魔拳のデイドリーマー

osho

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第20章 双月の霊廟

第465話 手がかりを求めて

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 ミナト達『邪香猫』が『サンセスタ島』を調査し……その2日後には、その驚愕しかない変容ぶりをレポートにまとめて冒険者ギルドに提出した。

 その内容はすぐさまギルドマスターであるアイリーンへ届けられ、ギルド最高幹部を集めての緊急会議案件となり……その翌々日には、ネスティア王国の王城にまで報告が挙げられた。

 なおこれは、単にギルド本部がある『ウォルカ』がネスティア王国にあり、一番近かったから最初に届いたに過ぎない。
 数日中には、『6大国』を始め、ギルド加盟国全てにその情報が共有されることとなるだろう。それこそ……『チラノース帝国』をも含めた全ての国でだ。

 冒険者ギルドは国際的に権利を保障された機関であるため、ギルドから各国家に対しても扱いは平等にしなければならないのだ。それが例え、国際的な問題児国家であっても。

 ……少なくとも、今は。

 ともあれ現在、ミナト達が作成したレポートが、ネスティア王国の王城に持ち込まれ……ここでも同様に、緊急の対応を要する案件として、会議で取り上げられていた。

 レポートの内容を簡潔にまとめると、以下のようになる。


・今回異変が起こったとされていた場所の1つである『サンセスタ島』は、『ソレイユタイガー希少種』を始めとする、それまで島にいなかったはずの魔物達が跋扈する状態になっていた。
・出現した魔物の種類は(中略)となっており、弱いものでEランク、強力なもので測定不能のランクを持つものが確認できた。また、生態系は激変しており、以前の調査時に見られた魔物は、島の外縁部にわずかに残るのみであり、ほぼ全滅状態になっている。
・今回新規に確認できた魔物は、火山内部にて太古の時代から、『地脈』のエネルギーを利用して休眠していたものと思われる。『地脈』については別紙説明資料を参照。
・今回のケースと同様、あるいは似た内容で眠りについている魔物は他にもいる可能性があり、何かのきっかけで目覚める可能性があり、注意が必要。


「……にわかには信じがたい内容だな。ミナト殿のことを疑うわけではないが……コレは流石に、話が飛躍しすぎている」

「ですが……冒険者ギルドのギルドマスター・アイリーン殿からは、特一級の重要書類としてこのレポートは提出されております。加えて、筆者の爛に……」

「ああ……わかっているとも」

 イーサからの指摘を受け、国王・アーバレオンは、レポートの表紙に記されている『著者名』を今一度見て……そして、思わずといった様子でため息をついた。
 レポートはミナトと、もう1人……クローナとの共著という形で作成・提出されていた。

「性格的にも、立場的にも……冗談や悪ふざけでこんな書類を作ってよこすような者達ではない。……まあ、だからこそ参ってしまうというのもあるがな」

「だからといって目を背けていい問題でもありますまい。それに、同封されてきたアイリーン殿からの書類によれば、ギルドには根拠品として、ここに書き連ねられている魔物達の素材も提出されており、解析の結果、本物だと判明しているという話です。つまり、実際にあの島には……」

「Sランクの『マグマスコーピオン』に、SSランクの『ソレイユタイガー希少種』、果てはランク測定不能の『サラマンダーアンデッド』……しかもその亜種とも呼ぶべき個体が、実際にいた、ということですな。……恐ろしい話じゃ、孤島ゆえに影響は出にくかったろうとはいえ……」

 イーサに続ける形で口を開いたのは、立派な髭を口元に蓄えた老人だった。
 禿げ上がった頭と、顔に刻まれたしわがその年齢を物語ってはいるが、軍服に身を包んでおり、その姿には弱弱しさや頼りなさなどはなく、古老特有の落ち着きや威厳が感じられる。

 ネスティア王国軍部のトップ『元帥』の座につく男……ゲイルザック・デュラン。それが彼の名である。イーサやギーナ、スウラやアリス、そして『タランテラ』の面々といった、ネスティア王国軍全ての頂点に立つ男だ。

 鋭い眼光のままに、書類の1行1行に丁寧に目を通していく彼は、ふむ、と顎に手を当てて思考するようにしながら、

「して陛下。わしら軍部がこの会議に呼ばれたというのは、いかがな意図を持ってのことか聞いてもよろしいですかな? よもや、件の『サンセスタ島』に軍を派遣して調査を行う、というわけでもありますまい?」

