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6巻
6-3
しおりを挟む「たまげたねこりゃ……よくこんなにいたもんだと思うけど、それを捕まえたってのもまたすごい。さすがはシェーンちゃんだね」
「? ひょっとして、珍しい獲物なんですか?」
「珍しいし、見た目どおり凶暴で危険なんだよ、こいつら。まあ、本来はずっと沖の海にしか出ない魔物なんだけど、潮流に乗って来ることがたまにあるんだ。あとは産卵の時期に、生まれ故郷の川に戻って来たりね」
普段は海、産卵は川か。ホントにウナギか鮭みたいだな。
「でね、水の中で出会ったら助からない、と言われるくらいに危険なの。雑食で何でも食べるし、かなり好戦的だから、めったに手に入らないんだけど、これがまた美味しいんだよね~♪」
そのへんで、ラシアさん達の目が、だんだんと恐怖から歓喜に変わっていった。
なんか、食欲が前面に出てきてるな……これは。
「ま、こいつが珍しいって言うのももっともだ。なんせその『バイパーイール』は、昨日兄さんが獲ってきてくれた『スパイダークラブ』と同様に、貴重な食材だからね」
「それがこんなに……うはっ、今夜はご馳走だ! そしておすそわけってことは、お兄さんのところでも今夜はこれなんだよね?」
「はい? なんで?」
「そりゃそうだろ。シェーンちゃんはマリアナ亭の……あーそっか。確かあんたは、ほとんど厨房から出ないんだったね、特に夜は」
「ええ、まあ……それが信条ですので」
シェーンちゃんは、こくりと頷いた。
「お兄さんも知らなかったんだろうけど、この娘はね、お兄さんが泊まってるマリアナ亭の料理長なんだよ。昨日の料理も、半分以上は彼女が作ったの」
「そうなんですか?」
「一旦仕事に入ると、中々厨房から出て来ないから、知らないのも無理ないけどね。もっとホールにも顔出せばいいのに。器量よしなんだからさ」
「いえ、私はこの通り無愛想ですし、そういう仕事は得意な者に任せます。では、私はこれで」
眉一つ動かさずに言うと、シェーンちゃんは扉を開けて出て行こうとする。
「あれ? もう行くのかいシェーンちゃん? せっかくだし、もう少しゆっくりしていけばいいのに。おやつくらい出すよ?」
「いえ、急ぎますので。急いで漁師を集めて、残りを狩らないと」
「残り?」
「ええ。私が狩ってきたのは、ほんの一部です。岩場にはまだ、大量にそいつらが」
その瞬間、ラシアさん達の顔色が変わり、目が驚きに見開かれた。
「そんなにかい? 確かに、そりゃ大変だね……」
「でも、産卵の時期でもないのにどうして? い、いや、そんなこと言ってる場合じゃないか……死人や怪我人が出る前に、対処しないと!」
「あの……話が見えないんですけど?」
「ではご説明いたしましょう」
僕の疑問に、突如として聞こえたそんな声。な、何だ!?
僕らだけでなく、今まさに店を出ようとしていたシェーンちゃんまでもが驚いて声のした方を見ると、そこにはマリアナ亭の金髪幼女が、にこにこと笑って立っていた。
僕らの驚きの視線を浴びながら、至極当然のように歩いて店内に入って来たミュウちゃんは、シェーンちゃんの前に立って、「どうもー」と軽めに一言。
朝と同じ服装で、肩からポシェットを提げている。
「探しましたよー、シェーンちゃん。ここにいらしたのですねー」
「ミュウか。珍しいな、ほとんど外を出歩かないお前が。何か用か?」
「ええ。お隣さんの船が今日大漁だったようで、おすそわけにロブスターを六尾もいただいたのです。今晩の献立はコレをメインに、と思ったんですが」
そこでミュウちゃんは、籠の中を覗き込んで『バイパーイール』を見た。
「これはメイン交代ですかねえ……」
「ああ。もっと数は増えるだろうがな……岩場にまだうようよいたから。と言うより早急に駆除しなければ、浅瀬の生き物が食い尽くされる」
「……おぉ、そうでした。そのことについて説明するために、わざわざタイミングを見計らって登場したのでした」
「おい」
ぽろっと本音を漏らしたところで、おほん、とわざとらしく咳払いをしたミュウちゃん。
「あー『バイパーイール』という魔物はですね、雑食で、その凶暴性と食欲の赴くままに、周囲の動植物を捕食します。ですので、万一潮流に乗って浅瀬などに来た場合、かなり危険です。漁業関係者には蛇蝎のごとく嫌われている厄介な存在です」
「なるほど、漁の獲物……魚はもちろん、貝や甲殻類なんかも食べちゃうと」
