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5巻
5-3
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その頃。また別の場所では、新たに二人の人物が、邂逅を果たしていた。
「っ! あんた、何でここに?」
「こっちのセリフよ。あー、まためんどくさいのが……」
お互いに、しかしそれぞれ違う理由で、邂逅を喜べない二人の少女――リュートの仲間であるアニーとエルクは、月明かりの下で出くわしたのだった。
一方は、その目に殺気をたぎらせ、もう一方は、やる気なさそうにため息をついて。
戦闘を始めたギドとシェリーはというと……剣と剣を交え、文字通り火花を散らしていた。
「うおおぉぉぉおおおっ!!!」
「――ぉっ、と」
ただし、互いのテンションというか『余裕』には、大きな開きがあった。
力任せに、ぶぉん、と空を切って放たれる、ギドの大剣による斬撃。
長さにして一メートルと数十センチになるそれは、長身のギドだからこそ鞘に入れて背負っても、地面に引きずらずに歩くことができる。
それゆえに忘れがちだが、その間合いは驚異的である。
鍛え上げた肉体で怪力を誇るギドは、その大剣を軽々と振り回し、槍にも匹敵しそうな間合いの広さと剣圧を誇る。
放たれた横凪ぎの一撃を、シェリーはさっと避けたが、その先にあった、太さ二十~三十センチほどの立派な街路樹が、いとも簡単に両断された。
余波はそれだけにとどまらない。ギドが大剣を振るうたびに、塀は砕かれ、家は壊れ、徐々にだが周囲の景観が変わっていく。
おそらく、CランクやBランクの魔物でも、クリーンヒットすれば一撃かそこらで仕留められる威力。
それは彼自身が持つBランク――それもAに近い称号が伊達では無いことを物語っていた。
「このやろ……っ、ちょこまか動きやがって! 逃げんじゃねえこの尻軽女!!」
「いや、避けなきゃ死んじゃうでしょうが……っていうか、さっきから気になってたんだけど、何であんた、私への罵倒が『尻軽』なわけ?」
上体を反らし、足を半歩引いて体をひねり、首を横に倒して、無駄のない最小限の動きでギドの大剣を避ける。
「けっ、てめーの話は聞いてんだよ『赤虎』! あっちへフラフラこっちへフラフラ、自由気ままにも程がある根無し草の冒険者だってな! いくつもパーティを取っ替え引っ替えしてはすぐに抜け、ふと見ればいつのまにか違う男を連れてるらしいな!」
(あーそれ、まだミナト君に出会う前だなー。強い奴いないか、強い敵と戦えないかっていろんなパーティ回ってみて、結局全部はずれだったんだっけ)
どうやら、変な風に誤解されている――実際は真実のほうが物騒なのだが――と悟ったシェリーだが、特に訂正する気はなかった。
「どうせ今の飼い主の『黒獅子』も、そいつらと同じで体をエサにして捕まえたんだろ! ランクの昇進は、ギルドのお偉方にでも抱かれたか!? さっきから避けたり逃げたりするのだけは上手いみたいだが、てんで攻めてこねーし、どう見てもAランクには見えねーなぁ!」
「むっ……随分好き勝手言ってくれるわね、この偏見ボサボサ頭。今のセリフ、世の中の頑張ってる女の子、百人中百人敵に回したわよ?」
「それがどーした! だったら全員かかってきてみろよ、俺は女だろーと容赦しねえけどなぁ!!」
ぶぉんと大剣が空を切った勢いのまま、体を一回転させ、遠心力を乗せて踏み込みながら再度前方に刃を振るう。
それを、一歩、また一歩と後ろに下がるだけで避けるシェリー。
「っ、またちょこちょこ動きやがって……なんで当たらねえんだっ!?」
(今まで以上に相手の動きがよく見える……ノエルさんが、集中力も鍛えられているはずだって言ってたけど、このことかしら? しかも、体が前より『思った通り』に動くような気もするし)
片や、怪力や破壊力を生かしきることができずに歯噛みするパワータイプ。
片や、超一流の元冒険者による訓練の結果、己の身体能力の全てをフルに活用でき、その成果に驚いているオールラウンダー。
素人目にも、この場で相手を圧倒しているのは、周囲を破壊しまくっているギドではなく、『何もしていないが何もされていない』シェリーであった。
そのシェリーはというと、何十回目かになる回避の末、自分の代わりに粉々になった白土の塀を一瞥して、はぁとため息を吐いた。
「なんか、あんたと戦うの、楽しくないなぁ……」
「はっ、戦いになってるつもりかよ? てめえ、さっきから逃げてばっかりじゃねえか!」
「自分でも意外なのよね。せっかく向かってきてくれる男が目の前にいるのに、なんで私はしらけてるんだろう、って……ん?」
ふと視界の端に何かを感じ、そちらにシェリーの意識が向いた。
その瞬間を見逃さず、ギドは剣を構えて前に出る。
「バカが! ス、キ、ありだぁぁあっ!!」
咆哮と共に、巨大な刃が横に振りぬかれる。
樹を、土壁を、石材を、鉄をも容易く断ち切る威力を持った一撃は……。
――カキィン!
