魔拳のデイドリーマー

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第439話 『究極の闇』

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 後の世で『セキガハラの戦い』あるいは『天下分け目の戦』などと呼ばれることになるその戦場において、兵士たちは両軍とも、死をも恐れぬ気迫で戦っていた。
 末端の兵卒であろうとも、理解していないものなどいなかった。この闘いが、この国のこれからを左右する一大決戦なのだと。

 ある者は、主君への忠義のため。
 ある者は、ここから成り上がってやろうという野心のため。
 ある者は、世の中の変革を求めて、
 ある者は、変わらない世の中を求めて、
 ある者は、ただ単に食い扶持を得るため、
 ある者は、愛する者を戦火と無法から守るため、
 それぞれの思いを、信ずるところを胸に抱いて、武器を手に命をかけて戦っていた。

 しかし今、数分前まで刃を交えて火花を散らしていた者達は、戦うことを辞め……その目は、空に向けられている。
 呆然と空を見上げる者もいれば、けなげにも武器を構えて警戒するものもいる。中には、パニックになって逃げ惑い始めた者もいる……遠からず、そういった者はさらに増えるだろう。
 しかし、共通して……『それ』に立ち向かおうとする者はいなかった。

 視線の先にいるのは……巨大なカラスだった。
 『妖怪』が跋扈するこの国では、巨大な鳥程度は、ありふれているとまでは言わないが、そこまで珍しい、驚くようなものでもない。兵たちの中には、もっと悍ましい怪物を見たことがある者もいるだろうし、何なら味方の中にそういう類のものがいる者もいるだろう。

 しかし、兵達は皆……そのカラスが、そういった単に大きいだけ、図体相応に強いだけの怪物と同列の存在だとは思えなかった。なぜかは自分達でもわからないが、目が離せなかった。

 結論から言えば、それは仕方のないことでもあり……しかし、どうしようもなく悪手だった。
 彼らは逃げるべきだった。一刻も早く、その黒い巨影が見えなくなるまで。

 それを兵士達は、その巨大なカラス……『八咫烏』が、カムロの指示で、周囲にいる者達を無差別に焼き殺し始めた頃に、身をもって知ることとなる。



 その虐殺開始からさらに数分後。
 恐怖に戦いを放棄して逃走するか、逃げ遅れて焼き殺されるかして、『八咫烏』の周囲には、既に生きている人間も妖怪もいなくなっていた頃。

 八咫烏は、逃げた者達を追って殺し始めるのではなく……突如として襲来した『敵』に対して応戦していた。
 『的』でも『獲物』でもなく、八咫烏はそれを『敵』として認識していた。大きさにして、自分の百分の一にも満たないのではないかという、小さなフクロウを。

 ―――ぴぃぃーっ!!

 しかし、そのフクロウ……アルバが、心もち強く鳴いたと同時に放った魔法の数々は、『八咫烏』が吐き出した火炎をことごとくかき消してしまう。冷気を含んだ暴風で熱を相殺し、真空の領域を作って炎を封じ止め、周囲一帯に乱気流を起こして炎そのものを散らす。

 それらを目くらましに、千変万化の攻撃手段が次々と八咫烏を襲う。

 『ヤマト皇国』にいて伝説の存在とまで言われるだけあり、八咫烏が扱う炎はすさまじい。相殺に成功しているとはいえ、決して軽んじてはいけない威力であることを、アルバは既に、最初の炎を防いだ瞬間から理解していた。

 ゆえに、使うのは……炎や光に相性のいい、水や氷、闇の技……ではない。
 炎となるべく互いに『干渉しない』技だ。

 質量と勢いをそのまま武器に変える、土属性の岩石弾や砂嵐。
 魔力を凝縮して純粋な『破壊力』を生み出す、砲撃魔法やレーザービーム。
 広範囲を素早く、一気に攻撃する、放電に雷撃。
 そして……それらのいずれにも当てはまらない、ミナト謹製の『否常識』の数々。

 吹き付ける炎を貫通して八咫烏に直撃する、電撃やレーザー。炎によって威力が削られることもほとんどない代わりに、こちらも攻撃によって炎を防ぐことはできない。

 そういった時は、巨大な岩弾を出したり、素早く障壁魔法を使ったりして防ぐ。
 完全にかき消したり防げなくとも、僅かに隙間ができれば、アルバは素早くそこを潜り抜けて離脱し、無傷でその場を後にしてしまう。その飛ぶ速さも、身体能力強化に加え、風による加速魔法を使っているおかげで、銃弾のように速い。

