魔拳のデイドリーマー

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第15章 極圏の金字塔

第272話 続・やっぱり何かおかしい。

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『白鯨龍』との死闘を乗り越えた僕らは、港に凱旋……白鯨龍を含めた大量の収穫(食肉・素材的な意味で)を持ち帰った。

完全なるヒーロー扱い。大歓声で迎えられた僕ら。
ちょっと戸惑いつつ歩く僕らの横で、何か慣れてるっぽい感じで、群衆に手を振り返したりしているクレヴィアさんたち。

その後ろでは、満足そうに胸を張って歩いている『氷の牙』の面々と、そのさらに隣で、厳めしい仏頂面で、しかし堂々と闊歩しているノウザーさん以下『慈愛と抱擁』の皆さん。

ちなみに、最後のノウザーさんたちは、不愛想っぽく見えて……遠くから手を振っているファンらしき子供たちに答えてちょっとだけ手を振っていた場面を僕らは目撃している。

大量に持ち帰った『ブルーベルーガ』や『シーサーペント』の肉、そして『白鯨龍』の各種素材――すでに解体済みだったことにちょっとびっくりされたけども――は、ギルドに提出したのち、その肉の一部は素早く町の各提携店舗に届けられ、そこで食べられるようになった。

その中には、僕らが泊まっている宿もあって……当然のように、その夜は宴会。祝勝会。
『邪香猫』と『カナリア』のメンバー達に加え、ギルドの手配で、あの戦いに参加した『氷の牙』『慈愛と抱擁』その他メンバーも招いての宴会になった。

めっちゃ騒がしかったんだけども……幸いと言っていいのか、喧嘩やら何やらの無粋に走る者はおらず、平和?な飲み会だったと思う。

『氷の牙』の連中も……まあ、やや絡み酒の気が見られたものの……普通に酔っ払いテンションで浮かれてるだけ、って感じだったし。

そして、宴の席に並んだ料理は……今回の戦いで倒して、素早く解体・加工された、戦利品という名の魔物の食材たちである。
どれもこれも、極上の料理に姿を変えて皿の上に載っていた。

『ブルーベルーガ』のステーキやカツに始まり、『プレデタークー』のフライドチキン、ソテーみたいな感じになった『キラーイール』、『マーライオン』はコレ……あぶり焼き?
……さすがに『アクアスライム』は食用にはならないか。

そんでもってメインは、分厚く切った『白鯨龍』のステーキ。焼き加減選べる。

そんな風な、浮かれた感じの空気の中で、無事に『白鯨龍』という名の脅威を取り去ることに成功した僕らは、勝利の美酒に酔いしれながら、夜が更けていく中、構わず飲み続けるのだった。

ちょっと騒がしいけれども、大きな災害に発展するでもなく収まったこの形は、当初の『経済の起爆剤』という役割もきちんと果たす形となった、最善の終わり方―――



―――の、はずだった。



☆☆☆

「…………おかしいでしょ、コレ」

「ああ……そうだな。肯定せざるを得ん」

『白鯨龍』討伐から、実に1週間。
僕ら……『邪香猫』及び『籠のカナリア』は、未だにここ『グラシール』に滞在していた。

何でって? まだ収まらないからだよ。魔物の異常発生&襲撃が。

規模自体は、あの日のアレほど大きくはないが……それでも通常時とは比べられない規模の大群がここに向かってきている。
大体、2~3日に1回くらいのペースで。

町にいる冒険者や傭兵、国軍で十分……それこそ、死者すら出さずに対応できるレベルなんだけど、だからって何も問題ないわけがなく。

いつになったら終わるんだとうんざりする中……とうとう昨日、

「まさか、再び『大物』が現れるとは、さすがに思わなかったからな……」

今更ながら、僕らは今ギルドにいる。
ギルド内の飲食スペースで、昨日倒した獲物が、食肉として調理されたものを食べている。

Sに近いAAAランクの強さを持つ、海の悪魔……『レインボーシーサーペント』の肉を。

見た目、『シーサーペント』に……深海魚の『リュウグウノツカイ』だっけ? が混ざったような、光の加減で虹色に見えなくもない鱗を持つ巨大な魔物だった。
まあ、倒したけど。

倒したはいいんだけど……こいつは本来、こんな場所には出ない魔物らしい。
明らかに『異常』であるとのこと。

加えて、さっきちらっと言った、散発的にくる魔物の軍団の襲撃なんだけど……地元の漁師さんたちとかの分析によると、数や頻度もそうだけど……来ている魔物の種類がおかしいそうだ。

