魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第520話 ジャバウォックの力

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 合図など特になく、戦いは唐突に始まった。

 ゼットは静止した状態から、魔力を使って一瞬で急加速し、すり抜けるようにしてジャバウォックの背後に飛んで回り込む。

 そのまま急停止し、残った勢いを腕に乗せる形で大きく爪を振りかぶる。
 狙いは……首。後ろから切り裂いて首と胴体を泣き別れにするつもりだ。

 しかしジャバウォックはすぐさまそれに反応すると、ほとんど動くことなく、僅かに頭を動かしただけで……角を使ってその爪を受け止めた。
 ガギン、と硬質な音が周囲に響き、ゼットの爪は4本の角に阻まれて止まってしまう。

 今度はジャバウォックが動いた。角で爪を弾き、至近距離まで来ていたゼットにそのまま噛みついて食いちぎろうとする。

 ジャバウォックとゼットでは、その体格差は大人と子供以上だ。もし食らいつかれてしまえば、上半身の大部分の肉を持っていかれてしまうだろう。

 急降下してそれを回避したゼットは、その後更に急上昇し、ジャバウォックの懐に潜り込む。
 そして手の指の爪を立てて構え、心臓をえぐり出すような軌道で腕を振るう。何にも阻まれることなく、吸い込まれるように鳩尾目掛けてゼットの爪が振るわれ……


 ―――ガキン!


 そして、胸部分にあった装甲のような鱗を貫くことができず、力なく弾かれた。

 激突の火花が散り、しかしジャバウォックの胸には傷一つついていない。

 自慢の爪が通じなかったことに驚きはしたが、すぐさまゼットは頭を切り替える。

 ここまでの硬さを持っている鱗だと、他の、鱗が薄い部分を狙っても効果は薄いし、思いのほか的確に防御してのけるジャバウォックの急所を突くのは、少なくともすぐには難しい。
 ならば斬撃ではなく、衝撃が内側に浸透する打撃で攻めるのがいい。ゼットはそう判断した。

 爪を立てるのではなく、ぐっと拳を握り、飛行による推進力に体のひねりも加えて威力を増した一撃を繰り出す。今度も狙いは、心臓や肺といった急所があるであろう胸だ。

 しかし今度は流石にジャバウォックも反応した。
 同じようにジャバウォックも拳を握り、ゼット目掛けて突き出す。爪も大きいが、それ以上に指も太く大きく、手自体も腕も合わせて全体的にずんぐりした形状だからこそ可能だった。

 ゼットのように体全体を使って繰り出している拳ではなく、ただ単に力任せに放っているだけのそれだったが、巨木のごとき腕から繰り出される一撃の迫力は尋常ではない。

 両者の拳が衝突し、一瞬の拮抗の後……弾き飛ばされたのは、ゼットの方だった。

 体格差から見ても、予想するのはさほど難しくない者だったかもしれないが……それに加えて、この一撃のぶつけ合いでも、ジャバウォックの拳――を、覆う鱗――には傷一つついていない。

 反対に、ゼットの拳は、黒と琥珀色の甲殻にひびが入り、一部が割れて砕けてしまっていた。

 ゼットはこれまで、肉体が破壊されて再生するたびに、体そのものがより肉弾戦に適した形状になるように自己進化を続けてきた。

 手足の鱗や甲殻の形状はその最たるもので、まるで手甲脚甲のように、肉弾戦を行う際には攻撃にも防御にも使えるような形状であり、それに見合った荒々しい使い方にも容易く耐える強靭さを持っていた。爪を立ててもよし。拳を握ってもよし。

 龍の鱗、大亀の甲羅、死霊の作る結界、どんな堅牢な守りをも突破してきたその武器が……全く通じないほどの暴力が、ここにきて立ちはだかった。
 体格差から来る馬力の差はある意味仕方ないとはいえ、こうまで攻撃が通じないのかと、ゼットは目の前にいるこの龍を、あらためて最大級の脅威として認識した。 