「ああ、レポートの内容を見る限り……軍、もとい『群』を派遣してどうこうなるような状態ではなさそうだ。『サンセスタ島』に関しては、その方面から魔物が我が国に流れてこないか監視を強化する、くらいのことしか今はできまい。幸いにして、海を超えてこの国までやってくるような魔物は今は確認できていないとのことだ。ザック、海軍に指示を出してその方面の巡回を強化してくれ。万が一の事態が起こった場合に備えて、連絡ルートの構築手順も確認しておくように」

「承知しました」

「それと、レポートによれば……同様の事態が、タイミングは違えど、これからもどこかで起こる可能性があるということだ。ただこれについては、できることはさらに少ないだろう。情報を周知して警戒を密にする、くらいか……少なくとも、この『地脈』とやらを観測できるような技術が開発されて、我々の手元に届きでもしなければ、能動的に動くことはできまい」

「左様ですな。それに関してはむしろ、魔法研究の分野……軍ではなく、アクィラ大臣率いる、魔法院の管轄ではないかと」

 古老の元帥はそう言って、ちら、とその人物に視線をやる。
 今はなしに上がった、国立の魔法研究機関『魔法院』のトップであり、自らと、騎士団総帥・ドレークと並び、『王国三大実力者』とまで呼ばれる女性……魔法大臣アクィラ・ヨーウィーを。

 それを受けてか、アクィラは『うーん……』と考え込むような素振りを見せるが、

「事態が事態ですし、もちろん全力を尽くしますが……観測どころか、存在を確認すらできていないものをゼロから研究しろと言われても、とっかかりもない以上、手探り以前ですしねえ……」

「……やはり、難しいか」

「食べたことはおろか、見たことも聞いたこともない、名前しか知らない料理を再現しろというようなものです。実際問題、何かとっかかりでもなければ……一応、魔法院の書庫にある書物漁ってみて、それらしき記述がないかどうか探してみますか?」

「いい、やるだけ無駄だ。お前はあそこにある本、全部読んで内容覚えてるだろう」

 と、呆れと感心まじりでアーバレオンが言う。
 それを聞いて、イーサやデュランは『確かに』と、何も言わずに納得していた。

 魔法院の書庫。そこには、何千冊という貴重な魔法関連の専門書や論文が収められており、古今東西の魔法研究の成果がかき集められて収められている。
 もちろん、秘匿されているような内容のそれは除くが、公開されている内容のものは大よそ全て集まる。常に追加され、更新されていく。最近発表された、ミナトの論文ももちろんある。

 そしてアクィラは、その全てに目を通し……内容を理解し、頭に入れている。
 ゆえに、書庫にある書物に記載されている情報=アクィラの知識、と言って差し支えない。今更わざわざ見返して確認する必要などないと、誰もが知っていた。

「いやですねえ陛下、私だって一言一句全部暗記してるわけじゃないですって。どっかの文献にちらっと伝承みたいなのが載ってるとかそういう程度だったら、もしかしたら覚えてないかもですよ」

「その程度の記載なら、どの道役になど立たんだろう……というかお前、一言一句ってことは、全部ゼロから読み直してチェックする気だったのか?」

「そりゃまあ、何でもいいから情報欲しい、っていうような状況ですしねえ……いっそミナトと一緒に研究できれば楽なんですけど……そうするにはそのー……特大の障害がありますし」

「……クローナ殿か」

「……はい。陛下も、それにここにいる皆さんもご存じですよね……国の、『100年前の大失敗』のこと……アレのせいでクローナさん、公権力に対する評価とか感情、100年間ずっと最悪も最悪ですから。絶対協力してくれませんし、弟子であるミナトもそれにならうかも……」

 はぁ、とため息をつくアクィラ。心底残念そうな雰囲気が、その、吐息にも等しい小さな声からでも感じ取れた。

 アクィラの言う『100年前の大失敗』とは……ネスティア王国でも、一部の高位貴族や高官のみが知る、100年前の王国貴族達が盛大にやらかした失敗のことだ。

 当時、引退後しばらくのんびりと辺境に暮らして、好きなように研究を続けていたクローナだが、その頃の彼女は、まだ公権力に対しての忌避感はそれほど大きくなかった。
 態度は相変わらずではあれど、きちんと頼まれれば、内容や報酬次第で仕事も引き受けていた。