例えば、僕らはこの事態を当初……『白鯨龍』が暴れて『シーサーペント』が追い立てられ、移動してきたそいつらにさらに『ブルーベルーガ』が追い立てられて起きた騒動だと見ていた。
圧倒的強者の暴虐によって、縄張りを荒らされ、追われた結果の騒乱だと。

漁師さんたちによると、どうもそういった現象が、海のあちこちで起こっているらしい。
魚の生息域や、魔物の縄張り……そういったものがめちゃめちゃになっているそうだ。

その知らせに、僕の頭をよぎったのは『真紅の森』や『狩場』での一件だけど……最近地震が起こって海がどうこうなったって話は聞かないそうだし、そもそも陸には大きな影響をもたらす地震であるが、海の魔物の縄張りまで狂わせることは少ないそうだ。
今までに起こった地震でも、そんなことはほぼなかったそうだし。

だったら、何でこんなことが起こってるのか……前にオリビアちゃん達が言ってた、『寒さが長引いてる』っていう現象の方に原因があるのか?

……わからん。
わからんけど……どうにも嫌な予感がする。

なんていうか、うまく言えないけど……この騒動、まだまだ続きそうな……


―――カンカンカンカン……


……おぉい、この鐘の音は……


☆☆☆


洋上戦なう。あげいん。

こないだはクジラ。昨日はウミヘビ。
今日は……亀かよ。

またAAAランク。強固な甲羅でその身を守りつつ、食用と破壊衝動のままに、目に映るものすべてに食らいつき食い殺す……時に軍艦すら鎮める海の暴れ亀『ゲルドシュトータス』。

この海域、こんなにもAAAランクの魔物多いのか、って漁師さん――軍艦に乗って同行してもらってる――に聞いたら、そんなわけないだろ、って半泣き+絶叫で返してきた。

白鯨龍なんてめったに出るもんじゃないし、襲ってくることはさらに少ないし、

昨日の『レインボーシーサーペント』だって、本来この辺りに縄張りがある魚じゃなく、一生に一度見るかどうかってレベルの希少種らしいし、

この『ゲルドシュトータス』は、漁師さんも初めて見たそうだ。
こいつも縄張り全然違うところのはずで、しかも『レインボー(略)』とは真逆の方角。

何だってそんな連中が、ここにこうしてやってきてるんだ……?

甲羅が素材になるそうなので、『鎧通し』の要領で直接内部に衝撃を叩き込む感じで5、6発殴って倒したわけだけども……さあ帰るか、って軍艦が方向転換した、その時だった。

「……っ! ミナト、何か来る! 海中からよ!」

『サテライト』を展開したままだったエルクから、そんな声。

同時に、『共有』で脳内に浮かび上がる地図……そこで確認できる、何者かの接近。
位置は……軍艦の真後ろ!?

ばっと振り返る僕に、何事か、と反応したクレヴィアさん。素早く振り返り、2人して同じ方向を見ると……遠くの海の海面下に、何かがうごめいているのが見えた。

白くて、巨大な影……白鯨龍か!?
いや、違う、それにしては……大きい、っていうより……長い……!?

白鯨龍やレインボーシーサーペントを超えるすごいスピードでこっちに近づいてくるその何かは、軍艦の後ろ十数mに来たところで……海面からでてその姿を見せた。

それは……

「氷の……龍?」

「バカな!? まさか……『エレメントアイスドラゴン』!?」

そのまんま……体が氷でできたドラゴンだった。
西洋タイプじゃなく、どっちかっていうと……東洋の龍を思わせる長い体だった。顔は、西洋のドラゴンって感じだったけど。

そんな体全体が……氷でできているのだ。
こいつさては……ドラゴンと言ってはいるけど、実態は魔法生物系か!

