魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第514話 混迷極まる戦争(色んな意味で)

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『では、今のところ順調に進んでいっているわけだな?』

「順調、といっていいんですかのう……」

 それぞれPCを使い、テレビ電話の要領で話している、イーサとメルディアナ王女。
 出兵中のイーサは、自分用のPCを戦場に持ち込んで使っている。

 しかし、彼女が今いる場所を『戦場』と呼ぶのが果たして適切かどうかは不明である。
 少なくとも、イーサはそう聞かれたら、首を縦に振ることができるか怪しかった。

 何せ、ミナトが持たせてくれた『ベルゼブブ』をはじめとする数々のアイテムのおかげで、彼女の記憶にある『戦争』とは程遠いことになっているのだ。一応、いい意味で。

 何せ、国境を超えてしばらく経つというのに、戦闘らしい戦闘が一回も起こっていない。
 せいぜいが、植物系モンスターだらけの森で壊滅状態になり、逃走している、あるいは、自棄になってこちらに襲い掛かってくる敵兵を掃討するだけ。軍隊同士の会戦には至っていない。

 加えて、道中の生活の快適さもある。

 天幕や寝袋などは、通常の遠征任務で使っているものなのだが、特筆すべきは兵糧だ。

 これについても、ミナトが『ファクトリー』で生産したものを手配してくれていた。それを、ノエルやジェリーラの商会を経由して、国としてきちんと購入した形だ。

(戦争どころか、訓練でもあんな充実した飯にありつけたことなどないんじゃがの……)

 そんなことを思いながら、先程済ませた夕食を思い出すイーサ。

 通常、軍の遠征において用意される食事と言えば、当然ながら日持ちのするものに限られる。
 硬く焼いたパンや、燻製や塩漬けにした肉、チーズやピクルス、ドライフルーツなどが主だ。
 もちろん水もだが、ネスティア軍には、ある程度以上の規模で軍を動かす場合は、水を精製できるマジックアイテムを持っていくので、食料ほど困ることはない。
 
 それらを持っていくのも難しいケースだと、とにかくカロリーや栄養を重要視して作った、携帯食料の類で済ませることも多い。
 少量でかなりの栄養が取れるため、持ち運びの苦労は減るが、味や食感は最悪であると言わざるを得ないため、腹は膨れても士気は回復しない。

 それに対して、今回の食料事情……というか、今日の献立はというと。

(ふかふかのパンに、柔らかく煮た肉、海藻やキノコのスープ、瑞々しい生野菜や果物、それらを絞って作ったジュース……さらには、パンに塗るバターやジャムまでついているときた。一般兵にとっては、下手したら普段の食事より豪華かもしれん)

 パンは、最初は真空パックに入っていてぺったんこだったものを、パックに魔力を少し流すと、中身が急激に膨らんで、あっという間にふかふかのパンになった。

 肉も同じく、パックのまま温めて、しかもそのパックが上手いこと変形してそのまま器になるようにできていた。

 スープも同じ。これは最初は、粉と乾燥した具のみが入っているので、水を適量入れる必要があるが、同じくすぐに完成。これもパックが変形して器になった。

 一番意味が分からなかったのは、生野菜と果物だ。
 これは最初からそれらを持ち込んだわけではなく……それらを用意するためのアイテムだとして、球根のようなものをいくつかイーサは持たされていた。

 それを地面に埋めて、多めに水をかけると……あっという間に成長して、様々な果実や野菜を実らせた大きな木になったのだ。一部始終を見ていた者達は、イーサも含めて全員唖然としていた。

 なお、今、『野菜が実った』という表現を使ったが、事実その通りになっているのでそう言うしかない。

 その木は、成長すると根の部分がダイコンやニンジン、ジャガイモやゴボウなどになり、枝の先にはキュウリやトマト、カボチャなどが実った。
 別の枝にはリンゴやバナナ、オレンジやブドウなどが実った。
 葉はホウレンソウやキャベツ、レタスなどの葉野菜になり、中には香りのいいハーブや、お茶の葉までも混じっていた。枝が丸ごとブロッコリーになっていたり、木の幹からはキノコが生えていたりと、もう無茶苦茶である。

 人に食べられるために生まれてきたような木だ。
 いや、実際そうというか、そう作られたのだが。

 ひとまず考えることを放棄して、イーサは部下達に銘じて、それらを全て収穫させた。
 木そのものはその後切り倒して、明かりと暖をとるための薪にした。ミナトによれば、この木が実その他をつけるのは一代限りなので、その場に残しておく必要はない、有効活用してほしい、とのことだった。

 兵士達は、『まさか戦争しに来て農作業することになるとは思わなかったな』『な』と、やや疲れが混じった声でぶつぶつ言いながらも、何だかんだ楽しそうに収穫していた。
 実家が農家なのか、手馴れた様子で収穫している者も多かった。

