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5巻
5-2
しおりを挟む第二話 黒いシナリオ
一連の事件には、最初からシナリオがあった。
役者は、自らを正義と信じて疑わない、リュート達『ブルージャスティス』。
観客は、このトロンにいる者全て。
そして見物料――黒幕である村の富豪、モンドとグロンドのハック親子が手にする予定なのは、大量の奴隷。それも、正規ルートでは手に入れられないほどの数だ。
リュート達はこれから、各地に居を構える奴隷商人の拠点を強襲し、そこに捕らわれている奴隷を強奪する。解放するために。
その後は、金と人脈を利用して、モンドがその証拠を隠滅することになっているのだ。
解放した奴隷は、不当に解放されたとして目を付けられないよう、モンドがかばう手立てを用意している。
本来、このようなやり方はリュートとしても望むところでは無い。
話し合いで解決して、お互いが納得してこそ、真の解決につながる、と思っているからだ。
しかしながら、今夜彼らが襲うのは、それが見込めない奴隷商人。
暴利をもって金を貸し、身柄を差し押さえるというやり方で奴隷を仕入れている、リュートにしてみれば、貧困につけこんで金を動かして、人の未来を奪う、唾棄すべき存在なのだ。
自分達が襲撃するのはそういった商人だけであり、その他の奴隷商人とはあらためて話し合い、穏便な方法で事を収める……そう、聞かされていた。
リュートは思い込んでいた。自分達の信念をわかってくれて、その上で応援してくれる支援者が現れたのだ、と。
しかし、現実は非情だった。
ハック親子の計画は、最初からリュートが目指す理想とはかけ離れていた。
彼らの目的は、ある目的のために奴隷を手に入れること。
そのためには、奴隷商人から購入したり、オークションで競り落とせばいいのだが……それだけでは足りない。とにかく大量の奴隷をハック親子は欲していた。
通常ルートで奴隷商人から買い過ぎてしまうと、やりすぎだと周囲から睨まれてしまう。ゆえにハック親子は、裏で強奪するという、記録に残らないやり方を選んだ。
リュート達が解放した奴隷は、保護する振りをして、そのまま自分の奴隷とする。
さらに、リュート達が郊外で商隊を襲っている間に、モンド達は……スラムへ一斉に部下を乗り込ませ、そこを拠点とする奴隷商人に襲いかかり、奴隷を残らず強奪する。
ついでにスラムの貧民も根こそぎ攫っていく。無論、そのまま奴隷にするために。
計画の最後に、リュート達はスラムの奴隷商人を強襲する手はずだが……そこにあるのは、何もかも奪いつくされた廃墟のみ。
そこで用済みとなったリュート達を殺し、全ての罪を着せるためにこう証言する。
『今夜の一連の騒ぎは、リュート達によるものである。
彼らは歪んだ正義を掲げ、奴隷商人全てを悪者とみなして攻撃し、奴隷を強奪した。
そればかりか、スラムに住む貧民を煽動して騒乱を起こそうとした。
暴徒と化した貧民と結託したリュート達は、スラムの奴隷商人を襲撃したが、事態を察知したモンドの商隊が、用心棒を参戦させて商人を援護……激闘の末、鎮圧。
その際、主犯であるリュート達は死に、不当に解放された奴隷や、暴徒となったまま逃亡したスラムの貧民は、行方知れず……』
事件の『真相』は闇に葬られ、晴れてモンドらは、お目当ての大量の奴隷を手に入れる。
もし、事件の影響でオークションが中止になっても、自分達がこの計画で手に入れられる奴隷の数は、オークションで常識的に落札が許される数の数倍なのだから、それはそれで構わない。
そして、普通なら考えられないような犯行動機も……そもそもが『狂っている』と認識されているリュート達のおかげで、成立してしまうのだ。
脚本家がそんなことを考えているとも知らない哀れな役者達は、一歩一歩、自らの破滅へのシナリオを遂行していくのだった。
……が、そう思い込んでいるモンドは、まだ知らない。
メインの役者でもない、脇役でもない。言うなれば、背景と変わらないはずの存在が、特大の障害として、その眼前に立ちはだかろうとしていることに。
☆☆☆
その存在に最初に気がついたのは、襲撃する商隊の停留所にたどり着いたリュートだった。
これから起こる戦いを思い浮かべながら、決心を確かなものにして、剣に手をかけて門をくぐろうとしたまさに、その瞬間。
想定にはない、でももしかしたら出会うのではないか、とリュート自身思っていた男が前方から現れた。
「できれば、今夜は会いたくなかったよ、ミナト」
「……」
