魔拳のデイドリーマー

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第445話 現を侵す夢

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年度初めでめっちゃいそがしい……すいません、今までのペースでの更新は、繁忙期抜けるまでは流石に厳しそうです……

そんな状況なのにやたら長く書いちゃったからこんなに伸びたんだよ……(呆れ)

ともあれ、第445話、どうぞ。


++++++++++


 相変わらずと言うか、時間というのはあっという間に過ぎていくものだ。

 『あと2週間』とタマモさんが言ったのが、もう10日前のこと。
 僕らはもう間もなく『フロギュリア連邦』に、ひいては『拠点』に帰ることとなる。

 この10日間はもう、濃かったなあ……!

 まず何よりも、オリビアちゃん達の仕事の集大成だった『友好条約』の締結。
 タマモさんたちからも口添えしてもらったみたいだけど、きちんと公的なものとして、問題なく『ヤマト皇国』朝廷との間に結ぶことができたようだ。

 内容は、まあ、あたりさわりのないものにとどまったそうだけど。
 対等な国同士の付き合いを始めたり、外交ルートを確立して貿易を行う準備や、ゆくゆくは相互に『大使館』を設置するという感じで。
 『アルマンド大陸』において、フロギュリアはこの東の大国との間の関係樹立に一歩先んじた形になるな。

 最も、渡航ルートが確立されたことで、これまで存在を認知していなかった他の国も、この国に対してアプローチする選択肢が生まれた。今後は他の『6大国』も、順次この国とそういう条約を結ぶ方向にもっていくんじゃないかなと思う。
 そうなると、距離があるからネスティアは少し不利かな……? まあ、航海技術は低いものじゃないし、途中の補給とかさえ何とかすれば、それも可能だろう。

 さっきちらっと言った通り、今回の僕らの渡航記録で、ヤマト皇国への最短・最適な渡航ルートが確立されたから、僕らが最初にやってた、手探りに近い航海よりもずっと早く、安全にたどり着けるはずだしね。
 実際僕らも、行きに要した時間の半分以下の時間で帰れる見込みだ。

 それを前提に、帰還準備も滞りなく進んでいる。
 再度、長期の航海を行うための船の点検整備に、航海中何かあった時のための武装各種の整備。乗組員の腹を満たすための食料の準備や、その他消耗品の補充なんかを。

 割と短い期間で終わったとはいえ、戦乱で国が荒れ果てた状態だから、そういうのを調達するのも慎重にやらなきゃいけないわけだけど、戦火があまり起こっておらず、食料が余っている地域から買い入れることでそれはどうにかなった。
 むしろ、豊作で値が下がっていて廃棄するしかなかった食料を買ってくれて喜んでたところもあったそうだ。こういうのも『戦争特需』っていうのかな?

 いざって時は、『オルトヘイム号』のプラントで生産した生鮮食品を、そのまま卸すなり加工するなりして提供することも考えてたけど、取り越し苦労だったみたいでよかった。

 もちろん、僕らも僕らで帰還準備は着々と進めている。
 具体的には、大陸に持って帰るためのお土産類の買い物を。

 シェリーさんや義姉さんはもちろんお酒。
 シェーンは興味深い食材や、野菜の種や調味料なんかを仕入れていた。
 ネリドラやリュドネラは東洋の薬品類……漢方っぽいものを改めてみたりしてたし、ギーナちゃんは国(ネスティア)に持って帰れそうな武器類なんかを。そういうのに詳しいサクヤに案内してもらって見てた。
 ミュウも元気を取り戻してからは、クロエやナナと一緒に色々と見て回ってたっけな。役立ちそうな本や、単純に面白そうな土産物類なんかも見てたっけ。
 師匠やミシェル兄さんは、もうすでにそういうのは十分見て回ったから普通に休んでたけど、時々出かけてたみたいだったな……何してたんだろ?

