魔拳のデイドリーマー

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第421話 エルシーの考え

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 言ってみればこれは、『リアロストピア』以来となる、『邪香猫』の総力戦と言ってもいいものなんだろう。遠慮も自制も何もなく、ただただ敵を倒すためだけに全力を注いであるものは全て使って戦い、勝利を勝ち取る。ただそれだけが目的だ。
 
 『エゾ』『トーノ』『エド』『イズモ』この4地点に戦力を送り込んで、それぞれ速攻で敵の首魁とその周辺の幹部連中をる。というのが今回の作戦だ。そしてその後、混乱の只中にあるであろう敵軍を、表の戦力が制圧すると。
 裏の戦力……すなわち妖怪たちについても同様だ。必要そうなら手を貸すが。

 戦力の分配については、タマモさん達との会議で既に話して決めてある。直前の調査で明らかになった、わかる限りの敵味方の情報も含めて。

 『エゾ』に行くのは、シェリー、ザリー、ギーナちゃん、ミフユさんの4名。

 『トーノ』に行くのは、ナナ、シェーン、ミュウ、イヅナさん、マツリさんの5名。

 『イズモ』に行くのは、クロエ、セレナ義姉さん、ミシェル兄さん、サキさんの4名。

 そして『エド』に行くのは、僕、エルク、サクヤ、タマモさん、ヒナタさん、そしてアルバの5名と1羽である。

 可能な限り各自の弱点をカバーしつつ、戦力的にも横並びになるように割り振ったチームだ。

 個人の戦力的に突出している者。
 素早い思考回路で状況判断に長けたり、各々独特な特技を持っていたりもする者。
 僕の発明品を使いこなすことができ、多勢に無勢とかの状況をひっくり返す鬼札になり得る者。その他色々、各自の個性を鑑みてバランスよく配置できたと思う。

 ただし『エド』は例外。見てわかるように、僕とタマモさんっていう大戦力が2ついる。
 あそこには確定で敵となる『八妖星』がいるのに加え、情報を解析するに、『四代目酒吞童子』……もとい『キリツナ』に遭遇する危険が一番高いのが『エド』なのだ。なので、個性や能力はともかく、戦闘能力的にはだいぶ高めだ。

 ネリドラ、リュドネラ、オリビアちゃん、そして師匠は『キョウ』の都に残ってその防衛に就くことになった。この面子なら安心して任せられる。
 師匠も今回は、『しょーがないから留守番くらいなら引き受けてやる』って言ってくれたし。

 そしてこれらのメンバーに、各自の腹心である妖怪の部下さん達が少数加わる。

 また、その土地の妖怪で、タマモさんに協力的な者達も加わる……というか、むしろそこに僕らが加わって戦うわけだから、何と言うのが正しいのか……まあいい。

 『エゾ』には『八妖星』の一角であり、ミフユさんのお母さんであるミスズさんがいる。その眷属たちと共に参戦してくれるらしい。というか今もう戦ってるそうだが。

 『トーノ』には……こちらは前回の『行脚』では会えなかったものの、『鎧河童』という『八妖星』がいて、こちらも協力して戦う手はずになっている。
 加えて、そこから比較的近い『エチゴ』からも援軍が来るそうだ。そこにいるという『八妖星』……『大天狗』だったかな? が、来るかはわからないけど。
 
 『イズモ』はもちろん、『隠神刑部狸』のロクエモンさんとやらと、その配下達と共に戦うことになるわけだ。『シマヅ』から撤退してきたところの連中だから、多少損耗してるかもしれない……と決めつける、ないし期待するのは迂闊ってもんだな。
 
 そういう感じになるから、早急に準備してできる限り早く出立。各地の戦線に加わり、敵の大将を討ち取って……とまあ、これはさっき話したっけか。

 なので僕らは今、その準備をしてるところなわけだが、実はもうあらかた終わっている。
 荒事になるのは最初からわかっていたようなもんなので、各々戦支度を始めていたからだ。
 そもそもというか、常在戦場とは言わないまでも、冒険者っていつでもどんな事態にも対応できるようにしておくのは基本だしね……依頼中ならなおさらのこと。