クレヴィアさんいわく『エレメントアイスドラゴン』というらしいそいつは……体全体からすさまじい冷気を放ち、海水面を凍らせて流氷の海を作りながら、襲い掛かってきた。

いきなり海のコンディションが変わったせいで、船はうまく進めず、逃げるのは絶望的。
こりゃ迎撃するしかなさそうだけど……

「油断するなミナト殿! こいつは……私も初めて見るが、伝承に出てくる生きた災厄とまで呼ばれる魔物だ! かつて、町を襲ったこいつをSランクの冒険者が相打ちで仕留めたと聞いている……それも、陸で戦ってそれだったのだ。しかし、ここは海上……まずいぞ、これは……!」

とのこと。そりゃまた、とんでもない魔物が出て来たもんだな。

……って、んなこと言ってる間に、奴さん先制攻撃しようとして来てるよ!?
口の中で、バカみたいに大量の『氷』の魔力を練り上げて……あ、やばいこれ、ブレスだ。

とっさに僕は甲板から飛び出し、『エレメントアイスドラゴン』の顔の真横まで行くと、思いっきり横から殴りつけて明後日の方向を向かせ……その直後、ブレスが発射。
間一髪、その氷のブレスは軍艦を避けて……おいおい……。

当たった海面がすごい勢いで凍り付いてくんだけど。
あんなもん食らったら一撃で凍結して、脆くなって自重で自壊しちゃうんじゃないのか?

現に、当たったところにできた氷塊が、不安定な形のところから崩れ落ちてるし。

やばいなこいつ、さっさと終わらせないとマジで危険だ。最悪、軍艦が全滅しかねないぞ……それこそ、戦いの余波だけでも。

つまり……

(……出し惜しみしてる場合じゃない、ってことだな)

そんなことを考えていると、氷の龍は今度は、直接突っ込んできた。
その鋭く冷たい牙をぎらつかせ、僕らの乗っている軍艦を噛み砕こうと。

その真正面に僕が立ちはだかると……さっきの一撃で学習したのか、突っ込んでこずに突如海に潜った。そして、潜水しながら軍艦に近づいていく。海中なら手出しできないだろう、とでも考えたか?
無論、そんなことを許すつもりはないが。

右手を手刀の形にして……と。

「モーセスラッシュ!!」

ぶぉん! と、勢いよくその手刀を振り下ろし……その際に生じた真空波で……

――ズドバアアァァアアアン!!

かの有名な、『紅海の奇跡』のように、長さ数十mにわたって真っ二つに割れる海。
安全だと思っていたであろう海水の中から、その無防備な姿をさらす龍。

その口――牙のところに、かちん、と引っかかる針。
今僕が取り出して、こないだと同じように投げ釣りの要領で放った……特性釣り竿から伸びる糸についている針だ。

おそらくは、それを龍が認識するよりも先に……

「フィ―――ッシュ!! ――アンド……リリィ―――ィスッ!!」

釣り上げ、空中を泳がせて……その勢いで遠くの海へ投げ飛ばす。
着弾したところには、自身の冷気で海水が凍ってできた氷塊が浮いていて……それに突っ込んで、ちょっとくらいはダメージになったかもしんない。

が、これで倒せたとは思ってないので……

「一気に決めるか……『エンドカウンター』!!」

左手首に腕時計型マジックアイテム『エンドカウンター』を出現させる。
そして、その文字盤の『1』の個所に指を置き……


『Form Select……Operation……『Diver』!!』

「フォルムチェンジ……『ダイバーフォルム』!!」


☆☆☆


『エンドカウンター』から、青い光があふれ出す。

その光は、ミナトの周囲を渦潮のように覆いはじめ……その真上に収束して、形を成した。
できていたのは……青色の、パーカーというか、レインコートのようなそれ。

ただ、デザインが中々に独特である。
フードの部分が、サメの頭ないし口のような感じのデザインになっていて、しかもまるでヘルムのように硬質な感じだ。加えて、背中……いや、延髄のあたりに、サメのそれににた背びれがついており、そしてパーカーの端っこの部分はサメの尾びれのような形状になっている。

それがそのまま落下してきて……すぽっ、という感じで、ミナトに装着される。
と、同時に……彼が元から身に着けていた装備と服の、黒色だった部分が……青に変わった。

今さっき放り投げた『エレメントアイスドラゴン』が、叩きつけられた氷塊を粉砕して雄叫びを上げたと同時に……その『変身』は完了し、周囲に渦巻いていた青色の魔力光が散った。

その中心から……サメをモチーフにしたようなデザインのレインコートのような追加装甲を身に着け、その全身を青色メインに変化させ……『ダイバーフォルム』となったミナトが姿を見せる。

数秒前と全く違う感じになったその姿に、クレヴィアを含め、軍艦に乗っている者達――邪香猫関係者を除く――が、一様に驚いた、あるいは困惑している感じの視線を向ける中……それに応えることなく、ミナトは動いた。