「ええ。そんなわけで、漁場や浅瀬に迷い込んで来た場合、即刻駆除すべき対象なのです。ま、味がいいのはおまけみたいなものなのです」
なるほど、そういうことね。
シェーンちゃんはこれから、他の漁師のところへ行くって言ってたけど……それは、岩場にまだ残っている連中を駆除するためだったわけだ。
放っておけば漁の獲物を食い荒らすし、漁師や海女にとっても危険だからだ。
岩場という、人間が陸上から攻撃もしくは捕獲可能の領域にいる今が、奴らを駆除する絶好のチャンスというのは、漁業関係者ならば誰でも考え至るところ、か。
「……ん? ちょっと待ってシェーンちゃん」
ふと、さっきのシェーンちゃんのセリフが気になった僕は、話をさえぎって割り込んだ。
「何か?」
「そう言えば、さっき『西の岩場』って言ったよね? それって、あの、こう……全体的に遠浅な感じで、ぽつぽつと小さめの岩が、海面に出ていて足場代わりになってる場所?」
「ああ、そうだ、ですが……それが何か?」
「ねえエルク、そこってもしかして……」
「ええ、そうね」
……昨日、僕らが魔法の練習をやった場所だ。
☆☆☆
「いや別に、ミナト殿とエルク殿がここで何かしたからといって、それがウナギ共の大量発生につながったわけでもないだろうし、わざわざ来ていただかなくてもよかったのだ……ですが」
ちょっと丁寧語が苦手っぽいシェーンちゃん。
ああ、いいのいいの気にしないで、僕らが勝手についてきたんだから。
(……結構好き勝手やったから、案外ホントに原因の一つかもしれないし)
この景色を見慣れている地元の漁師さんなら気付くかも知れないが、実は昨日と今日とを比較すると、大きめの岩が三、四個消失していたりするのだ。
なので、ちょっとくらい生態系が被害を受けていてもおかしくないし、ちょっとくらいボランティアをやった方が、精神衛生上僕らも……ごにょごにょ。
「さて、そんなわけでウナギの駆除に来てみたわけだけど、こりゃすごいな」
「ホント。昨日はこんなにいなかったのに……一晩でこんなになるもんなの?」
「いや……これほどの規模で、しかも産卵場所ですらない岩場に現れるというのは、前例がないことだ……です」
「……あのさ、さっきから気になってたんだけど……もしかしてシェーンちゃん、丁寧語とか苦手? 別に、楽なしゃべり方でしゃべってもらっていいけど」
「……すまない。なら、お言葉に甘えよう。昔から丁寧語はどうも苦手でな、感謝する」
「職場の同僚や上司には、丁寧語使ったりしないの? あ、私にもタメ口でいいわよ」
「普段から一緒に暮らしたり、働いたりしている方々に対してなら慣れているのだが、初対面やそれに近い人の場合はだめだ。習慣というか癖というか、でな」
仲のいい人になら丁寧語を使えるけど、知らない人には使えない、ってこと?
前世が日本人の僕からしたら、むしろ逆みたいに思えるけど、そういうもんなんだろうか?
実際僕は、仲良くなったらタメ口で、それ以外の人には基本丁寧語だし。
例外的に、初対面の時から『丁寧語使う必要なし』って思う奴はいるけど。例えばザリーとか。
シェーンちゃんに対しても、なんとなく丁寧語を使ってなかったんだけど、改めて彼女自身から『丁寧語でなくていい』という申し出があった。
そして、できれば『ちゃん』づけはやめてほしい、呼び捨てにしてくれって言われたから、今後はそうしようと思う。
呼び方、『シェーン』に変更。
「しっかし、見事に浅瀬いっぱいに……百匹くらいいるんじゃない?」
「みたいね。シェーン、こいつら売ったらいくらぐらいになるのかしら? 食べきれない分はお金に換えたいんだけど……ああ、もちろん分け前を渡すわよ?」
「量や質によるから、査定してみないことにはわからんな。それと分け前なら結構だ。かの『黒獅子』にご助力願えるのだ。欲張ってはバチがあたる」
「おや、気付いてたの?」
「容姿が特徴的だと聞いていたからな。若くしてランクAAAとなった超新星の噂なら、この町にも届いている」
ほー、僕も有名になったもんだ。いまだ世間知らずの本人を差し置いて。
「それで、こいつらどうするの? 都合よく岩場に留まってくれてるうちに、何とかするのよね?」
「何でここに来たのかがわからない以上、何がきっかけになってまた大移動を始めるかわかんないもんね……で、どうやって狩るかだけどさ、エルク」
「何?」
エルクのそばに行って、ごにょごにょと耳打ちをした。
それを聞いて、エルクは『なるほど』という顔になった。
「引き上げはアルバに頼めばいいかしら?」
「アルバ、やってくれる? 念動力を使えばできるでしょ?」
――ぴっ!
