魔拳のデイドリーマー

osho

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第21章 世界を壊す秘宝

第487話 クロエとモニカ・解

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 ニアキュドラ共和国、某所。
 大きくも小さくもない、とある町。

 その、表通りから少し外れたくらいの場所にある、小さな書店に、1人の少女が住み込みの店員として働いていた。

 女性にしては大柄な方で、力仕事も得意な彼女は、書店の主である老夫婦に可愛がられ、またありがたがられながら働いていた。何冊もの重い本の束を運んだり、棚を動かして模様替えをしたりする時などは、特に老夫婦は喜んでいた。

 しかし彼女は、毎日店に出ているわけではなく、時折仕入れや在庫の整理のため、1日、あるいは数日、店に姿を見せないこともあった。しかし、そういう仕事なのだし仕方ないだろうと、客の誰も、別に気にすることもなかった。

 今日もまた、その少女は店にはいない。
 店の奥にある小部屋で、自分あてに届いた1枚の手紙に目を通している。

 読み終えると、少女はその手紙を、燃えている暖炉の中に放り込んで灰にした。

 振り向くとそこには、この書店の店主である老夫婦の片割れ……人のよさそうな老婆が、微笑を浮かべたままでたたずんでいる。

 『表の顔』の通りであれば、彼女と老婆は、雇い主と店員、のはずである。
 しかし今こうして向かい合っている2人の間にある空気は、明らかにそれとは違うものだった。
 孫のようにかわいがっている店員と、慕われる雇い主、ではなく……

「仕事が入りました。明日の朝一番で、シャラムスカ皇国に向かいます」

「かしこまりました。不在の理由はこちらで用意いたします。ご武運を」

 ぺこりと頭を下げる老婆に、少女も会釈程度に頭を下げる。
 そして、そのまま部屋を出て店のさらに奥へ向かい、階段を下りて地下室へ。
 
 そしてそこで少女は、変装の一環として身に着けている普段着から……仕事用の装束に着替える。

 無用な装束がなく、体にぴったりと密着する薄手の……しかし、この大陸でも最高峰の技術者によって作られた、驚異的な性能を誇る戦闘服。
 そして、彼女自身の戦闘スタイルとも合致する、手と脚を覆う軽手の手甲具足。

 頭の後ろで髪をとめていた質素な髪留めを外すと、さらりとした長い黒髪が広がった。

 その状態で、具合を確かめるように腕を回したり、何もない虚空に拳や蹴りを繰り出す。

 少女の名は、ソニア。
 またの名を、『義賊・フーリー』。

 かつて『シャラムスカ皇国』にて囚われるも、脱走し姿をくらませた……そしてそれ以降も、度々悪の権力者の元に姿を現しては、天誅を下すかのように暴れ、金品を盗む、ということを繰り返している、謎多き『義賊』である。

 書店のいち店員というのは仮の姿。
 というより、書店そのものも、そこで働く老夫婦も、彼女の潜伏先として用意されたカモフラージュである。老夫婦の正体は、ある国の特殊部隊のOB・OGであり、ソニアの協力者だ。

 今の彼女は、ネスティアの第一王女達と交わした密約により、『正攻法では摘発できない犯罪者』を叩くための火種役としての仕事も請け負っていた。

 今回舞い込んできた『仕事』も、その1つ。

「標的は、シャラムスカ皇国の聖遺物の1つ、『賢者の石』か……これはまた大仕事だな。けど……うまくすれば、久々にネフィ達に会えるかもしれないな。手紙にも書いてあったし」
 
 彼女にとっては、仕事であると同時に里帰りでもある、今回の任務。

 ここ数か月、たまに手紙のやり取りはしているが、会うことはできていない友人たちのことを思い浮かべ、少し浮ついた気持ちになってしまうのも、仕方ないことなのかもしれない。

 しかしすぐに『いかんいかん』と首を振って気を引き締め直す。
 それは確かに楽しみではあるが、仕事を疎かにするのは言語道断。それ以前に……浮ついたままの気持ちで挑めば、どんなポカをやらかすかわからない。

 ましてや、既に燃やした手紙の文面から察するに、今回のは過去最大規模の大仕事だ。
 宗教国家の聖遺物となれば、熱心な信者である正規兵達を相手取るのは必然。加えて、他国の密偵や……悪くすれば、昨今幅を利かせている悪の秘密結社が介入してくる恐れすらある。

