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3巻
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しおりを挟む第一話 『黒獅子』の憂鬱
今日も今日とて、空き地に響く風切り音。
すっかり日課になっている、僕、ミナトと相棒エルクとのスパーリングである。
最近増えてきた僕目当ての野次馬連中にも、この空き地はまだ知られていないようだ。
そんないつもの光景だけど、今までと違う点がいくつか。
一つは、僕のもう一人(一羽)の相棒であるフクロウの魔物、アルバが一緒に来ていること。
朝早く起きて、準備して出かける時(に限ったことじゃないけど)、じっと僕の方を見てくるんだよね。『連れてけ』と言わんばかりに。
まあ、別に不都合はないから、こうして一緒に来てる。
最近は、僕の肩か頭の上がほぼ定位置だ。訓練含め戦闘中だけは、近くの木とかに適当に止まっている。
そしてもう一つ変化した点は、エルクの成長だ。
最近、徐々にではあるものの、以前にも増していい動きをするようになってきた。
一週間前は、本人は臨戦態勢のつもりでも、僕から見れば隙だらけだった。ところが今は、まあお世辞にも完璧とは言えないものの、いろんな点が目に見えて改善されてきている。
重心の取り方や足さばきなんかも上達して、もともと得意だったヒット&アウェイが、さらに軽やかなステップで行われるようになった。
脇がガラ空きの、短剣を振り回すだけだった攻撃も鳴りを潜め、腰の入ったいい一撃を繰り出すようになってきている。
キレイな弧を描いて迫ってくるこの一撃は、今までとは疾さも威力も相当違う。
おまけに、攻撃手段が短剣だけでなく、いいタイミングで蹴りや肘打ちなんかも使うようになったため、攻撃回数が激増し、同時に隙も一層なくなった。
今、簡単にさらっと説明させてもらったけど、これってすごいことである。
だってエルクが僕と一緒に鍛え始めたのって、ホントについ最近、ほんの三週間くらい前だし。
この短期間で、ここまで成果が表れるって、普通じゃありえないよ?
そもそもこういう鍛錬っていうのは、長い時間をかけて行い、その結果はゆっくりゆっくり表れるものである。それこそ、自分では自覚するのも難しいくらいに。
スポーツで言えば、マラソンやボクシングがいい例だ。
何ヶ月も走りこみを続けてやっとタイムが縮んだり、何万回もサンドバッグを殴ってようやく拳の威力が上がったりする。
しかしエルクはたった三週間で、目に見える結果を叩き出した。
いくら基礎が出来ていたとはいえ、これって、相応の才能がなきゃ到底無理だよ。どう考えても。
今のエルクなら、一人でゴブリンの群れに出くわしても秒殺できるはずだ。
並行して魔法の修業もしてるし、愛用の『クリスタルダガー』の研磨も進んで、本来の輝きと性能を取り戻しつつある。
これはそう遠くない未来、僕が思ってた以上にエルクは化けるんじゃないだろうか。
「でも、やっぱりまだまだだね」
僕の喉元を狙って突き出された短剣(訓練用)をよけて、その腕をつかむ。
そしてその勢いを利用して、一本背負いの要領で、エルクを投げ飛ばした。
「――ぁうぇっ!?」
エルクは宙を舞い、背中から地面に激突――といっても、芝生のある柔らかい箇所を選んだから、見た目ほど痛くはないはずだ。肺の中の空気が抜けて、少しむせてるけど。
「鋭くていい攻撃だけど、大振りの一撃ってのはそれだけ隙も大きいから、これを何とかしなきゃね。一番怖いのは、今みたいなカウンターだからさ」
「カウンター対策も考えつつ、ってこと? 例えば?」
「僕の場合なら、拳を防がれてカウンターを返されそうになった時とかは、回転して避けながら回し蹴りとか、そのまま体ごと突っ込んでタックルとか」
