魔拳のデイドリーマー

osho

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6巻

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 第一話 激レア素材・乱獲中らんかくちゅう


 夏! ……じゃないけど、海!
 白い砂浜! 青い海! 水着の美女! なぜか美味うまい、海の家の焼きソバ!
 恋の季節、僕らは青春まっしぐらに、ひと夏のアバンチュールへ!!
 ……しかし、そんなもんは転生してやってきたこの異世界にはないし、そもそもらない。
 よって平常運転、つまり本当はそのへんで野良のら魔物討伐とうばつでもしてたかった、僕ことミナト・キャドリーユの意味もない現実逃避とうひでした。以上。

世迷言よまいごとはいいから。ほら、さっさともぐる」
「へーい……」

 今日もジト目のかわいい相棒あいぼうエルクにぴしゃりと言われ、僕は仕事を再開するため、ざぶん、と海の中へと潜っていくのでした。


 というわけで、僕らは今、海に来てます。冒険者の仕事で。
 きっかけは、最近仲間に加わったナナさん……というか、彼女のやとい主であるノエル姉さんが、ナナさん経由けいゆで持ってきた『依頼』だった。
 なんかここんとこ、ノエル姉さんのお抱え冒険者みたいになってる気がするな……とか思いつつ、聞いた内容は『希少素材の採取』。
 素材の名は『蒼海そうかい鉱石こうせき』といって、海の中でしかれないという特徴を持つ、不思議で貴重きちょうな激レア鉱石である。
 六日前、その新しい鉱脈が見つかったという情報を、ナナさんや別の仲間ザリーが入手した。さらにナナさんは、姉さんからの『依頼文』まで一緒に持ってきた。
『他の業者も冒険者をやとって収穫に乗り出すやろから、できるだけ急いでや』という内容の通り、このビッグニュースに飛びつく商売人は多かった。
 それを察知したザリーがあらかじめ馬車を予約していなかったら、目的地にたどり着くのも一苦労だったに違いない。
 何せその蒼海鉱石とやらは、しつによっては黄金と同じ値段で取り引きされるらしい。
 コイツを加工して作った金属は、硬度・強度はもちろん、魔力伝導率でんどうりつにも優れるため、武器や防具、マジックアイテムの素材としてかなり優秀なのだ。
 加えて、加工すると宝石のようにキレイな見た目になるため、装飾品そうしょくひんとしても人気がある。
 結果、その希少さと相まって、値段は極端につり上がっていた。
 そもそも蒼海鉱石が、超のつくレア素材である理由は二つある。
 一つ目は、鉱脈が少なく、どんなところに存在するのかわかっていないから。
『海の中にしかない』っていう情報しか知られておらず、数年に一度大規模な鉱脈こうみゃくが見つかったりするのだが、過去のデータと照らし合わせても何の規則性も無い。
 なのでどんな場所に発生しやすいとか、いつ発生するなんていう研究が進まず、偶然見つかったらそこに殺到さっとうするしかないのだ。
 そして二つ目……むしろこっちがメインの理由かもしれないが、採取するのがとにかく大変なのだ。
 この鉱石は、原石の段階から様々な特性を持っている。
 まず、蒼海鉱石の鉱脈は金や鉄鉱石てっこうせき、ダイヤみたいに地中に埋まっているのではなく、海底にぽつぽつと湧き出る。そのため、見つけたら海底の岩をくだくだけで採取できる。
 しかし原石の段階では普通の岩と判別はんべつしづらく、注意していないと見逃してしまう。
 研磨けんますると、青水晶のようなき通った輝きを見せるんだけど、それまではほんのり青いただの石。発光しているわけでも無いので、海中で目をさらのようにして探すしかなかった。
 次に、重い。
 加工前の蒼海鉱石は、水中での質量が陸上での数十倍になるという、厄介やっかいどころではない特徴がある。質量保存の法則はどこいった?
 そのため海中で見つけても、一人で抱えて浮上するのはほぼ不可能。質にもよるが、にぎ拳大こぶしだいでしかないのに、だいの大人が数人も必要となることがあるそうだ。
 ロープを直接結びつけるのも難しいので、くさりか何かでかごらし、その中に入れて引き上げる。
 ちなみに水の中でなくても、濡れているだけで重さは数倍になるそう。
 そして、硬い。
 有用な防具素材なんだから当然だけど、加工前の段階でも、鉄の剣やハンマー程度じゃそう簡単には砕けないくらいに頑丈がんじょうだ。なので、小さく砕いて運ぶなんてことは極めて難しかった。
 見つけにくい・重い・硬い――この三つが、蒼海鉱石を激レア素材にしている要因なのである。なんつー鬼畜仕様きちくしようだ。
 そもそも探すには、長時間息を止めて海底に潜り、目をらさないとならないので、人間には無理に近い。
 なので、この鉱石の仕入れを画策かくさくする大手の商会の多くは、『半魚人マーマン』にカテゴライズされる亜人あじんを雇い、その力を借りている。
 エルフやドワーフだけでなく、この世界にはこんな存在もいるのだ。
 彼らは耳のあたりにヒレっぽい飾りがあったり、手に水かきがあったり、肌の色が独特だったり……個人差(個体差?)は様々あるが、だいたいそんな感じ。
 なおどこかに、上半身が人間で下半身が魚の『人魚』もいるらしいんだけど、その辺はくわしくわかっていないとのこと。
 マーマン族は水中でも呼吸ができる上、種族特性として人間よりも力が強く、泳ぎも上手い。よって蒼海鉱石の探索・採取にはもってこいの人材である。
 彼らを雇い海底で蒼海鉱石を見つけさせる。そして時間はかかるが手頃な大きさに切り出して、先ほど説明した方法で船に回収するというのが、普通のやり方だ。

