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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇
第446話 蠢動、感謝、懸念、そして狂喜
しおりを挟む「報告いたします、総裁……『ヤマト皇国』にて、カムロが討伐されました」
「そうですか……それは残念なことです」
「やったのはミナト・キャドリーユです。対応はいかがなさいますか?」
世界のどこかにある、とある建物。
その一室で、『ダモクレス財団』総裁・バイラスは、手元にある書類に目を通している所だった。
そこに、ドロシーが持ってきた報告。その内容は、彼の直属の部下と言っても過言ではない、組織の『最高幹部』の1人が討ち取られたというもの。
しかしそれを聞いても、バイラスは表情一つ変えることはなかった。
変わらず、手元の資料に視線を下ろしたまま、それを読み進めているだけ。
しばらく経ってから、一区切りしたのか、ようやく口を開いた。
「対応は必要ありません。そのまま……放っておいてよろしい」
「……ミナト・キャドリーユは今回、明確に我々『ダモクレス財団』に対して牙をむきました。それでも、それを許すとおっしゃるのですか? いくら、新時代を生き、そして導くに足る優秀な人物であるのに加え、『創世級生命体』の候補でもあるとはいえ……」
以前、同じ問いをしたことがあるドロシーは、不満な様子でバイラスに問いかける。組織に対して明確に敵対した存在をそのままにしておくことに、彼女は反対らしい。
別段それは間違った進言ではないのだろうが、それにもやはり、バイラスは顔色を変えることはなかった。そしてそれは、決定の内容も然り。
「ええ、もちろんですよ。そもそも我々財団がやろうとしていることは、全世界の人間……のみならず、亜人はもちろん魔物に至るまで、全ての生命を敵に回すに等しいこと。反発はもちろん、我々を討伐しようとする動きだって、むしろ巻き起こってしかるべきでしょう? そのたびに、いちいち『逆らったから』と目くじらたててなどいては、きりがないでしょう」
「それは……確かにそうかもしれませんが」
『ダモクレス財団』の目的は、世界中に破壊と混乱という『試練』をもたらすこと。そしてそれにより、真に『強い者』と、それが認めた者のみが生き残れる世界を作ることだ。
権力も血筋も意味をなさない。自分自身が真の『強さ』を持つ者だけが生き残る世界。偽りの強さしか持たない者全てが淘汰された、美しく正しい世界。それこそが、バイラスが夢見る新世界。
『ヤマト皇国』でカムロが起こした騒乱は、規模は違えど、そのモデルケースになるものとして、財団が注目していたものだ。
しかしそれは、ミナトを始めとする『九尾の狐』の勢力によって阻止されてしまった。これでは貴重なデータを得る機会が丸々潰されたままだ。
それどころか、今後同じようなことを自分達がやった時に、また牙をむく可能性が高い。そう、ドロシーは考えていた。
ゆえに、今後また組織の前に立ちはだかってくる可能性が高いミナトを、今のうちに抹殺しておくべきではないか。そう考えるのも仕方のないことだろう。
「いいのですよ。たとえ彼を亡き者にしたとしても、彼でなくともそういう反応を起こす者はいるでしょうし……そもそも、そういう妨害にあっても問題ないように私は計画を立てているつもりです。そして何度も言うように、彼らのその行動もまた、新世界に生きるべき者達を絞る『篩』の1つ足りうるのです」
「…………わかりました。では、同行に注意を払うのみにとどめておきます」
「結構。ですがドロシー、やりすぎてあなたの正体が露見しないようにだけ、注意してくださいね」
「心得ております」
まだ不満がないわけではないだろうが、ひとまずドロシーは納得して論を引っ込めた。
「それにねドロシー、今回の戦乱……全く何のデータも手に入れられていない、というわけではないのですよ」
