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2巻
2-3
しおりを挟む「――まあ、夢だよね」
「……起きて早々何言ってんのよ」
目が覚めると、ジト目のエルクが僕の顔を覗き込んでいるところだった。
記憶ははっきりある。エルクの、あのキスから始まる最強コンボで意識がキレイに飛んでぶっ倒れたんだ。
それからどんくらい気絶してたのかはわかんないけど、窓の外はまだ暗いから、そう時間が経ってるわけじゃないみたいだ。
エルクはもしかして、僕が起きるのずっと待っててくれてたのかな?
「ぶっ倒れた人間を放っといて、部屋に戻るわけにもいかないでしょうが、全く……」
さかさまに見える、呆れたようなエルクの顔に、僕は苦笑を返すしかなかっ――さかさま?
そこでようやく僕は、自分がエルクに『膝枕』をされているということに気づいた。
「……えっと、エルク……重くない?」
「別に平気よ、このくらい。ただ、さすがにあんたをベッドに運ぶのは、私の細腕じゃ無理だったから、こういう形で我慢してもらってるけど」
いや、むしろこっちの方が思春期男子的には嬉しいので大丈夫です。やや恥ずかしいけど。
背中とか肩に感じる床の硬い感触と、後頭部に感じるあったかくて柔らかい感触の差が、逆に心地よさを……待て待て落ち着け。何を考えてるんだエロガキ、冷静になれ。
「ふぅん……表情を見るに、普通の男としての神経は一応持ってるみたいね?」
そら見たことか。見抜かれた。
「ごめんエルク、今起きるから」
「いや大丈夫、このまま寝てていいわよ」
焦って上体を起こそうとしたら、エルクに頭を両手で押さえられて阻止された。なんで?
「頭からひっくり返ったんだから、大人しく休んでなさい。私なんかの膝でよかったら、その……もうちょっとだけ貸してあげるから。お礼代わりに」
「いや、どこももう痛くないし、ちょっとさすがに恥ずかしいから、もう……」
「断ったら、あんたが寝てる間に『母さん……』って寝言つぶやきながら、寝返りを打って私の太ももにほっぺたをこすりつけて甘えてきたことを、ターニャにばらすわ」
「んブフォッッ!?」
エルクのとんでもない言葉に、恥ずかしさが頭の中で氾濫した。え、何それマジの話!?
驚いて見返すと、その時のことを思い出してるのか、少し恥ずかしそうにしつつも『どうする?』と視線で問いかけてくるエルクが。だめだ、コレは多分はったりとかじゃない……事実だ!
「えっと、じゃあ……もう少し、お世話になります……」
「ん、よろしい」
こうして僕は、脅されながらお礼をされるという、珍しいシチュエーションを堪能することになった。
そのまましばらく膝枕してもらってたんだけど……精神的にはやっぱり緊張しっぱなしなので、全然休めていない。
エルクは「もっかい寝てもいいわよ?」って言ってくれたけど、無理。眠れる精神状態にない。
どうしたもんかと考えてたら、エルクがじーっと僕の顔を、割と至近距離で覗き込んできた。
「何、どしたのエルク? そのままキスでもしようもんなら、僕多分また気絶するよ?」
「何を微妙に情けないこと言ってんのよ」
あからさまなジト目になるエルク。
……あのね、今更ながら言わせてもらうけど、僕にとっては前世からずっと、『ジト目』『強気』『メガネ』『赤面』『ツンデレ』が、女の子のストライクゾーン五大要素なんです。
君はそのうちの三つを常備してて、しかもさっきは残り二つもまとめて叩きつけてきたわけ。その結果があの気絶。
僕もあんなのは初めてだった。
正直、びっくりしたり、ドキドキしたりする暇もなかったんだ。あまりに一瞬で。母さんとの修業でもそんな経験なかったよ。
この世は広いなあ、僕の知らないことが、まだまだたくさんある。でも思い出したらまた顔が熱くなってきたので、これはもう置いとこう。
「……ちょっと考え事してただけよ」
「考え事?」
「ええ。この中には何が詰まってるんだろうな、ってね」
ぺしぺしと、僕の額を叩きながらそう言ってくるエルク。
「やることなすこと全部非常識で、何を考えてるのか全くわからないんだもの、あんた。かと思えば、変な場面で抜けたところが出たり、年頃の男子に相応な欲求も持ってたりするし」
さっきのアレとかね、と、若干顔を赤く染めながら言われた。あー、花街云々か。
「あー、それはもう言わないでくれると……」
「その時……ちょっとだけ安心しちゃったのよね、私」
おい、無視か。てか、安心って何?
