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第22章 双黒の魔拳
第501話 各国代表、ウェブ会議
しおりを挟む『それで、首尾はどうだったんだ、メルディアナ? もう既に返事は貰っているのだろう?』
『予想通りだ。見事に突っぱねられたよ……外交ルートで、件の『血晶』について、『非常に危険なものだから手を出すな』と、忠告して、対話のテーブルにつくことを要請してみたが……奴ら全く聞く耳を持たん。鼻で笑った挙句、逆に脅しを入れてくる始末だ』
『脅し、って何ですか?』
『直接的には言わなかったらしいが、遠回しに……『これからは大陸の覇権を握るのは我が国だから、大国と言えど身の振り方を考えろ』的なことをな。奴ら、既に我々に勝った気でいる』
「まあ……予想しないではありませんでしたが……本当にろくでもないことしか考えられないようですわね、あの国は……」
大型モニターの画面を分割し、ノートパソコン(マジックアイテム)越しに会議を行っている面々が、そろってため息をついた。僕もついた。
画面には、ネスティアのメルディアナ王女、ジャスニアのエルビス王子、ニアキュドラのレジーナ、フロギュリアの公爵令嬢・オリビアちゃん、そしてまだしゃべってはいないけど、シャラムスカの聖女・ネフィちゃんも映っている。
オリビアちゃんは、ここ『キャッツコロニー』に大使として駐留しているので、僕と一緒の画面だけど。
このウェブ会議の議題は、今聞いた通り……北のバカな国が、バカなことをしようとしていることについてだ。止めないとこの星が大変なことになるんだけど、あの国の首脳陣はそれをわかっていない。
今、メルディアナ王女が言ってた通り、一応きちんと『血晶』が、到底人間には制御しきれない危険物であるということも話して伝えたそうだけど、聞かなかったと。
ま……他国に喧嘩売る秘密兵器として使うために探してたんだから、そりゃ相手が『危ないよ!』って言って来たからって二の足を踏むはずもないか。
あの国のことだから、『我が国の軍事力に恐れをなしてデタラメを言って混乱させようとしているのだ。無視してこのまま戦えば我々が勝てるのだ!』くらいに考えてるんだろう。
それをやった瞬間に大変なことになるのは自分達だってのに……都合のいいようにしか考えられない頭ってのは逆に幸せかもな。
もう1つため息をついた後、メルディアナ王女は切り替えて話し始めた。
『まあ、あの国はもう仕方ない……それよりも、折角こうして会えたのだから、確認させても耐雷ことがある……よろしいかな、テオ殿?』
そう、僕の隣に座っているテオに向けて、問いかける。
言い忘れてたけど、今僕は、拠点に作ってあるシアタールーム的な部屋でこのウェブ会議に参加している。
出席者は、僕やエルク他、『邪香猫』の主要メンバー全員。プラス、義姉さんや師匠といった関係者。
それと、ここに住んでるってことで、オリビアちゃん。ただし彼女は、『邪香猫』関係者としてではなく、どっちかというとフロギュリアの要人としてここにいる。『特命全権大使』だからね。
そして最後に……テオだ。
彼女には、今回のキーアイテムである『血晶』……『初代龍王』の力が封印された化石について、有識者として同席してもらっている。
『現在の状況については、ミナト・キャドリーユから聞いていると思うが……あらためて確認したい。『血晶』が、バイラスとやらが話していた通りの物質だとして……それを用いて『神域の龍』を召喚したり、戦力として使役することは可能なのか?』
「いえ、不可能です」
そんな力はありません、と、ばっさりと切って捨てるように言う。
『そうか……では、逆に、『血晶』を使うことで、『渡り星』とやらから地上に大量の龍を下ろすことができるというのは?』
「そちらは……過去、そのようなことをやった記録がありませんので、断言はできないのですが……理論上は可能です」
そう言ってテオは、今現在の『渡り星』の状態と、『神域の龍』が下りてくるメカニズムについての説明を交えて話してくれた。
まず前提として、龍達の住む『渡り星』と、この地球とは、『天領』を出入り口とする力のラインでつながっている。
それを作り上げたのは、『初代龍王』。すなわち、『龍神文明』の時代に、最初にこの地球に降り立った当時の『龍王』だ。
彼が作ったラインは、今言ったように『天領』に繋がるもの1本だけだった。
