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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇
第443話 全てを蝕む闇
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めっちゃ長くなってめっちゃ時間かかりました……
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「よっ、と……はいエルク」
「ありがと、ミナト」
とりあえず、皆がいるところの近くに、ふわりと着地してエルクを下ろした。
すぐに皆が駆け寄って来てくれて、僕にもエルクにも、無事でよかったとか、心配かけんじゃないわよとか、声をかけてくれる。涙まで浮かべてる子までいた。
シェリーさんは見るからに嬉しそうにしてばしばし背中叩いてくるし、ナナやセレナ義姉さんは、『まあ無事だとは思ってた』と言いつつ、ほっとした様子だった。ちょっと遠巻きに見てる様子のタマモさんも同じ感じ。
ギーナちゃんとサクヤは『ご無事で何よりです』って言いながら泣きそうになってた。随分心配かけちゃったんだな、やっぱり。
まあ、一番心配かけたのはミュウにだろうけど……。
通信の向こうから聞こえて来た、船にいるらしいネリドラ達の声。その向こうで、泣き声をどうにかこらえてる感じのが聞こえて来たから。
言葉にならない言葉の中で、かろうじて『よかった……!』って言ってたのが聞き取れた。……後できちんと、心配させたこと謝っとかなきゃだな。
まあ、それは個々にいる全員に対してのことか。
……まあでもその前に、今はひとまずやることあるけどね。
僕が仲間たちと語らってるところで、後ろの方から『ぱちぱちぱち』って拍手の音が聞こえて来た。
振り向いて見てみれば、音源は案の定カムロだ。あの空間に飛ばされる前と同じ、特撮の闇ヒーローみたいな恰好でそこに立っている。
……あらためて見ると面影ないな、マジで。ぱっと見じゃ同一人物だって分かんないぞ。感じ取れる妖力その他の感じも違っちゃってるし、マジで別物になっちゃったってことなのかも。
「見事、見事。絶対に超えられないと思われた壁を乗り越えた、感動の再会だねえ……泣かせるじゃないの。大衆劇場で上演したらスタンディングオベーション間違いなしだな」
「心にもないお世辞をどうも。ついでに、わざわざ待ってくれてたのもありがたかったよ」
「今生で最後の語らいを邪魔するほど無粋じゃないさ。さて、じゃあ続いてはみんな仲良く天国に行くフィナーレを見させてもらおうかね? 美しく儚く、三文芝居の最後を締めくくってくれよ」
「おあいにく様……このストーリー、あと数百年は終わらない予定なもんでね。それよか、さっきは随分なチップ貰っちゃったから、その分ファンサービスさせてもらうとするよ……あの世にぶっ飛ぶくらいのを、思いっきりね」
「ふふっ……言葉遊びはこのくらいにしておこう。お互いにセンスがないな、よっぽど三文芝居だ」
確かにね。漫画とかで見るオサレな戦闘前会話って、ああいうの考えられる人はよっぽどセンスがある人なんだろうな……まあ、それは今いい。
カムロの言葉で、これから何が始まるか皆悟った。
僕は一歩前(カムロ側)に出て、後ろにいる皆を手で制すようにして言う。
「エルク、皆、下がってて。ここからは……僕がやる」
皆が安全圏まで退がるのを待って、僕は前に出る。
ある程度歩いて止まる。まるでこれから、武術の試合か何かでも始まるかのように……ある程度の距離を保って立つ。
「……先に、いいこと教えとこうか」
準備体操……はする時間ないから、ぷらぷらと手首足首を揺らす程度の柔軟をしていると、カムロの方から声をかけて来た。
「さっきの戦いな……俺は『本気』だった。が……『全力』じゃなかった」
「…………」
「お前さんも使ってた言い回しだな? キリツナとの戦いでよ……今使える力と技量、全部を使って戦うのが『本気』……で、使えない、あるいは使うべきじゃない部分の力まで全部使うのが『全力』だろ? うまいこと言ったもんだ…………まあ、この空見りゃ納得だがな」
そう言ってカムロは空を見上げる。
そこには、まるで台風みたいに雷雲が渦巻き、あちらこちらで稲光が走っている光景があった。
雨や雪なんかが地上に落ちてきているわけじゃないが、明らかに異常なことなのは見てわかる。
「多分これどんどんひどくなってくんだろうなあ……納得だよ、こんなことが起こるんなら、力をセーブしなきゃと思うのもうなずける」
「……何が言いたい?」
「ちょっと楽しみなのさ。これから俺が全力で戦った後……この空がさらにどんなふうに変わってるのかが」
笑ってる。
装甲で表情はわからないし、口調もいつものまんまだが、わかる。
「さっきは俺も、流石に力が体に馴染んでなくてね……お前さんの仲間達と遊んでる間に調整して、ようやくフルパワーが出せるようになった。やっぱすげえな『八咫烏』の力は……増幅した闇をさらに増幅し返してくる。底なしだ。永久機関みたいなもんだぜこりゃ」
「……そういや、あんたの目的って奴をまだ聞いてなかったね。あんた、何でそんな力を欲しがったの? 鬼達を騙して、この国をこんだけ荒らしてまで……元のままでも十分強かったと思うけど。加えてそこに、『ドラゴノーシス』のイレギュラーな強化まで加わったんだろ?」
「おいおいおかしなこと聞くなあ、『災王』? 俺だって男の子なんだ、強くなれる手があるなら、いくらだって強くなりたいさ。お前さんだって、『強い方が選べる選択肢が増える』って理由で今も修行続けてるだろ? 大陸最強の座につきながらよ」
まあでも、と続ける。
「あえて言うなら……この先の時代を、世界を生き残るため。そして、その世界を好きなように生きるためさ」
「……この先の、世界?」
「うちの総裁から聞いてんだろ? 今後世界は荒れる……まあ俺達が荒らすんだが……その中で生き残れるのは、本当に強い者、『力』を持つ者だけだ。『力』の種類は問わないとはいえ、中でも重要であろう戦闘力は大きいに越したことはない。結局最後に物を言うのは暴力だ。乱れた世界を回すには、荒れた世界を渡るには、権力や財力なんて不確かなもんじゃ足りないのさ。
もう何十年も前の話だが、俺は大陸に渡った際に『ドラゴノーシス』を発症した。総裁にスカウトされたのはその後……最初は打算から、この病の情報が欲しくて入った組織だが……俺は本気で彼の、バイラスの目指す世界を面白そうだと思った。
いつだって俺は、面白おかしく人生を生きるために全力を尽くして生きて来た! やりたいこと全部やって、やりたくないことは全部蹴ってな! 今までにない世界で、今までにない最ッッ高の時間を過ごす……その時が今から楽しみだ! だがその世界で生きていくには今のままじゃ足りない! もっと力が要る! だから俺は文献読み漁って、使えそうな方法を探したのさ! その中で最も俺に合ってた方法が、すでにマスターしてた『陰陽術』を生かしたコレだったってわけよ!