 しかし、その当時いた、選民意識に染まった貴族のいくつかが、彼女に高圧的な態度で次々に無理・無茶・理不尽を突きつけ、自分達に従うようにしつこく迫っていた。
 彼女の持つ知識や技術、情報を開示するように迫ったり、自分達の家や派閥に属して協力するように迫ったり……断われば、無位無官の亜人の女など、どうなるかわからないぞと脅して。
 
 ……彼女の実力を正確に把握していれば、実際にそんなことができるはずもないとわかるのだろうが……残念ながらそれを理解できる頭は、当時の貴族達にはなかった。
 どこまでも人を、家柄と権力、資産やコネクションで見ることしかできない者達だったのだ。

 それでもクローナは、彼女にしては穏便に、根気強く言葉で説得していたのだが、ある時とうとう怒りを爆発させた。
 口頭注意のみで何もしないことをいいことに、どんどん要求や脅迫をエスカレートさせていた貴族達に対し、一転して武力行使による反撃を開始。彼らの有する私兵達ごと、次々と血祭りにあげて行ったのである。

 これに対して、彼らはその権限で軍や警備隊を出動させて鎮圧しようとしたものの、そんな程度の戦力で、『女楼蜘蛛』に名を連ねた『冥王』クローナを止められるはずもなく。
 国家の誇る暴力装置である軍隊はあっさりと蹴散らされ、むしろ被害は大きくなるばかり。

 1つ、また1つと貴族家が潰されていき、ついにはクローナは王都・ネフリムの王城に怒鳴り込んで、議会に集っていた、王族や高級貴族達にその刃を突きつけるまでになり……その中の何人かは、その場を席巻するクローナの怒気と殺気で気絶、失禁、ショック死者が多発する事態に。

 当時、騎士団総帥になったばかりだったドレークが、決死の覚悟で王族が逃げるまでの足止めをするために進み出て……しかしその直後、騒ぎを聞きつけてやってきたリリンがどうにかクローナを説得した。
 
 しかしリリンは別にネスティア王国の味方と言う立場で来たわけではない。あくまでドレークとアクィラの勤め先だからという理由での仲裁であり……王国側にもきちんと謝罪と賠償を要求した。
 その際、

『クローナが今まで、依頼でとはいえあなた達を色々な場面で助けてきてたのは私も知ってるわ。それなのに、恩を仇で返すような連中のところに、うちの子達を置いとけません。悪いことしたら謝るのは当たり前! これでもし謝罪もできないっていうなら……ドレークとアクィラはこっちで連れ帰った上で、私もクローナに協力して……改めてこの国滅ぼすから』

 そんな風に言われては、最早選択肢など残されてはおらず。

 王国はこの一件に関わった貴族全員を一族郎党処分し、クローナに対して正式に謝罪と賠償を行い、どうにか矛を収めてもらった。

 しかしそれ以降、クローナは公権力に対しては、どれだけ頼まれようが一切手を貸すことはなくなった。たとえそれが、リリンの息子であるドレークからの依頼であってもだ。

 もっとも、自分が研究した後で公にした技術や情報を公的に使う、ということまでは、彼女も別に咎めはしない。
 また、弟子であるミナトがそういった者達からの依頼を受けることにも、特に何も言わない。

 アクィラとしては、狙うならそこだろうか、と睨んでいた。

「ミナトに仲介を頼んでクローナさんに頼むとか、ミナトとクローナさんが今もう進めてる研究に私達も参加を希望するとか……は正直無理だと思います。ですが、ミナト達が集めた情報が公開された後に、それを適切な対価を払って開示してもらって利用する……なら問題はないはずです」

「つまり……この件はミナト殿達に調査は任せる、ということか?」

「そうなりますね。現状……何も手がかりのない私達が、わざわざ情報を開示してもらって着手するより、実際問題効率的でしょうし。ぶっちゃけミナト達の方が、解析能力とか設備も上ですし。その間我々は、我々にしかできないようなことを進めた方がいいです」