そういってバイラスは、手元の資料をペラペラとめくって見せる。ドロシーにもいくらか見えやすいように、角度をつけて見せるようにして。
「『ヤマト皇国』全体に目が行きがちでしょうが、国全体を巻き込んだ戦乱は、その末端……ごく一部分においても、決して小さくない動乱を引き起こしていた……。プラセリエルに頼んでこっそり情報を集めてもらっていたのですが、なかなかどうして面白い報告が上がっていますよ」
その資料では、ヤマト皇国の中でも、あまり表に出てこない、辺境と呼んだほうがいいような土地で起こった、しかし絶対値的に見れば決して小さくないいくつもの『事件』について、事細かに記され、報告としてまとめられていた。
小規模とはいえ地元で絶対的な権力を握っていた豪族が、戦と飢えという脅威を前に一致団結した農民たちに反乱を起こされ、囲っていた私兵達にも見放されて呆気なく滅んだ。
戦で一旗揚げようと意気込んで参戦した名のある傭兵が、敵の強さや規模を知るやあっさりと部下達に手のひらを返され、見捨てられて戦場に取り残されてあっさり死んだ。
あるいは、似たようなケースで敵に売り渡された場合もある。
どれも、それまで力を持っていた者達が、『権力』だの『血筋』だの『財力』だのが通じない極限状態に置かれた結果として、あっさりメッキが剝がれて命を落としたり、失脚した話だ。
それとは逆に、力も大して強くなく、財も多く持っているわけではない弱小の領主が、その人柄と善政を慕う農民たちによって、死をも恐れぬ裂帛の戦意によって戦い、守られた話もあった。
領主は必ず自分達を助けてくれる、守ってくれると信じて防衛線を戦い抜いた民兵たちが、ついに到着した領主の援軍と力を合わせて敵を撃退し、見事に戦乱を乗り切って復興を推し進めているという話も聞いた。
あるいは、無法者の集まりではあるが、どれだけ甘言をささやかれ、金銀財宝をちらつかされようとも己の意思を曲げず、数で勝る貴族に攻められる身となりながらも、最後まで戦って戦乱を乗り切ったという話もある。
少しずつ形は違うが、それもバイラスが、そして『ダモクレス財団』が望む変革を起こしたという確かな記録。
それを手に持って何度も読み返しながら、バイラスは満足そうに笑う。
「カムロは実にいい仕事をしてくれました。結果的に彼の享楽的な部分が強く出てしまい、ミナト・キャドリーユの怒りを買ってしまったようですが、実験としては文句なしに成功と言っていい……世界は変わる。この手で、変えられる……それが証明されたのだ……!」
そして、バイラスは唐突に立ち上がると、少し驚いている様子のドロシーに言った。
「そろそろウェスカーの『調整』も終わる時期ですね……ドロシー、折を見て『最高幹部』全員に招集をかけてください。来るべき時のために、最後の話し合いが必要だ」
「……っ! では、いよいよ始めるのですね……!」
「ええ……古き世界が終わり、新しき世界が始まる……! 計画を実行に移す時は、すぐそこまで迫っています」
☆☆☆
とうとう、この日が来てしまった。
待ち遠しかった日なのは間違いないんだけど、その反面、少し寂しいような気もする……不思議な気分だ。言葉にするのが難しい。
今日はいよいよ、僕らがこの国を去る日。
約半年にわたって住んで馴れ親しんだ『ヤマト皇国』に別れを告げ、『オルトヘイム号』を含む6隻の船に乗り、海を渡って『フロギュリア連邦』への帰路につく日だ。
本当に色々あったなあ、この半年間……思いだしてみると、色々と懐かしく思える。
いい思い出ばかりじゃないけど、どれもこれも僕らの身になった経験だった気がするな。
今いるここは、既に『キョウ』の都の屋敷ではない。僕らがこの国に入った玄関口でもある『サカイ』の港……に停泊している、『オルトヘイム号』の上、甲板だ。
只今、出航前の最終確認を行っている所なんだけども……すでに僕ら『邪香猫』はあらかたそういうのは終わってるので、『フロギュリア連邦』の使節団の皆さん待ちである。
