魔拳のデイドリーマー

osho

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第20章 双月の霊廟

第480話 狙う者、狙うモノ

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今回で本章はラストになります。


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 とりあえず、テオはこのまま帰りたくない、ということだったので、本人の希望もあって連れ帰ることにした。

 彼女に聞かされた話については……このダンジョンを出て、改めて検証したり、しかるべきところに報告することになるだろう。いくら何でも、いち冒険者が……いや、冒険者ギルドそのものでさえ、単独で扱ったり、対処するような情報じゃない。

 もちろん、彼女が言ったことをそのまま、すぐにうのみにすることはできない。さらに言えば、彼女自身『あいつならやりかねないけど、ホントにやるかどうかはわからないし、いつやるのかも見当はつかない』とのことだったからな。
 だからこれは、まずは冒険者ギルドに報告させてもらって……その上で、必要であればあちこちに別個に報告、みたいな感じになるかな。

 ……それも、現状、テオの証言以外に根拠にできるようなものがないから、大変っちゃ大変なんだけど……

 やれやれ……色々と実り多い冒険だったかもしれないけど、それ以上にヤバいもん見つけちゃったというか、知っちゃったなあ……けど、知らないで後から大変なことになるよりマシだと思って、納得するしかないだろう。
 これからさらに色々面倒かもしれないけど、その辺は心の準備しとかないとなあ……



 ……とか思ってたんだけどもさ。

 いや、面倒事が降りかかってくるの……早すぎじゃない?
 なんで、ダンジョン出て急にこんな……



 『双月の霊廟』からの脱出については、僕らはまた、今まで来た道を逆走することになるのかな、と思ってたんだけど……テオがこれを解決してくれた。
 曰く、近道していけばいいと。

 彼女は、人間形態からドラゴン形態に戻ると(もちろんその際、服は破れないよう脱いでもらって回収した)、僕ら全員を乗せて飛びあがり、そのまま天井の穴から外へ出た。
 そして、そのまま飛翔して月に帰る……のではなく、横に向かって飛んで、力場をすり抜けた。

 すると、すぐ下がなんとあの『中庭』……『ランダムダンジョン』の入り口になっていたあの、屋内なのに屋外の謎空間になっていたのだ。近道っていうこと!? こんなこともできたのか!?

『ある程度地上に近づけば、力場を外れて飛んでも問題はありませんから。もっとも……『天領』が不思議な形で封印されているせいで、普通の人にとっては一方通行みたいですけどね』

「テオはともかく、僕らがもう一回、この中庭からあの『力場』の道を通って、ショートカットして最下層の『祭壇』に行くことはできないってことか……色々と回収してから来てよかったな」

 ギルドに証拠として提出できそうなものは、あらかじめ色々と持ってきてある。
 次に行くときは、また間の5階層を踏破していかなきゃならないだろうと思ってね……いや、テオは直接行けるルートがあるんだから、そこをちょっと弄って、あるいはこじ開けてやれば、僕らもそのルートを使えるかもしれないけど。

 まあ、今はいいとして。

 問題が起こったのはこの後である。
 テオに人間の姿に戻ってもらって――ダンジョンからいきなりドラゴンが出てきたら確実に大騒ぎになるだろうし――外に出たんだけど……

 ……その時に、『どうだった!?』『どこまで攻略しましたか!?』って、野次馬と化した同業者やら何やらに群がられるくらいなら、予想して覚悟していた。

 あと、あんまり起こってほしくなかったけど、素行の悪い連中が絡んできて、『ダンジョン探索の成果を寄こせ』とか言ってくるくらいならあるかも、とも思っていた。いるんだよどこにでも、そういうろくでなし……
 その場合、そうしても問題ないと判断した時点で、速やかに鉄拳制裁で黙らせ、最寄りの軍の屯所にでも叩きだす予定だった。

 ……けど、これはちょっとさすがに想定外なんだけど……

「失礼……ミナト・キャドリーユ様と、冒険者チーム『邪香猫』の皆様でよろしかったですかな? おっと、それにそちらは、クレヴィア・ソフィアーチェス様と『籠のカナリア』の皆様でしたか……少々、お時間よろしかったでしょうか?」

