魔拳のデイドリーマー

osho

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第15章 極圏の金字塔

第268話 やっぱり何かおかしい

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えー、連絡です。
昨年末に発売となりました、『魔拳のデイドリーマー』書籍版第9巻ですが、該当部分の差し替えを12日木曜日に予定しております。
急で申し訳ありませんが、ご了承ください。

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「…………むー」

無意識に、口からそんな声を漏らしながら、僕は宿の部屋で『タブレット』の画面を見ていた。

僕の横には、『何してんだろこいつ?』とでも言いたげなジト目のエルクと義姉さん、そして、今日も僕の秘書的ポジションで頑張ってくれているナナが、反対側に座っている。
頭の上には、アルバが止まっている。最近出番……というか、バトルが少なくて暇そうだ。

『シィルセウス』に到着して、今日で2週間ちょっとだ。
休暇もかねて、目いっぱい楽しませてもらっている。

まず何と言っても食道楽。これは、研究に並ぶ僕の人生の楽しみである。

寒冷地の武器とも呼ぶべきあったかグルメは、やはりというか他の追随を許さない水準。
以前に立ち寄ったいくつかの他の都市と比べても、ここ王都のそれはハイレベルだった。

寒さにも負けず露店を開いて売られている、肉まんみたいなジャンクフードや、あったかい飲み物。スープだったり、お茶だったり。酒の屋台なんてのもあったけど、遠慮しといた。

普通のレストランとかももちろん負けていない。
高級店なんかは肩が凝るんで行かなかったけど、大衆食堂的な場所はどこにでもあった。総じて洋食屋風だけど、メニューは店ごと様々であり、食べ歩くのは楽しくてしょうがなかったな。

一応、やはりあったかい料理が美味い、って共通点はあるんだけど……僕の大好物の1つであるシチューであったり、じっくりと焼いて中まで火を通した分厚いステーキだったり、香草や山菜を臓物の代わりに中に詰め込んで焼いた丸焼き系の料理だったり、時には……何かこう、人生経験の不足ゆえか、どうジャンル分けしたもんかわからない料理もあった。

けど、皆美味しくいただきました。

調子に乗って、暇さえあれば食べる感じで過ごした時期もあったし……多い日で、1日10食くらい食べてたかもしんない。同行してたエルクとナナから呆れられた。
いや、だって……この国、全体的に僕好みの濃い味付けが多くて……止まらないんです。

食べる以外にも娯楽は多い。王都だけあって、充実している感じだ。

役者たちの磨き抜かれた名演技が目を、耳を、心を楽しませる、様々な演目が上演されている劇場。オリビアちゃん達に案内されてはいったんだけど、そこそこ楽しめた。
演出に当然のように魔法を使ってたのはちょっとびっくりしたな。度胸あるもんだ。下手したら大怪我するだろうに。炎とか水出したりとか、空中浮遊とか。

ただ、演目は何というか……現代日本のアニメや映画を知ってる僕としては、好みの問題もあってちょっと物足りない感じはした、かな?

博物館とか、美術館も意外と面白かった。
展示されてるものが、リアルにマジックアイテムとかの古代の遺物で……見る人が見れば、結構な価値がありそうなものも中には。

決して、美術品とかじゃなく……実用性のある品としてね? このことに経営サイドは気づいてんだろうか? 後でメラ先生かオリビアちゃんにでもそれとなく言っとこ。

けど、やっぱり一番面白かったのは、王立図書館と資料館だなあ……さすがは、伝説の名医メラディール・アスクレピオス博士を生んだ、医療の本場。面白い資料がわんさかだ。
論文もたくさんあったし、知識欲が刺激される場所だった。

メラ先生に頼んで、入場・閲覧許可証を発行してもらってからは、午前中に資料あさり、午後に食い倒れ道中、夜はその他イベントやら何やら……って感じの生活サイクルが確立した。
毎日そうじゃなくて、適宜調整しつつだけど。

それと、たまにだけど……オリビアちゃんの要請を受けて、イベント他に顔出したりもした。
全部で、えーと……4回か。結構多いな。別にいいけど。お世話になってるし。

まず、社交会が1回。『ウィレンスタット家』と『トリスタン家』が、僕と仲良くしてますよってことをアピールするためだそうだ。一応。

ただし、招待客として来たんじゃなく……あくまで、オリビアちゃんの付き添い兼護衛、って感じでだ。なので、オリビアちゃんを無視して僕に声をかけることはできない。
まずオリビアちゃんに声をかけてから、それとなく話題をもっていって僕らに……って感じにするのがいい手なわけだけど、言うほど簡単じゃない。雑にやれば、オリビアちゃんの……すなわち、ウィレンスタット家の不興を買いかねないわけであるので。