斜め下から振り上げられたシェリーの剣に、甲高い音と共に弾かれた。
「――は?」
そして直後、体勢を崩したギドに、シェリーの鋭い回し蹴りが叩き込まれる。ドスッと、人体と人体の衝突らしからぬ音を立てて、ギドは真後ろに飛んでいった。
さらにその直後、ギドに予想外の災厄が降りかかる。
「どぁ!?」
「きゃああぁっ!?」
「おっ!?」
最後の驚きの声がシェリーである。
そして前の二つが、後ろに蹴飛ばされたギドと、そこに悲劇的としか言えないタイミングで吹き飛ばされてきたアニーの声である。二人は空中で激突し、仲良く墜落した。
「うわ、えげつなっ……意外とやるわね、エルクちゃん」
「いや、意図してないから、別に」
シェリーから見て、斜め後ろにある建物の屋根。アニーをそこまで吹き飛ばした犯人――エルクが、月明かりを背負い、ダガー片手に立っていた。
少し遅れてその存在に気付いたギドは、かっと目を見開く。
「あの女、『黒獅子』と一緒にいたメガネ……つか、どけアニー! 何、俺の邪魔してんだ、コラ!」
「ばっ、別に邪魔してるつもりないわよ! あの赤い髪の女と戦ってたみたいだけど、あんたがさっさと片付けないでちんたらしてたのが悪いんでしょ!」
「うるせえな、お前こそあんな弱そうなのに、何やられてんだよ!」
「うっさいわね! ちょっと油断しただけよ! あんなの今すぐ殺してやるから待ってなさい!」
その様子を見て、シェリーが首をかしげた。
「……なんか、いつかと違って全然仲良さそうじゃないわね?」
「ま……当然でしょうね。あの二人は」
「? どういうこと、エルクちゃん?」
地面に飛び降りてきたエルクに、シェリーがきょとんとしながら問いかける。
エルクは何から説明したものか、と唸った。
「あー、ほら。あんたがまだノエルさんの地味な訓練に慣れてない頃さ、終わったらソッコー寝ちゃってたじゃん、ご飯食べた後。その時話したのよ。私と、ザリーと、ミナトで」
「うんうん」
「ひょんなことからリュート一味の話題になってね? そこで、リュートは正義感丸出しってのが明らかなんだけど……残りの二人はどうも違うっぽいな、って」
ミナトが『なんとなく』で指摘した、リュート以外の二人――アニーとギドについての印象。
それが当たっているのではと、エルクは徐々に確信し始めていた。
『なんかあの二人ってさ、やってることはリュートと同じだけど、微妙に違う気がするんだよね。行動原理とか、信念とか、目的とか、いろいろ』
『? どういう意味? それ』
『ぶっちゃけて言えば、あの二人は多分、「リュートの目的=自分の目的」なんだよ。リュートがいいと言えばいいしダメといえばダメ、それ以外の答えは全部間違ってるから、全力で否定するしどんどん罵倒する』
『あー、確かにそれはあるかもしんない。あの三人、会話してるように見えて、ただリュート君の主張を援護してるだけだからね……一度でも、リュート君と異なる意見を主張したことってないみたい』
『ただのイエスマン、ってこと?』
『だと思う。そのくせ、本人には自覚がない。だから、自分はリュート君と同じものを見て、それに向けて戦ってるんだって、勘違いしてるんじゃないかな』
『そして、さ。そういう連中って……厄介なことに、心酔する人の目的のためなら、マジで手段を選ばないところがあるんだよね。その人のためになると、勝手に信じて、さ』
「とまあ、あんたがダウンしてる間にしてたのが、そんな世間話なわけよ」
「なるほど、ね。どーりで戦っても楽しくないわけだ。そんな、自分の信念もないようなイエスマンじゃねえ……」
シェリーの言葉に、エルクが苦笑する。
「あら意外ね? あんたてっきり、戦えれば相手が魔物でも人間でも何でもいいんだとばっかり思ってたけど、けっこう選り好みするんだ?」
「いや、基本そうなんだけどね? 何だろう、気分の問題っていうか。ほら、ステーキが食べたくてレストランに行ったのに売り切れで、仕方なく魚料理注文して……美味しいけどなんかやっぱり物足りない、みたいな感じかも」
「……まあ、言いたいことはなんとなく、わからなくもないけど」
そこまで話したところで……ぎろりという視線が向けられたのを、エルクとシェリーは感じ取った。ようやく持ち直したギドとアニーが、苛立ちを全て殺気に変えたかのような目付きで、一直線にこちらを睨みつけている。
「こりゃまた……女の子の方も、なかなかに怒っているわね。エルクちゃん何したの?」
「あんたと変わんないと思うわよ? あの二人がまったく同じタイプだから、こっちの対応も似るわ」
「あー、そりゃ言えてる」
そこでアニーが怒鳴った。
「ごちゃごちゃうっさいわね、アバズレ女共!! 全くどいつもこいつも、リュートの考え方を理解しようともしないくせに邪魔ばっかりして! 本っ当、今すぐ殺してやりたいわ!」
「へっ、相変わらずお前はムカつくが、それには同感だぜ、アニー。いつもいつも、生きてる価値もねえくせに、リュートの邪魔する奴らばかり湧き出やがるからな」
