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第22章 双黒の魔拳
第512話 動き出す国々
しおりを挟むネスティア王国、王城内、国王執務室。
執務机に着いていた国王・アーバレオンの元に、ちょうどイーサからの報告が上がってきた。
「そうか……チラノースの連中、予想通りにことを起こしたか」
「はい。本日未明、『ローザンパーク』に、河川航行用の軍艦10隻を含む兵力を差し向け……しかし、待ち受けていたミナト殿がこれを粉砕したとのことです。詳細な戦闘内容については……お目を通す際に精神的な疲労を伴う可能性がある旨が、注意書きとして書かれているのですが……いかがいたしましょう?」
「……後で読む」
恐らくは、報告書を作ってくれた、ローザンパークの幹部・ルフェニアの配慮だろう。
それを聞いて、どうにかアーバレオンは表情を変えずにそう答えた。
なお、後ろで聞いているアクィラは笑いをこらえている。
しかし、すぐに真面目な表情に戻り、
「それでは陛下、ここからは手筈通りに?」
「ああ……半世紀以上のさばってきた問題児国家に、引導を渡す時が来たようだ……ザックを呼べ。それと、ジャスニアとフロギュリアにも連絡を。……向こうにも報告は届いているだろうからな」
「かしこまりました」
☆☆☆
それから数日後、
場所は移り……チラノース帝国・帝都。
「失敗した!? しかも、万を超える軍勢と10隻の軍艦、さらに『龍』まで投じておきながら……壊滅して敗走しただと!?」
玉座に座る皇帝は、激しい怒りをあらわにして、報告を持ってきた軍服の男を怒鳴りつけていた。
男の素性は、今回の攻略戦を含む、軍事行動・予定の全権を握っている将軍である。恰幅の良い体格をしていて、普段はふんぞり返る姿が悪い意味で様になっている男だが、今はその体が、心なしか小さく見えるほどに委縮し、猫背になって叱責に怯えていた。
彼の元に、『攻略失敗、侵攻軍壊滅し敗走』の報告が届いたのは……実は、3日前のことだった。
謎の転がる兵器と漆黒の機械龍によって蹂躙される戦場から、運よく、命からがら逃げ帰ってきた1人の兵士が、早馬を走らせて報告を上げてきた。
しかしその時は、将軍は『そんなバカなことがあるか』と、その部下の報告を信じようとはしなかった。これまでとは桁の違う戦力を投じたのに加え、皇帝陛下自ら召喚した『龍』まで投じた戦で、負けることなどありえない。あってはならない。
虚偽の報告をした、おそらくは敵前逃亡をやらかしたのであろう愚か者を牢屋に入れた。罰として食事も水も与えず放置していたら、翌日には獄中で死んでいた。過労と衰弱によるものだった。
その兵士が、敵前逃亡の罪人などではなく……疲労困憊の体を引きずって一刻も早くこのことを祖国に伝えようとした、曲がりなりにも忠義の者であったことを彼が知ったのは、翌日以降、次々に同じ内容の報告が上がってきたため。
流石に不安になった将軍は、手元に残していた、自らも信を置いている『龍騎士』を飛ばして事実確認に行かせたところ、その悪夢のような報告が現実であったことを知った。
しかし、どれだけ受け入れがたいことでも、事実である以上は報告しなければならない。
将軍は皇帝に火急の用件だとして面会を求めたが、皇帝はそれに対し、執務室や会議室での内密の面会ではなく、玉座の間での謁見という形をとった。
肯定もまた、『ローザンパーク攻略戦』の戦勝報告をその場で聞くつもりだったのだろう。わざわざ家臣たちを集めて、華々しい戦果を喧伝するために。
それがそのまま、赤っ恥を披露する場に変わってしまったとなれば、顔を真っ赤にして皇帝が怒り狂うのも当然といえば当然だった。