 もちろん、僕やエルクも最後に色々と見て回って、美味しそうなものや面白そうなものを買ったりして楽しく過ごした。

 その他、僕らが買い込んで揃えなきゃいけないようなものは、特にない。

 食料はすでにある分で足りる。さっき言ったプラント製の食料や、もともと持ってきていた保存食もまだある。もったいないから使い切っとかないとだな。来る時と同じように、海の上で釣りや素潜りで食料を獲ってもいいし、お土産と一緒に各地で買ったものもいっぱいある。

 それに加えて、色んな人からお土産とかおすそ分け貰ったからな……それこそ、うっかり連絡を取るのを忘れてたような人からすらも。
 お土産貰う時に会って、あるいは話を聞いて『ああ!』って思いだした人が多かった……。
 
 例えば、ロクスケさんと一緒にいた『化け狸』のゴン君。
 この国に来たばっかりの頃、というかそれより前の洋上で出会った彼からは、地元の特産品だっていううどんとミカンを一杯貰った。特殊な方法で生産されたもので、すごく長持ちするから、帰って是非食べてくれって。なるほど四国だな。
 『あんたすごく強かったんだな……いや、知ってたけどここまでとは』って感心されたよ。

 その少し後の、『月の使者』騒動で知り合ったカグヤさんからも。村の名産だっていう、タケノコを始めとした山の幸をどっさりもらった。
 どう考えても季節上おかしいものもあったんだけど、それらはどうやら、去年以前に収穫して、保存食用に加工してた奴らしい。白いご飯に合うんだコレが。

 『鳳凰』さんのとこにいた『ハイエルフ』のエルシーさんからは、サトウキビや泡盛を始めとした沖縄……もとい、『リューキュー』の名産品をたくさんもらった。お酒類に関してはシェリー達が歓喜してた。
 エルシーさん達は今は農民として色々作物を作ってるらしいので、もしかしたらサトウキビとかは自分で作ったのものかもしれない。感謝。

 あと、お土産とは違うかもだけど……『耳長切』はそのままもらってくことになった。
 要らないって言うし、だったらこの国から持ち出させてもらうことにした。多分だけど、今の僕ならコレ壊せるだろうから。

 ……壊すのはいつでも壊せる、となったらもうちょっと研究してからにしよう、とか思ってしまうのはは……まあ、僕がどうしようもなくマッドだっていうことの証明なんだろうな。
 最後はきちんと壊すなりなんなりして処分するので、そのへんは目をつぶってください。

 お土産とは違う、で思いだしたんだけど……戦乱が終わってしばらくしてから、『八妖星』の皆さんが一斉に僕を尋ねて来たのには驚いたな。
 『酒吞童子の乱』で、特に『セキガハラ』で世話になったからって、お礼を言いに来てくれたんだそうだ。律儀な人達である……いいのにそんな。

 付け加えて言えば、先に名前を上げたゴン君やエルシーさんは、どっちかっていうとその時に一緒に来た形だ。『マツヤマ』を統べる『隠神刑部狸』のロクエモンさんや、『リューキュー』を統べる鳳凰さんの付き添いって形で。

 それに加えて、『エチゴ』の支配者である『大天狗』のタロウボウさん、『トーノ』でも会った『鎧河童』のヨゴウさん、そして『エゾ』の頭目である『白雪太夫』のミスズさんも来てた。
 ミフユさん以外は、『セキガハラ』でも会ったっけな……皆さんボロボロだったけど。

 なお、その時にお土産も貰った。めっちゃいっぱいもらった。
 北陸名産の米を俵でいくつもとか、それを使った地酒とか、猪や鹿なんかのジビエ食材……北の海で取れた身の引き締まった鮭なんかも。今から食べるのが楽しみでしょうがない。

 それに加えて、一部からは『うちの娘を嫁に』なんていう話まで出てきたり、『何なら私を』なんていう人まで……全部丁重にお断りしましたけどね。政略結婚に興味はないです。
 何? 『妖怪』の中には強さを重んじる種族も多い? ホントに、本気で僕に惚れてる娘もいる? だとしてもそんな急な話はないです。間に合ってます。