 ゆえに、あとはタマモさん達からのゴーサインを待つのみだ。

 あらかじめ今回の作戦については、各陣営のトップやそれに近い部分にのみ話を通してある。
 流石に何も言わずに行くと、加勢に来たにしても混乱させるだろうしね。

 だったら今すぐ行ってもいいんじゃないかと思ったけど、帰ってきたのは『ここの守りの手はずの打ち合わせがまだ』という返事。そりゃそうか、そのへんきちっとしないと遠征なんてできないわな。
 究極的な話、師匠達がいるから戦力的には問題はないんだろうけど……それ以外の部分、行政とか経済流通、忍んで入り込んでくる間諜なんかにも気を配る必要はあるだろうし。

 それならばと、僕らは待っている間に、『あらかた』に含まれない部分の準備を進めることにした。
 具体的には……今までは『自重して』戦う準備だったわけだが、それを『自重なしで』戦うにシフトした際に生じた、その差分の準備を。



 ところでこれは、そんな準備中の一幕である。

 僕はその日、応接間で1人の女性を前にしていた。

「……では、コレを私に返すために?」

「ええ。あらかたデータは取れましたし、後はそれを解析していこうかと。もっとも、ご存じの通りヤバいレベルの怨念が凝り固まったものなので、身近に置いておくのがちょっと辛いとか気分が悪いみたいでしたら、こっちで保管しておきますけど。今すぐあなたを元いた『リューキュー』に送り返すのは……ちょっと難しいので」

「……お気遣いに感謝いたします。でしたら……お願いできますでしょうか? 私としては、正直なところ……この機に、処分できるものならお願いしたいと思っているくらいだったので」

「あ、そうなんですか……じゃあ、わかりました、エルシーさん。そっちの方法も探ってみます」

 今の会話でわかっただろうけども、ここに呼んで話しているのは、鳳凰さんが連れて来た『ハイエルフ』のエルシーさんだ。妖刀『耳長切』の研究の協力のために、ここに残ってくれていた人。
 手伝い以前に、戦争の激化で帰るのが難しくなっちゃってるから、必然的にここに留まることになってる面も強いけどね。鳳凰さんが先に帰っちゃった以上、手段がないから。

 今日僕が彼女を呼んだのは、彼女に『耳長切』を返そうと思ったのが1つと……あと、いくつか確認したいことがあったからだ。

 そのうちの1つは、エルシーさんが自分で今しがた言ってくれたんだけどね。

 あんなことに使われた刀だし、現在進行形で呪いの塊だから、『いらない』って言われる可能性もあるかと思ってたんだよね。そっちで処分してくれって。
 実際その通りだったから……今後の研究もかねて、その方法も僕が探るが。

 こないだも話に上がったけど、ちょっと洒落にならない量の怨念その他を中に含んでいるせいで、うかつに壊すこともできないブツだからな……それが解放された時に何が起こるかってのが怖い。

 コレを研究したことで、呪いについてはだいぶ解析は進んだ。
 けどだからこそ、この『怨念』は……一朝一夕じゃどうにもできないな、ってのがわかっちゃったんだよね。

「……! 進んだんですか? その……『蟲毒』の研究が」

「ええ。成果がなくはなかった、と言える程度ですけどね……自分の力不足を呪うばかりですよ。一応、大まかな仕組みというか、強化の構造くらいは理解できました」

 そもそも、単なる怨念ないし霊的な要素なら、本来僕は怖くないのだ。
 精神攻撃や霊的攻撃への耐性を考えれば、そもそもそういうのは効かないだろうし……なんなら『ハーデスフォルム』になれば、強制的に解呪なり成仏なり、どうにでもできる。
 アレ、対アンデッド性能はぶっちぎってるからね……そこらの怨念だの悪霊だのは怖くない。

 だが、『蟲毒』の勝利者に宿ることとなる『怨念』は……厳密には『怨念』じゃない。
 霊的な残留思念とか、魂魄に刻まれた力とか、そういったものそのものじゃない。それらが雑多に混合・変質し、無理やりある種の『力』……エネルギーそのものに変化したものだ。

 しかもそのエネルギーは、勝利者の『魂』に感染するような形で同化・同調し、正真正銘(という言い方も変かもしれないが)その者のものになってしまうのだ。
 勝利者本人の力だと認識されるから、普通の方法で除霊するとかができず、無理に取り除こうとすれば、今度はつながっている魂にも負担、ないしダメージがいく。

 そして、魂と結びついているから、その者の精神にもかなりダイレクトに作用し……『怨念』の負のエネルギーにさらされることで疲弊・摩耗。耐えきれなかった場合には崩壊するわけだ。