「我々にしかできないこと……それは?」

「人海戦術で国全体を今一度調べるべきだと思いますね。このレポートの通りなら、最近起こった『地脈』の変化によって起こるのは、休眠していた魔物の復活だけでなく、何かしら環境そのものの変化も起こり得るそうじゃないですか。そういったものが国内で起こっていないか、各地の現況を調査して情報を集約……まあ調査と言っても、広く浅く、表出しているものを見て集める程度でいいでしょう。必要に応じて、院から研究・調査班を出して詳しく調べる形にすれば」

「なるほど……しかし、各地で異変が起こっている場所については、ギルドが既に冒険者を募って調査を始めているのだろう? たしか、そう……『ダンジョンラッシュ』などと呼称して」

「それはあくまで『異変が起こっている』ということがわかっている場所に関してのことです。現在まだ『異変』そのものに気付けていないパターンの場合だと、それは放置されたままでしょう? ギルドは別に、普段から周囲の環境を監視するような草の根的な活動までは行っていませんからね……動くのは大抵、何かあった後です。そして、知らないうちに進行している異変というのはですね……表に出て来た時には、既に大事、あるいは手遅れになっている場合も多いんですよ」

「それを防ぐ方向で……か。なるほど、それなら、国全体に展開している国軍を、広く浅く動員して調査するやり方は使えるな。通常業務への負担もそこまであるまい」

 そうして、その会議では……『地脈』に関する調査・研究はひとまずミナト達に任せ、王国政府としては、国内に怒っているかもしれない『異変』を、手遅れになる前に見つけ出す、という方針に舵を切ることとなった。
 推測交じりのことだと切って捨てるには……推測でない部分の、実際に確認されたリスクが大きすぎる。まずは動ける部分から、少しずつ不安要素を潰していくべきだと。

 そのまま、より詳細な内容についてつめていくため、会議が続けられ、夜が更けていく。

 そしてその会議の内容……ないし、今後の方針については、後日、イーサからミナトに、メールで知らされることになるのだった。
 メール本文の中に、しつこくならない、気に障らない程度に『何か厄介なことがあったら助けてほしい』というニュアンスを混ぜ込んで。

 
 そして、ちょうどその頃……その話題に上がっているミナトと、クローナはというと。

 一旦『拠点』に戻り……『D2ラボ』にて、猛烈な勢いで解析作業を進めているところだった。

 夜遅い時間だろうが何だろうが一向に構わず、むしろ夜を徹する勢いで。


 ☆☆☆


「……で、実際に徹夜したと」

「しかも3徹、72時間ぶっ続けで研究って……久々に無茶苦茶やってるわね、ミナト君……」

「途中で止まれなくなっちゃって……というか、止まるって発想自体が消失してたな、今思うと……あー、ターニャちゃん、とりあえず何か冷たい飲みものー」

「はいはーい……コーヒーとかにする? 目が覚めるよ?」

「うん、それで。あ、でもブラック無理だからシロップとかは入れてね」

「りょーかーい。お茶請けも適当に持ってくるね」

 そう言って、リビングから駆けていくメイドの少女の背中を見送りながら、僕は隣に座ってるエルクの膝枕でリラックスタイムに入る。あー、最の高。

「ネリドラちゃん、50時間超えたあたりでリタイアしたのよね?」

『そうそう、私は疲労とかないからそのまま手伝い続けたけど……それでも精神的には疲れたかなー。徹夜で研究とか論文書くとか久しぶり。医術学院の時以来かも』

「リュドネラもそんな感じか……医者の不養生はやめなさいよ?」

「休んでいいって途中では言ったんだけどね、そのままつき合ってくれて……まだ寝てる?」

「みたいね。で、肝心の研究の方は進んだの?」

「……かなり進んだとも、全然進んでないとも言える」

「何それ?」

 言ってる意味が分からなかったようで、不思議そうな表情になって聞き返してくるシェリー。エルクやナナも僕を見下ろしながら首をかしげているようだ。
 まあ、今の言い方じゃそりゃ、意味わかんないわな。当然か。

「『地脈』に関しては全然何もわからない。けど、採取した色んなサンプルの解析はほぼ終わった。年代とか、どんな魔物のやつだったのかとか……大体だけど、いつ死んだのかもわかった」