どこで覚えたのか(ナナさんからかな?)、羽を器用に動かして『敬礼』の姿勢を取り、OKサインを出すアルバ。これが最近のブームらしい。
多分このやり方でいいと思うけど、なんかちょっとだけ疎外感を覚えるような、そうでもないような。いやまあ、上手くいけばそれに越したことは無いんだけど、ね?
だってこの作戦に……僕、要らないんだもん。
そんな僕の隣から、ちょうどいい高さの岩へと飛び移ったエルクは、ちゃぷっと水の中に手を入れ、浅い海底面に手をついた。
もちろん、ウナギが来ないような浅い部分に、だ。
その手から、ほんのりとした緑色の光が漏れ出す。
「じゃ、早速やるわね。『ネットシールド』広域展開」
言うと同時に、海底面に沿って緑色の網が展開されていく。
まるで、丸めていた絨毯を広げて敷くように滑らかな動きだった。しかも『面』にぴったりと沿っている。傍で見てると、まるで海底に模様が刻まれたようだ。
燐光を放つ緑の魔力の網がいきなり真下に現れたからだろうか。ウナギどもは驚いて、ばしゃばしゃと水面を波立てている。
程なくして、浅瀬全体を覆うまでの広域に『ネットシールド』が張り巡らされた。
さて、次だ。
「アルバ!」
合図と同時にアルバは能力を発動させ、エルクが海底に敷いたその『ネットシールド』を、まさに『網』を引くように持ち上げた。端の方から、ぐいっと一気に。
その結果、必然的に超巨大な網に掬われる形になった大量の『バイパーイール』が、『一網打尽』にされた。
空中に持ち上げられて、あえなくとっつかまったのである
……ね? 僕要らないでしょ?
「…………」
「? どうかしたの、シェーン?」
「いや、その……こいつらを駆除するのは怪我を覚悟の上で、というのが漁師や海女の間では常識なのだが……こうも簡単に、あっけなく終わるものなのか、と思ってな。少々驚いた。冒険者というのは、皆こうなのか?」
「や、それはない。これはあくまで非常識な例ね。主に、こいつに関わった奴限定の」
シェーンの疑問に対し、エルクが一応、内容は自慢なのにどう聞いても自虐にしか聞こえない説明をする。
それを聞きながら、僕はどうやってこいつらを運ぼうかな、と考えていた。同時に、どんだけ広範囲におすそわけしたらなくなるんだろ、と。
ふと、そんなことを考えている僕の視界の端に、動いている小さな何かが映ったので、思わずそっちを見る。
(……猫?)
遠目にはわかりにくいけど、人の肩に乗るくらいの大きさで、クリーム色の毛並みの小さな猫が、とことこと歩いて茂みの中に消えていった。
野良猫かな? まあ、いいけど。
その猫の尻尾が茂みの中に消えたタイミングで、おそらくシェーンが事前に呼び集めていたのであろう漁師さん数人が、大きなリヤカーを引っ張って来るのが見えた。
おっ、これで問題解決だ。
第四話 海賊の噂
ミナト達がチャウラを訪れてから三日。
一行はたった数日にして、様々な意味で有名人になっていた。
商人や冒険者の間では、毎日大量の蒼海鉱石を乱獲する商売敵として見られている。あれだけの量を一度に獲られては、やはりいい感情は抱くことはできなかった。
収穫量に二割三割の差があるくらいなら、運が悪かった、相手の腕がよかった、という程度で諦められるだろうが、数百倍の差となるとそうもいかない。
中にはミナト達の成功を妬み、強盗しようと襲ってくる者もいたが、待ち構えていた『赤虎』シェリーに嬉々として迎撃され、キレイに一掃された。
程なくして、今回の蒼海鉱石ラッシュは運が悪かったのだと、諦める者が大半だった。
一方、海女や漁師の反応は真逆である。
彼らの間では、二日連続で極上で貴重な食材を宿に持ち込み、周囲の人々まで笑顔にする宴会を開いた大物として、評判となった。
普段から鍛えている地元の漁民でもうかつに近づけない、『スパイダークラブ』や『バイパーイール』といった危険生物を苦もなく仕留め、食材として提供してくれるミナト達に対して、彼らは純粋に好意を抱いた。
結果、商人らとは違う意味でミナト達に迫る者も現れる。
露出多めの服装で少し大胆に体を見せてみたり、あるいは接客にかこつけて遠まわしに誘ってみたりと、露骨過ぎないような切り口で、ミナトに接する者が増えていったのだ。
