魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第507話 龍の力ともたらす影響

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「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……えっと……お姉様? 大丈夫?」

「……大丈夫に、見える?」

「正直見えない」

 そんなやり取りが、ターニャちゃんとかわされているわけだが……今僕らがいるのは、拠点のリビングである。
 そこに何個も並んでいるソファに、エルクやシェリー、ナナにザリー、サクヤに義姉さんといった、『邪香猫』の実働メンバーがそろって突っ伏していた。

 皆、疲労困憊といった様子である。
 
 さっきまで、訓練場で皆でトレーニングやってたんだけど……ちょっと前から、さらに訓練砲身を少し変えてみたところ、訓練後はほとんど毎回こんな感じになっている。
 もちろんその分効果は出てるんだけど……その嬉しさや充実感をもってしても、心身を襲う疲労感を打ち消すことはできないようで……

「……心身、っていうか……心8割、体2割くらいの比率なんだけどね……疲労の原因」

「それはまあ、確かに……」

「でもまあ、最初の頃よりは慣れてきたんじゃない? 疲れる感じも、大分マシになってきたかも」

「……コレで?」

 シェリーが笑いながら言ったその言葉に、ターニャちゃんは軽く戦慄していた。

 徐々に回復し始めているとはいえ、さっきまで会話するのもしんどそうだったのに、これでもまだマシになった方なのか、と。

 一体それより前まではどれだけの疲労感に襲われていたのか、一体どんな特訓をしたらこんな風に、下はAAから上はSランク相当にもなる面々が、疲労困憊でぐでっとなってしまうのかと。

 ちなみに、その訓練にはもちろん僕も参加してるんだけど……皆ほど疲れてはいない。

 というのも……さっきエルクがぽつりと言った通り、この訓練で彼女達がやられているのは主に精神の方であるため、僕は割と平気なのだ。

 ああでもそれは、僕が『夢魔サキュバス』……精神攻撃に耐性のある種族だからっていう意味じゃなくてね?
 僕はこの訓練、披露するどころか割とノリノリで楽しんで行っているので、ほとんど疲れは身体的なそれにとどまってるんだよ。

 しかし、エルク達にとってはちょっとつらいというか、キツイ、ないしついていきづらいものがある内容のようなので、疲れているというわけ。

 そして、そうなっている理由というか……この訓練の内容及びコンセプト等については、この間エルクに言われたあることが関わってるんだけど……まあ、詳しくはまた今度。

リビングの中心に、疲労回復効果のあるお香(無論、手作り)を置いてしばらく待つと、皆、それなりに回復したようだった。

「あー……しんど。でもまあ、効果は実感できてるわけなのよね……」

「そうなんですよね……それこそ、こないだまでやってた、『他者強化』を使った訓練よりも」

「内容はホントに、いつも通りというか……カッ飛んでるけどね。でも、慣れるとそんなに気にならないというか、楽しめる感じは出てきてると思わない? かなり独特だけど、倒すべき敵に変わりはないわけだし」

「それでも、いちいち展開が……過程が……疲れるのよ、精神的に……長いこと生きてるけど、あんな無茶苦茶な戦い方してくる魔物も亜人もいないっつーの」

「ホントにね……しかも、それがどんどん……ミナト君、どこからあんなにアイデアが湧いて出てくるんだか、ホントすごいよ」

「あっはっは、それほどでも」

「「「褒めてない」」」

 サクヤ以外の声がそろった。

 そして残るサクヤはというと、ふと思いだしたように、

「ですが、効果もやりがいもある訓練であることは事実です。それでミナト様のお役に立てるのであれば、是非も……あ、でもミナト様、今後まだ色々と試したい内容があるんでしたっけ?」

「うん、まだまだあるよ」

「……心が折れそうだわ」

 ガクッとうなだれるエルク。

 すかさずターニャちゃんがそこに、よく冷えた飲み物を差し出した。そのまま、他の皆にも配っていく。
 『カオスガーデン』で取れる、『アーダーホーネット』のハチミツを使って作るレモネードやアイスティーだ。結構な疲労回復効果がある。