 ていうかタロウボウさん、ロクエモンさん、そんなことしたら僕、イヅナさんやサキさんと姉弟になっちゃうでしょうが。どう接していいのか分かんなくなるわ。

 そしてミスズさん、あなた仮にも『八妖星』の一角でミフユさんのお母さんなんだから軽々しく自分がとか言わないように。ていうかこっちに至ってはミフユさんが義娘になるって……最早想像つかん。冗談かどうかわからないからコメントに困ったでしょうが。
 ……え、自分は独身だから大丈夫? え、いやだってミフユさん産んで……それなら既婚者……あ、もしかして未亡人? …………例の冬のアレでできた子だって? わあ衝撃の事実。

 そんな感じであちこちからお土産をもらったり、その相手と別れを惜しみながら雑談したりして過ごしていたわけだが……その話の中には、真面目な話も時に交じっていた。

 その筆頭は、今回の『酒吞童子の乱』の主犯格の中で、唯一見つかっていない、あの人斬り……リュウベエについてだろう。

 エゾの地で『八咫烏』を封印から解放する時、ミスズさんの手によって氷漬けにされて封印されたはずのアイツだが、その後、ミスズさんの部下の妖怪達がどれだけ探しても、その封印の氷を見つけることはできなかったらしい。
 自力で封印を破って逃げ出したか、あるいは誰かに回収されたかはわからないが……また厄介な奴が雲隠れしてしまったもんだ。

 アレを大陸からこの国に持ち込んだのは『カムロ』だ。奴がいない今、自力で海を渡る手段がない奴が大陸に帰れるとは思えな……くもないな。
 カムロは、ウェスカーやバスクと同じ『ダモクレス』の一員だ。あの秘密結社が絡んでる以上、同じ手段を使って『ダモクレス』関係者が回収していった可能性も否定はできない。

 カムロが大陸とこの国を行き来するのに使っていたらしい『麒麟』も行方不明だ。『セキガハラ』で最後にカムロが呼び寄せて乗っていたのを最後に、目撃証言が途絶えてるからな……。

 多分だけど、アレはカムロが使役した魔物のはずだ。主亡き今、野生化したんだろうか? それとも、アレも『ダモクレス』が回収していったのかもしれない。

 もっともあいつが、どんな形で使役してたのかまではわからないんだよな……。単に手なずけたのか、『召喚獣』にしたのか……。
 あるいは……『ドラゴノーシス』によるものかか。

 『ドラゴノーシス』……『龍化病』の特異な症状の一つに、『龍と意思疎通が可能になる』というものがある。
 どういう理屈でそうなるのかはわからないけど、『ドラゴノーシス』感染者の一部は、何か特殊な言葉をしゃべっているわけでもないのに、『龍族』に分類されるモンスターと話せる上、他種族と比べて近しい存在に見られるのか、敵意を持たれにくいらしい。

 もっとも、それと『使役できる』はイコールにはならないんだが……人と交渉するのと同じ感覚で話せるのだから、協力関係を築くことも難しくはないだろう。
 そして、麒麟のカテゴリーは恐らく『龍族』だ。となれば……恐らくはそうだったんだろうな。

 そして僕は、奴以外にもう1人……同じことができる存在を、すなわち『ドラゴノーシス』の感染者を知っている。

 なんだか妙なめぐりあわせで、僕のライバルみたいな位置づけになっていて、何度も戦っているあの黒い龍……『ゼット』。
 その傍らに一時的に寄り添い、あいつと意思疎通していた少女……エータちゃんだ。

 これに関する資料を、僕はシャラムスカでウェスカーから受け取って、そこで知った。

 現在、ダモクレスによって『保護』されているらしい彼女は、ウェスカーの指揮下にある研究機関による検査の結果、間違いなく『ドラゴノーシス』感染者であるらしい。
 彼女は現在、特に体に負担がかかっているようなことはないので、経過観察中だそうだ。

 記憶にある限り、彼女には特に龍の鱗とか、龍を連想させる症状は現れてなかったはずだが……資料を読む限り、どうやら彼女は内臓系など、体に見えない部分にそういった変異が現れている可能性が高いらしい。
 それであんな、明らかに不衛生な環境で過ごしていたにもかかわらず、走り回れるくらいに元気があったわけか。孤児ゆえの哀しい逞しさなのかもしれないと思っていたが、もしかしたら……

