魔拳のデイドリーマー

osho

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3巻

3-3

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 初対面なのに厳しいなあとは思いつつも、言っていることはもっともだし、お年寄りは大切にするべきだと僕も思っているので、そのまま見守っておきました。
 短時間ながらガミガミ言われて、恰幅かっぷくのいい体が小っちゃくなってしまったように感じる商人さんを解放したところで、お姉さんはあらためて僕に向き直った。
 ……こうして見ると、さっき感じたあの殺気が嘘みたいだ。
 老人に対して人当たりもいいし、今も見せてくれている人懐っこそうな笑顔は、腰の剣がアクセサリーに見えるくらい可愛らしい。
 先ほどから互いに視線を交わしていたお姉さんは、ちょっと考えた後、思いついたように口を開いた。

「ねえ、よかったら、今から時間あるかしら? ここで会ったのも何かの縁だと思うし……さっきのお礼とかお詫びもしたいから、食事にでも付き合ってくれない?」

 と、ウインクされて誘われた。
 え、何コレ、もしかして逆ナン……って、んなわけないか、こんな昼日中ひるひなかから。
 同じ冒険者なんだし、挨拶代わりにこういう展開になることだってあるんだろう。
 っていうか、お礼とお詫びってどういうこと?

「ほら、さっき私が殺気で威嚇いかくしちゃったせいで、アレが君の方に行っちゃったでしょ? 君の後ろには一般の人が大勢いたし……それを、被害を出さないで収めてくれたことへの、お詫びとお礼。ダメかしら?」

 今はちょうど昼時だ。
 けど……宿で待ってるエルクには、昼過ぎには戻る、って言ってきちゃったからなあ。
 何か昼食を買ってくる、とも。
 もっともエルクは、僕が方向音痴だと知っているので、『昼一時以降になっても帰ってこなかったら、宿に隣接してる酒場で食べるから』という通知をもらっている。
 やれやれ、嫌な意味で理解されてしまったもんだ。
 さて、誘ってくれるのは嬉しいんだけども、約束の時間には戻りたいんだよなあ……と渋っていると、お姉さんは「じゃあせめて、露店で何かおごらせて」と言う。何か譲歩じょうほされた。
 まあそのくらいならと、近くにあったお気に入りの串焼きの屋台に向かう。
 この町に来た初日にもお世話になったお店で、いまやすっかり常連だ。
 横にいるのがいつものエルクじゃなかったので、「何だ、浮気か?」とか茶化された。慌てて否定したら、冗談だって笑われる。
 そんなやり取りをしつつ、いつものを二本ほど注文。
 そしたら横からお姉さんが、『自分用』に串焼きを、僕の倍である四本も注文したのでちょっと驚いた。意外と健啖家けんたんかなんだろうか?
 肉はあっという間に焼き上がり、主人が串を差し出す。

「はいよミナト! それと連れの、えーっと……」
「シェリーよ。あ、そうだごめん、まだ自己紹介してなかったわよね? 私、シェリーっていうの。シェリー・サクソン。よろしくね?」
「あ、はい、どうも。ミナト・キャドリーユです」

 ちょっと遅めの自己紹介を済ませてから、僕らは串焼きを受け取って店を後にした。
 行く方向が一緒だということで、しばらく一緒に歩くことに。

「へー! じゃあ君もAランク冒険者なの? すごいじゃない、私より年下そうなのに!」
「あーまあ、運がよかった部分も多々あるんですけどね」
謙遜けんそんしないの。さっきの怪力といい、華奢きゃしゃななりして……ふぅん、やっぱり強いんだ?」

 僕の体を上から下まで見るシェリーさんの目が、まるで獲物を狙う肉食獣みたいにギラリと一瞬光ったように見えたんだけど……気のせいだろうか?

