魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第374話 後始末、開始

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 ギーナちゃんとサクヤさん、徒手空拳VS二刀流の戦いは、大変見ごたえのある試合だった。

 メタルモードで全能力がガン上げされているギーナちゃんは、当たれば一撃でノックアウトになりそうな威力の拳や蹴りを次々繰り出し、それらが空を切る音だけでも並の奴ならビビッて逃げ出しそうな気迫だったし、

 対するサクヤさんは、扱う刀が2本に増えたってのに、刀裁きは速さ、鋭さ、鮮やかさ……そしてもちろん威力も、どれ1つ落ちていない……どころか、むしろ増しているように見える。ギーナちゃんの拳を受け流し、文字通り返す刀で斬りつける。

 恐らくだけど、サクヤさんは本来こういう戦い方が得意なんだろうな……
 多分だけど、ああなる・・・・前から……

 その試合だが、どっちが勝ったかというと……決着がつく前に、途中で中止になってしまった。

 何でかと言うと……途中まではホントに見ごたえのある、見事なバトルが繰り広げられていて、最初からいたシェリーや義姉さんたちはもちろん、僕やエルク、さらに途中でやってきたネリドラやザリー、オリビアちゃんも感心して観戦してたんだけど……

 その途中で、サクヤさんが泣き出した。

 最初は、ちょっとだけ、つつーっと頬を伝って涙が流れる程度だった。
 その時もギーナちゃんがびっくりして、一旦試合止めて『大丈夫ですか!?』って確認してた。

 けど、別にどこかケガしたとかそう言うわけじゃないようだったので、そのまま続けて……けどやっぱり途中で泣き出して、しかもそれがどんどんひどくなり……ついには崩れ落ちてしまった。
 そのまま、滂沱のごとく流れる涙。持っていた刀すら手から落とし、もうどう見ても戦闘継続不可能、って感じで……あえなく中止、ってことになったのだ。

 結局そのまま、今日は帰って休む……ってことで、ギーナちゃんが送っていったんだが……その帰り際、少し落ち着いた様子のサクヤさんが、その理由を教えてくれた。

 思いだしちゃったんだそうだ。昔の……お仲間さんたちとのことを。

 2本の刀で繰り出す見事な連続攻撃。
 攻防に隙のない太刀さばきは、やはり幼い頃からの鍛錬で培われたものだったそうだ。

 もっとも、最近はある理由でその技を披露する機会はほとんどなく……ハイエルフの奴隷だった頃は、暗い中でも見える目の他、彼女の種族特有の様々な技能を生かし、隠密やら偵察として働かされていたそうだから。

 けど、ギーナちゃんとの正面切っての模擬戦の中で、久々に『今の』全力で二刀を振るい……徐々に昔の感覚がよみがえってきて、どんどん技を取り戻していき……しかし同時に、その技を身に着けた、訓練の日々の記憶もよみがえってきた。
 もう二度と会うことは叶わない、仲間や家族たちの顔も、それと一緒に思いだした。

 それで、我慢できなくなって泣いてしまった、とのことだった。



「にしても……今回のはアレね。ギーナちゃんがファインプレーだったわね」

「ファインプレーって……泣いちゃってましたけど? アレでいいんですか?」

「いいのよ……アレも、生きる気力を取り戻すためには必要なことだから」

 と、エルクの疑問に答える形で義姉さんは言った。
 どこか……遠いところを見ているような目で。

「ちょいセンチな言い方になっちゃうけどね……悲しい気持ちを乗り越えるには、自分の中の悲しい気持ちそのものと一旦きっちり向き合わなきゃいけないのよ。そんでその後、涙できちんと洗い流して、泣いて疲れた分、落ちこむついでに心と体を休めて……そこまでワンセット。それでようやく、人ってのは前に進む準備が整うの」

 そう語るセレナ姉さんは……まるで、何かを……そう、例えば、自分の過去を思いだしているような雰囲気を纏っていた。サクヤさんの気持ちを、よくわかっているような、物憂げな表情で。

 ……そういえば、義姉さんは確か、僕の兄の1人……『ゴート・バース』っていう名前の兄さんと、寿命の差が原因で死に別れてるんだよな。
 ゴート兄さんが人間だったのに対して、義姉さんはハーフエルフだから。

 もしかしたら、その時のことを思いだして……っていう感じか。
 思えば、ギーナちゃんがサクヤさんとの模擬戦を言い出した時も、何かを理解したような、あるいは期待するような目で見てたっけ。こうなること、わかってたのかな?

