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第22章 双黒の魔拳
第513話 戦争って何だっけ?
しおりを挟む「やれやれ……戦争なんぞ、できれば二度と経験したくなかったんじゃがのう」
ネスティア王国をはじめ、同盟国家5つによってなされた、チラノースへの宣戦布告。
それを受けて、既に準備を終えていたネスティア軍は、イーサ・コールガイン大将を総司令官とする2個師団を率いて、チラノース帝国へ向けて歩みを進めていた。
イーサは、かつて大陸中で戦争が起こっていた、『戦乱の時代』と呼ばれる時代の経験者だ。
数十年前にそれが終わり、直属の上司であったセレナが引退、その後釜として中将に、そしてその後も積み重ねていった功績を認められ、今の地位に上り詰めた。
戦争で功績を立てるのと、平和な時代に功績を積み重ねるのでは、評価の上がり方が目に見えて違ったのは印象的だったが、イーサはそれを不満に思うことはなかった。
毎日のように戦いが起こり、何十人、何百人もの人間が死ぬような時代に、魅力など最初から感じていなかったし、その頃は少しでも早く、この戦乱を終わらせるために戦っていたのだから。
だからこそ、またこうして戦争が、それも、『大国』同士のそれという規模が極めて大きなものが始まってしまったことを、イーサは嘆くしかなかった。
(仕方ないことだとは、わかっているのじゃがな……。今回の戦争は、放っておけば大陸全てを巻き込んで地獄を呼び込みかねない、かの国を止めるためのもの。言っても聞かん上に、時間がない以上、手段を選んではいられん、ということじゃな)
もともとチラノース帝国は、『神域の龍』の召喚が成れば、それを戦力に周辺国に攻め込む用意を進めていた。それが自国に向けられてから対応するのでは、遅い。
国を守るためには、策謀も、軍事行動も、どちらも先手を打って潰す必要がある。攻撃は最大の防御、ということだ。
もちろん、それが軍人である自分達の仕事であると理解しているし、こういう時のための覚悟も常にできている。
それでも、心の中に浮かんできてしまう感じてしまうやるせない気持ちが、イーサにはぁ、と大きなため息をつかせるのだった。
「お加減がすぐれないようですが、大丈夫ですか、大将閣下?」
と、顔色がすぐれないのを察したのか、横に並んで立っている部下、アイーシャ・カーン大佐が声をかける。
その反対側には、同じく部下である2人の女性、シャロエール・イザルリアと、フォルトゥナ・イザルリアの姉妹もいる。
人員を選抜した結果、奇遇にも以前、ミナト達との『合同訓練』で顔を合わせた面子がそろった。
「心配は要らん、少し昔を思い出しただけだ……さっさと終わらせるぞ、こんな不毛な戦いは」
「そうですね。まあ……『戦い』になるかどうか、果たして微妙ではありますが」
そんなことを、横からシャロエールが言って来た。
が、それは別にイーサを茶化したり、からかったりする目的で言ったわけではない。
その意味するところを分かっているからだろう。
イーサはその言葉を聞いて、別な意味での疲れを滲ませたような表情になった。
「……そうだな。いや、まあ……『戦い』が起こらないに越したことはないし、こちらの犠牲が少なく済むのなら、それが一番ありがたいことだとわかってはいるが……」
一拍。
「……毎度、純粋に喜ぶことができないのは、どうしたものかのう……ミナト殿の発明品は」
その後しばらく、イーサ達の率いる師団は前進を続け、チラノース帝国との国境を突破。
しかし、今のところまだ、敵軍による抵抗らしい抵抗はない。ここまで一度の戦闘も起こらず、イーサ達は敵国への侵入を果たしていた。
(ここまで全く抵抗らしい抵抗はなし、か……チラノースの連中、『ローザンパーク』攻略失敗からの凶報の連続で、余程混乱していると見えるな。しかし、いい加減そろそろ……)
「報告いたします! 哨戒部隊より伝令あり! 前方およそ6km、進軍中のチラノース帝国軍を発見! 規模およそ2個師団と思われます!」