「へえ……でもじゃあ、わかったの? 各地で見つかった『痕跡』の関連性」

「うん……結論から言うと、いくつも共通点があったよ。年代とかね」

 今回僕らが『ダンジョンラッシュ』で異変が起こった場所を調査してみて――まだ1カ所残ってるけど――見つけためぼしい痕跡は、4つ。

 『ナーガの迷宮・深部』にあった、龍神文明の遺跡(保存状態良好)。
 『深紅の森・深部』及びその周辺で見つけた多数の化石。
 『漁村チャウラ』海岸の洞窟……その、水没した際深部で見つけた、『リヴァイアサン』の化石。
 『サンセスタ島』で遭遇した多数の太古の魔物。及びその休眠場所の痕跡。

 このうち3つ……『ナーガの迷宮』『海岸の洞窟』『サンセスタ島』……これら3つの痕跡が、同一の時代……すなわち『龍神文明』の時代のものだった。そこにあった化石も含めて。

 龍神文明……7000年以上を生きているテラさん(生きてはいないけど。アンデッドだから)をして『大昔』と言わせるほどに、今よりもはるか昔の時代。
 伝承にのみその存在を語られている、人と龍が共存していた時代だそうだけど……その実態は、半ば龍が人を……良く言えば保護、悪く言えば支配していた時代だという。

 安全な暮らしと高度な技術を手にした反面、龍に捧げる生贄なんかも存在していたとか。

 その時代じゃ普通だったのかもしれないし、龍に守ってもらう対価としては正当な……いやむしろ破格なものだったのかもしれんけど、あんまりいい気分はしない……いや、まあそれは置いといて。

 そんな、恐らくは数万年規模で昔であろう『龍神文明』の時代だが、今回解析してみた結果……最も古いもので、実に十万年以上前のものまであった。

 地球の文明史が確か……ええと、世界四大文明だと、メソポタミア文明が最古と目されていて……紀元前7000年以上前、だっけ? それから数えてみても……桁が2つ違う。やばいな異世界。

 いや、この世界じゃ……エルフ系をはじめ、亜人種の中には数百年、数千年を生きる種族もいるんだ。相対的に考えれば、そこまででもないのかも?
 地球の人間の寿命なんて、たかだか数十年……しかも、昔はもっと平均寿命短かったはずだし。

 そんな、恐竜時代ほどではないにせよ、十分に『太古の時代』と言っていいほどに大昔を生きていた魔物達の中に……『リヴァイアサン』や『ソレイユタイガー希少種』もいたわけだ。そして、恐らくはいずれも『地脈』の恩恵を受けていた。
 それらしき痕跡が、火山からとったサンプルからも……海底の洞窟で取ったサンプルからも検出されたから、多分間違いない。『リヴァイアサン』も、『地脈』があることを知ってて、あそこを巣に選んだんだと思う。

 ただしその目的は多分違うけども。

「……あれ? じゃあ……『深紅の森』のやつは? アレは、『龍神文明』の時代じゃなかったの?」

「いや、あそこは……色々混ざってた」

「? 混ざってた?」

「うん。龍神文明の時代だけじゃなく、それとは大きく違う時代の化石も混じってた。十万年以上前のもの、数万年前のもの、数千年前、数百年前……そんな感じで色々。しかも、地層みたいに順番よくじゃなくて、もうホントごちゃごちゃでさ……まあ、サンセスタ島もそうだったけど」

「あの火山島も? あそこにも、他の時代の痕跡が一緒にあったってこと?」

「うん。もっとも、火口の中で見つけたサンプルから見て、だけどね。魔物の体からはほとんど取れなくて……だから、どの魔物がどの時代から生きてたのかはわかんない」

 火口の中に見つけた、休眠場所の痕跡。それはいくつもあり……『深紅の森』と同様、いくつもの時代のものがあった。龍神文明の時代のものもあれば、それ以外のものも。
 龍神文明の時代から眠っていた魔物もいれば、それ以降の時代に休眠した魔物もいたってことなんだろう。それが今、一斉に目覚め始めて……ああなっていた。

 残念ながら、魔物の体からはほとんどそう言った痕跡は取れず、一部の……『ファイアドレイク』とかの体から採取できたサンプルから、年代がわかったにとどまっている。なので、大半の魔物は……どの時代を生きて、どの時代に休眠し始めたのかわからない、ってわけだ。