 一応こちらにも、頼もしいどころではない――を、通りこして何をするかわからなくて怖い――味方も付いているようだが、それでも油断は禁物。何が起こるかわからないのが戦場であり、自分が生きてきた裏の世界である。

「気を引き締めないとな。……手紙によれば、明日の昼に迎えが寄こされるそうだから、時間までにそこに行って……すると、今日中に準備と……」

 義賊としてのねぐらでもあるこの地下室。
 あちこちに保管してある、仕事用の道具各種を手に取り、マジックアイテムの鞄に詰めていく。てきぱきと手馴れた様子で、ソニアは里帰り兼遠征盗賊稼業の準備を進めていった。


 ☆☆☆


 フーリー……もとい、ソニアへの手紙も出し終えた。
 音速突破する超速達の『リビングメール』使ったから、もうそろそろ着いた頃だな。

 これから始まるというか、巻き起こるであろう、結構な規模の騒乱に備えるべく、メンバーへの指示も出し終えた。

 他、ひととおり今できることはやって……あとは、第一王女様達然り、マリーベル達『タランテラ』のみんな然り、自分達がやるべきことをやって備えていくだろう。さすがにそこに、僕らが何か干渉するようなことはない。

 ただ、その『仕事』に関係しない範囲でなら……多少世話を焼くというか、お節介をしてもいいんじゃないかな……とか、思わなくもなかったわけで。

 具体的には……ギスギスした雰囲気になっている2人を、いい加減、仲直り……とまでは言わなくとも、面と向かってきちんと話し合うくらいのことはさせてもいいかな、って思ったり思わなかったり……。
 少なくとも、その2人の片方がそう望んでいるというか、覚悟を決めたようだったので、それならその背中を押してあげるとか、機会を作ってあげるくらいは、とか……

 ……ぶっちゃけこの2人が会うたびにまき散らされるアレな空気がさ、いい加減放置しときたくなくなってきたもので。

「それで、彼女を私の看病担当にした、というわけですか」

「あー……ごめん、モニカちゃん。けど、その……クロエの要望でもあったから」

「…………っ……」

 一応大事をとって、この船の医務室で2、3日安静にすることになったモニカちゃん。
 数日様子を見て、問題なければ退院、という予定であるが……その間の世話役に、クロエが立候補したのである。

 なので今こうして、夕食を乗せたトレーを

 姉として妹の面倒を見たい、っていう理由もなくはなかっただろうけど、メインの理由は……いいかげんに逃げてばかり、避けてばかりじゃいけない、と思ったからだそうだ。
 一度、面と向かって話してみようと思ったと。その結果、仮に今以上に溝が深まることになってしまったとしても。

 ……一体どうしてなのかは、今に至るまで誰も教えてくれなかったけど……クロエとモニカちゃん、徹底的に互いを避けてたからなあ。顔を合わせても、喋るのすらも。
 クロエは何だか気まずそうに、悲しそうにして……申し訳なさそうな雰囲気で。
 一方のモニカちゃんは、クロエに対して怒りやら苛立ちといったような感情を向けていた。

 ここだけ見ると、クロエがモニカちゃんに、あるいは彼女達の実家である『フランク家』に対して、何かしらの負い目があるようなアレだけど……

「……今の私は、任務をしくじって、本来部外者であるミナト様のお世話にまでなってしまった身です。偉そうなことは言えませんしできません……彼女と話し合えというのであれば、ご厚意は、謹んで受け止めさせていただきます」

「……話してくれるのなら、それでもいい。私には……もう、あなたに対して、姉として接する資格も何も……ないもんね」

「そうですね。軍籍も抹消されていますし……実家からも縁を切られていますからね、あなたは」

 ぴしゃりとそう言って、睨むように自らの姉を見るモニカちゃん。
 しかし一瞬、僕の方にちらりと視線を向けたかと思うと、

「……その様子だと、ミナト様にはお話ししていないんですね、まだ」

「……っ。ええ……」

「あー、モニカちゃん? えっと……何の話をしてるのか、確かに何も聞いてないからわかんないけど……プライベートなことだし、別に話したくないなら聞かないって僕が言ったんだからね?」

 一応、クロエをかばう感じでそう言っておく。嘘は何も言っていないからね。

 それを聞いて、モニカちゃんは、ため息をつきながら視線をクロエに戻す。

「……それについては私からは何もありません。話す、話さないは彼女の自由ですし……率直に申し上げまして、話したからと言って何がどうにかなるわけでもないですから。せいぜい、誰かの気が晴れるくらいで……過去に犯した罪が消えるわけでもないですからね、ええ」

 ……その、ちょいちょい顔を見せる『罪』とか『過去の失敗』みたいなのは何なんだろう?
 今言った通り、嫌なら言わなくていい……とは言ったけど、いい加減気になってきた。 

 違法薬物の裏取引……は、冤罪なんだよな。悪徳貴族に逆恨みでなすりつけられた奴。
 そのせいで、あの『ラグナドラス大監獄』に入ることになったんだっけね。

 冤罪で監獄に入れられても、実家に助けてももらえず、こんな風に、実の妹に毛嫌いされるようになるまでのこと……クロエって一体、過去に何があったんだ?