とうとう入ってきた敵発見の報告。イーサを含め、その周囲にいる者達全員に緊張が走る。
しかし同時に、イーサは妙な脱力感と不安感、そして、敵に対する哀れみや同情のようなものを、心の中に覚えていた。これから戦うことになる相手には、まず抱くはずのないような感情を。
それはもしかしたら、先程シャロエールが言ったように……これから起こることが『戦い』とは呼べないものになるであろうことを思ってのものだったのかもしれない。
ため息を一つついて、イーサは収納のマジックアイテムから、あるものを取り出す。
それは、両手で抱えるほどの大きさのアタッシュケースだった。
縁取りの部分が、黒と黄色の縞模様になっていて、真ん中にでかでかと『DANGER』と書いてある……物々しさ満点のそれだ。
というか、デザインからして、一体誰が用意したものなのか、考えるまでもなく明らかである。
イーサはというと、これからこの中に入っている『兵器』を使って、敵であるチラノース帝国軍を攻撃するということを思うと……またしても、ため息が漏れた。
(……気の毒だが、悪く思うなよ、チラノースの兵士共……戦争であるならば、少しでも楽に、少しでも犠牲を少なくして勝つというのは、勝利に並ぶ至上命題だ。なればこそ、我々は……こんな『否常識』な手を使ってでも、この望まぬ戦いを早々に終わらせてみせよう)
☆☆☆
最初に異変に気づいたのは、チラノース軍のとある兵士だった。
「……? おい、何か変じゃないか?」
「変? 何だよ、敵影でも見えたのか?」
「いや、そうじゃなくて……なんか、このへん……さっきまでと、地面の色が違わないか?」
「は? 地面の色?」
そう言われて、他の兵士が、自分達が歩いている地面をよく見ると……確かにそうだった。
よく見ないとわからない程度の差ではあるが……今まで自分達が歩いてきた地面は、何もない荒野の、薄い茶色の乾いた地面だった。砂地に近い手触りで、踏みしめると、混ざっている砂利のせいもあって、ざり、と音が鳴る。
しかし今、自分達の足元は……明らかに荒野の乾いた地面ではない。まるで草原や山林の中のように、適度に湿っていて、足裏から弾力すら感じる地面になっている。
色も、乾いていることを表す明るい茶色ではなく、より濃い茶色になっていた。
しかも、今現在も色は変わり続けており……それが見られる範囲も広がり続けている。
そして、困惑する兵士達の目の前で、新たな変化が起こる。
足元から、ぴょこっ、と……植物の芽のような何かが、唐突に芽吹いた。
目の前の光景を疑う兵士達。しかし、彼らの思考能力が正常に戻ってくるのを待たず、異常はどんどん進む。
芽吹いたばかりの芽が急激に伸び、育ち……瞬く間に1本の木になる。
木になってもなお、ゆっくりとだが、さらに成長を続ける。ゆっくりと丈は伸び、幹も太くなっていく。そうして、立派な樹木になっていく。
同じことがあちこちで起こる。あちこちで、ものの1分もしない間に、発芽し、成長する。
1本、2本、3本、
10本、20本、30本、
100本、200本、300本……
最早数える意味もなくなるほどの量。密度。
ものの十数分の間に、何百何千の木々に囲まれた樹海が出来上がってしまった。
事態を飲み込めないチラノース軍の目の前で、いや、目の前どころか四方八方で……さらなる異常事態が起こる。
単なる木々だけに見えた森の中に、徐々に異様な風体の植物が増えていく。
巨大なハエトリグサやウツボカズラのようなもの。蔦が蛇のようになっているもの。明らかに有害そうな花粉をばらまき始めるもの。
さらには、木々の間から、あるいは地面の下から……いつの間にそこに現れたのか、巨大な昆虫型の魔物が無数に表れ始める。
蝶々、カマキリ、毒蛾、トンボ、サソリ、蜘蛛、ムカデ……
そこに至ってようやく、チラノース軍は気づいた。
このままここにいれば、自分達は死ぬと。
そして、今さらそれに気づいたところで……彼らにできることはなかった。