切り替えが早い、とでも言えばいいのか。
先ほどまで互いに言い争っていた二人が、今ではこうして同じ敵を睨んでいる。エルクもシェリーも、感心すると同時に呆れてしまった。
「あん? 何よその目は、何か文句でもあるっていうの?」
高圧的なアニーに対し、エルクは一歩も引かない。
「今ので文句が出ないと思えるのは、むしろある意味すごいわね……まっ、どう答えたところで、私達を殺しに来るんでしょうけど」
「あたりめーだろ、俺達の邪魔をしてる奴に、生きる価値なんてあるわけねーんだからよ」
「『俺達の』……ねえ? 『リュートの』の間違いでしょ? ま、どっちでもいいか」
「ええ、そうね……ここで死ぬものねぇ! 『ファイアボール!!』」
エルクとの過激な会話を隠れ蓑にしながら、ひそかに魔力を練っていたアニー。
魔法発動の準備が終わった瞬間、直径五十センチにもなろうかという火炎弾四発が、一斉にシェリーとエルクに襲い掛かった。
アニーのランクはC。それが伊達でもなんでもないと――条件を絞ればランク以上の実力を発揮するのではないかと思わせるほどの魔法である。
実際、火力だけなら最早B、総合的に見ても、Bに近いCであった。
隣に立っているギドや、リーダーであるリュートに比べ、周囲からはランク的に劣る者とみなされているが、実際はその評判を覆す爪を隠し持っていた。
最近成長が著しいエルクでも、フィジカルで勝っているとはいえ火力や射程距離の差で、分の悪い相手であるのは明らか。
横に立っていたシェリーはそう判断し、飛来する火球を引き受けようと、一歩前に出た。
……しかし、その心配は無用だった。
「ちょっとどいて、シェリー。『ネットシールド』」
つぶやくような声が聞こえたかと思うと、エルクの手元から緑色の光の玉が放たれ、アニーの火炎弾を迎撃するように飛んでいく。
次の瞬間、緑色の玉は空中で炸裂し、網の目状に変形。まるでサッカーのゴールネットのような形の『障壁』に姿を変えた。
「!?」
「くっ、また……!」
驚くシェリーやギドとは違い、その技に見覚えがあるらしい反応を見せたアニーは、さらなる苛立ちを顔に滲ませ、ぎりっと奥歯をかみ締める。
直後、アニーの火炎弾は四発ともエルクの『網』に着弾し――。
「『反射』!」
ばぃぃん、とその弾性で弾き返され、アニー達に襲い掛かった。
「ちっ!! 避けてギド!」
「なぁっ!?」
言いながら飛び退るアニーと、回避のタイミングを逸し、剣で防御するギド。驚きと苛立ち、それぞれ違った反応を見せつつも、的確に反応してみせた。
一番の驚きを呈していたのは、その謎の障壁(?)によって守られたシェリーだったりする。
「……エルク、ちゃん? 何、今の」
「魔法。障壁。新技」
「うん、みたいね……けど、いつの間に覚えたの?」
さすがに困惑して、おそるおそる尋ねるシェリー。
それに対するエルクの反応は淡白、というよりも……ある程度シェリーの反応を予想していたかのような、落ち着いたものだった。「まあ、そういう反応になるわよね」とでも言いたげな表情をしている。
シェリーの記憶が正しければ、彼女にこんなことはできない。あのレベルの攻撃魔法を障壁で防いだり、攻撃魔法で相殺することなんて絶対にできなかったはずだ。
……シェリーは知らなかった。ここ最近エルクとミナトがこなしている『自主トレ』によって、すでにそうではなくなっていることを。
「っていうか、そんな、網みたいな形状で相手の攻撃を跳ね返す障壁なんて、私、見たことも聞いたこともないんだけど?」
「そりゃそうでしょうね、だって――」
一拍置いて話を継ぐ。
「あいつに……ミナトに教わった、あいつオリジナル魔法だからね」
この数十秒後。ウィルやダンテが知りたがっていたミナトとエルクの空白の一週間の全容が、ミナト自身によって、語られることになる。
☆☆☆
「研究と実践? エルクちゃんと二人で?」
「うん、まあ、そんな感じ。ほら、二人とも前より上手く魔力のコントロールができるようになったからさ。今なら、これまで無理だった魔法も使えるんじゃないかなと思って、片っ端から試して練習してたんだよ。同時に、新しい魔法の開発も」
「で、エルクちゃんには、使えそうなのを見繕って伝授してたわけ?」
「そゆこと。何から何まで手探りだったけど、その甲斐あってエルクは、この一週間で相当強くなったと思うよ? レベルアップどころか、バージョンアップって言えるくらいに」
「その二つの差って、何? まあいいけど……」
こちらミナト。今しがた合流したザリーと、屋根を走りながら会話中。
エルクがアニーを圧倒したという『念話』での報告を、予想外だって驚いてたザリーに、ここ一週間のことを説明しているところであります。
この一週間、僕とエルクは、非常に楽しい『自主トレ』を行っていた。
きっかけは、ふとした思い付き。
姉さん達の訓練を経て、僕の魔力コントロール能力は、格段に進化していた。今までできなかったことが、いくつもできるようになった。