 エルクを除けば、『邪香猫』の中で誰よりも長くミナトと一緒にいたアルバ。当然ながら、仲間達でさえ大なり小なり受けている『否常識』の影響を、彼もまた例外なく身に宿していた。

 この所、『サテライト』を使えることから裏方に回ることが多く、また戦闘に参加しても、その強さ・火力ゆえに一瞬で目標を掃滅してしまうアルバにとって、伝説の妖怪『八咫烏』は、その力を十二分に発揮し、本気を持って戦える久々の相手だった。

 文字通りの火力は、八咫烏のそれはアルバと互角かそれ以上。火属性のそれに至っては、完全にアルバを上回っていると言っていい。

 6つの脳をフル稼働させれば、無理やり馬力で上回れないこともないが、アルバはそれを選択せず、スピードと切り替えの速さ、引き出しの多さで翻弄する。

 雷で、風で、光で、岩で、そしてそれを幾度も形を変えてぶつけていき、行き着く暇もない連続攻撃を四方八方から叩きつける。
 火力は強くとも、威力は高いが隙も大きい、すなわち取り回しの重い技が多い八咫烏は、ごく僅かな隙でも見落とすことなく攻撃を加えてくるアルバを鬱陶しく思い、むきになって大火力を振るってくる。

 人間など跡形もなく燃え尽きる威力の火炎が四方八方に向けて放たれ、幾度も戦場を舐める。あたりの地面は爆風で吹き飛んだり、溶けて固まってガラスのようになっていたり、ドロドロの溶岩のようになっている場所もあった。

 それでも捕まらない、当たりそうになっても強固な障壁で防いだり、巨大な岩などを盾にして防いでしまう。そして、その巨大な炎が目くらましになって、小さな体のアルバを見失う。

 そしてその数秒後、ほぼ確実に先手を許し……結局『八咫烏』ばかりがダメージを受ける。

 業を煮やした八咫烏は、大きく羽ばたいて羽毛から発火し、全方位に爆炎を放射する範囲攻撃を放つ。全方位にわずかな隙間もなく、同時に厚みもある爆炎。無差別に全てを焼き滅ぼす攻撃は、どんなにすばしっこい敵でも、逃げる場所がそもそもない以上、逃れられない死を待つのみ。

 しかし、アルバを相手にするにあたって……それは悪手だった。

 アルバは迫りくる炎の壁を前に……6つの脳をフル稼働させ、それぞれ2つずつ脳を振り分けて魔法を構築する。

 1つ目。自分の周囲に、冷気を大量に含んだ暴風を渦巻かせる。
 2つ目。『雷』と『土』の魔力を練り合わせて『磁力』を作り、身にまとう。
 3つ目。強固な障壁を形作る。ただし単なる円形や球形のそれではなく、先の鋭くとがった円錐形のものを。

 そして全ての準備が整った段階で、アルバは、それらの魔法を重ね合わせて……突撃した。

 磁力にさらに電気を組み合わせ、ミナトの技である『レールガンストライク』の、すなわち超電磁砲の要領で加速。そこにさらに、暴風を竜巻のように身にまとうことでその推進力を追加。
 その纏っている暴風と冷気は、炎の壁を中和し切り裂いて道を作る。同時に、渦を巻く風を後押しにして、円錐形の障壁をドリルのように回転させる。
 
 そして炎の壁を突破したアルバは、纏っている障壁の『切っ先』を……それも、ドリルのように回転しているそれを『八咫烏』に向けた状態で突進。障壁ごとぶつかって抉るような一撃を直撃させ、八咫烏が悲鳴を上げるほどの大ダメージを与えた。

 激突の衝撃で砕ける障壁。その破片が傷口にグサグサと刺さり、追い打ちの形でダメージを与える。アルバというと、きちんと無傷でその場から離脱してすぐに距離を取っていた。

 体勢を崩し、さらに胸の筋肉がえぐり取られたことで、羽ばたくことができず落下する八咫烏。
 死んではいないし、しばらくしたらまた飛び上がれるようになるだろうが、勝勢は俄然アルバの側にあるというのは、誰の目にも明らかだった。