「そこまでは言わないけどね……ただ、近い結果になることは予想してたし、期待してたたわ。もっと単純と言うか、直接的で無理やり極まりないプロセスだけどね」

「……? 具体的には?」

「訓練で汗流して……を通り越して、限界ギリギリまで体を酷使して、休憩もとらないで、もう何も考える余裕がないくらいにまで追い込むのよ」

 何、その昭和の運動部のかわいがりみたいなの(偏見)。
 え、そんな何かもしかして、根性10割みたいな感じでぶっちぎるとかそういう?

「違う、本番はその後。余計なことを考える余裕がないレベルまで思考能力を落とさせて、その状態で質問するの。『本当に死にたいのか』とか、その辺をね」

「ああ……それで、よけいなこと考える余裕がないから、そこでボーっとした頭で出て来た答えがその人の本音だ、っていう……?」

「意外と使えるのよ、この方法。ついてこれる体力があることが前提になるけどね。おまけに、休憩して水分摂って、体が休まって余裕が戻ってくると、徐々に自分で自分が言ったことが頭に染み込んでくる感じで理解できてきて……自覚する助けにもなるっていう効果もあり」

 へー……まるで経験談見たく語るなあ、義姉さん。
 いや、十中八九そうなんだろうな。こんだけ具体的に語れるってことは。

 おそらく、軍人自体の体験をもとにした訓練法、あるいは自分でもその訓練法をやったことがあるか……もしかしたら、それを使って指導する立場にも立ったことあるのかも。

「ちなみに、きちんとギリギリを見極める観察眼とか、加減がわかってないとコレ、タダ危険なだけだから、見様見真似で真似しちゃダメよ? 私かイーサあたりがついてる前でないと」

「しないって、そんなこと……見てないし結局」

 この言い方だと、自分でやったことも、自分がやらせたこともある感じのようだ。

「まあでも、コレ使って自分の中の悲しみを無理やり自覚させると、荒療治に荒療治を重ねるような形だから、あんまり好ましくはなかったんだけどね……やらなくてよくなってよかったわ。というわけで、ギーナちゃんファインプレーだったわけ」

 それは確かにね。限界まで疲れた後に悲しい気持ちになって……って、その後すっきりするとしても、疲れるだろう、心身共に。

 でも確かに、一回きちんと悲しみに向き合って思いっきり泣く、ってのは必要だっただろうな。

 本か漫画の受け売りだったと思うけど……『泣きたいときに泣いておかないと、泣けなくなる』って前に聞いたことがある。
 サクヤさんは、自分が『泣きたい』と思ってることすら認識できないぐらいに、一気に心が疲弊して落ち込んでたから、まずはそこをわからせる必要があったわけだな。

 そういう意味では、ちょうど同じくらいの実力だったっぽいギーナちゃんとの模擬戦は、互いが全力で戦うことで、忘れていた技術やら何やらを徐々に思いだす結果にもなったようだ。
 偶然だろうけどね、大部分は。

 これをきっかけに、前を向いて歩いて行けるようになってくれるといいんだけど……

 ――――! ――――!

「……!」

 聞こえて来たその音に、僕は思わずしかめっ面になる……を通り越して、

「……ちょっ、ミナト君!? 何いきなり殺気だしてんの!?」

 と、シェリーをはじめ、僕の周囲にいたメンバーが、突如として体から殺気を放ちだした僕に驚いて後ずさったり、のけぞったりしていた。

 ……驚かせてしまったことには後で謝るとして、今は……

(この、せっかくいい感じで話が進んでいきそうな時に……余計なことを画策してるかもしれないバカ共を処理しないとだな……)

 左手薬指の『指輪』。その中に収納されながらも、今さっき僕にある合図を送ってきた、新しい発明品。その稼働が何を意味するのか、を考え……僕は、静かに怒りを燃やしていた。