そこで僕は、母さんと一緒に、新しい魔法を次から次へと開発していた頃、アイデアはあったにもかかわらず、魔力のコントロール能力(っていう名前を当時は知らなかったんだけど)不足のせいで、開発できなかった魔法がいくつもあるのを思い出した。
一旦思い付くと、もう創作・研究意欲が刺激されてたまんない感じになってしまう。
そこで、与えられた余暇を利用してその実験をしようとしたら、エルクが乗っかってきたのだ。
エルクにはかつて、「もし将来に十分な実力を持てたら、オリジナル魔法を伝授してあげる」と言ったことがある。最近は、エルクの魔法の実力も上がってきているし、僕がエルクに対して寄せている信頼も問題ないレベル。
エレメンタルブラッドは無理でも、比較的簡単かつ安全な魔法なら問題なさそうなので……いくつか教えてあげてもいいかな、と思ったわけだ。
それから一週間。
結論から言うと、エルクはとんでもなく吸収力があり、呑み込みが早い娘だった。
そりゃもう、開発者である僕を驚かせるほどに。
どうやらエルクが魔法分野で死蔵していた才能は、当初の僕の予想を大幅に超えているらしい。その結果……。
「十一……!?」
隣を走っていたザリーが、それを聞いて唖然としていた。
「うん、十一個。エルクがこの一週間でものにした魔法の数だよ。あ、でもコレはあくまで実戦で使えそうなレベルまで鍛えた魔法の数だから……発展途上のものも合わせると、もうちょっと増えるね」
無論、きっちり使いこなせるようになるまでには相応の訓練を要したけれども、たったの一週間で、いくつも実戦レベルで使えるようになるとは思わなかった。
「……ねえ、ミナト君」
「ん?」
「高位、一流って呼ばれる魔法使いでも、一つ魔法を使いこなせるようになるのに、一週間から一ヶ月修業するのが当然だ、って知ってる? 難易度にもよるけど」
「いや、全然。そうなの?」
それを聞いて、やっぱりあの上達速度は尋常じゃなかったんだな、と思った。
けど実のところ、僕から見ても、ここ一週間でのエルクの成長はとんでもないと認識していたので、驚くのはとっくに済ませている。
なので、ザリーが告げたこの世界の一般常識にも、「へー」ぐらいのリアクションだった。
いや、驚いてないわけじゃないんだけどね? ホントに。
「さて、おしゃべりはここまでにしようかミナト君。これ以上しゃべってると、それだけでこっちが疲れそうだし(ぼそっ)」
「何か言った?」
「いや、何も。それよりほら、見えたよ。多分、あそこが連中のアジトだ。連れて行かれた奴隷――ナナちゃんもあそこにいるはず」
なんだか誤魔化された気がするものの、ザリーの言葉に従い、僕は前を見る。
次の瞬間、飛び越えた屋根の向こうにそれが見えた。
ザリーが調べた、この事件の黒幕たる連中のアジト。
騒ぎに乗じて集めた奴隷、もしくは『もうすぐ奴隷』を集めているであろう、古びた洋館。
明かりも灯っておらず、生活感もない。そのせいで、この夜の闇の中じゃ、訓練している僕やザリーの目でないと、輪郭ぐらいしか捉えられそうにない。
パッと見、完全に空き家だ……が、おかしなところはある。
「……いる、ね」
「ああ、間違いなくね。わかりにくいけど、足跡がいくつか残っている」
ごく最近、この館に大勢の人間が出入りしたとわかる足跡……おそらくは泥道を通ってきたせいでついてしまった泥の跡が、館の前の石畳に残っていた。
「一応、隠蔽工作はしたみたいだけど……この程度じゃ、僕の目は誤魔化せないな。余計に怪しいっていうか、むしろ確信が持てたね」
と、ザリー。
他にも、ドア付近だけほこりが積もってなかったりとか、近づいてみると不自然な部分はいくつも見つかった。そして何より……。
「……匂うな」
「? 匂いって……ナナちゃんの匂い? そういやミナト君、鼻いいんだっけ。わかるの?」
「いや、屋内だしさすがにそこまでは。けど、大勢の人間の体臭や汗の匂いが、外まで漂ってきてるから。それに……その他にも一つ、印象的な匂いがするし」
ナナさんに、ここんとこ毎日のように作ってもらってたアレ。
ナナさん自身にもその匂いがついているであろう、『はちみつレモン』の残り香が。
じゃ、行きますか。
第四話 狂信者達の末路
こちらは、スラム街の西端部……エルクとアニーの戦い。
ミナトとの『特訓』で培った実力を、今、存分に発揮しているところだった。
「――『エアバレット・オートマチック』!」
母の形見であるクリスタルダガーを持っていない方の手を、標的……アニーに向ける。そこに、練り上げた『風』の魔力が収束していく。
正確には、その魔力は手のひらではなく、指と指の間に集まっていた。
親指と人差し指の間、人差し指と中指の間……と、合計四つの魔力が練り上げられる。次の瞬間、大量の空気が指の間に収束し、圧縮される。
そこに『風』の魔力を溶け込ませた上で、手のひら側……すなわちアニーに向けて、四つの空気の弾丸を発射した。
しかも、それだけにとどまらない。
――ドドドドドドッ!
