魔拳のデイドリーマー

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第18章 異世界東方見聞録

第376話 『土蜘蛛』サクヤ

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 害虫駆除もとい、ハイエルフ退治を終えたわけだが……1人残らず全滅させてしまったので、流石にちょっとロクスケさんに文句言われました。

 うん、一応指名手配犯みたいな扱いだもんね……流石に全部消し飛ばしたのはまずかったか。
 死人に口なし。聞くことも聞けなくなっちゃったからな。

 幸いなのは、もう残党も含めて全員消したって、自白剤とヒナタさんの読心尋問のコンボで確定していることと、必要な情報はもう全部尋問で集まってるってことか。形式的に尋問はしたかったようだけど、別に何も聞けなくなってても大丈夫だった。

 ……ただ死ぬだけじゃなくて、全員もう何か跡形もなく消し飛ばしたからな。骨の欠片も残らないくらいに……最後の方の『ネプチューンフォルム』の一斉掃射が原因。多分。

 けどまあ、下手に手加減とかして隙を見せると、そっちの方が危険な連中だってロクスケさんやオサモトさんたちも認識はしていたため、そこまで強くは言われなかったけど。
 やっぱり、あの夜の戦いでの惨敗がまだ糸引いてるんだろうな。

 なお、タマモさんにも多少お小言は言われたものの、どっちかっていうと彼女、『女楼蜘蛛』寄りの感性をお持ちの人だ。
 必要であれば政治的な判断やものの考え方もできるんだろうが、事前に僕、残党とか出てきたらどうします?って聞いてたんだけど、その時の答えはこうだった。

『聞くことは全て聞いたからどちらでもいいわ。捕らえられればそれでよし、無理そうだったり、生かす価値がないと思ったら消しなさい』

 とのこと。
 お小言も、捕縛できるできないじゃなくて、感情で動いた部分を指摘されてのことだし。

 ちなみに、同じことを師匠に聞いたら、

『あん? 殺っていんじゃね?』

 これだけでした。
 同意だけど。

 さて、ことの顛末に関しての説明はこんなもんとして……もう1つ、後始末というのも何だが、やっておくべきことがある。


 ☆☆☆


 大掃除(意味深)から一夜明けた今日、僕らの屋敷にて。

 全員が集まってご飯とか一緒に食べられる大広間に、僕ら『邪香猫』関係者に加え、タマモさんと、付き添いで来たミフユさんにイヅナさんが、卓につく形で集まっていた。

 そして、その全員の視線の先にいるのは……今日の主役(?)とも言うべき、サクヤさんである。
 俗に言う『お誕生日席』の位置……しかし、上座ではなく下座側に1人、正座してついていた。

 今日の話は、彼女のこんな言葉から始まる。

「ミナト殿。昨日は、危ないところを助けていただき……さらに、皆の敵を討ってくれて……ありがとうございました。胸のつかえが1つ、取れた気がします」

 そう言って、一礼。

 少しして顔を上げた時、見えた彼女の目には……もう、少し前までには見られた、暗くて淀んだ闇みたいなものは、すっかりなくなっていた。

 この時点で、彼女がこれからどうするつもりなのか……少なくとも、『どうするつもりがなくなったのか』は見てとれる。この、生気に満ち溢れた瞳を見れば、

 どうやら、同じことをタマモさんも思ったようで、

「……今日、確認しようと思っていたのだけれど、その必要はなさそうね。サクヤ、貴女が一昨日言っていた腑抜けたセリフは、撤回ということでいいかしら?」

「はい。……七転八倒した末にではありますが、心も決まりました。一族でただ1人、生き恥を晒している若輩の身ではありますが……拾ったこの命、捨てずに燃やしていこうと思っております」

 一昨日は、『死にたい』って死んだ目で言っていたサクヤさん。

 けど、その後のサクヤさんのお説教に加え、昨日のギーナちゃんとの模擬戦、その中で思いだしたらしい、仲間や家族たちとの思い出や修行の日々、それらを胸に据えてじっくり考えて……このまま命を捨てていいのか、と改めて自分に問いかけたそうだ。