 もっとも、この戦場において、その戦いを見ることができている者自体……もうほとんどいないと言っていい状況なのだが。



「ひゃー……久々にアルバちゃんのガチバトル見たけど、相変わらずすごいわね……流石はランク『測定不能』の伝説の魔鳥」

「あ、シェリーさん来たんですか……って、ちょ……シェリーさん!?」

「っ……そ、それ……大丈夫なんですか?」

「あ……うん、まあ、そう見えるってか、びっくりするわよね。大丈夫よ……今んとこね」

 ギーナとサクヤが、驚愕と共に心配する言葉を口にするのも無理はない。一目でわかるほどに、シェリーの今の状態は、深刻なものになっていたからだ。

 恐らく、戦が始まってからの蓄積分に加え、タキとリグンの死、そして八咫烏の無差別攻撃で噴き出した『邪気』が悪化に拍車をかけたのだろう。
 シェリーの体を覆う黒いオーラ。その濃密さと危険度は、殺気にも似た『空気の重さ』となって周囲に伝わっている。味方とわかっていても、思わず身構えてしまいそうになるほどに。

 無理をして笑っている様子のシェリーは、指輪から薬を出して噛み砕くが、彼女を覆う『邪気』はほとんど散らない。戦闘を好む彼女と相性が良すぎて、定着してしまい散らすことができない。
 ちっ、とシェリーは舌打ちすると、少しでも精神を落ち着けようと深呼吸する。

「大丈夫、まだいける。けど、積極的に攻め込むのは控えたほうがいいかもね……一旦戦い始めると、自分の意思でクールダウンするのが難しくなってきてる自覚あるし」

「……幸い、戦線の規模自体は縮小しています。あのカラスがかなり暴れましたからね……目下の脅威は実質、キリツナとカムロ、それにあの『八咫烏』に絞られました。双方既に戦っている者がいますし、そこに割って入るのは逆に危険ですから……」

 その時、ふいに戦場に……先程まで炎が吹き荒れていた場所には不釣り合いな、涼しい……を通り越して、寒いとすら言える風が吹いた。

 同時に、上空から何者かが降りてくる気配を感じて――しかし、敵意の類は感じない――その場にいる者のうち、体を動かせる全員がはっと上を見上げ……その原因をすぐに見つけた。

「可能ならば、あの『八咫烏』だけでもどうにか討伐、あるいは再封印したいところね……」

「ミスズ……あなた、なぜここに!?」

 タマモが驚きと共にその名を呼ぶと同時に、地面に降り立った美女……『白雪太夫』のミスズ。視線は外しつつも、『八咫烏』の方にきちんと注意を向け続け……しかし同時に、その周囲を冷気で冷やし、炎の熱から皆を守る。
 もっとも、『アクエリアス』の結界でそこまで問題になってはいないのだが、流石に熱気を完全に遮断はできていなかったため、下がっていく気温に皆表情を和らげていた。

「なぜ、と言われれば……アレを追って来たとしか言えないわね。もともと私……に限らず、代々『エゾ』の『八妖星』が雪山から離れなかったのは、『八咫烏』の封印を維持し、守るため。それがああして解き放たれてしまった以上は、何が何でも山に留まらなければならない理由はないわ」

「それで、討伐あるいは封印するために追って来た、か……素直に心強いわ、ミスズ。けど、ひとまず今はやめておきなさい。ミナト君のペットの『ネヴァーリデス』が互角以上に戦えてるから」

 その様子を、ミスズも来るときに見ていたのだろう。特に反論することもなくうなずいた。

「それよりミスズ……カムロの話では、あの人斬り……リュウベエを封印したんですって? アレは今どこに」

「……わからないのよ、それが」

「わからない?」

「ええ。氷漬けにして封印したのは確かなのだけど……直後にカムロが放った大技と、『八咫烏』の熱気で積もった雪が緩んで雪崩が起こってしまって……それに巻き込まれて、封じ込めた氷塊ごと行方不明なの。範囲が広すぎてとても探せなかったわ」

「っ、また厄介な……。そのままどこかにぶつかって砕けてくれれば楽……でもないのか」

「ええ、アレは殺しても死なない……死ねない……言わば壊れた命。『蟲毒』で変質した、呪われた不死。ゆえに、殺すよりも封印することが最も確実で有効な対処法……なのだけど……」