「よろしくないんですがそこ通していただけません? 色々急いでるんです」

「まあそうおっしゃらずに。あ、私僭越ながらこういう者です」

 なんか、ダンジョンを出てすぐに近づいてきたのが……見るからに、冒険者でも傭兵でも、そして盗賊や殺し屋でもない感じの一団だったのだ。
 上等な身なりの服に身を包んだ、貴人と思しき人が数名。そして、護衛と思しき人らがその倍くらいの人数……まとまってこっちに歩いてきて、そんな風に話しかけてきた。

 その向こう側では、その仲間っぽいまた別な一団が、当初僕らが予想していた、質問攻めに行きたそうな冒険者その他の一団を、こっちに来ないように、規制線よろしく立ちふさがって妨害していた。
 どうやら、自分達が最初に僕らと話すために、強引にその他の人達をシャットアウトして、こうして話しに来ている……ということのようだ。普通に迷惑行為である。

 で、その人が名刺っぽいものを渡してきたんだが……そこに書かれているのは……

「貿易業者……? しかも、チラノース帝国の?」

「はい、本拠地はチラノース帝国に置かせていただいておりますが、加えて主にネスティア、フロギュリア、ニアキュドラをまたにかけて営業させていただいております」

「はぁ……その貿易業者さんが、僕らに何の用でしょうか?」

「はい、私共は主に、冒険者の方が危険区域やダンジョンから持ち帰ったものを売り買いしたり、またその冒険者の方に役立つ品々を取り扱っているのですが……単刀直入に申し上げます。あなた方が今回の探索で入手したものを、私共に買い取らせていただけませんか?」

「お断りします」

「断る」

 僕とクレヴィアさん、2人そろって即答でぴしゃりと言った。
 それを受けて、周囲にいた護衛の人達が少しだけイラっとしたような雰囲気になった気がした。反応が正直だな……。

 逆に、真正面に立っている貿易業者の人は、それを聞いても顔色一つ変えない。
 しかし、それで納得したわけでもないようで、続けざまに言ってくる。

「突然のことで不躾な申し出だったかもしれないというのは承知しています。ですがこういう商売は情報も品物も鮮度が命でして……こちらとしては、適正以上の価格で、市場で売るよりもかなり割高で買い取らせていただく準備ができているのですが。もしよければ、どういったものを入手したかだけでも教えて……できれば、お見せいただくことはできませんか? この場で見積もりを出しますので、もしそれでご納得いただければ、一部だけでも……」

「いえ、それも遠慮させてください。こちらにも色々事情がありまして……入手したものに関しては、物品然り情報然り、色々整理して扱いを決めたいので」

「色々な意味で取り扱いに注意が必要かもしれない品物も多くてな。きちんと話し合って決めたいので、それまでは公平を喫する意味もあり、他者の目にさらすことは避けたい。ご理解いただこう」

「…………」

 しばしの沈黙。
 僕もクレヴィアさんも、結構はっきりとした、ちょっときついかもしれない口調で言ったから、はっきりとしたお断りの意思……に加えて、少しだけ拒絶の意思が混じってることも伝わったんじゃなかろうか。

 少ししてから、貿易商の男は口を開いて、

「そうですか……それは残念です。では、気が変わりましたらいつでもお申し付けください」

 そう言って、ぺこりと頭を下げた。どうやら、ようやく話は終わりにしてくれるようだ……と、思ったんだけども。
 ちょっと小声で、さも耳寄りな情報をどうぞ、とでも言うように、

「ここだけの話ですね……私共は今回、さる有力者の申しつけで買い付けに来ておりまして。いくらでも高値を出して構わないからと、確約をいただいているんです。なので、本当にどこよりも高く買い取らせていただくご用意があるのですよ」

「……商人殿、流石にくどいと思うのだが」

「これは失礼しました。……『邪香猫』の皆様も『籠のカナリア』の皆様も、この近くの町で宿をとっていらっしゃるとのことでしたね。その街に私共も宿をとっておりまして……冒険者ギルドに問い合わせれば連絡が取れるようにしておりますので、その時はどうぞご遠慮なく」

 そう、余計なことを言い残して……ようやく踵を返して去って行った。
 長いって言うか、しつこかったな……それに、何だか妙な気配の連中だった。

 ねっとりした、こちらを値踏みするような視線……はいつものこととしても、何か、単なる商人が向けてくるようなそれじゃなかった気がするんだよな。具体的にどう、とは言えないんだけど……なんか、感覚的に。