静かに発せられた声に、ミナトはちらりと視線を向けたくらいで、さしたる反応もしなかった。
しかしリュートは、ミナトの態度を何ら気に留めない。
「僕はこれから、自分が信じる正義のために戦うんだ。この戦いで、きっと、より多くの人が笑顔になることができる……僕は、そう信じてる」
「……」
「でも、君がここにいて、僕の目の前に立ちはだかるってことは……何も言わなくてもわかるよ。思えば君は、奴隷商人の護衛とも仲良さそうだったし……そういうつながりもあるんだろうね」
またしてもミナトは何も言葉を返さず、つかつかと歩き出す。
その先にいるリュートは、きっと目を鋭くして、腰の剣に手をかけた。
「昼間から嫌な予感はしてた。君とはやはり、戦うことになるんじゃないかって。そうなってほしくはなかった。けど、もはや仕方がない!」
「……はぁ」
ため息という形で、この場においてミナトが初めて声を発したと同時に、リュートは地面を蹴った。
中段に剣を構え、高ランクの冒険者にふさわしい矢のような速さと鋭さで突進する。
「勝負だミナト! 僕は勝っ――」
「邪魔」
ゴッと鋭くも鈍い音が響いた次の瞬間。
その場からリュートの姿は跡形もなく消えており……後には、拳を横に振り切った姿勢で残心している、ミナトただ一人が残っていた。
そして数秒後、数百メートルは離れている住宅街の向こう……湖のある方角から、何かが水に落ちる「ぼちゃんっ」という音がした。
「よし、排除完了」
作業感丸出しで、何の感情も込めずにつぶやいたミナトは、障害物がいなくなった方角に向けて、再び足早に歩き出した。
☆☆☆
ったくもう、やっぱりいたかあのスットコドッコイ。
セリフは長いし、相変わらず独善的だし、立場的にも位置的にも邪魔。
イライラしたから、思わず暴風つきのパンチで湖まで殴り飛ばしちゃったよ。
どうせこの一件の黒幕――名前知らないけど――にそそのかされて、奴隷商人の襲撃に来たんだろうけど。それはどうでもいいとして。
「ここにもいなかったな、ナナさん」
今回の僕の目的はナナさんの救出。
あとは、ウィル兄さんの助言に従い、この事件の黒幕、もしくはそれに通じる連中も捕獲することにした。捕まえておくと後々楽だし、ブルース兄さんやノエル姉さんの助けにもなるらしいから。
けど、ここには誰もいなかったな。他行くか。
移動しながら、僕がこの一連の事件に関して組み立てた仮説を整理したいと思う。
今回の事件は多分、トロンの権力者が、大量の奴隷を確保するためにリュート達を利用したのだ。
その手順は、まあ簡単に言えば、リュートをそそのかして騒ぎを起こさせ、それに乗じて発生した難民や奴隷を全部掻っ攫い、最後はリュート達に罪を着せて殺す、ってところだろう。
そして、その目的が問題だ。
ウィル兄さんの本と、教会地下の壁画から思い出したこと。
それは『免疫機能』。保健体育で学んだ前世の医学知識だ。
人の体には免疫という名の防御機能があり、外部からの毒素や病原菌に対抗する物質を作る機能が備わっている。
例えば、誰かが『病原菌A』によって病気にかかったとする。
すると体は、その病気を引き起こす病原菌Aに対抗できる『抗体A』を作る。これにより、病原菌Aは除去される。
そしてその後、同じ病原菌Aが入ってくると、以前作られた抗体Aによって、より迅速に病原菌Aを除去できる、という仕組み。
教科書ではその原理を、病原菌と抗体を二つ一組のパズルピースのようにカチッとはめた図形で、わかりやすく図解していた。
壁画に描かれていたあの図は……まさにそれだったのだ。
人の体が、山菜のような何かと一緒に描かれた絵。その周囲には、紫色の図形がいくつも描かれていた。
次の絵では、紫色の図形と合体できそうな図形が、人の体に重なるように描き足されていた。
そしてその次の絵では、図形同士がドッキングしていて、さらに次の絵では、図形が全て消えていて。
最後の絵では、死屍累々といった様子で、死体と思しき人間の形がたくさん描かれている中で……一人だけが笑っていた。
おそらく、耐性を持ってたからこの人だけは死ななかった、とでも言いたかったんだろう。
無数の死体の中で一人だけ笑ってる絵ってのは、ちょっと怖かった。
あの最後の絵の不気味さから、いろんな都市伝説的な言い伝えが出てきたんじゃないだろうか。
多分だけど、事件の黒幕は何かをきっかけにしてこの絵が示す真実に気付いた。
そして、お抱えの研究者に研究させて、薬を開発した。
それが、この地方の風土病に対する特効薬で、近辺の山の薬草各種の値段が高騰した理由。
つまり、近年のトロンの発展は、あの古代の壁画に隠された先人の知恵を解読した結果だったというわけだ。