 細かい気配りで、各メンバーの好きな飲み物がそれぞれ用意されていた。さすがだ。

 ちなみに、僕の分もきちんとあった
 そんなに疲れてはいないけど、喉は割と乾いてるので、遠慮なくもらう。

 そんな感じで休んでいると、リビングのドアが開き、アイドローネ姉さんが入ってきた。

「ミナト、今時間ある?」

「まあ、あるっちゃあるけど……仕事の話?」

「うん、最近増えた」

 そう言って、手に持っている書類を渡してくるアイドローネ姉さん。

 目を通すと……それは、あちこちから出されている、魔物討伐や撃退系の依頼だった。ただし、詳細がかかれている依頼シートじゃなく……それらをまとめたリストと言うか、一覧表だ。
 しかもそれらのほとんどが……ごく最近出されたものだ。難易度にばらつきはあるけど……結構な数があるな。

 けど、それらのほとんどに……2つほど共通点がある。

 1つは、討伐するモンスターについて書かれている、備考というか、背景みたいな情報。
 ほとんどが、『本来はこのあたりにいないはずの魔物があらわれた』というものだ。縄張りが別な場所・地域にあることが確認されていて、出没自体しないとされている魔物が、なぜか現れて村人や商隊が襲われた、何とかしてくれ……みたいな。

 そしてもう1つは、それらの依頼……大陸の北側に依頼元が集中している。
 フロギュリアとネスティア、あとは、数は少ないけどニアキュドラも。

 これについて、ふと気になったことがあったんだけど、それを聞く前に、疑問を察していたらしいアイドローネ姉さんが答えてくれた。

「ちなみに、チラノースで出されてる依頼はあらかじめ省いてある。ミナト、あの国には行く気ないでしょ?」

「まあ、そうだね。で、その省いたチラノースの依頼って、どのくらいあった?」

「そこに載ってる依頼全部足したくらい」

 やっぱりか。

 恐らくだけど、これらの『いるはずのない魔物』系の依頼は……チラノースが最近とうとうおっぱじめた『龍召喚』と、その龍を使ったバカみたいな粛清が原因だろう。

 今更言うまでもないことだけど、『龍』という生き物は、実力に存在感に、どれをとってもあらゆる生き物の中でトップクラスのそれを誇る。
 ほとんどの魔物や動物は、その姿を見ただけで、叶う相手ではないと悟り、恐怖を抱いて逃走するだろう。縄張りだのなんだの、一切構わずに。『龍』は、そのくらいの存在だ。

 むろん、一口に『龍』といっても、実力はピンキリではある。それでも、『龍族』にカテゴライズされる者の中には、Aランクより下の種族は存在しないのだから、自然界のカーストの中でも、圧倒的に上位者である事実は揺るがないだろう。

 そんな『龍』を、『チラノース帝国』の連中は……少数とはいえ、召喚して使役し……試運転がてら、自分達に逆らう者達の粛清や見せしめのために使っている。

 そのあたりの現状については、色々物騒な『予想』と共に、こないだメルディアナ王女から連絡が届いて知ってる。
 そして……その影響は、チラノースの統治体制や、粛清される村々にとどまった話じゃないだろう、というのも……予想されていた。

 思えば僕、何だか冒険者になった直後から、こういう系の異変に縁がある気がするけど……軍に連れ回され、各地に出没する『龍』達に恐れをなして、その近くに住んでいた魔物達が一斉に逃げ出したんだろう。
 そしてその魔物たちは、移動した先にいた魔物達を押しのけて、新しい縄張りを確保した。押しのけられた魔物たちは、さらに移動して同じように新しく縄張りを……その繰り返しで、魔物の縄張りが今、大陸北部の地域で滅茶苦茶になりつつある。

 当然、そんなことになれば、近くにある人里も巻き込まれるわけで。
 普段はいるはずのない、村にまで襲ってくるはずのないような魔物達が現れた……という報告や、それに伴う依頼は、こうしてできたものだろう。

 そして恐ろしいのは……これでもまだ、元になった異変は、ごく一部の地域にとどまっているということだ。
 まあ、チラノースが粛清した村や、その途中で立ち寄ったりした地域に限った話だからな。そこまで広い範囲、何カ所も魔物達を怯えさせたわけじゃないんだろう。