 そしで出した結論は、今言った通りだ。

 死にたいってのは取り下げ。撤回。彼女はこれからも、自分一人になってしまったとはいえ、精一杯この国で、この世界で生きていく決心をした。
 今日は、それをみんなで確かめるために……彼女からすれば、それを宣言するために、この席を設けたという形である。

 ……ただ、その説明の中で、ちょっと気まずいというか、微妙な空気になったのが……僕が彼女達に代わって、『ハイエルフ』共をぶっ飛ばして仇を討った時の話になるんだけども。

 どうもサクヤさん、この考えをまとめたのが、昨日の夜になってかららしいんだけどね?
 冷静になって、一人でじっくり考えて、そうして決めたらしいんだけどね?

 ……その冷静になった理由と言うか、そうなる前段階が……

 なんか、僕が『アクエリアス』で保護していた時に彼女に見せたハイエルフ相手の戦闘があまりにも衝撃的で、しばし何も考えられなくなってたそうで。
 横で一緒に見ていたギーナちゃん曰く、終始唖然としていて、顎が外れそうなほど口を開けて驚いていた、とのこと。

 ……まあ、『フォルムチェンジ』6つも使って、色んな属性の色んな技と色んな武器でド派手にやった上に、最後だけとはいえ『アルティメットジョーカー』まで使ったしな。
 勢いと見栄え重視であったとはいえ、いやだからこそ、インパクトは特大だったろう。

 ……あれでも、隔離空間壊さないように加減はしてたんだけど……。

 この辺でエルク達が『わかるわかる』『初めてはそうなるよね』みたいな視線をサクヤさんに向けていたり、僕に『ちょっと加減しれ』みたいな視線を向けたりしてたけど、それはおいといて。

 一旦何も考えられないくらいいっぱいいっぱいになり……一旦頭の中が空っぽになった。
 結果として、それで何か、逆に心に余裕ができたらしい。色々と考える余裕が。

 ……うん、結果オーライ。異論は認めない。
 それできちんと、こういう望ましい結論を出せたわけであるからして、細かいことはいつまでもアレコレ言っているのは無益であると判断します。

 そんな感じで説明を終え、最後にまた一礼したサクヤさんに向けて、タマモさんは微笑んだ。

「男子三日会わざれば、という格言があるけれど……当たり前だけど、女だって負けてはいないわね。よくぞ、このわずかな間に、その目に光を取り戻したわ、サクヤ」
 
 彼女がサクヤさんに向けるまなざしは、この間あれほど苛烈で容赦なく、威圧感すら感じるほどの𠮟咤を放っていた時とは全く違い……すごく優しくて、温かくて、安心するようなそれ。
 見るもの全てを安心させるような微笑みは、慈しみに満ちている。

「それでいい。悲しみと苦しみに心を閉ざし、己の未来を捨てることは簡単よ。だが、それではその先にあるものを手にし、己をより高みに押し上げてくれる機会は、永遠に失われてしまう。以前に、考えを押し付けるつもりはないと言いつつ、あえて言うけれど……あなたはそんな終わり方をしていい女ではない。悲しみすら糧とし、立ち上がり、這い上がってほしいと、私は思っていた」

「乗っかるような感じで悪いけど、僕も同感。そもそも、もったいないと思ってたからさ……あの耳長の粗大ゴミ共のせいで、サクヤさんが自分で自分の未来を、可能性を閉ざしちゃうなんて。はっきり言って、サクヤさんの命も心も、ましてや未来も、あんな連中の命やら何やらとは到底釣り合わないもの。犠牲にするべきじゃない、あきらめるべきじゃない、どうにかして助かってほしい……って、正直思ってた。その役に立てたかどうかはわかんないけどね」

 と、続く形で、僕も素直に思う所を口にする。

 乱暴な言い方になるけど、あんな連中の我欲やら選民意識のせいで、未来まで含めてサクヤさんの人生が台無しになるなんてこと、認められない。認めたくない。

 だから、助けを求められれば……できる限りのことはしたいと思っていた。
 それが、単なる自己満足や、上から目線の同情かもしれないとは思いつつ……一旦そう思っちゃうと、中々気にしないでいるのが難しいってのは、僕の悪い癖だなと思う。
 