「蹴りはともかく……私は非力だから、体当たりは無理そうね。今後の課題だわ」
脱力気味のエルクが起き上がるのに手を貸す。
若干肩で息をしながらだけど、エルクは、しっかりと地に足の裏をつけて立った。
それに対して、僕はまだ余裕。息も全く乱れてはいない。
「ふぅ……あんた、全然大丈夫そうね。こないだの『真紅の森』でも、ぶっ続けで戦い続けても平気だったし。持久力どんだけあるのよ?」
「どうだろ? ここ数年、母さんとの特訓以外ではスタミナ切れになったことないけど」
「あ、そう……」
母さんとの特訓は……うん、もう……うん。
バズーカ以上の威力を持つ拳が、蹴りが、凄まじい速さであらゆる方向から繰り出される母さんの攻撃は、筆舌に尽くしがたい。
体術だけでなく魔法も使って、正真正銘全方位から死角なしで襲われるもんだから、全ての感覚を極限まで研ぎ澄まして、常にフルパワー&フルスピードで動いてないと、マジで死にかねないレベルだった。
あの状況では大体、僕の体力は三十分持つか持たないか、ってとこ。
ちなみにその訓練の最中、僕の成長を喜んだ母さんがハイになってしまったことがある。
そして魔法のレベルを上げすぎた結果……周囲の半径一キロメートルが、草一本生えない焦土と化した。
あの時は……冗談抜きで死にかけた。
それを考えたら、フルマラソンくらいならジョギング感覚で走れそうだ。
……言ってみて思ったけど、我ながら化け物じみてるな。
そんなことを考えていると、皮肉交じりに、エルクからこんな言葉が。
「ホント、すごいわねー。さすがは『黒獅子』」
エルク、ニヤリ。
「……それ、やめてってば……」
僕、げんなり。
『黒獅子』。
最近、この町『ウォルカ』を中心に広まっているらしい、僕の『二つ名』だ。
発信元は、なんと一緒に馬車の護衛に参加した、スウラさんの部下。
聞くところによると、その『新人中心の部隊』の皆さんは新人には違いないんだけど、周囲から有望視される優秀な人達らしい。
しかも今回、どう考えても誰一人生きて帰って来れなさそうな死地から、全員そろって生還したことで、町の話題を独占した。
必然、僕――すなわち『黒ずくめの冒険者』の話も出る。『その男がいなかったら兵士達は全滅していた』とかなんとか、余計な説明がプラスされて。
そのうち、誰かが何の気なしに口にしたことがきっかけで、『黒獅子』という呼び名が生まれた。
疾風のごとく戦場を駆け抜け、拳一つで魔物を薙ぎ倒し、味方の危機を救った漆黒の冒険者。その勇猛さたるや、まさに猛る獅子のごとし――ってな感じで広まりつつあるんだとか。
……聞いてる途中で羞恥心のあまり意識が遠のいた。
そんなことまで思い出して、湧き上がる恥ずかしさをこらえながら、『黒獅子』と言ったエルクに対し、僕はお返しの意味で攻撃速度をちょっぴり上げた。
当然、エルクは防御・回避で手一杯となり、「ごめん! ごめんってば!」と謝る。とその時、僕の聴力が向こう側の茂みから何かが近づいてくる音を、何かの息遣いを聞き取った。
そっちを見ると、二匹の野良ウルフが、空き地を横断して向かってくるところだった。よだれを垂らし、食欲丸出しで。
しかし、その目が獲物として認識しているのは、僕とエルクではなく……アルバだった。
止まり木代わりに使っている廃材の山の上で、アルバはウルフをじっと見つめている。気づいてるけど、動かない。
距離にして、まだ二十メートルはある。一足飛びで届く距離じゃない。
それでも、獲物が逃げる気配を見せないのを恐怖で動けないのだと勘違いして、ウルフ達はかなりの速度で駆けてくる。
そのまま、ウルフ達がジャンプの射程距離にまで近づこうとした瞬間。
ヒュボッ!
