魔拳のデイドリーマー

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第18章 異世界東方見聞録

第356話 ハイエルフの城と紫色の少女

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 「ええい、遅いっ! 新しいしもべ共はまだ届かんのかっ!」

 苛立ちを隠そうともしない様子で、くすんだ金髪に初老の男が、手に持っていた陶器の杯を、壁に投げつけてガシャンと割った。
 その耳は長く、肌は白い。彼もまた、『ハイエルフ』であった。

 この場所……今となっては彼らの居城となってしまっている、『大江山』の城の広間にて、彼と似たような容姿をしている数人の者達が、それぞれ思い思いに過ごしていた。

 飲み食いしている者もいれば、本を読んでいる者もいる。
 しかし皆一様に、最初に杯を割った者と同様、顔をしかめ、機嫌が悪そうにしていた。

「確かに、帰りが遅すぎる……何か、不測の事態が起こった可能性もあるか?」

「バカな! 迎えによこしたのは、若造とはいえ、我らと同じハイエルフだぞ? 下等種族ごときに後れを取るようなことなどあるものか」

「大方、歯向かって来た愚か者どもをいたぶって遊んでいるのでは? まだ幼稚なものの考え方をする者達ですし、かわいいものです」

「それに、予定としていた者の他にも、しもべ足りうる者を見つけたとも聞きます。そちらを探して確保するのに手間取っているのやも。時間がかかるなら、村でも焼くなりしてあぶりだせばよいだろうに……全く要領の悪い奴らよ」

 苛立ちを抱えつつも、さも当然のように他種族を見下し、虐げることを良しとする会話を交わす彼らを……壁際に控えている、召使か何かと思しき者達が、怯えを目に、顔に滲ませて見ていた。

 容姿は様々違い、人間と全く変わらない姿の者から1本か2本の角が生えていたり、猫や犬、狐といった獣の耳が生えている者まで、様々いる。共通しているのは、粗末で、みすぼらしいとも言える服に身を包んでいることくらいだ。
 つぎはぎだらけなのはまだいい方で、ぼろ布をつなぎ合わせて形だけ整えたような服すらある。

 傷だらけなのは服だけではなく、その隙間から覗く肌に、いくつもの青あざや火傷の痕などを見せている者もいた。
 これらだけでも、彼ら、彼女らがこの城で、ハイエルフ達にどんな扱いを受けているかわかる。
 
 彼らは元々、この城に住んでいた『酒吞童子』の配下だった、あるいは奴隷だった者達である。ハイエルフが『酒吞童子』をだまし討ちで倒し、この城の主に成り代わって以降、飼い主が変わり……今まで以上に過酷な暮らしに、彼ら・彼女らは突き落とされていた。

 寝る間もない過酷な労働など当然で、無理難題を押し付けられたり、憂さ晴らしに暴力を振るわれたりすることもある。少しでも気に入らないことがあれば、注意するより先に暴力が飛んでくるし……その『暴力』も、拳だったり、足だったり、刃物だったり、魔法だったりする。

 飽きたから、使えないからと放逐された者もいる。凶暴な妖怪も出る外に、身一つで。

 不興を買って殺されたり……殺されるよりもつらい目に遭っている者もいた。

 唯一の救いと言えば、女が男に、あるいはその逆にも、辱めを受けるようなことがなかったことくらいだろうか。
 ハイエルフ達からすれば、奴隷たちは『下等な、汚らわしい存在』であり、虐げたり殺すようなことはあっても、閨に招くなど生理的にありえないことだったのだ。ゆえに、性的な意味での暴行を受けた者だけはいなかった。

 それでも、いつ自分も不興を買っていたぶられるか、殺されるか、あるいは体に消えぬ傷を刻まれるのか……そう考え、奴隷たちは常に怯えていた。

 一様に、ハイエルフ達に怯えのこもった視線を向けていた彼らだが、そのうちの1人が、何かに気づいたように顔を上げ、きょろきょろとあたりを見回す。

 それに気づいて目障りに思ったハイエルフの一人が、声を荒げる。

「おい、貴様。何をきょろきょろと見苦しいことをしている! 我らの前でそのようナッ!?」

「「「!?」」」

 その瞬間、咎めようとしたハイエルフが……立ち上がった瞬間に、突如体をこわばらせて崩れ落ちた。
 今まで自分がつついていた、まだ湯気の上がる料理の乗った膳に顔面から突っ込み、がっしゃあん、と派手に音を立てる。