 ……話が脱線した。
 エータちゃんやダモクレスに関しては、大陸に戻って以降も何かあれば注視していく姿勢を取るとして……話を戻そう。

 未だ見つかっていないリュウベエと『麒麟』。そのうち『麒麟』はもう仕方ないとして……『リュウベエ』に関しては、非常に危険な人物だってことで、ヤマト皇国でも指名手配のような扱いで行方を捜索し、見つけ次第相応の戦力をぶつけて討伐する対象とするそうだ。

 それと一緒に、調べ上げられた限りでの、あいつの過去に関する情報も聞くことができた。
 やはりというか、あいつはこの国の出身だったのだ。おそらく、タマモさんとは逆に、『麒麟』の移動に巻き込まれて大陸に流されたんだろう。

 リュウベエは元々、腕利きの剣豪だったそうだが、同時に戦いと人の死を何よりも好む狂人の類であり……人斬りとして名を広く知られていた。

 戦場に乱入し、追ってくる者を返り討ちにし、人間か妖怪かを問わず、数えきれないほどの数を殺したリュウベエは……狙ってやったのか、それとも偶然そうなったのかはわからないが、ある時彼は、その殺してきた者達の怨念に体を侵食される形で、人間を辞めてしまったらしい。

 聞いて気付いた人もいるかもしれないが、これはまさに、『蟲毒』の類の術によるものだ。

 ミスズさんや鳳凰さんによれば、それだけの規模で『蟲毒』が行われ、1つの術式として結実し成功した例はその時点で他に類を見なかったはず、とのこと。
 そして、その際の情報は一部の裏社会に知られており、それをもとに研究が進められて、様々な『蟲毒』の術、その完成形を形作るもとになったとか……。

 すなわちリュウベエは……推測が当たっていればではあるが、現存する中では最古の『蟲毒』の術の行使者であり、それによって力を手にした存在。
 そして奴が誕生した術式を元にして、『蟲毒』が発展したってことは、ある意味『百物語』や妖刀『耳長切』誕生のきっかけの1つだったとすら言える存在なのだ。

 奴自身、『蟲毒』によって力を手にし、それからも殺戮を続け、その怨念によって強化されてきたのだと考えれば……あの強さも、殺しても殺しても復活する不死性も納得がいく。

 ついには、当時の『八妖星』クラスが――ミスズさんも出撃したらしい――討伐に動くこととなり、それでも逃げられてしまったというから驚きだ。

 帰ってからも、引き続き奴には注意しておかないとだな。
 富にも名声にも、何なら力にすら興味はなく、ただただ血と戦い、そして殺戮を求める存在……しかもそれが、超越級の実力者となれば、危険度はいっそ推し量るのが難しいレベルだ。ひょっとしたら今回の戦乱で、もっと強くなった可能性すらあるわけだし。

 リュウベエのことの他にも、真面目に考えておくべき問題・話題はあった。

 さっきもちらっと触れた話ではあるが、かつて『神隠し』と呼ばれ、今回、『麒麟』という妖怪によるものだと目星のついた、大陸・ヤマト皇国間の人員や物品の行き来について。
 魔法災害とすら呼んで差し支えないこの現象は、僕が作った転送防止のギミックすら破るレベルなので、対策することが難しい。万が一『起こってしまった』場合に備えて、大陸とこの国の間で連絡を密にすることで対応策としよう、という話になっているそうだ。表も巻き込んで。

 また、過去に『麒麟』が跳躍に使った空間の痕跡が残っている場所について。
 それを通って、カムロは大陸とこの国を行き来していたと目されるわけだが……念のため、そのルートには術式を仕掛けて監視下に置いておくことにした。何か起こったら、あるいは何か通ったらわかるように。

 空間、ないしその痕跡そのものを破壊することも考えたんだが(『エクリプスジョーカー』ならたぶんできる)、万が一、そこを麒麟が縄張りみたいに認定していた場合、逆鱗に触れてしまう可能性があるので、そこは今回は見送った。
 カムロが勝手に使って何も言われてなかったんだから、可能性は低いとは思うけども。