花街を利用しようとするような思春期男子がそばにいて『安心』って……逆に『不安』ならまだわかるってもんだけど、安心ってのはどういう意味さ?
「いや、花街がどうこうじゃなくて……あーなんて言うか、説明するとちょっと長い上に難しくなりそうなんだけど、どうする?」
「別にいいよ? てか今、僕は眠気が皆無だから、暇つぶし的な意味でちょうどいいし」
「……あっそう」
上手く説明できないんだけどね、と前置きして、エルクは話し始めた。
エルクが冒険者になったのは、二年ほど前だという。
きっかけは、女手一つでエルクを育ててくれた母親と死別したこと。
母子家庭で父親の顔も知らずに育ったエルクは、母親の死後に頼れる親戚もおらず、自立するために冒険者になった。
エルクのお母さんも若い頃冒険者だったらしい。
いつかそういう日が来てもいいようにと、生前からエルクに冒険者としてのイロハや、必要な技術の数々を伝授していたし、お下がりではあるが装備品なんかも一通り揃っていた。
冒険者の道を選んだのは、そういう理由もあってのことらしい。
とはいえ、魔物相手に戦い続けるその日暮らしの日々。いばらの道のりだったことは想像に難くない。
それでもエルクは日々の努力を忘れず、コツコツと経験を積み重ねてやってきた。
でも修業から何から、母親と一対一――独り立ちしてからは完全に一から十までソロでやっていた彼女には、『仲間』と呼べるような存在がいなかった。
完全に孤独だったわけではなく、冒険者としての活動の中で、同年代の新米冒険者と知り合うことはできていたそうだ。一緒に探索したり、依頼を受けたり、その中で互いに腕を磨いていくことも多かった。
しかし、本当に心を許せるような仲間となると話は別だ。公私共に信頼できる相手なんてのは、なかなか見つかるものじゃない。
これは常に危険と隣り合わせの冒険者にとって、宿命とでも言うべきもの。そう簡単に、命を預ける人を決められるわけもない。
ましてや自分はまだ新米。そんな信頼関係を望むこと自体、おこがましい。
エルクも自分でそう思って納得していたんだそうだ。この先十年、二十年の間に、そういう仲間が見つかれば、幸運ってものだろうと。
そんな時、僕に出会ったらしい。
「正直、最初に会った時は、何を考えてるかわからない奴、ってのが率直な感想だったわね。服装も奇抜だったし、中身はそれ以上に理解できなかった」
悪うござんしたね、上から下まで真っ黒で。
「もっともその後すぐ、あんたの強さも、器も、思い知らされることになったけどね。魔物だろうと盗賊だろうと苦もなく蹴散らす。かと思えば、私みたいな恩知らずに、考えられないくらい優しくしてくれる……本当に混乱させられたわよ」
口調に疲れや呆れが入ってるのが感じ取れた。ため息までついてるし。
「何度もそういうのを見せつけられて、完全に理解させられたわ。腕も器もコイツは別格過ぎる。心中を推し量ってみたり、誰かと比べるだけムダだ、って」
「んな、化け物みたいに言わなくても」
「そう言われたって仕方ないようなことをしてるんでしょうが。あんな風に、大蛇の突進やら炎の魔法やらが直撃しても無傷でいられるやつが、どこにいんのよ?」
まあ、もっともな話である。何も反論できない。
「その上、私が犯罪者だって気づいてたのに、変わらず自然体で接してくれてたりしたし……」
「んー、まあ、別段気にするようなことでもなかったしね」
と、何の気なしに返した瞬間、エルクの表情に、ふと悲しげな影が差したように見えた。何だ?
「……それよ、それ。私が気になってたのは、まさにそこ」
「は?」
「……ずっと考えてたの。あんたのその態度に、ちょっと引っかかって」
? 僕の態度って、どういう意味だろう?