 だがそれでもなお、逃げ腰になることはなく、身を翻して再度攻撃に移るゼット。

 今度はゼットは、両手両足に魔力を充填し……琥珀色の鱗が鮮やかに輝き始める。
 美麗なだけでなく、その破壊力もまた格段に上昇しているその四肢により、拳と蹴りを組み合わせた空中での連続攻撃を繰り出す。

 しかしそれを、頭やのどなどを狙ってくるものだけ見極めてジャバウォックは防御し、残りはその強靭な鱗と肉体、そして時々角を使って防いでしまう。何発か、クリーンヒットに近い形で命中したものでさえ、まったく痛痒になっている様子がない。

 時折飛んでくるジャバウォックからの攻撃。先程の威力から考えて、1発でもクリーンヒットしてしまえば相当なダメージになると予想されるそれらの攻撃を、ひらりひらりとかわしながら、ゼットはインファイトを続ける。
 続けながら……徐々に、密かに、体内で魔力を練り上げ続けていた。

 そして、ジャバウォックが大振りの一撃を空振りした瞬間、急加速して一気に突貫するゼット。
 それと同時に体内の魔力を開放し、シャラムスカで『アポカリプス』を相手取った時にも見せた『強化変身』を使い、全能力を大きく上昇させる。

 不意打ちそのものと言っていいその強化に、防御が間に合わず、ゼットの渾身の一撃が首元に吸い込まれ……鱗を断ち切って爪が食い込み―――

 しかし、その一撃をもってしても……数センチ食い込んで刺さったものの、それ以上進めずに止まってしまった。
 分厚い甲殻と、その下をさらに守る肉の圧力に負け、ギシッ、と嫌な音を立てる。

 しかも不運なことに、中途半端に食い込んでしまった爪がなかなか抜けず、それまで続けてきたヒットアンドアウェイの流れが、ほんのわずかな時間止まってしまう。
 それでもどうにか爪を抜き取り、飛んで後退して体勢を立て直そうとしたゼットだったが、それよりも早く突き出されたジャバウォックの拳が迫る。一瞬長く懐にいすぎてしまったために、回避する余裕がない。

 ゼットはとっさに大きく身をひねって、薄皮一枚ほどの差でこれを回避する。
 かなり無理な体制での回避。この一発はよけられても、その後に続く攻撃は確実に回避も、防御もできないという体制になってしまっていた。

 だがゼットは、そのまま突き出される腕をつかみ、その攻撃の勢いを利用して……一本背負いの形に持って行った。ジャバウォックの巨体を、地面目掛けて投げ飛ばす。

 この予想外の反撃に流石にジャバウォックも驚いたが、翼を大きく動かしてその勢いを殺し、空中に踏みとどまろうとする。

 しかしゼットはそれに加えて、再度ジャバウォックの懐に飛び込むと、翼が生み出す推進力を全て攻撃力に変えるような勢いで、上から下へ、叩き下ろす軌道の拳を放った。
 そのまま体を班回転させ、ダメ押しとばかりに肘で1発、さらに回し蹴りと踵落としが一緒になったような足技を叩き込み……ジャバウォックを地面に叩き落した。

 巨体が激突した衝撃はやはり大きく、ずぅぅん……と地面が大きく揺れた。

 大分離れたところに立って避難していたエータも『わわっ』と転びそうになる勢いだ。

 その中心地、土煙の中に、うっすらとジャバウォックの姿が見える。

 それが起き上がるよりも早く、ゼットは追撃のために飛んだ。
 急降下して地面すれすれを飛び、角に魔力を集中させ、そのまま串刺しにせんと突っ込んでいく。シャラムスカの戦い、ジャバウォック以上の巨体を持っていた『アポカリプス』を貫き、粉砕した一撃だ。
 黄金色の魔力の輝きにより、飛翔するゼットはまるで黄金の矢のように見える。

 その一撃が、今まさにジャバウォックの横っ腹に突き立てられる―――



「……気に食わん」



 ―――かに思われたその瞬間、

 土埃を吹き飛ばして振るわれたジャバウォックの腕、ないし拳が、薙ぎ払うような軌道でゼットの頭を横からとらえ……凄まじい轟音と共に、進行方向から90度違う真横に吹き飛ばした。