 一体何事だ、と目を見張るハイエルフ達と奴隷たち。
 しかし、彼らが事態を理解するより早く、魔の手は忍び寄っていた。

「ぐっ!?」

「うぐ……」

「か……はっ!」

 1人、また1人……苦悶の表情とうめき声と共に、その場に崩れ落ちていく。

 ここまで来ると、流石に異常事態なのは疑うまでもなく、全員周囲を警戒し出すが、その部屋の中に何も見つけることはできない。
 何もできないまま、同じように倒れていく。

 …………ただ1人を除いて。

「……上!」

 奴隷の中の1人……つい先程、何かの気配を感じ取って、あたりをきょろきょろと見回した少女が、とっさにそう叫んでその場から飛びのいた。

「お? よけた?」

 と、その瞬間、何か驚いたような声がどこからともなく聞こえ……しかしそれに気づけたのもまた、飛びのいて自分への攻撃をかわした彼女1人だけだった。

(……!? 今の声は、どこから……いや、それよりも、何かいる!)

 気が付けば、その広間の中で無事なのは、彼女1人になっていた。
 他の者達は、奴隷もハイエルフも関係なく、全員床に倒れて気を失っている。

 ……よく見ると、ハイエルフ達は苦悶に呻き、うなされているかのように顔を歪ませて転がっているのに対し……壁際にいた奴隷たちは、穏やかに寝息を立てているように見える。
 共通しているのは……体のどこかに、虫か何かに刺されたような痕が1つついていること、くらいだろうか。

 そして、少女の疑念に応えるように……彼女が睨む先に、透明になって隠れていた『それ』は姿を現した。

(あれは……海月クラゲ? 何でこんなところに……)

 空中に滲み出すようにその姿を見せたのは……巨大なクラゲだった。
 傘の部分の大きさだけでも、人の背丈以上はある上、そこから伸びる何百本もの触手は、広間の隅から隅まで軽く届くほどに長く、その気になれば広間中全体を埋め尽くせるのではないかというほどに数も多い。
 
 先程、少女は運よくそれをかわすことに成功していたが、その気になれば即座にあの触手に捕まってしまうであろうことは明らかである。

 どうやらハイエルフや奴隷たちは、このクラゲのような何かに刺されて気絶したらしい、と少女があたりをつけていると、先程も聞こえた声が耳に届く。

「『キロネックス』に気づいたか……しかも、何となくだけど気配とか、位置までわかってたっぽいし、奇襲の触手もかわしたし……上から目線でなんだけど、中々やるね、君」

「……誰ですか? どこにいるのです?」

「そんなピリピリせんでも……ってのも無理な話か。いるよ、ちゃんとここに」

 その瞬間、少女の眼前の空間がぐにゃりと歪む。

 今の今まで、何もいなかったはずの……それこそ、彼女の『目』をもってしてすら、何も見えることのなかったそこに、1人の少年が現れていた。
 突然のことに驚きつつも、少女は彼から距離を取ろうとして……しかし、後ろの壁伝いに触手が既に伸びていることに気づき、その場に踏みとどまる。

 周囲全体を警戒しつつ、少女が再度、目の前の少年に意識を向ける。

「……あなたは、何者ですか?」

「通りすがり……でもないか。見ての通りの不審者だよ。確信犯というか、一身上の都合と少々の八つ当たりで、ここの連中……主に、この耳長の骨董品共をぶっ潰しに来たとこ。目的は破壊じゃなくて制圧だから、できれば騒いだりしないでくれると嬉しいんだけど……ところで、君は?」

 警戒している少女とは大きく異なり、緊張感と呼べるものがほぼほぼ感じられない様子の少年……ミナトは、身構えている少女に向かって、しれっとそう尋ねたのだった。


 ☆☆☆


 バカと何とかは高いところが好き、っていうのはどこでも共通らしい。

 カグヤさんへの処置をネリドラに任せ、ロクスケさん達への説明は後回しにし、僕は今回の一件の主犯である『ハイエルフ』共を潰すことにしました。朝までに。

 転移の反応を逆探知し、さらに『バルゴ』の座標反応もあわせて、連中の居所はすでに割れている。空間を捻じ曲げ、こじ開けてそこに殴りこんだ。

 いや、殴りこんだ、ってのは不正確か……忍び込んだ、の方がいいな。

 今回は、今までみたいに正面から大暴れ……という形ではなく、スニーキングミッションにしてみようかと思っているのだ。

 派手に暴れればすっきりはするんだが、その分、取りこぼしが出てくる可能性が高まるのだ。それはちょっと困る。

 何せ、あれらは無駄にスペックだけは高い分、1匹でも逃すと後が大変である。
 冒険者ランクにして、下はA、上はAAとかAAA、Sランクに届きそうな連中もいるので……ビビって山の中にでも引っ込んでくれるならそれでもいいのだが、手頃な村でも襲って占領あるいは略奪するか、憂さ晴らしに虐殺とかしそうな未来しか見えない。