「言われてみれば……よく見ると、体もそれ、痩せてるんじゃなくて、引き締まった筋肉なのね。無駄な脂肪しぼうとかがほとんどついてない感じ?」

 そんなことを、独り言だか話しかけてきてるんだか、つぶやいているシェリーさん。僕の肩とか腕なんかをぽんぽんと叩いたり、触ったりしてくる。
 さすがにいきなりでちょっとドキッとしたけど、別にいやらしい触り方じゃなかった。

「腕が太くないのに、ここまで見事に鍛えられてるって珍しいかも。筋肉や関節も柔軟そうだし。体質? 戦士系みたいだけど、動きそのものからは、武術をやってる感じがしなかったのよね……もしかして我流がりゅう?」
「そんなことまでわかるんですか? ちょっと触ったり見たりしただけで?」
「まあね。私も、実家が結構厳しいっていうか、口うるさい感じでさ? 武術は散々やらされてたから、不本意ながらそのくらいはわかるようになっちゃったのよね」

「それが嫌で家出したんだけど」と、サラッとすごい出自を話してくれたシェリーさん。
 しかし……体質なのか知らないけど、いくら鍛えてもごつくならない体――腕もこれ以上太くならないし腹筋も割れない――のことや、特撮:ゲーム:香港映画=四:三:三でブレンドされた、自己満足な我流体術のことまで言い当てられた。
 シェリーさんが言うには、決まった型のある武術を習うと動きに軸ができるらしく、僕にはそれがなかったんだとか。まあ、いい加減さ百二十パーセントだしね。
 どうしてこんな話になったかというと、さっきお互いにギルドカードを見せ合ったからである。
 彼女の方から「はい」って差し出してきたので、僕も見せないと失礼かな、と。
 別に隠しておくような情報も載っていないし、そのへんで聞き込みをすれば、『黒獅子』の二つ名と共にAランクだとばれちゃうしね。
 そしてその時知ったんだけど、なんとシェリーさんも僕と同じ「Aランク」だった。
 さっきの殺気も、隙のない立ち振る舞いも、それなら納得できてしまう。
 けれど、その無邪気むじゃきで人懐っこそうな笑顔や親戚のお姉さんのような話し方が、壁を微塵みじんも感じさせない。
 こういう人を、いわゆる『大物』っていうんじゃないだろうか。
 ただ、時々向けられるあのえた肉食動物みたいな視線の意味だけは一向にわからないし、聞くわけにもいかないのが現状である。
 でもまあ、いいか。別に何か悪いことをたくらんでいる様子もないし。

「でも、なんだか嬉しいかも。ここ来てから、同じAランクの人と会えることなんて、そうそうなかったからさー。BとかCだった頃につるんでた人達とは、心なしか疎遠そえんになっちゃうし、逆に声かけてくるうっとうしい連中は増えるし」
「あーわかります。ギルド入った途端に捕まったり、ひどいと宿まで来たり……」
「でしょー? 見世物みせものじゃないってのにさあ、うっとうしいわよねあいつら。自由が好きで冒険者になったってのに……もう我慢の限界だったから、拠点を移すことにしたのよ」
「あ、それでこの町に?」
「うん。前の町にいた頃は、ダークエルフで珍しいってこともあって、チームへの勧誘や体目当てで声かけてくる連中が多くてさー。むしろ、そういうのがうっとうしいせいで仲違なかたがいした友達もいるくらいなの。あーもう、ホントこの町に来てよかったわ」

 ため息交じりに、しかしあくまでも明るく話す器用さを発揮するシェリーさん。
 それより、シェリーさんってダークエルフだったんだ? てっきり日焼けした普通のエルフかと思ってたんだけど……そういう種族もいるんだね。
 するとシェリーさんは「それでさあ」と、いきなりこっちにずずいっと寄ってきた。

