魔拳のデイドリーマー

osho

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第21章 世界を壊す秘宝

第495話 相性最悪の相手

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「ぬぅぅうぅん!!」

 雄叫びと共に、その巨漢……グナザイアは、異質なまでに巨大な右腕を振り抜く。

 繊細さも何もない、ただただ力任せの一撃を、カタリナはセイランを抱えたまま、背中の翅で飛翔してかわす。

 しかし、直撃はさけたにも関わらす……その威力を示すような爆風があたりに巻きおこり、それだけで、空中にいたカタリナは体勢を崩しそうになってしまう。

 そこを狙って、再び飛んでくるグナザイアの拳。巨大さからは考えられない素早い切り返しで、空中にいるカタリナ達を叩き落そうとしてくる。

 しかしその瞬間、反対側から凄まじい勢いで飛来した赤い何かが、グナザイアの懐に飛び込む。

 それに反応したグナザイアは、もう片方の普通サイズの腕――グナザイアの元々の体格が巨漢なため、それでも巨大だが――を出して、それを受け止める。

 ガギィン、と、耳障りな金属音を響かせて、シェリーが振り抜いた剣は容易く止められてしまった。直後に刃から爆炎が噴き出してグナザイアの体を襲うも、それも含めて微塵も痛痒になっている様子がない。

「ん~、全く効いた様子なしか! 見た目通り頑丈ねおじさん!」

「ふん、猪口才な。ダークエルフごときが……いや、ネガエルフか? まあ、どちらでもいい……それしきの力でこの俺を止められると思わぬことだ、ケガをしたくなければ引っ込んでいろ!」

「おっとおまけに頭も固かったか。けど残念、私そんなおりこうさんじゃないのよね!」

 瞬間、シェリーの背中から炎翼が出現し、その戦能力が大幅に上がる。

 速さと威力、そして熱量、どれをとっても凄まじいレベルにまで強化された刃がグ襲い掛かる。
 が、それでもグナザイアは1歩も引かず、左手1本でそれをさばき切ってみせた。

 先程同様、なんら痛打を与えられている様子がない。鎧の下がどうなっているかは――熱で多少なりダメージが通っている可能性はある――わからないが。
 それでも、表面上は全く変わった様子はなかった。

(マジか、全然効いてないわね。威力的にも結構本気だったんだけどな今の……)

 とはいえ鬱陶しいとは思えたらしく、右の巨腕の一撃が、今度はシェリーを狙って薙ぎ払うように繰り出される。
 相変わらず速度的にも凶悪な一撃だったが、シェリーは余裕をもってそれをかわす……どころか、振るわれた瞬間に腕に飛び乗り、そのままそれを足場にして首元目掛けて飛んだ。

 この位置であれば、腕は届かないし間に合わない。そのまま横一線に放たれた剣の一振りが、吸い込まれるようにグナザイアの首を断ち切…………れない。

 ―――ガギィン!

「……は!? 硬っ……!?」
 
 たしかに、鎧の隙間を狙って刃を振るったはず。なのに、剣から伝わってきた手ごたえは、硬質な何かに当たった感触だった。

 そのシェリーは戸惑いつつも、素早く剣を引き戻して、直後に追って来た腕での攻撃をかわす。
 そして炎翼から爆炎を噴出して、攻撃と目くらましを同時に行い、さらに推進力に変えてその場から離脱、距離をとって地面に降り立った。

 その最中も、シェリーは今の手ごたえについて休まず思考を巡らせていた。

(何今の……めっちゃ頑丈な首の骨に当たって止まったとか? いや違う、あれは、体表面そのものが硬かった……肉を切った感触も、炎で肉が焼けたようなにおいもなかった。だとしたら、何かの魔法で皮膚を硬質化してる? それとも、あの鎧の下にさらに何か着込んで……?)