 『リアロストピア』で暴れた時は、母さん達が残党を集落ごと消し飛ばしてくれたり、ウェスカーの奴がはぐれ化したハイエルフを商業利用を目的に狩ってくれたりしたおかげで、影響はほぼなかったけどね。

 けど、これから国交を開こうっていう国を相手に、そんな野盗予備軍みたいなのを、多少なりとも発生させるのはどうかと思うし……色々理由つけて正当化してるとはいえ、今の時点で割と好き勝手に動かせてもらってるわけだし。

 ゆえに今回は、1匹も逃さず仕留めるために、『暗殺』してみることにした。
 何気に初めての試みな気がするな。僕の今までの戦闘って、拳でやるか発明品でやるかに関わらず、正面からやるのがメインだったし。観客の有無はともかく。

 めんどくさいから一撃で決めた戦いとかはあったけどね。

 さて、そんなわけで、だ。

 『サテライト』で場内の構造と、ハイエルフ達の位置は完全に把握してある。
 このまま、透明化魔法『カメレオン』に『虚数魔法』を併用して隠密性を上げて隠れ、音が出ないように、そして部屋を出入りできないように封鎖した上で1部屋ずつ順番に、迅速に制圧していったところだった。

 幸いと言っていいのか、ハイエルフ達は城の上層部(位置的な意味で)にある程度固まってくれていたんで、あっちこっち歩き回って処理する手間はほぼ必要なかった。下の方から1部屋ずつ、順番に制圧していけばよかった。気づかれないように、迅速に。

 そしたら、最後のこの……大広間、とでも言えばいいのかな? 十数人のハイエルフが集まって、夜中だってのに飲み食いしてる場に乱入した。逃げられないよう、空間を閉鎖するマジックアイテムで部屋の出入り及び、外部への音漏れを防ぐ措置を施した。

 その状態で、これまた透明化させた巨大なクラゲの人工モンスター『キロネックス』を召喚し、触手の毒針でその場にいた全員を無力化したのである。

 その際、悪いとは思ったけど、騒がれると面倒なので、ハイエルフ以外も気絶させた。
 ハイエルフは神経毒で動けなくさせたけど――呼吸が阻害されるため、死にはしないがかなり苦しい――それ以外の、奴隷と思しき者達は、睡眠毒で痛みもなく眠らせたので、ご容赦願いたい。

 ……と、言いたいところだったんだが……予想に反して1人、そうならない者がいた。

 しかも、ハイエルフじゃなく……奴隷(推定)の中に1人。
 透明化している『キロネックス』に気づき、場所まではわからなくとも、僕の気配も感じ取った。忍び寄る触手にも気づいて避けてみせた。

 どうやら人間じゃないようだけど……こうして見ると、中々特徴的な見た目をしてるな。

 肌は紫色……にしちゃ薄いな、どっちかっていうと『藤色』か?
 髪の毛は赤みが勝った紫色で長く、背中にかかるくらい。
 服は……他の人たちと同じ、粗末なものだな。つぎはぎだらけの浴衣みたいな。
 そして、金色の目。……これ、ただの目じゃないな? 光り方が普通の眼球とは違う気がする。

 異形と言えば異形だが、別に体の形状が人間から大きく逸脱してるわけでもない。
 見た目はむしろかわいいし、エキゾチック?な色気すら感じる。

 ……1つだけ気になってるのは……何か、動きが少々不自然だってことくらいか。
 武器を隠し持ってたりする感じじゃない、体自体が何か……怪我でもしてるのかな?

