魔拳のデイドリーマー

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第401話 雪山の首脳会談

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 突然だが、『穴なし』『穴持たず』という言葉を知ってるだろうか?

 簡単に言えば、これは『冬眠に失敗した熊』のことを指して言う言葉である。

 ご存じの通り、野生動物の中には、食べ物が少なくなる冬の間を、洞窟なんかで冬眠してやり過ごすものがいる。秋の間に、めいっぱい食べ物を食べて、栄養を蓄えて。

 ただ、ちょうどいい洞窟が見つからないとか、十分な食べ物を蓄えられなかったとか、そういう理由で『冬眠に失敗』した熊は、今言った通り、食料のない冬の山をさ迷うことになる。
 食べ物がないから徐々に狂暴化し、見つけた食べられる獲物に、手当たり次第に食らいつく。

 わずかな植物や、山にいる動物に始まり……そして、やがては人をも襲うようになる。

 ゆえに、冬の山で熊に遭遇するのは、非常に危険だと言われている。

 そして、一度でも人の味を覚えた熊は、死ぬまで際限なく人を襲う。
 ゆえに、人食い熊が出たら、何百人動員してでも確実に仕留める。

 熊は本来臆病な部分が強く、クマよけにリュックサックに鈴をつけておくと、熊の方からそれを警戒し、避けて近寄ってこないのはそのためだ。

 だが、人を食べた熊は、人という存在が……あの、毛のない猿のような動物が、強くもなく、上手くすれば冬でも見つけることができるお手軽な獲物だと学習してしまう。

 そして、その熊が死ぬまで……冬の間に限らず、ずっと人はその熊に襲われ続けるのだ。



 ……まあ、んなこた僕らにはあんまし関係ないんだけども。



「この熊、冬の間に何を食べてたんでしょうね」

「知らん。というか、んなこと気にしてたらもの食えねーだろうが」

 今現在僕らは、いつもみたいに都市部の高級な宿屋……ではなく、『フラノ』という土地の山奥にある、小さな山小屋にいる。

 山小屋と言っても、簡単に立てた掘っ立て小屋って感じではなく……つくりもきちんとしているのはもちろん、ドアや窓かかなり頑丈で、熊とかが襲ってきてもびくともしないじゃないかってくらいに強固な作りになっていた。
 加えて、ふかふかのベッドがあり、床には柔らかい絨毯がしかれ、暖炉と煙突も完備されているという親切設計。設備だけを見れば、ちょっとした高級宿なみじゃないかというレベルだ。

 そこに用意されていた、これまた簡易的だが高品質なキッチン設備を使い、タマモさんとサクヤ、それに義姉さんとシェリーが腕を振るって、夕食を作ってくれた。今、皆でそれを食べている。
 食材は、ここに来る途中に仕留めた熊である。コレが冒頭の話につながるわけです。

 やっぱ『穴持たず』だったのかね? なぜか冬山で、島民もせずに徘徊していて、僕らを見るや襲い掛かってきた。

 普通の人間なら、まあ絶望的な状況難だろうけど、今更熊、しかも魔物じゃない普通の奴を僕らが怖がるわけもなし。
 突っ込んできた熊からひらりと身をかわし、すれ違いざまに首元で手刀で一閃。

 びしっ、と打つのではなく、すぱっ、と斬った。
 頸動脈を斬られたことにより、熊はそこから大量に出血、ほどなくして動かなくなった。

 その後、事前にタマモさんに『今日は泊まる場所がちょっと特殊なので食料が必要』という話を聞いていた僕らは、ちょうどいいのでそいつを持っていくことにした。

 なお、人食い熊がどうこうとか言ったが……そんなもん、『魔物』が横行するこの異世界では、人は魔物に襲われる、魔物は人を襲うのがデフォルトみたいなもんだし、気にしても仕方ないよな。
 ただ、『北海道』と『熊』って聞いて、前世の頃に呼んだ何かの本とかを思いだしただけだし。