 そしたら、どうやらクレヴィアさんも同意見だったようだ。

「……今の男、少し警戒した方がいいかもしれないな。恐らく、只の商人ではないぞ」

「あ、やっぱりそう思います?」

「ああ……商人であればよくある、利益を追求した……この相手との付き合いがどれだけの利益になるか、というものを考えている目ではなかった。むしろ、事前に何か、明確な目的があってこちらに近づこうとしているような、自分達が望む者をこちらが持っているか探るような、それが手に入るか見定めているような目だった。…商人という肩書も、正直怪しいものだ」

「なんか、随分具体的ですね。そんなことまでわかるんですか?」

「ああ……貴族令嬢という立場にいると、色々な相手に会うことになるからな……嫌でもそういう目が鍛えられていくんだ……嫌でもな」

 大事なことだから2回言ったんだろうか?

 何だか、あまり思い出したくない過去を思い出してるかのように、遠い目をしてはぁ、とため息をついているクレヴィアさん。……お疲れのようだし、さっさと帰ろうか。

「でもミナト、今の連中……私達がこの近くの町で取った宿のについても把握してる風じゃなかった? ……今日この後、一応またあの町に戻る予定だったけど……」

 と、エルク。続けて、ニコラさんも不安そうに言う。

「宿の部屋は、荷物は残してないけど、部屋自体は料金を前払いしてそのまま抑えてありますからね……その後、ギルドへの報告もここでする予定でした。でも……やめた方がいいかも」

 その脳裏には、さっき貿易商の男が『同じ町にいるからよろしく』とか言っていたことが思い出されているんだろう。
 手荒なことをしてくるとは思いづらいけど……しつこく『営業』をかけてくる可能性はあるな。

 一応いつも通り、野次馬とかはシャットアウトしてくれるように、最上級の宿を選んで泊まってはいるものの……あいつ、なんか得体が知れなかったし、もしかしたらってこともある。

 すると、今度はレムさんが挙手して口を開いた。

「……提案だが、宿には戻らずにこのまま町を出ることにしないか? 一旦町には戻るが、宿には事情を話して戻らない旨を伝えて、ギルドにも、報告は簡単に済ませて、それから事情を説明して……宿泊と報告は、他の町で行うことにした方がいいと思う」

「それがいいかもしれねえな。前払いしちまった分は……まあ、迷惑料ってことでくれてやればいいだろ。ギルドへの報告は……」

「それは私とジャネットさんがやるわ。事情を説明すればわかってもらえると思うし。高ランクの冒険者となれば、色々イレギュラーな事態や面倒事はえてして起こるもんだし。情報を報告して手柄を立てるのを別なギルドに譲っちゃうわけだけど……そこは納得してもらうしかないわね」

「そうですね。でも、今から他の町に移動か……日が暮れる前に、それ相応の宿泊施設がある町にいくとなると……ちょっと難しいかと……」

 ジャネットさんは、今夜の宿が心配なようだ。

 このまま町を出るとなると、どこかで野営ってことになるもんな……でもそれだと、魔物とかに警戒しなきゃならないのはもちろん、よからぬ輩からの襲撃とかも警戒しないといけない。

 僕らが『双月の霊廟』から持ち帰ったアイテムやら何やらを狙う盗賊とか暗殺者とか……それこそ、何かしらの形でさっきの連中が接触してくることだってありそうだ。
 『おやおや、偶然ですねえ、ここであったのも何かの縁……』とか言って。うざ……。

「……それなら、クレヴィアさん達、うちの船に来ません? 皆さんなら信頼できますから、来客用のスペースでよければ、乗ってもらってもいいですし……宿代わりにはなりますよ。ああ、もちろんテオも」

「船、ですか?」

「船、というと……『オルトヘイム号』か!」

 きょとんとして聞き返してくるテオと、それを聞いて思い至るものがあったクレヴィアさん達。まあ、彼女達は僕の船について、『フロギュリア』の一件で知ってるし、この中の何人かは乗ったこともあるからな。