「さっきも言ったけど、ここで会ったのも何かの縁だと思うし、もしよかったら、今度一緒に依頼でも受けてみない? ね、どう?」

 あー、気持ちは嬉しいんだけど……僕にはエルクがいるからなあ……。
 基本、依頼も二人一緒に受けるスタイルで上手くやれてる。負担に思ったことなんてないし、このやり方を今さら変える気はなかった。
 そもそも僕は、冒険者としてはまだまだ新米なんだから、基礎をきっちり固めておきたい。
 だからこそエルクと一緒に行けるDもしくはCランクの依頼や、相応のランクのダンジョンに潜って探索とかやってるわけだし。
 そしてその結果として、エルクのランクは順調に上がっている。だから当分はこんな感じで行こう、ってエルクとも話してるんだよなあ。
 そうシェリーさんに伝えたら、やはりというか少し残念そうな顔をされた。けどすぐに、「まあそういうこともあるわよね」と割り切っていた。
 それが本音なのか、僕に罪悪感を抱かせないための演技なのかはわからない。

「もし機会があったら、その時はまた誘うかもしれないから、よろしくね?」

 ただ、こう言ってくれてるんだから、言葉通り受け取っておけばいいだろう。
 実際僕としても、シェリーさんは嫌いな部類の人間じゃないし、仲良くしたいとは思うので、できるなら一緒に依頼とかにも行ってみたい。
 タイミングさえ合えば、その時は前向きに考えるけど、明後日にはノエル姉さんから依頼された任務が始まり、結構長い間この町を留守にする。
 そんなことを言ったら、あら、となぜか意外そうな反応をされた。
 どうやらシェリーさんも近々長期の依頼に行くらしく、それに誘うつもりだったんだとか。

「Aランクの依頼ってわけじゃないんだけど、観光にもなりそうな依頼だったから、親睦しんぼくを深めるのにはちょうどよさそうだと思ったんだけど……残念」
「へー、そんなのがあったんですか? この町のギルドで? 気づかなかったな」
「まあ、最近いきなり増えた依頼だから、知らなくても無理ないかもしれないけどね。初心者ならなおさら。ほとんど期間限定? みたいなもんだし」
「期間限定?」
「うん。この時期だけの……『花の谷』っていう場所への護衛依頼なんだけどね?」

 ――えっ?


 ☆☆☆


 シェリーさんと別れ、昼ごはんに適当なお惣菜そうざいその他を買ってエルクの待つ宿に帰ると、僕が口を開く前に、エルクが顔をしかめた。
 突然眉間みけんにしわを寄せ、つかつかと歩み寄ってきたかと思うと……何を思ったのか顔を近づけて、僕の体の匂いをくんくんと嗅ぎ始める。え、何!?

「……ミナト、あんたどこ行ってたの?」
「え? どこって……姉さんの商会に、荷物受け取りに行ってただけだけど?」
「それだけ? なんか、妙な匂いがするんだけど……」
「え゛っ!?」

 嘘、マジで!?
 思わずあからさまな動揺を見せてしまった僕は、落ち着いて自分の匂いを確認する。もちろん体は動かさず、嗅覚きゅうかく強化だけで。
 けど……おかしいな、匂いなんかしないぞ?
 香水はもちろん、体臭もろくに感じられない。強化した嗅覚でも、だ。
 シェリーさんは香水なんてつけてなかったはずだし、そもそも何かしらの匂いが移るほど密着してもいない。
 なのに……。

「やっぱり匂う。すっごくほのかだけど……繊細せんさいでありながら鋭くて、ものすごい存在感のある匂い。何よコレ!?」

 いや、君が何なんだ?
 信じられないような表現がいろいろと出てきたんですけど。ワインのソムリエかよって感じ……。
 そんなことを考える僕の両肩を、がしっと両手でわしづかみにするエルク。普段からは想像もつかないような力で引き寄せられる。

「正直に言いなさいミナト。どこ行ってたの? ホントに商会に荷物取りに行っただけ? その前もしくは後で、どこかに寄ってきたんじゃないの?」
「い、いや、エルクが考えてるようなことは決して……」
「まさかとは思うけど、花街はなまちで商売女でも引っ掛けてきたんじゃないでしょうね?」
「いや違うって! そんなことしてないから!」
「だったら何でこんな匂いが……いや、コレは本当に匂い? とにかく何なのよ!? ここ出てから帰って来るまでに何があったの!?」
「えっと……この状況がどうなってるのかはむしろ僕が聞きたいんだけど。とにかく別にそんなやましいことは何も……まあ、何もなかったかと聞かれたら、なかったとは答えられないかも……」
「さっ、さと、け!」

 今までにないくらいの威圧感、というか怒気を体から滲ませるエルク。
 それにビビリつつも、ホントにやましいことは何もないんだから、と自分を落ち着かせ、今日あったことを、包み隠さず正直に話した。
 その結果、一応誤解だってことはわかってもらえた……にもかからわず、その後しばらくエルクは機嫌が悪かった。
 ……どうして?