 どんな理由で、今までどう雪山をさ迷ってたのかは知らないけど……こうして、各々の得意料理に形を変えて、フルコースとして僕らの前に並んでる今となっては、気にしても仕方ないよな。
 せめてここは、きちんと美味しく、残さず食べることで供養ってことで。



 馬刺しならぬ熊刺し、熊肉のシチューに即席燻製、ステーキに薄切りハムに味噌煮込み、その他熊料理を堪能しつくし……腹は膨れて体の芯からあったまったところで、

「おい、そろそろ話せよタマモ。何だって今日だけ、こんな山奥の、へんてこな山小屋で泊まりなんだ?」

 そう、師匠がタマモさんに問いかけた。それを聞いて、食卓を囲んでいた他のメンバーのうち……イヅナさん以外の視線が集中する。

 問いかけられたタマモさんは、食後の一服、といった感じで煙管でタバコをふかしていた。

 なお、個人的にタバコの煙があまり好きじゃないので、僕は体表にそれをブロックするための風の膜を張っています。匂いがね……服にもつくし。

「あら、気になるの? それに……『へんてこな山小屋』なんて、また随分な言い方ね?」

「バカおめー、この山小屋が変じゃねー、普通だなんてこと言うような奴がいたら、そいつは即刻冒険者やめるか、一から勉強しなおした方がいいレベルだろうが」

「いや、別に私達冒険者じゃないんだから……あ、でもミナト君とシェリーちゃんと、セレナちゃんはそうか」

「いえ、私職員です。冒険者違う……まあ、クローナさんの言わんとしてることはわかりますが」

 うん、それは僕もわかる。
 『何で今日は山小屋なんだろ』っていう点が気にならないくらいに、設備的に充実したこの山小屋が……居心地がいいのはいいが、とにかく異質だっていうのはわかる。


 山小屋なんてのは本来、そこに常時人が、管理人として住んでるとかでもなければ、本当に簡単な、最低限の設備と備蓄しかないのが普通である。
 これは、文明レベルが違うだけで、現代の地球でも同じことだろう。

 この世界基準で言うなら……もう随分前になるが、駆け出しの頃、エルクと2人で行った『リトラス山』にあった山小屋を思いだせばいいか。
 あの時は、急に天気が崩れて、一晩山小屋に泊まったんだっけな……んで、そこで見つけた謎の卵からアルバが生まれて……まあ、それはいいとして。

 その山小屋は、本当に簡単な作りで、最低限雨風をしっかり凌げればそれで、みたいな感じで作られていた。特別な素材も何も使われていない木造の小屋だ。
 設備も、火を起こせる暖炉といくらかの薪、それに毛布が少し、っていう程度の質素なもの。

 食料の備蓄も一応あれど、それだって干し肉とか、日持ちするものがいくらかって程度だっただろう……僕らが行った時は、住み着いたコボルド(討伐対象)に食われてなくなってたけど。

 山小屋の設備なんて、そんなもんなのだ。山で遭難した者や、急な天気の変化で雨宿りしたいと思った者が、最低限休める程度の設備しかないのが普通だ。

 いつ誰が使うかもわからない場所だし、手入れをするのも大変なはずだしね。

 けどこの山小屋は、そのへんを考えると……明らかに異常だ。
 この小屋は……いや、小屋って程もう小さくもないけど……まるで、ホテルだ。

 そこらの宿屋と比べてもかなり上のランクのそれに匹敵する設備の数々。
 数はそこまでないが、ベッドはふかふかだし、個室もある。沸かす作業は手動だけど風呂もあるし、食料も、日持ちするものばかりではあれど、そこそこの量の備蓄があった。

 さらに、使われている建材は、木材だけでなく、金属その他、割と貴重なはずのものまで随所に用いられているし……軽く調べてみた感じ、構造設計そのものにも並々ならぬ工夫がされている。獣の襲撃にも耐えられるよう強度は強く、しかし通気性は良好で湿気はこもらない。内部の熱が逃げにくく、しかし窓を開ければ換気は容易……夏涼しく、冬温かい、計算されつくした構造だ。

 他にも、屋内に組み込まれている形で井戸が設置されていたり、壁も戸も防音性能ばっちりだったり……こんな品質、普通の山小屋にはありえない。手入れの手間もどれだけかかるか……。