「その分管理が大変、ということね……まあ、それは後で考えましょう。今はこの場を乗り越えることを考えなくては……戦ってくれているミナト君に期待するしかないわね」

 タマモがそう言うと、ミスズはなぜか、すっと目を細めた。

「……そう……ミナト君なのね、戦っているのは」

「……? そうだけど、あなた……来る時に見えなかったの? あれだけ派手に争っているのだし、遠目にでもわかりそうなものだけど」

 タマモの疑問に、ミスズは……神妙な表情で返す。

「もちろん、すさまじい戦いが起こっているのは見て取れたわ。でも……それがミナト君だとは、わからなかった。三つ巴になっている者のうち、見えたのは、いえ、わかったのはカムロだけ……なぜか、『邪気』に感染せずに戦えていて、はっきりと見えていた奴だけだった」

「…………! まさか……」

「ミナト君と、キリツナ……恐らくその2人なのだろうとは思ったわ。でも……あまりに多くの『邪気』に体を覆われ、そのせいで感じ取れる妖力や魔力も淀んでいて……遠目からでは、もう、誰なのか判別がつかないくらいだったのよ……!」

 タマモを始め、それを聞いた者は……戦場を覆う炎の壁の向こうにいるであろう、ミナトを……その身が隠れるほどの『邪気』を背負いながらも、懸命に戦っているであろう少年を、見ないのは理解しつつも、思わず目で追っていた。


 ☆☆☆


 ……まずい。
 流石にまずい。
 色々とまずい。

 途中から、アルバの参戦で緩やかになったとはいえ……すごい勢いで人が死んでいったせいで、僕の体に吸収される『邪気』の量が偉いことになってて……『アルティメットジョーカー』の状態でも体がわずかに重さを感じるくらいになっている。

 それでも戦えないことはないが……僕以外にもう1人、『邪気』を吸収している奴がもっとまずい。

「はぁ……はァ……アァア゛ア……」

 さっきから、雄叫びと呼吸音以外での口数が少なく……というかほとんどなくなっているキリツナは、もうなんか、見た目一発ヤバい状態になってる。『邪気』とか『蟲毒』とかそういう事情を知らない者であっても、見た目だけでそのヤバさを感じ取れるレベルになってる。

 半壊状態の鎧。あちこちに生傷が刻まれている体、口は半開きでよだれをぼたぼらと垂れ流し、あと同じくらいあちこちから血も流し、目の焦点は合っていない。
 オーラみたいに体中に纏われていた『邪気』は、もっと大きく、もっと高く……そしてもっと禍々しく、煙のように体から立ち上っている。

 なんかもう、魔界の野良モンスターもかくやって感じにおっそろしい見た目になっちゃってまあ……思考能力残ってるかどうかも怪しいな。一応まだ人の形はしてるけど(人じゃなくて鬼だけど)、どっちかっていうとアンデッドに近い存在になってないか?
 ……こないだエルシーさんに聞いた、『蟲毒』で正気を失った人斬りっていうのも、こういう感じになったのかな? 近い気がする。

 『邪気』が強すぎて、多すぎて、そして急激に吸収しすぎたせいで、強靭なキリツナの精神でも受け止めきれなかったんだろう。ほぼ無意識にだとは思うが、同時に注がれる『八咫烏』の『陽』のエネルギーとの融合を継続できているだけでも驚愕だ。

 それでも僕ならコレも倒せるだろうけど……残るカムロが徹底して邪魔してくるので、それも難しい状況だ。自分もキリツナから狙われながらだってのに、よくやるよコイツ。

 というかカムロは本当に何がしたいんだ?
 キリツナの思想に賛同したとかいうのじゃないことは確かだ。タマモさんが言ってたように、こいつらを利用して何かを企んでたんだろう。その企みは、今も進行中と見て間違いない。

 今もこうして、僕の攻撃を警戒しつつ、ちらちらとキリツナの様子を順次伺って……って……

「アァ、ア、ア゛アアアァアァア――――!!!」

 雄たけびと共に、間合いも呼吸も(武術的な意味での)何も考えずに、ただ勢いだけでキリツナが突っ込んできた。
 振るわれる刀の威力は、大地をカチ割って余りあるそれだけど、狙いが甘いどころじゃない。ただ腕の力で振り回しただけって印象だし……そもそも体の動きの軸がブレブレだ。

