魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第384話 伝説VS準伝説

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 今僕は、異空間にいる。

 こないだ『ハイエルフ』との戦いで使った、『隔離空間』である。
 内部で大規模な戦闘を行っても、周囲の建物とか地形、無関係な人たちに被害が行かないようにするために開発した術式だ。

 僕はそれを、『ハイパーアームズ』になって、全力で展開している。
 胸に装着している『魔法式縮退炉』に加え、空間の補強ないし強化用に用意しておいたブースト用アイテムと、外付けの小型魔力炉まで使って。

 え、何でそんなレベルまで強化するのかって? お前は一体何と戦おうとしてるのかって?

 いや、その……戦おうとしてるのは僕じゃなくて……

「えー、それじゃあこれより模擬戦を始めます。僕も全力で結界張りますけど、メンツがメンツなのでどこまで耐えれるかは正直不安です。ヤバそうだったら止めるので従ってくださいね」

「さぁて……1世紀以上ぶりだな、鈍ってねーかどうか見てやるよ、タマモ」

「ふふっ……お手柔らかにお願いね、クローナ」

「ねえ聞いて」

 この2人だよ。



 話は今朝、師匠から『タマモと模擬戦してーから『異空間』頼むわ』っていきなり言われた時に遡る。いや、びっくりしたなあ……あの時は。

 けどまあ、驚きはしたけど別に止める理由もないかな、と思って、詳しい話を聞いた。

 師匠だってたまには体を動かしたいだろうし……そういう時のことも考えて作ったのが、この『隔離空間』の術式なわけだからね。
 まだまだ未完成な部分とかもあるから、あまり負荷がかかりすぎると壊れるかもしれないレベルだけど……。

 で、詳しく聞いてみたところ……いや、別に詳しく聞くほど事情無かったんだけどね。
 ただ単に師匠が体を動かしたくなったのと同タイミングで、タマモさんもそう思ってたらしくて……なら久しぶり(一世紀以上ぶり)にやるかってことになったらしい。昨日の夜に、酒の席で。

 で、その頃には僕もう寝てたので、朝イチで師匠が言いに来たと。

 朝ごはんを食べた後、見学は自由ってことで有志を募って……結果、ほぼ全員見物することになったんだけども、その全員で、都からかなり離れた場所の、何もない荒地に場所を移した。
 その上でさらに僕が『隔離結界』を張ったわけだ。

 『隔離結界』の中なら何しても大丈夫だとはいえ、さっき言ったように未完成の術式である。師匠クラスが本気で暴れると壊れるかもしんないし……そんな時、街中でやってたら大惨事である。結界の外に攻撃は飛び出して、町が……なんてことにはしたくない。

 なので、あらかじめ荒地に場所を移した上でさらに『結界』を使うことにした。
 こうしておけば、もし結界が壊れて外に攻撃が飛んでいっても、壊れるのは荒地だ。
 最悪でも、この周辺の地形がちょっと変わるだけで済む。

 ……うん、変なこと言ってんのは承知だけどもね?

 ともあれ、そんな感じで師匠とタマモさんの模擬戦が始まり、僕らはそれを観戦しているわけなんだが……何て言うか、その……

「これはちょっと……参考にならないわね」

「そーね……レベルが違いすぎるわ」

 そう、呆気にとられた様子でつぶやくエルクと義姉さん。
 その視線の先には……まあ、言うまでもないだろう。

 そこには、形容しがたいほどの『力』と『力』がぶつかり合っていた。

 片方……タマモさんは、いつもの和服ではなく、動きやすそうな道着袴に着替え、手には薙刀を持ち……凄まじい速さと勢いでそれを振るっている。
 刃には炎が纏わりついていて、斬撃と同時に高熱と爆風を叩き込んで追撃できる仕様のようだ……僕の『焔魔橙皇エンマダイダイオー』に近いな。おそらく、こっちの方が強力だけど。

 それのみならず、同時にいくつもの炎系の術を発動させて、攻撃に防御に使っている。一発でも当たれば、いやその余波だけでも、並の人間なら一瞬で消し炭であろう威力だ。

 そしてもう片方の師匠は……見たことない武器で戦ってるな。
 見た目は、棍か杖、って言えばいいんだろうか? 槍みたいに長いけど、先端に刃はついてなくて……振り回して打撃で戦う感じだ。