 ならばこの淀んだ魔力のごとき『怨念』をピンポイントで駆逐する、特効薬とか血清みたいなものを作ればいい、とも思った。実際、戦闘の余波で起こった『魔力混濁』は治せたわけだから、同じようにすれば『怨念』も除去可能だと思っていた。

 しかし、こっちは無理だった。

 単に淀んだだけの魔力と違って、こっちは数多の怨念が雑に混ざり合った結果として、逆に、余計に除去が難しくなっている上、呪いの構造が常に変異しているので、治療薬の作成が追いつかない。作ってる間に呪いの構造が変わって効かなくなるからだ。

 現代医療の現場にもそんな病気とかあったっけな……ウイルスの構造が秒ごとに変異するから、特効薬作れないとか何とか聞いたことがある。

 相応の設備が整った場所で、相応に時間をかけて、相応に実験を重ねてトライアンドエラーを繰り返せば、また別かもしれないが……どれも今の僕らには望むべくもないものだ。
 いくらかでも進行を抑えられる術式とアイテムが構築できただけで、まあ成果としよう。

「そうですか……いくらかでもお役に立てたのであれば、私としてもこれに勝る喜びはございません。ありがとうございました……ミナト様」

「お礼を言うのはこっちですよ。『蟲毒』のサンプルに、その経験者からの直接の情報……細胞片のサンプルまで提供していただいて……どれも研究するにあたって、非常に役立ちました。ありがとうございました、エルシーさん」

 互いに頭を下げる2人と言う、どこか日本人的なやり取りに少しなつかしさと、自分のことながら微笑ましさ?みたいなものを感じている僕だが……そんなやり取りの中でも、エルシーさんがわずかに哀しそうな、気まずそうな顔色を浮かべていることには気づいていた。
 というか、僕らを前にすると大なり小なりこういう顔色になるんだけどね。

 何かを言いたそうにしているようにも見えるし、しかし言い出せないって感じの雰囲気である。

「……的外れな指摘だったらすいません。自分としては別に『ハイエルフ』だってだけでエルシーさんに悪感情とかを抱いてるようなことはないから、緊張しなくて大丈夫ですよ?」

 僕の言葉に、びくっと肩を跳ねさせて反応するエルシーさん。図星だったらしい。
 まあ、バックグラウンドを考えるとそうだろうって、簡単に想像つくからな。

「……お目に障りましたら、すいません……皆様が『ハイエルフ』にあまりいい感情をお持ちでないというのは、鳳凰様からお聞かせいただいておりましたので……。それも、聞いた話では、この国に来てからのことばかりではないとのことでしたし……」

「あー、まあ、それも否定はできませんけどね……実際、大陸では相当派手にやったんで。ひょっとしたら、それっぽい目で見てしまったかもしれませんけど……だとしたらすいません」

「とんでもないです。私達が、他の種族に対してどういう風に接してきたかは、わかっていますから……ええ、それこそ、ミナトさん達もいた『アルマンド大陸』に居た頃からそうでしたからね」

 そう、呟くように言うエルシーさん。
 その目は、特に何も映すことなく、何もない空中を見つめていて……どうやら、過ぎ去った過去というか、昔のことを思いだしているような感じだった。

 ……その、思いだしている記憶は、前後の言葉を聞く限り、彼女にとってあまりいい思い出ではないのかもしれないけど。

「数十年前、私達がここに『流されて』くる前も……私達『ハイエルフ』は、他の種族を見下して生きていました。けれど、数が少なく、また山奥に引きこもって限られた範囲でのみ生きている私達には……人間や、他の亜人達との交易無くして、豊かな生活はできなかったはずです。それに、交易の際に話し、触れ合う彼らは、とても優しくて、気さくに話してくれて……気のいい友人達、といった感じでした。私にはずっと、彼らと私達、そんなにも何か違うのかと疑問でした……」

 『ハイエルフ』の、他の種族に対する見下し感情は筋金入りだ。遺伝子に刻まれてるんじゃないかってくらいに、ほとんどの同族が持っているし、行動・言動ともにそう徹底している。
 自分達を中心に世界が回っていないことが我慢できない、エゴだけの連中と言ってもいい。

 何せ、あまり下等な他種族と関わり合いになりたくないがために、山とか森の奥に『隠れ里』を作って引きこもってるくらいだしな。

 ただその割には、その状態でも自分達が楽に暮らすために、他種族を適当に侵略したり拉致したりして奴隷にする、ってのはアリにしてる(そしてその奴隷ももちろん見下す)んだから、価値観のボーダーがよくわからん。……わかりたくもないが。