 その後も、滅茶苦茶に刃を振るって周囲に破壊を振りまくが、ただ暴れてるだけって印象だ。馬力こそあれど、よけるのは難しくない。これなら、もう少し前までの方がずっと手ごわかった。

 ……これは、とうとう正気を失ったか、と僕が思った瞬間、

「……っ、よし、今だ!」

 これまで、どれだけ激しい攻撃が吹き荒れても、僕とキリツナの両方を警戒し続けていたカムロが、僕をガン無視してキリツナの方に突進していった。

 飛んでくる闇の刃をひらりひらりとかわし、時に拳で砕いて叩き落して、カムロはあっという間にキリツナに接敵すると左腕で刀を持っている手をつかんで動きを止め……
 
 ――ドスッ!

 残る右手を、キリツナの胸に……心臓に突き立てた。

 その瞬間、キリツナの動きが止まり……抑えていた腕から力が抜けて、だらんと体側に垂れ下がる。いや、腕だけじゃなく、首もだ。首が座ってない赤ん坊みたいにかくん、と前に折れた。
 急所に入ったとはいえ、あそこまで興奮して暴れてたキリツナが一発で、一瞬でああなるとなると……ただ心臓潰しただけじゃないな? 術か何か使ったか。

 けど、さっきはキリツナを強化するためにタキとリグンを殺したのはわかったけど、ここに来てなぜキリツナを手にかける?
 
 カムロはキリツナの胸から手を抜いた。突き刺した形そのままに、円形の傷がぽっかり開いた穴がここからでもよく見える。っていうか、貫通しているらしく、向こう側すら見える。
 どう見ても致命傷なんだけど、何らかの術的な処理の結果か、あるいは単に蟲毒で死ににくくなってるからか、キリツナは死ぬ様子はない。

「そんで……もう一丁!」

 って今度はこっち来た!?

 腕を抜き取ったと同時にこっちに跳んできたカムロは、僕の腕を掴もうと手を伸ばしてきたので、横からそれを殴って弾く。
 しかしカムロはその殴られた勢いを利用して回し蹴りを放ってきて、それを僕が防いだ瞬間に背後に回り込んできた。

 即座に裏拳を放って叩き落そうとしたが、カムロに腕をつかまれて止められる。
 そしてその瞬間、僕の体に不思議な感触がぞわっと通って……

「そうらよっと!」

 直後……カムロが、なぜか今掴んだ僕の腕をあっさり放した。
 かと思ったら……腕をつかんでいた手が、別のものをつかんでいた。それは……

「……え!? それ、『邪気』…!」

 カムロの手には、大量の『邪気』が握られていた。

 いや、物理的なものじゃないから握るなんてことできないはずなんだけど、確かにそうしていた。手の中から絶え間なく黒い奔流が噴き出ている……蛇口から水がドバドバ出てくるのを、頑張って手で止めようとして失敗してる、みたいな見た目だ。例えが下手でごめん。

 そして、僕の体はさっきまでより断然軽くなっていた。
 間違いない、宿っていた『邪気』が剥ぎ取られている。そして……ああしてカムロが握ってる。

「ちょうどいいからもらうぜ、コレ」

「いや、むしろ邪魔だったし全然いいけど……こんな簡単に『邪気』をはがせるなんて……! めっちゃ研究しても、超時間かけでもしない限りダメそうだったのに」

「その辺は経験の違いって奴だ。確かに頭の出来じゃあ俺はお前さん達には勝てそうもないが、こちとら何年もかけて、財団の手も借りてこいつの研究を進めてたんだ。『邪気』の扱いに関しちゃ一日の長がある。……ま、それでも消すことはできなくて、こうして『移す』だけなんだがな」

 つまりアレは、僕の中の邪気をカムロが自分に移した、っていう状態なのか。

 カムロはそれを持ってキリツナの隣に戻ると、胸の穴に手を突っ込んで、今僕から剥ぎ取った『邪気』の塊を『よっこいせ』と押し込んだ。さらに大量の邪気が体の中に注がれ、物理的にますます真っ黒になるキリツナ。