その理由は大きく2つある。1つは、異なる星に住む生命体である自分達が、過剰にこの星に関わることを避けるため、出入り口をわざと制限したという配慮から。
そしてもう1つは、そもそもラインをつなぐには、地理的な条件があったからだ。
それは、天領の地下に通っている巨大な『地脈』である。
今、『渡り星』は、重力によって地球に与える影響が最小限で済む位置に停泊しているらしい。
当然、その距離はとんでもなく離れているし、そもそも間に宇宙空間を挟んでいる。それだけの距離をラインによってつなぐには、『渡り星』や『初代龍王』の力だけでは足りなかった。
だからこそ、『天領』の下を流れる『地脈』の膨大なエネルギーを利用したのだ。それができる土地でなければ、ラインは繋げられなかった。
しかし、これは逆に言えば……同じ条件、すなわち『巨大な地脈』という条件がそろっている土地であれば、『天領』以外にもラインをつなげられるという意味でもある。
恐らく、チラノースが……いや、『ダモクレス財団』がやろうとしているのはそれだ。いくつもラインを作り、大量の龍を地上に降ろして暴れさせるつもりだ。
『しかし、その『ライン』とやらはそれほどに簡単につなぐことができるようなものなのか? かつてそれを成したのは、『初代龍王』だけなのだろう?』
「はい、普通の龍には……いえ、それこそ『龍王』であっても困難でしょう。しかし、『血晶』によって『初代龍王』の遺した術式に干渉することができ、また、この星からも『渡り星』に働きかけることができれば、難易度は格段に下がると思われます」
『……ごめん、もうちょっとわかりやすく』
「そうですね……自分が今、とても大きな食卓について食事をしているとイメージしてください。その状態で、食べたい料理が、今自分が座っている位置とは反対側の端に置いてあるとします。ナイフやフォークを持って手を伸ばしても、全く届きません」
ふむふむ。
「これが、普通の龍にとっての、『渡り星』から地上に降りることができないという状態です。この状態を解消するにはどうすればいいでしょうか。どんな手段が考えられますか?」
『……席を立って、テーブルの反対側まで歩いていって料理をとる?』
ちょっと行儀悪いけどね、と、レジーナが提案。
「それを『渡り星』のケースに言い換えると、ラインを使わずに自力で地上に降りる、ということになります。どんな龍にも……それこそ、『初代龍王』にも不可能です。それほどの長距離を、しかも宇宙空間を飛行して無事でいられる種族はいませんから」
『……その、『ウチュウクウカン』というのは何なのだ? さっきから気にはなっていたんだが……』
と、メルディアナ王女。あー、そこからか。
まあ、この世界に宇宙とかそういうのの概念みたいなものはほとんどないからな。
「空の果て、雲よりもはるか高いところに広がっている、暗黒の空間、とでも言いますか……一言で言ってしまえば、あらゆる生物が生きられる環境ではありません」
『龍でも? 『神域の龍』とかいうのは……『渡り星』とかいう、同じようにめっちゃ高いところにある、月に住んでるんでしょ?』
「『渡り星』の重力圏内であれば、空気もありますから。……簡単に言えば、地面からある程度の高さまでであれば、生き物が生きられる環境は整っているのです。ここも、『渡り星』も。しかし、その間に広がっている何もない空間は別なのです。空気がありませんから。地上でも、高い山の上に登ると、空気が薄くて息が苦しくなるでしょ? それが極限までヤバい状態だと思ってください」
レジーナの疑問に、なるべくわかりやすいように、ざっくりとまとめて説明するテオ。
「そういう空間があるので、レジーナさんが提案した『そこまで歩いていって食べる』……すなわち『自力で地上に降りる』という方法は不可能なのです」
あ、さっきの食卓のたとえ話に戻った。
『……なら、ウエイターか何かを呼んで取ってこさせるのはどうだ?』
「はい、エルビス王子が提案したそれが、『ラインを使う』という案です。自分の力ではそこに行けないので、他の者、ないし要素を間に挟むことで負担をなくす、あるいは軽減させます。この場合、『初代龍王』は最初に、お金を出してウエイターを雇い、常にテーブルのそばに控えておかせる、というシステムを作り上げた形になります」
ラインを作った、っていうのはそういう例え方になるのか。なるほど、意外と的確な例えだ。