しかも、よく計算されていたもので……さほど注目されていなかった会である上、オリビアちゃんは急きょ参加を決めた、という設定になっていた。
イコール……オリビアちゃんと僕らは、急に参加が決まった社交界に付き添いで出てくれるくらいには仲がいい、と周囲が受け取るわけだ。実際そうだけど。

結果、オリビアちゃんの評価が家ごと上昇した上、僕はほとんど絡まれなかったので、ただパーティのごちそう食べてるだけの簡単なお仕事だった。雰囲気でちょっと肩凝ったけど。

次、オリビアちゃんちでの食事会が1回。
といっても、何もコレは公式な行事とかじゃなく……こないだの面会が、偶然来てた女王様も一緒になってのものになっちゃったので、改めて……って感じで招待されたものだ。

ドレスコードもなく、単に娘の友達を招いて雑談するだけって感じだったので、気も楽だった。
オリビアパパ……ウィレンスタット公爵も、結構気さくで話しやすい感じだったし。ちょっと軍人肌というか、体育会系のノリが苦手だけど。

ちなみに、女王様の方からは改めて呼び出しとかは来ていない。こないだのアレで十分らしい。

あと、オリビアちゃんの家の私兵の皆さんの戦闘訓練指導が1回。
これは、あんまり特筆すべき点はない。ただ、模擬戦の相手とかしただけだし。ネスティアで、訓練生の皆を相手にして色々やった時とほぼ同じだ。

……ネスティアで思い出した。あの子らは元気にしてるかね……?
あの王都訪問の時は……ホント、色々あったんだけど。懸命に鍛錬に励んでいた彼ら彼女らは、今も元気でやっているだろうか。今度、遊びに行こうかな? でも絡まれそうだな、いい意味で。

で、最後に……これは、オリビアちゃんってよりはメラ先生メインでの誘いだったんだけど、王都の学術関係のイベントがあって、それへの参加だった。
学会に近い感じで、研究成果の発表とかが主だ。そこに、僕とメラ先生、あとちゃっかり師匠もついてきて参加。

あれは楽しかった……必要最低限、と呼ぶのも難しそうな、専門知識を有していることを前提に発表が進んでいく数々の学説。それを裏付ける各種研究報告、実験結果……アニメ映画見るより引き込まれた。

発表後の質疑応答なんかも、かなり白熱する感じで……前世では、色んな会議とかの『質問ないですか?』に対して『そんなんいいからさっさと終わろうよ、ある人はどうせ後で個人的に聞きに行くよ』とか思ってた僕も、ガンガンそれに参加した。メラ先生も一緒に。

最初こそ、『何だあの子供は?』『どこの研究機関の所属だ?』とか疑念を含んだ視線を向けられてたけども……質問の内容が的確だったこともあって、興味を引いたというか、好意的に受け取られてからはそれもなくなった。

それどころか、途中で僕の正体――高品質ポーション作成者、各種不治の病の特効薬開発者、輸出制限の特殊薬効の素材の生産者etc――がばれたり、メラ先生が一緒に出てることもあって、不信感や疑念なんて一気に吹っ飛んで、普通にいち研究者として質疑応答に参加できた。

しまいには、『これ発表会だよね? 討論会じゃないよね?』って言われそうなくらいに議論が白熱したり……いや、盛り上がったねどーも。なお、そこで導き出された新しい学説が2、3あるので、近々再度の開催が見込まれているそうだ。また出よう、うん。

それと……その討議中に、なんか僕にまた新しい二つ名がついてるっぽいことが明らかになったりもした。
混沌カオスの賢者プロフェッサー』だってさ……またすごい名前ついたな。



そんな感じで、がっつり王都滞在を堪能してる僕は、そろそろこの国に来た目的の1つ……近場の危険区域への探検とかにも出ようかと思ってたところで……さっきふと思いついて、タブレットである調べ物をしてみた。

その結果が、ちょっと気になるものであり……はい、ここで冒頭に戻る。

「どうしたのよ、ミナト。何か気になることでもあったの?」

「まあね……コレ」

持っていたタブレットを、両隣の彼女たちにも見えるように持つ。
覗き込むようにしてその画面を見る、エルク、ナナ、義姉さん。

そこに映っている内容とは……

「? 何コレ、冒険者ギルドの……受注受付中のクエストの一覧表?」

「そ。アイドローネ姉さんとアドリアナ母さんに頼んで、作ってもらってんの」

ギルドから定期的にアイドローネ姉さんのところに届く情報をデータ化してね。
そのデータは、『キャッツコロニー』のマザーコンピューターに保管されていて、僕のスマホとタブレットでいつでも見れる。