そしてその待つ間に、僕はタマモさんと、潮風の中で最後の雑談を交わしていた。
「あらためてお礼を言うわ……ミナト君。今回は本当に助かったわ。何から何までありがとう」
「もー……何回目ですか。こっちも思惑があってやったことですし、それに見合ったリターンも手に入れてますから、気にしないでくださいってば」
「あなたねえ……全く、母親と同じで自分が『別にいい』と思ったことにはホント無頓着なんだから……」
困ったように笑いながら、しかしやっぱり呆れているタマモさん。
「今は私達も色々忙しくてなかなか時間も手間も取れないけど、いつか何かの形でお礼はさせてもらうわ。楽しみにしておきなさい」
「あー、じゃあお言葉に甘えて……いやでもタマモさん、もう僕ら大陸帰りますけど?」
「あら、それでもたまには遊びに来たりするんでしょう?」
そりゃまあ……そのつもりですけど。
航路が確立されたのはもちろん……僕の発明でそれをさらに短縮するなり、『エクリプス』で獲得した能力を使うなりして、ある程度気軽に遊びに来れるようなルートを整備したいな、とか思ってるけどね。タマモさん達の存在を含めて、そのくらいの魅力はある。
この国、米美味しいんだよなあ……海鮮料理とか、郷土料理も。
個人的には、『トーノ』言った時に食べた『芋煮』が特に気に入ったかも。生前の田舎が東北だったから、なつかしさみたいなもんがね。あってね。
それ以外にも、あっちにこっちに色々美味しいものがあったなあ……『諸国行脚』の時に食べたけど、全然足りないと思ってるので、ちょくちょく暇なときに食べに行きたいとすら思う。
芋煮、寿司、てんぷら、たこ焼き、お好み焼き、月見うどん、ざるそば、和菓子、海鮮料理、焼き魚、石狩鍋、ちゃんこ鍋…………転移門作っちゃダメかな? ホント気軽に来たいこの国。
できそうなくらい開発が進んだら打診してみようか。お礼してくれるらしいし、ちょっとくらい私利私欲に走ったお願いしても許されるかもしれない。
「それに……逆に、私がそっちに行く可能性もあるしね? ほら、この間言ったでしょ?」
「え? ああ……あれ、ホントにやる気なんですか?」
と、悪戯っぽく笑って言うタマモさんを見つつ、僕はその時のことを思いだしていた。
『セキガハラ』の決戦前夜、僕とタマモさんが寝酒を飲みながら語っていた時に、タマモさんがぽろっと言ったこと。少しお酒が回って酔い半分に言ったことかもと思ってたけど……
タマモさん、あと数年か十数年で、この国を引き払ってまた大陸に戻るかもって……いやあ、結構な一大事が起こるぞそれ。
この国では彼女は、朝廷を裏から操る権力者であり、帝のお気に入りの愛妾であり、『裏』の世界……妖怪界隈に君臨する存在。
こと3番目の意味においては、『八妖星』の頂点、ヤマト皇国最強の妖怪と言っても過言ではない強さを誇っており、この国全土を揺るがした戦乱を制した今、そのネームバリューは絶対的だ。
そんなタマモさんが引退する。あまつさえ、他の国に行く…………荒れるだろうなあ。
「そうかもしれないけど、それでいいわけでもないでしょう? 誰か1人に頼らなければ回らない、その誰かがいなくなったら成り立たない国なんて、国として不完全どころではないわ」
「それは確かに……じゃあタマモさん、自分の後釜か、あるいは……自分がいなくても回る社会の仕組みでも構築してから、引退して大陸に来るつもりですか?」
「大筋そんな感じね。まあ、年単位で時間が必要でしょうけど……それは仕方ないわ。ついでにその期間を利用して、帝に新しいお気に入りの子をあてがっておきましょう。そうすれば、愛妾としてのリタイアもスムーズにいくわ」
「……それ、上手くいきます? タマモさん、愛人の中で一番気に入られてるんですよね?」
「朝飯前よ、そのくらい。時間があるならなおさらね」
自信たっぷりに言い切るタマモさんは、強がりでもなんでもなく、本当に完璧に帝の手綱を握れてるんだろう。好感度の調整すら自由自在というわけか。しかも他人のそれすら動かせると。