 ただ、相当に頑丈なようで……タマモさんの爆炎の乗った薙刀の連撃を、傷もつけず、曲がりもせずに受け止めてさばいている。そして時折飛んでくる火炎弾とか火炎放射を、そのひと振り、あるいはひと突きで爆散させている。

 その攻防があまりに間断なく行われているせいで、爆炎の中で2人がすごい速さで切り結んでいるように見える……いや実際にそうなんだけどさ。
 まるで、1秒間に何十発も手榴弾が爆発している中で戦っているような……

 その爆心地――そう表現するのが妥当だろう――で、当の2人は涼しい顔で目にもとまらぬ攻防を繰り広げていて……その様子を、ありえないものを見るような目で見ているギャラリー一同。

「はっ、何だよ真面目に訓練は続けてたらしいなァ!? 鈍ってねーどころか、あの頃より強くなってんじゃねーか、タマモよぉ!?」

「当然! そこがどこだろうと、ただ悲嘆にくれて歩みを止めているような女じゃないわよ私は! この100年間、新たに学ぶことができた『陰陽術』や『妖力』の扱いも交えて、欠かさず研鑽を積み重ねて来たんだから……ねッ!!」

 言うなり、タマモさんはそこから素早く飛び退り、距離を取る。
 と同時に、懐から取り出した何枚もの紙……おふだを放り投げ、それに火が付いた。

 その中から、体が炎でできた狐が何体も姿を現す。
 あれがタマモさんの式神、か。いかにも『九尾の狐』の眷属っぽい奴だな。

 そいつらはまるで猟犬みたいな獰猛さを見せ、勢いよく師匠に飛びかかっていくが……棍のひと振りで全部消し飛ばされてしまった…………と、思ったその時、

 揺らいでそのまま消えるかと思っていた『炎の狐』達は、そのまま体を再形成して師匠に飛びかかる。

 師匠はそれに驚いた様子ではあったが、次の瞬間、棍をプロペラみたいに高速回転させて再度吹き飛ばすと同時に、暴風を発生させてその残骸である炎ごとさらに散らして吹き飛ばし、その上で飛び退って距離を取る。

 が、そこに暴風を突っ切って距離を詰めるタマモさん。
 中断に構えた長刀を横凪ぎの軌道で振るう……かと思われた次の瞬間、とんでもない熱エネルギーが、彼女の持つ薙刀の刃に込められていく。

 ――シュバッッッ!!

 爆発音や破裂音とは違う……『燃焼音』って言うんだろうか?
 ガスに引火して勢い良く燃えた時のような音がして、同時にすごい光が斬撃と共に放たれる。

 一瞬の後、そこには……腕に深い切り傷と火傷を負った師匠がいた。

(……っ……!? 師匠が、傷を……!?)

「痛って……くそ、思ったより威力あるな」

「あら、思ったより切れたわね……大丈夫、クローナ?」

 薙刀を振りぬいた直後、素早く距離を取って離れたタマモさん。

 目の前に広がっている光景に、皆、絶句している。

 タマモさんの側近5人は、それぞれぱっと見の態度は違うけど……皆、『さすがタマモ様!』とでも言いたげな、タマモさんを賛美するような目になっているのがわかる。

 一方、師匠の強さとその過去の経歴を知っている僕ら『邪香猫』関係者は、それまで無敵を誇っていた師匠が手傷を負ったというその光景を、信じられないものを見る目で見ていた。
 そしてそれには、僕も含まれる。

 僕が知るかぎり、『EB』ほどじゃないにせよ、『吸血鬼』の強靭な肉体を持っている師匠が戦いで負傷するなんて場面、見たこともなかったから……これはちょっと衝撃的な光景だ。

 腕の半ばにまで刻まれているその傷は、斬撃と同時に高熱が叩き込まれて焼かれたためだろう、流血はしていない。しかし、どう見ても重症である。人間なら、文句なしに勝負あり……いや、致命傷になってもおかしくないレベルの大傷だ。少なくとも、すぐに手当てしなければ危ないだろう。

 もっとも……『人間なら』だけども。

「どうする? 結構な大傷だと思うけど……降参するかしら?」

「ハッ……わかってることをわざわざ言うんじゃねーよ。くくく……やるようになったな、タマモよォ……存外嬉しいもんだ。かつての教え子が、こうして俺に食らいつくくらいになってくれるってのはな……」

