魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第368話 報告、目的、新規加入

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 ある夜。
 場所は、タマモの屋敷の奥にある部屋。

 そこに、煙管をふかして仕事の後の一服を楽しんでいるタマモと……その側近である2人の女妖怪、ミフユとマツリの姿があった。

 部屋の中にあるのは行燈あんどんの明かりだけだが、その行燈はマジックアイテムであるため、普通のそれよりも明るく部屋を照らしている。
 蛍光灯とまではいわないが、足元が十分見える程度には明るい。

 そんな部屋で、タマモは2人からの報告を聞いていた。

「そう、順調なのね、『陰陽術』の修行は」

「はい。びっくりするほど呑み込みが早いですの。魔法の才能はない方だ、って言ってたのは何だったのか……過小評価や謙遜が過ぎるのか、はたまた正確に物事を見れていないのか」

「修行を始めてからまだ1週間。ですが見たところ、技量は既に、数年みっちり修行をした一角の陰陽師と同等か、それ以上のものを身に着けているかと」

「さすがはリリンの息子ね……親同様、怪物と言うわけか」

「あらタマモ様、そのリリン様や、そのお友達のクローナ様に聞かれたら怒られますよ?」

「彼女達はこのくらいで目くじら立てやしないわよ。というか、ホントに悪意を持って言ってるわけでもなければ、笑い話にしてむしろ乗っかってくると思うわ」

 昔を懐かしむように、虚空に目を泳がせながらつぶやくタマモ。
 口から噴き出した煙が、輪っかの形をして浮き上がり、空気に溶けていく。

「まあ、技量は同等と言うのは不思議じゃないわ。想像力は逞しく、頭もいい。まして、魔法の研究者なのだから、技術そのものを理解するのも早いのでしょう」

「はい、まさにそのようなところかと。後は、もう少し専門的かつ本格的な『技術』や、具体的ないくつかの『術』を習得すれば、さらに飛躍的に成長されることでしょう」
 
 タマモに合わせるように、マツリもそう述べるが……その場にいたもう1人の側近であるミフユは、『んー……』と、顎に手を当てて少し首をかしげるような仕草をしていた。

「それはどうでしょう……? 私としては、そろそろ成長が緩やかになってくるか……壁にぶつかるころだと思っていますの」

 その言葉が意外だったのだろう。タマモとマツリは、不思議そうにミフユを見て、

「あら、それはどうして? 能力の伸びは順調なのでしょう? 既に丹田以外でも『霊力』を練れるまでになっているようだし……まあ、まだ錬度自体は低いようだけど、それだってこれからだろうし。それに、能力に対する理解も早いと聞いたわよ?」

「そこなんですよね……はたして、使えるだけで『理解した』と呼んでいいものかどうか。まあ、ままある話ではありますが……その意味で、ミナトさんは今、伸び悩んでいる、あるいは、伸び悩み始めると思いますの。しかも、自分で自分を封じるような形で」

「……もう少し、わかりやすく説明できませんか、ミフユ?」

「んー……簡単に言えば、私とイヅナの差、みたいなものでしょうか」

 マツリの問いに、ここにはいない別な側近である『天狗』の娘の名を出して、説明していくミフユ。

「イヅナは……あの子は天才肌ですし、どっちかというと『やってみて覚える』というか……感覚で使い方を理解し、体で覚えるような性格でしょう? 多分ですけど、『こうすればこうできる』という感じで、あの子、あまり頭は使わずに感覚で術を使いますの」

「まあ、確かにそうね……それでも、あの子の実力は本物よ。使える術の多彩さは陰陽寮『長老』の名に恥じぬものだし、その時々で調子が不安定になるなんてこともない。それはあなたもわかっているでしょう?」

「ええ、もちろん。そもそも私は、別にそれを問題にしているわけではないですの。ただ……彼女のような『感覚』型もいれば、その逆、『理屈』型もいるということですの。私みたいに……感覚で使えると言うだけで満足できず、その術の法則・理論・術式相互の役割や干渉、合理性まで、全て頭で理解して初めて心置きなく使える……というような考え方の者もおりますの」