 おまけにこの山小屋……同じものがこの山にいくつもあるようだった。
 大体数kmの距離を開けて、散らばって点在するようにどこかしこに。まるで、どこで遭難してもいいように山全体に設置されてますと言わんばかりの……至れり尽くせりにもほどがあるだろ。

 そんな疑問について、タマモさんはニヤリと笑って、

「それも含めて、この後話すわ。そろそろだと思うんだけど……」

 と、その時。

 コンコン、と、扉がノックされる音がした。
 それをわかっていた、いやむしろ待っていたかのように、タマモさんはまた顔に笑みを浮かべ、何か言うよりも早く、イヅナさんが立ち上がって玄関に歩いて行った。

 そして、戻ってきた彼女は……見覚えのない……ような見覚えあるような、何か不思議な感じの見た目の女性を1人連れていた。

 一目見て思った感想は2つ。
 『奇麗』。そして……『場違い』だ。

 年のころは……20代後半から30代前半、だろうか? それなりの年齢ではあれど、肌には皺もシミもなく、色白で絹のように滑らかな肌が……見えている部分はわずかだけども、見て取れる。
 黒髪を頭の後ろで結い上げるような形にして、そこにかんざしを挿している。瞳は青色だ。

 大人の色気を漂わせたその人は……マツリさんほどじゃないにせよ、こんな山奥に何でこんなものを着てるんだ、ってくらいに、かなり重厚な見た目に見える着物に身を包んでいる。
 浴衣とかそんなレベルじゃない。本格的な……成人式レベルの、重そうな着物だ。

 ただ、その色は青や白といった、寒色系の寒々しいそれメインである。
 そして、そこに気づいた時に……僕がさっきちらっと思った、『見覚えあるような』の意味も知れたというか、納得がいった。

 あの着物といい、黒髪といい……似てるんだ、あの人に。
 こんな寒い土地で出て来たってところも含めて考えると……彼女の関係者か? 少なくとも、種族的には同じか、似たところだと思うが……

 その謎の女性は、『失礼いたします』と、軽く会釈をして部屋に入ってくると……座っているタマモさんと、一瞬視線を交わす。

 その直後、タマモさんが僕らに向けて口を開いた。

「紹介するわね皆。彼女は私の古い友人で、ミスズよ。皆も知っている私の側近・ミフユの母で……そして同時に、この『エゾ』の地を支配する、『八妖星』の一角でもあるわ」

「「「!?」」」

「ご紹介にあずかりました、『白雪太夫』のミスズといいます。イヅナさん以外の方々には、初めましてですね……娘ともどもお世話になっております」

 そう、ミスズさんは言って……育ちの良さを感じる、優雅な所作でもって、ぺこりと一礼した。


 ☆☆☆


 ミスズさんの種族『白雪太夫』は……一言でいえば、『雪女』の進化系らしい。

 長い時を生きた『雪女』が、自然と一体となるほどに純度が高い『妖力』を扱えるようになり、山の神に認められることで変質・進化して生まれる種族だとか……まあ、理屈は今まだよくわかんないけど、まあいいとして。

 その『白雪太夫』であるミスズさんは、この北海道……もとい、『エゾ』の地全体を支配するボスである、『八妖星』の一角であり、僕も何かとお世話になっているミフユさんの母親である。

 そして、どうやらタマモさんがこの山小屋に来たのは、彼女に会うためであるようだ。

 この旅の途中、あちこちで妖怪界隈のお偉いさん?に会って、色々と話とかしてるみたいだから……その一環だろう。

 しかしだとすれば、僕らはここいていいんだろうか、と思ったんだけど、

「構わないわ。むしろ、今回は皆にもこうして聞いてもらうために、ここに一緒に来たのだから」

「左様。もし、ミナト殿達には内緒の話であれば……最初から、主と拙者だけでここには来ているでござるよ」

 とのこと。なるほど、そう言われればそうだな。

「でも、ここに来るまでに何回か、同じような理由で別行動しましたよね? その時も、今回と同じように、『八妖星』……かどうかはわかりませんけど、妖怪のお偉いさんに会ってたんじゃ?」