 ジャバウォックの姿は、投げ飛ばされた後のまま。地面に背中をつけて転がったままだ。
 そんな、力もろくに入らなそうな姿勢から、まるで虫でも払うように、ただ腕を振るって繰り出された雑な一撃はしかし、ゼットの必殺の一撃を横から粉砕して吹き飛ばした。

 ただ、先程までと違って……ジャバウォックの拳は、よく見ないと見えない程度ではあるが、炎のようにゆらめく光を纏っていた。

 吹き飛ばされ、地面に転がされたゼットは、意識こそ保っていたが……ここまでで一番のダメージを受けてしまったことは、火を見るよりも明らかだった。

 先程まで、槍の穂先のように鋭く輝いていた角が半ばから折れ、頭を覆う兜のような甲殻も砕けてひび割れている。頭だけでなく、肩や胴体の装甲にも大小の破損が見て取れた。

 ジャバウォックはゆっくりと起き上がり、離れた位置で様子をうかがうゼットを睨みながら、

「気に食わん……貴様の戦い方は、人間と同じ戦い方だ」

 尻尾をしならせて、ばしん、と自分の体を叩くジャバウォック。何度か繰り返すうちに、体についていた土や砂の汚れはすぐに落ちた。
 身綺麗になったその体が……拳に宿っていたのと同じ、炎のようなオーラを纏う。

「仮にも龍でありながら、人間共と同じ技を使う。貴様からすれば、より上手く、巧みに戦うために覚えた技かもしれんが……小細工を使わねばまともに戦えん脆弱な人間と同じ地平に立つこと、それそのものが……龍としてあるまじき惰弱と知れ」

 声音に苛立ちが乗るジャバウォック。

 次の瞬間、大きく翼を広げ……先程までに倍する速さで飛び、ゼットとの間の距離をまたたく間にゼロにする。

「何よりも」

 回避しようと飛翔したゼットだが、それを易々と追い越して正面に回り込むジャバウォック。
 急ブレーキをかけるも間に合わず、懐に『飛び込んでしまう』形となったゼットを……振り下ろした大槌のようなジャバウォックの拳が捕らえ、地面に叩き落す。

 しかし、落下するよりも先に、ジャバウォックは口から小さな光弾を放っていた。

 それは、落下するゼットを追い越して地面に着弾し……大爆発を引き起こす。
 その爆風に煽られ、落下するはずだったゼットは逆に吹き飛ばされて再び空中に放り出された。

「人間に迎合し、生ぬるい方針に甘んじた、先代以前の愚図共を思い出す」

 吹き飛んで宙に舞っているゼット。その尻尾をつかみ取り、ジャバウォックは急降下し……思い切り地面に叩きつけた。

 先程のジャバウォックの落下時に倍する衝撃と振動、轟音が響き渡り……土埃が晴れると、クレーターの中心に、地面に半分めり込むようにしてゼットが倒れていた。
 恐らく、実際に地面にめり込んだものの、衝撃で周囲の地面が全て吹き飛んだ結果、化石が術度したようなこの状態になったのだろう。

 そして、吹き飛んだのは地面だけではなかった。激突の衝撃で、さらにあちこちの甲殻や鱗が砕け、ひび割れだらけになって血が流れ出ていた。
 尻尾は大きく傷ついて千切れる寸前と言った様子。翼も片方完全に折れてしまい、まともに飛べそうには到底見えない。

 体を走っていた金色の魔力のラインも消えている。あまりのダメージに、『強化変身』も解除されてしまったようだ。

「この星に生まれ育ちながら、それほどまでに至った強さは大したものよ。だが……貴様のような龍は、我の時代には、要らん」

 ぴくりとも動かないゼットに、とどめを刺そうと手を振り上げるジャバウォックだったが……その視界の端に、小さな人影が映った。

「やめてぇぇええぇっ!」

 一方的に叩き伏せられたゼットを見て顔を青くしたエータ。
 危険も顧みず――あるいは、動転して頭から抜け落ちているのかもしれない――ジャバウォックとゼットの間に身を滑り込ませると、両手を大きく左右に広げ、ゼットをかばうように立ちはだかった。