発射された火の玉――『ファイアボール』の魔法が一匹のウルフに直撃し、上顎から脳天にかけてを頭蓋骨ごと消し飛ばした。
関節やら支えやらを失った下顎が、だらりと垂れてスプラッタに。
隣にいた仲間の全長が一瞬にして縮んでしまったことに、驚いたのか戸惑っているのか、もう一匹のウルフは硬直して一瞬動きを止める。
直後、アルバは音もなく飛翔すると、今度は両手の指より多い数のツララを発射し、残ったウルフに全弾命中、絶命させた。
どっちも教えた覚えのない、しかしながら、どこかで見たことがある魔法。
その様子を、僕もエルクも感心半分、呆れ半分に眺めていた。
ここ最近、よく見る光景である。
どうやらアルバは『真紅の森』での戦いの時に、兵士さんやスウラさんが使ってた魔法を馬車の中から目撃して、勝手に覚えたらしい。
いや~、アイリーンさん(ギルドマスターで母さんの友人)に聞いてはいたけど、ホントに規格外な奴だな……。
見ただけで魔法を覚えて、場合によってはオリジナル顔負けの威力で再現するとか。
それに加えてここんとこ、例の『エクシードホッパー亜種』の肉を中心に、上質なエサをあげているので――いいものを食べれば食べるほど、強くなるらしい――魔力も威力もうなぎのぼり。
放出魔法なら僕より全然、というか、一般的な魔法兵士よりも威力が出せるくらいに成長しつつある。
知らないうちにバリエーションも増えてた。今見せた『ファイアボール』や氷の魔法、それに『亜種』が使ってた風の弾丸やカマイタチなんかも。
生後一週間くらいにして、僕にはできないことを、本能と野性の力で軽々やってのけるアルバには、飼い主でありながらちょっと嫉妬したくらいだ。
とまあこんな感じで、僕のところには今、育て甲斐のある期待の新人(?)が一人と一羽いる。
今後エルクには、今までどおりのスパーリングを続けつつ、より実戦に近い動きをトレーニングしていくことにしよう。同時進行で、魔法の訓練も。
このペースで成長すれば、そう遠くない未来、本人も僕も驚くような結果を出せそうだ。
そうなったらいよいよ、僕オリジナルの魔法をいくつか教えてあげてもいいかもしれない。
アルバは今までどおり、美味しいエサをあげていれば、自分で強くなるだろう。
僕がやるべきことは、いろんなとこに連れ出して、いろんな魔法を見せてあげることくらいか。
どっちみち、僕じゃ放出系の魔法の指南はできないし、そもそも、アルバには釈迦に説法ってもんだ。見れば勝手に覚えていくだろう。
そしてこれもアイリーンさんから聞いたんだけど、アルバの種族である『ネヴァーリデス』みたいな高位の魔物の中には、ある程度の知識や知能を親から受け継いで生まれてくる個体も少なくないらしい。
アルバはその中でも極端な例だから、こんなに頭がいいんだそうだ。
魔法の使い方も元から『知っていた』し、自分の成長には魔力を持つエサが必要だってことも『わかっていた』。
空の飛び方も、音を立てない羽ばたき方も知っていて、少しの練習でマスターした。
生後間もなくにして、僕ら人間の言語をきっちり理解し指示通りに行動できていたのも、このせいだったわけだ。
まあ、ただの癒し系ペットで終わる奴じゃないだろうなとは思っていたけど……これは成長が楽しみだ。
もしかしたら今後、僕の弱点である遠距離戦闘――放出系魔法を補ってくれるようになるんだろうか?
前途有望な人材(鳥材?)ってのは、育てる楽しみがある。前世でその類の育成ゲームが流行した理由がわかるってもんだ……ん?
そろそろ訓練を再開しようかな、とか思ったタイミングで、二人分の足音が僕の耳に届いた。
ただ通りかかっただけの通行人じゃなく、明らかにこちらに近づいてくる。
「お客さんだね……二人か」
「え?」
驚いて振り返ったエルクに、一人の女性が歩み寄って声をかける。
「おや……お邪魔だったかな?」
「前にも聞いたわね、そのセリフ」
買い物に使うエコバッグのような袋を持ち、丈の長いジーンズのようなズボンと、薄手のTシャツらしき服を着た女性だ。髪の毛は水色で、瞳は青い。
……ああ、軍服じゃないから一瞬わからなかった。スウラさんか。
今日は私服ってことは、オフなのかな?
……と、その前に。
ヒュン、カッ!