「……ミナトくんは、それだと?」

「どちらかといえば。より正確には……『感覚』3割の『理屈』7割、といったところでしょうか。ただ、目の前に浮かんだ疑問を解決せずにはいられないっていう、学者の類に特有の性質は、しっかりもっているようですの」

「……つまり、それが原因で足踏み状態になるわけね。本人も気づかないまま、自分の意思で」

 はぁ、と煙の混じったため息をつくタマモ。
 話を聞いて理解できた、といった表情になっていたマツリも、困ったように苦笑している。

「クローナに師事した影響かしら、見事に好奇心と知的欲求が同居してるわけね……なるほど、頭がいいゆえの足踏みか。下手に覚えが悪いより厄介かもね」

 タマモが眉間にしわを寄せるのも無理はない。

 今でさえ『陰陽術』には、まだ完全には理論が解明されないまま、古来よりこのように使われているというだけで継承され、今の世に『使い方』だけが存在しているような技法がいくつもあるのだ。ほとんどの陰陽師はそんなことは気にせずに使っている。解こうと思って解けるようなものではないから、放置されている面もあるし、そもそもそれを問題とされていない。

 だが、それを我慢できずに解こうとして……結果、それができずに足踏みしてしまう、という状況になりかけているわけだ。今のミナトは。

「そういった技術は、いわばブラックボックス。かつて、それを解こうとした先人たちがいなかったわけではない。けれど、そのうち1割も解けずに放置されているのが実情……それでもそれに納得できなければ足踏みから脱却できないとすれば、予想以上に厄介かもしれないわね……」

「逆に、その疑問をミナト君が解決してくれれば、それは停滞していた分をひっくり返す大金星、とも言えますけどね。その分一気に彼が成長できるのに加え、『陰陽術』の研究自体が前進するという可能性もありますの。個人的には、こちらに期待したいと思っています」

「……そうね。物事は前向きに考えましょうか」

 もう1つため息をついて、彼女達からの報告を聞き終えたタマモは、その場を解散し、夜も遅いということで寝所に向かう…………かと思いきや。

「で、それはわかったからいいとして……『もう1つ』の方の調査結果はどうだった?」

 再び表情を真剣なものに戻し、2人の側近にそう問いかける。

 その問いに、ミフユとマツリの2人は背筋を伸ばし、たたずまいを直す。表情もきりりと引き締め……その様子は、自らの主に対し、今まさに重大な報告を行おうとしている忠臣にふさわしいものだった。

 アイコンタクト、と言っていいのだろう。一瞬だけ2人は視線を交差させ……しかしその一瞬で意思疎通を完了させる。

 そして、一片の噓偽りも許さぬとばかりに、真剣な表情になっているタマモに対し、張り詰めた空気の中、ミフユとマツリは……言葉を発した。



「全然ですの。私やマツリに対して、手を出してくる気配はもちろん、欲望の乗ったエロい視線を向けてくることすらほとんどなかったですの」

「わざとらしくならない、あくまで大人のお姉さんのいたずらの範疇で……けど、服まで脱いで結構本気で誘惑してみたのですが、そういう対象として見てくれた様子はありませんでした」



 張り詰めていた空気が、一気に霧散した。
 同時に、がくり、とでも効果音がつきそうな動きで、タマモは肩を落としてため息をついた。

「ダメか……ガード硬いわね、やっぱり。あの年頃の男の子なんて、四六時中頭の中がエロいことでいっぱいでもおかしくないってのに……ましてやあのリリンの息子で、しかも『雄の夢魔』だし、そういう欲求も旺盛じゃないかしら、って思ったんだけど……」

「むしろ、昨今稀に見るほどに、そう言うことに対して真面目で誠実ないい子、っていう感じでしたの。私やマツリのことも、女として見ていないとか、性欲を感じないってわけじゃなさそうでしたけど、そういうのを相手に誰かれ構わず押し付けたり、そういう視線を向けるのは失礼……っていう、きちんとした貞操観念を持っているようですの」

