魔拳のデイドリーマー

osho

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第399話 効果と舞台裏

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「……ったく、人の弟子にいらんこと教えやがって」

「あら、意外ね? あなたにとっても割と未知の術だから、むしろ嬉々として興味を示すと思ったのに……『房中術』。教えてあげましょうか?」

「別にいい。横から見てて大体わかったからな。……まあ、興味深い術であることは認めるが、仕組みを解析しちまえばどうってこたねえ、単なる活性化だな。お手軽かつ効率的ではあるが、それだけだ」

「? その言い方……やっぱり、もう既にそういう系統の術……いや、というよりは薬かアイテムかしら? すでに開発してるの?」

「全部だ。魔法も、魔法薬も、アイテムも……全部、似たような効果のものなら開発済みだよ。ま、この旅の最中はどれも『ルール』に抵触するから使えねえけどな」

「あらあら……流石はマッド師弟ね」

「まあ、それらと比較して……費用対効果って意味で一番いいレベルのものではあることは認める」

 ミナトが、ギーナとサクヤ、そしてシェリーを回復させたのと同じ夜。
 クローナとタマモは、タマモの部屋で晩酌がてら、そんな会話をしていた。

 どうやら、それぞれ買って持ち寄ったらしく、卓上には酒瓶がいくつも並んでいる。
 よく見ると、大陸産の酒……ワインやブランデーなども混じっている。クローナが持ち込んでいたものを放出したのだろうと推測できる光景だ。

「もともと、筋力トレーニングの効果を落とさずに回復を早める方法ってのは、俺はもちろん弟子も早い段階で研究進めてたからな。体を活性化して同時に栄養も必要量補給する魔法薬や、液体の魔法薬を気化させて、それを寝ながら吸引できるカプセル型ベッドとか、色々ある」

「流石ね……でも、そんなあなた達の発明品よりも、『房中術』は効率はいい、と?」

「絶対値的な回復速度ならいくらでも上を行けるが、事前準備も何も必要なし、身一つでやれる上に、魔力や霊力の消費もほとんどなしとなれば……まあ、『手軽さ』って面では負けるな。なるほど……感情の高揚を利用するってのは盲点だったわ。うん、いい知識を仕入れられた」

 話している内容が内容にも拘らず、見事に色気も何もない調子で話すクローナに対して、ため息をつくタマモ。

 だが、もともとこういう性格だと知っているゆえに、特に気にすることはない。すぐに『まあいいか別に』と納得して、女2人で晩酌を続ける。
 その途中、簡単なつまみを買ってイヅナが帰宅してからも、しばらく穏やかな時間は続いた。

 しばらくして、もうすぐ日付も変わるという頃になり、そろそろ寝たほうがいいか、とタマモが思い始めた頃、ふと思い出したように、クローナが言った。

「……あーそうだ。なあタマモ、ちょっと聞きたいっつーか、確認したいことがあんだがよ」

「? 何?」

「ちっと変なこと聞くかもしれねーんだが……お前、うちの弟子の顔に見覚えとか、あるか?」

「は?」



 クローナの説明を含めた質問を、タマモは『不思議なこともあるものね』などという感想を抱きながら聞いていた。
 もっとも、クローナ自身、また聞きによって知った話ではあるのだが……

 曰く、元『女楼蜘蛛』メンバーの中に、どこかでミナトを見た覚えがある(気がする)という者が何人かいる、とのこと。

 6人いる元メンバーのうち、アイリーンとテレサは、初対面のはずのミナトのことを『どこかで会ったことがある気がする』と言っていた。
 しかし、それがいつどこで会ったのかは、どうしても思い出せない、とも。

 次いで、エレノアとテーガンは……『言われてみればそうかも』というレベルであるが、やはり会ったことがあるかもしれない、とのこと。
 こちらはアイリーンとテレサよりさらに不確かで、あるかないか、どう感じるかもあやふやだが……フィーリング的には確かにそんな気がする、という回答だった。

 そして、残るクローナだが……彼女自身は、そもそもミナトがリリンの『テスト(2回目)』で大怪我をした時に、その治療のために一度会っていたため、ミナトのことは当然知っている。ミナトが独り立ちするより前に、封印された記憶の中で既に会っていたのだから。