 ただ、そんなハイエルフの中にも、稀にまともな(人間その他基準で)感性を持っている者がいるっていうのは、いくつか例を知っている。バラックスさんしかり、うちのコレットしかり。
 ドレーク兄さんとアクィラ姉さんは……最初から母さんが育てたから、カウントしていいもんか微妙なところがあるな。

 エルシーさんもそういう1人だったんだろう。あるいは、彼女の周囲には、そういう人が多く集まっていたのかもしれない。傲慢な連中と袂を分かって派閥を作り、彼女について行く集団ができるくらいだもんな。 

 そんな人たちが一気に『流されて』しまったっていうのは……幸運だったのか不幸だったのか。

「……きっと、今も彼らは……『ステイルヘイム』の者達は、アルマンド大陸で己の価値観を振りかざして、他種族に迷惑をかけているのでしょう……こうして行き来もできない場所に来て、根を張った今となっては、戻るつもりもない故郷ですが……そう思うと、やるせないです」

「ああ……やっぱりエルシーさんの出身って、『ステイルヘイム』だったんですね」

「? ご存じなのですか、ミナト様?」

 そりゃまあ、ご存じも何も……

「そいつらですからね。『アルマンド大陸』に居た頃……僕らが喧嘩になって大暴れした相手」

「…………え、えっ!?」


 ☆☆☆


「そう、ですか……そのようなことが……」

 『リアロストピア』で起こったことを……僕らのプライバシーに過剰に触れるような部分をうまくぼかして、簡潔に説明した後の、エルシーさんの反応が、上記のようなものだった。
 落ちこんでる……というよりは、聞いた事実を噛み砕いて飲み込むのに苦労しているようだ。

 意外にも、と言えばいいのか……僕らが『ハイエルフ』を相手に戦って壊滅させ、さらにその後母さんたちが本拠地を壊滅させたことを聞いても、エルシーさんは特に僕達に対して、悪感情みたいなものを抱くことはなく……淡々とそれを聞いているだけだった。
 驚きはしたようだし、悲しんでないわけでもなさそうだが……同時に、諦めや呆れを感じる。

「……いつか、こういう時がくるんじゃないか、とは思っていましたから」

 聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。

「……僕らに対して、恨みに思ったりはしないんですか? エルシーさん達はこっちに来てから、『耳長切』で多くの仲間を失ったと聞いてますし……それと同じように感じたりは?」

「因果応報、と申します。他者に対して傲慢に、非情に接していれば、恨まれるのは当前ですし、いつかその分のつけが自分達に帰ってくることもまた道理。『耳長切』を作った鍛冶師も、国盗りの騒動に巻き込まれたあなた達も、そうするだけの理由も権利もあったのです。全く何も思わない、とは流石に申せませんが……何か言うだけの権利が、自分達にないのもわかっているつもりです。それが例え、自分達ではなく、他の仲間や先祖がそうしてきたがゆえであっても……何もできず、言わず、ただ見過ごしてきた私達にも、何一つ責任がないとは思えませんから」

 ……強がり、じゃないな。本心からそう言ってる。
 つくづく、ハイエルフっぽくないというか……まともな感性や良心を持ってる人だ。そして、自分達が辛いのを飲み込んででも、他者の辛さをわかってやれる、理解して共感できる優しさもある。

 ……この人に、温和派のハイエルフ達がついて行ったのも、鳳凰さんがこの人を信頼して領地に住ませる気になったのも……わかる気がするな。

「ハイエルフは決して、無敵の存在でも、頂点の種族でもない。ただの亜人のいち種族です。150年前の一件や、かつて起こったという龍との戦い、他種族との生存闘争などの際に……幾度もそれを思い知っていたはずなのに、行いを改めなかった我々の非です。ミナト様……お話しくださってありがとうございました。どのような形でも、故郷のことを聞けてよかったです」

 ……そんな風に言われると、かえってこっちが恐縮してしまう。
 なんか聞き覚えのない単語が混じっていた気もしたが……エルシーさんがそう言うなら、ひとまずこの話はここまでってことにしよう。僕としても、一応話して気が楽にはなったし。