 第四話 『獅子』と『虎』


 護衛依頼の当日。その朝。
 僕とエルクは、あらかじめ姉さんから聞いていた場所に、集合時間の十分前に到着した。
 元日本人としては、早め早めの行動は、今も基本というか、信条しんじょうなので。
 しかし、すでに何人もの冒険者達が待機していて、僕らはむしろ最後の方みたいだった。真面目な人、結構多いんだな。
 かなり大規模な商隊だから、護衛もそれなりの人数がそろっている。装備はバラバラで、いろんなタイプの冒険者がいた。バリエーションに富んでいて、様々な状況に対応できそうだ。
 意図的に選んだのか、それとも偶然こうなったのかはわかんないけど。
 そしてその中に二人ほど、見知った顔が。

「あれ? ミナト君にエルクちゃんじゃない。何だ、君達もこの依頼受けてたの?」

 一人はたった今僕らに話しかけてきた、いつものショートソードと軽鎧を装備したザリー。
 オレンジ色の髪の毛が何だかんだと印象的なので、すぐにわかった。
 こいつもまた一緒なのか、奇遇だな。
 今日も変わらずチャラいけど、腹の中では何を考えてるのやら。この諜報ちょうほう冒険者は。
 そしてもう一人は、先に僕らのことを見つけていたらしい女性。すたすたとこっちにやってくるのが、目の端に見えていた。

「やっほー、また会えたわね、『黒獅子』くん♪」

 先日会った時とほぼ同じ服装のダークエルフ――シェリーさんが、相変わらず明るく人懐っこそうな笑みを浮かべた。
 本当に偶然。シェリーさんと僕らは、『マルラス商会の商隊の護衛』という同じ依頼を受注しており、これから二週間ほどの日程で、『花の谷』を目指すことになったのだ。
 確かに……『期間限定で、気分転換にもなりそう』な依頼だね。


 ☆☆☆


 今回の商隊は、縦一列に何台もの馬車を並べて進むんだけど、その中に、一定の間隔で護衛用の馬車が点在している。そこに、僕ら冒険者を乗せていくという形。
 前後左右、どこから何が襲ってきても迅速に対応できるように、だ。
 そのグループ分けの際、顔見知りの方が連携が取りやすいだろうってことで、僕とエルク、ザリー、そしてシェリーさんが同じ馬車に乗ることになった。
 シェリーさんは、先日受けた印象どおり、初対面でも人付き合いに壁を作らないタイプの人だったので、僕はもちろん、エルクやザリーとも最初から砕けて接していた。
 この分なら、二人と仲良くなるのにもそう時間はかからないだろう。
 特にザリーは、職業柄(?)親交を深めるが得意だし。
 一方のエルクは挨拶も会話もちゃんと普通にしてたけど、なぜか、シェリーさんを警戒し、時折何やら面白くなさそうな視線を向けることがある。何でだろ?
 ともあれ、表立って険悪な空気になったりすることもなく、各自が自己紹介を済ませた後は、暇潰しに雑談を交えつつ、僕らはのんびり馬車の旅を楽しませてもらっていた。
 その雑談の中で、シェリーさんからいろんな話を聞いた。
 シェリーさんの年齢が、やっぱり僕より上……花の女子大生に当たる二十歳であったこと。
 彼女は十七歳で冒険者になって、三年でAランクまでのし上がったこと。
 これは平均よりもかなり早いらしく、特に最初の一年ちょっとでいきなりBランクまで上がった時には、当時拠点にしていた町でも『大型新人現る!』と話題になったらしい。
 まあ、Bランク自体が才能がなければ到達できないランクであるからして、当然といえば当然か。
 そのさらに約一年後、つまり去年、彼女がAランクに上がった時にも同じような状況になった。その騒ぎがいつまでも後を引くのが嫌で、彼女はウォルカに来たんだとか。
 そしてもう一つ、驚いたこと。
 それはシェリーさんにも、僕やザリー同様、『二つ名』がついていたことだ。
 って言っても、本人もそれを知らなかった。なのに例によってこの男、ザリーがどこからか仕入れてきた知識を披露してくれた結果、判明したのである。
 それが……『赤虎あかどら』。
 僕同様、いくつか二つ名があるらしいけど、中でも一番有名だってのがコレ。
『黒獅子』が言うこっちゃないかもだけど、また厨二っぽい名称があったもんだ。
 まあ、わかるっちゃわかるネーミングではある。
 シェリーさんは髪も服も赤いし。身につけている軽鎧も、赤……というか、深紅しんくだし。
『虎』がどこから来たのかは、わかんない。
 ……しかしなんか最近、エルク(緑)といいスウラさん(青)といい、髪や装備の色に妙な統一感がある人と、よくよく縁がある気がするのはコレ、偶然だろうか?
 まあそれは置いておいて、『黒獅子』と『赤虎』――ライオンと虎では違えど、似たようなネーミングだってこともあって面白そうに笑うシェリーさん。