 ただし、それ以前、ないしそれ以外の場で会ったことがあるかと聞かれると、こちらは全く身に覚えがない。断言できるほどに。
 正真正銘、あの時が初めてだった、と断言できた。
 
 そう、クローナは語る。
 
 ちなみにクローナは、リリンにも同じことを聞いていた。
 
 母親なのだから『見覚えある』も何もないだろう、という話にはなるのだが……もしこれが、『女楼蜘蛛』が現役時代に、よく似た人物を見たことがある、というような話であれば、リリンが覚えているかもしれない、と思ったために。

 しかし残念ながら、リリンもそれは全くわからないとのこと。
 記憶にないのもそうだが、そもそもミナトについては生まれた時からずっと一緒にいて面倒を見ているから、いまさら似た人物の顔を思いだそうとしても難しい、ということだった。

 クローナもその時は、無理もない、と納得して、それ以上聞くのはやめた。

「なるほど……アイリーンとテレサは『会ったことがある気がする』、エレノアとテーガンは『見覚えあるかもしれない』、クローナとリリンは『覚えてない』『わからない』か……」

「まあ、単なる他人の空似とか、気のせいとかじゃねーかとも思うんだけどよ、なんか妙に気になってな……で、どうだタマモ、昔の記憶で……あいつに会ったような覚えとか、あるか?」

 その問いに、タマモは『うーん』と腕を組んで考え……しばらくの黙考の後、

「……記憶の限りでは、ないわね、見覚えは」

「そうか」

「まあ、面影で言えば、リリンに似てなくもないとは思うけど……。でも、自分で言うのもなんだけど、私、人の顔と名前を覚えるのは割と得意な方なの。だけど、彼に見覚えはないし……ちょっと採点甘く、あるいは緩くすれば、似た顔の人は何人かいたかもしれないけど……」

「つまり、どっちみち『見覚えある』とまで言えるレベルじゃねえわけだな。わかった。悪ィな、変なこと聞いちまってよ」

「そんなのは別に全然かまわないけど……ああ、そうだ、せっかくだしクローナ、私もあなたにひとつ聞いていいかしら?」

「? 何だよ?」



「クローナ、あなた……ミナト君のこと好き?」



「…………は?」



 そう、タマモが聞くと……クローナは、しばらくの間、何を聞かれたのかわからないという風に、まるで『一時停止』のボタンを押したかのように硬直した後……かあっ、と顔を赤く染めて、常の冷静さが全く感じられない様子で取り乱し……

 ……たりすることもなく、終始『何言ってんだこいつ?』とでも言いたそうな、不思議そうな、あるいは『何を聞かれたのかわからない』という顔のままだった。

 しばらくその顔を見つめていたタマモだったが、取り乱す様子もなく、また動揺をごまかしているのでもない……というのを悟り、はあ、とため息をついて視線を反らした。

「……その反応を見る限り、なさそうね。うん、わかったわ」

「……いやお前、聞かれたこっちの方が戸惑ってんだが……いきなり何聞いてんだよ、それ? つか、一体何でんなこと思った?」

 その問いに、タマモは少し考えてから、簡潔に答えた。

「……強いて言うなら……勘、かしら」

「ほー……さよかい、お前の勘も鈍ったもんだな」

(鈍った……のかしらねえ……?)

 呆れた様子でクローナにそう言われたことに、いまいち納得いっていない様子のタマモだが、実際、今もこうして観察してみていても、クローナは全くそのことで態度に微塵の動揺も見せない。
 正にというか、全くの的外れな予想で、かすりもしていない……といった感じの反応である。

「いやまあ、1から10まで勘だけが根拠、ってわけでもないのだけどね? ほら、150年前のあなたを知ってる身からすれば、考え方が気に入ったからで、師弟関係だからといって……男性を近くに置いて親しくしてるなんて想像もできなかったもの。加えて、なんだか今日、ミナト君が『房中術』であの子達を治療するために別室に泊ることになって、なんだか面白くなさそうにしてたから、ひょっとしてずっと一緒にいる中で……なんて思ったのよ」