 当のグナザイア本人は、やはり全く効いた様子はなく……しかしその直後、通路に空いた穴からカタリナがセイランを連れて逃げ出そうとしているのを見つける。

 すると、グナザイアは右の手のひらをその2人に向けるようにし……次の瞬間、そこから衝撃波が放たれた。射線上にあるもの全てを粉砕しながら、2人に襲い掛かる。

 とっさのことでシェリーも反応できなかったが、この場にいたもう1人……セレナが、カタリナ達をかばって立ちはだかる。
 左手の大盾を前に出し、どすん、と地面に底面をつけて受け止める構えをとった。

 その直後、放たれた衝撃波が盾に激突する。

「っ……重っ、も……っ!?」

 思わず押し込まれそうになるような威力の一撃に、セレナは歯を食いしばってどうにか耐える。
 単発だったがゆえに、それほど長くは続かず、すぐに軽くなったが、特に奥の手と言うわけでもなさそうな攻撃でこの威力か、と考えると、セレナは背筋が寒くなった。

(ヤバいわね、こいつの馬力……シェリーちゃんと戦ってた時の防御力も考えると、インファイトは危険かも。ヒットアンドアウェイ……は、私もあんまり得意じゃないんだけどな……)
 
 ふと後ろを振り返ると、盾でカバーした個所以外には衝撃波が届いてしまったらしく、壁も通路も粉々になっていた。
 が……どうやら、カタリナとセイランは無事にこの場を離脱できたようだ。

「逃がしたか……まあいい、裏切り者の始末はまたいずれつけるとしよう」

「ふぅ……その裏切り者って、シン・セイランって子のこと?」

「そうだ。やはりまだお前達は、そこまでは把握していなかったようだな……。一応、警告しておこうか……今ここで逃げるのならば追わん、早々に去れ。だが、ここに留まる、あるいは向かってくると言うのであれば……これ以上はもう、容赦はせんぞ、小娘共」

 ずしり、と空気が重くなったような感覚が、シェリーとセレナを襲う。
グナザイアが2人に向けた敵意、ないし殺気は、まるでそれ自体が重みを持って体を押さえつけてくるかのような濃密さだった。
 
 これだけで、今まではこの敵が本気でなかったこと、そしてこの敵の実力が、今まで戦って来たどんな相手よりも危険だということが感じ取れる。
 シェリーもセレナも、流石に冷汗が頬を伝った。

「……質問に質問で返してごめんねおじさん? 仮に私達がここから逃げたとしたら、おじさんその後どうする気?」

「貴様らに話す必要はない」

(だよねー、馬鹿正直に話してくれるはずないか。でも、かりにこいつがミナト君達を襲いに……っていうより、『血晶』だかの確保に行くなら、流石に止めなきゃまずいわよね。たぶん、ミナト君あたりが持ってるんだと思うし……でもそのミナト君も、今どうしてるかわかんないんだよなー。さっきから『サテライト』が映らなくなってるし……これ、『ダモクレス財団』の妨害よね?)

 以前にも、特殊な薬品を散布されたことによって、『マジックサテライト』が阻害され、互いの状況を把握することができなくなったことがあった。『ダモクレス財団』は、その薬品を持っている。
 奇しくもそれも、この『シャラムスカ皇国』を舞台とした戦いの最中だった。

 途中まで見えていた範囲では、ミナトとウェスカー、それにゼットが戦って『血晶』を取り合っていたようだった。しかしその後、すぐに見えなくなってしまったのだ。

(ミナトなら大丈夫だとは思うけど、このレベルの奴が加勢に行くとなると……流石に不利かもしれないしね。ならせめてこいつは……)

 と、シェリーに加えてセレナが考えたその瞬間、


 ―――ズガガガガ……ドゴォォオォン!!


 破壊音と共に、2人の丁度の横の壁が砕けて穴が開き……そこから何かが飛び出してきて、反対側の壁にぶつかった。

 何事かと思って2人がそちらに目をやると……その瞬間、息をのむ。

「み……ミナト、君?」

 そこにあったのは……思わず脳が受け入れることを拒否してしまうような、信じがたい光景。
 傷だらけになり、壁に叩きつけられてめり込んでいる、ミナトの姿だった。

 そしてその直後に、ミナトが飛び出してきた――吹き飛んできた、の方が正しいかもしれない――穴から、それをやった下手人であろう、1人の壮年の男……ハイロックが、姿を現した。


 ☆☆☆


 ちょっと待って……強すぎるんだけど、何なのあのハイロックっておっさん!?