「あんたさあ、何かっていうと、『気まぐれ』とか『やりたいようにやっただけ』とか、そういう言葉を使うわよね? 私を助けた時も、毎回使ってたと思うんだけど」
そうだっけ? そんなに意識してないんだけど。
「最初は、その化け物級の強さが理由だと思ってたの。けど、しばらく接してるうちに、何か違うな、って思えてきて、ずっと考えてた」
「はあ」
「何も考えてないようで、変なところで鋭かったりする。とんでもなく強いのに、それが仕草や言動にほとんど表れない。そして何より……他人との間に壁を作らないような態度の割に、どこか本質的な部分で私と距離がある感じがしたから」
距離、ねえ……? 別に、そんな風に意識してるつもりはなかったけどなあ。
「けどね。そういうよくわからない要素はあったけど、私にはあんたが、今まで出会ってきたどの冒険者よりも、話しやすくて親しみやすかったし、その強さや懐の深さも、すごく魅力的に映った。だから、あつかましいかもしれないけど、できるならミナトとそういう『仲間』になれたらいいなって、考えたまさにその時に……気づいたの」
「気づいた?」
「うん。何に引っかかってたのかに、ね」
するとエルクはひときわ真剣な表情になって、僕の目を真正面からじっと見て言った。
「ミナト。もしかしたらあんたが……敵とか味方とか、そういう何もかも全部を、ある種の色眼鏡越しに見てるんじゃないか、って。まるで……絵本の中の空想の物語みたいに」
それを聞いた瞬間……僕は、奇しくもついさっき見た夢を思い出した。
以前母さんに、エルクと同じことを言われたのである。
☆☆☆
「ミナトって時々、戦う相手の魔物や研究してる魔法、それどころかこの世界そのものを、まるで絵本の中の物語として見てるように感じるのよね」
「は?」
「あくまで自分は読者であって、紙にインクで記された物語を眺めてるだけ――そんな目つきをたまに感じるのよ、あなたからは。ミナト、難しい質問かもしれないけど……そういうの、自覚したこと、ない?」
「そ、そう言われても……」
思わず言いよどんでしまったのも、仕方ないと思う。
だって、まさにその通りだと言ってよかったんだから。
「あ、別におかしいことじゃないのよ、それ自体は。誰でも一度は考えることだもの。私も若い頃そうなった経験あるし。時間が経てばいずれ治まるものだから、そんなに気にしなくてもいいわ」
母さんの話を聞いていると、僕の頭の中に、前世で聞いた『現実解離症候群』という単語が浮かんできていた。
自分の生きている世界が架空の物語であり、自分以外の人間は全て、物語の登場人物であると認識してしまう症状のことをそう呼ぶ。
が、これは別に特別な病気ではなく、母さんが言った通り、多くの人が経験するものだ。ほとんどの場合、現実と空想の区別がつかない子供時代に。
もちろん実際にはそんなことあるはずないんだし、何年も生きて常識が身につけば、これまた母さんが言った通り、自然に治る。
中学生にもなって、将来の夢が変身ヒーローだとか言う男の子はいないだろう。
だが僕の場合、そういう常識そのものが通用しない。
何せ、不慮の事故で死んでからの『異世界転生』だ。それも、まさにファンタジー小説のような、剣と魔法の世界に。意識するなって方が無理だろう。
ネット小説なんかで、そういう物語を好んでたらふく読んでた僕みたいな奴は、特に。
知らず知らずのうちに、この異世界そのものを、生前で言うゲームや小説と同じ意識で見てしまっていたのかもしれない。
自分では、そんなつもりはなかったけど……あらためて聞かれると、否定できなかった。
「母さんも、時間が経ったら治ったの?」
「うん。もっとも母さんの場合、そんな風に考えてる期間が長かった上に、結構年を取ってからだったから……当時の仲間に、不名誉なあだ名とか付けられちゃったけどね」
「もしかして、それが……」
「そ、『デイドリーマー』よ。夢見がちな奴、って意味をこめて、ね」
なるほど、確かに『白昼夢』の意味に近い。
そのことと、考え方の甘さをひっくるめて『デイドリーマー』か。よく言ったもんだ。
「……もし僕がそうだとして、ちゃんと治るかな?」
「大丈夫、治る治る! 時間が経てばいつの間にか変化するもんだし。これから必ず、何かきっかけみたいなのがあるはずだって」
「きっかけ? 例えば?」
「例えば、そうね……誰かの、本当に真剣な思いを目の当たりにした時とかかな。他人が自分に対して向けてくれる、心の底からの思いや言葉っていうのは、理屈抜きでガツンと胸に響くもんなのよ。空想家の妄想で出来た薄っぺらなフィルターなんて、簡単にぶっ壊しちゃうくらいにね。いつかあなたも、そういう人と出会う日が来るわ」