「過去の罪一つ、失敗一つ、満足に向き合えない。あそこできちんとできていれば……お父様も、お母様も……お姉様を見捨てることはなかったでしょうに」

「……まだ、私のこと……お姉様、って呼んでくれるんだね、モニカ」

 悲しそうにモニカちゃんの弁を聞いていたクロエだったが、ふと、そんなことを……ほんのわずか、声に喜色を滲ませて口にした。

 しかしその直後、ほとんど表情の変わらなかったモニカちゃんの方に異変が起こる。

「……呼びますよ……呼ぶに決まってるじゃないですか……!」

「……? モニカ?」

 まっすぐクロエの方を見ていたモニカちゃんが、不意に顔を伏せ、クロエから視線を逸らす。
 すごく小さな、押し殺したような声が漏れる。

「……お姉様、1つ……いえ、2つだけ聞かせてください。……今あなたがいる、ここは……ミナト様のところは、楽しいですか」

「……ええ、すごく楽しいわ。居心地もいいし……まあ、色々と刺激的だったり、気疲れするところは少しあるけどね」

 苦笑しながらそう答えるクロエ。

「そうですか。……もう1つ……お姉様は、今でも……お父様やお母様、それに、私のことを……少しでも、好きだと思ってくれていますか?」

「……もちろん、思ってるよ」

 今度はクロエは、はっきりと言い切った。
 少し言いよどんだような間はあったものの、口調そのものに迷いはない。本気でそう思ってるのが、横で聞いてる僕にもわかった。

「今更というか、厚かましい物言いかもしれないけどね。それでも……私、今でもモニカのことも、お父様やお母様達のこと……好きだと、大事だと思ってる。まあでも……今モニカが言ったように、私、実家からも軍からも縁を切られてるし……モニカだって、私なんかのこと、もう……」

「……そんなこと、ないです」

 小さな声で、しかしクロエの言葉を遮るように、それは聞こえた。

 僕もクロエも、『えっ?』っていう感じの表情になって、その発生源であろうモニカちゃんの方を見る。

「……私も、好きですよ、まだ……お姉様のこと……!」

「……モニカ……?」

「嫌いになんて、なれるはずないじゃないですか……小さい頃から、ずっと一緒で……一緒に遊んで、お勉強も教えてくれて……お姉様は、ずっと、私の憧れでした……! お姉様みたいに、立派な大人になるのが、私の、ずっと、夢で……っ!」

 下唇をぐっと噛んで、何か、こらえるような仕草を見せたかと思うと……次の瞬間、

「だからこそっ! 理解できないし、許せなかったんですよ! お姉様ともあろう人が……あなたほどの人が! 何で、何であんなっ……私だけじゃない、お父様やお母様、みんなの期待を裏切るようなことをっ! どうして……っ!」

「っ……!?」

「みんなあなたを認めていました! 信じていました! なのに……どうして立ち直って……立ち上がってくれなかったんですか……どうして負けて、逃げてしまったんですか! どうして……」

「モニカ……私は……っ!」

「どうして、待っていてくれなかったの……!? 立派な軍人になって、絶対にお姉様に追いついてみせますって……その時のために、私……なのに……!」

 まるで、火が付いたかのようだった。
 今まで、静かに、冷たく、ちくちくとつつくように話していたモニカちゃんは、突然、激情を露わにしてクロエに食って掛かっていた。抑えきれない感情が爆発したかのように。

 あまりの豹変具合に、僕もクロエも、びっくりして固まってしまって……いや、違うな。

 横目で見てみると、クロエは……何だか、こちらもぐっとこらえるような、辛そうな表情のままで固まってる。
 何か言いたい、言わなきゃいけない……けど何も言えない。何を言ったらいいかわからない……そんな顔だ。一言も何も言っていないのに、なんとなくわかる。