「これでよし、と……お、きたきた」

 さらにその直後、上空から巨大な影が舞い降りて来た。
 見るとそれは、アルバが相手をしていたはずの『八咫烏』だった。あちこち酷く傷ついてる様子からして、アルバが上手くやってたらしいが……どうやらカムロが呼び戻したらしい。

 直後にアルバがそれを追って飛んできて、僕の肩に止まった。
 とりあえず合流して様子見に移ったようだ。いい判断である。

 位置的に、カムロを真ん中に横に並んで立っているような形になったところで、カムロは両手をそれぞれ『八咫烏』とキリツナにそれぞれ向けるように構えて……その直後、異変が起こる。

 カムロが手をかざした瞬間、キリツナの体から噴き出す『邪気』がそれに吸い寄せられるように動き……手のひらに掃除機がついているみたいに吸い込まれ始めた。そして、手のひら、手首、肘と順番に通って上がっていき……カムロの体に注がれる。

 『八咫烏』に向けてる方の手も同じ感じだ。キリツナとは対照的に、体からは白い光のエネルギーが奔流として流れ出始め……腕を通ってキリツナの体に流れ込む。

 そして、キリツナの体内でそれらが合わさると同時に……凄まじいエネルギーがその場で迸り始めた。さっきまでの、カムロとキリツナ、それらが軽く笑えるくらいの規模だ……下手したらコレ、僕の『縮退炉』よりヤバいかもしれない。

「『究極の闇』……キリツナと、鳳凰の婆さんが言ってたことを覚えてるかい? 災王」

 唐突に、カムロが話し始めた。

「大量の『邪気』を陰の力、『八咫烏』が発するエネルギーを陽の力とし、それを『陰陽術』の要領で混ぜ合わせることで限界を超えた力とする……キリツナはそうやってあれだけの力を手にした」

「その割に、僕にもあんたにも勝てない程度の力にとどまってたけどね」

「当たり前だ。あんな不完全なやり方で、キリツナ程度の器で、そんな御大層な力なんぞ手に入るものかよ」

 しれっと言うカムロ。

「大筋は間違っちゃいないさ。『八咫烏』の力と『邪気』を使って、『陰陽術』の要領で強大な力を手にするって部分はな? ただ、スケールが違う。前提条件も揃ってなかった」

 喋ってる間も、闇と光を手のひらから吸い込んで体の中で混ぜ合わせ続けるカムロ。
 その力はどんどん強くなっていくが、恐らく単なる余波であろうエネルギーの迸りがこの規模である時点で、暴発が怖くてここから手が出せない。

「第一に、『八咫烏』の内包している力は本当に尋常じゃねえ……長いこと封印されて弱ってはいたが、キリツナが身に宿せるレベルの『邪気』の量で釣り合いが取れるもんじゃねえのさ。増幅した上さらに限界を超えて闇に染めた、宿主がぶっ壊れるレベルでようやく釣り合う。こんな風にな。第二に、お前さん『トーノ』でタキちゃんから聞いたようだが、一回他人が体に取り込んだ『邪気』は扱いが簡単になるのは知ってるな? 次から次へと注がれる膨大な力……効率よく混ぜ合わせて処理しきるには、そうしないととても追いつかないのさ」

「つまり、もともと直接その身に『邪気』をため込んでたキリツナには無理なことだったわけだ……お前が言う『究極の闇』の作り方は、もともと他人を生贄にしないといけないから」

 まさに『蟲毒』のあり方そのものだな……。
 アレは元々、毒虫を共食いさせて残った最強の1匹……を使って呪いをかけるものだ。最後の1匹でさえ、呪いの『材料』にされるのが前提……キリツナも最初からそうだったわけか。

「その生贄自体も誰でもいいわけじゃない。稀代の使い手と言っていいレベルの奴を使い潰す必要があった……キリツナはその点うってつけだった。ハイエルフへの復讐心然り、自己顕示欲やら上昇志向やらで誘導しやすかったのなんの。ちょうどいい闇エネルギータンクになってくれた。コレにため込んだエネルギーを、こうして混ぜ合わせるわけだが、いかんせんエネルギーの絶対量が多いからなあ、受け皿になるだけでも一苦労……! 仮に他の誰かを生贄にしたとしても、キリツナがこうして2つの力を受け止めきることはできなかっただろうよ……!」