「ああ、あの、とんでもない船か……ま、まあ、乗せてもらえるんならありがたいかな……」

「そうだな。安全性や、居心地の快適さなど、どれをとっても文句はないレベルだ。ただ、まあ……あえて言えば……」

「快適すぎて、色々ありすぎて疲れはするが……いや、乗せてもらう身でこんなことを言うのは失礼だな。済まない、ミナト殿……では、お願いできるだろうか」

「もちろん、ゆっくりくつろいでいってくださいね」

 顔色とか、思わずつぶやいた言葉とかに、本音の部分が見え隠れしてたけどね。
 うん、まあ……便利すぎたり、マジックアイテムが多すぎて逆に落ち着かないっていうのは、僕の拠点やあの船を訪れた人にとっては最早あるあるネタと化してるし……いつものことだ。
 ごめん、慣れてね。
 
 テオはと言うと、色々と便利なアイテムもあって快適に過ごせる場所だと聞いて『楽しみです!』って曇りなき瞳で言ってた。
 人間モードの見た目は、同い年かむしろ年上に見えるのに……子供のような純真さがまぶしい。

 そんなテオに対して、『籠のカナリア』の皆さんと……『邪香猫』のメンバーも何人か、憐れむような、あるいは心配するような視線を向けているのに気づいた。

 ……あーはいはい、あの曇りなき瞳が、便利すぎて逆に疲れる『否常識』な空間に放り込まれて濁っていくのが心配なんだな。
 ……実のところ僕も今ちょっと心配してるけども。

 実際僕、こないだ披露した『インスタントフルコース』とかも含めて、僕が作ったもので他人がびっくりしたり、喜んでくれるのを楽しんでる部分も正直あるから、半分は嬉しいんだけど……それで疲れられたり引かれたりするのは……若干こっちも『えー』ってなるからなあ。
 いや、それでも楽しいんだけど。

 ともあれ、まずは町に戻って、報告と宿の引き払いを済ませて、それから……ああ、今のうちに『オルトヘイム号』で待機してる面々に伝えて迎えに来てもらうとするか。

 そう考えて、さっそく動こうとしたんだが……

「おい、待て弟子」

「あの、すいませんミナトさん、その前に……いいですか?」

 突然、師匠とテオが同時に声をかけてきた。
 何だろうと振り返ると、その2人も驚いていた。どうやら偶然同じタイミングで口を開いたみたいで、お互いを見ながらちょっと驚いていた。
 が、すぐにテオが『どうぞ』とジェスチャーして、師匠に先に言うよう促した。

「……一応言っとこうと思ってな。お前ら、気付いてなかったっぽいが……さっきの連中の中に、妙なのが1人いたぞ」

「……? 妙なの?」

「……それ、私も気づきました。他の方々が、護衛を含めてほぼ全員、ミナトさんとクレヴィアさん、そして交渉している商人の方の3人を見ていたのに対して……その人は、最初から最後まで私のことを見ていた気がして……」

「……テオを? 何で?」

「さあ、そこまでは……」

 ……1人だけ雰囲気が違ったから気になったのかな? 義姉さんのナイトガウンだけじゃ、外では目立つと思って、一応予備の外套と靴を着せてきたけど……ダンジョンから出て来たにしては軽装だと思われたか?

 いやそもそも、『邪香猫』と『籠のカナリア』、どちらのメンバーにもいなかったはずの女性がいきなり加わってたから、そこが違和感に思えたのか……

 ……まさか、テオの正体に気づいてた、なんてことはないだろうし……な。


 ☆☆☆


「あの場では、アレ以上食い下がるのは無理でした……話を長引かせて聞き出すことも難しかった。申し訳ないが、ご理解願います」

「……やむを得んだろう。閣下には私からも報告しておく」
 
 同じ頃、ミナト達から離れて行った、件の『貿易商』としの護衛の一団。

 先程、ミナトとクレヴィアを相手に交渉をしていた、自称・商人の男は……自分の斜め後ろに立つ、護衛……のような服装をしている男と、近くにいても聞こえないほどの小声で話していた。

「しかし、アレではどういった成果を上げたのか、何を持ち帰ることができたのかもわからんな。……本国が欲しがっている『血晶』を、連中に回収されてしまった可能性はないか?」

「……何とも言えません。ただ、冒険者ギルドにある程度の報告は上がるでしょうから……そちらから探れないか見るしかないでしょう。恐らくですが、本国の方々や……あなた方が探している『霊廟』というのは、あそこのことです。どんな些細な情報も入手できるように手を回さなければ」