 ☆☆☆


「すいません、結局、最後までご迷惑をおかけしてしまいまして……」

「気にしないでください。もとはと言えば、私の提案に付き合っていただいたことが原因ですから」

 ミナト達の滞在している屋敷からの帰り道。
 ギーナとサクヤは、まだ昼前だと言うのにくたびれた体で、サクヤ達が暮らしている被害者達用の施設

 2人は、それまでよりもだいぶ距離が近づいたような印象を受ける。あくまで関わるのは仕方なくだとでも言いたげだった、今朝までのサクヤは、もうそこにはいなかった。

 無論、まだ彼女の心の底には悲しみが根強く残っているのだろうし、これから幾度も思い返して涙を流すのだろう。乗り越えるまでには、まだまだ時間がかかるのかもしれない。
 それでも間違いなく、彼女は今日、悲しみを乗り越える第一歩を踏み出したと言ってよかった。

 ……そんな記念すべき日に、水を差す者がいることを、この後2人は知る。

「…………!」

 突然、何かに気づいたように目を見開いて、サクヤが歩みを止める。
 はっとしたように顔を上げ、周囲を見回す。

 突然何をしているのかとギーナが困惑して尋ねると、

「さ、サクヤ殿? 何か……」

「……ギーナ殿、武器はありますか?」

「え?」

「言い訳にもなりませんが……疲れていたせいか、気づくのが遅れてしまいました。すでに、囲まれている……!」

 サクヤがそう言うと同時に、突如として、家々の陰から……フード付きの外套を纏い、フードを目深にかぶって顔を隠した集団が姿を現した。

 サクヤが言った通り、前後左右、数か所の物陰から出て来たその者達は、既に2人を囲むような位置に布陣している。

 突然のことではあるが、そこはギーナもかつて、治安維持を担う警備任務を帯びていた経験を持つ身である。すぐさま異常事態であると判断し、身構えたところで……隣に立っている、サクヤの異変に気付く。

 サクヤもまた、同じように身構えているものの……その体が、手が、小刻みに震えていた。

 そして、自分達を包囲している集団の1人……代表か何かと思しき者が、そのフードを脱いで顔を晒した瞬間、ギーナはその理由を知ると同時に、戦慄した。

「エルフ……いや、ハイエルフか……!」

「ふん、至高なる種族たる我々ハイエルフと、その他の形が似ているだけの有象無象の区別もつかんとは、相変わらず嘆かわしい種族だ……まあいい、下等種族に期待するだけ無駄というもの」

「然り。今はそれよりも、我らにはやるべきことがある」

 別なハイエルフも――フードはとっていないが。恐らくこの連中は全員そうなのだろう――追従するように言うと、その視線をサクヤの方に向けた。

「蜘蛛女……貴様、奴隷の身でありながら、我々への忠誠を忘れて与えられる飴に迎合するとは、今まで生かしてやった恩を忘れたか!」

「襲撃の折も、我らの同胞を、その身を盾にして助けるべき所を……このようなことをして、貴様の同族共の命がいらんらしいな?」

 その言葉を聞いて、怯むどころか一気に頭に血が上るサクヤ。
 彼女はすでに知っている。今まで脅しの文句に使われてきた、自分の仲間たちが、家族が……既にこの世にいないことも……ハイエルフ達はそれを知らせず、彼女が仲間を思う気持ちを利用して今まで彼女を従えて来たことも。

 乗り越え始めた悲しみが怒りに変わり、炎のように燃え上がろうとしていた。

「……白々しいことを! もう私は知っている……皆が、既にこの世にいないことを! それを、今までよくも騙してくれたな、この外道共!」

 その言葉に、驚いた様子のハイエルフ達だったが……それも一瞬のこと。
 怯むこともなく、その後に彼らが何を下かと言えば……ちっ、と舌打ちの音を響かせた。

「ふん、そうか、我らの城を奪った連中に教えられたようだな……黙って騙されていれば、知らずに黙って使われていれば、不要な悲しみを背負うこともなかったものを」

 謝りもせず、悪びれることもないどころか、この期に及んであんまりな……黙って使われていることが当然で、自分達が何をしても悪くないとでも言いたげなその言い草に、事情を知っているギーナもその表情を怒りに染める。

 殺気すら混じる2人分の怒気がまき散らされるが、ハイエルフ達はそれを肌で感じても怯むことはなく、むしろ不快感を募らせて眉間にしわを寄せた。

「その分だと、まだ分不相応な妄想を抱いているようだな。貴様は今までの奴隷の暮らしの中で、一体何を学んだのだ? 我らハイエルフに従うことこそ、貴様らのような下等種族がたどるべき道であり、栄誉ある役目だということが、まだわからんのか?」