 そして、それらを腹いっぱい食べて満足げにし、士気も高いままを維持している。
 現状、その高い士気の出番もほとんどないのだが。

(おかげでやることと言ったら、敗残兵の掃討と、途中に会った村々での人道支援くらいじゃな……しかし、行く村行く村でああも歓迎されるとは思わんかったな。やはりこの国、よほど酷い統治を敷いていたと見える)

 イーサ達ネスティア軍は、進軍途中で、いくつかの村に立ち寄った。

 といっても、食料を接収することや、その村で宿をとるようなことはしない。
 ただ単に、『近くで野営をするが、危害を加えるつもりはないのでそちらも気にしないよう』と通達するだけである。いや、だけのつもりだった。

 しかしイーサ達が立ち寄った村々は、どこもその日の食べ物にも困っているほどの有様で、中には餓死者が出ている村すらあった。

 もしやこれは、チラノース軍による焦土作戦の一環なのかと思ったほどだ。しかし聞いてみると、これは普通に厳しい徴税の結果だと言うから、驚きを通り越して呆れるほかない。
 戦時中ということで、いつもより税率が高めになっているらしいが、それでもこのような、村人が餓死せざるを得ないような状態に、統治者が、当地の一環として追い込むものなのかと。

 この事態にイーサ達は予定を変更し、手持ちの物資から、村々への食料支援を行った。

 義援ないし人道支援としての意味ももちろんあるが、それ以上に、この窮状を助けることで恩を売っておこうという打算あってのものである。さすがに戦争中の敵国で、何の罪もない村人達が相手とはいえ、慈善だけでそこまでのことはできない。

 ここでもミナト印の『色々成る木』が大活躍した。
 もとは球根1つであり、かなりどころではなくコンパクトに持ち運べるため、予備含めてたくさん持ってきていた。そのうちのいくつかを使い、その場で食料を作ったのである。

 加えてこの木には、新鮮な野菜や果物はもちろん、ジャガイモなどの穀物、『畑の肉』と呼ばれる豆類、『森のバター』と呼ばれるアボカドなどもできるため、およそ全種類の栄養素が採れる。

 何より見た目のインパクトが凄まじい。
 僅か数分にして立派な木になり、しかもその各所に栄養満点の食材が実った光景を見た村人たちは、口をあんぐりと開けて驚いていた。顎が外れそうになるほどに。イーサ達には、その気持ちが痛いほどよくわかった。

 なお、村の老人達の中には、『神の奇跡じゃあー!』『天が遣わした救いの巫女様じゃあー!』と、イーサを崇めて拝み出したものもいて、イーサは困っていた。部下達は笑いをこらえていた。

 ひとまず、恩を売って好感度稼ぎという意味では大成功なのでよしとした。

『他の国の軍も、大体同じような感じで進んでいるようだ。連中、『ローザンパーク』攻略失敗の混乱からまだ立ち直れていない上に、どうにか送り出した兵士達は軒並み壊滅しているからな。もうグダグダだそうだ』

「さもありなん、という所でしょうな。『血晶』を手に入れ、その力さえあれば万事どうとでもなろうと考えているようですから、足元固めや日頃の備えを疎かにしていた……そのつけを今払うことになっているようですな。しかし、我々にとっては好都合……この後も予定通りに?」

『ああ、そうしてくれ。このペースなら、帝都まで1週間とかからんのではないか?』

「上手く行けば、ですな。しかし、流石に帝都が近づいてきているとなれば、向こうも本腰を入れて抵抗してきましょう……正念場は近いかもしれませぬ」

『チラノースにも、何人か実力者と呼べる者はいるからな。気を付けろよ、イーサ。……それと、大きめの都市にはできるだけ近づくなよ? 『奴』が動くなら、そろそろだと思うからな……巻き込まれてはかなわん』

「は……承知しております」


 ☆☆☆


 ところ変わって、チラノース帝国・帝都アルジャヤ。

 大会議室で、大きなテーブルの上に、テーブルクロスよろしく広げられた地図を眺めながら……皇帝は、不機嫌そうに顔をしかめ、ガタガタと机の下で貧乏ゆすりを続けていた。

 共に卓を囲んでいる、軍の高官やら国政における要人達は、とても居心地悪そうにしている。

 何がきっかけで皇帝が癇癪をおこし、ともすれば矛先がこちらに向きかねないと、味方であるにも関わらず、恐々とさせられている。
 皇帝の鼻が鳴る音や、歯ぎしりの音が聞こえるごとに、びくりと震える者もいる。

 その皇帝の見ている地図には……あまりよろしくない戦況を示す書き込みがいくつもあった。

 同盟国軍は、破竹の勢い、というのも生ぬるいほどの勢いで進軍しており、侵攻を止めることは全くできていない。どんどん帝都に近づいてきている。
 反対に、こちらが送り込んだ兵士達は、送り込むたびそっくりそのまま壊滅し、敗北の報告のために伝令が戻ってくることすらない。

 観測していた別動隊からの報告によれば、いきなり軍の周囲に森が出現し、そして軍はほとんどそこから出てこなかったという。中で何が起こっているのかを知らない皇帝達からすれば、何だそれは、と言う他ない。
 
 さらに国境付近の村や町は軒並み制圧(というか懐柔)され、何の抵抗もなく敵国の軍を素通りさせている。

(なんという不忠者どもか! 誇りある帝国臣民であるならば、手に武器を取って全民皆兵の心構えで立ち向かって戦うべきであろうに……あろうことか施しを受けて媚びを売り、妨害もせずに敵軍の進軍を許すなど! この戦が終わった暁には、身の程というものを教えてくれるわ!)