「その時は……そうね、ミナト君の家にお邪魔してもいいかしら?」
「もちろんいいですよ。ゲストルームも用意してますから何泊でも泊まってってください。各国の王族や貴族の皆さんが絶賛してましたんで、居心地はいいと思います」
「あらあら……今から楽しみね。……後始末をしてからと言わず、近いうちに旅行でもしてみようかしら」
それからも軽い感じで雑談は続いた。その中で思ったことだが、やはりタマモさんは冗談でもなんでもなく、本気で引退を考えてるようだ。大陸に復帰して、『九尾の狐』としてその知名度と人気を不動のものにするのか、それともまた愛人ロールプレイに走るのか。
どちらかはわからないしどっちでもいいが、ホント楽しそうに語るなあ……。
そんな世間話な調子の話の中で、ふいにタマモさんは、
「ああそうだ、リリンにも会ったらよろしく言っておいて頂戴ね? 近々会いに行けるかもって」
「ああ、はい、わかりました。……母さんならむしろ海渡ってこっちまで来そうな気もしますが」
「ふふっ、そうね……それと一緒に、もしかしたら私が義理の娘になるかも、とも言っておいて」
同じ調子でこんなこと言うもんだから……噴き出すところだった。
またそんな、心臓に悪い冗談を……と言いたいところだけど、この申し出に限って言えば、どうも単なる冗談ではない気配がするから面倒なんだよなあ……
タマモさん、『リリンは母親としては優秀』『理想の親』って言ってたから……言葉通りなら、自分の義理の親になるのも特に忌避してないし、むしろ歓迎する勢いだし……
それ聞いたらどう思うんだろうな、うちの母さんは。
……特に深く考えずに喜ぶ姿が目に浮かんだ。むしろ母さんの方から『うちの子の嫁に』なんて言ってたらしいから、心変わりしてなきゃそりゃ歓迎なのかもだ。
いくら待ってみても撤回する気配がないし……と思ってたら、ふいにタマモさんは真面目な顔になって、
「まあ、それは何年か後まで楽しみに取っておくとして……ミナト君、私よりも大変そうなのはミナト君なんだから、君も気をつけてね」
「……? って言うと?」
「私はここ最近の大陸の情勢に詳しくないからわからないけど……厄介な連中に目をつけられたかもしれないんでしょう? 『ダモクレス財団』とかいう」
「ああ、それですか……正直今更ですし、特に気にしませんよ。まあ、警戒はしますけど」
随分前から、半分以上喧嘩売ってるような関係だしね……『サンセスタ島』とか。
『リアロストピア』の時は一時的に協力したけど、あれだって双方に利益があったからだし……報酬として『魔祖の棺』を渡したからでもある。あくまでギブアンドテイクの関係だ。
戦うことになったとしても……まあ、多少やりづらいかもしれないが、いざその時になったら迷わないだろう。一応向こうには生き別れの兄がいるが……そこまで感情移入できないし。
そもそも僕もあいつも、『1回目』の生まれに関して99%興味ないからね。王家の血筋とか面倒な立場とか、いらんにも程がある。
残りの1%? アドリアナ母さん関連だよ。
でもまあ……そろそろ連中、何か始めてもおかしくないだろうな。
もともとの目的が目的だし……ひょっとしたら、今回の騒乱を、連中の言う『試練』のモデルケースくらいに考えていてもおかしくない。何度か思ったことだけど、似てたからな……あの騒乱と、ダモクレスのビジョンは。案外カムロもそれを狙ったか、意識くらいはしてたかもしれない。
いつどこで何が起こるかわからない。警戒は必要だ。
ピンポイントで僕らを狙ってくる確率は……低いと思うけど、こちとら『最高幹部』の一角を倒してるからな、正直わかんなくなった。
まあ、どっちにせよ戦いになるなら倒すし、僕の仲間に手を出すなら消し飛ばす。容赦なく。
「それにミナト君、鳳凰おばあ様が言っていたこともあるわ」
と、タマモさんが付け加えるように言った。
え、鳳凰さん? ……ええと、何て言ってたっけ?