☆☆☆
母さんとの会話を思い出した今になって、あらためて気づく。僕も立派な『デイドリーマー』だ。
昨日今日と、エルクに「あんた甘すぎ!」と言われるたびに、「まあ、気まぐれだから」。
魔物に対して余裕を持ちすぎだと指摘されるたびに、「まあ、勝てるし」。
それを言った時は、本当に別の意図は何もなかったんだけど、指摘されてみると、今までの僕の行動が、一気にその観点から説明できてしまう。恐ろしいことに。
ゲームなら、どこでどう行動するかも、誰かを助けるか否かも、どんな敵をどう倒すかも、得られたお金をどう使うかも、全部、自分の思い通り。気まぐれ一つだ。なぜなら現実ではないから。
そしてこの世界は、よくあるゲームにかなり近い環境だ。
これはもう、『デイドリーマー』で確定か。
僕だって、人の命がどれだけ尊いものか、お金がどれだけ大切なものかくらい知っている。受けた恩には相応の対価で応えるべきだ、って考え方も、わかると言えばわかる。
ただそれらが全て、あまりにも易々と、拳一発、蹴り一振りで解決できるのに加え、この『異世界』があまりにも地球と違うから、現実味が感じられていなかったんだろう。
まだ心のどこかで、フィルター越しに世界を見ていたようだ。
だから大金の絡むやりとりも、高価な魔物の素材の分配も、命を救われた恩も、全部、僕は『そんなこと』にしか感じなかったのかもしれない。
エルクからしてみれば、どれか一つですら、返しきれない、重い恩だったろうに。
たった一言の指摘で、全部が全部理解できてしまった僕が考え込んでいる間、エルクは言葉を続けることなく黙って待ってくれていた。
そして、僕の意識が戻ったのを悟ると、再び僕の目を見据える。
「ねえミナト、私にこんなことを言う資格があるのかわからないし、資格があってもあつかましい、おせっかいかもしれないけど……あえて聞かせて」
そう言ってくるエルクの目は、さっきまでと少しも変わらず、どこまでも真剣。
「今、私が言ったことに心当たり、ない? 私を含めて、あんたが昨日今日と見てきたもの全部を、適当にしか認識してなかったんじゃない?」
心当たりは、ある。
適当に認識、してた。魔法も魔物も街もダンジョンも盗賊も……そして多分、エルクも。
……失礼にも程があるだろう。ゲームや小説のキャラクターなんかじゃ、絶対にないのに。
「まあ、そういう見方ができるのも、あんたの強さがあってこそのもんでしょうから……私は別に、何も言うつもりはないんだけどね」
よしてよ、そんな風に言うの。
さっきまで気づいてなかった僕が言うのもなんだけど、失礼にも程がある心構えでずっとエルク達と向き合ってたんだから。
「……そんなあんたが、初めて人間らしい欲を見せてくれたのが、ついさっきなわけ」
と、ここでエルクは顔を少し赤く染めた。
ああ……ここでさっきの、男の子らしい欲求云々の話につながるわけね。
「あんたの意思はさっき聞いたから、もういいわ。私のわがままでもあったわけだし。まあもちろん、気が変わったら……いつでも言ってくれていいけど」
そう言って覗き込むように見てくるエルクの視線から、僕は思わずさっと目を逸らしてしまった。
エルクはやれやれって感じで肩をすくめると、「けど……」と続ける。
「これだけは言わせて、ミナト。もし私がさっき言ったことに、少しでも心当たりがあるなら……それを取っ払って、もう一回私のことを見てほしい。その時、ミナトの目に……私がどういう印象で映ることになっても」
今のエルクの言葉には、一言一言に、覚悟みたいなものが感じ取れた。
僕の頭の中に、刻まれるように、はっきりとその音を残していく。
「もし憎たらしい犯罪者に見えたんなら、私は出頭して罪を償う。変わらずどうでもいい存在に見えるなら、それでもいい。私には分相応だしね。けど……」
「けど?」
「もし少しでも魅力的にっていうか、そういう対象として見ることができたら……」
さすがに恥ずかしいのか、エルクはまた少し顔を赤くする。
「その時は、本当に遠慮しないでほしいの。あんたとだったら、そういう関係になってもいいかなって……いやむしろ、そうなりたいって思うから。恩とか、冒険者としてとかじゃなく……」
一拍。
「……あんたの器と腕に惚れ込んだ……一人の女として、さ」
現代日本だったら、このセリフはまんま愛の告白じゃないか、って感じた僕の思考回路は、どこか異常だろうか。
今、僕の目を見てそう言ってくれたエルクに、愛を告げたつもりがあるのかどうかはわからない。
けど、エルクは間違いなく本心から言ってくれた。しかも、恥ずかしいのを我慢して頬を赤らめながら。