 それでも、それは偽らざる本心であるのも事実。
 だから、こういう結果というか、サクヤさんがこういう形で決心してくれたこと自体は、僕はもちろん歓迎させてもらおうと思う。

 エルク達も、ミフユさんやイヅナさんも、そしてもちろんギーナちゃんも……気持ちは同じだ。

 それら全員の気持ちを代弁し、またそうして締めくくるように、タマモさんは口を開く。
 ただし今度は、さっきまでの微笑みを消し……あえてだろう、口を真一文字にして、目に強い光を宿し、気迫を感じさせるほどの真剣な表情で、

「これから先、貴方を待っているのは楽なことばかりではない。辛いこと、苦しいこと、逃げ出したくなるようなことも数多くあるでしょう……だが、それで歩みを止めてしまっては、そこで成長はとまる。あなたの命の、いえ、貴方自身の価値が決まってしまう……恐らくは、不本意な形でね。それが嫌なら、戦うしかない。命の価値を、自分で決めるしかないの」

「私の……命の、価値」

「襲い来る苦難に、あきらめて膝をつくか、それを乗り越え、逆に糧とするか……いずれまた選択を迫られるでしょう。けどあなたならば、そのたびに自分を強くする選択肢を選んでいけるだろうと、私は期待するわ……あなたの仲間たちが、命がけで未来を託したあなたならね……サクヤ」

 一言一言、諭すように言うタマモさん。
 それを噛みしめるように聞いているサクヤさんだったが……全て聞き終えたところで、気になったことを我慢できなかったのか、タマモさんに尋ねていた。

「タマモ様は……どうしてそこまで私に目をかけてくださるのですか?」

「?」

「私は……卑下するような言い方がご不快でしたら申し訳ありません。タマモ様からすれば、たまたま目についただけの、単なる死にたがりの小娘に過ぎなかったはずです。なのに、特につながりもない、放っておいてもいいような小娘を、あのように叱咤していただいて……」

 まあ確かに、縁もゆかりもない赤の他人が、ネガティブな発言をしてたところに現れて、まるで親がするみたいに𠮟ってくれた上に、その後……さっきは、あんな風にやさしく、しかし真剣さや厳しさもきちんと含んだ感じで諭してくれたってんだから、そりゃ戸惑いもするわな。

 今日び、そんな誰にでも親切な人なんて、そうそういないだろうし。

 それに、これはサクヤさんは知らないことだけど……タマモさん、単なる貴人とか見なりのいいだけのご婦人とかそんなレベルじゃなくて、この国の裏の支配者だからね。
 サクヤさんはどうやら、貴族のご婦人とかみたいに認識してるようだけども。

 ……正体知ったらびっくりするどころじゃないだろうな……

 というか、サクヤさんに限らず、そんな事実を知ったらびっくりするどころじゃないだろう。
 僕はなんか、なあなあでタマモさんのこと普通に受け入れたというか、受け止めちゃってるけど……師匠とか母さんの関係者ってことでちょっとハードル下がってるし、そもそも僕、王族とか貴族とか、そのへんの知り合い割と多いからな。メンタルが強くなった……と言えるんだろうか?

 その辺はさておき、質問されたタマモさんは、少し考えるような仕草を見せてから、

「……今のあなたなら、大丈夫でしょう。ついてらっしゃい」


 ☆☆☆


 タマモさんに連れられて連れていかれたのは、軍の屯所……から少し離れた所にある、証拠品とかを保管している施設だった。

 そこで、かなり奥の方の、人気のないエリアにタマモさんは、僕らを連れて入っていく。
 当然のように顔パスである。色々と、あらかじめ根回しとかしておいたのかも。

 そして、たどり着いた部屋で、僕らを待ち受けていたのは……少々、刺激の強いというか、何と言うか……一言で言えば、『重い』光景だった。

「……これは……」

「一度、あなたには見せているわよね? あなたの、仲間たちよ」

 そこにあったというか、安置されていたのは……骨。白骨である。
 明らかに人骨とわかる形状をしているそれは……今、タマモさんが言った通り、サクヤさんの『仲間たち』の骨だそうだ。例の洞窟の中で見つかった、人質たちの成れの果て。

