魔拳のデイドリーマー

osho

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第419話 妖刀『耳長切』

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 しばらくの間、皆、無言のまま時が過ぎた。

 無理もないけどね……告げられた事実が強烈すぎた。
 皆……それこそ、タマモさんですらも、この事態を噛み砕いて飲み込むのに苦労している、ってところだろう。僕もそうだし。

 テロリストが表側の権力者を巻き込んで、国盗りを画策しているだけかと思いきや――いやそれだって結構な異常事態だけども――その裏でオカルト的な意味でヤバい儀式を進めていた。
 しかもそれは、ただ単に内容が倫理的に問題あったり法に触れる……なんて生易しいもんじゃなく、国全体を巻き込んでヤバい病気(比喩表現)を感染させ、それによって戦いを広め、そしてさらに、それを足掛かりにして自分達がもっと強くなろうと……

(情報量多いな……そして濃い!)

 ホント消化に困る……これからどうすべきかも含めて。

 いや、どうすべきかはむしろ決まった。
 コレを放置しておくわけにはいかない。多少強引にでも、『終わらせる』べきだ。

 理由はいくらでもある。むしろ、やらない理由を探す方がコレは難しい。
 武力介入になるわけだから、外交的にはちょっと問題アリ、かもしれないけど……コレを実行されればそれこそ国交の樹立どころじゃなくなるし、紛争が終わってみれば全く別な国になっていたということすらありうる。どちらにしろ、今までの努力はパーだ。

 そもそも、この紛争、ほっといて終わるのかどうかも怪しいしな……聞いた限りじゃ、『感染源』自体は限られるとはいえ、『感染』を繰り返せば爆発的に呪いの範囲は広まっていくんだろうし……時間をかければそれこそ、『感染源』自体が増えていく。

 そうなる前に……恐らくは、『鬼』の幹部格だけが感染源として機能している今のうちにどうにかしないと、取り返しのつかない事態になりかねない。

 これについては多分、いや確実に……タマモさん達も同じことを思っているはずだ。

「……情報ありがとう、おばあ様。おかげで……一刻も早くあの若造を止めなければならない、ということがよくわかったわ。手段を選んでいる余裕もなさそうね」

「タマモちゃんならそう言ってくれると思っていたよ。……すまないが、あたしはあまり力になれそうにないがね……うちの領地のコ達は、戦いが苦手なのが多いから……あたしはあそこにいなくちゃいけない。そうでなくとも、もうあたしもすっかり老いてしまったからね」

「『八妖星』の存在はその土地の妖怪たちの心の安定と直結しています、おばあ様は気にせず、『リューキュー』の者達を守ることだけお考え下さい……この国で無法を働くならば、それは私の敵。私が他の、既に戦いに発展している『八妖星』達に声をかけて手を打ちましょう」

 きっぱりと目を見て、タマモさんはそう言い切った。

「……それ、僕も乗らせてもらいます、タマモさん。もう既に巻き込まれてるっぽいし……こんな状態が長く続いたら、国交も何もあったもんじゃないですからね。ここまでの半年間がパーだ。何より……向こうはうちのサクヤを狙ってる」

 で、そこに僕もこう付け加える。

 恐らく、申し出自体は予測、あるいは期待してたんだろう。そこにいた面々に驚きとかの反応はなく、こくり、とうなずくだけだった。
 ただ、鳳凰さんは心配するような優しい目を浮かべた気がしたし……エルシーさんは、また少し申し訳なさそうな表情になった気がしたけど。

「相手が何だろうと関係ない。売られた喧嘩は買った上で、必要に応じて二度と売られないようにするのがうちのやり方なんで」

「……やはり、リリンの息子ね」

 ぼそっと呟かれたその声には、少しの呆れと、嬉しさ? が含まれているように感じたけど……その直後、すぐにタマモさんは、今度はエルシーさんの方を向いた。

「方針はこれで決定、詳細は後日、他の『八妖星』にも声をかけた上でつめるとして……おばあ様、1つ確認しておきたいことがあるのですが」

「言わなくてもわかるよ。この話をするにあたって、ここにエルシーちゃんを連れて来た理由、だろう?」

 そう、僕もそれは気になってた。

 彼女の身元にはまあ、びっくりしたけど……そして、もう1つ確認しなきゃいけないことも残ってるけど……それだけなら今回の件には無関係だ。
 この『鬼』の戦乱や、『百物語』という禁忌の術を語るにあたって、一体なぜ彼女をここに、鳳凰さん自らが護衛するような形で連れて来たのか。それがまだわからない。