そして俺はめでたく成功したわけだ! この力で俺は、これからの時代を生き抜いていく! 荒らす側に立って、好き放題力を振るいながら、世界が変革していく様を特等席で見物できるんだ……爽快ってもんだろう? 滅び、栄え、生き、そして死んでいく様を見続け、強者という立場で常に自由と悦楽に浸る! それが俺のやりたいことさ! わかったか『災王』!?」
途中から興奮しまくって、己のビジョンを高らかに語ったカムロ。
なるほどねえ……勝ったと思った悪役特有の口の軽さで、色々と喋ってくれたのはありがたい。こっちで未確認、あるいは未入手の情報もいくつか手に入ったしな。
まあ、その思想に関しては……要約すれば『強くなって好き放題したい』ってだけのもんだったが。400字詰め原稿用紙に収まらないレベルの長文くっちゃべった割に、シンプルにまとまる。
……そろそろもう、戦闘前会話はこの辺でいいだろう。
「さて……この空のせいでいまいちわかりづらいが、時間的にもうそろそろ日が沈むころだな。今日は何かと疲れちまったし……さっさと帰って、飯食って酒でも飲んで、ゆっくり休んで気持ちよく眠りたいもんだ……。軽く運動して帰れば、晩飯も一層美味くなるだろう」
どうやら、向こうさんもそのつもりだったようだ。
そう言ってカムロは、ボクシングのように拳を構え……地を蹴った。
さっきまでは全力じゃなかったってのは、ブラフでも何でもなかったらしい。凄まじい速さで、僕らの間にあった距離をあっという間にゼロにし、僕の顔面に拳を打ち込んできて……
――バキィ!!
それより早く僕が繰り出したアッパーカットを受けて、斜め上に吹っ飛んでいった。
そして……空中の、何もない空間に突き刺さって止まった。
「……? ……!?」
カムロ自身も……後ろの方で見ているエルク達も、『何が起こった!?』って感じの顔になっている。
まあ無理もない。目の前でいきなり、超高速で襲い掛かってきた奴があっという間に返り討ちになって……はともかく、今のこの光景は意味わからないだろうからな。
何もない『空間』に突き刺さってるんだもの。崖とか壁に突き刺さるみたいに。体が、ひび割れた空間にめり込んで止まっている。
僕はと言うと、自分が作り上げた、意味わからない目の前の光景に戸惑って……いない。
『リアロストピア』の時と同じだ。練習したわけでもなく、今始めて使うのに……力の使い方がわかる。不思議な感覚。
幸い、頑丈そうなサンドバックもある……思いっきりやらせてもらおうか!
☆☆☆
「まずは……」
小声でつぶやくように言いながら、ミナトは何もない空間を殴った。
殴った場所がひび割れる。ひび割れはたちまち広範囲に広がっていき……周囲360度、広範囲にわたって空間が崩れ去った。まるで、もともとそこに壁があって、それが崩れ落ちたかのように。
それと同時に、空間の壁に捕らわれていたカムロは解放され、地面に降り立った。
そして、崩れ去った向こうに現れたのは……どう見ても普通ではない空間。
しかし、一部の者達にとっては、既に目にしたことのある空間でもあった。
「……ここって、あの時の……」
「たしか、『隔離結界』と言いましたでしょうか……しかし、地面が……」
ギーナとサクヤが言った通り、その空間は、ミナトが最近作り上げた、周囲への被害が出ないように即席のバトルフィールドとして作り上げる、『隔離結界』の空間に似ていた。
だが、似ているだけではない……同じようなものだろうと、直感的に悟っていた。
彼女達がただ1つ気になったのは……書き換えられた空間のうち、地面が……まるで屋内の、金属の床面のように、平らで硬質なものになっていたことだ。
即興で作り上げた空間で、ミナトは拳を握る。
「面白いことをする……こりゃあ、周囲に被害を出さないための異空間か? 御大層な芸を隠してたもんじゃないか! まだあるなら早く見せてくれよ? 死んだら見れなくなっちまうからな!」
そう言って、先程よりもさらに早く距離を詰めるカムロは、さらにフェイントを織り交ぜて、背後に回り込んで拳を放ち―――
―――ドガガガガガ!! バキャァッ!!
その場に竜巻でも起こったかのような暴風が吹き荒れ……それと同時に、一瞬のうちに、数えきれないほどの拳と蹴りが叩き込まれ、またしてもカムロは吹き飛ばされる。
(……!? 何が起きた!?)