雇用主が『初代龍王』だから、ウエイターに指示を出せる……すなわち、『ラインのシステムそのものをいじれる』のは、『初代龍王』だけ。それ以外は、あらかじめ決められた内容でのみ、ウエイターもといラインを使うことができるにとどまる。
しかし、『血晶』を使えば、『初代龍王』の力でシステムに干渉できる。
例えて言いかえると、雇用主権限でウエイターに仕事内容の変更を言い渡せる。
「じゃあつまり、ラインを増やすっていう作業は……ウエイターを新規雇用して、人数自体を増やすようなもの?」
「少し違います。『初代龍王』は、あくまで『渡り星』にいる自分の力だけでラインをつなごうとしました。しかし今回、その『チラノース帝国』がやろうとしているのは……『渡り星』とこの星の相互から働きかけてラインをつなぐ作業ですから……言ってみれば、その『テーブルの反対側』に別な者が着席したような形です。声をかければ、料理をこっちによこしてくれます。こう……バーカウンターでお酒の入ったグラスを、シャーって滑らせて届けるような感じで」
例えが……いや、わかるけども。
「……それ、失敗すると倒れて全部こぼれる奴じゃん」
「はい。『ウエイター』ほど丁寧なやり方ではないので、何回かに一回は失敗するかと。具体的には、上手く『ライン』を渡れずに宇宙空間に放り出されて死ぬかもしれません」
普通に危ない。
でもまあ、おかげで全容はつかめた。『チラノース』はそういう、『ちょっと雑だけどよりたくさん『龍』が降臨できる』状態を作り出そうとしてるわけね。
『渡り星』側から働きかけるだけだと無理だけど、自分達が地球側からも働きかければ、両者をつなぐ難易度は一気に下がるってわけか。
王女様達も納得できたようだったが……テオの話はここで終わらなかった。
「そしてもう1つ……バイラスとやらの話にあった『両者の距離を縮める』ということについてですが……」
ああ、そういや言ってたもんな……『血晶』を使えば、地球と『渡り星』の間の物理的な距離を縮めることすらできる、って。
でも、いくら『初代龍王』の力……しかもその一部しか使えないような条件下で、惑星1つを動かすような真似までできるもんなのか? 正直、そこちょっと信じられなかったんだよな。
「厳密にはこれは、『血晶』を使って直接的に『渡り星』を動かすというものではないのだと思います。おそらく、先程言った『ラインを増やす』という方策を達成した後の話です」
「……っていうと?」
「両者がいくつものラインで繋がるということは、両者の間の結びつき、ないし引き合う力がそれだけ強まるということでもあります。重い荷物にロープをつけて、1人で引っ張ったのでは全くうごかなくても……2本、3本とロープを増やし、同じく人数を増やして引っ張れば、少しずつでも動き始めるでしょう。……ラインについても、同じことが起こります」
『ラインを増やしたことによって、両者が引かれ合い、距離が縮まる、と?』
「ラインを増やし、その上でより強力に力を干渉させれば……といったところですね。しかし……今、『渡り星』で『龍王』の座を狙っている奴であれば、間違いなくそれをやります」
『……『ジャバウォック』、だったか。この地上から、力そのものの搾取を目論んで、攻め入ろうと考えている過激派の龍、だったな』
以前、『双月の霊廟』の探索後にした報告を思い出して、メルディアナ王女が眉間にしわを寄せる。
「はい。奴からすれば、この状況は大歓迎でしょうから……『血晶』を用いた『チラノース帝国』の働きかけに嬉々として『渡り星』から応じ、ラインをいくつも新規に構築するでしょう。そして自分の軍勢をこの地上に送り込むはずです……もちろん、チラノースに従うようなことはなく、むしろ襲撃して『血晶』を強奪するくらいはしそうですが」
『そして、自分は龍の軍団を率いて地上を襲撃する、と……最悪だな』
「さきほどの食卓の例で言えば……自分の席についたまま、テーブルクロスを引っ張って、クロスごと力ずくで料理の乗った皿を手元に全部手繰り寄せる、といったところですね。食卓自体も滅茶苦茶になってしまう、礼儀知らずどころではない蛮行です」
聞けば聞くほど質の悪い龍だな……チラノースにとっても、厄災でしかないじゃないか、それ。
というか……
『なんか今のこの状況というか、流れって……その『ジャバウォック』に都合よすぎない? まさかとは思うけど……最初から『チラノース帝国』と、『ジャバウォック』とかいう龍の一派が通じてて、計画して動いてる……なんてことは……ない?』