「……!? なっ……」

クレヴィアが驚愕に声を上げる前で……ミナトはなんと、海に飛び込んだ。

驚愕は当然である。今の時期、フロギュリアの海へ入るのは……ただの自殺行為なのだ。
流氷が浮かぶほどの冷たい水温の中では、そういった環境に適応した魔物でもない限り、急激に体温を奪われてたちまち体が冷え切り、死に至る。『マーマン族』や『ギルマン族』といった、水中で暮らす亜人種族ですら、この水温の中で動くことは難しい。

まして、普通の人間など、あっという間に低体温になってしまう……はずなのだが、

何事にも例外はあるもので……それを次の瞬間、クレヴィア達は目にすることになる。

時間にして、一瞬。
クレヴィアらが、ミナトが水中に飛び込むのを目にしてから……わずかにまだ一瞬。

だというのに、ミナトは……数十m離れた場所にいた『エレメントアイスドラゴン』の真下から、その巨体を蹴り上げて空中を舞わせていた。

「「「―――!?」」」

驚く一同の眼前で、まるで魚が跳ねるように水面から飛び出したミナトは、そのまま空中で氷の龍に連撃を叩き込み、反撃を許さないままに数十発の拳と蹴りを浴びせた挙句……背負い投げの要領で海面にたたきつけた。
そして自分は、怒り狂った追撃をひらりとかわし、また海中に姿を消す。

そして一瞬後、龍の背後の水面から飛び出してドロップキックを浴びせていた。
『エレメントアイスドラゴン』のホームグラウンドであるはずの海上でありながら、戦況は俄然、ミナトに向いている。

それも当然……ミナトが今『フォルムチェンジ』によって変身したこの新たな姿『ダイバーフォルム』は、その名からも想像できる通り、水中戦に特化した姿である。

青いパーカー型のマジックアイテム『メガロパーカー』を装着し、全身に水と氷の魔力を充填させたこの姿は、水中で自在に動くことができる。バタ足などのモーションなしでも、魚雷のように素早く、勢いよく動くことが可能で、急な方向転換なども思いのままだった。
さらに、水流の操作によって体術が阻害されることもなくなる上、空中でやるのと同じように足裏に足場となる力場も作り出せるし、冷たい水温の影響をほとんど受けなくなる。

おまけに、クジラやイルカが用いる『反響定位エコーロケーション』や、電気信号を感じ取って相手の動きを察知するサメの『ロレンチーニ』といった能力も使うことが可能だ。
別に変身しなくても、素の状態でミナトは使えるのだが、このアイテムの補助を受けることで、まるで呼吸をするように使いこなせる。

なので、降り注ぐ氷塊の豪雨や、水面下から不意を打たんと襲ってくる氷の龍の長い体や尻尾の一撃を、瞬時に察知して回避するくらいのことは簡単なのであった。
むしろそれに合わせて、カウンターで強烈な一撃を叩き込むことすら可能だった。

ややコミカルに見えなくもないその姿からは想像もできないほどの凶悪な性能により、ミナトは相手の土俵であるはずの水中で、あるいは水上で、反撃の隙を与えず一方的に『エレメントアイスドラゴン』を蹂躙して見せていた。

エレメントアイスドラゴンも、幾度となくその爪や牙、そして冷気でミナトを仕留めようと襲い掛かるも……ことごとく失敗。

水中でも空中でも、舞うように軽やかに動くミナトをとらえることはかなわず、
爪も牙も、突き立てるどころかミナトの体術によって割られ、砕かれ、
冷気をぶつけて海水ごと凍らせようとするも、水流と魔力操作で阻害されて散らされる。

そうしている間にも……幾度となく直撃する拳と蹴りで、エレメントアイスドラゴンの体を構成する氷は削るように砕かれていく。
徐々にだが、確実に弱っていく海の災厄。

苦し紛れに、最初と同じように口の中に魔力を、冷気をため込んで、超低温のブレスによって一気に勝負を決めようとするも……結果的に、それが最悪の一手であった。

あまりにも大きなその隙を、ミナトが見逃すはずもなく……一瞬にして距離を詰め、地面ならぬ海面を蹴って懐に潜り込んだ。

迎え撃たんと振りかざされた、その両腕の氷の爪を、連続飛び回し蹴りで砕き割り……その顎に、カチ上げるようなアッパーカット……と、思いきや、魔力を用いた『発剄』の類に分類される一撃が叩き込まれる。

