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第14章 混沌庭園のプロフェッサー
第252話 VS最強コンビ
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感想ですが、時間がなく……後でまとめて返信させていただく予定です。
ご了承ください。
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さて、ちょっと思い出してほしいんだけども……僕が先日の見学ツアーの日に案内『しなかった』場所の1つに、『スタジアム』というものがあるのを覚えているだろうか?
言ってみれば、そのまんまサッカーとかの競技場みたいな感じになっていて、周囲に観客席があり、その真ん中部分に、色んな用途に使えるグラウンドのようなスペースがある。
そのグラウンド部分は、模様から材質まで色々といじることができるため、石灰で描いたような5本線のラインを引いて100m走や長距離走のトラックにしたり、サッカーのフィールドにしたり、野球のグラウンドにしたりもできる。多分する機会ないけど。
そして同時に、普通の土や石で作った地面にした上で周囲にバリアを張り、闘技場というかみたいな使い方をすることもできる。というか、それメインで作ったわけだし。
王都にもそんなのあったな。軍関係者の、魔法とか解禁した高レベルな模擬戦用に用意されていたスペースだ。結界で観客に被害が行くのを防いだ上で、思いっきり戦えるように。
大きな町なら大なり小なり似たようなスペースはあるものだ。武術の門下の試合や軍人や傭兵の訓練。さらには冒険者やら傭兵の荒くれ連中の私闘など、用途は多い。
ブルース兄さんのとこの傭兵団も1つ持ってる、って前に聞いたな。
この『スタジアム』はそういうのの超豪華版だ。自分で言うのもなんだが、汎用性、復元性能、結界強度等、どれをとっても最高水準のそれを誇っている。
さっき話したように、材質に構造に様々いじれるバトルフィールド。空間拡張・収縮も可能で、広さを自由に変えられるし、天井の有無も選択できる。
師匠のところの『スライムタイル』を改良して作った素材による高い自己復元能力と、そもそも素材自体が要塞の壁よりも数段強固なそれを誇っている防御性能。
それをさらに覆うバリアは、Sランクの魔物の攻撃にさえある程度は耐える強度がある。ちょっといじれば、さらに強度を増すことが可能だ。
そして、従来の『スライムタイル』にもあった、『ダミー』の魔物の精製能力。
これらの性能があるので、僕ら『邪香猫』は普段、ここをもっぱら模擬戦用のバトルフィールドに使っている。時に人VS人、時に魔物相手、って感じで。
で、何で今そんな話をつらつらと述べたのかというと……だ。
案内の日には『別に見ても仕方ないだろ』と思って飛ばしたここだけども……予想外に好評というか、需要あったみたいなんだよね。
「そこまでっ! 勝者キーラ!」
―――ワァァァアアアア!!
「っかー……! もうそろそろ勝てるかなって思ったんだけどなー……」
「なァーに言ってやがる、100年はええっつーの」
「100年前にも聞いたよ、そのセリフ……」
フィールドには、大斧(模擬戦用)を肩に担いでケラケラと笑うキーラ姉さんと、その数歩先の地面に、満身創痍といった感じで倒れ伏すシャンカス兄さん。いつかのエレノアさんみたいに、手にモグラの毛や長い爪を生やして……獣人モードというか、戦闘モードであった。
次の瞬間には、しゅうう……と音を立てて普通の肌に戻っていったけど。
そんな戦闘モードのシャンカス兄さんを、完封に近い形でたたき伏せたのが、自分の身長よりも大きな斧を振り回して豪快に戦っていたキーラ姉さん、というわけだ。
彼の名誉のために言っておくと、シャンカス兄さんが弱かったわけではない。彼も一般基準で見れば十分にぶっとんだ実力者と言っていい1人だ。
獣人の特性であるスピードとパワー、そして、モグラゆえの『地面を掘って退避・奇襲』というトリッキーな戦法、そしてそこからくる戦闘能力は、AAAの魔物すら屠るだろう。
しかし、キーラ姉さんにはかなわなかった。ドワーフ族としてそれ以上の怪力と身軽さを持ち、斧の重量をうまく扱って立ち回った上、地中にいる時のシャンカス兄さんの動きすら、地面の振動や音で完璧に把握して対応してみせたのだから。
そして、その戦いの審判を買って出ている母さんの一声で戦闘終了となり、両者はスタンドに戻り、休憩に入り……シャンカス兄さんにはフラン姉さんが魔法で治療を行っていた。
……というわけで、今現在僕らは……『キャドリーユ兄弟姉妹模擬戦大会』の真っ最中です。
☆☆☆
うちの兄弟姉妹たちには、戦うのが好きな奴もいれば、好きじゃない奴もいる。
けど、そこまで両極端な位置にいる者はいないようだ。シェリーみたいな戦闘狂や、極度に戦うのが嫌いな感じのは。
皆、適度な運動や強くなるための経験になる戦いは好ましい、って感じだな。
それに加えて、この兄弟姉妹の中でも上位の力を持つ者は、普通の設備の闘技場とかじゃあその力をろくに発揮することもできない。言うまでもなく、強すぎるせいで。