 『麒麟』……それも、おそらくは『成体』にランクをつけるとすれば……Sランクじゃ足りないだろうな。あの時、異空間であの一瞬で感じ取ったあいつの存在感は、そんなもんじゃなかった。
 ひょっとしたら、SSランクか、あるいは測定不能か……勝てるかな僕でも。

 強さが未知数なのに加えて、おそらくは現在存在が確認されている中でも最強クラスの『空間』系の能力使いだろうし。……まあ、そもそも会えるかどうかもわからない相手だけどね。

 ……それと、『空間』つながりで思いだした。
 もう1つ、僕がこの国にいるうちに確認しておくべき『空間』があったことを。



 というわけで今僕は、『諸国行脚』の時に通りかかった、例の海域に来ている。
 全くと言っていいほどに風がなく穏やかな海……それでいて、通った当時、僕は冷汗が止まらなかった、しかもその原因がついぞ不明だった、謎の空間。

 ここに僕は、同行者2名……訂正、1名と1羽を連れてきている。

「で? わざわざ俺を連れて来たってことは……この空間に関して何かわかったことでもあったのか?」

「ええ、まあ。実際に現場でそれを見てほしくて、プラス意見を聞きたくて、ご足労すいません、師匠」

「別に、まあ暇だったからいいけどよ」

 そう、師匠である。相変わらずの軽装+白衣というルックで海の上に浮かんでいる。水にじゃなくで、浮遊魔法で空の上にね?
 僕はというと、『エクリプスジョーカー』に変身してその横に立ってるけども。そして肩にはアルバがとまってます。『サテライト』要員。

「そんで、何が分かったんだ? おめーのその新しい変身形態と関連あるのか?」

「一応あります。『ザ・デイドリーマー』的な意味で」

「……何?」

 師匠の眉間にしわが寄り、どういう意味か説明しろと視線で雄弁に語り始めたので、僕は『エクリプスジョーカー』の力を使って、その空間に干渉し始める。
 そしてその瞬間に、『やっぱりか』と僕は……自分の仮説が正しかったことを確認できた。

 始めて来た時は、悪寒が酷くて観察どころじゃなかったし、時間もなかったからろくに調べることができなかったけど……こうして見るとよくわかる。
 この、物理法則その他色んな理論的に考えてありえない空間は……

「これはおそらく……『ザ・デイドリーマー』によって作られたもの、だと思います」

「……!?」

 コレにはさすがに師匠も驚いたようだ。いや、師匠だけじゃなく、僕も驚いてるけどね。
 けど、冗談でも何でもない。間違いなく……この空間には、『夢魔』としての力を感じる。
 『エクリプスジョーカー』に変身可能になったことで、より微細かつ食い込んだコントロールがきくようになったからこそ感じ取れる。その上で、間違いないと断言できる。

「『ザ・デイドリーマー』は……雑に言って『気合で不可能を可能にする』力です。あらゆる法則を無視して結果を引っ張り出す。ある種、奇跡を起こす、と言い換えることすらできる」

「だがその力は、あくまで行動の延長上に起こるものだったはずだろ? リリンもそれは例外じゃなかった。かつての戦いの中で、気合で限界を超えて強力な魔法を使ってみせたり、理論的に破壊不可能な結界を気合で破壊したり……そういう、『不可能を可能にした』場面はいくつも見て来た。だが、『天候の改変』『空間内の物理法則の書き換え』なんていう形で、最初から具体性・指向性を持たせて力を使ってみせたことは一回もなかったはずだ。リリン自身、直感的に『そういう使い方はできない』とわかっていた。だから俺もそう思っていた…………この間まではな」

「ええ……僕の『エクリプスジョーカー』は、実際それを可能にしています」

 僕が『エクリプスジョーカー』で使える力のうち、『フレンドリーファイア無効』『地形へのダメージ無効』などは、明らかに指向性を持って、性質を定められて使っている力だ。