 夥しい白骨死体の中で、なぜこれらが彼女の仲間たちの骨だとわかったのかには、理由があるんだけど……今はそれは置いておこう。

 最初に告げられた時以来、2度目の再会を果たすことになったサクヤさん。
 2度目でもやはりショックを隠せない感じだったように見えたけど、それでも、少し目を潤ませつつも、彼女はきちんと亡骸に向き合っていた。

 しゃがんで、手を合わせ、冥福を祈る姿勢を取る。
 この世界でも、やっぱり日本式のこのお祈りのポーズはまんまみたいだな。

 暫くそうしていて……手を放して、その後もう少しの間、サクヤさんはまた亡骸を眺めていた。

 きちんと供養……っていうと大げさかもしれないけど、彼ら、彼女らの死に向き合うことができたようだけど……このためにタマモさん、彼女をここに連れて来たのかな?
 けどそれが、どうしてサクヤさんを気にかけた理由につながるのか……と思ってたら、

 亡骸を見ていた僕とサクヤさん、2人がほぼ同時に、あることに気づいた。
 いや、サクヤさんが気づいたっていうのは、反応を見てそう思っただけなんだけども。

 ご遺体の白骨のあちこちに、傷があるものがある。

 いや、小動物や虫に荒らされたたわけだし、丁寧に保管もされずに、洞窟内とはいえ野ざらしだったわけだから、小さい傷なんかは無数にあるんだけど……いくつかの死体に、明らかに人為的なものと思しき傷がある。
 あれは、刃物だな。それも、あの角度や深さ、傷のつき方からして……戦闘による痕跡か?

 しかしそうしてみると、あちこちに……これってひょっとして……

「……気が付いたようね。そう、これらの亡骸は、見分の結果……どうやらその殆どが、戦闘の末になくなっているものがほとんどだったの。加えて、そうでないものは逆に、不自然なほどに骨がきれいに残っていた。恐らく、戦闘でも処刑でもない……あれは、自決したことによるもの」

「戦闘に、自決って……まさか……!」

「ええ、恐らくは……彼ら、彼女らは、最後まで自分達の意地と誇りを通したのでしょう。人質として、奴隷としての扱いは受けないと、『ハイエルフ』達に使われるつもりはないと……そして同時に、人質として貴女の足を引っ張ることになるのを嫌ったのよ、サクヤ。あなたに言うことを利かせる人質にならないため、戦えない者は死を選び、戦えるものは最後まで抗った。それが……」

 それが、このご遺体の痕跡。
 これを見たからこそ、タマモさんは……彼ら彼女らが、そんな覚悟をしてまで守ろうとした、未来を託そうとしたサクヤさんを、知っていたわけだ。

 もっとも、ハイエルフの連中の悪知恵のせいで、結局彼女は、いない人質に縛られることになってしまったわけだけど……そこは流石に気にしても仕方がないだろうな。

「……だから私は、個人的にも、あなたには負けてほしくはなかったのよ。こんなにも、命がけであなたのことを思ってくれている仲間たちを持ったあなたが、ハイエルフの仕打ちなどで心折れ、歩みを止めてほしくはなかった。その程度の心だと、この程度で捨ててしまえる命だと、思ってほしくはなかった……不謹慎かもしれないけれど、改めて今、私は安堵しているわ」

 タマモさんがそう言っているのを聞いた後、サクヤさんはあらためて手を合わせて祈っていた。

 たっぷり十数秒もの間、そうしていて……ひとすじ、頬を涙が伝って落ちた後、サクヤさんはタマモさんに向き直って、深く頭を下げた。

「……教えてくださって、ありがとうございました。正直、この身に余るほどの、仲間たちの思いと期待に、気後れしている部分がないとは言えません。この未熟な私に、それほどの……仲間達が命をかけて、未来を守ってくれただけの価値があるのかと、そう思ってしまいます」

 タマモさんは、表情を変えずに聞いている。笑うこともせず、責めるような目つきもせず、憐れむこともせず……ただ聞いている。
 そして、サクヤさんは『ですが』と続ける。

「生意気ながら、たった今決めました。今はまだ若輩の身ではありますが、この先、私は歩みを止めることなく歩き続け、上に上がっていってみせると。仲間達がこうまでして支えてくれたこの命……この先何があろうと無駄にはしない。いつの日か、皆が懸けてくれた命に報い、そして胸を張れるような私になってみせると……! 死に別れ、今生で会うことはできずとも、皆の思いはこの胸に留め、背に背負い、一族全てに誇れる私であろうと思います!」

 ――パン!!