吹き飛ばされ、さらにまたしても何もない空間に激突し……しかし、今度は刺さらずに落下。
ダメージ自体はそこまで大したことはないのか、空中で体勢を立て直して着地する。
(さっきのもだが、また攻撃に反応できなかった……いや、それよりも今、何か……風が……)
しかしカムロは、着地するよりも前から、焦燥にも似た感情と共に、急激に頭を回転させていた。
今の攻撃に、攻撃自体の速さや威力以上に不自然な点があったことに気づいていた。
(……攻撃と同時に、あるいはその直前に暴風が吹いた……それでその分、攻撃の威力とスピードが増したのか……だが、単に攻撃の属性を乗っけるのとは……何か違うような……?)
今度はミナトの方から、地を蹴ってカムロの懐に飛び込んでくる。
それを迎え撃たんと構えるカムロだが、ミナトは直進すると見せかけて、超高速でカムロの背後に回り込む。今やられたことを返すかのように。
それにはカムロも気づいていて、腕をかざして飛んでくる拳、あるいは蹴りを防御しようとするが……
――ドゴシャァア!!
斜め上から放たれた打ち下ろしの掌底。掲げられた腕が真芯でとらえて防いだはずのそれは、その防御ごと押し切ってカムロを床にたたきつけた。衝撃で床が粉砕され、破片が派手に飛び散った。
そこからさらに、サッカーキックでカムロを蹴り飛ばすミナト。
またしても衝撃で床がさらに砕ける。ボールのように何度もバウンドして飛んでいくカムロだが、どうにか体勢を立て直して受け身を取った。
「なんてパワー……っ!?」
その瞬間、カムロは悪態をつこうとして……そのまま固まった。
ミナトの足元の地面が……全く何事もなかったかのように、平らなままになっていたからだ。
今自分は、確かに叩きつけられた。床を砕く威力で。
その後、床をさらに砕いて抉る威力で蹴り飛ばされたはずだ。それも無効化されている。
(……何だこれは? どういう力だ? さっきから何かおかしい……!)
カムロの持つ戦闘センスが、何か警戒すべきものを感じ取った。
着地したカムロは、体内に蓄えられている膨大な妖力を練り上げ、術を発動させていく。
カムロの地面から染み出した闇が、ひとりでに動いて形を作っていき……やがてそれらは、漆黒の体を持つ怪物達に変わった。恐らくは、式神や召喚術の系統、あるいは応用だろう。
しかも、そこらの術師が作るものとは明らかに格が違う。
鬼、龍、虎、獅子、その他色々な妖怪や魔物の姿をしているそれは、1体でも鬼の幹部クラスに匹敵するであろう力を持っていた。
(あの世から戻って来た時に手に入れたのかは知らないが、何やら得体のしれない能力があるな……慎重に、数を出して見極めさせてもらうとするか)
「行け!」
闇と妖力で作り上げたしもべたちに突撃命令を出す。
雄たけびを上げながら、漆黒の式神たちはミナト目掛けて突撃していく。強大な力を持つ式神たちが、大挙して襲い掛かってくるこの光景にも……ミナトは焦りも恐怖も、かけらも見せない。
その場でミナトは、地面を揺らす強烈な足踏み……『震脚』を放った。
「『タワーリング・インフェルノ』!!」
それは、既にミナトが使っている……カムロも見たことがある技。
しかし、放たれたそれは、数十分前に見たものとはまるで違った。
踏み込んだ地点を中心として、周囲数十mにマグマを噴出させるという技だったはずのそれは……見渡す限りの範囲の地面を粉砕して、活火山のごとき勢いで黒煙とマグマを噴出させるものに変わっていた。絨毯爆撃でもこうはならないのではないかというレベルの破壊が振りまかれる。
当然ながら、そのデタラメな威力と範囲に飲み込まれ、黒い式神の大半が消し飛ばされ、焼き尽くされる。
「おいおい、何だこの技!? こんなもん使ったら、あっちにいるお嬢ちゃん達まで…………何?」
氷雪系の術でどうにか相殺して防御しながら、ふと目をやった先の光景に、カムロは唖然とした。
当然のように、超広範囲にまき散らされたマグマの奔流は……離れて見てはいたものの、同じ空間内にいるエルク達にも届いてしまっていた。味方をも巻き込む、大量破壊兵器のような技だった。
……にもかかわらず、エルク達はそのマグマにダメージを受けていない。
よく見ると、マグマがかかってもエルク達を素通りしているのだ。まるで、幻であるかのように。
当然そんなことはない。そのマグマの……下手をしたら普通のマグマ以上の温度かもしれない熱を受けて、式神たちは一網打尽にされているのだ。
生き残っているのは、一部の飛行が可能なタイプのものだけ。
その残った者達にも、跳躍して飛び上がったミナトが迫る。
拳の一発で、巨大な龍をかたどった式神が爆散し……その際に起こった衝撃波で、巨体を挟んで向こう側にいた、同型の式神もう2体が撃墜された。
直後に後ろ回し蹴りを放ち、噛みつこうと襲い掛かってきていた、巨鳥のようなその頭を砕く。
空中で体をひねり、その上で空気を蹴って空中移動すると、かかと落としでまた別な、今度は烏天狗の類と思しき式神を粉砕する。その衝撃で、真下にいた巨鳥が砕け散り、さらにその下の地面が割れた。そして、一瞬で修復する。
なお、先程の『タワーリング・インフェルノ』で砕けた部分も既に修復されている。
「――しぇァッ!!」
トドメにその場で高速回転して放った回し蹴り。その際に起こった爆風が真空はとなって全方向に放たれ、残っていた式神たちを一掃する。
「パワー、スピード、いずれもさっきまでとは別次元……おまけに妙な空間系の魔法まで使ってるのか、あれだけのパワーで暴れてるのに、『空間』ないし『環境』への被害が出てないだと……!?」
例えば、結界の内部などのある種限られた空間内で巨大な力を使えば、覆っている結界にも負担がいく。最悪、攻撃の余波だけで壊れてしまうことも十分に考えられる。
今のミナトやカムロどころか、それぞれのパワーアップ前で会っても容易に起こりえたことだ。
(さっきから感じてた違和感の正体もわかった……暴風、地面粉砕、溶岩に突風……あんだけ豪快に無差別攻撃よろしく暴れておいて……被害を受けてるのは俺と式神共……『敵』だけだ。あっちで見てる嬢ちゃん達はもちろん、地面や、この空間そのものに、負荷ないしダメージってもんを全く与えてねえ。あいつまさか……攻撃・破壊の対象を選択してやがるのか!?)