しかし、そこに問題が一つあった。
この世界は、僕の前世と違って科学技術のレベルが低い。
なので特効薬といっても、確実性や安全性という点においてかなりリスクが大きく、実験動物を使ったワクチンの研究開発なんて手法が確立されているわけもない。
そんな中で薬の効果を確めるため、奴隷がどのように使われていたかなんて……もう、説明するまでもないだろう。
そう。おそらく開発した薬の効能を確かめるため、人体実験用とされたのだ。
まさしく『使い捨て』。再利用できても一回か二回の消耗品扱い。
そのため、毎年大量の奴隷を『消費』してたんだ。
おぞましい。一体どれだけの数の奴隷が犠牲になってきたのやら。
ともかくそんな理由で、僕はナナさんがそんなことにならないよう、こうして夜の街を、屋根の上を跳び回って探しているのだ。
何せ奴隷をかき集めようとしてるのだから、『まだ売り出されないし大丈夫だろう』という理屈は当てはまらない。
そして、ブルース兄さんが護衛していた商人は、「オークションは明後日だ」と言っていた。
すなわち、強奪目的で襲撃するなら今日がベストタイミングなのだ。
オークション会場には、前々日である今日のうちから、品質チェックのために奴隷が納品され始めている。
しかも『商品』が多いため、一部は別の場所に保管されているらしく、場所によっては警備も甘い。
明日になれば、納品される数はもっと多いだろうけど、その分警備も厳しくなるだろうし、多すぎるという可能性がある。回収しきれない可能性があるのだ。
だから、やるなら今日のうちに襲撃すると、僕は予想をつけた。
『ミナト、スラムはずれのところは無事だったわ、襲撃された様子無し!』
『おぅミナト、こっちも無事だ。場所は西区画のはずれ、怪しい影も特に見当たらねえ』
エルクとダンテ兄さんから、立て続けに報告が入った。
よし、僕が確認した場所も合わせて、これで四ヶ所、可能性のあるところを潰したな。
しかしどこにもナナさんはいなくて……襲撃された様子もなしか。
『……ところでミナト、一つ聞いてもよろしいですか?』
酒場に残って司令塔役をやってもらっているウィル兄さんから、ふいにそんな言葉が。
「何、ウィル兄さん?」
『動きながら聞いて構わないんですが……今、我々がこうして全員で話している『念話』とは、一体何なのでしょう?』
「何って?」
『私の知る限り、念話とは基本一対一で行うものです。例外があるとしても、範囲内の全員という形や、指定した人物に同時にメッセージを送信する、といった形ですね。ですが我々は……まるで同じ場所にいるかのように、普通に話せています。それも、念話が使えないはずのあなたまでも』
そっか、説明してなかったっけ、そりゃ戸惑うわ。
「あーコレ? まあ、そういう形式の魔法かな。名づけて『オープンチャンネル念話』。全員参加型で、一斉に念話できる技。すごいでしょ?」
念話を故意に『混線』させて、そこからうまいことノイズを取り除いて話せるようにした、多人数参加型の連絡手段魔法だ。
『いや、すごいとかそういう次元の話では……というか、これも、ノエル姉さんが言っていたように、『樹海』で開発したものの一つですか?』
「あ、いや、違う。コレを考えたのは、えーと……エルク、いつだっけ?」
すぐにエルクの答えが戻ってくる。
『四日前よ。即日で私に覚えさせたでしょうが』
「そうだったそうだった。四日前……っていうか、エルクもすぐに順応して、考える端からどんどん覚えてたじゃん」
『まあ、そうだったかも知れないけどさ』
『……おい、ちょっと待てお前ら。何だ、今の会話?』
今度はダンテ兄さんだ。何事?
『どういう意味だ? お前がここ数日でいくつも新しい魔法を考え出して、そのうちいくつかをエルク嬢ちゃんが覚えたみたいに聞こえたんだが……』
続いてウィル兄さんも同じ疑問を口にする。
『言われてみれば……ここのところ、忙しくてあなた達を比較的ほったらかし、もとい、野放しにしていたような気がしますね……ミナト、この数日、訓練外の時間は自主トレと聞いていましたが、一体何を……』
『――お取り込み中ごめん、ちょっといい?』
あ、同じく捜索を手伝ってくれていたシェリーさんが割り込んできた。何だろう、なんだかいつになく神妙っていうか、マジモードな口調に聞こえる……?
『二つ話があるの。一つはザリーから伝言。ナナの身柄が預けられてた場所はわかったんだけど、遅かった。連中の手で、奴隷がすでに運び出された後だったらしいわ』
そっか、じゃあ、その運ばれた先を聞いて、急いで向かわないと。
……で、もう一つは?
