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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇
第426話 相見える強者達
しおりを挟む跳びあがる。
空中にいる間に体をひねり、横向きに飛び回し蹴りの要領でかかとから足を叩きつけ……飛んで襲い掛かってきていた、鳥のような妖怪を両断する。
光の魔力で、足の軌道に沿って光の刃ができるようになってたからね。
その直後、空中で即死したその妖怪の亡骸を足場に使って横に飛び、底に吹き付けられた炎のブレスをかわす。振り返って見てみると、全身を炎に包んだ巨大な化け猫(でかい。馬くらい大きい)みたいな妖怪が浮いて……いや、あれって空中に立ってるのかな? 僕みたいに。
まあ関係ないけど。
こっちも負けじと空を蹴って一瞬で距離を詰め、驚いた化け猫が爪を振り下ろして攻撃してくるよりも早く、その頭にそっと手を添えて……ゴキィッ!! と嫌な音を響かせて、顎の所に膝蹴りを叩き込んで、頭を平らに潰す。
衝撃が外に逃げないように蹴ったから、頭の中……脳とか神経とかはひどいことになっただろう。
「ふう……今ので何匹だっけ? もう忘れたな……」
ここ『エド』での戦いが始まってから、そろそろ1時間くらい経つ。
敵の本拠地……かどうかはまだわかんないけど、少なくとも、大物である『八妖星』がいる場所だけあるな。すごい数の妖怪が襲い掛かってきた。
最初のうちは、『戦いは数』とばかりに、何千、下手したら何万かもしれない数の敵が襲い掛かってきたから、こっちもそういうのを相手にする前提で揃えた兵装で迎え撃った。
具体的には、近代兵器モチーフの兵装……魔力砲や機銃、ミサイルにレーザー……エトセトラ。
もちろん、強力な式神やCPUMを使った白兵戦も合わせてやった。
ちなみに僕も最初のうちは、『ジェノサイドアームズ』を……『リアロストピア』の時にも使った、多対一用の超火力殲滅・大量破壊モードを使ってザコ敵の一掃に参加していた。
今はもう、そのへんは『オルトヘイム号』の武装や式神たちに任せてるけどね。
そういう、面制圧というか、『数打ちゃ当たる』『狙いをつける暇があったら全部吹き飛ばせ』的な攻撃の嵐を潜り抜けてやってきた猛者もいたが――そのほとんどは『黒いオーラ』を纏った鬼とか妖怪だった――そういうのはより強力な式神その他や、僕らが直々に相手をしている。
向こうでは、タマモさんが薙刀を手に大暴れしてる。
所謂『無双系』のゲームを彷彿とさせる光景だ。舞うような動きで長く大きな薙刀が振るわれ、その軌道に沿って爆炎と暴風、衝撃波が巻き起こり……敵兵が面白いように散っていく。
中には『百物語』の怨念エネルギーを纏ってる者もいたが、ほとんど問題になってないな。他の連中と同じように両断されるか、斬られずに残っても、炎による追撃で燃え尽きてる。
まさに一撃一殺。敵の連中、死にに行ってるようなもんだな……
(しかし、やっぱりあの怨念エネルギー……それを持ってることそのものが力につながってるわけじゃないみたいだな。ここから見てる限りでも、同量のエネルギーを纏っている妖怪でも、作用の仕方に差がある。『コレ』が効いたり効かなかったりするのも、それが理由か……)
そう考えながら、僕は僕で、襲い掛かってきた『怨念』を纏っている鬼を迎え撃つ。
この……『ハーデスフォルム』で。
振り下ろされる金棒をひらりとよけ、相手が体勢を立て直す前に、
「悪霊……退っ散!!」
『闇』属性のエネルギーを使って編み上げた、『ハーデスフォルム』特有の対アンデッド特効パワー――しかも、この国で学んだ『陰陽術』を練り込んでさらに強化してある――を充填して、脇腹に弧を描く軌道で蹴りを一撃。
それがヒットした瞬間、『バシュゥウッ!!』という、まるで熱した鉄板に水をぶちまけて急激に蒸発したような音と共に……鬼の身を包んでいたオーラがほぼ全て消し飛んだ。