『フレンドリーファイアの無効化』
『地形及び空間へのダメージ無効化』
『エクリプスジョーカー』に覚醒したミナトが、新たに手にしたこれらの力は……長く生き、様々な術を研究してきたカムロの頭脳と知識をもってしても、寝耳に水どころの話ではないものだった。
……しかし、ようやく至ったと思えたカムロの現状把握は……それでもまだ、甘かった。
まず1つ。ミナトの力の本質は……そのような生易しいものではない。
そしてもう1つ……今のミナトは、『全力』でもなければ『本気』ですらない。
それを、これからカムロは知ることになる。
『エクリプスジョーカー』
『日食』の名を持つ、ミナトが新たに発現させた、全てを蝕み、塗りつぶす闇の力。
カムロが気づいた『フレンドリーファイアの無効化』と『地形及び空間へのダメージ無効化』も、確かにその力の一端ではある。
しかしながら、それはミナトが発揮した能力の本質とは言えない。
(……例えばこれが対戦型のアクションゲームなら)
地を蹴って、さらに電撃を纏うことで、超加速してカムロに接敵するミナト。
振り下ろした拳が、かかと落としが、地面を砕いて派手に地割れを起こす。
間一髪でそれを避けたカムロは空中に逃れるが、その直後には既に地面は元に戻っている。
(攻撃の演出で地面が砕けたりすることはよくある。けど、システムにもよるけど、プレイヤーの攻撃で実際にフィールドの地面が砕けるなんてことは、ない。そんなんでいちいち地形が変わってたら、地面に凹凸ができるだけでも戦いづらいし、システム的にも処理が煩雑になりすぎる)
ほとんど消えたような速さでその背後に回り込んでいたミナトが、その横っ腹目掛けて叩き込んだ裏拳が、カムロを弾丸のような勢いで殴り飛ばす。
(例えばこれが格闘ゲームなら)
吹き飛んだカムロは、またしても何もない空中に激突して墜落する。
(何もないように見えても、バトルフィールドには『端』がある。海岸線だったり岩壁だったり、建物だったりするけど……そこを超えて進むことはできない、破壊不可能の壁がある。まあたまに、フィールドの端から吹き飛ばす・落とすことで決着、とかいうシステムのゲームもあるけど)
「ぬぅうぅ……はああぁあ!!」
墜落後、カムロはまたしても体からあふれ出す闇を使って『式神』を作る。
先程よりも大量に、先程よりも強く。
空間を埋め尽くさんばかりの量の式神が、それこそ軍隊のように生み出されて襲い掛かってくる。
それを見てミナトは、大して気圧された様子もなく跳躍し……先程のカムロと同じように、空間の壁に激突する。しかし、もちろん頭や体からぶつかったわけではなく……足から着いて、同時にそれを蹴る。また別な『壁』を蹴り、さらにまた別な『壁』を蹴り……空間を縦横無尽に跳ね回る。まるでパチンコ玉、あるいはピンボールか何かのように。
―――ドドドドドドドドド……!
己自身が弾丸となって縦横無尽に跳ね回り、その直線状にいる敵をことごとく消滅させていく。それは、超高速で動くことによるかく乱と、それが同時に攻撃にもなっている滅茶苦茶な動きだった。しかも体に電撃を纏っており、かするだけでも致命傷という極悪な仕様。
さらにミナトは、空間の『天井』に着地すると、右腕に電撃を収束させ始め……そのまま、重力に任せて落下を始める。
当然、着地点にはまだ生き残っている式神たちが回り込んで待っている。落ちてくる間抜けを串刺しにせんと待ち構えている。
落ちていくミナトだが、構えられていた槍や刀は、全て体表のバリアでに阻まれて当たらない……どころか、その発生している膨大なエネルギーに充てられて、逆に攻撃した側が消し飛んだ。
そしてミナトは着地の瞬間、大きく振りかぶった拳を……思い切り地面に叩きつけた。
その一点を中心に、すさまじい光と音の奔流が周囲を席巻する。
それはまるで、電撃の爆弾。真球状に広がって全てを飲み込み……電撃が通り過ぎた途中にあった全てが、膨大なエネルギーの前に消し炭になった。
その余波はさらに遠くまで届き、フィールドの端の方にいたエルク達や、空中にいたカムロさえもその範囲内だったが……
『エルク、念のため確認。大丈夫?』
『うん。全然何も感じない。幻影みたいにそこに見えるだけ、って感じ……それどころか、今の電撃で、私達にまとわりついてた『邪気』だけ消し飛んだんだけど』
『闇っぽい体持ってる連中だったから、光とか『陽』のエネルギー大分多めに込めておいたからね、浄化みたいな効果も付随でついてたんだと思う。まあ狙ってやったんだけど』
『あっそう……またあんた、不思議というか規格外な能力覚醒させたわね……』
『そう? まあ、僕には割とイメージしやすい状況だから楽だったのかな』
『どういう状況よそれ、大規模攻撃で、ただし味方にはノーダメージなんて』