冒険者としての観察眼は関係ないが、僕にだってそのくらいわかる……と思う。そして、女の子に面と向かってそんなことを言われて、ドキッとしない男なんてのは、まずいない。
やばい、顔が超熱い。たぶん超赤い。『彼女いない歴=年齢』の僕には刺激が強すぎる。
またしても飛びそうになる意識をどうにかつなぎとめつつ、ショート寸前の脳みそをフル回転させて、貧弱な語彙から言葉を選んでいく。
目の前で、心のうちを真剣に告白してくれた彼女にすべき返答を。
そのまま、一分ほども経ってようやく……僕は、口を開くことができた。
「あのさエルク、僕……」
第四話 雨降って地固まってその他いろいろ
明けて翌朝、僕とエルクは、朝からかな~り疲れきった状態で、ターニャちゃんに部屋まで運んでもらった食事を一緒に食べていた。
途中、ふとエルクと目が合ったりすると……気まずい、とまではいかなくとも、やっぱり気恥ずかしさみたいなものを感じてしまう。
横目でチラッと見ると、エルクの顔はほんのり赤くなっていた。多分僕もだろうけど。
まあ……その場の雰囲気や勢いに任せた部分があるとはいえ、昨晩はあんな風に、冷静に見つめ直してみたらこっ恥ずかしいにも程があることを言い合ってたわけだからなあ……お互いに。
しかも結局、その後朝まで一緒にいたわけだから……そりゃ、気恥ずかしくもなる。
……でもこれで、もし『その先』までコトが及んでたら……恥ずかしさのあまり、お互い顔も見れなかっただろうな。
ん? ああ、そうだよ? 特にそれ以上は何もなかったよ? 昨日の夜は。
かなり緊張した状態だったから、どんな風に言ったか正確には覚えてないけど……僕は自分の心の内を、きちんとエルクに伝えた。
エルクのことは魅力的だと思うし、好意的な感情は少なからずある。だから、エルクが恥ずかしさをこらえて誘ってくれたのは、すごく嬉しい。
けど、だからこそ……流れや勢いでうなずいちゃいけない、と思う。
何というか、まさに恋愛に奥手なヘタレ男子の言い分ではあるんだけど……僕はエルクの気持ちだけじゃなく、今の僕の気持ちも、エルクとの関係も、全部大事にしたい。先走って後から悔やむようなことは、絶対に避けたい。
だから、今はまだその時じゃない……って、そんな感じのことを言ったように思う。照れて、とちりながら。
要するに、今僕はヘタレで、甲斐性というか覚悟みたいなもんがないから、自分に自信がつくまで待ってほしい……ってことだ、うん。
はっきり言ってしまえば身も蓋もないような、そんな僕の告白を……エルクは笑みを浮かべて、落胆も安心もせずに聞いてくれていた。
そして、僕が全部言い終わると。
「……わかった。ありがと、ミナト。私のこと、真剣に考えてくれて」
それだけ言って、にっこりと優しく笑ってくれた。
ちなみにその後、結局エルクが朝まで僕の部屋にいたのは……その『告白』の後、緊張の糸が切れた僕が、なんとエルクの膝枕で再び、しかも今度は朝まで眠ってしまったからである。
その間エルクは文句一つ言わずに僕を寝かせてくれてたんだけど、一晩中ずっと膝枕した結果、さすがに感覚がなくなるほど足がしびれてしまったらしく、僕が起きてしばらくまともに歩けない状態だった。
その場面をターニャちゃんに見られて、別な理由で腰砕けになったと誤解されたのである。
そこで生じた誤解を解くのが大変で……おかげで朝からどっと疲れたのだ。僕もエルクも。
そんなことを思い出して僕が申し訳ない気分になっていると、真正面からエルクがじーっと、こちらに視線を送ってきているのに気づいた。え、何?
「……いや、何ていうか……あらためてよく見てみても、普通の人間だよなあ、と思って」
「あ、そのことか……まあ、見た目じゃわからないと思うよ?」
「みたいね。それにしても……」
そこでエルクは、一息置いて、僕の目を、顔を、じろりと見て……ぽつりとこう言った。
「夢魔、ねえ……」
朝食のちょっと前、僕はエルクに……包み隠さず全部話した。
いや、さすがに前世やら転生、出生の詳しい秘密といった不必要なことまでは言及してないけど、僕が男だてらに夢魔の力を使える『突然変異』だってことは、正直に話した。
いやまあ、正直その、そんなに簡単に話していいもんだろうかとも思った。もしもエルクが、彼女のいう『冒険者仲間』みたいな、ただ一緒に探索するだけの、割かしドライな関係だったら、別に話す義理も何もなかったと思う。
僕の場合現状も出自も普通じゃないんだから、それを他人に話すなんてのは、ほとんどリスクしかないわけだし。
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