あたりに響く、持続的な発射音。
言うまでもなくエルクの指の間から、空気の弾丸が連射されている音である。
「何なのよ、その魔法!? そんなの聞いたことない! あんた、そんな魔法どこで……」
「どこでって聞かれたら、あのバカの隣、としか言いようがないわね」
そんな会話が交わされている間も、アニーは障壁を駆使して弾丸を防ぐのに精一杯である。
「はぁ、どういう意味よっ!? ていうかあんた、なんでそんな集中もせずにリラックスして、魔法を持続できるわけ!? さては、何かマジックアイテムを使っているわね!? 卑怯者!」
「まさか。そんな無駄使いしないわよ。だから、さっきから言ってるじゃない。この魔法は、あいつが開発した、とんでも魔法の一つだって」
極めて自然体で、そんな風にエルクが余裕で話していられるのには、もちろん理由があった。
「っ! あんた、何でここに?」
「こっちのセリフよ。あー、まためんどくさいのが……」
お互いに、しかしそれぞれ違う理由で、邂逅を喜べない二人の少女――リュートの仲間であるアニーとエルクは、月明かりの下で出くわしたのだった。
一方は、その目に殺気をたぎらせ、もう一方は、やる気なさそうにため息をついて。
戦闘を始めたギドとシェリーはというと……剣と剣を交え、文字通り火花を散らしていた。
「うおおぉぉぉおおおっ!!!」
「――ぉっ、と」
ただし、互いのテンションというか『余裕』には、大きな開きがあった。
力任せに、ぶぉん、と空を切って放たれる、ギドの大剣による斬撃。
長さにして一メートルと数十センチになるそれは、長身のギドだからこそ鞘に入れて背負っても、地面に引きずらずに歩くことができる。
それゆえに忘れがちだが、その間合いは驚異的である。
鍛え上げた肉体で怪力を誇るギドは、その大剣を軽々と振り回し、槍にも匹敵しそうな間合いの広さと剣圧を誇る。
放たれた横凪ぎの一撃を、シェリーはさっと避けたが、その先にあった、太さ二十~三十センチほどの立派な街路樹が、いとも簡単に両断された。
余波はそれだけにとどまらない。ギドが大剣を振るうたびに、塀は砕かれ、家は壊れ、徐々にだが周囲の景観が変わっていく。
おそらく、CランクやBランクの魔物でも、クリーンヒットすれば一撃かそこらで仕留められる威力。
それは彼自身が持つBランク――それもAに近い称号が伊達では無いことを物語っていた。
「このやろ……っ、ちょこまか動きやがって! 逃げんじゃねえこの尻軽女!!」
「いや、避けなきゃ死んじゃうでしょうが……っていうか、さっきから気になってたんだけど、何であんた、私への罵倒が『尻軽』なわけ?」
上体を反らし、足を半歩引いて体をひねり、首を横に倒して、無駄のない最小限の動きでギドの大剣を避ける。
「けっ、てめーの話は聞いてんだよ『赤虎』! あっちへフラフラこっちへフラフラ、自由気ままにも程がある根無し草の冒険者だってな! いくつもパーティを取っ替え引っ替えしてはすぐに抜け、ふと見ればいつのまにか違う男を連れてるらしいな!」
(あーそれ、まだミナト君に出会う前だなー。強い奴いないか、強い敵と戦えないかっていろんなパーティ回ってみて、結局全部はずれだったんだっけ)
どうやら、変な風に誤解されている――実際は真実のほうが物騒なのだが――と悟ったシェリーだが、特に訂正する気はなかった。
「どうせ今の飼い主の『黒獅子』も、そいつらと同じで体をエサにして捕まえたんだろ! ランクの昇進は、ギルドのお偉方にでも抱かれたか!? さっきから避けたり逃げたりするのだけは上手いみたいだが、てんで攻めてこねーし、どう見てもAランクには見えねーなぁ!」
「むっ……随分好き勝手言ってくれるわね、この偏見ボサボサ頭。今のセリフ、世の中の頑張ってる女の子、百人中百人敵に回したわよ?」
「それがどーした! だったら全員かかってきてみろよ、俺は女だろーと容赦しねえけどなぁ!!」
ぶぉんと大剣が空を切った勢いのまま、体を一回転させ、遠心力を乗せて踏み込みながら再度前方に刃を振るう。
それを、一歩、また一歩と後ろに下がるだけで避けるシェリー。
「っ、またちょこちょこ動きやがって……なんで当たらねえんだっ!?」
(今まで以上に相手の動きがよく見える……ノエルさんが、集中力も鍛えられているはずだって言ってたけど、このことかしら? しかも、体が前より『思った通り』に動くような気もするし)
片や、怪力や破壊力を生かしきることができずに歯噛みするパワータイプ。
片や、超一流の元冒険者による訓練の結果、己の身体能力の全てをフルに活用でき、その成果に驚いているオールラウンダー。
素人目にも、この場で相手を圧倒しているのは、周囲を破壊しまくっているギドではなく、『何もしていないが何もされていない』シェリーであった。
そのシェリーはというと、何十回目かになる回避の末、自分の代わりに粉々になった白土の塀を一瞥して、はぁとため息を吐いた。
「なんか、あんたと戦うの、楽しくないなぁ……」
「はっ、戦いになってるつもりかよ? てめえ、さっきから逃げてばっかりじゃねえか!」
「自分でも意外なのよね。せっかく向かってきてくれる男が目の前にいるのに、なんで私はしらけてるんだろう、って……ん?」
ふと視界の端に何かを感じ、そちらにシェリーの意識が向いた。
その瞬間を見逃さず、ギドは剣を構えて前に出る。
「バカが! ス、キ、ありだぁぁあっ!!」
咆哮と共に、巨大な刃が横に振りぬかれる。
樹を、土壁を、石材を、鉄をも容易く断ち切る威力を持った一撃は……。
――カキィン!