 何の音かと思ったら……どこからか取り出した扇子を、タマモさんが勢いよく開いた音だった。

「よくぞ言った! それでこそかの『土蜘蛛』の一族の末裔よ、サクヤ!」

 扇子の先?頭?を、指差すようにサクヤさんに向け、タマモさんはよく響く声で言う。
 その顔は……何て言えばいいんだろう? 喜びだけでなく、様々な感情が込められているような気がする。

 獰猛な笑み、とでも言えばいいのかな……? 横で見ている僕らにも、歓喜、激励、期待、称賛その他色々なものが伝わってきて……さらには、その笑みやいでたちを射ていると、存在感や威圧感、畏怖や……覇気みたいなものすら感じられる。

 そう、例えるならまるでこの光景は……偉業を成した、あるいは大きな壁を乗り越えた部下やら家臣を称賛し、褒め称える上司……いや、むしろ王であるかのような、そんなイメージ。
 カリスマ、って奴か? 人の上に立ち、人を導き、引っ張っていく資質。所謂、王の器。

 何となくだけど、これが、これこそが彼女の……タマモさんの本質というか、本当の姿であるような気がした。何でそう思ったのか、上手く説明はできないけど。

「かつてあなたの一族は、我ら朝廷に仕えることを良しとせず、長きにわたり独立不遜を貫いてきた。『酒吞童子』の一味と同盟を組んだのも、似た志を持っていたがゆえと聞く。そのことに責を問うつもりはないが、なればこそ、あえてなびき群れることをせず、茨の道と知りながら歩み続けるその鉄の心は今もまた健在であると、こうしてこの目でまた見れたことを嬉しく思う!」

「…………!」

「ならば、この『九尾の狐』を前に切ったその啖呵、決して違えることのないよう心せよ! 今、お前はこれまで戦い続け、そして散っていった一族全ての思いを背負っている! それを知って、なお歩み続けると誓ったならば、決して折れず曲がらず歩み続けよ! いつの日か、土蜘蛛の一族ここにありと、天上天下に轟かすその時にまで! このタマモ、その記念すべき第一歩を踏み出した瞬間に立ち会った者として、その栄誉を悦び、その時を誰よりも心待ちにしていよう!」

 ……すげえ。
 なんかもう、すごいとしか言えないけど。とにかくすげえ。

 歌舞伎やテレビ時代劇の一場面でも、ここまでの迫力あるシーンは見られないだろう。

 上から目線なのに、全然偉そうな感じと言うか、鼻につく感じがしない。
 むしろ、さっきちょっと言ったように、王直々の激励に心震える戦士、ないし騎士みたいな……そんな場面に立ち会ったような感じを、今の僕は覚えていた。わかりにくくてごめん。

 感極まったようにも、激励を受けて一層気を引き締めたようにも見えるサクヤさんは……こっちも気のせいかもしれないが、武士、ないし侍の顔をしているように見えた気がした。

 タマモさんの言った通り、1人の女武者の目覚め、ないし歩み始めの瞬間に立ち会ったような……そんな気分だ。こっちまで。


 ☆☆☆


 そして、その後のことである。
 サクヤさんも無事に、自殺なんてものを考えることはなくなり、僕らやギーナちゃんに対して、あらためて『これからよろしくお願いします』って言ってた。
 もちろんというか、こちらこそこれからよろしくである。

 ただ、その後もう一波乱……
 ……いや二波乱、いや三波乱くらいあった。ちょっとした出来事が。

 まず1つ目。
 その場の雰囲気にのまれて、その時すぐには気づけなかったというか、指摘できなかったことなんだけども……さっきの激励シーンで、タマモさんが何気に初めて名乗ってたことに、その後少ししてサクヤさんが気づいた。