「なのに今回は、私達が同席してもいい……お話を聞かせてもらえるほどには、私達を信用していただけた、ということですか?」

 と、僕と義姉さんが尋ねると、タマモさんは、

「ええ、そうよ。まあ、信頼もそうだし、他にも理由はあるけど……ただ単に、今まで会ってきた連中は、よそ者嫌いだったり、人間嫌いだったり、そういう意味でちょっと会わせたくない、会うと面倒ごとになる予感しかない、と思ったような連中ばかりだからよ」

「……どこの国、どこの業界も似たようなもんってことか……古いしきたりや価値観で凝り固まった連中がいるもんなんだよな、上の方に……」

 と、師匠。何だか昔を思い出しているかのような目になっていた。

「エチゴの『大天狗』殿に、エドの『大太法師』殿、トーノの『鎧河童』殿……あたりかしら? キョウからここに来るまでに会ったとすると。確かに、古参の大物ばかりね」

 うおー……また結構なビッグネームが出たり、逆にまったく初耳の種族名が出たり。
 『大天狗』と『大太法師』はわかるけど……『鎧河童』って何だろ?

「イコールで堅物になってしまいさえしなければねえ……その点あなたは助かるわ、ミスズ。色々な文化や価値観に寛容だし、連中みたいに頭も固くないから、話しやすいし」

「まだ年若いからかしらね? むしろ、新しいものや知らないことに興味がつきないわ。知っての通り私はここから動けないし、となれば、気が滅入る古臭いしきたりなんて、守っていても面白みも何もない人生になってしまうだけだもの。いつもそういう機会をくれるあなたには感謝してる」

 色々重要そうな単語が混じってたりもしたけど……要するに、僕らはこのまま同席していても問題ないわけね? ならよし。

 そして、話がちょうどよく切れたところで、『それで?』とミスズさんが切り出した。

「話は、貴方が事前にくれた手紙にあった……キョウの都で『ハイエルフ』とやらが暴れた一件、そしてそれに伴う『四代目酒吞童子』失踪の件、ということでいいのかしら?」

「ええ、そうよ。ちょっとした注意喚起と、協力要請ね」

 いきなり告げられた衝撃ワードに驚いている僕らに構わず……というか、理解するのを待たず、話は進んでいく。

 それを聞いて……その上で、今まで事前知識のなかった僕らが、最初から組み立てるような感じで現状を整理し、まとめてみると、次のような話になる。

 先に起こった『ハイエルフ』の一件。これについては今更思いだすまでもないので詳細は省くが……こいつらが乗っ取った際に、打ち取られた『酒吞童子』とその一派についてが問題だった。

 この『酒吞童子』っていう名前、どうも。血統に縛られない世襲制らしくて……ハイエルフ共に闇討ちで殺されたの、『三代目』の酒吞童子らしいんだよね。

 そして、タマモさんやミスズさんは、『初代』の代からその名前を持つ者達を知っており、交流……ってほど穏やかなものじゃないそうだが、関わりを持っていたそうだ。

 ゆえに、どんな奴だったかも知っていたし、簡単に話してくれた。

 そして面白い(?)ことに、その代ごとに、正確とか色々違うっぽいんだよね。

 『初代酒呑童子』は、その名の通り、初めて『酒呑童子』を名乗った鬼であり……『キョウ』の周辺の鬼を始めとした妖怪を束ねて一大派閥を作っていた存在だった。

 といっても、表立って領地を支配したりとかいう『権力』を求めるようなものではなく、簡単に言えば、伝承に伝わる『酒呑童子』とほぼ同じような存在のようだ。タチの悪い盗賊みたいな感じで、たびたび人里に現れては、食べ物や財宝、女を攫っていく無法者の集団。

 それが、およそ1世紀と少し前にこの国に現れた……本人曰く『流されて』来たタマモさんと出会ったことで、それは変わっていく。

 タマモさんがいつもの癖で、時の権力者たちに取り入り、国を裏から動かし始めた頃に両者は出会い……当初、初代酒呑童子は、タマモさんを攫って行こうとしたようだ。美人だもんね。