「でも、冒険者になってたったの二ヶ月ちょっとでAランクって……只者ただものじゃないとは思ってたけど、またとんでもない経歴持ってたのねー」
「あれ? シェリーさんにはこないだ話しませんでしたっけ?」
「聞いたのはランクだけよ。どんな上げ方したの一体?」
「まあミナト君の場合……登録前からもともと強かったのと、それを露骨にアピールする機会に恵まれたから、って感じかな? 僕も詳しくは知らないんだけど」

 おかしそうに話すザリー。こんにゃろ、他人事だからって。
 別にこのんで、太古の大蛇だいじゃや巨大バッタの集団と戦ってたわけじゃないぞ、僕は。
 そしてザリーからは、その『知らない』部分――僕の修業時代について聞きたそうな視線が飛んできたけど、無視だ無視。教える気はない。
 すると、それを悟ったかどうかは知らないけど、ザリーの視線はシェリーさんに向いた。

「けど、そういうシェリーさんだって、武勇伝には事欠かないでしょ?」
「そうなの?」
「一番新しいやつだと、緊急討伐依頼が出たAランクの魔物を単騎で狩ったって聞いたね。確か……『ヘルハウンド』とか言ったっけ?」
「あ、あれね。まあ本当だけど……ただ大きいだけの犬だったわよ?」

 大したことじゃないわ、とさらっと言うシェリーさん。
 彼女を見返すエルクは唖然あぜんとしていた。
 ザリーも一応笑ってはいるけど、似たような感じだ。
 エルクに聞いたところ、その『ヘルハウンド』とかいう魔物は、大きい個体は全長三メートル以上にもなり、その巨大さを感じさせない俊敏しゅんびんさで駆け回る、黒い毛皮の狼だという。
 ……それ、僕の育った『グラドエルの樹海』にもいたな。
 子供くらいなら一口でパクッといけそうな巨大狼。あいつ、そういう名前なのか。
 なるほど、アレが人里に出たのなら、そりゃ確かに大変だ。
 何せAランクの魔物は一般的に、一匹で正規軍の一部隊を蹴散らす戦闘力を持つと言われている(ってエルクが言ってた)。
 それに、大体そのくらいの強さだなっていうのは、修業時代に何度も戦った経験から僕もわかる。
 アレが三~四匹集まれば、多分小さな村や町などあっという間に壊滅するだろう。
 すると横で聞いていたエルクが、はぁ、と疲れた感じのため息をついた。