(……ま、僕はその辺ガン無視で、相変わらず滅茶苦茶めちゃくちゃなやり方でやってんだけど)

 というのも、僕には『魔緑素まりょくそ』があり体内で酸素を作り出せるので、溺死できしの心配は無い。
 人々を悩ませる『硬さ』と『重さ』、コレはもう力業ちからわざでクリアする。
 鉱石を見つけたら力任せにバキッと引っこ抜き、続いてペットであるフクロウのアルバに、重力魔法で一時的に岩を軽くしてもらう。
 え、何でいきなりアルバが出てくるのかって?
 いや、こいつ例によって、魔緑素を覚えやがったんだよ。
 ただしアルバは僕と違って、『エレメンタルブラッド』を応用し、体内で魔緑素を作り出すんじゃなく、僕が使ってる魔緑素をそのまま再現した、って感じなんだけど。
 僕の魔緑素が『アルラウネ』のコピーだから、コピーのコピーだ。
 ともかくそのおかげで、この鳥アルバは水中でも活動できるようになってしまった。
 羽毛うもうに魔緑素を作ってるからなのか、羽がほんのり緑色になっており、そこから気泡きほうがぷくぷく出ている。
 水の中を当たり前のように、すいすい泳ぐフクロウ。シュールどころではない光景である。だって想像してみ?
 話を戻すと、そんなアルバに軽くしてもらった鉱石を、僕は力任せに船に向かってぶん投げる。砲丸投ほうがんなげのような要領だ。
 で、船の上で待ってるエルクが魔法で『ネットシールド』を展開し、それを受け止める。はねる魚を空中ですくうみたいに、あみでキャッチするのだ。
 この繰り返しで荒稼あらかせぎ中。
 僕らは現在、ノエル姉さんの『マルラス商会』が用意してくれた、素材採取用の船に乗っている。
 船は全長十メートル超とけっこう大きめで、漁船みたいな形をしている。重量級の素材や魔物の死骸しがいを載せることも考えて、かなり頑丈がんじょうに作られている上等な船だ。
 今回の獲物えもの……蒼海鉱石を載せるには、必要なスペックと言えるだろう。
 そしてこの船には、すでに大量の、しかも大粒の蒼海鉱石が積載せきさいされている。
 普通なら、船一せきにつき一日数キロ採れれば上等だが、僕らはもう大小三十個、重量にして三百キロ以上も集めている。
 これ以上はちょっと船が心配になるぐらいだ。積載可能重量的に。
 しかも時刻はまだ昼前。僕らはこれだけの量を稼ぐのに、半日もかかっていないのだ。
 そして今はゆっくり休憩中。船の上で、ナナさんお手製の弁当を食べているところ。
 船のへりを背もたれにしてくつろいでいる僕の目の前では、ここ最近いつも一緒にいる仲間達が、同じように弁当を食べながら、細かい作業をしたりしていた。
 僕の隣に座っているエルクは、このあたりの海図にさらさらとメモを書き込んでいた。採取済みの場所を記録してるのかな?
 シェリーさんは、『火』を使った魔法で蒼海鉱石を乾かかわし、軽くしようとしている。その小麦色の肌は、海と太陽にかなり似合う。
 ザリーはシェリーさんの作業に『砂』の魔法で協力しつつ、周囲の様子をうかがっている。
 そしてナナさんはというと、何やら書類にカリカリとペンを走らせていた。
 一応、彼女はマルラス商会の所属なので、そっち関係の報告書だろう。
 その顔には笑み。どうやら、胸を張って報告できるだけの収穫量と見てよさそうだ。
 ……ってなことを言ったら、エルクとナナさん、それにザリーから同時に『いやいやいやいや』ってな感じのツッコミを返された。

