膨大なエネルギーのうねり衝撃波に変え、一瞬にして超広範囲を絨毯爆撃のように地面をめくりあげ、耕してしまう。

 その威力と攻撃範囲は、1匹1匹が強力極まりない力を持つ『神域の龍』であっても、十分に痛打足りうるもので、最初の1~2回のそれによって、力が足りなかったらしい大半の龍が落ちた。

 そして、それに怒った、生き残りの他の龍達が『麒麟』を殺すべく殺到し、それを迎え撃ってさらに強力な攻撃を繰り出す『麒麟』との超火力戦が始まった。始まってしまった。

 意外にも『麒麟』の攻撃手段はシンプルで、膨大なエネルギーや、捻じ曲げた空間そのものを利用した衝撃波や、それらを纏って突っ込んだり蹴飛ばしたりという肉弾戦である。
 ただ、その1発1発が地形を変え得る威力を持っているため、巻き込まれるだけで雑兵クラスなど跡形も残らず、結果、盛大に戦場は引っ搔き回されている。なんなら物理的に。

 それは攻撃のみならず、防御面でも強力だった。捻じ曲げられた空間に阻まれ、『神域の龍』の攻撃もそのほとんどが届かずにかき消されてしまう。

 またたく間に数が減り……しかしその結果、『神域の龍』の側も、より強力で、かつ『麒麟』の攻撃をかわすほどに俊敏であったり、その攻撃に耐えるだけの防御力を持つもっていたりといった、こちらも精鋭と呼べる者達だけが残り、ある種の膠着状態に落とし込まれていた。

 この状況かで下手に動けばこちらが的になるということもあり、それまで元気に暴れていたプラセリエルも、面白くなさそうにしつつも大人しくしており、タマモも極力体を休めつつ、挽回の一手を探っていたところだった。


 ……が、そんな場の空気を一切読まずに、その『一石』は投じられた。
 というか、自分から思い切り飛び込んできた。


 それは奇しくも、膠着状態にしびれを切らした龍が、我慢できずに『麒麟』に襲い掛かろうとしたタイミングと全く同じで……その瞬間、


「お、いたいた。あれか、『神域の龍』っての」


 そんな、戦場にあって場違いなほどに緊張感のない声が聞こえたと同時に……タマモの目の前で、世界が一面真っ白に染まった。

「なっ……!?」

 一瞬、何が起こったかわからなかったタマモだが、次の瞬間、その全身に吹き付ける強烈な寒さに、ただごとではないと直感し、反射的に炎を纏ってその身を守った。

 そして数秒後に彼女が目にしたのは……

「……えぇ~……?」

 端的に言って、脳が理解を拒むような光景だった。

 数秒前まで目の前に広がっていたはずの戦場が、いつの間に氷河時代に突入したのかと思うような、雪と氷の世界に変貌を遂げていた。

 記憶の中にある、冬のフロギュリア連邦の光景と同じか、それ以上にひどい。
 吹雪はないが、あたり一面雪と氷だけしかない。それに地面全てが覆われていて、無事な個所が1つも、本当に1つもない。

 当然、先程までそこで戦っていた龍達や、麒麟も巻き込まれている……が、器用にも自分や、自分の味方の妖怪達の方にはその冷気が行かないようにしてあったらしく、無事だ。
 多少体に霜が降りた程度で済んでいる……余波でそれなのかと思うと、それも逆に怖いが。

「こんなことができるのは……それに、さっきの声……まさか……」

「よいしょっと」

 そしてその中心地に、これまた微妙に緊張感に欠ける声と共に降り立ったのは……えてして、タマモが予想した通りの人物だった。

「アイリーン……!」

「やっ、タマモ。元気……じゃなさそうだね、大丈夫それ? 誰にやられた?」

「…………」

 現在進行形で低体温になりかけていることを言っているのなら、『あんただ』と返すところだが、普通に心配してくれているようなので違うだろう。リリンやクローナほどではないが、彼女ももともとマイペースで天然なところが多少ある。

「このくらいどうってことはないわ……とはいえ、助かったのは確かだけどね、ありがとう」

「いやいや、どういたしまして。どうってことないよこんくらい」

「……ええ、本当にそうなんでしょうね、あなたにとっては」

 そう言ってタマモは再度、戦場を見渡す。

 先程まで混迷を極めていた戦場は、およそ命の鼓動を感じないほどに静まり返っていた。
 所々で、氷が温度差や自重で砕ける『パキ』『バキ』といった音が聞こえるが、それなりの数残っていた『神域の龍』は、そのほとんどが凍り付いて氷像になってしまったようだ。