 だが、そこは準・女楼蜘蛛。黙って攫われるほど弱くはなく、抵抗しないなんてこともありえず……想定外の抵抗に驚いた酒呑童子とその手下たちは、完膚なきまでに叩きのめされて敗走することになる。
 
 それ以来、意地でもタマモさんを自分のものにしようと思ったか、あるいは恥をかかせてくれた彼女に報復しようとしたのか……何度も襲撃をかけて来たが、そのたびに追い返されてきた。

 そんな彼女の強さを見たことで、徐々にタマモさんもまた、酒呑童子すら倒すほどの強さを持った大妖怪――この頃はまだ、タマモさんは、妖怪じゃなくてただの獣人だ、って名乗ってたそうだけど――として名を知られ、妖怪の界隈でも強大な勢力を束ね、率いるようになっていく。

 しかし、そんな2人というか、2つの勢力は決着をつけることなく、ある日突然『初代酒呑童子』は、ある人間の英雄に殺されてしまう。
 それも、避けに毒を入れてのだまし討ちとかじゃなく……略奪を行おうとした際に、正々堂々と正面から戦いを挑んできた相手によって。

 その人間は、『ヨリミツ』と名乗っていたこと以外は、素性も何もかも全くの謎で……酒呑童子を倒した後も、例も受け取らず消えてしまったそうだ。

 その後、混乱の時期を経て『二代目酒吞童子』が襲名したが、この二代目はかなりの過激派というか野心家であり、タマモさんを倒して『キョウ』周辺の覇権を握る気満々だった。

 そのため、当然のように自分達『鬼』の派閥をまとめて彼女に戦いを挑む……かと思われたのだが、実際にはそれは実現することはなかった。

 というか、タマモさんと戦うこともなかった。

 いや、これは正確じゃないな……言い直そう。
 その『二代目』は、元は初代酒呑童子の部下、ないし側近だった人で、まだ先代が健在だった頃、先代に連れられて挑んだ戦いで、タマモさんと戦ったことはあった。

 タマモさん曰く、戦い方は違うが、その強さは初代と同等かそれ以上のものだったという。
 そんな奴が、兵士たちを率いて戦を仕掛けて来たなら……自身は負けることはなくとも『キョウ』はただでは済まなかっただろう、と言っていた。

 けど、彼自身が『二代目』を引き継いでからは、戦ったことはなかったそうだ。

 何でかって言うと、『キョウ』より前に、自信と同じく野心家だったらしい……当時、『エチゴ』の周辺を支配していた大妖怪『大天狗』との戦いになり……そこで、相討ち同然の結果になったからだそうだ。
 死にはしなかったそうだが、後始末を終えた段階で引退し、わずか数年という短い間の王座を、次なる『三代目』に譲った。

 その『三代目』は、打って変わって融和派・穏健派とでも言うべき人(鬼)だった。

 縄張りで起こっていたもめごとを、介入する形で解決した後……タマモさん達と、いわゆる『不可侵条約』を結び、それぞれ極力関わらないようにして、自分達の生活や価値観を大事にして……長いこと過ごしてきた。刺激しないように、互いになるべく会おうとせず。
 それが、『ハイエルフ』の一件を引き起こした原因の1つでもあるが。

 そして今、問題になっているのは……まだまだ襲名は先と目されていたものの、確かにいたはずの『四代目酒吞童子』だ。

 どうもこの四代目が、闇討ちの際の騒動に乗じてどこかに逃げ出した可能性があり……しかし、待てども一向にそいつが見つかる気配がないもんだから、嫌な予感がしているそうだ。

 ひょっとしたら、今はまだどこかで力を蓄えていて……復讐する機会を、あるいは他の何かを待っているのではないかと。

 例えば……どこかの勢力の力を借りて再起を果たし、今また、2代目の時みたいな『覇道』を歩むために、1つの勢力としてどこかに戦いを挑む……とか。
 単なる想像、それも最悪に近いパターンのそれでしかないが、可能性はなくはない。