斜め下から振り上げられたシェリーの剣に、甲高い音と共に弾かれた。
「――は?」
そして直後、体勢を崩したギドに、シェリーの鋭い回し蹴りが叩き込まれる。ドスッと、人体と人体の衝突らしからぬ音を立てて、ギドは真後ろに飛んでいった。
さらにその直後、ギドに予想外の災厄が降りかかる。
「どぁ!?」
「きゃああぁっ!?」
「おっ!?」
最後の驚きの声がシェリーである。
そして前の二つが、後ろに蹴飛ばされたギドと、そこに悲劇的としか言えないタイミングで吹き飛ばされてきたアニーの声である。二人は空中で激突し、仲良く墜落した。
「うわ、えげつなっ……意外とやるわね、エルクちゃん」
「いや、意図してないから、別に」
シェリーから見て、斜め後ろにある建物の屋根。アニーをそこまで吹き飛ばした犯人――エルクが、月明かりを背負い、ダガー片手に立っていた。
少し遅れてその存在に気付いたギドは、かっと目を見開く。
「あの女、『黒獅子』と一緒にいたメガネ……つか、どけアニー! 何、俺の邪魔してんだ、コラ!」
「ばっ、別に邪魔してるつもりないわよ! あの赤い髪の女と戦ってたみたいだけど、あんたがさっさと片付けないでちんたらしてたのが悪いんでしょ!」
「うるせえな、お前こそあんな弱そうなのに、何やられてんだよ!」
「うっさいわね! ちょっと油断しただけよ! あんなの今すぐ殺してやるから待ってなさい!」
その様子を見て、シェリーが首をかしげた。
「……なんか、いつかと違って全然仲良さそうじゃないわね?」
「ま……当然でしょうね。あの二人は」
「? どういうこと、エルクちゃん?」
地面に飛び降りてきたエルクに、シェリーがきょとんとしながら問いかける。
エルクは何から説明したものか、と唸った。
「あー、ほら。あんたがまだノエルさんの地味な訓練に慣れてない頃さ、終わったらソッコー寝ちゃってたじゃん、ご飯食べた後。その時話したのよ。私と、ザリーと、ミナトで」
「うんうん」
「ひょんなことからリュート一味の話題になってね? そこで、リュートは正義感丸出しってのが明らかなんだけど……残りの二人はどうも違うっぽいな、って」
ミナトが『なんとなく』で指摘した、リュート以外の二人――アニーとギドについての印象。
それが当たっているのではと、エルクは徐々に確信し始めていた。
『なんかあの二人ってさ、やってることはリュートと同じだけど、微妙に違う気がするんだよね。行動原理とか、信念とか、目的とか、いろいろ』
『? どういう意味? それ』
『ぶっちゃけて言えば、あの二人は多分、「リュートの目的=自分の目的」なんだよ。リュートがいいと言えばいいしダメといえばダメ、それ以外の答えは全部間違ってるから、全力で否定するしどんどん罵倒する』
『あー、確かにそれはあるかもしんない。あの三人、会話してるように見えて、ただリュート君の主張を援護してるだけだからね……一度でも、リュート君と異なる意見を主張したことってないみたい』
『ただのイエスマン、ってこと?』
『だと思う。そのくせ、本人には自覚がない。だから、自分はリュート君と同じものを見て、それに向けて戦ってるんだって、勘違いしてるんじゃないかな』
『そして、さ。そういう連中って……厄介なことに、心酔する人の目的のためなら、マジで手段を選ばないところがあるんだよね。その人のためになると、勝手に信じて、さ』
「とまあ、あんたがダウンしてる間にしてたのが、そんな世間話なわけよ」
「なるほど、ね。どーりで戦っても楽しくないわけだ。そんな、自分の信念もないようなイエスマンじゃねえ……」
シェリーの言葉に、エルクが苦笑する。
「あら意外ね? あんたてっきり、戦えれば相手が魔物でも人間でも何でもいいんだとばっかり思ってたけど、けっこう選り好みするんだ?」
「いや、基本そうなんだけどね? 何だろう、気分の問題っていうか。ほら、ステーキが食べたくてレストランに行ったのに売り切れで、仕方なく魚料理注文して……美味しいけどなんかやっぱり物足りない、みたいな感じかも」
「……まあ、言いたいことはなんとなく、わからなくもないけど」
そこまで話したところで……ぎろりという視線が向けられたのを、エルクとシェリーは感じ取った。ようやく持ち直したギドとアニーが、苛立ちを全て殺気に変えたかのような目付きで、一直線にこちらを睨みつけている。
「こりゃまた……女の子の方も、なかなかに怒っているわね。エルクちゃん何したの?」
「あんたと変わんないと思うわよ? あの二人がまったく同じタイプだから、こっちの対応も似るわ」
「あー、そりゃ言えてる」
そこでアニーが怒鳴った。
「ごちゃごちゃうっさいわね、アバズレ女共!! 全くどいつもこいつも、リュートの考え方を理解しようともしないくせに邪魔ばっかりして! 本っ当、今すぐ殺してやりたいわ!」
「へっ、相変わらずお前はムカつくが、それには同感だぜ、アニー。いつもいつも、生きてる価値もねえくせに、リュートの邪魔する奴らばかり湧き出やがるからな」
切り替えが早い、とでも言えばいいのか。
先ほどまで互いに言い争っていた二人が、今ではこうして同じ敵を睨んでいる。エルクもシェリーも、感心すると同時に呆れてしまった。
「あん? 何よその目は、何か文句でもあるっていうの?」
高圧的なアニーに対し、エルクは一歩も引かない。