「じょ、情報が間違っていたのです! 明らかに奴ら、我々が来ることをわかっていて対策を……見たこともない兵器や魔物を投じて迎撃を行ったという報告も上がってきています! 初見の兵器に加え、情報もなく、我々としても対処が難しかった結果かと……こ、この責は必ず、現場の指揮官を追及し、その者達の……いえ、その一族郎党の命をもってしても償わせることと……」
「ええい、言い訳など聞きたくもないわ、この無能者が! 半月前、私の目の前であのように大言壮語を叩いておきながら何たる無様か! このような場で私に恥をかかせおって!」
恥云々については、自分が『面会』を『謁見』に独断で変更した結果のことであるが、皇帝の頭からは都合よくきれいに抜けていた。
「近衛! この愚物を牢へ入れよ! 顔も見たくないわ!」
「お、お待ちください陛下! 指揮官だけでなく、怠慢をさらした情報部も処罰します! 改善を約束いたしますので、どうか、どうか話を……い、命だけはどうか、へ、陛下ああぁぁああ!!」
両脇を抱えられながら、将軍……いや、おそらく皇帝の中ではすでに、頭に『元』がついているであろうその男は、玉座の間から退出していった。
顔は見えなくなったが、それでも不機嫌の収まらない皇帝は、ふん、と鼻を鳴らして玉座に座り直し、近くにいた大臣に尋ねる。
「おい、今の話が本当だとして、今後の軍の行動計画に支障はどの程度出る?」
「は、はい、正確なところは、詳細を聞いてから計算してみないとわかりませんが……失った兵士や軍艦、搭載していた物資や兵器を考えると……数か月は必要かと」
「そんなに待てるか! 長くとも一月で何とかしろ! 研究部門からは、もう既に本番の『儀式』の目途は立ちつつあると報告が上がっているのだぞ!」
「お、恐れながら陛下、それはさすがに無理でございます! 損耗した部門の再編に加え、物資等の問題も……」
「私は『やれ』と言ったのだぞ」
家臣の言葉を遮って、苛立ちそのままに言い放つ皇帝。
「金や物が足りないのなら、臨時の増税でも徴収でもして補えばよかろう! 元よりこの国にある全てのものは、人も金も食い物も、全て私のものなのだ。栄光ある帝国の国民であるならば、国の勝利と発展に貢献する義務がある、それを果たさせるだけだ、違うか?」
「そ、それは……」
増税など、今すでに行っている。今後、『神域の龍』を使って軍事行動を……それこそ、他の大国を相手に起こしていくことを見越して、平民達から絞り取れるギリギリにまで税率を引き上げている。
兵も既に徴兵を行って増やしている。そして今回の侵攻作戦では、その中からも少なくない数を投じていた。
「それでもできないと抜かすのか? 貴様はあの無能者とは違って、愛国心と忠義心を確かに持った男だと思っていたのだがなあ……まさか、私の勘違いであったのか?」
青ざめる家臣。ここで返答を間違えば、自分も先程連れていかれた将軍と同じになる。
例え無謀なことであっても、皇帝の望む言葉を返す以外に、彼に選択肢はなかった。
「い、いえ、滅相もございません。わかりました……そのように対応いたします」
「ふん。わかればよいのだ……3週間で何とかしろ。それ以上は待てんぞ」
「さ、3週間ですか!? さ、先程はひと月と……」
「貴様が真に愛国心を持つ忠義者であるならば、可能なはずだ」
率直に言って、手段が無謀なのに加えて、期間的にも無茶だったものが、皇帝の癇癪でさらに短くなった。しかもそれを、『愛国心』でどうにかしろなどと言ってくる。
「他の者達も心せよ! もう何度も言ったことであるが、今我が国は建国以来の重要な時期にある! そんな時期に足を引っ張るような不忠者などここには他にはおるまいな! いかな困難が立ちはだかろうとも、貴様らの愛国心と忠義心さえあれば、全て突破して栄光を勝ち取れるものと私は信じているぞ。謁見は終わりだ、持ち場に戻れ!」
そう言って、側近達を伴い、肩をいからせて歩き去って行く皇帝。
その後ろ姿を見送る家臣達は、もうすぐそこまで見えていたはずの栄光の未来が、突然遠くに行ってしまったような、言い知れぬ不安を覚えていた。