 そもそも、まだ未襲名とはいえ『酒吞童子』の跡継ぎが……これだけ長い間、どこにも噂一つ立たずに行方不明なんて――死んだ、ってものも含めて、だ――それだけで異常事態らしいし……何か起こってからじゃ遅いかもしれない問題だ。警戒は必要だと言えるだろうな。

 そして、このことを今になって僕らにも話す形にしたのはなぜかと言えば……さっき話したように、信用できると判断したのに加えて……ここまでの旅で情報を集めた感じ、いよいよきな臭くなってきたからだそうだ。

 さっきは『単なる想像』とは言ったものの、タマモさんが感じている危険度は割と高いようだ。
 僕らにも何かあった場合に備えておいてほしい、ってわけね。そのための情報共有か。

「……率直に言うわ。もし、『四代目』が……『キリツナ』が生きているとすれば、その実力は間違いなく……単なる1人の鬼という程度ではありえない。まだ、三代目の『コードウ』が現役だった頃から、彼のことは知っているけど……当時から、才能溢れる、美味しそ……おほん、末恐ろしい子だと思ってたわ」

「おいコイツさらっと問題発言こぼしやがったぞ」

「タマモ……あなた、鬼の総大将の跡継ぎまで狙っていたの……?」

「……お得意だという、裏から支配してアレコレですかね?」

「いや、ただ単に情欲が向いただけでござろ」

「ていうか、不可侵条約結んでらしたんですよね?」

「本人の同意アリならセーフげふんげふん……あー、気を取り直して続けるわよ」

「セーフ?」

「アウトだろ」

「そこ、静かに!」

 なんかちょっとタマモさんの欲望が原因でシリアスが剝がれかけてしまった一幕があったものの……どうにか話を元のレールに戻すことに成功(無理やり)。

「四代目酒吞童子……『キリツナ』は、まだ交流を持っていた十数年前、既に戦士としても、術師としても、一角では収まらない実力を持っていたわ。最後にあった時で、十歳になった頃だったと思うけど……その頃すでに、都の一軍を屠れるほどの力を持っていたもの」

「その年でですか……!? それは……種族を差し引いても、相当な才覚ですね」

「……参考までに。その、都の一軍って、どのくらいの戦力だと見れば?」

「そうね……まあ、人数……よりも、相対的な強さで表したほうがいいか。とすれば、ミナト君達にもわかりやすく……冒険者ランクでいうところの、A……いえ、たぶんAAくらいよ」

「…………!」

 (大陸出身者には)余りにわかりやすく示されたその情報に、師匠を除く全員が息をのむ。
 その師匠ですら、それを聞いて『ほぉ』と驚いたように、目をわずかに見開いていた。

 10歳で、AAか……有体に言って、化け物だな。

 久々に、冒険者ギルドのランクのおさらいでもしてみようか。
 ギルドにおけるランクは全部で10段階あり、最下級がF、最上級がSSだ。
 
 AAは……SS、S、AAAと降りてきて、上から4番目にあたる。

 簡単に説明するなら、AAという領域は、凡人が努力で埋めようのない天賦の才を持ち、かつ、それを不断の努力によって大成させ、万人に認められるレベルの『達人』の領域に到達した者……という評価だったはず。
 それを……わずか10歳の少年がとなれば、そりゃ化け物と評されるのもむべなるかな、だろう。

「……お前も大体そのくらいの年にはそのくらい強かったよな?」

「え、師匠何で知って……母さんにそんなことまで聞いてたんですか?」

 まあ僕もそんな感じではあったけど。

 10歳の頃って言うと、僕は……危険度AAの『グラドエルの樹海』にて、生態系の頂点(母さんとそのペット達除く)に立てるくらいには強くなってたから、まさにそのくらいだろう。
 AAA寄りのAA、って感じだったかな。