 伝承の中には、『龍神文明』以外にも、いくつか古代文明の存在が語られている。それについては……知識程度に僕も知っていた。
 様々な獣が地上を席巻していたという『獣皇文明』。
 この世の理が崩れて死者が地上に溢れ、共に暮らしていた『冥王文明』。
 魔法生物達が人と並んで世界を切り開いていった『傀帝文明』……エトセトラ。

 ほとんどは文献すらろくに残ってないような、ホントに『言い伝え』だけの存在で……テラさんに聞いてみても、一部を除いて『そんなん知らんぞい』って言われたけどね。
 ただ……どうもいくつかは、実在したっぽいけど。

 発見した化石や痕跡の中には……そういう、時代の違った文明を生きた者達のものもあったのかもしれないな。

「『サンセスタ島』と『深紅の森』は、色んな文明……っていうか時代がごっちゃだったと。じゃあ、『チャウラ』と『ナーガの迷宮』は違ったの?」

 と、義姉さん。

「うん、まあ。迷宮の方は思いっきり『龍神文明』の文字が使われてたわけだしね。……何万年も前の遺跡があんだけ奇麗に残ってたって、それもすごいけど」

「……そしてその延長上である『ナーガの迷宮(深部じゃない方)』で、もう何百年も冒険者たちはドンパチやってきたのよね」

「今回のレポート提出して報告した時に聞いたんだけど、王都の方でそれ聞いた考古学者たちが何人か卒倒したらしいよ。貴重な遺跡で剣に魔法にチャンチャンバラバラドッカンドッカン……どれだけの貴重な史跡が戦闘で壊されたんだろうってさ」

 仕方ないじゃんねえ……知らなかったんだもんよ。
 もともと魔物も住んでたし、独自の生態系までできてたんだから……ある程度は荒らされてたと思うけども。

「海岸の洞窟の『リヴァイアサン』は? あれも『龍神文明』の時代だったんですよね」

「うん。……ただ、アレは『サンセスタ島』とかとは違って……どうも、休眠を目的に『地脈』の上に巣を作ってたわけじゃなさそうだよ。解析してみたら……あの『リヴァイアサン』、どうやら普通に寿命で死んだっぽかったし」

「え、じゃあ何で?」

「……卵を置いておくためじゃないかな、って師匠とテラさんは言ってた。魔物の中には、卵が産まれてから孵化するまで、かなり長い期間を有する種族もいるらしいから。卵の中で体組織ができていって、形になって生まれるまでに、数年とか数十年かかる奴もいるんだって」

「……そんなに時間経って、中身生きてられるの?」

「まあ、大抵はね。孵化するまでに必要な栄養とかはあらかじめ卵の中に入ってるもんだし、長期間の休眠にも耐えられる仕様なんだと思う。けど中には、後付けでそういうのを注がなきゃいけないのもいるみたい」

 鳥とかが卵を温めて孵化させるのと似たようなもんだろうかね。魔物の中には、親が魔力を注いで卵を育てたり……親が狩ってきた獲物の生き血を卵にかけると、それを吸って栄養に変えて育っていく……なんて種族もいるそうだ。怖えーな。

 多分だけど……『リヴァイアサン』も恐らくはそういう感じだったんじゃないかな? 本来あの卵は、何かしらの力を注がなければ生まれるまで生き続けられないものだった。
 だからそれに『地脈』のエネルギーを利用するために、あそこに巣を作って、卵を置いた。寿命間近のリヴァイアサンは……自分が生きているうちには生まれないであろう卵を、無事に孵化させるために。

 けどその後……恐らくは予想しなかったであろう『地脈の変化』が起きて……卵は孵化することなく死に、そのまま化石になってしまった……ってとこか。
 『チャウラ』で孵化できなかった卵、って話になった時も思ったけど……なんか切ないな。

 ふとそこまで考えて僕は、テーブルの上の止まり木にとまっているアルバを見る。

 こいつも『深紅の森』に卵の状態で、おそらくは長いこと眠ってたんだよな……その時の周囲の石片とかサンプルがないから年代はわからんけど……こいつも『地脈』からエネルギーを吸って?