「さっきも言った気がするけど、ちょっとどころじゃないってコレ。蒼海鉱石の希少性を全否定してるって感じだよね」

 ザリーがそう言うと、エルクがあきれたように首を振る。

「でもしょうがないんじゃない、ミナトだし。私はもうこのくらい気にしないわよ」
「さすが最古参さいこさん強靭きょうじんな精神をお持ちで……まあでも、これはホントに予想外の大漁ですね。質は調べないとわからないですけど、これだけの量と大きさの蒼海鉱石なら、えーと、相場そうばで……このくらいですかね?」

 ナナさんはペンを取り、姉さんのところで勉強したらしい目利きに基づいて、すぐに売却価格の見積もりを出す。
 こちらに見せてきたその数字は、前世の感覚で言うと、だいたいマグロ(一本釣り)数匹分になりそうなお値段だった。
 船一隻で一回海に出て、一年働かずに暮らせるくらいの収入とは……マグロ漁師もとい、蒼海鉱石が目当ての商人達が、こぞって海に出る理由もわかるってもんだ。

「いや、こんなに採れるのはミナト君だけだから。間違いなく。ところで、アルバ君はどうしたの? 一緒に上がってこなかったけど」
「ちょっと休憩するって伝えたら、おやつ食べに行った。この辺、魔力を持ったエビみたいな魔物いたじゃない? それ、セルフで狩りに行ったみたい」
「……何でもありだねー、ホント。」

 鉱石を探してる最中さいちゅうにそのエビもどきを見つけると、水の抵抗はないのかってくらい素早く泳いでいって、ぱくっといってたから。

「さて、じゃあアルバちゃんが帰ってきたら、今日はもうおしまいにして帰りましょうか」
「え、もういいの? まだ昼前だけど」
「ノエルさんが想定してた量の三日分がすでに採れましたから、問題ないですよ。ホント、ミナトさんにはいつも驚かされてばっかりです」
「あ、ノエルさんはやっぱり予想してたんだね、その辺のこと」

 姉さんは、『うちの弟は一日で同業者の十日分くらいは採るやろ』と、なんとも豪快ごうかいというか思い切った予想を立てていたらしい。
 まあ半日かからずに、その三倍集めてやったけど。そしてその結果、今日は午後からフリーになってしまいました、と。
 ナナさんは港に戻ったら、商会の『チャウラ』支部(あ、今更だけどこの町の名前ね)に行って、今日の成果を報告するらしい。
 マルラス商会は、主要な都市の多くに『支部』を持っている。
 姉さんからの依頼だと伝えれば、採集した素材を即時そくじ支部に納品することもできた。荷物を減らせるので助かるし、依頼が完了すればその場で報酬を受け取れる。
 ただ今回の場合、姉さんからの依頼はひどく適当というか、大雑把おおざっぱだった。姉さんも急いでいたのか、『採れるだけ採ってき』というものだったのである。
 期間は『二週間』(ただし片道五日の移動期間含まず)。その間に採れるだけ、とのこと。よって僕らの依頼は、期日が来るまで終わらない。
 過去の記録によると、鉱脈発見から一~二ヶ月くらいで採り尽くしてしまうケースが多いらしい。
 ただし、それは『いつも』の場合。
 今回、僕というスーパー採掘マシーンが参戦さんせんするのだから、それを待たずして枯渇こかつするであろうことは明白だと、姉さんは言っていたとか。
 そしてナナさんいわく、姉さんが定めた『二週間』という期間には、『多分十日くらいで採り終えるだろうけど、一応三、四日は様子を見てから帰って来い』という意味が込められているらしい。
 そんなことを思い出しつつ、午後からどうしようかな、なんて考えているうちに、船は港に到着した。