 そう、呟くように言う師匠の顔は……いつだったか見た……そう、彼女が僕を弟子に取った時にも見た、あの獰猛な笑顔になっていた。

 そして、そんなことを言っている間に……師匠の腕の傷は、まるで早回しみたいに、見る見るうちに塞がっていき……しまいには、痕も残さずなくなってしまっていた。

(『吸血鬼』の能力……超高速再生能力。今まで、師匠がケガするってことがなかったから、何気に初めて見るけど……すごいな。生半可な傷じゃ、すぐ再生してダメージ足りえないんだ)

 それを見てまた驚くギャラリー一同。
 一方、タマモさんはわかっていたようで、『やっぱりか』とでも言いたげな顔になって苦笑していた。しかし、微塵も怯んだり動揺する様子はなく、薙刀を構え直す。

 しかし、さっき刃に込めたエネルギーが強力すぎたのか、先端についていたはずの刃は消えていた。多分、熱に耐えきれず溶け落ちちゃったんだろうな。

「おいそれどーすんだ? 武器変えるか?」

「ご心配なく、この程度は予想してたから」

 言うなり、タマモさんはまたそこに熱エネルギーを収束させていき……まるで、SF映画かロボットアニメで出て来そうな、光の刀身を形成した。
 アレ、明らかにさっきまでの金属の刀身より危険だな……本気モードってことか。

 恐らく、見ている全員がそう感じ取っただろう前で、タマモさんはそれを構えなおして、再び師匠にかかっていこうとして……



 ――その瞬間、戦場全体に凄まじい圧力が充満した。



「……っ……これは……!」

 それはまるで、いきなり重力が増したような……あるいは、酸素が薄くなったような、重苦しさや息苦しさを、僕ら全員にもたらしていた。
 じとっと冷汗が流れ、呼吸が乱れるのがわかる。

 この感覚……知ってる。
 ほんのわずかな間だけど、味わったことがある。以前……師匠との模擬戦の場で。

 けど、その時よりもずっと……空気が、きしむように重い。
 だとすると、これはやはり……。

(師匠が、臨戦態勢に入った……!)

 恐らくは初めて見るであろう、師匠の戦闘モード。

 ほとんどいつもと同じ姿だし、何か特別な武器を取り出したってわけでもない……けど、いつもとは決定的に違っている部分が1つ。

 目だ。

 いつもは髪と同じく、黒に近い藍色の目が……血のように赤く染まっていた。

 それ以外はいつも通りだが……今の師匠には、射程圏内に入ったらその瞬間バラバラにされてしまいそうなほどの『危険さ』が感じ取れる。
 触れてはいけない、近づいても行けない……そんな、災害にも等しい空気。

 それを前にしても、冷汗こそ流してはいるものの、タマモさんは一歩も引かず……力強く地面をけって、その懐に飛び込んでいった。



 1分後、決着はついた。
 当然、と言っていいのかわからないが……勝ったのは、師匠だ。

 さっきは深々と切り傷を刻まれていたタマモさんの一撃を、あの見るからにヤバそうな光熱の刃を、素手でバキィン、と粉砕したり、

 ぶぉん、と空中をひっかくようにして放った真空波で、爆炎を消し飛ばしながら攻撃したり、

 タマモさんが放つ、ともすれば戦略級の威力がありそうな火炎の術の数々を、ことごとく正面から、自分も色んな魔法を使って相殺、あるいは消し飛ばして無効化し、

 終わってみれば……文句のつけようがないほどに、完全勝利である。
 
 これでもまだ、師匠は本気じゃないだろうが……その一端は知ることはできた。
 これが……女楼蜘蛛。ランクSSの、生ける伝説……!

 完敗したタマモさんはしかし、少し悔しそうにしていたものの、納得していたというか、スッキリした表情になっていた。スポーツとかの正々堂々の勝負みたいに、全部出しきって負けたみたいな感じに見えた。

 それも原因かもしれないが、タマモさんの側近の5人も、特に何も面白くなさそうにとかはしておらず……素直に師匠の強さを称賛していた。

 もちろん僕らも、初めて見る『伝説』の領域にしばし呆気にとられつつも、素直にその強さを称賛させていただいた。
 また一つ、彼女の偉大さというものを、そして、目指すべき頂点の世界というものを知ることができた、見ている僕らにも有意義な時間だった。









 ……有意義な時間だったんだからさあ、そのまま終わろうよ……

 何で…………

「よし、弟子。次、お前行け」

 何で、こう、なるの!?



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