 戦い方は、最初から変わらない。近づいて殴る蹴る……単なる素手格闘だ。

 が、その錬度というか、完成度が尋常じゃない。

 同じ距離でのインファイト。体格の分、多少なり向こうの方がリーチが長くはあるだろうけど、それでもそこまで大きく有利・不利が変わるわけじゃないだろうと思っていた。
 けど……こっちが繰り出した拳はまるで当たらず、向こうが出してくる拳は避けられない。

 突き出した拳は最小限の動きと力で受け流され、空しく空を切る。
 その直後、僕が回避する暇もなく突き出された向こうの拳が、僕の体に突き刺さる。

 いや、というか、回避云々どころのタイミングじゃないんだ。
 僕が回避を選択する、どころか……攻撃を認識するより早く。それこそ、僕が攻撃した瞬間くらいに、もうハイロックの攻撃の予備動作が始まってて、気が付いた時にはもう攻撃の一瞬前です、みたいな感じになってる。

 ひたすらそんなことの繰り返しで、攻撃が全くと言っていいほど当たらない。当てられない。
 かろうじて何発か当たったは当たったんだけど、全てガードされ、あるいは受け流されてダメージはほぼゼロ。

 殴られ、蹴られ、投げられ……戦えている気がしない。それほどまでに差がある。

 けど……単に戦闘能力の差、ってわけじゃないと思うんだよな、これは……

「うそ、でしょ……!? ミナト君が、子供扱い……?」

「あれは、でも……子供扱い、かもしれないけど……なるほど……」

 向こうでは、なんか不自然に片方の腕が大きい鎧の巨漢と、シェリーと義姉さんが戦ってる。
 ひょっとして、あっちも『ダモクレス』の最高幹部か? ウェスカーと合わせて、3人もここに来てるなんて……どんだけガチなんだよ、この作戦に!?

 いや、それは今はいい……今はとにかく、こいつをどうにかして、ウェスカーを追わないといけない……んだけどそれができないんだよなあ!

(マジでとんでもなく強いぞ、このハイロックっていう幹部……全然勝てる気がしない……。けど……まあ、負ける気もしないんだけど)

 シェリーが言っていた通り、僕はこいつに、ほとんど『子供扱い』されている。
 けど、能力そのものが劣ってるわけじゃない……劣ってるのは、恐らく別の部分。

 結論から言えば……僕は、身体能力フィジカルに限って言えば、こいつに勝っている。
 しかし、技術テクニックにおいて、それを覆すほどの差があるんだ。

 コイツの攻撃は確かに強烈だけど、それでも、僕にとっては早々痛打になるようなものじゃない。何発も、何十発も攻撃食らってるけど、それでも問題なく戦闘続行できてるのがその証拠だ。我ながら、頑丈な肉体してるよなホント。今回はそれに助けられた。

 多分、筋力やタフネスは僕の方が上だ。一発でもまともに当たれば、それなりのダメージにはなる……と思う。
 だからこそ僕の攻撃を、1発ももらわないように、奴はガードや回避、受け流しを毎度完璧にこなしている。たったそれだけで、僕の攻撃はほとんど無力化される。

「若いな、小僧。お前の戦い方は、ただ力だけを手に入れたという子供そのものだ」

「そんなことは、言われなくてもわかってるっちゅーの!」
 
 首を刈り取るくらいのつもりで放った蹴りを、半歩後ろに下がっただけでかわされる。
 しかし、それで終わらない。蹴りには暴風とも呼べる風を纏わせてあったから、それが刃となって襲い掛かり、追撃する。まともに受ければ、それこそ首を持っていく威力がある。

 が、ハイロックはそれを、右腕1本でばしん、と払うような動きで打ち消してしまう。
 その直後、もう片方の腕……左腕で僕の足をつかみ、ねじ切らんばかりの勢いでひねってくる。

 下手に逆らうと関節がいかれかねない。逆らわず、あえてその動きに乗るように動く。
 体ごと回転してダメージを0にし、そのままもう片方の足で蹴りを入れようとして……しかしその時には既に、僕の体は上に投げ飛ばされていた。

(横回転からどうやったらこんな一瞬で上投げに切り替えられるんだよっ!?)