 言っちゃ悪いが、戦力にはならなそうだし……。
 『ハイエルフ』だけあって、感じ取れる魔力はかなりというか、一般人から比べればけた違いに多く強力だ。戦ってもそれなりに強いんだろう。

 けどそれでも、僕の仲間なら、装備による部分もあれど、相手にもならないレベルだ。
 ネリドラとか非戦闘員や、接近されると弱いミュウなんかはともかく、彼女の力は何が何でも必要ってわけじゃない。『邪香猫』や、この『キョウ』にいるタマモさんの傘下の妖怪たち全部と比べても、下から数えた方が早いだろう……恐らく、戦力としての価値ではない。

 視線が集中している中、流石に緊張してる様子ではあるようだけど……震えそうな体を意思の力で抑え、口を真一文字に結んだエルシーさんは……横に置いていた自分の荷物の中から、何やら長細いものを取り出し…………

「「「…………!!」」」

 ……取り出した瞬間、僕らは息をのみ、身をこわばらせた。

 鞄の大きさに反して、取り出した荷物はやけに大きいというか、長い。
 おそらく、あの鞄が収納系のマジックアイテムの類なんだろう。

 ……けど、僕らがびっくりした理由はそれじゃない。

「……何、それ?」

「……おばあ様。何やらとんでもないものを持ち込んでいただいた様子ですね」

「……すまないね。でも……恐らく必要になるだろうと思ってね。無論、封印は施してあるよ」

「それで『これ』ですか……!」

 思わず敬語を忘れてしまった僕と、尊敬している鳳凰さんにすら、どこか刺々しい言葉を投げかけるタマモさん。
 しかし、その視線は同じように、今エルシーさんが取り出した『何か』に向けられたままだ。とてもじゃないけど、目を離せない。

 ……いや、ホント何なんだアレ……?
 何であんな……感じ取れるぐらいに悍ましいオーラとか、気配みたいなものを纏ってるんだ?

 何やら、僕の中の『霊媒師』の力が酷くざわつく。どうやらあの禍々しい気配は、霊的なものを含む、あるいは原因としているようであるらしい。
 だとすると、あれって怨念の塊か何かか? 直接見るまでもなくその危険度がわかるほどの……

 細長い袋の中から、エルシーさんは……持っている彼女自身も辛そうにしながら、その中身を……1本の刀を取り出した。

 袋から取り出し、直接見ることになったことで、より一層そのヤバい気配にさらされる。強烈な直射日光が肌を刺すようにジリジリと感じられるような……あんな感覚に近い。
 できることなら、同じ空間に長くいたくない、とすら思えてしまう。

 どうやら僕やタマモさんみたいに、『陰陽術』や『妖力』、『霊媒師』の力によって、霊的な要素に日常的に触れている、そういう力を持っている面々でなくても、アレは感じ取れるようで……横にいるエルク達も、ヤバいものを前にして表情を引きつらせている。
 師匠ですら、眉間にしわが寄っている。

「妖刀『耳長切』……この刀につけられた名です」

「趣味の悪い名だよ……そのままの使い方をされているだけにね」

 目を伏せ、辛そうに言うエルシーさんと、吐き捨てるように言う鳳凰さん。

 ……名前から察するに、『耳長』……エルフを斬る、っていう意味の刀、とか?
 地球の日本でも、『酒吞童子』を斬った刀っていう意味で、『童子切』っていう名前の刀があったはずだ。国宝だっけ?

 それはともかく……その刀についての説明を聞こう。

「その名の通り、この刀は、『耳長』……すなわち、我々『ハイエルフ』を殺すための刀です。今までに幾人もの我々の同胞が、この刀によって殺されました」

 辛そうな様子のまま、エルシーさんは話してくれた。

 この刀を作ったのは、ある名のある刀鍛冶らしいのだが……その人は、毎度おなじみ唯我独尊のハイエルフ達によって、『我々のために武器を作れ』的なことを命令され、それを断って突っぱねた結果、一族郎党を皆殺しにせんとしたハイエルフの襲撃を受けた。

 村ごと焼き討ちにされ、どうにか命が助かったのは自分だけ。その他は、妻も子供も老いた親も、仲良くしていた村の仲間達も……皆、ハイエルフに殺されてしまった。

 哀しみと憎しみに捕らわれた刀鍛冶は、その数年後、1本の刀を打った。

 裏社会でしか出回らないような危ない妖怪の素材を使って作られ、さらに刀鍛冶の恨みと憎しみがこれでもかと詰め込まれていたその刀には……『ハイエルフ』を斬れば斬るほど、その力を増すという恐ろしい能力があった。