「黙れ! 私はもう、お前たちなどの言いなりにはならない! 皆の命を奪い、それすら偽って盾に取り、私や、他の奴隷たちを騙して利用してきたくせに!」

 そんなサクヤの心からの叫びも、ハイエルフ達はふん、と鼻で笑う。

 聞き分けの悪い下等種族め、とでも言いたげなその態度に、自分も怒りをぶつけたくなるのを、必死で冷静でいるように抑えながら……ギーナは、毅然とした態度を崩さずに言う。

「……言いたいことは多々あるが、貴様たちは『大江山』の城を根城にしていたハイエルフ達の残党ということだな。最早お前達に挽回の目はない、捕縛したハイエルフ共も、まだ尋問が続いている者達を除いて、大半は既に処刑されて墓の下だ。お前達も潔く縛に着け!」

「っ……下等種族ごときが、我らに指図するなどなんたる傲慢!」

「しかも、我らの同胞を手にかけただと! 身の程を知らんや蛮人どもめ……許してはおけん! 貴様らには、自分達の罪を悔い、泣いて許しを買うても終わらぬ地獄の苦しみを与えてやるぞ!」

「落ち着け、お前達。この減らず口からも、すぐに命乞いが聞こえてくることになろうよ……だがその前に、こ奴らにはやってもらうことがあろう。薄汚い裏切り者と、身の程知らずの下等種族には過ぎた栄誉であるが……我らハイエルフのためにまた働かせてやろうではないか」

 怒号飛び交う中、比較的冷静なハイエルフ……最初にフードを取って顔を見せた1人が、ギーナとサクヤに言う。

「貴様らのおかげで我らハイエルフは住処を失ってしまった。ゆえに今度は我らは、この『キョウ』という都で一番大きな屋敷に住処を構えようと思っている。貴様らにはその手伝いをしてもらおう」

 平然と言い放たれたハイエルフの言葉に、ギーナとサクヤの顔が引きつる。

「……傲慢もここまでくると逆に笑えて来そうだな。今度は『帝』の屋敷をご所望か」

「私は『リアロストピア』の時も、直接目にする機会はほとんどなかったのだが……こんな連中がこの国に跋扈して諸氏に迷惑をかけていたと思うと、申し訳ないを通り越して情けなくなるな」

「気にすることはありません、ギーナ殿。もう私は、この者達と大陸だの国だのを結び付けて考えることが無意味であることくらいは悟っております」

「……やはり、自発的に協力する気はないか。まったく、どこまでも愚かで無学で、身の程と言うものを理解しない者達よ……その体に、痛みをもって刻み込むまでわからないのならそうするが?」

 その言葉と共に、取り囲んでいたハイエルフ達が殺気立つ。
 それを感じ取って、ギーナ達も『いよいよ来るか』と身構える。

 ギーナは、装備している『指輪』の中に装備を収納しているため、その気になれば一瞬で完全武装になれるが……サクヤは武器は持っておらず、丸腰である。訓練の時は、あくまで借り物の模造刀を使っていた。
 そのため、ギーナは隙を見て、もしもの時のために持っている刃物を渡すつもりだった。刀とも小太刀とも使用感は違うだろうが、ないよりはマシなはずだと。

 しかし、殺気はそのままに……ハイエルフたちはそのまま襲い掛かってくることはなかった。
 代わりに……さらにこちらの怒りを煽るようなことを言って来たが。

「この都のはずれにある、広さだけで粗末な屋敷……そこに、我らから奪った奴隷どもが匿われていることは知っている」

「「!」」

 今、変わらず抑揚のない口調でハイエルフが言った場所。
 それは紛れもなく、サクヤ達が……ハイエルフに奴隷にされていた者達が保護され、一時的な住処としている屋敷のことだった。

「今、残る我らの同胞達がそこに行き、我らの奴隷どもを回収している頃だ。不届きにも我らの所有物に手を出した愚か者どもを首にしてな……。最も、一度裏切った奴隷どもなど、また使ってやる義理もないのだが……それらもお前達からすれば『仲間』なのだろう?」