 しかもご丁寧に横回転の勢いは殺すことなく、回転までつけた上で。
 天井にめり込む勢いで叩きつけられたが、それと同時に僕は自分から天井に肘を叩きつけて粉砕したため、めり込むことはなかった。むしろその反動で勢いが殺され、すぐに耐性が立て直せた。

 そのまま飛び降りて、ハイロックに踵落としを打ち込む……と見せかけて、空を蹴ってその背後に回り込み、ストレートパンチを繰り出して背中に一撃……

 ……と、さらに見せかけて、無理やり回転をかけて横に回り込み、足払いの蹴りで体勢を崩……そうとしたんだけど失敗した。

 見事にフェイント全部読まれた。踵落としとバックアタックには最低限の警戒だけで、その後の本命の足払いを……下から救い上げるような蹴りで、逆にこっちが足を払われて失敗。

 すかさずそこに、斜め上、横、斜め下の3方向からの連続蹴りが叩き込まれ……ガードしたものの、またふきとばされて壁にたたきつけられる。

 そして今度は様子見はせず、一気に切り込んできた。

 僕の顔面を捕らえる軌道で突き出された拳の一撃。それをどうにかかわすと、拳はそのまま背後の壁を捕らえて粉々に砕く。その一撃は、壁のみならず、余波で床や天井にまでひびを入れた。

 僕はその手を取って関節技をかけようとするけど、ハイロックはそれより早く肘を折り曲げてかわしてしまい、さらにそこから、カマキリの鎌……まるで蟷螂拳のような動きで僕の手を弾いて振り払う。
 そして逆に僕の腕をとってきた、このまま折るつもりか、それとも投げるつもりか。

 どちらか明らかになるまでに、僕は腕に全力で『雷』の魔力を込め、放電する。
 ゼロ距離であれば、大型の魔物すら仕留められるレベルの電圧が、つかんでいる手からハイロックに流れ込む……流れ込んで、いる、のに……

(全然効いてないっ……ホントに何なのこいつ!?)

 で、そのまま投げ飛ばされて床にたたきつけられ、しかもそこで終わらず、組み伏せる形で床に押し付けられ……そのまま関節技に移行。あー、『投げる』と『折る』、両方でしたか。

 とっさに僕は残った腕で床を殴り、押し付けられている床の方を砕いて離脱。
 その際、回転してハイロックの手を振りほどいて……同時に腕には火の魔力で高熱を帯びさせていたんだけど……そっちも効いた様子はないな。
 ちょっと熱そうに手を軽く振ってるけど、火傷した様子もない。

(こいつ一体何なんだ? 技量はともかく……自分で言うのもなんだけど、ここまでの肉体性能を持つ種族なんて、それこそ魔物でもいないはず……『ダモクレス』は改造人間の研究もしてたようだから、その関係か? それとも、天然の種族特性だとすれば……)

 ……答えの出ない問いは考えても仕方ない。ここで考える意味もないし、後回しにしよう。
 それよりも、こいつを全く倒せる気配がない現状の方を打開しないと。

 僕の格闘術は、まあ、行ってみれば我流も我流。喧嘩殺法の延長上である。
 前にも言ったことある気がするけど……ええと、格闘ゲームと香港映画と特撮ヒーローを適当に混ぜ合わせました、みたいな感じ。

 それでも一応、師匠や母さんとの修行の中で、無駄な部分とかをそぎ落として、ひとかどの格闘戦闘術として運用できるレベルには仕上げたつもりだ。

 しかし、ハイロックの格闘技術は……恐らく、いや確実に、僕のはるか上を行っている。
 こちらのあらゆる動きに対応され、威力を、時には攻撃そのものを殺された上で反撃される。

 そしてこっちは、向こうの攻撃をろくに防ぐことができない。肉体強度は足りているのに、針の穴を通すような、狙撃じみた正確さの攻撃によって防御を破られ、かわされ、撃ち抜かれる。