 わずかに残った龍や、自前の耐久力と、恐らくはとっさに空間をゆがめて冷気を遮断してしのいだらしい『麒麟』は、今の災害級の一撃の犯人と思しきアイリーンを睨む……が、

「うん?」


 ――― ぞ っ

 
 アイリーンからすれば、『何見てんだコラ』程度の、殺気込みでガンをつけてくる相手にちょっと苛立って睨み返した程度。
 しかし、『麒麟』はその本能の部分で、彼女という存在の危険度を悟った。

 それは、ゆうに数千年を生きている『麒麟』が、その年の功ゆえに知っていた……しかし、それを最後に感じたのはもうずいぶんと昔になってしまった……濃厚な『死』の気配。

 この人間(?)と戦ってはいけない。
 それは、自分からこの命を終わらせることを選択するのと同じだ。そう、彼は悟り……全身氷漬けにされるという屈辱を晴らすことを即座に諦め、一歩引いて敵対しない意思を示した。
 同じように本能から訴えかけてくる闘争本能や破壊衝動を、危機察知能力が上回った。

 そして、それが出来たか出来なかったという一点は、ここにおいて正しく生死の分かれ目であった。それを『麒麟』は、そしてタマモは、目の前でこれでもかと言うほど実演されて理解する。


 ―――ガァァアアァアア!!!


 具体的には、その直後。
 怒りに任せて襲い掛かってきた、生き残りの『神域の龍』達の末路がそうだった。 

「お、なるほど今のでこんだけ生き残るわけか……うん、頑丈さはそこそこだね」
 
 やはり軽口のトーンを崩さないままに、アイリーンは龍達が襲ってくる方向に向き直り……両手に別々な魔法を展開する。

 右手に、触れる者、どころか近づく者からして全て焼き尽くしてしまいそうなほどに強烈な熱と光を放つ火球を。

 左手に、耳が痛くなるほどの『ババババババ!!』という轟音を響かせて弾ける電撃を、

 それぞれが冗談のような魔力を込められていると一目でわかる、極大級の魔法を2つ同時に、こともなげに操ってみせ……その状態で両手を龍達に向けるアイリーン。

 その直後、両手から火炎と電撃が、それぞれ扇状に、薙ぎ払うように放たれ……向かって来ていた龍達を一掃する。
 炎と雷に巻き込まれた『神域の龍』は、どれも決して低くはない魔法耐性を持っていたはずだったが、いともたやすくその鱗と甲殻を砕かれ貫かれ、肉を焼かれ、骨を砕かれ、血液は蒸発して空に溶けるように消え……血煙と灰になって消し飛ばされた。

 間一髪それをかわした、残り数匹となってしまった龍がいた。
 同胞が何の抵抗もできずに消し飛ばされた光景を見て、ようやく『敵に回してはいけない相手だ』と、そこに至って察した。

 あんな適当に放ったような攻撃で、自分達をこともなげに殺しつくしてしまえるような、デタラメな存在なのだと。全く聞いてもいなかったが、地上にはそんな存在がいたのだと、今更ながら悟り、その危険度を正しく認識し……

 その直後、飛んで逃げたはずの先に、一瞬にして回り込んでいたアイリーンの姿を、
 そして、その手……手刀の形になっているそこに、魔力が収束して巨大な光の剣の形を成しているのを目に移した瞬間……その魔力刃の一閃によって蒸発させられ、残る数匹も、この世から奇麗に姿を消すこととなった。

 時間にしてわずか1分足らず。それだけで、下手をすればこの『ヤマト皇国』の国土の大部分に相当な被害をもたらしていたかもしれないほどの数の『龍』達が、実にあっけなく全滅してしまった。
 その光景を前に……彼女達の実力をよく知るタマモですら、呆気に取られて立ち尽くしていた。

 その視線の先にいるアイリーンはと言うと、光剣をしゅん、と消したその直後、ふと何かに気づいたような仕草を見せて、一言。

「あ、もう1匹いたか」

 言いながら、ぴっと立てた人差し指の先から、魔力が収束した、なぜか黒いレーザーを放ち……そのレーザーは、視界の端にあった氷山の1つに命中したかと思うと、

「なっ……がぁあぁぁああ!?」

 その氷山の裏側に隠れていたらしいプラセリエルが、全力でそれを回避しながら飛び出してきた。

「おーいたいた。君だな? ここを守ってる財団幹部ってのは。聞いてた通りのドラゴン人間だなー……うーん、面白っ」

「ハァ……ハァ……何ッ、なのよ、お前……!?」

「アレ、ボクのこと知らない? いやー、それなりに有名なつもりではあったんだけどなー、あと、要注意人物としてマークとかされてるかもなと思ってたんだけど。自意識過剰だったかな?」