(ゲームならよくある、なんて説明はできないからなあ……。でも実際、対戦系のゲームで、味方には自分側の攻撃が効かないようにできる設定は珍しくない)
二度、大軍隊と言っていい量の式神を召喚され……しかしそれをまたたく間に消滅させたミナト。
それらを飲み込むレベルの大規模な攻撃を繰り出し、しかしそれにしては……戦場はあまりにもきれいなものだった。地面は平らなままで、地形の変化はどこにもない。
また、範囲内にいる味方には自分の攻撃が当たらず、加減も何もする必要がない。それどころか、味方を蝕んでいるマイナス要素だけに効果をおよぼすことすら可能。
しかし、それらの利点は相手には適用されない。
相手の攻撃でも地形は変わらないが、フレンドリーファイアはきっちり起こる。空間が固定されているため逃げられず、吹き飛んで『壁』に当たれば墜落する。
さらに、今回ミナトは使ってはいないが……回復系の魔法を範囲指定で発動した場合、種類に関わらず、その効果が及ぶのは味方だけである。敵まで一緒に回復するような事態は起こらない。
また、魔法や術を弾く防壁を張った際も、この極悪極まりない『仕様』は適用される。
敵の攻撃は防御する。味方の支援や回復は届く。そして……味方の攻撃は、防壁も含めて素通りする。すなわち、防壁に当たって威力が減衰したりすることはなく、位置取りを調整して味方を盾にする意味がない。
極端な話、人質を取っている敵に対して、味方も巻き込んで一瞬・一撃で消し飛ばせる攻撃を放ち、敵だけを消滅させて味方にはノーダメージ、などということも可能なのだ。
味方は味方への流れ弾を一切気にせず攻撃でき、敵には一切利用できる恩恵を与えない。
あまりにも、ミナトとその身方に対して都合がいい空間。
……それが、ミナトが新たに得た得た力。
気合で不可能を可能にし、幻想を現実にする『ザ・デイドリーマー』をさらに発展させ……『自分達にとって徹底的に都合のいい法則に支配された空間』を作り上げる……空間と理を蝕む力。
「……よし、大分感じつかんできた」
しかし、これほど破格の力でも……ミナトが発現させた力の、まだ半分……ないし、片割れ。
「そろそろ……本気出すか」
そんな言葉と共に、ミナトの両肩と腰の左右についている宝玉……『魔法式縮退炉』が輝きを放つ。
『アルティメットジョーカー』の状態において、たった1つで気候変動すら生み出すほどに強大な力を放っていたそれが、4つ。
両肩両腰のそれぞれから生み出された力が、両手両足それぞれに宿る。
その瞬間、空間全体が揺れるほどの力は迸り……直後、カムロは何度目かになる不可視の一撃を食らって殴り飛ばされた。
「ぐっ、お……!?」
しかし、今回のは今までとは威力が違いすぎた。一瞬意識が飛ぶほどの衝撃殴られた顔面の装甲は大きくひび割れ、受け身を取ることすらできずに壁に叩きつけられ……バウンドして床に落ち、そのまま跳ね上がる。
そこから体勢を立て直すより早く、下からの蹴り上げで天井に叩きつけられ、そこで跳ね返って床に落ちてくる……よりも先に、飛び上がっていたミナトの飛び回し蹴りで、空間の反対側まで蹴り飛ばされて壁に激突。
余りのダメージに受け身も取れずに落下し、地面に叩きつけられる。
だが、それでも四肢に力を込めて、膨大な妖力任せに回復させつつどうにか立ち上がると、今度はカムロの方から飛び出して殴りかかる。
顔面を狙った拳が繰り出され、しかしそれは、命中まであと数センチの距離まで迫っていたにも関わらず、ミナトの超高速移動で軽々とよけられてしまい……ミナトは直後に背後に現れる。
振り向きざまに放った裏拳もやはり避けられ、今度は前側に気配。
しかし再び振り向いた際にはそこには何もおらず……
「――らァ!」
「がはっ!?」
斜め上から飛び込むようにしてミナトが放ってきた拳に吹き飛ばされるカムロ。
しかし、なんとカムロが吹き飛ぶより先に、今殴ったばかりのミナトが後ろに回り込んで中段の蹴りを放って逆方向に蹴り飛ばす。
顔面に感じる衝撃と背中に感じる衝撃。方向が異なる2つの攻撃をほぼ同時に、しかもありえない威力で受けたカムロは、どちらも殺しきれずにその場でぐるんとプロペラのように回転する形になってしまい……その勢いゆえに上下の間隔すら喪失する。
そんなカムロに容赦なく打ち込まれる追撃。
一歩後ろに引いた位置から、ミナトは弓を引き絞るように拳を引いて構え……渾身の力と共に前に突き出す。
その瞬間発生した爆風と衝撃波は、ミサイル顔負けの威力で叩きつけられてカムロを飲み込み、またしても空間の『壁』に叩きつけた。
叩きつけられて地面に落ちたカムロ。やはり妖力で再生を試みるが、ダメージが深刻すぎて手足ががくがくと震え、まともに動かない、思考も纏まらない。
(力が……今までと……違いすぎる……ッ!!)