またミナトのみならず、エルクをはじめとする他のメンバーにも、言い寄る男女がいた。海女はザリーに、漁師はエルクやシェリー、ナナに言い寄ったのだ。
その思惑は極めて単純で、『嫁(あるいは婿)に来ないか』という、早い話が婚活であった。
ウォルカに比べてやや『田舎』だからか、外から来た優秀な若者を町に留めておきたい、と考える土地柄だった。
が、これが見事に暖簾に腕押し。
ミナトは戸惑いこそ見せたものの、それから先の展開にはまるで興味を示さなかった。
エルクら女性陣も同様で、軽くあしらって歯牙にもかけない。それでいて、一応は礼節をわきまえた断り方をするあたり、人間性の高さが表れている。
ザリーはというと、以前本人が言っていた通り、言い寄ってくる女性への対処はお手の物だった。
女性陣同様に軽くあしらうか、近寄られる前に姿を消すというやり方である。
そしてまた、これはミナトとエルク限定だが、海女や漁師が婚活できなかった、もしくはしづらかった理由の最大たるものが――。
「あんたはもう……ほら、また寝癖できてるって。あーもう、湿度高いとこにいるとできやすいって言うけど、ホントね。加えて、あんた寝相悪いから……」
「もー、そんな毎日気にしなくてもいいでしょーに……てか、そんなに僕寝相悪い?」
「いや、悪いって言っても一晩に何回かごろごろ寝返り打つ程度ではあるけどね。でも多分そのせいもあるわよ、朝あんたの頭が壊滅的なの。ほら頭下げて、櫛ですいたげる」
「どもども。でも、何でそんな夜のこと知ってるの? エルク、ちゃんと寝てる?」
「何回もそのせいで起こされてるんですー。まあ、私寝つきいいから問題ないし、私が嫌がると何気にきちんと止まってくれるしね、寝てるあんた」
「そっか、それならまあ、よかったかな。僕が言うのもなんだけど、寝相とか、気をつけて直せるもんでもないし……」
「だからその分、朝気を使いなさいっての……ほら、できた」
(なに、あの空気……っ!!)
二人のやり取りを耳にした、周囲の心の声である。
そして当人達だけが、その空気に気付かないのであった。
☆☆☆
今日もまた鉱石の収穫が捗り、午前上がりになった。
『バイパーイール』の一件も落ち着き、僕らは、昨日と打って変わって静かな一日を過ごしている。
もっともあのウナギは、隣近所におすそわけしてもなお余る量だったので、今日も朝食に出たし、サービスで昼のお弁当まで作ってもらえた。
ただ、それがきっかけでちょっとした一悶着があった。
一旦仕事に入ると厨房の外にほぼ出て来ないと有名なシェーンが、直接手渡しする形で弁当を届けに来たのだ。
それを目撃され、『あのシェーンが男に弁当を!?』『まさか彼女に春が!?』的な誤解をされそうになって、シェーンは焦っていた。
僕もちょっと焦ったけど、今までならそういう場面に出くわすと機嫌を悪くしていたエルクは、やれやれという表情を浮かべるだけだった。
エルクがそういう対応をするようになったのは、こないだ『トロン』の村で、お互いの関係は『恋人その他全部』っていう話をしてからだな……。
隣ではシェリーさんが、「これが正妻、つまり勝者の余裕だとでも言うの……!?」なんて、戦慄してたけど。
話を戻すと、お弁当の一件以降、僕らはミュウちゃんやシェーンと仲良くなった。
全く異なる彼女達の性格から考えるとちょっと意外なことだけど、チャウラの漁師さんや海女さんの話を聞くかぎり、この二人は大の仲良しらしい。
二人ともとある事情で、数年前からこのマリアナ亭で住み込みで働き始めたのだが、その当時から仲はよかったそうだ。お互いに助け合いながら仕事を学んでいったと。
シェーンが覚えたのは、海女の技術と料理だ。
もっとも、シェーンはもともと高いスキルを持っていたらしく、どちらも少しコツを教わるだけで飛躍的に上達したそうだ。
今では、チャウラでもトップクラスの潜り手にして、ご存知マリアナ亭の料理長でもある。
年齢を理由に引退を考えていた当時のシェフから直々に、後任に任命されたってんだからすごい。
そしてミュウちゃんは、各種雑用と事務仕事を覚えた。あと、どこで覚えたのか知らないが……やたらよく当たると評判の、占い。
外回りとかはあまりしないらしいけど、彼女は中々頭が良いらしく、たまに仕入れなんかについて行ったりもするらしい。
あと、まれに毒舌だったりするのも頭が良い証拠……なんだろうか?