順風満帆に思えていた祖国の旅路は、実はとてつもない迷走をし始めているのではないかと。
……しかもその不安は、そのすぐ後に的中することとなる。
具体的には、3秒後。
皇帝が、玉座の間を出ようとした、まさにその直前。
「え、謁見の最中に失礼いたします! 火急の報告事項です!」
突然飛び込んできた兵士のその声に、一瞬で怒りが再燃した皇帝が怒鳴り声を上げた。
「何だ貴様! もう謁見は終わったぞ! 即刻……」
「何卒、何卒お聞きください陛下! 火急でございます!」
兵士はそう言って、無礼にあたるとはわかっていながらも……自らが持ってきた、どうしても皇帝の耳に入れなければならない、その情報を、許しが出る前に大声で口にした。
「外交部門より急報! 『ネスティア王国』、『ジャスニア王国』、『フロギュリア連邦』が、我が国に宣戦布告! 『ニアキュドラ共和国』と『シャラムスカ皇国』はその支援をすることを表明いたしました!」
「……何だと!?」
☆☆☆
シナリオを考えたのは、第一王女様らしい。
まず、あの国は今、『今が我が国にとって一番重要な時期である(キリッ)』とか何とか言って、もっと勢いを出せるように、景気づけやら手柄やらを欲している。
しかし、流石に『大国』や、その傘下にいる小国にまで手を出すのは――少なくとも、本番の龍召喚の儀式が行われるまでは――まずいとも思っている。なので、粛清やら脅しもかねて、辺境の反抗的な少数部族やら何やらを虐殺してるそうだ。
そんな状況下において、どの国にも属さず、国家として統治もされていない『ローザンパーク』は、彼らにとって格好の標的になる。
イオ兄さんや、他の幹部達のほとんどが、用事があって近々留守にする、という情報を流せば……それを隙と見て、兵力や『龍』を投じてここぞとばかりに襲撃に来るだろう、っていうのはわかっていた。だから、利用させてもらったんだ。
なお、イオ兄さん達が留守にするのは本当のことだし、用事があるってのも嘘じゃない。
ただその用事っていうのが……チラノースは予想もしなかっただろうけど、チラノース以外の『大国』5つの首脳陣との会合なんだよね。
チラノースがバカやりそうな気配がぷんぷんしている現状、大陸の平和が不安定になりかねないっていうのを理由として、大陸の平和のため、やむを得ない事情がある場合に限り、期間限定で、『ローザンパーク』を他国の使節団や軍が通り抜け可能にする。
そして同時に、国際的な立場を確かなものにして権利を適用するため、『ローザンパーク』を正式に『大国』が独立自治区として認める、というもの。
これにより、『ローザンパーク』は今まで通り、どこの国にも属さず、国でもない『自治区』ではあるものの、不当に占拠されている公有地ではなく、きちんとそこに住んでいる人達に居住その他の権利が存在する土地となった。
そう扱う、ってことを、ネスティア王国、ジャスニア王国、フロギュリア連邦、シャラムスカ皇国、ニアキュドラ共和国が認めたわけである。
で、そこに向かって攻め込んできたチラノースに、『大陸の平和に亀裂を入れる敵対行為である』という抗議を出すとともに、こないだあった、ネスティア王国国境侵犯及び国軍との戦闘・損害を合わせて理由とし、ネスティアが宣戦布告。
同盟国を助けるってことで、ジャスニアとフロギュリアも宣戦布告。
立場や軍事上の問題から直接参加するのは難しいけど、ニアキュドラとシャラムスカもその支援をする。
あっという間に『チラノースVSその他全部』の構図の出来上がり、ってわけ。
もしチラノースから『『ローザンパーク』は山賊が不当に占拠している土地でどこの国でも云々』って抗議が出たとしても、『平和のために大国がそれを認めてるんじゃボケ(意訳)』と突っぱねる。
また、『そんなの我が国は聞いてない!』っていう言い訳も通らないようになってる。
これがまたよく考えられてて……まず、この作戦の時系列なんだけどね?