 刀鍛冶は、とある剣客にその刀と、刀鍛冶として稼いだ金の全てを渡して仇討ちを願った。

 その結果起こったのは……ハイエルフの虐殺である。

 さっき聞いた通り、ハイエルフにも2種類いた。他種族を支配せんとする傲慢な連中と、他種族と友好的な関係を結ぼうとする穏健派の連中。
 『月の使者』をやってたのは前者で、エルシーさんみたいなのが後者だな。

 しかし、刀を託されたその剣客は、そんな区別などせずに目の前に現れたハイエルフを片っ端から斬り殺し、己と刀の力を高めるための贄とした。
 傲慢な連中はその力を恐れてより慎重に隠れて行動するようになり――ハイエルフを正面からの戦いで斬り殺すだけの腕だったのか――穏健派はひたすら遠くに逃げた。その末に行き着いたのが『リューキュー』だったんだそうだ。

 その名も知らぬ剣客は、『リューキュー』まで見つけて追いかけてきて、エルシーさん達を殺そうとしたが……最終的に、鳳凰さんの配下の強力な妖怪が討伐したらしい。

 そしてその際に、刀も破壊しようかと思ったものの……そうはできない理由があった。
 吸い上げた怨念が膨大かつ強力すぎて、下手に依代である刀を破壊してしまうと、それらが周囲に害を及ぼすかもしれないという危険が出てきたのだ。

 結果、刀は『封印』という形で収めておくしかなく、徐々に徐々に怨念のエネルギーを弱めていくことで対処とした……んだけども、今回それを引っ張り出してきたわけだ。

「この『耳長切』は、細部は違うとはいえ……『百物語』と同様の『蟲毒』の原理によって力を増していく仕組みになっています。ですから、これを解析してもらうことで……また違った角度から、『百物語』に対抗する何らかの手段を模索するための参考になれば、と思い、お持ちしました」

「エルシーちゃんに来てもらったのは、この刀について、そして『はいえるふ』について一番よく知っているのが彼女だからだよ。ミナト君やミフユちゃんにコレを調べてもらう際に、どうしてもそのあたりの知識が必要になるだろうからね……」

「加えて……この刀は、かつて私が戦った際に、いくらかですが私の血や力を吸っています。解析の際に、私自身をサンプルとして扱ってもらうことでわかることもあるかと」

 と、エルシーさんは言う。
 なるほどね、そういう理由だったか……確かに、そういう意味で見れば有用だ。

 しかしまさか、自分から研究材料になりに来るとは……非常事態とはいえ、相当な覚悟だな。鳳凰さんへの恩義からかはわからないけど、見上げたもんだ。

 もちろん、『研究材料』だからって、何かヤバいことする気はないし……せいぜい、髪の毛や血液なんかをわけてもらったり、魔力を解析させてもらうくらいにするつもりだ。恐らくエルシーさんだってそう思ってるだろうし、そうじゃなきゃ鳳凰さんが許さないだろう。

 だとしても、見知らぬ相手にこうして身を預けるようなことも許諾というか覚悟して、安住の地から出てまでこんなとこにくるんだから、根性あるなあ……つくづく『ステイルヘイム』の連中や『月の使者』共とは大違いだ。
 比較対象が酷いだけかもしれないが、少し好感持てるわ、この時点で。

 『ステイルヘイム』やその傘下かどうかはわからんけど、その影響下にあった集落の出身みたいだし……よくこんな風にまともに育ったもんだ。

「しかしすると、あなたはこれからしばらくの間、『キョウ』に滞在するということかしら?」

「はい、そのつもりでおります。この後どこか宿を取るつもりですが……」

「このご時勢だからね、見慣れない『妖』のエルシーちゃんが宿を取るのも難しいだろうから、そこだけタマモちゃん、助けてやっちゃくれないかね?」

「わかりました、手配しましょう。宿泊費はこちらで持つから気にしなくていいわ、いくらでも泊まっていってちょうだい。その代わりではないけど……解析への協力、よろしく頼むわね」

「はい、よろしくお願いします」

 こうして、鳳凰さんから預けられる形で、しばらくの間、ハイエルフのエルシーさんが、協力者としてキョウの都に住まうことになった。
 主に『耳長切』に込められた術式と怨念の解析と、それを流用して敵方の『蟲毒』をどうにかするための研究の手助けをしてもらう予定だ。

 加えて、彼女自身そこそこ戦えはするらしいので、戦力としても数えてもらって構わないとのこと。実力はそこそこのようだけど、『ハイエルフ』だけあって魔法関係はかなり強力だ。

 後でうちのメンバーと顔合わせしないとな。僕同様、『ハイエルフ』に対しては色々と思う所がある、っていう価値観で共通してる面々だし……

 さーて……また忙しくなるぞ。


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