「そういう意味じゃない! あんたのことくらい知って……いや、もういいわ……ちっ、想像以上ね……これほどまでの化け物だったなんて。……うちの戦力や、『神域の龍』が全滅だなんて……」

「いやいや、そのへんはボクが来る前にもう粗方死んでたじゃんか」

 相変わらずの口調で話すアイリーンに対し、プラセリエルはもう既に息も絶え絶えといった様子である。どうやら最初の大氷結に巻き込まれ、死にはしなかったものの、相当なダメージになったようだ。

 それでも次の瞬間には……どうやら、守り切れないと見て撤退を決めたらしい。ダメージを負ってもなお衰えた様子のない素早さで飛翔し……この場から飛び去って逃げようとして……失敗した。

 先程の焼き直しのように、飛んだ先にアイリーンが回り込んでいた。
 プラセリエル以上の高速で移動した……わけではない。詠唱も集中も、アイテムによる補助もなしに一瞬で発動した転移魔法で回り込んだのだ。

 突然目の前に現れたアイリーンに驚きつつも、構わず突っ込むプラセリエル。どのみち急には止まれないと思い、いっそその勢いを武器にして、自分の体を魔力で強化して砲弾と化し、強行突破しようと思っていたようだが……

「あぶなっ」

「あがっ、はぁッェァア!?」

 
 ―――ズ シ ン !!


 激突する直前、突然体の上から何トンもの重りが叩きつけられたかのような『重さ』を感じ……プラセリエルはそのまま地面に落下し、叩きつけられた。

 アイリーンの重力魔法だということに、離れたところから見ていたタマモはどうにか気付けた。プラセリエルの周囲だけ、光までもが重力で歪んで若干暗くなっていたからだ。

 しかし、かけられている当の本人はわけがわからないままである。
 自分ではどうにもできないと察し……危険だとは思いつつも、仲間を呼ぶ手に出た。

「イクス! イクス! 来なさい、私を助けなさい!」

 アイリーンが『イクスって誰?』ときょとんとしていた、次の瞬間だった。

 突如、押さえつけられているプラセリエルの隣に……馬ほどの大きさの、しかし、明らかに先程みた『麒麟』と同種の魔物が現れた。何の前触れもなく、空間から滲み出すように。

 が、それと同時に、プラセリエル同様『重力魔法』に巻き込まれて叩き伏せられた。

「……何がしたかったの君?」

 アイリーン、残念なものを見る視線で一言。

「なっ……なんで!? あなたなら、こんな程度の妨害、無力化できるはずなのに……」

「……ああ、転移で逃げようとしたのか。ひょっとしてそいつかい? 反則級のワープ能力使いっての……あのさあ、ちょっと勉強不足じゃないの? 空間系の能力にとってはね、重力魔法は天敵なんだよ、そんなことも知らないのかい?」

 プラセリエルは驚愕した。
 いや、断じて彼女もそれを知らなかったわけではないのだ。空間系の技能や魔法を使う下僕を持つ者として、その弱点についても当然学んではいた。

 ただ、本来『麒麟』の空間支配能力は、その『重力魔法』すら逆にねじ伏せて無力化できてしまえるほどのものなのだ。
 予想外だったのは、それをさらに上回って、能力の発動すらろくに許さずにねじ伏せてしまえるほどの力を、こともなげに行使しているアイリーンという存在の方である。

(イクスの力は、成体の『麒麟』ほどでは確かにないとはいえ、『財団』の技術で強化手術を受けてブーストされ、通常よりもはるかに強化されてるはずなのに……それをこんなあっさり……気付いても、自覚もなく……!?)

 プラセリエルは、改めて理解した。

 目の前にいる存在は……『女楼蜘蛛』という生ける伝説は、総裁の言っていた通り……決して敵に回していい存在ではなかった。
 作戦とか、戦略とか、能力の相性とか、そんなちゃちな小細工でどうにかなるものじゃない。相手をするところからして避けなければいけない存在だったのだ。
 
 もっとも……しつこいようだが、今更理解したところで、遅いのである。

「さて、それじゃ……あんまり時間ないんだよね。言い残すことある? あ、ない?(この間0.5秒) ならいいや、じゃあね」

「いや、ちょ……」



 ―――シ ュ バ ッ!!



 何か言おうとしたように見えたが、気にせずアイリーンは手のひらから熱線を放ち……それが直撃したプラセリエルは、一瞬にして蒸発し、消失した。



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