「ごめんね……モニカ……」

 そんなクロエが、ようやく絞り出して発した言葉は……謝罪だった。

「私が、弱かったせいで……お父様やお母様、あなたも……みんなみんな、裏切ってしまった……信じて待ってくれていた皆を……ダメなお姉ちゃんでごめんね、モニカ……」

「謝る、くらいならっ……それに、もう遅いんですよ……どうして、どうしてもっと早く……」

 モニカちゃんはモニカちゃんで、声に嗚咽が混じっている。
 今まで抑え込んでいて、しかしあふれ出してしまった感情を、どうにかもう一度抑えようとして……しかし、上手くいっていない、って感じだ。

 ……この様子を見るに……クロエはもちろん、モニカちゃんの方も……クロエのことを嫌っていたわけじゃない、のかな? 演技にはとても見えないし。

 ただ、過去にあった何かが原因で、仲良くできなかったというか……どうしても許せなかった、みたいな……。クロエが僕に秘密にしていて、モニカちゃんや『フランク家』そのものが、クロエを見限って追放すらするに至った『何か』……。

 ひょっとしたら、それも今から明らかになるのかもしれない。抑え込んで、我慢し続けて……しかしこうして決壊してしまった、モニカちゃんの本音と一緒に。


 ☆☆☆


「……お見苦しいところをお見せしました……ミナト様」

「えっと、私もごめん、ミナト……なんか、そっちのけにしちゃって……」

 ひとまず、2人が落ち着くのを待ってた僕。

 ひとしきり感情のままにというか、言いたいことを全部言ったモニカちゃんと、それを全て、黙って受け止めたクロエは……そのまま仲直り……とは流石に行かなかった。
 何年もすれ違い続けてできてしまった溝だからなあ……そう都合よくはいかないか。

 けどまあ、全く前進がなかったわけじゃないとは思うし……ここから少しずつでも改善していってくれたらいいな、とは思う。

 少なくとも、お互いの気持ちをぶつけるところまでは行って……その結果、モニカちゃんがクロエを嫌っているわけでも、クロエがモニカちゃん達をどうでもいいと思っているわけでもないって……お互いに理解するところまでは行ったんだから。

 ……ただ、そこから先……仲直りまでは今日はいかなかった。
 お互いに心の整理をつけるってことで、そのまま会話は終わりになって……

 ……で、そこまで行ってようやく、途中から完全に忘れられ、置いてけぼりにされていた僕の存在を2人とも思い出して……ハッとしたように2人同時にこっちを見て……。

 うん、別に怒ってはいないけど……逆にあの時は、悪いけど、ちょっと笑いそうになった。
 姉妹で全く同じリアクションだったもの。『やばい、忘れてた!』って感じで。

 そこからさっきの、2人そろっての謝罪に戻るわけです。

「いやいや、いいのいいの。もともと僕ただの付き添いだったし……むしろ、言いたいこと全部言って、多少なり2人がスッキリできたなら、それだけで十分だし。僕はただ、クロエが勇気出してモニカちゃんと話したいって言ってきたから、その手伝いをしただけだし」

「……私だって、そんな大したもんじゃないよ。今回のことだって……勢いっていうか、後悔先に立たず、みたいな感じで……」

「? どゆこと?」

「……メガーヌさん達から、モニカが死ぬかもしれない、って聞かされて……怖くなった。それと同時に……どうして今まで逃げ続けたんだろう、どうしてきちんと離そうとしなかったんだろう、って思って……こんなことになるなら、もっと早く、って……ずっと思ってたの。それでその後、ミナトが助けてくれる……っていうか、もう助けてたけど……そう聞かされて……」

「今度こそきちんと話そうと思った、ってこと?」

 こくり、と頷くクロエ。
 それを見ていたモニカちゃんは、はぁ、とため息を1つ。

「そんなことだろうと思ってました。……とはいえ、私の方も……意固地になってお姉様を避け続けて、口を聞こうともしなかったわけですし……何も言えないですけどね」

 さっきまでより、ほんの少し柔らかい雰囲気になったモニカちゃんは、そう自虐気味に言って……しかし、ふと思いついたように、

「そう言えばお姉様? 結局まだ、例のことはミナト様や……『邪香猫』の皆様には話してないんですよね?」

「えっ? う、うん……流石にその、情けなくて、その……言わなくてもいいって言われたから、お言葉に甘え続けて……でも……」

 ? でも?

「……いい加減、決心ついた。うん……いつまでもこれじゃダメよね……ミナト、今からもうちょっと時間……いい?」

 えっ……とうとう話すの?
 今、ここで?



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