 残念ながら、僕がこれらを覚醒させて使っているのは、例によって『感覚』及び『その場の勢い』によるものだから、第三者に説明可能なものではないんだけども……それでも使えるようになった分、『ザ・デイドリーマー』への理解自体が深まっている自覚はある。

 その上で言おう。この力は本当に底なしだ。
 気合というか、本気で使い手が望んだことであれば……何でも叶えてしまいかねない。

 もっとも、本当に『願いが何でも叶う』ような、魔法のランプみたいな力ではない。限度はある。

 『何でも叶える』と『限度はある』。この2つは矛盾しているような気がしなくもないが……簡単に言えば、使い手の力に見合っていないことはできない、とでも言うべきか。

「以前師匠に聞かされた話に戻るんですけど……以前、師匠や母さんは、『ザ・デイドリーマー』を発現させたのは、僕と母さんだけだって言いましたよね?」

「ああ。もっとも、調べられる範囲では、だけどな」

「それ、多分間違いです。実際には、もっといたんだと思います……ただし、『使えるようになった』じゃなくて、『使った』人が、っていう形ですが」

「……なるほどな」

 今の回りくどい言い方でも、師匠は即座に理解してしまったようだ。
 が、視線は説明の継続を催促しているので、このまま話すことにする。

「ここからは、僕が直感的に理解したこの力の性質に加え、推測も交えた話になります。『ザ・デイドリーマー』を自分の力の一部として使いこなすのは至難の業です。指向性を持たせて使うのであればもっと難しいです……僕も、ただ単に無意識に使うだけならまだしも、使いこなそうとするなら、『エクリプスジョーカー』への変身は必須だと思ってます。直感的に」

「指向性を持たせて力を使うのに最も適した形で『強化変身』が構築されたんだろうな。加えて、お前ポーズ取って演出のせて『変身』するとテンション上がるタイプだからな、それもあるんだろ」

「はい。極端な話、『ザ・デイドリーマー』の出力は自分の『本気度』に依存します。テンションを上げて本気で物事に取り組むほど、その行動の先に『奇跡』を起こしやすい。僕の場合、そういうプロセスを踏むとどんどんやる気になるわけです。ただ、そんな風にテンション上げたところで、地力が追いついてなければ、『ザ・デイドリーマー』を使うことはできない……例外を除いては」

「……例外、ねえ」

「『ザ・デイドリーマー』を使うのに必要な『地力』というのはおそらく、『覚醒』に代表される、精神力を現実に反映させて力を底上げする力……その規模です。『覚醒』も、『ザ・デイドリーマー』の簡易版みたいなもんですからね。でも、それが追いついていなければ、奇跡は起こらない」

 例えば、火災現場で使えそうな量の水が貯水タンクに貯蔵されているとする。そこに、その水を一度に大量に、勢いよく放出するだけの設備……専用のホースやノズル、ポンプや動力源などがあれば、火災現場で素晴らしい活躍ができるだろう。それも、タンクに水を溜め直せば、何度でも。

 だが、もしそこにあるのが、家庭用のホースや蛇口だけなら? 答えは簡単。考えるまでもなく……それに見合ったことしかできない。庭への水まきがせいぜいだ。

(『ザ・デイドリーマー』も同じだ。タンク内の水量と、それを吐き出させる設備の質が『地力』。そして、消せる火事の規模が……起こせる奇跡の規模。すなわち、それが膨大になった時こそが……『ザ・デイドリーマー』発動の条件。力を鍛え、家庭用の蛇口を消防用の放水設備にまで鍛え上げて初めて、発動が可能になる……なんだか、随分懐かしい例え方しちゃったな)

 もう10年以上前、自分が『魔法を使えない体質』であることを知った際に、母さんからきかされたその理屈を自分なりに噛み砕いた時に、同じような解釈したんだっけ。僕は、魔力はあるけど才能がないから、大規模な魔法は使えないんだってことで。

 そしてこれもその時に思ったことだけど……家庭用蛇口とホースで、無理やり消防レベルの水を放出しようとしたりすれば、当然全てぶっ壊れてしまう。すなわち、死ぬ。

 …………しかし、だ。
 逆に考えてみればどうだろう?