「そうね……『血晶』は、私達にとっても、あなた達にとっても、今後を、行く末を左右する重要なもの……何としても手に入れなければならないものね」

 そう、商人から『あなた方』と呼ばれた護衛が、可笑しそうに笑う。
 その姿は、どこからどう見ても、がっしりとして顎と鼻の下に髭も生えた……男性だった。しかしその口から出た声は、明らかに女性のものだ。

 少し、いや明らかにおかしな光景だった。
 声と見た目のアンバランスさもそうだが……それ以上に、雇い主であるはずの商人が、後ろを歩いている護衛のうちの2人に対して、まるで敬うかのような姿勢を見せている。

 そのうちの1人である、一見すると護衛の私兵か何かのように見える男性は、

「だが、相手があの2人……『災王』と『雷光』では、あれ以上の干渉は逆に愚策だったと言わざるを得ないだろう。下級冒険者が運よく手に入れたのであれば、力ずくで奪うのも選択肢ではあったが……流石に相手が悪い。深入りして噛みつかれれば、我々では対処できん」

「はい……祖国のさらなる飛躍と繁栄のためには、『血晶』が絶対に必要です。『リャン王国』の連中がどこかに隠したという、かの秘宝が……」

 思わずといった風に、ちっ、と舌打ちをする承認を見て、くすくすくす、と、もう1人の方の兵士がおかしそうに笑った。
 それに気づいて、はっとして頭を下げる商人。

「申し訳ない。お見苦しいものをお見せしました」

「いいのよ、気持ちはわかるもの。全く……真の価値も知らず、使えもしないくせに、大事にどこかに隠すだけ隠して、居場所も言わずに滅んで死んじゃうなんてねえ……おかげで私達が苦労する羽目になって、いい迷惑よねえ」

「は、おっしゃる通りで……まあ、あの者達が手にしたとも限りませんので、引き続き我々はここで、冒険者達からの買い取りを進めます。あなたはこちらに、引き続き滞在なさいますか、『財団』の方?」

「いいえ、私はこれで失礼するわ。他に気になることもあるし……そろそろ上に定期報告する内容をまとめなきゃ」

 言いながら、その兵士はぱちん、と指慣らしをする。
 すると、その姿が装備ごと……いや、何もかもが一瞬にしてがらっと変わった。

 先程まで男の兵士が立っていたそこには、露出の大きなデザインの服を身にまとった妙齢の女性が立っていた。

 その容姿は、妖艶な美女と言って差し支えないものではあるが……一方で、明らかに種族は人間でないとわかる。衣装の露出が多いせいで、余計に。

 体のあちこちに鱗のようなものが、まるで装甲のように浮き出ている。腕にも、足にも……そして、顔の一部をも覆うように。
 加えて、頭……金色の髪の毛の隙間から、僅かに角のようなものが見えていたし、口からは長い牙が覗いている。目は血のように赤く、瞳孔は爬虫類のように縦に割けている。
 腰からはまるで蛇のような細長い尻尾が伸びていて、背中には蝙蝠のような翼があった。

 まるでそれは……龍と人が混ざったような見た目の女だった。

「時間はあまりあるとは言えないわ。引き続き頑張ってね……いい報告を期待してる」

「はい、そちらも道中、お気を付けて……プラセリエル殿」

 返事をする代わりに、プラセリエル、と呼ばれたその女は、翼を羽ばたかせて勢いよく飛翔し……そのまま、空の彼方に消え去った。

 それを見送ってから、商人の男は、ちっ、と不快感を露わにする。どうやら、先程までの敬う態度は、猫かぶりだったようである。

「ふん、デカいツラをしやがって……今に見ていろ、『血晶』さえ手に入れば、我らが祖国こそがこの大陸の覇者となる。その時は、貴様らも便利に使ってやる。媚びを売って跪き、我らに命乞いをすることになるのだ」



(とか何とか今頃言っているんでしょうね。本当にわかりやすいわ、あの国の連中は)

 空を切って飛びながら、プラセリエルはそんなことを考えていた。

「そして、愚か……そんなことができるはずもないのに。ええ、そうよ……龍の力は、ただの人間が制御なんてできるようなものじゃないのよ……そうですよね、総帥」

 そう、独り言を言って……しかし、はっとしたように、

「いけないいけない、今は『総裁』だったわね……」

 そう、言い直して、飛び続ける。



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