「まあ私としては、この馬車の中が、どこにいるよりも安全な気がしてありがたいわね……」

 ジト目に三白眼の黄金コンボで、僕ら三人を見ながら皮肉交じりにぽつり。

「Bが一人にAが二人……多分、警備隊に護衛してもらうより頼もしいわ」

 そう言われて、「いやあ~」と大げさに照れてみせるザリー。こいつのランクがB、それも、どちらかというとAに近いBだっていうのは、僕もさっき聞いたことだ。
 道理で先日『真紅の森』で、エクシードホッパー相手に二体いけるとか言ってたはずだわ……魔法も使えるし、やっぱり強かったんだ。

「まあマルラス商会の商隊は、毎年質のいい護衛を雇ってるけど、今年は特に豪華ごうかだからね。安心っていうのは、皮肉なしに確かだと思うよ」

 ザリーの言葉に僕は少し驚いた。

「そうなの?」
「うん。さっき馬車に乗る前にざっと確認してみたけど、何人か有名どころもいたみたい。護衛全体での平均ランクも、Cに近いBってとこかな」

 エルクも目を丸くする。

「それ、私達も含めて?」
「うん、僕とミナト君とシェリーさんが間違いなくトップ三だったね。僕らを除くと……平均のランクが一つほど下がると思う」
「それ、あんたら三人が豪華なだけじゃない……」

 さっきから何か自虐じぎゃく気味のエルク。
 その頭にアルバが止まって、『元気出せや』とばかりに足でぽんぽんと叩く。

「うんうん、ありがとねー、アルバは優しいねー。でも多分あんたも、すぐに私を置いて強くなっちゃうんでしょうね……」

 結局落ち込むエルク。忙しい娘だな。と、その時。

「ピピピピピピピピピィーーッ!」
「!?」

 いきなり馬車の中に響き渡る、やかましい音……いな、鳴き声。
 犯人はアルバだ。

「……何、今の?」
「アルバが何か見つけたみたい。どーしたアルバ?」

 エルクの頭の上にいたアルバが差し出した僕の腕に止まり、別の方向を向いて「ピーッ!」と鳴いた。そうか、あっちか。

「……今の鳴き声は何だったの?」
「あ、ごめんエルク。こないだ暇だったんで、いろいろ合図を教えてみた」

 こいつ、簡単な音ならオウムばりにすぐ覚えるし。さすがにしゃべれはしないみたいだけど。

「変なこと教えてんじゃないわよ……」

 頭の上で目覚まし時計ばりのやかましい声が響いたからか、機嫌の悪いエルク。
 最近ますます育ってきたアルバだが、ここ一ヶ月、一緒にいてわかったことがある。
 やはり動物だからだろうか。こいつは危機察知能力がハンパじゃない。
 僕でも感知できない範囲の魔物ですら、こいつは即座に気づいてしまうのだ。森で視界が悪かろうが、風向きの関係で匂いが感じづらかろうが。
 生後間もなく……そう、『真紅の森』あたりからその片鱗へんりんを垣間見せていたが、今ではすっかり、超広範囲をカバーする索敵さくてきセンサーと化している。
 壁とか障害物もお構いなしだから、もしかしたらそういう魔法を先天的に会得えとくしてるのかも。
 で、そこに僕が悪ふざけで教えた『目覚まし時計風警告音』が加わった結果が、今のアレだ。
 エルクには後で謝るとして、とりあえず馬車の外、アルバが示した方向を見てみると……んん。目では見えないけど、なるほど『匂い』がする。
 鉄錆てつさびと血の匂いだ。後は、汗とか人の体臭も……これは魔物じゃないな。

「エルクー、盗賊っぽいよ?」
「盗賊?」

 その直後……馬車の中の空気が、瞬時に引き締まるのを感じた。

「ミナト、数はどのくらい?」

 エルクが尋ねる。

「まだ遠いから、ちょっとわかんないけど……結構多そう。風上に陣取ってるから血の匂いで待ち伏せがバレバレ。頭はよくなさそうだね」
「……この先に、たけの長い草が生えた丘陵地帯があるはずだよ。奇襲にはそこそこ便利な地形だから、そのあたりで襲うつもりなのかもね」

 と、ザリー。なるほど。


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