そこで、龍の顎を砕きながら……その口腔内に、いつの間にかもう片方の手に持っていた、野球ボールサイズの、しかしメカメカしい外見の球体が投げ入れられる。

「……ジエンドボム(ぼそっ)」

投げ入れた直後、再び海の中に飛び込むミナト。

そして直後……投げ込まれた爆弾が炸裂。
吹き出した超高温・超威力の爆炎により、元々そこに充填されていた水と氷の魔力――というよりは、そこにあった超低温の水分が過熱され、引き起こされるは水蒸気爆発。

龍の胸から上が消し飛んだ。

そして、ダメ押しとばかりにミナトが下からサマーソルトキックを叩き込み……残った下側の体も粉砕した。

☆☆☆

「何……様子を見に行く? 何のだ?」

「何かの」

「……は?」

頭の悪そうなやりとりはともかく。

『エレメントアイスドラゴン』の討伐後、素材となる欠片の回収を、主に今回出番のなかった他の方々に任せ……僕は『ダイバーフォルム』のまま、ちょっとした調査に出ようとしていた。

その過程で、クレヴィアさんとかわしたやり取りが、上記のアレなわけだけども……具体的には僕は今、この後のことを彼女に任せ、今さっき『エレメントアイスドラゴン』が来た道筋をたどり、逆走してみようとしているのである。

そのために、さっき装着もとい変身した、この水中戦特化モードをそのまんまにしているのだ。
必然、アレが来た道を逆走するってことは……水中を泳いでいく、ってことだから。

いや、さっきこいつと戦うために水中に潜った時にね……妙な魔力の痕跡を感じたんだよね。

魔法生物系の魔物は……総じて足取りを追いやすい。生命活動そのものに相応の量の魔力を用いていて、また常に周囲に魔力の残滓をまき散らしている場合が多いからだ。
今回の『エレメ(略)』みたいに、体を単一の物質で構成してるようなのは特に。

その痕跡が海中に色濃く残ってたんで、僕ならそれをたどっていくことが可能なんだけど……その中に、あの龍の体を構成するそれとはまったく別な性質の魔力が混じっていたのである。
それも……まるでどぎつい匂いの香水みたいに、濃密に。

あんまり気持ちのいい例えじゃないのは承知してるけども、それが多分一番適格だと思うので、目をつぶってほしい。

「その『異質』な方の魔力……多分だけど、ここにこうしていきなり、何の前触れもなく『エレメントアイスドラゴン』が現れた理由と、無関係じゃなさそうだなー、と思ってね? こいつが来た先に何があるのか、ちと調べてみたくなったわけ」

「それで……海中から、足取りをたどって手がかりを探すと?」

「ああ。まあ、さすがにそんな遠くまではいかないよ……戻ってこれなくなったらシャレにならないし。距離、水深、その他……適当なところで帰ってくるよ。ちゃんと」

具体的には、『サテライト』の限界距離超える前に、ね。

「……なるほどな。その、水中戦用と思しき装束を使えば、それも可能ということか」

僕の『ダイバーフォーム』の装備を見ながら、クレヴィアさんはつぶやくように言う。

「そもそもここんとこおかしいからね……強力な魔物が立て続けに押し寄せる上に、その中にはこのあたりに現れるはずもない魔物が結構な頻度で混じってる。今回の龍もそれらと無関係とはちょっと思えないし……だったら、この一連の魔物たちの異常な分布の謎を解明する手がかりが何か手に入るかもしれないじゃん?」

「……その案件に携わる者としては、魅力的な提案……だな」

「でしょ? そういうわけで……多分だけど、まだちょいちょい軍艦に襲ってくる魔物の相手、クレヴィアさんたちに任せても?」

「わかった、任せておけ。これでもSランクだ……『白鯨龍』や『エレメントアイスドラゴン』級の魔物でも出てこない限りは、きっちり守ってみせるさ」

「それじゃよろしく」

『ってなわけで、行ってきます』

『行ってらっしゃい。お土産よろしく』

『あいよー、なるべく何かは持って帰るようにするから。素材的な意味で。あ、あとサテライトよろしく。アルバそっちにやるから、ブーストかけて超長距離モードで』

『はいはい』

エルクと念話でそう話してから……ダイビング、開始。
ばしゃん、と音を立てて水中にもぐる。

流氷が浮く水温の中……僕は、『エレメントアイスドラゴン』の魔力残滓をたどりつつ泳いでいく。魔法によって発生させる推進力と、体表面付近の水流操作、それに要所要所で水を蹴る感じで加速したり急カーブしたりする。