多分だけど、初めてあった時だよね? 確か……そうだ、自分の子供たちが怯えてるって、僕らに忠告してくれたんだっけ。ああ、この場合の子供ってのは、鳳凰さんの妖力から自然発生した精霊とかなわけだけど。
その時……そうだ、たしか……
『これは、何の根拠もない、あたしの直感にも近いものだけど……あたしはむしろ、戦いよりも災いよりも、何か前代未聞の……そう、『何か』が起こる気がしていてね……それが何より怖いのさ。まるで、今まで当たり前にそうであった失われるような……理が崩れ去り、世界が書き変わりさえしてしまいそうな、底知れぬ闇が迫ってくるような気がして……ね』
そうだ、こう言ってた。
……理が崩れ去り、世界が書き変わりさえしてしまいそうな、底知れぬ闇……か……
(…………え、コレ僕の『エクリプスジョーカー』のこと、じゃないよね?)
何かそんな気がしてきたんだけど。アレ、既存の物理法則とか色々ぶっちぎるし、世界……とは言わないまでも、空間内の法則とか書き換えるし。前代未聞の減少をいくつも起こすし。
やばい、どうしようコレ言うべき? 僕の超パワーアップを予感して、キリツナよりカムロより僕のことを鳳凰さんは怖がってましたって……言って見ると傷つくなコレ。
「? どうかしたの、ミナト君?」
「えっ!? あ、いや別に……何でもないです、ちょっと考え事してて」
「そう? ならいいのだけど……後ろ」
「へ?」
そう言われて振り返ると、そこに立っていたのは、師匠とエルクだった。
「ミナト、ちょっと今後のことで話したいんだってさ、打ち合わせ。オリビアが呼んでる」
「ああ、そうなの、わかった今行く。じゃ、タマモさんすいません、僕これで」
「ええ。私もそろそろ失礼するわ……忙しいところを抜け出してきちゃったしね」
そう、軽い感じで挨拶して、僕は船内に入っていった。
……タマモさんは忙しい身だ。特に今は、戦後処理やら何やらでてんてこまい、目も回る忙しさだって聞いた。なるべく早く帰らなきゃいけない、とも。
だから、もしかしたら僕らの準備が終わって、出航するまで待てないかもしれない。
僕らはともかく、フロギュリアの皆さんの準備はアナログだから時間かかるだろうし……点検に数時間かかったとしてもおかしくない。失敗できないことなんだから、そりゃ慎重にもなるだろう……いやまあ、そこに文句言うつもりはないんだけどもさ。
だから、出向の時までタマモさんは見送りに残っているかどうかわからないし、そもそもこの会議というか打ち合わせの間に帰っちゃうかもしれない。
でも、それならそれでいいだろう。また来ればいい。また来て、また会えばいい。
それこそ、クエストじゃなくてもっと気軽に……そうだな、母さんと一緒に、ちょっと顔見るくらいの気軽さで訪問できるように頑張ろう。
転移門、超音速旅客機、あるいはリニアライナー……何作ろっかなっと。
☆☆☆
「……さて、私もそろそろ帰ろうかしら」
「何だもう帰んのかよ? 暇だし一杯やろうか誘おうと思ってたんだが」
「こんな日の高いうちから? うらやましい生活してるわね……こっちは仕事で裏に表にてんてこまいだっていうのに」
「好き好んでその立場にいんだろが」
自他ともに認める『権力嫌い』のクローナに対して、ため息をつくタマモ。その自由気ままさに、言葉通りうらやましく思いつつも、幾分かは呆れもあるのだろう。
そして彼女は、ミナトの予想通り、仕事のために見送りもそこそこに帰ろうとしていた。
「ミナト君に聞かれたらよろしく言っておいて頂戴」
「あ? ……言わなくてもアレならわかってんだろうよ」
「そう? 確かに彼は頭はいいけど……意外とすっとぼけた天然なところもあるわよ? さっきだって多分、鳳凰おばあ様のあの『予言』のこと、自分のことだと思ってたみたいだし」
ミナトを前にした、なおかつある程度親しくなったものが感じ取る『わかりやすい』という印象を、もれなくタマモも実感していた。