一体、『あの世』に姿を消していた数分の間に何があったのかというほどに、今のミナトは違いすぎた。
『アルティメットジョーカー』であれば、スペックはほぼ互角と言ってよく、油断さえしなければ普通に戦えていた。それも、自分が慣れない変身で力を出しきれない状態でだ。
力が体に馴染んだ今であれば、あの時以上に余裕を持った戦いができただろうと確信できる。もとも、それでも油断は禁物だが。カムロはそう思っていた。
だが『エクリプスジョーカー』は、攻撃全てがこちらの防御を全て紙同然に打ち抜いてダメージを与えてくる。しかも感触からして……まだまだ全力ではない。
先程までの自分と同じように、慣れない力をコントロールしながら戦っている節がある。
「何にせよ、このままではまずいか……っ!」
ばん、と手のひらを地面に叩きつけるカムロ。そこから三たび闇があふれ出し、周囲を黒く染めていく。そして、現れる式神たち。
今度は数は少ないが……その姿を見て、遠くにいるエルク達は余計に驚かされた。
今度の式神は、数は少ない。しかし、どれも一見してわかるほどに厄介なものばかりだった。
さらに言うなら……見たことがあるものばかりだった。
八頭八尾の巨大な大蛇『ヤマタノオロチ』。
海にしか生息しないはずの巨人『海坊主』
それぞれ牛と馬の頭を持つ巨鬼『牛頭』と『馬頭』。しかも、本来の大きさよりもさらに大きい。
タキも召喚していた『がしゃどくろ』。
さらには、翼と強靭な手足を持ち、炎を吐くかの有名な『ドラゴン』。
ヤマタノオロチほどではないが巨大で、九つの頭を持つ有毒の龍『ヒドラ』。
獅子舞とシーサーを合わせたような独特な外見の巨大な獣『ミュンカガラ』。
そして最後には……つい先程カムロが取り込んだはずの『八咫烏』。
どれも、1匹で小国くらいなら軽く滅ぼせてしまうほどの、超がつくほどに凶悪な魔物や妖怪。この国と大陸で見聞きしたのであろうそれらを『式神』として再現して生み出したカムロは、まさに精鋭と言っていいしもべたちに『行け!』と命じた。
自分が回復し、そしてミナトを倒す力を蓄えるための……時間稼ぎのために。
その行く先にいるミナトは……『お、ちょうどいいの来た』とでも思っていそうな表情で、意気揚々と地面を蹴り、災害が密集していると言っても過言ではない、凶悪な魔物たちの中に飛び込んでいく。何の躊躇もなく……その両肩両腰の宝珠をさらに輝かせて。
拳の一撃と、その余波の衝撃波で、『がしゃどくろ』が粉々に砕け散る。
横一線に振るわれた手刀。それと共に発生した無数の風刃で『ヒドラ』がバラバラになる。
踏み潰そうと上から迫っていた『海坊主』の足にアッパーカットを叩き込んで軽々と押し返し、その際に放った、落雷も比べ物にならない極大の電撃が全身を走り抜けて消し炭にした。
『ドラゴン』の放った炎のブレスを受け止めた上、掌底を突き出した威力で衝撃波を出す。そこにさらに凄まじい高熱を叩き込んで、放たれたそれはプラズマ化して標的を消し飛ばした。
手刀に光を収束させて刃を形成し、それを長く伸ばして光の大剣を形作る。それを逆袈裟に文字通り一閃させ、『ミュンカガラ』を真っ二つにした。
襲い掛かってきた『牛頭』の腹に拳、と同時に強烈な冷気を叩き込んで瞬時に全身を氷漬けにして粉々に粉砕した。
タイミングをずらして襲い掛かってきた『馬頭』は足払いで転ばせた上で強烈な震脚。同時に、衝撃が伝わった地面から無数の尖った岩が突き出して、串刺しどころではない惨状にした。
いくつもの頭で同時に攻撃をしかけてきた『ヤマタノオロチ』は、それらを避けて叩き込まれた1発の掌底で動きを止めた。そこから波打つように、水の魔力を応用した、体内の水分に干渉して伝播する衝撃が全身に伝わり、最後には八頭八尾全てを内側から爆散させて吹き飛んだ。
最後に残った『八咫烏』は火炎を吐き出して攻撃したが、ミナトが突き出した拳から放たれた黒紫色の破壊光線により、火炎ごと全て全て飲み込まれ、跡形もなく消し飛ばされた。
名だたる魔物たち――式神とはいえ、その本物と同等かそれ以上の力を持っていると目される――が、軒並みほぼ一撃で叩きつぶされたという現実に、カムロは流石に余裕をなくす。
「おっそろしい力だな。この変な空間の中じゃなかったら、今までの戦闘で山の1つや2つは崩れ去ってるだろうよ……なるほど、自分が思いっきり戦えるための力でもあったわけか。だが……」
膝をついた状態から、ゆっくりと立ち上がるカムロ。
式神たちが稼いだ今のわずかな時間で、回復は終えている。それと同時進行で妖力を限界まで増幅させ、己の戦闘力を最大まで強化することもできた。カムロの体を覆う赤黒い、禍々しいオーラと、時折そこから迸る赤い電撃がそれを物語る。
しかし、それでも安心はできない。
慢心を捨てたカムロは、勝つために最善の方法を模索し……実行する。
カムロの全身からあふれ出たエネルギーが、彼の頭上に巨大な光弾を作り出す。
それは、カムロが注ぎ込むエネルギーによってさらに大きくなっていき、
「そら、『災王』、この攻撃……防げるものなら防いでみろ。でなければ…………仲間が死ぬぞ!?」
「……!」
瞬間、頭上の光球から、膨大な電圧を持った稲妻が迸る。しかしそれが飛んでいった方向は……ミナト目掛けてではなく、視界の端に移る、ミナトの仲間達の方角だった。
(ミナト・キャドリーユの攻撃は味方には当たってもダメージにならないらしい。だが、俺の……敵の攻撃まで無効化判定できるわけじゃないはずだ。もしそうなら、ああしてあそこをタマモと、あのちっこい鳥が障壁で守ってる理由がない。恐らく、俺や式神の攻撃の流れ弾を懸念してだろう……つまり、俺の攻撃なら、故意か不可抗力かは関係なく、彼女達に当たるってことだ)
電撃の威力は、ミナトが相手であれば、とても痛打にはなりえないものだ。それもそのはず。この電撃は、威力は度外視して――それでも、大型の魔物や妖怪であろうと跡形もなく消し飛ばせるレベルではあるが――その分のキャパシティーを速度と貫通力に全振りさせた一撃だ。
恐らく、そのあまりの速さゆえに……直撃すれば、エルク達は自分達の死に気づくことなく消し飛ばされるであろうほどに。
現に、自分達目掛けて迫る電撃に、反応できている者は誰一人いない。
タマモとアルバが張っている障壁は強力だが、それも貫通するだろう。威力はいくらか弱まるだろうが……最低でも3、4人は確実に死ぬ。
だが、やはりミナトは信じられないほどの速さで、それに追いついた。
超音速どころではない速度で動いているにも関わらず、ソニックブームの一つも発生しない。物理法則を最早完全に無視した速さと動きで、電撃とエルク達との間に体を割り込ませ……裏拳で電撃を消し飛ばす。
(そして、お前さんならソレに追いつけるであろうことも想定済みだ!)