1.イオ兄さんがローザンパークを留守にする。
2.チラノースがローザンパークに攻め込む。
3.返り討ちにして叩き返す。
4.チラノースが攻めてきた報告が各国に届く。
5.チラノース帝都に敗北の報告が届く。
6.各国がチラノースに宣戦布告。
こう進む。なお、5と6はタイミングによっては入れ替わるかもしれない。
そしてここに、ローザンパークの協定関連のスケジュールがどんな感じで入ってくるかだ。
建前のそれらを含めた上で作り直すと、こうなる。
1.イオ兄さんがローザンパークを留守にする。
2.各国がローザンパークを認める協定を締結。
3.協定締結を大陸全域に喧伝する。
4.チラノースがローザンパークに攻め込む。
5.返り討ちにして叩き返す。
6.チラノースが攻めてきた報告が各国に届く。
7.チラノース帝都に敗北の報告が届く。
8.各国がチラノースに宣戦布告。
ここでのポイントは、2と3が異常に早く行われるってことだ。
何せ、チラノース以外の5か国は、僕が作ったPCを持っており、ぶっちゃけ伝達は即時でできるし、会議はわざわざ集まらなくてもできる。こないだウェブ会議やったしね。
なので、調印が終わったら即、各国がその報告……調印の完了、正式決定を受け取って、広く内外に宣伝する。自国内はもちろん、傘下の国にも。
ただし、チラノースにはこの報告は行かない。
いや、行くことは行くけど、馬とか伝令を使った、普通のスピードで伝わるだけだ。
チラノースの外交窓口は、それを知った段階で大慌てで中央にそれを伝えようとするだろうけど、その頃には既にチラノース軍がローザンパークに攻め込んでるだろうし、なんなら壊滅した後かもしれない。完全に手遅れ。
『聞いてない!』とか『伝えるのが遅かった!』とか言われたとしても、『あんたんとこ以外は皆とっくに承知してたよ』『あんたんとこいつも情報とか封鎖したり締め出すから遅れたんだろ』って突っぱねる。
あと、『あんたの国あちこちにスパイ出してるのにそんなことも察知できなかったの? わー、無能。プークスクス』って暗に煽ったりもする……らしい。
ノータイムで情報が伝わる手段を持ってるなんて知らないチラノースからすれば、こちらの策略だとは勘ぐっても証拠はないし、事実としてチラノース以外は、小国まで含めて『知っていた』。
つまり、自国の情報伝達の遅れが理由、そして運とタイミングが悪かったってことになる。
若干無理やりな部分もあちこちにあるけど、そこはまあホラ、『大事な時期』ですから?
チラノースが率先して色んな騒ぎを起こしてて、大陸のどこにも見方がいなくなってる状況で、いちいち細かい問題の精査やら何やらに時間も労力もかけてられないだろうし?
まあ、つまりは、表向きのカバーストーリーさえきっちり作っておけば、あとは、相手が余裕がないことをいいことに無視してゴリ押しできる。というか、する。
こちらとしても、チラノースの連中には時間を与えずに速攻でケリをつけたい案件だからね。あたふたしてる間に、速攻で国ごと制圧して『血晶』を取り上げないと。
だから、強引だろうが何だろうが構っていられないってことで、この作戦が立案・実行されたのだ。
なお、僕は冒険者だから、基本的に国の政治やら何やらが絡むことには手出ししない。依頼を出されてもそれを受けることはない。
冒険者ギルドは国を超えた組織だ。ゆえに、政治や国同士の戦争などには極力関わらない、どこか特定の国や組織に肩入れすることはない……っていう、不文律というか、暗黙の了解がある。
……まあ、色々と穴があるルールだから、そこを突いて介入できないこともないんだけど。チラノースとか、平然と冒険者を戦力として使ったりしてるし。
けれど、もめ事になるのを嫌うのであれば、普通の冒険者はそんなことは当然避ける。
そういうわけで、ここからは各国の軍の皆さんの領域だ。僕からは何も手出しも手助けもできない。各国で……ドレーク兄さんやアクィラ姉さん達だけで、頑張ってもらわないとな……
…………なんて言うと思ったか、この僕が。
自分で言うのもアレだけど、僕は『普通』という言葉は最も似合わない類の人間である自覚はあるし……そんなルールよりも僕個人の事情と、家族と仲間の幸せが優先だ。
そして……やられた分はきっちり返す。100万倍にして返す。
当然、ガッツリ介入するよ、ここからも。
まあ、流石に直接戦場に出るとかはしないけどね? 色々面倒なことになるし。
それに、国同士が問題になってるのに、横からいち冒険者が割り込んできて『滅びよ』みたいな感じで色々殺ったら(誤字にあらず)、各国のプライド的にもちょっとアレだろうし……っていうかぶっちゃけそう第一王女様とかからも言われてるんだよね。
まあ、そのくらいの配慮はしてもいいかな、とは思うよ。行き着く先が同じであれば。
ただ……僕は冒険者であると同時に、研究者・技術者でもあるわけで。
各国から色々と注文を受けて、武器や防具、アイテムを作って売ってあげたりとか、今までにも普通にしてるんだよねえ。
その延長上ってことで、バッチリ各国に援助させてもらいましたよ。
自重を捨てた僕の、これまでとはけた違いの『否常識』から生まれた発明品の数々をね。
さーて……何日もつかな、チラノース帝国。
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