「逞しい妄想力だなオメーは……俺は別に男嫌いってわけでもねーんだから、きちんと自分が納得した上でなら、弟子にも取ってるんだし避ける理由も何もねーだろ。それに今日はまあ、確かにちと面白くなさそうな顔はしたかもしれねーけどよ……お前それただ単に、一緒に旅してる面子の一部がいきなり別室で乳繰り合いだしたから、どう反応したらいいかわかんねーっつーか、単に気まずいだけだっつの」

 と、反論されてみればもっともな理由である。

 特に後半に関してはぐうの音も出ない。
 確かに言われてみれば、そんなことになったら、一緒にいてなおかつその輪に入っていない者としては、唖然として終わるのを待っているほかないだろうし。
 それこそ、『こんな時に何やってんだ』と呆れを感じながら。治療行為だとわかっていても。

 ……もっとも、そして好意的に思っている子が相手なら、自分やリリンなら、そこに突撃していって加わるかもしれないとも思うタマモだったが。

「おい、何考えてるか大体わかるぞ、色ボケ狐」

「酷い言われようね……まあ、反論できないことを考えてたことは認めるけど……あーあ、はずれちゃったか……もしそうだったら面白そうだなと思ったのに」

 そんな、享楽的なことを言いながら、ぐいっと酒を煽るタマモを見ながら、『変わらねーなこういうとこは』とクローナは思いつつ……ふと、改めて頭の中で、ミナトのことを思い描いた。

(俺が、あいつを……ねえ……)

 確かに自分は、その他大勢の何でもない男たちに比べれば、好意的な感情をミナトに向けているかもしれない。そしてそれは何も、研究やら何やらの分野に限った話ではなく、プライベートな意味でもそうだと言えなくもないだろう。

 だが、そういう信頼や親愛かもしれない感情とて、特別に何か劇的なきっかけがあって芽生えたわけではない。
 自分が弟子にとり、戦い方やモノづくり、研究などについて教えるうちに、その真面目に学ぶ姿勢や、磨けば光る有能さを見ていて、見どころのある若者だと思えたからだ。

 実際、ミナトが何人もの女性と男女の仲になっていることは、当然クローナは知っているし、なんならそのうちの1人であるシェリーは、何を隠そう自分の屋敷で、自分が稽古をつけている期間に結ばれた間柄だ。

 そして、その後押しをしたのは、他ならぬクローナである。

 あの時のことは、クローナ自身も今でもはっきり思いだせた。

 『デイドリーマー』の殻に閉じこもり、フィルタ越しに世界を見ていたミナトは、自分に対して他者が……特に女性が好意を向けてくれるなどということが思いつかず、また自分がその、仲のいい女性たちに対して抱いている思いを自覚できなかった。

 それをあの日、風呂場で、半ばショック療法に近い形で自覚させたのがきっかけ。
 結果、見事に1つ彼は殻を破り、『覚醒』に至ったと同時にシェリーとも結ばれたわけだが……その時も、さらにその後、ナナやネリドラと結ばれた時も、特に嫉妬も何も感じはしなかった。

 今でもクローナは、ミナトのことを考えて……一般論としては、男性として魅力的な部分は多々あるのだろうとは思えるが、自分が彼を恋愛対象として見られるかと思うと、どこか上滑りするように、そうは思えないと感じていた。

 これは、人間としてミナトを好意的に思えているのであって、男女の情ではない。
 そう結論付けて、クローナはタマモと同じように、酒を喉の奥に流し込んだ。

(……つーかそもそも、俺って別に男嫌い、ってわけじゃねーはずなんだが……生まれてこのかた、一度も誰かに『恋愛感情』ってもんを抱いたことがねーな。ま、別にいいんだけどな、興味もねーし……そもそも、俺にこの先そういう異性が現れるなんぞ…………ん?)

 結論付けたはいいが、ふと思ってしまったことに対して、クローナは何となく考えて……

(恋愛感情……誰かを、異性として好きになったこと……今までに……)

 ふと、そこがなぜか頭に引っかかって、

(………………ねえ……よな?)