「今ので文句が出ないと思えるのは、むしろある意味すごいわね……まっ、どう答えたところで、私達を殺しに来るんでしょうけど」
「あたりめーだろ、俺達の邪魔をしてる奴に、生きる価値なんてあるわけねーんだからよ」
「『俺達の』……ねえ? 『リュートの』の間違いでしょ? ま、どっちでもいいか」
「ええ、そうね……ここで死ぬものねぇ! 『ファイアボール!!』」
エルクとの過激な会話を隠れ蓑にしながら、ひそかに魔力を練っていたアニー。
魔法発動の準備が終わった瞬間、直径五十センチにもなろうかという火炎弾四発が、一斉にシェリーとエルクに襲い掛かった。
アニーのランクはC。それが伊達でもなんでもないと――条件を絞ればランク以上の実力を発揮するのではないかと思わせるほどの魔法である。
実際、火力だけなら最早B、総合的に見ても、Bに近いCであった。
隣に立っているギドや、リーダーであるリュートに比べ、周囲からはランク的に劣る者とみなされているが、実際はその評判を覆す爪を隠し持っていた。
最近成長が著しいエルクでも、フィジカルで勝っているとはいえ火力や射程距離の差で、分の悪い相手であるのは明らか。
横に立っていたシェリーはそう判断し、飛来する火球を引き受けようと、一歩前に出た。
……しかし、その心配は無用だった。
「ちょっとどいて、シェリー。『ネットシールド』」
つぶやくような声が聞こえたかと思うと、エルクの手元から緑色の光の玉が放たれ、アニーの火炎弾を迎撃するように飛んでいく。
次の瞬間、緑色の玉は空中で炸裂し、網の目状に変形。まるでサッカーのゴールネットのような形の『障壁』に姿を変えた。
「!?」
「くっ、また……!」
驚くシェリーやギドとは違い、その技に見覚えがあるらしい反応を見せたアニーは、さらなる苛立ちを顔に滲ませ、ぎりっと奥歯をかみ締める。
直後、アニーの火炎弾は四発ともエルクの『網』に着弾し――。
「『反射』!」
ばぃぃん、とその弾性で弾き返され、アニー達に襲い掛かった。
「ちっ!! 避けてギド!」
「なぁっ!?」
言いながら飛び退るアニーと、回避のタイミングを逸し、剣で防御するギド。驚きと苛立ち、それぞれ違った反応を見せつつも、的確に反応してみせた。
一番の驚きを呈していたのは、その謎の障壁(?)によって守られたシェリーだったりする。
「……エルク、ちゃん? 何、今の」
「魔法。障壁。新技」
「うん、みたいね……けど、いつの間に覚えたの?」
さすがに困惑して、おそるおそる尋ねるシェリー。
それに対するエルクの反応は淡白、というよりも……ある程度シェリーの反応を予想していたかのような、落ち着いたものだった。「まあ、そういう反応になるわよね」とでも言いたげな表情をしている。
シェリーの記憶が正しければ、彼女にこんなことはできない。あのレベルの攻撃魔法を障壁で防いだり、攻撃魔法で相殺することなんて絶対にできなかったはずだ。
……シェリーは知らなかった。ここ最近エルクとミナトがこなしている『自主トレ』によって、すでにそうではなくなっていることを。
「っていうか、そんな、網みたいな形状で相手の攻撃を跳ね返す障壁なんて、私、見たことも聞いたこともないんだけど?」
「そりゃそうでしょうね、だって――」
一拍置いて話を継ぐ。
「あいつに……ミナトに教わった、あいつオリジナル魔法だからね」
この数十秒後。ウィルやダンテが知りたがっていたミナトとエルクの空白の一週間の全容が、ミナト自身によって、語られることになる。
☆☆☆
「研究と実践? エルクちゃんと二人で?」
「うん、まあ、そんな感じ。ほら、二人とも前より上手く魔力のコントロールができるようになったからさ。今なら、これまで無理だった魔法も使えるんじゃないかなと思って、片っ端から試して練習してたんだよ。同時に、新しい魔法の開発も」
「で、エルクちゃんには、使えそうなのを見繕って伝授してたわけ?」
「そゆこと。何から何まで手探りだったけど、その甲斐あってエルクは、この一週間で相当強くなったと思うよ? レベルアップどころか、バージョンアップって言えるくらいに」
「その二つの差って、何? まあいいけど……」
こちらミナト。今しがた合流したザリーと、屋根を走りながら会話中。
エルクがアニーを圧倒したという『念話』での報告を、予想外だって驚いてたザリーに、ここ一週間のことを説明しているところであります。
この一週間、僕とエルクは、非常に楽しい『自主トレ』を行っていた。
きっかけは、ふとした思い付き。
姉さん達の訓練を経て、僕の魔力コントロール能力は、格段に進化していた。今までできなかったことが、いくつもできるようになった。
そこで僕は、母さんと一緒に、新しい魔法を次から次へと開発していた頃、アイデアはあったにもかかわらず、魔力のコントロール能力(っていう名前を当時は知らなかったんだけど)不足のせいで、開発できなかった魔法がいくつもあるのを思い出した。
一旦思い付くと、もう創作・研究意欲が刺激されてたまんない感じになってしまう。
そこで、与えられた余暇を利用してその実験をしようとしたら、エルクが乗っかってきたのだ。
エルクにはかつて、「もし将来に十分な実力を持てたら、オリジナル魔法を伝授してあげる」と言ったことがある。最近は、エルクの魔法の実力も上がってきているし、僕がエルクに対して寄せている信頼も問題ないレベル。