 そして、そんなことができるのは……ハイロックが技術だけじゃなく、肉体強度もとんでもないレベルだからだ。

 僕の攻撃は、本来なら受け流してダメージを逃がせるような威力じゃない。仮に99%を受け流したところで、残りの1%で仕留めてしまえる、あるいは大ダメージになる。
 素早く動いてよけようとしても、それができないくらいの速度で撃ち抜くから、かわせない。

 要するに僕は普段、格闘技術もそれなりに使いつつ、あと不足してる部分は、バカ高い身体能力でごり押しするような形で相手のガードや回避技能を食い破って仕留めているのだ。

 しかし、それはあくまで僕の身体能力が圧倒的に相手を上回っている場合に有効な戦術。
 今回のハイロックは、それに当てはまらない。なんなら僕と同じように、たいていの相手は身体能力だけでねじ伏せてしまえて、半端な攻撃は防御も回避もする必要がない肉体を持ってる。電撃や風の刃、炎の熱もほとんど効かないとは……

 だから、ゴリ押しの部分が完全に殺され、結果、『力を技で制する』ような戦い方になっていて、こちらが翻弄されているのだ。

 言ってみればハイロックは、身体能力や肉体強度は超人的、技量は超がさらに5個くらい付くレベルに仕上がってる、僕とは別方向の完成形みたいなインファイターなのだ。
 僕が『力』なら、あっちは『技』か……どっかで聞いたことあるようなフレーズだな。

(僕にとって相性最悪だな……1発か2発でもまともに攻撃が通れば好転する目もあるだろうけど、全く隙がないし、集中力を切らす気配もない……こっちも油断しなければ負けることはない。僕の防御力をハイロックは抜いてこれないから)

 ……千日手だな、このままだと。あいつの目的は僕の足止めだから、思うつぼだ。

 こっちもまだ手がないわけじゃない。色々なマジックアイテムや、『アルティメット』や『エクリプス』その他の強化変身もある。
 『アルティメット』は火力が強すぎて、最悪、大聖堂自体が消し飛ぶ危険がある。『エクリプス』ならそのへんもなんとかなるけど……どっちにしろ、それをする暇をアイツがくれるかどうか。何かしようとした瞬間に全力で妨害してくるだろう。っていうか、さっきされた。

 僕がマジックアイテムとか何かしらを出して使おうとするたびに、その出鼻をくじかれるというか、先手を取って潰されるのだ。

 おまけにさっきから、何かのアイテムか薬品でだろう、ここら一体で『サテライト』だけでなく、転移系の魔法も使えなくなってる。
 そのせいで、『虚数跳躍』も使えず、それによって隙を作ったり、距離をとることもできない。

 どれもこれも、僕と戦うためにその手札を殺すことを想定して用意されたものだろう……こいつが僕を足止めするって部分を含めてかな。……研究されてるな、ちくしょう。

 情けない話だけど、ちょっと他の人の手も借りたい状況だな……でも、誰が空いてる?

 シェリーと義姉さんはあっちでまだ戦ってる。無理だな、あっちも最高幹部だ。名前は知らん。

 ナナとサクヤはマリーベル達を避難させてる……ムースが『血晶』を持ってったから、今はその護衛も兼ねてるかな?
 こっちも無理だろう、ウェスカーとバスク、それにゼットが相手だと、流石に厳しいどころじゃないだろうし。
 どうせサテライトは使えないからって、アルバをそっちに行かせたから、上手く合流できてるといいけど……。

 となると残る味方は、ソニアと師匠くらい……そういえば師匠さっきからどこに行ったんだ? 上で別れた後、サテライト使えないせいで今どこでなにしてるかわからな……


 ―――ドゴォォオォン!


「今度は何だよ!?」

 思わず叫んでしまった僕の目の前で、天井が崩れて瓦礫と釣り埃が降ってきた。

 ……あと、見知った人物も1人……いや、何人か降ってきた。

「おう、やってんなお前ら」

「え? あ、師匠!? と……何でこいつらも?」

 土埃を風の魔法で吹き飛ばしながら、師匠がしゅたっ、と僕の横に着地。
 その手には……なぜか、見覚えのある赤い宝石が握られていた。え、何で師匠それ持ってんの?