「それだけではなく、他者からの好意に対して鈍感、ないしは自己評価が低いという印象も受けますね。女性とみだりにそういう関係になるべきではない、という考えが根っこにあるのかもしれません」

「そのあたりはリリンには似なかったわけか……まあそうでもなきゃ、あれだけの女の子達に、しかも自分に対して好意的な子達に囲まれて、その中の4人だけにしか手を出してないなんて状況はできっこないでしょうけどね……」

 タマモの見立てでは、あの中にはミナトから誘いさえすれば、喜んで彼と『男と女』の仲になるであろう娘が何人もいた。そしてその見立ては、実際間違ってはいない。
 にも関わらず、相変わらずミナトの方からそういった好意に気づくことはほとんどない。

(ひょっとして『デイドリーマー』……いや、ただ単にお堅い+鈍感なだけか、あれは)

 当たらずとも遠からず。色恋、ないし色事に関して、タマモの嗅覚は流石と言えた。

「それでも、そのお堅い殻をちょっと小突いて割ってやれば、男の子らしい欲求ってものを見せてくれるんじゃないか、と思っていたし、だからこそあなた達をぶつけたのだけど……ダメだったか」

「ご期待に沿えず、申し訳ございません」

「いえ、気にすることはないわ、そういう性格の者もいるのでしょうし。……そう簡単に味わわせてはくれない、ということね。ふふふ……いいじゃない、ますます美味しそうだわ」

(こっちはこっちで、欲求に正直ですねー……かつての親友の息子に容赦なく牙をむくあたり)

「『お堅い』ことは必ずしも欠点ではないわ。誠実で貞操観念がしっかりしているということは、女に対して真摯に向き合っているということでもある。その状態でああいうハーレム状態を形成し、しかもその女の子たちは幸せそうだということは、つまりはきちんと彼女達を満足させているということなのでしょう。愛情然り、夜然り……ね」

「つまり、一旦受け入れられて『身内』に入ってしまえば、きちんと女として見られるし、接してくれるようになる……と?」

「そこまでの道のりは長そうだけれどね。でも、困難であるほど食べた時の喜びも大きいものよ……久しぶりの極上の獲物、絶対に攻略してみせるわ……!」

 女としてのぎらつきを目に宿しているタマモに、マツリとミフユは心の中でため息をつきつつも、これが自分達の主だったな、と普通に受け止めていた。
 彼女達にしてみれば、こういう面も込みで、彼女の『魅力』と言えるのだろう。

 そんな中、ふとミフユが思い出したように、

「ああ、でもタマモ様? そのミナト君の女性関係ですが……実は近いうちに、動きがあるかもしれませんの」

「? どういうこと?」

 タイムリーな話題だけに、タマモはもちろん、横にいるマツリも注目する。

 2人の視線の先にいるミフユは、気のせいか、メガネを『きらーん』と光らせたような、怪しさあふれる雰囲気を放ちながら、微笑を浮かべていた。

「ふふふ……実は今日、ある女の子から『ミナトさんと一緒に勉強したい』と相談を受けまして。私個人としても、その申し出や、交換条件として提示されたものは魅力的だったもので、前向きに検討する、と返事をいたしましたの。それで、タマモ様の許可がもらえればですが……」


 事態が動くのは、ミフユがこの話をタマモにしてから……わずか数日後のことだった。


 ☆☆☆


 ……えーっと、これはどういうこと?

 今日も今日とて、ローテーションで時間が空いたので、『陰陽術』の講義を受けに来たんだけど……

「というわけで、今日から一緒に『陰陽術』の修行をすることになりましたので、よろしくお願いします~」

「……いや、どういうわけで?」

 なんか、ミュウが、僕のと似たような稽古着を着て、先に来て待ってたんですが。
 僕のは作務衣なのに対し、彼女のは浴衣みたいなタイプのようだけど。

 いや、ほんと……どうしたのいきなり?



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