 例えば、貯水タンクの壁をぶっ壊せば……二度と同じことができなくなる代わりに、その水量を火災現場で使うことができるだろう。噴き出す方向は、どうにかしなければならないだろうが。

 そう……その一回で終わりにしていいのなら、強引に力を振るうことができるわけだ。
 そしてそれは……『ザ・デイドリーマー』も同じ。

 すなわち……死と引き換えなら、一度だけ奇跡を起こすことができるのではないか。

「『地力』が未完成のまま『ザ・デイドリーマー』を使えば、自分の中の『幻想』が『現実』に噴き出す際に、自分という存在を現実に確立し、留めておくことができず……消滅します。まあ、そのレベルで『幻想で現実を侵食する』こと自体、並大抵の精神力じゃ不可能なことですけどね」

「なるほどな。つまり……並大抵じゃない精神力を持つ夢魔が、自分の死と引き換えになら……1度だけ、『ザ・デイドリーマー』を使えるわけだ」

「あるいは、火事場の馬鹿力的な形で精神力が増幅した可能性もあります。僕の予想ですが、この空間はそうしてできたんじゃないかと思ってますし」

 鳳凰さんに聞いた話では、この海はもともと、年がら年中荒れてる海だった。
 そのため、船が安全に航路を行くことができるように、『生贄』という物騒な手段を用いていた過去がある。

 ……完全な想像であるが、例えばそんな海を航海中……生贄に使われたか、それとも自発的に身を捧げたか、はたまた死ぬなんて思ってもいなかったけどがむしゃらに力を使ったかして……1人の夢魔が、命と引き換えに『ザ・デイドリーマー』を使った。
 航海の安全。危険のない海。ただそれだけをひたすらに願って。

 それにより、彼女の心の中の幻想……言うなれば『願い』により、この海の全ての法則が局所的に書き換えられた。危険なことなど何一つない海になった。……その夢魔の消滅と引き換えに。

 以上、僕の予想終わり。

「……お前だけがこの空間にうすら寒さを感じてたのは、その辺が理由かもな」

「同族が命と引き換えに起こした奇跡を目の当たりにすれば、ってことですね……正直、今も震えはしないまでも、いい気分はしてないです。むしろ、『セキガハラ』で『死』ってものに深く触れた分、そういうのを感じ取るようになっちゃって……気分的にはもっときついかも」

「なら、お前の想像で間違ってねえのかもな、この海域のルーツは……」

 しばしの間、無言。
 師匠も僕も……黙禱するじゃないけど、この海域ができた原因となった『ザ・デイドリーマー』に、そしてそれを使ったであろう『夢魔』に思いを馳せていた。

 少し経ってから、師匠が口を開いた。

「ま、終わったこと、それも想像上のことを考えたって仕方ねえ……そんで? それだけじゃねーんだろ? 今の予測を話すだけなら、わざわざこんなとこまで俺を連れてくる必要はねえよな?」

「いや、それも用件の1つではあったんですけどね? あの時、僕の勘違いかもしれないのに……師匠はきちんと話を聞いてくれて、周辺を調べたり、警戒しながら行くのに賛成してくれましたし……だから、わかったことをきちんと説明したかったですから。きちんと確信が持てた段階で」
 
 そう言ったら、ちょっと照れ臭そうに師匠はがしがしと頭をかいて、

「……そうするのが合理的だと思っただけだ、変な勘ぐりや気遣いすんな。で、他の理由は?」

「あ、はい。……ここに来てみて、この空間の由来と同時に確信持てたんですが……恐らく僕は、他者が起こした『ザ・デイドリーマー』に干渉できます。自分より力の弱い者に限り、ですが」

 そう話すと、ちょっと顔が赤くて罰が悪そうにしていた――何コレ、ちょっとかわいいかも――師匠だが、すぐに真面目な表情になって聞く姿勢に入った。

「やろうと思えば、この空間を壊して……元の荒れる海に戻すこともできそうです。もっとも……そうした方がいいかどうか、そうしてもいいかはわからないので、タマモさんとか鳳凰さんに相談しようと思ってますが」