危険区域行くついでに、何かこなせる依頼でもあれば、と思って見てみた。

それだけなら『便利な機能だね』で終わるけども……それに表示されているデータの、どの辺が僕は気になったのかというと、だ。

「一番下、見てみ?」

「下? えーと……あれ、コレ……こないだ話してた、『港町グラシールの防衛』まだやってたんだ……って何コレ!? 第6次募集!?」

「「はぁ!?」」

……そう。気になったのはそこ。
多いよね? 6回目の募集って……しかも、この短期間に。

……何か、よくないことでも起こってるのかな? 『グラシール』とやらで。

ちょっと気になる。アイドローネ姉さんに聞いて……いや、あそこに通知が行くのは、クエストとしての表面上の情報だけだ。少なくとも、僕が受注でもしない限りは。
つまり、あんまり詳しい情報はない。

となれば、今、一番新鮮な情報を手に入れるには……

「……セレナ義姉さん、悪いんだけど……仕事頼んでいい?」

「おーけー、任せなさいな。久しぶりね、こういう事務方の仕事」

僕の『担当職員』であるセレナ義姉さん。
ギルドの情報なら、彼女に頼んで調べてもらうのが一番早いだろう。

☆☆☆

で、その結果がコレだ。

調査は3時間ほどで終わり、義姉さんは、ギルドで調べた情報全てを……この数か月間ばっちり使い方を覚えた『タブレット』に入力して、持ち帰ってくれた。
というか、データを一足先に転送してくれたので、閲覧できた。

義姉さんが帰ってくるまでに、一通りの閲覧を済ませることができたわけだけど……あの『グラシール防衛』の依頼がどういう意味なのか……簡潔にまとめてみると、だ。

「単に手こずってる、でいいのか……?」

「手こずってるっていうか、いつまでたっても終わらないっていうか……そんなところね」

どうも、海の魔物……『ブルーベルーガ』やら『シーサーペント』やらが、散発的かつ継続的に襲って来るらしい。
一斉に襲ってきて、それを撃退ないし撃滅して終わり、ということにならないのだ。

終わったと思ったらまた攻めてきたり、偵察しに行ってみれば、沖合にまだわんさかいて襲ってくる可能性があったり……それも、数度の襲撃でいなくなり、こんどこそ終わったと思ったら、また数日後に襲撃が……って感じで、いつまでたっても解散できないらしい。

どこにこんなにいたんだってくらいに、ひっきりなしに魔物が襲ってきているそうだ。
……異常事態、と見ていいのかな、これは。

「対応自体はできているし、大きな被害がこっちに出たわけでもない。けど、疲労の蓄積は無視できないものがあるみたいで……戦力の補充・交換ができれば、って話になってるそうよ。……もう何度もね」

「……傭兵や冒険者からは、依頼契約の更新をせずにリタイアする者も結構な数いる、か……まあ、無理もないな」

所詮は雇われの間柄だし……ここまで長引くと予想で来てたわけでもないだろうしな。自分の命や体を大事に考えるなら、むしろ自然な反応と対応だ。

しかし、国軍とか、そこに住んでいる民の皆さんからしたら、心臓によろしくない状況に徐々になりつつあるわけで……ん?

スマホに……メール来た?
アイドローネ姉さんからだ。何だろ?

開いてみると……

「……ますますようわからんことに……」

「? 何かあったの?」

「あった。毎度おなじみ、想定外の事態」

「否定したいけど否定できない類のいつものトラブルってわけね……でもそれ、私たちに直接関係あることなの?」

「ない。ないけど……もしかしたら、女王様か……オリビアちゃんあたりから依頼とか来るかも。そうなったら助けるよ、顔なじみだし、ザリーの家族だしね」

で、アイドローネ姉さんからどんな知らせが届いたかだけど……タブレットを、エルクに見せる。

「えっと……何々? ……は、『白鯨龍』っ!?」

「「――っ!?」」

白鯨龍。
正式名称……『モビーディック』。

読んで字のごとく、クジラのような龍のような魔物だ。分類的にはクジラだけど、微妙に細長い体躯や、その凶暴性、そして何よりすさまじい戦闘力・破壊力から、龍と呼称される。
ランクS……あの『クラーケン』と同じ、海の生きた災害である。

それが……沖合で確認された、攻めてくる可能性あり……と、グラシールから報告がギルドに来たそうだ。救援依頼と共に。



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