 そしてさらに……ウェスカー、バスク、ゼット……その他、さっきも通路に倒れてた、チラノース帝国の工作員だか暗殺者っぽいのまで、何人も降ってくる。
 その大半は既に死ぬか気絶してる。ウェスカーとバスク、それにゼットは、気絶はしていないものの、手負いの状態だ。

「……ひょっとしてコレ、師匠が?」

「吹っ掛けてきたのはあっちだ。文句あっか?」

「いや、文句は何もないんですけど……まあ、なんか、その……お見事です」

「おう。んで、お前はなんか随分苦戦してんな?」

 そんな軽い調子て、手の中にある『血晶』をころころと転がしたり、回転させて色んな方向から見たり、空中に放り投げてキャッチしたりして遊んでるっぽい師匠。

 そんな彼女を前に、敵も味方も揃って唖然としている。

 この場にいる全員にとって最重要確保目標であろう『血晶』がすぐそこにある。しかしそれを持ってるのは、世界最強クラスの実力者。隙だらけに見えても、奪取するのは簡単ではない。
 というか、無理だと思う……。ある意味、アレ今一番安全な場所にあるかも。

「ちなみに師匠、それ誰からもらいました? ナナ達と一緒だったと思うんですけど……」

「あいつらならきちんと無事だから安心しろ。今は上で、聖騎士とか負傷者の手当と、その間の周辺の警戒してるよ。何でか知らねえけど、空飛んで龍とかが散発的に襲って来てる上に、都市の外縁部には、例の獣や、飛行能力のない亜龍がわらわら集まってきてるそうだ」

 聞けば、ちょうどムースたちが地上にまで出てきたところで、それを追ってきたウェスカー達と師匠とが同時に鉢合わせした。
 で、ムースたちが『これを守ってください!』って言ってきたものの、わらわら出てくる魔物やら、それを奪おうとしてくるウェスカー達やらがうるさいので、ひとまず全員ふっ飛ばして静かにしてから詳しく話を聞こうと思って、全方位に(見方には当たらないように)衝撃波で攻撃したらしい。

 しかし、こっちでも派手にドンパチやってたせいで岩盤その他が脆くなってて、その衝撃で崩れて……で、今に至る、か。

 ……上の異常事態、まだ続いてんのか。これはもう明らかに、今回の『血晶』を巡る騒動と、何かしら関係あるとしか思えないな……

 そんな中、グルルルル……と、唸り声がその場に響く。

 見ると、ゼットがまた……親の仇でも見るような目で、師匠を……そして、その手の中にある『血晶』をにらんでいる。
 常人ならそれだけで失神しそうな殺気とか威圧感がぶつけられてるが、師匠は『またかよ』みたいな、うんざりした感じの態度を見せるだけ。全くこたえてないな……さすがだ。

「あのさあ、ゼット……この人に喧嘩売るとマジでお前死ぬからやめとかない? あ、だめ? あっそう……」

 一応忠告してみたけど、『黙ってろ』みたいな感じに僕まで睨まれたので断念。
 言葉は分かんないけど、こいつの仕草とか感情は相変わらず割とわかりやすいな。

 しかし、何でここまでゼットがコレを欲しがるかね……話聞く限りじゃ、コイツ以外の色んな龍や、例の獣もコレ欲しがってるっぽいし。

 そして、相変わらずウェスカー達の目もこれに釘付け、と。

「あーもう! マジで何なのさこの『血晶』っての? そろそろ誰か教えてよ……」



「そんなに知りたいのなら、お教えしましょうか?」



 突然、そんな声が聞こえた。この場にいる、誰のでもない声が。

 はっと驚いて僕らが、声が聞こえて来た方……真上を見ると、何もない空中に、1人の男が立っていた。
 シルクハットに燕尾服という、紳士然とした服装ながら……底知れない雰囲気をまき散らしている、その男は……

(『ダモクレス財団』の総裁……バイラス!)

 かつて、1度だけあったことのある、悪の秘密結社のボスが、そこにいた。



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