 あれ? でもその場合……無事にこうして生まれてることを考えると……もしかして今『深紅の森』には、現在進行形で地脈が通ってるのか?
 おそらくは『龍神文明』以降、何らかの理由で流れが変わって、なくなってしまったのであろうそれが……あそこに今、ある、かも?

 というか……

「あのさ、アルバ? お前…………地脈の感知とか、できたりしない? 種族特性的に」

 ――…………ぴー?

 可愛く首をかしげるアルバ。
 あー……動物語(魔物だけど)の翻訳魔法でもあれば……この世界、そういうメルヘン方面の魔法は全然なんだもんなあ……

 というか、仮にアルバが『地脈』を探知できたとしても、そもそもコイツに多分『地脈』なんてもんの知識ないし……野生の中で生きてたら本能的に見つけて理解してたかもしれないけど、その場合だって僕がそれを知る……教えてもらうことなんて……。

 いいアイデアだった気がしたんだが……やっぱ無理があるか……。

 ま、それはそれで仕方ない。地道に研究を進めよう。
 まずは最低限、『地脈』ってもんを僕が認識・観測できるようにならないとお話にならない……しかしそのとっかかりになりそうなものがなあ……

 採集したサンプルは解析したけど、これだけじゃ正直、研究をこれ以上進めるには……テラさんからも、これ以上の知識は望めない。
 何でもいい、何か情報……どこかにないか……? いやでもなあ……

 僕が知る中で最も古くから生きてて色々と知っているテラさん。
 500年以上研究しながら生きてきて膨大な知識を持ってる師匠。

 この2人はこの大陸において、僕が知っている知識人の2トップだ。その2人が知らない、まったく手がかりも心当たりもないようなそれを、これ以上一体どこで探せば…………まてよ?

(……そうか、2人とも守備範囲は……あくまでこの大陸における知識……なら、それ以上の知識や情報を求めるなら……大陸の外を探せばいいんだ)

 というか、どうして気づかなかったんだ。
 『地脈』って単語自体は、僕はもともと知ってたんだよ……テラさんに聞くより前に。

 といってもそれは、前世の日本におけるアニメや漫画の中に出てくる単語としてで……しかし、そこにおいて、『地脈』ってのはよく、ある分野と結びついて語られることが多かった。
 もちろん、そんなもん作品によるだろうけど……僕が知っていたものでは……

(『陰陽師』とか、その辺との関わりが深かったはず……なら!)

 ちょうどそこに思い至ったタイミングで、ターニャちゃんが帰ってきてコーヒー(シロップたっぷり)を持ってきてくれたので、それを飲みながら、

「……よし、とりあえず今日は休んで……明日から出かける。クロエ、悪いけどまた運転頼める?」

「え? いいけど……どこ行くの? てか、運転って『オルトヘイム号』だよね? 遠出?」

「うん、超遠出。あ、準備しとかないと……ナナごめん、食糧庫から……2週間分くらいでいいかな? 遠征用の食料出せるか確認しといて。その他備品も。あ、アポも取らなきゃだし、手紙書かなきゃ……師匠にも予定聞いて、伝えて……いや断らないだろあの人なら。後はアイドローネ姉さんとオリビアちゃんに、しばらく留守にするってことでギルドとかの……あー、結構やること多いな……出発、余裕持って明後日とかにした方が……」

「はい……はい? 遠征用? アポ? って……え、あの……ミナトさん、どこ行く気ですか?」

 いきなり矢継ぎ早に指示を出し始めた僕に、きょとんとした視線がいくつも集まるのを感じつつ、僕は、ぐいーっ……と一気にコーヒーを飲み干す。
 そして、ターニャちゃんにグラスを返し、『おかわり』と簡潔に伝えてから、答えた。



「『ヤマト皇国』。タマモさんと、サキさん達……あと、『鳳凰』さんに会いに行く」


 
 アルマンド大陸とは全く違う技術体系を育んできたであろうあの国には……『陰陽術』を始め、全く新しい学問が、そしてその研究資料が山ほどあるはず。

 京都でタマモさん達から色々と学びはしたが、とてもその全てを見ることができたとは思えない。まして、他の土地に保存されている資料や……『八妖星』の中でも最古老であり、生き字引とまで言われる『鳳凰』のおばあさんの知恵袋なら……あるいは、何か……!



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