「!?」
何も言わずに手裏剣を投げた僕に、エルクとスウラさんが驚く。そしてすぐに、何か魔物でも現れたのかと警戒態勢に入る。
エルクはダガーを、スウラさんはオフでも軍人だからだろうか、隠し持っていたらしい軍用ナイフを取り出して構えた。
その視線の先、僕が手裏剣を投げつけた廃墟の陰から出てきたのは、もう一つの足音の主。
その正体を確認した瞬間、エルクとスウラさんのまとっていた警戒感が霧散した。
「なんだ、あんたか……脅かすんじゃないわよ」
「あははは……ちょっとびっくりさせようと思っただけなんだけど、変に警戒させちゃったみたいだね。ごめんごめん」
イタズラを素直に謝罪するザリーに、僕は首を振る。
「いや、別に大丈夫だよ。気にしてないし、ザリーだってわかってたし」
「え、じゃ何で手裏剣投げてきたの?」
納得いかなくて抗議したいけどなんかできない、といった感じの微妙な空気をまとったザリーが、冷や汗をかきながら言った。
スウラ・コーウェン――軍人。小隊長。少尉。
ザリー・トランター――冒険者。ランクB。
どちらも『真紅の森』で共闘し、なんやかんやで仲良くなった人だ。
あの一件はすでに後始末まで含めて全部片が付いたけど、それ以降もこうしてたまに集まってだべったり、一緒に食事したりすることもある。
ちなみに会計の時、僕は割り勘で支払おうとしたが、一番年上だからという理由でスウラさんが全額を出した。頭が上がらない。
特に同じ冒険者であるザリーとは、一緒に依頼を受けたりすることもあるけど……もう一つ、こいつの『裏の顔』の部分にお世話になるようになった。
食事会の時に聞いたんだけど、実はザリーって、冒険者であると同時に『情報屋』でもあるらしいのだ。
読んで字のごとく、報酬と引き換えに依頼人の欲しがっている情報を提供したり、それについて調査したりする、ある種の裏稼業。荒事もこなす探偵、って感じだろうか。
そもそも『真紅の森』に行った時も、『違法な品を密輸している商人がいるらしい』っていう噂を聞きつけて、独自に調査していたらしい。
発覚すると同時に、商人達は正規の警備隊に逮捕されちゃったけど、その読みは見事に当たっていたわけだ。
ちなみに、忌まわしき『黒獅子』の二つ名も、こいつに聞かされたものだったりする。
ザリーには『砂塵』、スウラさんには『凍弓姫』っていう二つ名があるんだそうだ。どっちも、それぞれ得意な魔法の属性や武器の種類なんかが元になってるっぽい。
有名な冒険者やら軍人やら、それなりのレベルになると自然につくものらしいし、二人とも特に気にしてないみたいだけど……やっぱ僕からすると厨二病イメージなんだよなあ。
そしてあの時――エルクとスウラさんが水浴びをしていた早朝。
ザリーが気づかれないようにこっちの様子をうかがってたのは、僕らもそれに加担しているかどうかを調べてたらしい。
そんな、諜報のプロみたいな職業だったわけね……道理で隠密能力がズバ抜けているわけだ。
で、そんなザリーから僕らが一体何の情報を買うのかといえば。
スウラさんはもちろん、町に潜むよからぬ輩についての噂や、軍で調べている案件に関する情報など。もうすっかりお得意様みたいだ。
そして僕は……。
「朗報だよミナト君。今『リトラス山』の山頂付近に、『カンフォルス』っていう鳥の魔物が現れているらしいんだ。ランクDの魔力持ちだよ」
「おっ、マジで!? サンキュー、ザリー!」
とまあこんな風に、『魔力持ち』の魔物の情報が主だ。
まだ生まれて間もなく絶賛成長期であるアルバには、そういう上質なエサがたくさん必要なのだが、こないだ大量にゲットした『エクシードホッパー亜種』の肉は、早くも底を尽きかけている。
なので今みたいに、魔力を持つ魔物や薬草などの情報を届けてもらっているのである。
次の獲物は鳥か……共喰いみたくなっちゃうけど、まあいいか。何でも食べるアルバなら気にするまい。
「ザリーはともかく、スウラさんはこんな朝早くに何してたんですか?」
「ん? ああ、これから朝食を食べに行くところでな」
「朝食を? わざわざ外で?」
「ああ。町外れにある隠れ家的な店なんだが、朝限定のメニューがあってな。時々その味が恋しくなって、早起きして食べに行っているんだ」
あ、それでこんな朝っぱらからこんな空き地を通りかかったのね。
しかし、隠れ家的な飲食店の、評判の朝限定メニューね……日本にもあったな、そういうの。
「せっかくだしどうだ? もし暇なら、一緒に」
「え、いいんですかご一緒しても?」
お、こりゃ嬉しいお誘い。