自画自賛だけど……はたから見たら、縦横無尽に動き回る魚雷みたく見えるかも。

……それにしても、やっぱ冷たいなこの海域の海水。
『メガロパーカー』についてる水温測定機能でちょいちょい測ってみてるんだけど、今さっき測った場所の水温が氷点下だったし。

この海域……っていうか、フロギュリアの一部の河川や北部の海域は、液体のままで水温がマイナス行くからな……不思議。

僕じゃなかったらコレ、水に落ちでもしたら数分……短ければ数秒で死んでもおかしくない。ショック死とかで。多分だけど、マーマン族とかでも厳しいだろうな。

それイコール……おそらく、コレ以上進むと、ろくに水中の環境が調査されてない、未知の領域に突入するということに……っていうか、あれ?

頭の中の『サテライト』の地図で確認すると……あ、やっぱりだ。

(このまま行くと……『ヒュースダルト環礁』に行き着くぞ……?)

事前にオリビアちゃんに教えてもらった危険区域の1つ。連邦北部の洋上にある、超低温の環境下でのみ育つサンゴその他によって形作られたサンゴ礁。
氷点下の水温と、海上を舐めるように吹き荒れる暴風雪により、魔物の強さ以上にその環境の過酷さで来る者を拒む極寒地獄……だったっけ。

ただ、潮の満ち引きによって大小の陸地が現れたり、ここでしか取れない素材があったりするっていうことなので、興味もあった場所だ。

……『エレメントアイスドラゴン』は、ここから出てきたのか……?

そのまま数分泳ぐと、予想通り……僕は『ヒュースダルト環礁』に着いた。
進んだ先は、サンゴ礁でできた陸地になっていた。ここが固定の陸地なのか、潮汐によっては水没するのかはわかんないけど……とりあえず上陸する。

……超寒い。濡れた体に猛吹雪が吹き付ける。体温コレすごい勢いで奪われるぞ……。

「……っ……ずっと水中にいた方がまだマシかも……いや、そもそも泳いでここくるのなんて僕くらいか……他の人は、例えば資源目当ての採掘者とかは、最初から最後まで船なんだろうな……よくよく考えたら、こんな水温の水の中に入るなんて、普通に自殺だわ」

ぼやきつつ進む。魔力の残滓は、幸いまだ感知可能で……続いている。
定期的にエルクたちに連絡を取りつつ、まだまだ進む。

残滓優先で、陸と水中を何回か出入りしつつ進むと……何度目かの潜水中に、サンゴ礁の陸地に奇妙な大穴が開いている場所を見つけた。

穴というより、割れ目だな。海底のクレバスを思わせる、奥が見えないくらいに深く、暗い。

というか、あらためてすごい規模だなこのサンゴ礁……知らなかったら海底だと思うぞコレ。

実際には、すごい広範囲に広がってるサンゴ礁の陸地で、そこに走ってる割れ目なわけだけど……魔力の残滓はこの先に続いてるな。しかも、『異質』な方の魔力がどんどん濃密になってきてるし、間違いなくこの先に何かあるんだろう。

幸いと言っていいのか、かなり縦横に広い割れ目なので、暗くても楽に入っていける。
壁にぶつからないよう、『反響定位』とか色々使いながら潜っていくと……数十秒くらいで、明かりがさしこんでいる出口らしきところが見えた。

そこから出ると…………っっっ!?


(……ちょっ……何、だよ……コレは……!?)


絶句した。
出口から泳いで出るなり、視界に飛び込んできたその光景に……絶句した。

そこは……周囲をサンゴ礁の壁に囲まれつつも、すさまじく広い、竪穴みたいな空間だった。上の方にはサンゴ礁はなく、普通に海面になっているのか……光が差し込んでいる。
これなら、位置さえわかれば、普通に海面から入って潜ってここに来ることも可能だろう。

……問題は、その広大な水面下の空間の中心部にあるモノだ。

(氷の……ピラミッド……!?)

高さ、幅共にとんでもない大きさの、巨大な氷でできた金字塔ピラミッド

自然にできたものとは思えない、美しく形の整った……自分的には砂漠にあるイメージの、四角錐の建造物が……なぜか、堂々と海底に鎮座していた。
おまけに、その周囲に……遺跡と思しきものが山ほど転がっていると来たもんだ。

……とんでもないものを見つけてしまった……コレが、魔物の異常発生と関係があるものなのかどうかはわかんないけど……こりゃ、えらいことになるぞ……!



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