「いや~それにしても、ここいいわね~。普通に依頼仕事のつもりで来たんだけど、なんか見渡してみた感じ、中々なかなか楽しめそうな雰囲気じゃない?」

 船から身を乗り出し、周囲を見渡して、シェリーさんがそんな一言を。
 にやり、と笑うその視線の先には……海岸を歩く、屈強くっきょうな男達がいた。中には女連れも何人か。
 まあ、海っていうのは、僕の前世でも、ナンパの定番スポットだったし。
 海辺では心が開放的になるというのはこの世界でも一緒なようで、男が女に、または女が男に声をかける光景も珍しくは無い。
 現にさっきも出港前に、エルクやシェリーさん、ナナさんに声をかけてきたチャラそうな男もいたし。僕やザリーをキレイに無視して。
 どこの世界でも、ああいうやつらの頭の中は一緒ってことだ。

「ん? 何だシェリーさん、逆ナンでもする気?」
「違う違う。私の今のターゲットは彼一人だから、ね♪」

 ザリーの疑問に、シェリーさんは僕にウインクを飛ばしつつ、さらっとそう返す。

「ほら見てよ。どこもかしこも皆、冒険者か盗賊とうぞくって感じ。しかも酷く荒っぽそうな連中ばっかりでしょ? こんだけ大量の蒼海鉱石を持ち帰ったら、難癖なんくせつけてからんでくるわよ~♪」
「……なるほど、ちょうどいいエサを見つけたってわけか。シェリーさんは」

 んなこったろうと思った。
 ホントに、この戦闘狂娘は……何を絡まれるの楽しみにしてんだ。

「そういうあんたはどうなのよ、ザリー? せっかくの自由行動なんだし、女の子を引っ掛けに行かないの? 見た目はあんた、その辺の連中と変わりないじゃない」

 シェリーさんがザリーに問いかける。

「いや、見た目で判断しないでよ……しないってば、そんな軽率けいそつなこと」
「軽率? 軽薄けいはく、じゃなくて?」
「そ、『軽率』。こういう、ナンパや逆ナンが自然にできるような場所っていうのは、裏を返せば、ハニートラップを仕掛けるのに絶好のスポットなの。僕、一応情報屋だし、そういうことには普段から目を光らせてるから、逆に冷静になるってわけ」

 ほー、なるほど。そういう見方もあるのか。
 何だか二人とも、どっちもどっちっていうか、海の楽しみ方から見事にはずれた感じだけど。

「ちなみに、あんたはこの後どうすんの?」

 エルクが僕に尋ねた。

「海の中にいるとさ、そこで役に立ちそうな新しい魔法のアイデアが次々と……」
「あーはいはい。そんで私はそれに付き合えばいいのね。わかりました」

 まあ、僕も人のことは言えないけどね。
 前にエルクが、魔法関連で何かを思いついたときの僕の目は、いつもよりキラキラしている、と言っていた。あと、嫌な輝きだ、とも。多分、今もそうなってるんだろう。
 そしてそのたびに、エルクは何だかんだ言っても付き合ってくれるのである。もちろん、危険な実験なんかは絶対にさせてないので、誤解の無いように。
 おかげで現在、エルクの使える魔法の種類は、一ヶ月前の三倍くらいになっている。
 そういや、前にザリーが言ってたけど……普通の魔法使いは、一つの魔法を習得しゅうとくするのに一週間から一ヶ月、あるいはそれ以上の時間がかかるそうだ。
 けどエルクの場合、長くても一週間、短ければ数時間で、僕が考えた魔法を次々に習得してくれる。しかも、複数の魔法を同時進行で。
 今更だけど、これ、才能という一言で片付けていいんだろうか?