僕はそんな二人と、害獣駆除あるいは占いやご飯を通じて仲良くなったわけだけど、人当たりのいいミュウちゃんはともかく、シェーンも普通に接することができる知り合いは珍しいと、感心した(?)様子の海女さんが言っていた。
あんまり昔のことを話したがらないシェーン達だが、どうやら孤児の類らしいというのが、長年一緒に暮らしてきた町の人々の推測だった。
あまり詮索しないようにしているので、僕らもそうして欲しいと、ついでに頼まれた。
その夜。
今日は残念ながら、特に何も狩って来なかったんだけど、それでもやっぱり美味しい漁師宿の料理を堪能しながら、僕らが雑談に花を咲かせていたときのこと。
毎度おなじみの、ザリーによる不吉な噂のコーナーが始まった。
「海賊?」
「そ。なんだかここ最近、このチャウラや周辺の港町、あとは遠征や演習に出た軍から、目撃情報が上がってるんだよね」
ザリーは貝のソテーを口に運びながら言った。
何気に爆弾発言だけども、周囲で酒を飲みながら騒いでる連中は気にせずに宴会を続けていた。
何人かにはしっかり聞こえたみたいで、ちらっと視線を向けられたけど、すぐに元に戻った。
そして僕らも、そんな周囲の様子を気にすることはない。別に、僕らにとって重要な秘匿情報でもないし。ザリーも言ってたけど、あくまで噂話なのだ。
もし本気で秘匿するべき情報なら、ザリーはこんな場所ではなく部屋で、それも盗聴防止のマジックアイテムなんかを使ってからするだろうし。
だからせいぜい、窓際で僕らのテーブルの魚料理を虎視眈々と狙っている、野良子猫の方をむしろ警戒していたくらいで……あ、逃げた。
(でも今の猫、どっかで見たような……ま、いいか)
さて、この世界には、ファンタジーというだけあって、海賊もちゃんと存在している。
それも、ドクロマークの旗を掲げた帆船に乗ってサーベルを持った、近世カリビアンな感じの海賊である。世界観的に似合うっちゃ似合う。
ま……いないに越したことないんだけどね、そんな物騒な連中。
当然、国の治安を守る軍隊に追いかけられる立場であり、危険が認められれば指名手配され、首に賞金がかかることもある。
そして、軍のみならず賞金稼ぎや、僕ら冒険者の標的にもなるという。
そんな海賊は、このチャウラの近海には、普段は滅多に出ないらしいけど……。
「蒼海鉱石の鉱脈の話でも聞いて、ひと稼ぎしに来たのかな?」
「ありうるわね。自分達で採取するような、勤労意欲がある連中だとも思えないから……町の倉庫なんかを襲って、冒険者が採ったそれを奪う、とか?」
「そのついでに、金目のものや美人もいただいていこう、って腹かもね」
出るわ出るわ、物騒な予想が。
となると心配なのは、この町に海賊がやって来るかもしんない、って点か。
「いや、それについてはあんまり心配してないよ。今言ったけど、この町は今蒼海鉱石の採掘ラッシュで冒険者がいっぱいいるからね。それってつまり、町の防衛戦力がたくさんいる、ってことでしょ? それに……」
「それに?」
「ここに、おそらくはその頂点に立っているであろう三人がいるから」
ザリーは言いながら、僕(ランクAAA)、シェリーさん(AA)、ナナさん(推定AA)を順番に見た。
「むしろ、海賊の方がかわいそうよね」
「特にミナト君とかは、船一隻を三分くらいで沈めちゃいそうよね」
んな、人を人間兵器か何かみたいに言うなよ……まあ、多分できるけど。
「ま、今更驚かないけどね、できたとしても」
「あ、そう」
最近、慣れてきたらしいエルクのツッコミが少なくなっちゃって、少し寂しい。
しかし、ザリーの話はそれだけでは終わらなかった。
「そこまで考えてさ、僕、ちょっと思いついたことがあるんだよね」
「? というと?」
ザリーは僕の質問に答える前に、体を少し前に乗り出すようにして、僕と隣に座っているエルクを真正面から見据えた。
「ミナト君とエルクちゃんが二人でやってる『特訓』さ……あれ今度から、僕らも参加してみたらどうかな、と思って」
……ほわっつ?
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