「なっ……!? お、俺の『邪気』が……がはっ!?」
戸惑っている鬼の鳩尾にもう一撃。肋骨を砕き、内臓を潰して仕留める。
怨念エネルギー……もとい、こいつら曰く『邪気』による守りがなくなった結果、普通に攻撃が通るようになったみたいだ。普通の鬼を殴った時と、ほとんど変わらない手ごたえだった。
墜落していく鬼を見、その後、今蹴りを叩き込んだ僕の右足をちらりと見つつ……僕はここまでの戦闘で、頭の中で立てていた仮説が正しいことを確信できていた。
(『百物語』とやら……どうやら、あらゆる妖怪を同じように強化するわけじゃないみたいだな。同じ量の『邪気』を纏っていても、種族差や個体差を鑑みても、その強さや強度にばらつきがある。恐らくは……取り込んだそれを消化・吸収しきれたかの差なんだろうな)
『百物語』で自分の者にした力をただ纏っているだけでは……いやまあ、それでもザコ相手なら十分強いし脅威なのかもしれないけど、大した強化にはならない。
食べ物を食べて、腹が膨れただけじゃなく……それを消化・吸収して血肉にすることで、より体が強く、大きくなることで成長するように、『邪気』を取り込むだけじゃなく、完全に制御して自分の力にする必要がある。
じゃないと今言った通り強化幅もいまいちだし、今みたいに簡単に『解除』できる。
そして何より……そういう作用をもたらす魔法薬やマジックアイテムを持っておく、使っておくことで、自分達が『邪気』に飲まれる予防もできる。特効薬で毒物や病原菌を駆逐するように、自分の体に馴染む前に『邪気』を散らして体外に排出してしまえばいいわけだ。
(この『邪気』は魂系統の力だ。アンデッドに干渉する『ハーデスフォルム』や『死霊術』の理論を応用して対処できる。それは、ここまでの戦いでも証明できた)
この仮説が立った時点で作れる最高品質のものを、僕は各地に攻め入るメンバー全員に持たせてある。
『指輪』にその機能を、そして傷を負った際の対策として『混濁』を治す機能をを組み込んだ上、『邪気』が体の中に入ってきた時に飲むことでそれを急激に排出できる魔法薬も持たせた。
実地で有用性が証明て来た以上、以降のかなり戦いを優位に進められるだろう。
ただ……その一方で、完全に吸収され、制御された『邪気』については別だ。そういう部分は、正真正銘その持ち主の力になってしまっている。
『天邪鬼』の時みたいに、強烈な一撃を叩き込んで消耗させ、すり減らすことはできても、今の悪霊退散キックみたいに、外部から無理やり浄化したり、散らすことはできない。
そして同時に……もし僕や仲間たちがそうなっても、アイテムや薬で『邪気』を散らすこともできないだろう。
『酒呑童子』や『天邪鬼』が纏っていたレベルの『邪気』がそうなんだろうな。ほぼ完全に受け入れて自分のものにしているから、攻撃力も防御力もけた違いに強化されていた。
あれだけの強化を手にしている者は、流石にそうそういないだろう。現にこの場での戦いでも、そのレベルの連中は1体も出てきてないし。制御が甘くて、普通の攻撃でも貫通させてダメージを叩き込めたり、『悪霊退散』で解除できたりするレベルにとどまっている。
……そのレベルでも、何十、何百の妖怪や人間の命を犠牲にして生み出されてるんだろうけど。
ただ、そんな風に……敵が『数で押しつぶす』戦略を打ってきても全然へっちゃらなくらいには僕ら優勢に進んでるんだけど……このまま行っても、それはそれでまずいんだよな。
戦場でどんどん人が、妖怪が死ぬってことは、その分だけ『蟲毒』の力が強まり、生き残っている者達の中にいる『百物語』参加者に、どんどん『邪気』が吸収されていくってことだ。
(……こんな風に、ね)
何十回目、あるいは何百回目か、襲って来た鬼を撃退しつつ……僕は、僕の体にまとわりついている黒いオーラ……『邪気』を見る。さっきより分厚く、色濃くなってきたように見えるのは……気のせいかな?