「で……あんたなら、それができると?」

「素の状態じゃ俺でも難しかっただろうが、このとおり意図せずして『恵まれた肉体』が手に入ったもんでね……この、龍の力を持った体と、俺の妖力なら、受け止めきれる……っ、と、踏んで……あァ、来た来た来た来た来たァ…………!」

 ……ホントに大丈夫なんだろうか。
 何か、ヤバい薬でハイになってきてるような感じの人に見えなくもないんだけども……

 しかし、そんな風に不安になる――いや、敵が弱くなってくれる分には構わないんだけども――僕の予想を裏切り、目の前で予想だにしない異変が起こっていく。

 まず、エネルギーを吸い取られていたキリツナと『八咫烏』が死んだ。
 血肉も命も魂も、全て吸われつくしたみたいな感じで、ボロボロに崩れ去って消えていったので……まずアレ死んだんだと思う。

 そして、吸いつくしたカムロの体を、黒と白が混ざり合った不思議なオーラが覆っていき、それが台風のように渦を巻く。

 龍の両手が少しずつ形を変えていく。

 変化は指先から始まった。鱗と爪の境界が曖昧になっていき、鱗が爪と一体化した装甲となって指先までを覆う。色は、吸い込んだ2つの力を現すかのような白と黒の組み合わせだ。
 形自体は面影を残しつつも、それは生物的なイメージすらなく……まるで鎧のような見た目。
 手首、肘と、同様に非生物的な硬質な装甲に覆われていく。

 しかし、もともと龍の手があった肘のところを超えてもその変化は止まらず、二の腕、肩、胸、腹と装甲は広がっていき、最終的には顔やつま先まで、体の両側から中心にかけて全てが覆われる形となった。人の形はしているが、とても人には見えない異形の姿。

 ……というかぶっちゃけで言わせてもらうと、正直特撮に出てくる敵の怪人、あるいはダークサイド堕ちしたヒーロー的な見た目に見える。
 自分の目と脳が厨二病の特撮バカだってことを差っ引いてもそう見える。黒多め、白をアクセントにした、刺々しい鋭角なシルエットのパワードスーツっぽい装甲がなんかもう……

 見てて変身シーンみたいでちょっとかっこいいと思っちゃったよ畜生。脳内で適当なBGMと変身音声流しながらもっかい見たい。

 …………さて、バカな思考はこのくらいにしてそろそろ現実を見ますかね。

 ちょっとコレ、想像以上にヤバい敵だな。
 装甲の中に、『縮退炉』すら超えるほどに膨大なエネルギーが渦巻いているのがここからでもわかる。
 こっちは絶対量は無尽蔵と言っていいから、時間かけりゃ上回れるが……瞬間的な顕現エネルギー量はあっちが上、かも。

 それを、技能的にも一流と言う他ないレベルのカムロが使うことを考えると……背筋が寒い。

 『アルティメットジョーカー』での全力でも油断できない相手、か……母さんたち以外じゃ初めてかもな。ここまでの化け物を相手取るのは。

「っはははは……自分で言うのもなんだが、ここまでのものとは思わなかった。ああ、予想以上だ……こいつはいい。さて、それじゃあ……待たせちまったな、続きと行こうか? 災王」

 さっきまでと変わらない軽口で、感触を確かめるように手をぐーぱー握って開いて、体のあちこちを動かしながらそんなことを言ってくるカムロ。
 口調も何もさっきまでと同じ、言ってる人物も同じだってのに……今となっては、その言葉はひどく不吉な響きを持って僕の耳に届いた。

「準備運動にはちょうどいい……ああ、遠慮するなんて連れないこと言わないよな? 『強化変身』の先輩として、初めての変身にテンション上がって変になってる後輩に胸を貸してくれよ、なあ?」

「……ま、逃げるって選択肢もないからいいけどね。ついでだ、最初で最後にしてやるよ」

 それっぽいことを言いつつも、僕は肌で、直感で、あらゆる感覚から感じ取っていた。
 こいつが……今まで相手取ってきたどんな敵よりもヤバい相手だと。

 ……少し前に言ってたっけな、エルクが。
 冒険者にとっては、本来は危険も死もひどく身近にあるものなんだって。それを少しでも遠ざけるために、自分を鍛えたり、強力な武器を使ったり、仲間と協力して戦ったりするんだって。
 
 まさか、こんな形で実感することになるとは思わなかったよ。



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