 ……それ以外にも、個人的には……あくまで『もしかしたら』とはいえ、そういう悲痛な覚悟で『ザ・デイドリーマー』を使った(かもしれない)過去の夢魔に申し訳ないっていう気持ちが無きにしも非ずなので、できれば何も余計なことしたくないかなー、と思ってます。

 ただまあ、それは師匠には関係ない。
 僕が彼女をここに連れて来たのは、万に一つも他者に聞かれたくない……もっと正確なことを言えば、聞かれない方がいいかもしれないことを話すためだ。
 そして、場合によっては……『試す』ためだ。

「師匠、単刀直入にお聞きします。……師匠の『記憶の封印』……解除したいですか?」

「…………何だと?」

 かつて、僕は母さんに『ザ・デイドリーマー』の副作用について聞いた。

 初めて『ザ・デイドリーマー』を使った後、僕は、使用時に自分が『童心に帰った』ことが原因で、ちょっとの間子供になってしまった。最初に限りとはいえ、そういう、使用時の精神状態に引っ張られる『副作用』が起こるのが、この能力だ。

 母さんもそれは例外ではなく……母さんは初使用の直後、その直前にあったという『失恋』が原因でふて寝した。そのまま、何日も起きてこなかった。
 それに加えて、ショックからか……『失恋』に関する記憶全てを消してしまったというのだ。失恋の相手が誰だったのかとか、何を話したのかとか……一切合切全部。

 しかも、その影響は周囲にいたチームメイト全員に及び……結果、母さんの失恋や、その前後に起こったと思しきこと、全てを、『女楼蜘蛛』全員が忘れてしまった。
 師匠も例外ではない。その時のことを何一つ思いだせないと言っていた。

 そして僕は、他者の『ザ・デイドリーマー』に干渉できるようになった。

 すなわち……記憶の封印を解き、師匠や母さんが忘れている過去を思い出させることが――

「いらねえ」

 ――できるかもしれないけど要らないって言われました終わり。

 ……あ、はい、そうですか。

「別にいいわそんなん、忘れてても困ったことねーし……多分俺なら、マジで重要なことなら、忘れさせられようが自力で思いだすわ」

「おおぅ、すごい自信ですね……」

「それに、相手がお前だろうが、頭ン中弄られるような真似はされたいと思わねえし……つか、お前がいくら成長したっつっても、これやったのリリンだぞ? できんのかよ解除とか」

「それに関しては……あー、やってみないことには」

 うん、ぶっちゃけそこは僕も懸念です。
 母さんがかけた記憶封印を、僕が破れるかどうか……うーん、正直自信ない。

「ったく……それにな」

「?」

「……なんつーか、単なる直感みてえなもんなんだけどよ、何かこう……この封印、そのままにしておいた方がいい気が済んだよ。下手に弄らねえ方がいいような……いや、根拠とかねえんだが」

「……? はあ、そうですか……」

 いまいち歯切れが悪い師匠に、僕、思わず首をかしげる。
 肩に止まっているアルバも同じようにかしげる。おそろい。

 師匠はと言うと……なんか、さっきと同じような、照れ臭いようなばつが悪いような表情になっております。なぜ?

「あー……おい、用件それだけか?」

「え、あ、はい。記憶そのままにするなら、もうやることないですね……すいません」

「そうかよ、ならさっさと帰るぞ……ったく、なんか暑っちーな今日」

 ……? そんなに暑いかな……?
 ていうか、師匠なんか顔赤くありません? 風邪ですか?

「俺が風邪なんぞ引くわけねーだろ。吸血鬼の生命力舐めんなよ、病原菌すら体に入ってきた瞬間に分解して逆に栄養にするわ」

 マジかよすげーな。
 今度真似しよう。できそうなら。



(……あん? 何かこのやり取り、前にどっかで……)



 帰り際、師匠が一瞬、何か不思議そうな顔をしてたのが気になったけど……まあいっかと思って、そのまま帰った。



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