「我らとしては今すぐ処分しても構わない、最早使う気にもならんゴミ共だ。だが、お前達の態度次第では、いくらかは生かしてやってもいい……さて、どうする?」

「どちらでも構わんぞ? どの道半分ほどは見せしめにいたぶって殺し、残った者がそれを見て自分達の分をわきまえた選択をすればよし。逆らうなら全員殺して、また新しい奴隷を見繕うのみだ」

「貴様ら……どこまで卑怯な真似を……!」

 平然と、耳を疑うような所業を宣告するハイエルフ達に対し、ギーナとサクヤが、目の前にいる者達が、自分達とはまるで価値観を共有できない生き物なのだと、どう考えても共存するという選択肢を選べない存在なのだとあらためて実感した。

「ふん……卑怯? やはり貴様ら、身の程というものを理解していないな……馬が走らぬなら鞭を入れる、それでも言うことを聞かぬなら処分する、そうしたらまた新しい馬を買う……何も不思議なことはやっているまい。貴様らがただ、我々の期待通りに働けば済む問題なのだ」

「それを一丁前に、まるで自分達が我らハイエルフと対等であるかのような物言いをするから、むしろ我らが貴様らを教育する手間が出ているのだろう。その過程で使えぬものを処分するのも、それを有効利用するのも、使えぬ愚か者を最大限上手く使っているのだとなぜわからん?」

「これだけ言ってもわからんのなら、その体に教えてやる。特にそこの蜘蛛女……貴様まさか、残った2本・・・・・の腕もいらんとでも言うのか?」

「…………!!」

「……? 残った……? サクヤ殿、それはどういう……?」

 ハイエルフ達の言葉に怯むサクヤは、怒りと憎しみを表情に浮かべつつも、同時にその言葉に怯えを隠せない様子で……それを見て、帰ってこない答えに、ギーナはいぶかしむ。

 だが、それを待たずに自体は進む。
 何も言い返せず、表情に困惑や怯えをのぞかせる2人を見て、嗜虐心が多少満たされたのか、ハイエルフ達は得意げに笑みを浮かべる。

「さあ、返答を聞こうか。今すぐに決められぬと言うなら、件の屋敷に出向いた我らが同胞たちが戻ってきてからでもよいが? もっともその頃には、いらぬと判断した奴隷どもをさっさと処分してしまっている後になるだろうが……」



「それってこいつらのこと?」



 瞬間、世界が変わる。

 突然、割り込むように、ギーナ達にとって聞き覚えのある声が響いたと思うと……ガシャアン、と、まるでガラスが何百枚も一斉に割れたかのような、透明感のある轟音が響く。

 そして、一瞬にして、彼女達がいる場所が、その風景が、軒並み『塗り替わった』。
 まるで、コップの水に絵の具をたらした時のように、空間そのものに色がついたのだ。

 無論、色がついただけであるはずがなく……今この瞬間、この空間は、切り取られたのだ。
 先程の声の主が発動させたマジックアイテム……『隔離結界発生装置』によって。

 それは、一瞬にして転移魔法で、別な場所に連れてこられたかのようだった。

 その直後、ハイエルフ達の背後に、どさどさどさっ! と音を立てて何かが落ちてくる。
 とっさに振り返り、それを目にした幾人かのハイエルフは、仰天した。

「なっ……お、お前たち、なぜここに!? 奴隷どもの回収はどうしたのだ!?」

「や、奴が……邪魔を……!」

 全身傷だらけの、何人かのハイエルフ。
 その者達は、先程ハイエルフの一人が言っていた、元『奴隷』達の保護施設に襲撃をかけるはずのメンバーだった。人数も面子も、そのままそろっていて……ここで無力化されて転がされている。

 そして、彼らが状況を理解するより早く……すたっ、と、また一人舞い降りる。
 今度は、ギーナとサクヤの隣に……黒髪黒目に黒装束、黒い手甲・脚甲が特徴的な少年が。
 常にはないプロテクターのような胸鎧をつけ、裾の丈はコートのように長くなっている。彼を知る者であれば、その姿がミナトの強化変身の1つ『ハイパーアームズ』であるとわかっただろう。

「探す手間が省けてよかった。さて……一旦首突っ込んだんだ。冒険者として、害虫駆除は後始末まできっちりやらなきゃね……!」

 この国で遭遇した、『ハイエルフ』絡みの騒動に完全に決着ケリをつけるべく参上したミナトは、左腕に重厚な腕時計を出現させながら、呟くように言った。



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