しかしその真上に、空間転移で突如としてカムロが姿を現した。
その右の拳に、黒い太陽を思わせるほどに巨大な妖力の塊を纏わせて、今まさに迎撃の直後で隙を晒しているミナトの頭目掛けて、必殺の一撃を叩き込もうとして……
「だろーと思った」
稼働する4つの縮退炉から生み出された、最早形容する言葉が思いつかないほどのエネルギーがその手に収束する。その拳が振りぬかれ、カムロの拳を、ため込まれていたエネルギーごと粉砕する。そのあまりの速さと威力、そして完璧以上のコントロールゆえに、余波どころか慣性すら発生せず、まるでそこだけを空間ごと削り取ったように、カムロは渾身の一撃を腕ごと失った。
それをカムロが認識するよりも早く、体を大きくひねり、コートの裾を翻して放った強烈な回し蹴りで蹴り飛ばす。
そして飛んだカムロが、反対側の壁に激突するより早く、ミナトはその進行方向に回り込み、踵落としで地面に叩き落した。
……ここまでの過程を全て正確に認識できているのは、ミナトただ1人。
―――ズドガゴォォオオォォン!!
「――っ……!? !?!?!?」
音が遅れてやってくるほどの超高速戦闘は、そうして終わった。
仲間をかばって隙だらけになったところに必殺の一撃を叩き込むはずが、気が付けば自分は地面に叩き落とされていて、しかも右腕が根元から消し飛び、全身に激痛が走りまともに動けない状況。
エルク達はと言えば、自分達が死にそうになったことや、囮に使われたことを、誰一人認識しないままに全てが終わっていた。
ただ、いつの間にかカムロが地に伏せ、ミナトが上空にいることから、視認できないほどの速さで何かが起こったらしい、というのが分かった程度である。
「い、一体、何が……!? 災王、貴様今、何をした……!?」
「あんたが知る必要はない。説明する気もない」
困惑するカムロに何も言わず、ミナトは4つの『縮退炉』を輝かせると、急加速してその懐に飛び込んだ。
「別に正義の味方を気取るつもりはないし、どっちみち敵だから何もいうことはないと思ってたんだけど……やっぱ一応言わせてもらう」
魔力版の核融合によって生み出された、凶悪なまでの光と熱を込めた右拳が胸に叩き込まれる。鎧を貫通して余りある衝撃と熱でカムロは体を内側から焼きつぶされ、肋骨を粉々に砕かれた。
「がっ、はぁ゛……!?」
「今回のことでよくわかった。お前ら『ダモクレス』がやろうとしてることの意味が」
血を吐いたカムロの顔を、今度は左拳から、ありえない電圧を込めた拳が撃ち抜いた。全身を貫く衝撃は、見渡す限りの空を覆う雷雲から雷を集めても再現可能かどうか怪しいレベルだ。
「今回のコレはあんたの独断なんだろう。けど特に介入してくる様子がないことから、多分『ダモクレス』が目指してる世界も、大局的にはコレに近い形になり得るものなんだろうさ」
今度は右足がハイキックの要領で振りぬかれ、今殴られたのとは反対方向にカムロの頭を蹴り返す。それと同時に膨大な冷気が叩きつけられ、カムロの体が氷漬けになって固定された。
「シャラムスカで僕は、『お前のせいで僕の家族や仲間に被害が出るようなら邪魔する』って言ったけど、正直コレは訂正が必要だなと思ってる。今回のこの騒乱を良しとするなら、お前らがやろうとしてることは……本気でろくでもない」
動かない、あるいは動けないカムロの腹目掛けて、真下から蹴り上げる軌道で左足が降りぬかれ……それと同時に叩きつけられた、台風を一点に圧縮したような暴風が、固定していた氷を一瞬で砕き、蛇のようにうねってカムロを飲み込んで、上下左右に散々に振り回して吹き飛ばした。
「神ならざる身で、って言えばいいのかな? 僕だって全てを救えるなんて思っちゃないし、英雄になりたいわけでも全然ない。それでもあえて言おう……これだけのことを、同じようなことを、平気でいくつもおこなって世界を混乱させて、多くの人を泣かせるつもりなら……」
地形を変えて余りある威力の攻撃を立て続けに叩き込まれ、最早カムロに、抗う力は残っていないだろう。残っていないはずだ。
「ハァ……ハァ……ハァ、ァァアアァアッ!!」
しかし、ほとんど無意識下でか……カムロはその力を最大限高めることで反動を無視し、空中で体勢を立て直し、着地してみせた。そして、恐らくは残っている力の全てをかき集め、その残った左手に禍々しい妖力の光を集めて。
その光からは、先程ミナトに叩きつけようとしたそれよりもさらに大きな力を感じる。
練り上げたそれは、まさに最後の一撃。カムロの全霊を込めた拳と言えた。
「ウオオォォォオォォォッ!!」
地を蹴り砕く勢いで踏み込み、一筋の赤黒い流星となって飛び込んでくるカムロを前にしても、ミナトは微塵も動揺しない。
4つの『縮退炉』に加え、胸の『対消滅炉』が輝くと、これまでの攻撃が児戯に見えてしまうほどの力が渦巻いてミナトを覆いつくし……やがてそれは、右足に収束していく。
「……僕が、黙っちゃいない! 全部、叩き潰してやる!」