向こうの方で戦ってるタマモさんも、同じ感じだ。
僕ら2人はほぼ同じタイミングで、懐から取り出した、小指の爪ほどの大きさの錠剤を口に含み、かみ砕く。
その瞬間、纏っていた邪気のほとんどが吹き飛ぶように消え去った。特効薬の効果は上々だな。
(……けど、やっぱり『完全に』は散らせないか。徐々にだけど、蓄積量が上がってきちゃってる)
陰陽術のコントロールの達人であるタマモさんや、『死霊術』の一端に加えて『霊媒師』の力を使える僕でもこのくらいは影響を受けてしまうとなると……他のメンバーはもっと危ないかもな。
まあ、僕らほど大量に倒して、大量に『邪気』を取り込んでる者もそういないだろうけど。
それに、死ねば死んだだけ、残りの敵兵達の力が上がるってことにもなるし……何より……
『ミナト、伝言。敵の指揮官っぽい奴が、直属らしき連中を率いて背面に回り込んでるってヒナタさんが。こっちのレーダーでもついさっき確認できたわ。大回りして迂回してきたみたい』
『了解、ありがとエルク。背面、か……加速用のブースターでも狙うつもりなのかな?』
『この船のそんな、ただでさえトンデモな構造を連中が理解してるとは思えないけどね……『船』だから、舵や帆を破損させればうまく飛べなくなるとか考えたんじゃない?』
『あー、なるほど。ありうるな』
ほら、こんな風に……予想通り動いた。
死ねば死んだだけ力になるとはいえ、数があまり一方的に減らされるのもまずいだろうからね……ここで対処に出た感じか? 多分その引き連れてる連中も精鋭クラスだろうな。
精鋭クラスだと……少数とはいえ、砲撃や式神だけで止めるのは難しいかもだな。
ふと横目で見ると、同じ念話はタマモさんにも届いていたんだろう。周囲を油断なく見まわしつつも、何か思案するような様子を見せていて……すぐに、僕にも念話が届いた。
『船は結界に守られていると言っても、過信することはできないわ。何か隠し玉がある可能性も否定できないし、何よりやりたいようにやらせておくなんてことはできない。予定通り行くわよ』
『敵が戦力を分けてきた場合の対処ですね? 僕がこの場……っていうか、前線全体を引き受けて、タマモさんは別動隊を叩きに行くんでしたっけ?』
『ええ。幸い……』
――ぞ く り
「「……っ!!?」」
その瞬間、僕とタマモさんは同時に……凄まじい殺気を感じて、反射的に振り返った。
そして僕は……目の前の光景に絶句し、戦慄した。
振り返った先にいたのは……巨大な空飛ぶ魔物だった。
見た目的に恐ろしく……しかしそれ以上に、『よくわからない』魔物だった。
……分類……何だろうコレ? 虫のような、爬虫類のような……カミキリムシとトカゲが、いやむしろドラゴンが合体したら、こんな感じになる……かも?
体の大部分を覆っているのは、昆虫の甲殻っぽいそれだ。しかし、頭や腹、足の末端部付近なんかの一部に、龍の鱗みたいなものが浮き出ている。
羽は、昆虫の『ぶーん』って飛ぶ系の薄羽だし、目も昆虫系の魔物の『複眼』だけど……手足の爪とか形、口元の形やそこに見える牙とかは……やはり、龍みたいな印象を受けるそれだ。ドラゴンが昆虫モチーフの装甲を身に着けた見た目、って言ったら意外としっくりくるかも。
同じ鱗を持つ生き物でも、『爬虫類』じゃなくて『龍』という印象が強く来るのは……こいつのこの、すさまじい威圧感がそう見せるのかもしれないが……実際間違ってはいないと思う。仮に爬虫類だったとしても、こいつの内包する力強さはドラゴンレベルだと、相対して肌で感じる。
昆虫族と龍族、どっちともとりづらい。キメラ的な人工生命体じゃないかと思った方が、かえって納得できそうですらあるが……何にせよあれは、間違いなくそこらで『オルトヘイム号』の兵装に蹴散らされている妖怪とは一線を画す危険度の魔物、あるいは妖怪だ。
……でも、僕が目にして戦慄しているのは……実は、この魔物にじゃない。
まあこいつもヤバいんだけど……その背中に乗っている奴の方がもっとヤバい。確実に。
(というか……何でこいつがここに、この国にいるんだ!?)