「もうやめて! これ以上は……ゼットが死んじゃう!」

 涙ながらにそう訴えるエータ。
 しかし、当然と言えばそれまでだが……それを聞いて、ジャバウォックの心が微塵も動くことはなかった。

 むしろ、『脆弱な人間』とこの『惰弱な龍』が心を通わせているという事実は、余計に彼を苛立たせた。

「……それほどまでにその龍が大事か。なら……一息に消し飛ばしてくれよう。そこを動くな」

 そう言って、口元に膨大な魔力を収束させていく。
 魔力などほとんど感じ取ることもできないエータも、その光景を見て……避けようのない死がもたらされようとしている、と悟った。

 それでも彼女は、両手を広げて立ちはだかる姿勢のまま、ゼットの前から動こうとせず……

 しかし次の瞬間、彼女の背後で、ゼットが意識を取り戻し、カッと目を見開いて……背後からエータを抱きかかえる。
 それと同時に、自分も扱える最大の、いやそれを超えた魔力を練り上げて、口内から光が漏れ出した。

 ゼットとジャバウォック、両者の放った光のブレスは、ほぼ同時に放たれて激突し……しかし、大きく威力で勝るジャバウォックのブレスが、すぐにゼットのそれを突き破った。

 だが、ゼットはブレスを放つと同時に、痛む翼を酷使して無理やり飛翔し、全速力でその場から逃走を図っていた。もちろん、エータをしっかりとつかんだままで。

 わざと収束を甘くしたため、広範囲に爆散してしまったブレスは、大量の土煙を巻き上げてジャバウォックの視界を塞ぐ。
 ちっ、と舌打ちをしてそれを鬱陶しく思ったジャバウォックは、羽ばたき一つで土煙をほとんど全て散らすと、その向こうにゼット達の姿を認め、再びブレスをチャージし始める。

 だがその瞬間、突如として横合いから……エータを連れてきたワイバーンが襲い掛かる。

 顔のあたりに体ごと突っ込んできたそのワイバーンは、ジャバウォックの部下の龍の攻撃により、既に満身創痍を通り越して瀕死だった。
 にもかかわらず、エータを逃がすため、決死の覚悟で、到底勝ち目のない相手に、文字通り食らいつく。

 しかし、その直後、ますます苛立ったジャバウォックにわしづかみにされて投げ飛ばされ……ゼットに撃つつもりでチャージしていたブレスが直撃する。

 光の奔流が通り過ぎた後、そこには何も残っていなかった。
 肉片や鱗の欠片どころか、血の痕1つ、灰すら残さず、全てが消し飛ばされていた。

 ジャバウォックは、ゼット達が逃げて行った方角を見るが、既に何も見えなくなっていた。普通なら飛べるかどうかも怪しい大怪我を追っていながら、このわずか数秒の間に、ジャバウォックの視界から消えるほどの距離を稼いだようだ。

 それでも、本気でジャバウォックが飛べばすぐに見つかるだろう。

 しかし、ジャバウォックはそうしなかった。
 苛立ちはしたが、そこまで労力をかけてまで追撃しようとも思わなかったようだ。

 ふん、と鼻を慣らし、舌打ちを1つして、ジャバウォックは飛び去った。
 そして、自分が最初にこの地に降り立った『ライン』の元へ戻り、『渡り星』に戻って行った。


 ☆☆☆

 
 で、現在に至ると。

 チラノースからここまで、エータちゃん抱えて飛んできたのかよ……とんでもない執念だな。

 見た感じ、多少傷は塞がりつつある箇所もあるけど……それでも、体中ホントにボロボロだし……あのゼットが、ここまでやられるとは……。

 エータちゃんは泣きながら『ゼットを助けて』って言ってくるし……まあ、どっちみち助けるつもりではあったけども。何だかんだで僕も腐れ縁だし、見捨てる気にはならない。

 まあ、多分だけど大丈夫だろう。こいつのしぶとさは僕も知ってるから……ほらエータちゃん、泣くな。



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