 さっきも言ったけど、タマモさんが何者であるかというその正体を、彼女は知らなかった。せいぜい、政府の高官かあるいはその婦人、女貴族くらいに思っていただろう。
 サクヤさんを保護したりとかいう一連のことには、タマモさんは直接は関わってなかったはずだし。イヅナさんは動いてたそうだけどね。

 けどさっきの言葉と、その後の話で、タマモさんの正体が、大妖怪『九尾の狐』であり、さらにはこの国の裏の支配者であるということが明らかになって、サクヤさんは仰天した後平伏してた。
 ただし、媚びる感じとかは微塵もなくて、ただ単に偉い人が目の前に居て恐縮してる感じだった。

 例えるなら、天下の副将軍様が印籠を出した時、その場にいる全員が当然のように平伏するかのような、そんな雰囲気。
 こんな所でも武士感出してたな、サクヤさん。

 波乱2つ目。
 そのサクヤさんですが、我が家に来ました。
 我が家っつっても、借りてる屋敷だけど……ここに、護衛兼奉公人として住み込みで。

 なんでも、ギーナちゃんという仲のいい相手がいて、訓練とかをすることもでき、さらに普通にはない経験ができる場所ということで、タマモさんが提案してきたのだ。
 まあ、特に僕は反対する理由はないし、OKさせてもらった。
 奉公人として――家政婦、ないし使用人みたいなもんだとして考えればいいようだ――きちんと仕事はしてくれるようだしね。その合間に、ギーナちゃんと話したり、模擬戦に混じったりするくらいなら、特に何の問題もない。

 ……それ以外にも、近くにいてくれたほうがいい理由があるしね。
 え、どんな理由かって? それはね、3つ目の『波乱』に絡んでくるんだよ。

 で、その3つ目だけど……全部の話が終わった後、サクヤさんから、1つ頼み事をされたのだ。

「ミナト殿。……私のような無位無官の小娘が、どころかこれから奉公人としてお世話になる身でありながら、厚かましいことを承知で、1つ相談というか、お願いがございます……!」

「いいよ」

「はっ、実は……え? あ、あの……まだ何も言っていないのです、が?」

「……予想つくからね。『腕』の件でしょ?」

「……! ……お見通しでしたか」

 そういうこと。
 こないだ、ネリドラにね、聞いてたんだ。彼女の『腕』のことは。

 僕は実際にと言うか、直接見たわけじゃないけど……何か、歩き方とか動き方がおかしかったり、ギーナちゃんとの戦いの際に動きに変なラグがあるような気はしてた。
 それで僕としてもむしろ、そこを『治してあげたい』と思ってたところだった。

「聞くよ、その『お願い』。もちろん、謝礼だの代金だのはいらない。僕自身、やってあげたいと思ってるからね、今」

「えっ、し、しかし……いやもちろん、お気持ちは大変嬉しいのですが、さすがにそういうわけには……」

「いいのいいの。僕が好きでやるんだからコレは。あ、師匠はどうします?」

「やる」

 と、一言。
 顔には、笑み。ほほう、どうやら割と、いやかなりやる気というか……むしろ、気に入ったのかな? サクヤさんのことが。

 タマモさんが気に入った娘だから、っていうのもあるかもしれないけど……師匠も実は、こういう自分の意見をはっきり持ってる子、好きな部分あるからな。
 権力が絡んできたり、自分に迷惑が及ぶ場合はその限りじゃないが。ま、それは僕も一緒か。

 その師匠は、タマモさんの方を一瞥し、一瞬だけ視線を交わして、すぐに外していた。
 今の一瞬で何をやり取りしたのかねえ……百年来の親友同士で。

 まあそれはいいとして、僕はこうして、サクヤさんの『治療』を請け負った。
 僕と師匠、さらにネリドラとリュドネラも加わって……邪香猫の医療メンバーフル稼働だな。まあ、内容が内容だから当然とも言えるけど……大仕事になるぞ。

 何せ、今から僕がとりかかる仕事ないし『治療』とは……


欠損した腕・・・・・の再生……不治の病の時を思い出す大仕事だな、こりゃ)