 しかし、答えは出なかった。


 ☆☆☆


 何事も食わず嫌いはいけない……ってことなのかな。

 外聞や第一印象、世間一般の評価……そういうもんを必要以上に気にしてると、目の前にある、いつでも手に入れられたはずの宝物を見逃してしまう、なんてことが、世の中にはざらにある。
 昨日、というか今日、それを僕はまた1つ思い知っていた。

「すげー……全っ然疲れない」

「ほんとほんと、すっごいのね『房中術』って!」

 今日もまた、時速50kmくらいで走ってるところなんだが……昨日までと違う所が1つある。
 体にみなぎっている活力。これが段違いだ。

 理由は言うまでもない。昨日、必要に迫られる形で……しかし、結局ガッツリとやってしまった『房中術』だろう。体を活性化させて疲労を取り、筋肉その他を修復させ、『超回復』を起こして、翌日に疲労を残さないための方法。

 もともとシェリーとはそういう仲だってこともあって、今言った通り、手と手を合わせてだの、腕を組んでだのではなく、本来のやり方でガッツリやったわけだが……それによる疲れはもちろんのこと、昨日の疲れも微塵も残らず、今朝は元気いっぱいで目覚めることができた。

 それどころか、逆に活力がみなぎっているとすら言える状態だ。しかも、それが持続していて……こうして走ってても、全然疲れない。

 昨日までは、まあさすがに走る距離が距離、スピードがスピードだし、ちょっとずつではあれ、足腰に疲れがたまってくるのは感じていたんだけど……今日はこのとおりだ。

 全く疲れないわけじゃないが、気にならない。
 疲れた端から回復して万全に戻り、またちょっと疲れて、また回復して……って感じ。

 これひょっとして、『超回復』とか、まだ続いてる?
 それとも、そもそもの自然回復力が強化されたのかな?

 おそらくじきに元に戻るとは思うけど……やばいな『房中術』。
 昔から連綿と受け継がれてきただけあって、外聞とかはともかく、ないがしろにはできない。ガチで有用だよこの技術。

 ちなみに、同じく『房中術』で回復措置を施したギーナちゃんとサクヤもまた、昨日までの疲れが全く残らず、朝起きると活力がみなぎっている状態だった。

 しかし、どうやら、接触控えめ、時間短めでやったからか、僕やシェリーみたいに『持続回復』みたいな効果までは発揮されず、あくまで完全回復どまりだった様子。
 ……それだけでも十分すごいけどね。2人も驚いてたよ。

 なお、2人のこの状況が、僕がこの『持続回復』状態はいずれ収まるだろう、って判断した根拠というか、理由でもある。

 うん、これならばっちり残りの日程も乗り切れそうだな。

 行くとこまで行かなくても、触れ合って使う程度でも、翌朝の運動に差し障りないレベルまで回復するってことはわかったわけだし……これでギーナちゃんとサクヤも心配なし、かな。

 シェリーは……まあ、一度味を占めちゃったからには、今後もそうする必要が出てくるだろうけど……それは別にいいな。僕もその……嫌じゃないし。

 ただ、心配というか気になってる点が2つ……

 タマモさんとイヅナさんが妙に機嫌よさそうな点と、師匠がなぜか少し機嫌悪そうな点だ。

 タマモさん達は……恐らくは、僕が『房中術』を使ったってことがわかったからだろうな。
 それも恐らく、シェリー相手に、本来のやり方で。
 からかいのネタを見つけたからか、はたまた別の理由か……

 そして、師匠の方は……何で機嫌悪いのかわからん。
 こっちも房中術絡みか? ……けど、僕がそれ使って、何で師匠の機嫌が悪くなる?

 師匠が僕のことを好きで、やきもち焼いてるとか……は、いくらなんでもありえん。
 僕が鈍感で、『デイドリーマー』だってことを差っ引いてもありえん。

 というかむしろあの視線は、僕が何かしたっていうより、僕関係で何か考え事をしてて、その結果機嫌が悪くなりつつある、みたいな感じだと思う。
 僕を見てるようで見てない。頭にあるのは、その向こうにある何か……『課題』みたいなもの。その答えが、考えても考えても出てこない、みたいな感じの目に見えた。

 ……ま、多分害はなさそうだし、気にしなくていいか。
 一応、いつまでも続くようならそれとなく聞いてみよう。

 ともあれ、これで全員でこの修行を完遂する目途は立った、かな。いい回復技を習得できた。
 この技能自体のポテンシャルについても、今後研究していくこととしよう。



 ……そんな考えが、まだまだ甘いものだったと僕らが知るのは……もう少し後のことだった。



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