エレメンタルブラッドは無理でも、比較的簡単かつ安全な魔法なら問題なさそうなので……いくつか教えてあげてもいいかな、と思ったわけだ。
それから一週間。
結論から言うと、エルクはとんでもなく吸収力があり、呑み込みが早い娘だった。
そりゃもう、開発者である僕を驚かせるほどに。
どうやらエルクが魔法分野で死蔵していた才能は、当初の僕の予想を大幅に超えているらしい。その結果……。
「十一……!?」
隣を走っていたザリーが、それを聞いて唖然としていた。
「うん、十一個。エルクがこの一週間でものにした魔法の数だよ。あ、でもコレはあくまで実戦で使えそうなレベルまで鍛えた魔法の数だから……発展途上のものも合わせると、もうちょっと増えるね」
無論、きっちり使いこなせるようになるまでには相応の訓練を要したけれども、たったの一週間で、いくつも実戦レベルで使えるようになるとは思わなかった。
「……ねえ、ミナト君」
「ん?」
「高位、一流って呼ばれる魔法使いでも、一つ魔法を使いこなせるようになるのに、一週間から一ヶ月修業するのが当然だ、って知ってる? 難易度にもよるけど」
「いや、全然。そうなの?」
それを聞いて、やっぱりあの上達速度は尋常じゃなかったんだな、と思った。
けど実のところ、僕から見ても、ここ一週間でのエルクの成長はとんでもないと認識していたので、驚くのはとっくに済ませている。
なので、ザリーが告げたこの世界の一般常識にも、「へー」ぐらいのリアクションだった。
いや、驚いてないわけじゃないんだけどね? ホントに。
「さて、おしゃべりはここまでにしようかミナト君。これ以上しゃべってると、それだけでこっちが疲れそうだし(ぼそっ)」
「何か言った?」
「いや、何も。それよりほら、見えたよ。多分、あそこが連中のアジトだ。連れて行かれた奴隷――ナナちゃんもあそこにいるはず」
なんだか誤魔化された気がするものの、ザリーの言葉に従い、僕は前を見る。
次の瞬間、飛び越えた屋根の向こうにそれが見えた。
ザリーが調べた、この事件の黒幕たる連中のアジト。
騒ぎに乗じて集めた奴隷、もしくは『もうすぐ奴隷』を集めているであろう、古びた洋館。
明かりも灯っておらず、生活感もない。そのせいで、この夜の闇の中じゃ、訓練している僕やザリーの目でないと、輪郭ぐらいしか捉えられそうにない。
パッと見、完全に空き家だ……が、おかしなところはある。
「……いる、ね」
「ああ、間違いなくね。わかりにくいけど、足跡がいくつか残っている」
ごく最近、この館に大勢の人間が出入りしたとわかる足跡……おそらくは泥道を通ってきたせいでついてしまった泥の跡が、館の前の石畳に残っていた。
「一応、隠蔽工作はしたみたいだけど……この程度じゃ、僕の目は誤魔化せないな。余計に怪しいっていうか、むしろ確信が持てたね」
と、ザリー。
他にも、ドア付近だけほこりが積もってなかったりとか、近づいてみると不自然な部分はいくつも見つかった。そして何より……。
「……匂うな」
「? 匂いって……ナナちゃんの匂い? そういやミナト君、鼻いいんだっけ。わかるの?」
「いや、屋内だしさすがにそこまでは。けど、大勢の人間の体臭や汗の匂いが、外まで漂ってきてるから。それに……その他にも一つ、印象的な匂いがするし」
ナナさんに、ここんとこ毎日のように作ってもらってたアレ。
ナナさん自身にもその匂いがついているであろう、『はちみつレモン』の残り香が。
じゃ、行きますか。
第四話 狂信者達の末路
こちらは、スラム街の西端部……エルクとアニーの戦い。
ミナトとの『特訓』で培った実力を、今、存分に発揮しているところだった。
「――『エアバレット・オートマチック』!」
母の形見であるクリスタルダガーを持っていない方の手を、標的……アニーに向ける。そこに、練り上げた『風』の魔力が収束していく。
正確には、その魔力は手のひらではなく、指と指の間に集まっていた。
親指と人差し指の間、人差し指と中指の間……と、合計四つの魔力が練り上げられる。次の瞬間、大量の空気が指の間に収束し、圧縮される。
そこに『風』の魔力を溶け込ませた上で、手のひら側……すなわちアニーに向けて、四つの空気の弾丸を発射した。
しかも、それだけにとどまらない。
――ドドドドドドッ!
あたりに響く、持続的な発射音。
言うまでもなくエルクの指の間から、空気の弾丸が連射されている音である。
「何なのよ、その魔法!? そんなの聞いたことない! あんた、そんな魔法どこで……」
「どこでって聞かれたら、あのバカの隣、としか言いようがないわね」
そんな会話が交わされている間も、アニーは障壁を駆使して弾丸を防ぐのに精一杯である。
「はぁ、どういう意味よっ!? ていうかあんた、なんでそんな集中もせずにリラックスして、魔法を持続できるわけ!? さては、何かマジックアイテムを使っているわね!? 卑怯者!」
「まさか。そんな無駄使いしないわよ。だから、さっきから言ってるじゃない。この魔法は、あいつが開発した、とんでも魔法の一つだって」
極めて自然体で、そんな風にエルクが余裕で話していられるのには、もちろん理由があった。
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