 ☆☆☆

 
 話は……自殺未遂のサクヤさんを、ネリドラ達が介抱して着替えさせた時にまでさかのぼる。

 あの時、ネリドラから聞いて僕も知ったんだが……当時、彼女の背中には、4つの大きな傷跡があった。肩甲骨のあたりに左右2つと、わきの下のあたりに2つ。
 それは、十分な手当というか、外科的措置が施されたとは思えない、酷い傷跡だった。

 ……これ、思い出すだけでまた嫌な気分になるのでアレなんだけどさ……。

 そう……これも全て、あのハイエルフという名のゴミクズ共の仕業なのだ。

 サクヤさんの種族『土蜘蛛』は……本来、腕が2本ではなく、6本ある。
 そして、四肢ならぬ『八肢』を有し、致死性の猛毒と、獲物を縛る糸を操る力を持つ。
 正に、蜘蛛の特徴をその身に宿す妖怪……というわけだ。

 しかし今現在、サクヤさんの腕は2本しかない……その意味、もうお分かりだろう。

 人質を取ってサクヤさんを従えさせたまではいいものの、そんな対応の仕方をしたんだから、当然サクヤさんが快くあいつらに仕えるわけもなく……言うことは聞いても、態度も視線も刺々しいままだった。

 それに気を悪くし……加えて、人質にしていた残りの『土蜘蛛』達が歯向かって噛みついてきた――その際、少ないがハイエルフにも死傷者が出ていたらしい――こともあって、腹を立てていたあいつらは、その分の鬱憤をまとめてサクヤさんにぶつけた。

 『その6本の腕が気持ち悪い』『その姿を見ると忌々しい蜘蛛共を思いだす』と……そう言って。

 ……ここまで聞けばもうわかっただろう。この傷が何を意味する傷なのか。
 そしてさっきも言った通り、なぜ彼女に、腕が2本しかないのか。

 切り落とさせたのだ。あのクズ共……サクヤさんに、腕を……2本残して全部。
 肌や目の色はともかく、形だけでも人間に近くして、『土蜘蛛』のことを思いださないようにするためと……その生き残りであるサクヤさんをいたぶって苦しめる意味も込めて。

 それからずっと、サクヤさんは苦しんできたのだ。

 『土蜘蛛』の証である多腕を奪われ、その奪った相手に仕えなければならないという苦痛を抱え……しかし、人質がいるために逆らうことはできない。

 そんな地獄のような環境で、何年も……本当に、よく耐えたもんだ。

 幸いと言っていいのか、それについてはサクヤさんは、仲間の仇も含めて、僕が代わりにハイエルフ共に思い知らせてくれたから、今はそこまで辛くは思っていないとのことだった。
 それに加えて、こうして腕もよみがえったことだしね。

 ……うん。あいつらは許しがたいというか……もうそろそろ見敵必殺認定してもいいだろってくらいに腹立つのは変わらずだけど、そういうつらい思い出を吹っ切るのはいいことだ。

 忘れろとは言わないから、ちゃんと前を向くようにはしないとね。あんな連中のために、足踏みして前に進めないなんてのは、もったいないことだし。

 で、だ。
 彼女に、その失った4本の腕の復元を、僕は頼まれた。

 というのも、せっかく旧友と再会できたんだからってことで、ここ最近、師匠とタマモさんはよく一緒に飲んだりして会ってるんだよね。普通に友達付き合いみたいな感じで。

 で、そんな中で、タマモさんは師匠から、僕がいわゆる『再生医療』にカテゴライズされる内容の研究を進めていて、ある程度形にしつつある、っていう話を聞いたらしい。
 師匠もまあ、なんでピンポイントでそんなことを……酒に酔ってぽろっと漏らしたのか、それとも確信犯でわざと教えたのか……

 まあ、いいか。タマモさんなら、そんなに知られても困るとかいう相手じゃないし。
 師匠や母さんたちが信頼してる人なら大丈夫だろう。むしろ、そんな人から、僕が役立てる分野で頼ってもらえたってのは、どっちかっていうと光栄だし、嬉しい。

 そのタマモさんから、サクヤさんに話が行ったわけだ。僕なら腕を治せるかも、って。

 そうして今日、僕は彼女に依頼されて……『腕の再生』を引き受けた。

 そして、今日の午後から、早速治療を始めることになった。



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