 そんなことを僕は考えていたんだけども。

「あなたは、何者ですか?」

「え、何でリピート? さっき言ったと思うんだけど……」

「不審者、ということしかわかりませんでした。答えになっていません」

 ……言われてみればそうだな。比喩表現多かったし、言い方もアレだったしな。

「あー、ごめんごめん。じゃ、簡潔に……あ、じゃついでに確認も。ここ、『大江山』にある城で、元は鬼の総大将が住んでた、今は『ハイエルフ』……そこに転がってる、いばりくさった耳の長い奴らが支配してる城で間違いない?」

「……そうですけど」

「僕らは、詳しくは省くけど……そこの連中に喧嘩売られてね。具体的に言うと、仲間に手を出されそうになったり、仲間を攫われたり(方便)、自衛のために戦った人達を一方的に攻撃されたり、だな。で、反撃と言うか、もう根っこから原因を根絶するために、根城を突き止めて襲撃しに来た、っていうのが今の状況。現在、気づかれないようにこいつらをぶちのめして、順次この城の制圧を進めてる最中。以上、何か質問は?」

 女の子は、分かりやすく話したら話したで、それに驚いている様子である。

 最初は、信じられない、っていう感じだったものの……何もないところから突如現れた僕や、今も後ろに浮遊してる『キロネックス』を見て、信憑性はありそうだと思ってもいる様子。

 しかしそれでも、僕を睨むその視線には、警戒と……若干の敵意が乗っている。
 そして……それを上回る、覚悟、みたいなものも感じる。

「あー……攻撃しようとしたのは、普通にごめん、謝る。騒がれるわけにはいかなかったからさ……ガスとかだと効くまでに時間がかかるし、魔法だと……あいつら無駄に耐性高いからレジストされる危険もあったから、コレが一番確実だったんだ」

「……私たちを全滅させようとしているわけではない、と?」

「うん。あくまでこいつらの制圧あるいは掃討が目的だから。こいつらに対しては、遠慮する気は微塵もないけど、君たちみたいな……使用人? には、極力手荒な真似は避けるよ」

 なので、出来れば抵抗とかはしないでほしい、と付け加える。

 騒がず、静かにして待っててくれれば、こっちも別に気絶させる必要はないしね……ココの制圧自体、あと数十分で終わると思うし。

 そのまま少しの間、紫肌の女の子は僕の方を睨んでたけど、
 
「……本当に、こいつら以外は傷つけるつもりはないのですね?」

 ふむ……こいつら、と来たか。ハイエルフ達に対する敬意みたいなものはない、と見ていいか?

「ないよ。抵抗されない限りはね。ただまあ、制圧後にここの後始末やら何やらをするのは、都の軍部とか司法機関の人だと思うから、その先はちょっとわからんけど……」

「……先程あなたは、『僕らは』と言いました。あなた以外にも、ここに来てる人がいるのですか?」

「うん。別行動で制圧を進めてるね」

「そうですか……」

 そこで、少し考えて、

「……わかりました、抵抗せず、大人しくしています。……正直、抵抗しようとしたところで……あなたには勝てそうにはありませんので。ですが、1つだけ頼み事があります」

「? 何?」

「ここで働かされている者や、捕らえられている者は……極力傷つけないでいただきたい。もちろん、先程あなたが言ったように、抵抗されれば仕方ないでしょうが……ここにいる、『はいえるふ』以外のほとんどは、使用人や奉公人などではない。彼らに奴隷として働かされている者達です。中には……身内や同族を捕らえられ、人質に取られていうことを聞かされている者もいるのです」

 そう、まっすぐ目を見て言ってくる。必死に、訴えるように。

 ……嘘は言ってなさそうだな。多分だけど。

「わかった、極力そうするよ。じゃあ君……」

「サクヤ、と言います」

「ありがと。サクヤさんは、この部屋で大人しくしてて。部屋から外には出ないように。あ、念のため、監視残してくけど、ごめんね」

 そう言って僕は、ロクスケさんたちのところの覗き見にも使った、蛾型の『CPUM』を出して、部屋の中に放しておく。
 女の子……サクヤさんは驚いてたけど、カード=紙から発生させたから、『式神』の一種か何かだと思ったみたいだった。
 
 まあ、初対面だし、このくらいは警戒させてもらわないとね。

 というかこの部屋、このままマジックアイテムで空間封鎖するつもりだから、そもそも出られなくなるんだけど。

 さて、続けますか。
 『サテライト』で確認するに、残る『ハイエルフ』共は……20人いないくらいだな。

 しかしこの動き……どうやら侵入者に気付いたか? さすがにエルフ系最強種、全く気付かれずに全員無力化、ってのは厳しかったか……戦闘になりそうだな。
 まあ、全く問題ないけど。最後、ちょっと体動かして終わるとしよう。



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