ちょうど、同じことをレジーナも思いついたらしく、そうテオに聞いてきた。
「それは……『天領』を介さずに地上へ行く方法は、少なくとも今はありませんし、それも今はあの謎の空間に隔てられて封じられていますので、ジャバウォック派の龍が地上の何者かと通じているというのは、まずないと思います。さすがに偶然では……?」
『謎の空間』ってのは、『ザ・デイドリーマー』の異空間のことだろう。あれのせいで、『双月の霊廟』は地上とは異なる空間に隔離されてるからな。
しかし、テオはそう言うけど……それにしちゃあ今回のコレ、ホントに場が整いすぎてるような気がするんだよな……。
いや、チラノースにとっては、召喚した直後に自分達も襲撃の標的になるわけだから、必ずしもそうではない。都合がいいのは、エネルギーを欲する龍側にとってだ。
……そして、もう1つ……
(……あの悪の秘密結社なら、どれだけのことができるか底が知れない感じもするし……ない、とは言い切れないあたりが怖いんだよな……)
あいつらにとっても都合がいいはずだ。世界全体を龍が襲いだすなんていう状況は。
バイラスの奴、こないだ、思いっきりそうなることを想定して話してたからな……その話の中に『ジャバウォック』とかの固有名詞は出てこなかったけど……龍を呼び出せば間違いなく地上を襲撃し始める、と確信してたあたりが……
『やれやれ……頭の痛くなる予想ばかりが出てくるな……しかし、起こりうる以上は備えねばなるまい。差し当たって、『血晶』を使ってバカやるの自体を止める方向で動くとするか』
『しかしメルディアナ。それはもう向こうに断られたんだろう?』
『ああ、だからもう今度は手段は選ばん。スパイでもなんでも送り込んで、持ち出すなり破壊するなりしてみるつもりだ。向こうも年がら年中工作員やら諜報員やら何やら送り込んでくるからな、文句は言わせんし、言って来ても無視する』
おう、第一王女様もかなり本気だな。
『それと並行して、『防げなかった場合』の備えもせんとな……龍が襲撃してきた場合の防衛計画を軍に詰めさせねば。物資も今から少しずつ用意して……』
『物騒な話になってきたなあ……ていうか、ネフィちゃん、シャラムスカは大丈夫なの? こないだの騒ぎで『聖都』またかなり滅茶苦茶になっちゃったんでしょ?』
『確かに……仮にも国の主要都市だ。防衛上不安ができてしまうのではないか?』
『それなら問題ありません。先日、あらたにミナトさんに依頼を出して、有事のための防衛機能を持たせて再建してもらうことになりましたから。せっかくなので、大聖堂だけでなく、聖都全体を』
『……別の意味で大丈夫か、それ? 要塞化されかねんぞ?』
画面に映るメルディアナ王女が、いや、ネフィちゃん以外全員が『うわぁ』みたいな顔になっていた。『よりによってこいつに頼んだのか』的な心の声が聞こえてくるようだ。
しかし、ネフィちゃんは涼しい顔で、
『むしろそうしてもらうつもりでいます。最近うちの国、テロリストやら魔物やらに襲撃され過ぎですから……。次に何かあっても、できるだけ町に被害を出さずに迅速に撃退できればと』
『……開き直ったか、あるいは吹っ切れたか(ぼそっ)』
おい、聞こえてるぞ。
『ハァ……まあ、いいか。やりすぎんようにだけ注意しろよ……あ、そうそう。テロリストで思い出したんだがな……』
「はい? テロリストって……『アザー』ですか?」
前のシャラムスカの一件の時、ドレーク兄さんとリュウベエと――そういやアイツもまだ行方不明なんだよな……死亡確認できてないし――大立ち回りを演じて、魔物以上に町ぶっ壊した奴。
世直し的な目的で襲撃してきたはいいものの、魔物と腐敗役人たちを確実に一掃するために、住民ごと聖都を焼き尽くそうとまでした男だ。
その男の話が持ち出された時点で、悪い予感しかしないんだが。
「どうやら、そいつも近々動き出しそうな気配があってな……『チラノース帝国』との国境にほど近いエリアで何件か目撃情報が上がっている。下手をすると、タイミングまでカチ合って暴れ出すかもな」
……勘弁してよ……『ダモクレス財団』も動いてるし、あのろくでもない国にろくでもない奴ら全員集合しようとしてんじゃないのか?
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