 ちなみに、それとなく『大陸に戻りたいですか?』と聞いてみたんだが、もうそのつもりはないそうだ。さっきちらっと言ってた気もするが。
 自分にとっては、温かく自分達を受け入れてくれたこの国の、『リューキュー』の、人間や妖怪の仲間たちが、新しい、そして大切な家族だからってさ。

 ……やっぱ、他の種族に威張り散らすより、こっちの方がいい生き方だよな、絶対。
 真似するかどうかはともかくとしてさ。

「……あ、そうだ。もう1つ聞きたいことがあったんですけど」

「はい、何ですか?」

 一服し、そろそろ帰ろうとエルシーさんが腰を上げたところで、ふと思いだした僕は、声をかけてそれを止めた。

「……その、ですね。ついでみたいな形になって申し訳ないんですが……ええと、思いだしたくないことかもしれないんですけど、一応聞いておきたくて。……昔、『耳長切』でエルシーさん達を襲っていた剣士って……確か、鳳凰さんの部下の妖怪に倒されたんですよね」

「ええ、そう伺っています。ですが、仲間の仇とはいえ、人の死に様など詳しく聞きたいものでもないですから、あまり詳しいことは知りませんが……」

「その剣士なんですけど……どんな奴だったんですか? あんだけヤバいレベルで呪いの塊になった『耳長切』を使っていて無事だったってことは、相当精神的に強靭だったと思うんですけど。いやむしろ肉体的にもそうじゃないかと……そうじゃないと説明つかないです」

 それか、体質的にそういうのに強いケースか。
 あれは明らかに、普通の人間が持っていられるものじゃなかった。使っていくうちに徐々に『蟲毒』で強化(あるいは『凶化』)されていったのだとしても……うん。

 あんなん、普通の人間は触っただけでも……よくて発狂、悪くて即死だ。そんだけヤバい怨念が纏わりついてた。
 アレを手に取って、しかも本来の使用用途である……間違いなく怨念エネルギーが活性化する『戦闘』を行えた者がいたとしたら、それは絶対普通の人間じゃない。と思う。

「どういう、ですか……」
 
 エルシーさんは、少し考えて思いだすようにして、

「一応、種族としては普通の人間だったようです。剣の腕は一流ながら、辻斬りのように無差別に人を襲ったり、金をもらって人殺しもしていたそうで……人相書きにもなっていた、所謂『人斬り』だそうです。そういう、見ず知らずの他人を手にかけることに何の抵抗もない者を選んで、鍛冶師は『耳長切』を渡したのでしょう」

 人相書き……指名手配犯ってことか。
 そんな人間が一流と言える剣士で、しかも見境なくハイエルフを殺すことを引き受けちゃったと……運が悪い、なんて言葉で片づけるのは失礼かな。

 しかし…………『人斬り』ねえ?
 まさかとは思うが……

「エルシーさん、そいつの名前…………『リュウベエ』とか言わないよね?」

「……? いえ、そういう名前ではなかったと思いますが」

 ああ、うん、違うよね流石に……ちょっと安心。

 いや、よく考えたら、大陸で何十年も前からドレーク兄さん達と戦ってて、ついこないだ『シャラムスカ』に出没した奴が、十数年前にこの『ヤマト皇国』にいるはずないもんな。

「それに、先程ミナト様は『無事に』とおっしゃっていましたが……その人斬りは、必ずしも無事とは言えない状態だったそうですよ? 討伐時は完全に……いえ、それより前に私達を襲っていた時からほぼそうだった気がしますが、怨念に飲まれて狂っていて……殺意と破壊衝動だけで動いていました。ハイエルフ以外も目に付く者全て殺す勢いで襲っていましたしね。加えて、身体的にもおかしかったかと……痛覚も疲労も感じていない様子でしたし、身体能力や傷の回復速度も異様に強化されていましたから……今思うと、アレも『蟲毒』の効果だったのかもしれません」

「……人間やめるレベルで力を引き出された代わりに、心も化け物になっちゃったわけか」

 やっぱりリュウベエとは違うな。あいつは一応は、会話できるくらいには思考能力あったし(まともな思考回路だとは言ってない)。
 念のため聞かせてもらったその『人斬り』の名前も、聞いたこともない名前だったし。

 そんな風に1人、勝手に心配して勝手に安心していた僕は……



「……でも、『リュウベエ』という名前……どこかで聞いたような……?」



 そんな、ぽつりとつぶやかれた言葉を、聞き逃してしまったのだった。



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