 もっとも、このくらいの混乱なら冒険者ギルドや正規軍といった、既存の戦力で十分対処可能なはず。長くとも数週間あれば収束するだろう。

 けど、今の『試運転』の段階でこれなら……連中が本番の『龍召喚』を行い、今よりもっと凶悪な龍が地上に、それも大陸中に降りてきた日には……ちょっと考えたくないぞ。

 あらためてリストを見る。ほとんどはさほどランクも高くない依頼ばかりだけど、中にはAAとかAAAの依頼も混じってるな。
 さっき言った通り、地場の冒険者達でも、数週間程度かければなんとかなるだろうが……逆に言えば、数週間はかかる、か。その間ずっと、苦しむ人も出る……と。
 
 ……よし、訓練が落ひと段落したら、久々に冒険者らしい仕事でもするか。
 別に変な正義感や義侠心なんか出すつもりはないけど、気分転換と……あと、修行の成果を確かめるにはちょうどよくもあるしな。アイドローネ姉さんに頼んで、手ごろそうな依頼を見繕っておいてもらおう。


 ☆☆☆


 一方その頃……全く別な、とある場所にて。

 今現在、ミナトが受け取ったのと、ほぼ同じ内容の情報を耳に入れた、1人の少女が……悲痛な表情を浮かべていた。

「そっか……そんなにたくさんの人達が……それに、動物や魔物達も、怖がって、苦しんでるんだね……」

 手のひらに乗せた、リスのような生き物を相手に、少女は話しかけている。

 その生き物は、小さく愛嬌のある姿をしてはいたが、れっきとした魔物である。

 『龍栗鼠』という名の種族で……見た目はかわいらしい栗鼠だが、体の各所に龍のような部分がある種族だ。手足の鋭い爪や、口の中に生えた牙、体のあちこちには鱗があり、よく見るとそれがわかる。
 『ドラゴノーシス』を発症した魔物、というわけではない。『ディアボロス』などと同じく、龍の遺伝子が入った結果として、突然変異で生まれた種族である。

 その『龍栗鼠』が話す言葉を聞いて、少女……エータは、心を痛めていた。

 物心ついた時から、彼女に備わっていた……『龍と話せる』という特異な力。
 まだ小さく、孤児だった彼女には、そんな力を使う機会はなかったが……それがあったからこそ、ある時であった黒い龍……ゼットや、この龍栗鼠とも心を通わせることができた。

 その後、ダモクレス財団に保護され、栄養不足で弱った体の治療と共に、『ドラゴノーシス』の感染個体……それも、古代の『龍の巫女』と同じ能力を発現させている貴重なサンプルとして、本人はその自覚などないままに、色々と検査・調査されていた。

 その後、財団が本格的に動き出すのに合わせて、エータが保護されていた施設は解体され、そこに収容されていた患者達は、財団の息がかかった町や村、あるいは孤児院などに入れられた。

 エータが今入っている孤児院もその一つだ。
 今彼女は、そこの屋上で、時々遊びに来るこの『龍栗鼠』――財団の施設にいた時から仲良しで、自分についてここに来た――から、この大陸の異変について聞いていた。

 今までに見たこともないような龍があちこちに現れ、そのせいで人々や、動物や魔物までもが、怖がって苦しんでいると。

 エータは、施設にいた頃、自分が何をされていたのか、詳しく知っているわけではない。
 自分のことや、この『龍と話せる力』について興味があるのだろうな、くらいにしか知らなかった。他の入居者達も知らなかったし、施設の職員や、たまに遊びに来てくれるウェスカーも、教えてはくれなかった。

 それでも、施設でこなした様々な実験は……彼女に、自分に何ができるのかということを、実感で教えるには十分で。

 しかし、そういった力を使う際に一番大事な……『身の丈に合わないことはしない』ということを教えられなかったことが……この心優しい少女に、1つの無謀な決心をさせてしまう。

(……龍達のせいで皆が困って、怖がってるなら……その龍を止めればいいんだよね。それなら、私にもできることが……!)

 声に出されなかったがために、手の中にいる小さな友達は……その決意に気付くことはできなかった。



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