黒い、ただひたすらに黒い、全てを飲み込むほどに黒く強大な『闇』がそこに収束していく。まるでその光景は、漆黒の『超新星爆発』のようだった。
ただひたすらに黒く暗い闇、なのに眩いばかりに輝いているという矛盾。
全てを押しのけ、我ここに在りとばかりに輝きを放つミナトの右足。空間にもとからあった光すら恐れ慄いているかのように、あるいはブラックホールが光すら吸い込むように、輝く闇を中心に空間が薄暗くなっていく。
不自然かつ不吉な闇が空間全てを覆った……その瞬間、ミナトは跳んだ。
地面を蹴り、正面から一直線にカムロ目掛けて飛ぶ。必殺の輝きを放つ足を切っ先にして、矢のように。
「トゥルーダークネス……エクリプスキィィイィイィック!!」
コンマ一秒にも満たない時間で両者の間の距離はゼロになり、接触。
そしてそこでは、一瞬の拮抗もなく、赤黒い光がかき消されるようになくなり……極黒の閃光がカムロの胸に突き刺さる。空間が裂けるほどのエネルギーと共に闇が広がり、上がっているかどうかもわからないカムロの悲鳴すら押し流す。
地面が割れる。崩れ去る。奈落の底に続く大穴が開く。
その暗闇から溶岩があふれ出し、地上を溶かしながら広がっていく。空気が熱され燃えていく。視界一面がオレンジ色の炎に染まる。
熱により気流が起こり、竜巻にも似た暴風となって戦場を覆いつくす。それに炎と黒煙が乗り、赤と黒の竜巻が巻き起こる。
風の行く先に漆黒の雲が形作られ、稲光が走り、雷が落ちる。空気の膨張速度が音速を超え、ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く。
雷が落ちた個所では赤色が弾け、水しぶきならぬマグマしぶきが飛び散る。
熱せられる空気。膨張に次ぐ膨張。いたるところで衝撃波にも似たレベルの空気膨張が起こり、そこにある全てを砕き、砕かれたところにマグマが流れ込む。既にマグマがある場所ではまたしてもマグマの飛沫か、それよりも凶悪なマグマの津波が生まれ、波が流れを生み、流れが渦潮を生む。マグマの渦潮に熱せられて滞留する空気……その上にさらに火炎の竜巻が起こる。
その空間に満ち満ちた熱、空気、そして様々なエネルギーが飽和状態となり、極限を超えたその瞬間……世界から一切の音が消え、全ては天地開闢を思わせる大爆発に押し流された。
……光の中、誰にも聞こえようのない、聞こえるはずのない声が空しく響いた。
「ははは……まいったぜ。これが『伝説』の領域の力かよ……。ああ、完敗だ……初めてだよ……こんだけ気持ちよく、文句のつけようもねえほどきれいさっぱり負けたのは……」
「総裁、あんたの言った通りだったよ……『特異点』の力……『創世級生命体』足りうる存在……こりゃ本当に世界を変えちまうほどの力だ…………」
「最後に見るのがそれなら…………まあ、悪くねえか……」
光が収まった時、そこには何も残ってはいなかった。
終焉の一撃を受けたカムロはもちろん、破壊された大地も、天まで燃える地獄のような光景も……何一つ、そこにはなかった。
ただ、ミナトが作り上げた不可思議な空間だけがあった。
その中心で、ミナトが着地したままのそれと思しき姿勢から、立ち上がったところだった。
最後の一撃から繰り広げられた大破壊。それは、自分達には影響はないと事前に聞かされていたエルク達であっても、流石に驚かされ、恐怖を感じざるを得ないレベルだった。
今の光景の名残は、全くどこにもない。痕跡は何一つ残っていない。
だが、アレは断じて幻や気のせいなどではない。
エルク達全員が、それを確信していた。
あるいは……この空間の中でなければ、通常の空間でアレを放ったならば、本当に、現実にあの大破壊が起こったのではないか……本当にあの、災厄と呼ぶ他ない大破壊が全てを無に帰してしまったのではないか。そんな予感すらよぎっていた。
実際にそんなことは起こらず、全ては『隔離結界』の中で完結した今、それを知るすべはない。
その結界も、ミナトが拳でノックするように、軽く空間をこつん、と叩くと……そこからひびが入り、たちまちそれが空間全体に広がり……砕け、崩れ去った。
その向こうにあったのは……つい先程まで戦っていた場所。
『九尾軍』と『鬼軍』の決戦の地、関ケ原。最終決戦が始まる前そのものの姿。
「ふぃー…………ん?」
ふとミナトは、空を見上げた。
渦巻く灰色の雲に覆われ、青色がほとんど見えない、異常気象の空を。
「…………全部終わって、空がコレ……は、流石にあんまりだよね」
言いながら、ミナトは拳を空に突き出した。
衝撃は正しく天を衝き、渦巻く雲の全てを、巻き起こりかけていた異常気象ごと全て吹き飛ばし、空を元の空に戻した。
「これでよし、と」
この日……長く『ヤマト皇国』全土を包んでいた戦乱が、終焉を迎えた。
利用され、傀儡となっていた鬼の大将や、真の黒幕とも言うべき元凶の消失、そして……それら全てと比してなお、あまりにも強大な存在の誕生をもって。
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