ちょうどこれから戻って朝食にしようと思ってたところだし、渡りに船。朝メニューの内容には興味あるから、向こうから誘ってくれるなんて運がいい。
うん? なぜエルク、ジト目? もしかして、僕が喜んでるのが顔に出てたとか……まあいいか。
一応エルクにも確認をとって許可が下りたし、ザリーも乗り気だったので、四人で朝食を食べに行くことになった。スウラさんお薦めの、穴場的な食堂に。
「あ、そういえば聞いたよ? この間の功績で、ミナト君はAランクに、エルクちゃんはDランクに昇格したんだってね、おめでとう」
ザリーさんが言うとスウラさんも続ける。
「おや、そうなのか? これはめでたいな……ちょうどいい。四人そろっていることだし、お祝いといこうか。奮発しておごらせてもらうぞ」
「あはは……ありがとうございます」
お礼を言いつつ、またスウラさんにおごられる展開になっちゃったなー、とちょっと申し訳ない気持ちになる。
そこでふと、前世でよくご飯をおごってくれた、気前のいい先輩のことを思い出した。当時一緒にいた、同輩や後輩達のことも。
……あー、何か思い出しちゃったなー。高校生活のこと。こんな風に、友達同士でバカ話しながら、青春を謳歌してた。
いや、今の人生ももちろん楽しいし、不満なんて別に何一つないんだけどさ。
ただ、荒事メインの冒険者らしい生活じゃなく、こういう平和な日常もいいもんだなって思った。
強い魔物か盗賊かトラブルか。
次に何らかの厄介事が舞い込んでくるまでは、今のこの平和で楽しい時間を精一杯満喫してたいもんだなあ……なんてつぶやいてたら。
「はははっ、大丈夫だよミナト君。普通に冒険者活動してる分には、突然とんでもないトラブルに巻き込まれたりなんて、そうそうないさ。普通は」
「それには同感だな。まあ確かに、冒険者は魔物のみならず、盗賊やらならず者、時には面倒な同業者に絡まれたりもするそうだが……そう頻繁に厄介事などおこらんだろう。普通は」
「そうよ。ましてや、あんたが手こずるような超強力な魔物なんて、探したってそうそういないわよ。普通に冒険者やってる分には、まず大丈夫だっての。普通は」
畳み掛けるように、ザリー、エルク、スウラさんがそう言ってくれる。「そんなに心配しなくても大丈夫だ」と笑顔で、呆れつつも励ますように。
うん、そうだね。ありがとう三人共……でもさ、一つだけ言わせてくれ。
そういうのってさ、現代日本じゃ『フラグ』って言うんだ。
第二話 花咲く季節
場所は『ナーガの迷宮』。
僕的には、正直言ってもはや用のない低ランクダンジョン……の最下層。
目の前では、以前倒した『ナーガ』を除けば、この迷宮最強である魔物『リトルビースト』が息を荒らげ、よだれを垂らしていた。
以前みたいに痩せているということもなく、Cランクに見合った風格を醸し出している。
相対しているのは……僕ではない。
リトルビーストの真正面にいるのは、ダガーを手に、姿勢を低くして構えるエルク。
やはり緊張しているように見える。
まあ、当たり前か。このレベルの魔物とソロで戦うのは初めてだし。
訓練を続けて、相応の強さになっただろうってことで来てみたわけだけど、ちょっと前までは出くわしたら逃げ出すしかない――いや、逃げ出せるかどうかもわからないような相手なんだから。
そんなことを考えていると、先に、リトルビーストの方が動いた。
迷宮最強の魔物だけあって、初心者には絶望的な速度の突進。
一般人なら激突しただけで即死か、あばら骨を何本も持っていかれるだろう。一ヶ月前のエルクでは、避けるのも難しかったはずだ。
それをエルクは、素早い、いやむしろ鋭いと言った方がよさそうなステップで回避。
そしてすれ違いざまに、抜き身の『クリスタルダガー』を閃かせる。
他でもない、エルクのお母さんの形見のダガー。ノエル姉さんルートで調達した特殊な砥石で研磨作業を終え、水晶の刀身は本来の輝きを取り戻していた。
次の瞬間、エルクの風の魔力が伝わり、水晶の刃が鮮やかな緑色に輝き出す。
それにより、空気抵抗がほぼゼロになり切れ味も爆発的に上がった一撃を、エルクはリトルビーストの首筋に走らせた。
ザシュッ、と鋭い音を立てて通過したエルクの刃。
おそらく頸動脈に命中したのだろう。傷口から、結構な勢いで真っ赤な鮮血が噴出した。見事に致命傷だ。
そこで安心することなく、素早く飛びすさるエルク。危なげなくいくらか余裕をもって、体勢を崩すようなこともない。
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