 普段からの圧政に加え、戦時にかこつけた横暴なレベルの徴税・徴収を行って苦しめ、餓死者まで出る事態にしたことを棚に上げ……というか認識すらせずに、国のため、自分のために戦い死ぬべきだとがなり立てる皇帝。

 村人達からすれば、自分達を苦しめることしかしない暗君に対し、忠誠心など元からない。全くもって的外れどころではない思考だった。
 両者が相互理解できる日は、永遠に来ないだろう。

「早急に軍を再編成し、侵入者共をこの国から叩き出せ! それと、さっさと『儀式』の本番の準備を進めろ! より強力な『龍』さえ召喚できてしまえば、十把一絡げの兵士達など物の数ではない! これ以上我が国の領土を……」



「か、会議中失礼いたします!」



「今度は一体何だっ!?」

 勢いよくドアが開けられて入って来た伝令兵。

 喋っている所を遮られてまたしても苛立つ皇帝だが、ひとまず何の知らせか聞くために続きを促す。
 そうして報告されたのは……各国の宣戦布告に匹敵するか、それ以上の特大の凶報だった。


 ☆☆☆


 同時刻、帝国南西部にある、とある大都市。

 比較的帝都から離れてはいるが、流通の要所であるため、多数の軍が常時配備されていて、皇帝の影響力も強い都市だ。
 今回の各国の軍の侵攻において、その進軍ルートからは外れているが、それでもここの存在を重要視して、相応の数の軍が配備されて守られていた。万が一にもここを攻め落とされてしまえば、帝国全体の流通に影響が出る。

 その都市を統治するための行政府は……配備された軍もろとも、今まさに壊滅状態にあった。

 相応の実力者もそろっていたはずの正規軍は、その宿舎や屯所もろとも、轟々と燃え盛る青い炎によって、灰になるまで焼き尽くされていた。

「き、貴様ぁ……! ぜっ、ひゅっ……そ、『蒼炎』……この、テロリストめがぁ……!」

「そのテロリストにいいようにされ、守れと言われたものを守れず……そして、真に守り、慈しむべきものも見えなくなり……哀れなものだな。これが、国と民を守るべき軍人の姿とは」

 その青い大火災の中心にて、涼しい顔で立っている男……『蒼炎』こと、アザー・イルキュラー。
 彼は今、軍幹部と思しき大柄でがっしりした体格の男を、右腕1本で首根っこをつかんで持ち上げ、冷徹な目を向けていた。

 男は、この都市を守る軍の最大戦力の1人で、戦闘能力で言えば、AAAランクか、あるいはSランクにも届こうかという実力の持ち主だった。多勢に無勢の戦況をもひっくり返すだけの力を持つ、数少ない超のつく達人である。

 しかし、アザーには全く手も足も出なかった。
 両手両足は既に炭化して砕け散り、他にも体中に火傷を負って重傷。最早死を待つだけという状態になり……せめてもの反抗か、憤怒の目でアザーを睨みつけている。

「この、下郎めがっ……! このようなことをして、許されると……かならずや、天罰がぁぁあああぁぁ―――!!」

 軍人の言葉は、言い終わらないうちに断末魔に変わる。
 付き合っていられんとばかりに、アザーが手のひらから放出した青い炎がその全身を焼き尽くし、灰は風に乗ってさらさらと飛んで散っていった。

 今頃は、アザーの部下達によって、都市から逃亡を図る軍人や貴族達が仕留められていることだろう。支配者層は、この都市から一掃される。

 多少町も焼けてしまったが、都市そのものへの被害は最小限になっていた。ここから、住民達が自分で代表者を選び出し、チラノースという国から独立した運営を進めていくだろう。

 今後アザー達は、あらかじめ済ませておいた根回しを有効活用し、同じようにして各都市を次々に落としていく予定だ。のさばっている支配者達を廃し、住民達による蜂起を起こしていく。

 そして、全てが終わったころには、最早この国にはそれらを諫めるだけの力は残っていない。
 いや、国そのものが残っているかどうかも怪しい。アザーはそう見ていた。

「各国の侵攻とタイミングが重なったのは、幸運……いや、ある意味必然のタイミングではあるか。まあいい……予定以上に早く、この腐った国を火葬できそうで何よりだ」



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