「あ、でもミナト。その実験っていつも通り、人気ひとけのない場所でやるのよね?」
「え? ああ、うん。海辺の岩場とか、その辺に行こうかな、と」
「そっか……なら、帰りに釣りでもして、魚でも獲って帰らない? 私達がノエルさんに紹介された宿屋は、漁師宿でしょ? 魚とか持ち込むと、それを料理して出してくれるらしいのよ」
「ホント!? うわ、それ楽しみ!」

 僕の歓声を聞き、シェリーさんとザリーが反応する。

「あらあら……ミナトくんったら、子供みたいに喜んじゃって。かーわいい♪」
「そうだね。でも……(ちらっ)」
「確かこの辺、食べられる大型の水生の魔物とかいるんだよね? 巨大魚とか、巨大エビとか、巨大ガニとか……あー、狩りかー、洋館時代を思い出すなあ」
「……獲物は、ちょっとかわいくないラインナップになりそうだね」

 僕の言葉にザリーは少し肩を落としたようだったけど、シェリーさんは気にした様子もなく一言。

「……ま、いいんじゃない? 美味おいしけりゃ」

 ――そして、夕方。
 思う存分ぞんぶんに実験と研究を行った後、適当に潜ってつかまえた獲物を、僕らが泊まっている漁師宿『マリアナ亭』に持ち込んだ。

「ちょっ、これ、兄さんが仕留しとめたのかい!?」
「はい、そうですけど……やっぱ大きすぎましたかね?」

 宿の従業員の、小麦色の肌のお姉さんに、尋常じんじょうじゃないぐらいに驚かれた。
 まあ獲ってきたのが、体長二メートル以上の巨大な魔物だったから、無理ないけども。



 第二話 海の家と占い少女


 その夜、マリアナ亭は、飲めや歌えやのお祭り騒ぎになった。
 僕が昼間持ち込んだあの巨大ガニが、急遽きゅうきょ今晩の夕食メニューに加わることになったからだ。
 巨大ガニはその名も『スパイダークラブ』。体長二メートル以上もあり、カニとクモを合わせたような、八本足の魔物である。
 木製の船底くらいなら、そのはさみや太い足で容易たやすく破壊する。水中での動きも俊敏しゅんびんで、浅瀬あさせではかなり危険な魔物の一つに数えられている。
 しかし意外にも、その肉は極上ごくじょう美味びみ
 そんな、『食材』でもあり『駆除くじょ対象』でもある魔物を狩って持ち込んだ僕は、漁師宿の経営者で、現役の海女あまをしている女将おかみさんに感謝されてひとしきりめられた。
 そして、この巨大ガニを今夜の夕食で振る舞ってもいいかと聞かれたので、承諾した。
 ……で、こうなったわけだ。
 急遽メニューが変更になったため、宿の食事が三十分遅れ、不満たらたらの冒険者も多かったけど、その豪華さを目にした途端とたんに、一瞬でそれも霧散むさんした。
 そこで女将さんが、今回の功労者こうろうしゃとして僕のことを大々的に(無断で)告げたため、宴会えんかい中ずっと『ありがとよ!』ってな感じで絡まれることになった。


 で、その翌朝。
 後先考えずに騒いだ結果、宿泊客の三分の一ほどが二日酔いでグロッキーになっている現状を横目に見つつ……ただいま朝食中。
 二日酔いぜいがあっさりしたものを頼んで、それすらも咀嚼そしゃく嚥下えんげに苦しんでいる中、僕は朝からガッツリ、フライの盛り合わせである。
 新鮮な魚介がさっくりとした衣に包まれている。うん、美味。
 おかわりしようかな、なんて考えながら、サクサクといい音を口の中で立てて堪能たんのうしていると、ふと、食堂の外が何やら騒がしくなっているのに気付いた。
 すると、きょとんとした顔になっていたっぽい僕に、ちょうど飲み物のおかわりを持ってきてくれた海女さんが声をかけてくる。
 この宿は漁師宿だからか、従業員はみな、漁師さんか海女さんである。
 これから海に潜るからなんだろうけど、朝っぱらから皆さん露出ろしゅつが激しい感じの服装なので、最初はちょっと戸惑とまどった。
 その海女さんは、テーブルにアイスティーを置きながらニヤニヤと笑う。