「よう、久しぶりだな……『災王』。覚えているか、俺を?」
1人の、見覚えのある男が、その魔物の背に座っていた。
ごわごわでぼさぼさの黒髪。あまり顔色はよくなく、無精ひげを生やした中年男性。
白い色合い主体の、和装を思わせる装束に身を包んでいて……その腰には、野太刀かと思うような長大な刀をさしている。
そして、その柄に手を添え、『早く抜き放ちたい』とでも言わんばかりに……凄まじい殺気を、抑える気など微塵もなく迸らせている。目は、睨んでいるわけでもないのに、力強く……しかしそれ以上に、底知れない狂気を宿しているかのような『闇』を感じさせる、仄暗い目だった。
「まあ、覚えていてもいなくてもどちらでも構わんがな……やることは変わらん」
「……忘れるわけないだろ、あんたみたいなヤバい奴のこと」
「ほう、そうか」
返事をしつつも、本当にどうでもよさそうだった。言葉通り、僕が覚えていようがいまいが、こいつは今からここで……自分の好きなように暴れ、斬り、殺し始めるつもりだろうからな。
何でこいつがこの国にいて、鬼の軍勢に与しているのかは知らないけど……コイツがかかってくるなら……いや間違いなくかかってくるだろうから、迎え撃つのみだ。
疑問は後で聞くとしよう……そんな余裕があればだけどね。
「しかし、はるばる海を越えてきた甲斐があったというものだな。しばらく見ないうちに、中々どうして愉快な国に変わっているようだ。血が、戦いが、死が乱れ咲く……俺好みの戦場だ」
「相変わらず物騒な奴だな……それでいて、こないだも今回も、こっちが色々と大変な時に限って出てくるんだから……兄さんはそういうところも警戒してたのかもね……『骸刃』さん?」
百年以上の時を生き、その大太刀で数多の人を斬り殺してきた『人斬り』にして、僕の兄である『天戟』のドレークや、大陸中で危険視されているテロリスト『蒼炎』のアザーと同列の力を持つ超越級の実力者……『骸刃』のリュウベエ。
今にして思えば、名前の語感からしてこの国とのつながり、関係性を疑うべきかもしれない……しかし、確かに数か月前までは『アルマンド大陸』にいたはずの男が、怪物の背でゆっくりと立ち上がった。
……そして、このタイミングで戦場に乱入を企てた者が……もう1人。
僕にも、視界の端に見えていた。
リュウベエから目を放すわけにはいかないから、あっちに反応も対応もできないけど。
……ごめん、タマモさん……そっち任せる。
☆☆☆
『……エルクちゃん、悪いけど……背部に回り込んだ連中の対応、そっちでお願いしていいかしら』
『わかりました。予備戦力の『CPUM』を投入してなんとかします』
『頼むわ。……こっちは、ちょっと手が離せなそうなのよ。私も彼も』
簡潔な内容にまとめた念話を終わらせると、タマモはふぅ、と息をついて、自分の前に立つ男に……1人の『鬼』に向き直った。
見覚えのある顔に、見覚えのある鎧姿。見覚えのある刀に、見覚えのある騎獣……名はたしか、『麒麟』だったはず。
その背に乗る『鬼』と、タマモの視線が交差する。互いに覚悟を決めて、戦場に立つ者の目。
「確か、次に会う時は戦場で……と言われてたのよね。よかったじゃない、思い通りになって」
「想定より少々早かったがな……まあ、思い通りにならんのが戦場だ。致し方あるまい。戦の場でこうして出会えたこと自体は、俺としても望むところだったし、よしとする」
「相変わらず尊大な物言いね……四代目酒吞童子」
「貴様が言うか……九尾の狐」
タマモと、キリツナ。
両軍の総大将とでも言うべき2人が、戦場で武器を手に相見えた。
そしてその様子を……ミナトとリュウベエのにらみ合いも含め、笑いながら隠れて見ている者が1人。
「さて、面白くなってきた……どう転ぶかねえ、この闘い」
軽薄そうな笑みの奥で、この男が何を考えているのか……それは……誰も知らない。
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