☆☆☆
「わざわざ戦ってやる必要なんてないんだよ。軍が来ようが龍が来ようが、無視して直で土地の制圧から入っちゃえばいい。そうすれば、そこにいる軍隊なんて後からどうとでもなるし」
「そんなことができるのはあんたぐらいよ……」
隣で嫁が呆れているようだが、まあいいじゃないの。
これで大した被害もなく、チラノース帝国との戦争、ほぼほぼ終わらせられそうだし。
連中の士気が高いのか低いのか、どんな風に戦うつもりで、ネスティアとの国境付近を目指してたのかはわからないけど……別に興味もないし、知る意味ももうない。
軍と軍の戦いが起こる前に、その土地そのものが、その全てが連中の敵になって……速攻全滅しちゃったからね、そのまま。
何をやったかって言うと、だ。
イーサさんにはあらかじめ、僕の発明品の1つ……『ベルゼブブ』を渡していたのだ。
超多用途環境改変ナノマシン『ベルゼブブ』。
読んで字のごとく、散布したエリアの環境をいじって改変する能力を持つ、ナノマシン型マジックアイテムである。
僕らの拠点がある『カオスガーデン』は、もともとニアキュドラからもらった土地だったんだけど……乾いた砂と土ばっかりの地面で、草木がろくに育たない土地だった。
それを今の、太古の密林か何かかってくらいに生い茂った状態に変えたのが、『ベルゼブブ』の力である。土を分解して再構築し、植物の生育に適した良質の土に変えた。
さらに、同時に散布しておいた植物の種が、肥沃な土地になったそこで発芽し急成長。あっという間に密林の出来上がり。
そして、普通の木々に少し遅れて、巨大な植物型のモンスター達――人間だろうが魔物だろうがお構いなしに餌にして栄養に変える奴ら――もまた成長し始める。
さらに、これまた散布する際に卵が混じっていたことで、昆虫型の魔物もそこで急成長、成体になって姿を現したのだ。
まあ、そんなに一瞬で成長する植物も魔物もないから、当然そいつらは、遺伝子その他に僕が手を加えたものを使ってるわけだけどね。
しかし、普通の植物はともかく、植物と虫の魔物達は、急激な成長ゆえに腹を減らしていて……餌を欲しがっていた。
そして目の前には、いつの間にか森の中に迷い込んでいた(というか最初からいた)、チラノース軍の兵士達。
あとはもう、お察し。
なお、連中の殲滅が終わった後は、きちんとその魔境もとい森は無害化するので問題ない。
餌を食らいつくした昆虫型の魔物達は、数時間で生命活動を停止させる。そして死んだ後は、植物型の魔物達がそれを餌として食らう。
その後は今度は植物型の魔物達は休眠状態に入る。死ぬわけではなく、魔物としての機能だけを失い、ちょっと大きいだけの普通の食虫植物その他に退化するような形だ。
なお、これらのモンスター達の制御は、ネールちゃんが派遣してくれた、『フェスペリデス』や『トレントフェアリー』といった、植物系の精霊種達によって制御されている。
彼女達はネールちゃんの後輩にあたる子達なんだが、自分の住む森で植物や森そのものを制御するための練習みたいな感じで、今回のこの作戦に協力を申し出てくれている。がんばれ。
また、休眠してる植物系の魔物達は、その気になれば彼女達の号令一つで復活させ、森の守護者として活動を再開させられます。
なので、この方法でチラノースの大地が樹海に変わったエリアは、戦わずして僕らが制圧したも同然、ってわけ。新たに兵が派遣されてきたら、速攻で魔境に逆戻りさせる。
もう一度言おう。
あの国相手に、わざわざ戦ってなんかやる必要はない。
直で領地を制圧していって、どんどん国土を食いちぎっていって……最後に追い詰めて残った奴らをぶっ飛ばせば、それで終わりだ。
宿願だか何だかしらないけどね、付き合ってらんないの。
ましてや、僕の大切な仲間や友達が、そんな戦争なんかで傷つくことなんか許容しません。何もできずに土地ごと滅べ、この問題児国家が。
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