不自然すぎる『何でもない』でごまかせた気になっていたのだろうが、百年以上もの長い時を、政治という名の荒波の中で生きて来たタマモには、あの程度の腹芸は意味がなかったようだ。
「そういう言い方をするってことは、オメーは違うと睨んでるわけか」
「ええ。鳳凰おばあ様やその子ども……精霊や付喪神達が感じ取るのは、起こす事象よりも人の、あるいは妖怪の『悪意』よ。確かにミナト君が成し遂げた変身は、既存の常識も法則も、いっそ気持ちいいくらいに破壊したものだったけど……それでも、怖がるようなものじゃない。あれだけ強くて、なのにあんなふうに人がいいかわいい子なんて、そうそういないわ。まあ、ちょっとも警戒してないとは言わないけど……もしそうなら、そこまで『怯え』たりはしないわよ」
「どーだかな。悪意も何もないのにとんでもねえことをやらかす奴なんてごまんといるぜ?」
「あなたねえ……弟子のことが可愛くないの?」
呆れた視線になるタマモだが、それを受けたクローナは、
「かわいがるのと甘やかすのは違うだろ、わかりきったこと言ってんじゃねえ。それに……あいつはもう、そんな半人前扱いするようなもんじゃねえよ」
そう、表情を変えずに言い切った。
いつも通りダウナーで面倒くさそうな……しかし、目だけは本気の時の目になっていることに、タマモは少しして気付いた。
「確かに中身はガキだ。だが少しずつ成長してる……まだまだなのは否定しないがな。けど、振るえる力っつー点で見れば……」
一拍、
「すでにアイツは、『女楼蜘蛛』の領域に踏み込んでる」
「……そこまで、か」
「ま、『変身』しなきゃいけないっていう手間を挟む分はまだまだ未熟だがな……それでも、俺達が臨戦態勢になっての火力・戦闘能力に匹敵するとは言える。このまま順調に鍛えていけば……」
「いずれは、あなた達を超える?」
「かもな。まあでも……」
そこで初めて、クローナは表情を変えた。
肉食の獣を思わせる……どころか、その獣すら逃げ出しそうな、凶悪で獰猛な笑みに。
その変貌はまるで、こらえきれなくなった歓喜や愉悦が噴き出してしまったかのようで……現役時代にもそれほど見られなかった表情に、タマモも静かに驚いていた。
「こうなることはわかってた。ああ、わかってたことだ……俺がアイツを弟子にした時からな」
『ああ、気に入ったね、絶対逃がしたくねえ、って思うくらいにな』
『鍛え上げて、研ぎ澄まして……その果てに一体、どういう化け物が出来上がるのか……この目で見たい』
『あれは磨けば光る。鍛えれば伸びる。そして……きっといつか、俺達と同じステージにまで上り詰める。そう遠くない未来に、な』
クローナがミナトを弟子として勧誘した際に、アイリーンから『どういうつもりか』と聞かれて答えたこと。
それがもうすぐ、その目でみることができるようになる。
クローナは、そう確信していた。そして、それにブレーキをかけさせる……弟子に対して、『やりすぎないように』などと気の利いたことを言うつもりは、微塵もなかった。
同日、数時間後。
この日、ミナト達は半年以上に及ぶクエストを無事完遂し……『フロギュリア連邦』の使節団と共に、ようやく帰路についたのだった。
++++++++++
これにて『ヤマト皇国編』終了となります。長くなった……章2つにまたがるとは……
次回より新章の予定ですが、年度も変わってリアルが多忙になってきたのと、プロットというか今後の展開を少しもう1回きちんと考えたいと思っているので、書き始めるまでにしばしお時間いただくかもしれません。
完結まできちんと突っ走るつもりで行きたいとは思っていますので、どうかしばしの間ご容赦願います。
季節の変わり目はもう過ぎ去った感じではありますが、皆様もお体に気を付けてお過ごしください。
また近いうちに皆様の前に帰って来れますように、全力を尽くしつつ書いていくつもりですので、どうか今後ともよろしくお願いします。和尚でした。
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