『うん。えっとね……どうやら、こっちが『当たり』だったみたいよ』
なるほど。出たか、シェリーさんのとこにも。
☆☆☆
「……おい、さっきから何黙りこくってんだ、女?」
「ん? あー、ごめんごめん、ちょっと仲間と連絡を取ってたのよ」
「あー、エルフやダークエルフが使える念話って奴か? ケッ、敵に出会って早々、仲間に『助けてー』って救援要請か? 威勢の割に情けねえ女だな」
「そういうあんたは、見た目の割に口がよく回るわね」
『念話』を切りながら、うっとうしそうに、シェリーは目の前にいるリュートの部下、ギドに言葉を返した。
今まさに、奴隷商人の商隊を強襲しようとしていたギドは、突如現れたシェリーに道をふさがれたのだ。
「にしてもてめえ、どうやってこの計画を知りやがった? しかも、俺が暴れる場所まで……仲間からの情報か?」
「半分正解。まあ情報っていうか、ミナト君の推理ね。でもって、この場所をかぎつけられたのは、私の勘よ」
「あ!? 勘だ!?」
「そ。私、結構勘が鋭いのよね。それに、私自身も大概だから……殺気立ってる人や魔物の気配が、なんとなくわかるっていうか、そんな感じ」
さらりと、至極当然のように言うシェリーだが、当然それをギドが理解できるはずもなく、苛立ちを膨らませる結果となっていた。
もっとも、シェリーはそれに気付いていて、気にしないだけなのだが。
「……ともかく、テメエ俺の邪魔する気なんだよな? だったら、女でも容赦する気ねえぞ俺は! 死にたくなかったら、さっさとどけ、この尻軽女」
「……随分と失礼なこと言ってくれるのね、君。別に私は、探し物……っていうか探し『者』があるから、このままおさらばしてもいいんだけど」
一拍置いてシェリーは続ける。
「――そんな風に侮辱されて黙っていられるほど、大人でもなかったりして」
「けっ、そうかよ、じゃあさっさと死ね!!」
言うが早いか、ギドは地を蹴った。走りながら、背負っている大剣を抜く。黒塗りの、馬や牛でも一撃で真っ二つにできそうな巨大な刃。
しかしシェリーは、恐れなど微塵も見せない。
「っふふっ、よーやくだわ。ミナト君から『暴れたい?』って言われた時は何事かと思ったけど……なかなかどうして、面白そうなことになりそうね」
ミナトが見たら、間違いなくため息をついて呆れるであろう獰猛な笑みをその顔に浮かべ、腰の剣をすらりと抜いた。
「ここんとこ地味な修業ばっかで、ストレス溜まりっぱなしだったのよね……ちょうどいいから発散相手になってちょうだいな、短気な剣士君っ!!」
そしてその頃。
「さあ、皆さんこちらへ! 我々はあなたがたの味方です! リュート氏の協力の下、奴隷という身分から解放する準備が出来ております、ささ、どうぞ!」
夜の闇に嘘くさく響く、号令のような声。
奴隷達は、ある者は希望を、ある者は戸惑いを胸に抱いてついていく。
当然、彼ら自身はこれから自分がどうなるかなど、知る由もない。
(うーん……コレは一体、どういう状況でしょうかね?)
その中でナナは、おかしいとは思いつつも、武装した兵士があちこちに見える状況で下手を打つわけにもいかず、様子見のつもりで指示に従っていた。
第三話 狂い出す計画
「何? 邪魔者だと?」
計画の成功を信じて疑わなかったモンド・ハック。
しかし、彼のもとに届いた報告は、期待していたような内容ではなかった。
奴隷商人への強襲は不発となり、リュートは行方不明。ギドとアニーからも音沙汰がない。
報告を聞いて訝しみ、何かてこずるような理由でもあったのか、と頭を巡らせ始めたところに届いたのが、予定外の『邪魔者』の存在だった。
「そいつらが、リュート達を妨害しているのか?」
「はい。どうやら、例の『黒獅子』のようで、誰かを探している様子です」
「……すでに回収した奴隷の中に、奴らの知り合いがいなかったか調べろ」
「はっ!」
モンドの私兵は正規の軍人のようにびしっと返事をすると、すぐさま回れ右をして走っていく。
その背中を見送ったモンドは、ちっと舌打ちをして、予定外の事態に計画が狂いはしないかと、苛立ちを見せていた。
「ふん、野蛮人が……何が目的か知らんが、私の計画を邪魔してただで済むと思うなよ」
ミナトが、ナナの居場所に関する情報をザリーから聞き、そこに侵入する……その、十数分前の会話である。
☆☆☆
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