「おや、口をぽかんと開けてどうしたのさ? 外にかわいい女の子でもいたかい?」
「え? ああいや、そういうわけじゃないんですけど……何です? あの人だかりは?」

 外に見える、行列って感じの人混みを指差ゆびさして尋ねた。
 すると海女さんは、僕の指の先に視線を向ける。

「ああ、あれね。うらないだよ、占い」
「占い?」
「そ。この辺じゃそこそこ有名なんだよ、ミュウちゃんの占いはね」

 まるで自分の身内みうちのことのように自慢げというか、嬉しそうに話す海女さん。ふーん、意外な名物があったもんだな、港町に。
 というか、ミュウちゃんって誰だろ……と思ったその時、人混みの一角から一瞬だけ、中心にいる人物が見えた。
 年齢は十二~十三歳、ってとこだろうか? 背は低くて顔もまだ幼い感じ。美少女というよりはむしろ……美幼女だろうか?
 レモン色とかクリーム色と表現したくなる、色も手触りも柔らかそうな長い髪。腰のあたりまでありそうだ。
 そして何だか眠そうな、半開きの目。そう、ある種のジト目。
 要するに、僕的な好みで言うとかなりかわいく、将来が楽しみな美幼女である。
 え、何? 今の一瞬でよくそこまでわかったなって?
 いや、あの娘、実は昨晩も見てるんだよね。あの宴会の最中に。
 食堂をせわしなく、料理や空いたお皿を持ってとことこと駆け回っていた。僕のところにも、何度か「お待ちどおさまです~」って料理を持ってきてくれたし。
 他の従業員さんは皆、色っぽい海女さんか屈強くっきょうな漁師風のおっさんだったから、一人だけ浮いてた。なのでよく覚えてる。
 聞いた話だと、あの女の子はここの経営者の遠い親戚で、居候いそうろうさせてもらう代わりに店を手伝ってるんだとか。

「お兄さんもどうだい? 冒険者らしいから、仕事運でも占ってもらったらいいんじゃないかい? さっきも言ったけど、あの子の占い、ホントによく当たるからね」
「へー、そんなにですか?」
「ああ、もちろん。かくいうあたしも、最初は子供の遊びだと思ってたんだけどさあ……よく獲れる漁場のポイントとか、今日の天気とか海の荒れ具合とか、ホントに当たるんだよこれが。今じゃ、漁に出る前には必ず占ってもらうって奴もいるくらいさ」

 ほー、職人にアテにされるくらいの精度せいどだと? そりゃ大したもんだ。
 見るとエルク達も、そりゃすごい、と感心したような目をしていた。

「まあでも、それも一部だけどね。漁師や海女は職人気質かたぎの人も多いから、占いなんかよりも自分の経験や直感を信じるって奴も多いのさ」
「あーまあ、そうでしょうね。でも……」

 話題作りとか、暇つぶしにはよさそうかな?
 ちょっと好奇心を刺激された僕は、視線はその人混みの方に固定したまま、皿の上に残っていたフライを口に放り込んだ。


 ☆☆☆


「そろそろ行くわよ、ミナトー? 準備できてんの、あんた?」
「できてるよー。っていうか、準備するほど荷物無いし、僕」

 朝食を済ませた後、本日の仕事のために一度部屋へ戻った僕ら。
 身支度みじたくの最中なんだけど、僕の場合、携行けいこうする荷物や装備のほとんどを『収納ベルト』に入れてるから、支度も簡単だ。
 だから実質、エルクの準備ができるのを待つだけなんだけど……。

「ホントにぃ~? 装備持ったの? 手甲てっこう脚甲きゃっこう
「ベルトにしまってあるよ」
「探索用の装備は? 耐水ロープとか、固定用の鈎針かぎばりとか」
「それもベルトの中だってば」
「じゃ、昨日新しく市場で買ってた、水中用望遠鏡ぼうえんきょうは?」
「……あ、机の上に置きっぱ……あいたッ」
「ほら見なさい、あんた肝心かんじんなとこ抜けてんだから」

 チョップというエルクのツッコミが頭にヒット。
 やれやれ、またやっちゃったよ。時々こういうドジやるんだよなあ、僕。そのたびにこうしてお母さんにしかられ――。

「誰がお母さんだ、誰が」

 って、また声に出てたか。


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