「ですが、それはつまり……その『四代目』の鬼とやらは、成長途中までとはいえ、ミナトさんと同じレベルの強さないし成長速度を持っていた……ということになるのでは?」

「……そう聞くと、ちょっと危機感湧いて出てくるわね」

 と、ギーナちゃんと義姉さんが言う。
 まあ、そういう見方もできるか……こりゃ確かに、油断はできない案件だな。

 もっとも、それ以降どういう成長をしたかっていうのは、誰にも分らない。すなわち……10歳の頃はともかくとして、今どのくらい強いかわからない。
 それもまた、問題の一つなわけだ。

 ガンガン強くなったかもしれないし、逆に弱くなった、あるいは対して伸びていない可能性も……いや、後者は考えづらいか。

 ハイエルフ共に家と仲間を奪われた身で、いつか報復、あるいは復権を夢見て立ち上がるとするなら……むしろその経験をバネに、一層上を目指すはずだしな。
 それこそ、死に物狂いの鍛錬で自分を高めることすら十分あり得るだろう。

 逆に、戦意喪失して引きこもって堕落する可能性もなくはないだろうけど……タマモさんの過去話聞いてる感じだと、なさそうだな。中々に強気ないし過激思想だった気配がするし。

「当時すでに、年齢を考えれば破格……どころではない能力を持っていた。あの『ハイエルフ』達とて、1人2人なら相手をすることも可能だったことでしょう。そんな彼が、怒りを力に変えて、この十数年を雌伏の時として考え、力を蓄えていたとしたら……その力は、私の側近クラス……いいえ、それを超えて、『八妖星』の喉元に届くほどになっていたとしても、可笑しくはない。私は、そう考えているの」

 だから各々、警戒を続けていってほしい。
 そう、タマモさんは締めくくった。


 ☆☆☆


 無事にミスズさんにも協力を取り付けることができ……会談は終了。

 その後しばらく雑談とか世間話して時間を潰し……もう時間も時間なので、今日は予定通りここに一泊して、明日の朝出発しようという話になった。
 外はもう暗いのはもちろん、結構風が出てて、吹雪になってて進める状態じゃないし。

 ただ、そんな状態でも、『雪女』系の種族にとっては問題でもないらしく、ミスズさんはそのまま帰るとのことだった。ここには泊まらずに。
 この程度、ちょっと視界が悪いだけで……寒いのはむしろ、寒ければ寒いほど強く、調子が良くなるから問題じゃないって。……種族ゆえの特性とはいえ、すごいな、雪女。

 そこまで考えて、ふと、さっきまで思っていた疑問について、ついでに聞いてみた。
 タマモさんも『それも含めてこの後話す』って言ってたし……なんでこんな豪華な山小屋があちこちに、至れり尽くせりな設備で置いてあるのかと。

 そしたらミスズさんとタマモさんは、なぜかニヤリと、女の色気を感じさせる、妖艶な笑みを浮かべて……

「そうね……ミナト君、うちのミフユから聞いたことないかしら? 私達『雪女』の一部は、大陸で言うところの『夢魔』に似た生態を持ってるって」

「え!? あ、いや……それはその、確かにありますけど、何でそんな話…………あ゛」

 そこまで聞いて……ふと、理解できた。できてしまった。

 確かに以前、ミフユさんは『雪女』の生態の1つについて……『夢魔』のように、男性の『精気』を好んで吸う者がいると言ってた。

 その際、冬山で遭難して、生命の危機に直面してハイになった状態の男性のそれが一番おいしいとか、遭難者を助けて『吸わせて』もらう代わりに、温かい寝床や食事をきちんと用意して、体力が戻って元気になるまで看病までして、無事に人里に帰る所まで面倒見てあげるんだとか、そんな生々しいルールまで合わせて……ここまで考えればもうわかっただろう。

 この、というかこれらの山小屋は全て、この山に住む雪女たちが共同で運営・管理している。
 その理由は、遭難者を救助するためであり……その際、アレやコレなことをして、お目当ての『精気』を吸わせてもらうため、その後元気になるまで休んでもらうためである。

 つまりここ、それ用の……その……避難所兼、連れ込み宿ってことになるのだ。
 だからあちこちにある上、こんなに快適な設備揃えてたのね……生々しいけど、妙に納得できた。



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「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

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