力を入れすぎると、攻撃の余波だけでも闘技場が吹き飛びかねない。
そのため、ドレーク兄さんやアクィラ姉さん、ブルース兄さんなんかは、手加減に手加減を重ねた状態でないと、普通の設備での模擬戦なんかできないのだ。
そこへいくと、僕が作ったこの『スタジアム』は、よっぽどの攻撃でもない限りは耐えられるということもあって、試しに使ってみた皆から大うけ。かなり気に入られた。
そこで、母さんが『みんな揃ってるしこの際……』という感じで提案して始まったのが、今回の模擬戦大会というわけだ。
兄弟姉妹の中には、仕事柄普段戦ったりしないような人――ディア姉さんやシエラ姉さんとか――も居るので、いい機会だってことで、皆賛成した。その2人も含め、たまには思いっきり体を動かしておきたい、と思っていた人も多かったようだ。
僕としてもそれには同感だし、戦いを見たことがない他の兄さん、姉さんの戦闘スタイルや強さを見る機会でもあったので、快く施設の使用許可を出させてもらったわけだ。
基本的にこの大会は、『誰やるー?』『あ、じゃあ俺やるー!』『俺もー!』的な形で適当にマッチングして戦いが行われるので、希望制でやりたい者からどんどん戦っていっている。
さっき、キーラ姉さんとシャンカス兄さんが一戦やったし……現時点で、ほとんどのメンバーが1回以上ずつ戦ってる感じだ。
ちなみに、不参加はアイドローネ姉さんのみ。『眠い』そうです。
ダンテ兄さんはいつもの白衣でなく、動きやすい服装で、手甲脚甲に軍用ナイフや暗器を装備。同じくパワータイプであり、獣人モードで腕に体毛を生やして体が一回り大きくなり、牙と爪が長く伸びたダイアナ姉さんと戦っていた。
魔法使いタイプのノルン姉さんは、同じく魔法使いタイプのフレデリカ姉さんと魔法合戦を繰り広げていて、炎や氷、風や砂礫や雷が飛び交わせていた。
小柄な外見に似合わないダイナミックさで風と水の魔法を放つのに加え、時折『精霊魔法』まで混ぜて繰り出すノルン姉さんが優勢に見えたけど、途中から額に『第3の目』を出現させたフレデリカ姉さんが魔力を爆発的にブーストさせたときは驚いた。展開的にも、ビジュアル的にも。
いやだって、いきなり額に『カッ!』って目が開いて……思わず飲んでたジュースを吹き出した僕は多分悪くない。
同じく魔法使いタイプ同士で戦っていたのは……フラン姉さんとジェリーラ姉さんだ。
どちらもエルフらしく、風と水の魔法をがっつり操って戦ってたけど、フラン姉さんはさらにそこに剣を、ジェリーラ姉さんは鞭を織り交ぜて戦っていた。あの2人の得意武器らしい。
しかもどちらもマジックアイテムのようで、フラン姉さんのフェンシングのような太刀筋に沿って発生した風の刃を、ジェリーラ姉さんが縦横無尽に水の鞭を走らせて消し飛ばしたりしていた。
普段はあんまり戦いというものに縁がないディア姉さんとシエラ姉さんは、タッグを組んで、ウィル兄さんとセトロラ姉さんのコンビと戦っていた。
ディア姉さんとシエラ姉さんは、双子ならではの息の合ったコンビネーションで、魔法主体で攻める。対するコンビは、セトロラ姉さんが前衛に立って得物であるエストックを両手に駆け回り、後衛のウィル兄さんがそのサポートに魔法を繰り出して戦っていた。
すごかったのは、ブルース兄さんとノエル姉さんの、炎VS氷の戦いだった。
模造刀に炎をまとわせ、縦横無尽に鋭い斬撃をすさまじい速さで放って戦うノエル姉さん。その攻撃の余波でたちまち周囲の地面は乾いていき、切り刻まれ、灼熱地獄になる。
しかし対するブルース兄さんは、氷点下数十度の冷気を常にまとい、歩くだけで地面に霜が降りる。猛吹雪や氷柱の弾丸を放ち、片っ端から凍り付かせて粉砕していっていた。
杖に巨大な氷の刃――しかも相当な魔力を込めてるのか、全然解けない――を装着してハルバードにして、姉さんの炎の剣と真っ向から打ち合ってた。さすが兄弟ナンバー3。
けどそれ以上のスケールだったのは……ミシェル兄さんとイオ兄さんの戦いだな。
巨人族であるイオ兄さんと、そのイオ兄さんより大きな『ヒュージスケルトン』を作り出して戦うミシェル兄さん。さながら怪獣大戦争である。
地力の差ゆえかイオ兄さんが毎回勝つんだけど、そのたびにミシェル兄さんが新しい、しかも前とは違う形の巨大アンデッドを作り出す。しかもイオ兄さんも面白がってそれをわざわざ待って戦って、を延々繰り返すもんだから、砕けた骨でフィールドが埋まりそうになった。
まあ、スライムタイルで吸収してエネルギーに還元できるし、いいんだけど。
とまあ、説明としてはこんなとこかな。
他にも色々組み合わせはあったんだけどね。1人1戦って決まってるわけじゃないから。
無論、僕も戦ったし。ノエル姉さん相手に、『合宿』の時と同じような戦いを繰り広げたり、ミシェル兄さんの作り出す骸骨軍団相手に無双したり、ディア姉さんとシエラ姉さん相手に、直接的な戦闘じゃなく……可視化した幻影で、主導権争い主体の幻術合戦やったりした。
さらには、『邪香猫』のメンバーや、護衛で来てるメンバーから希望者が飛び入り参加したりもした。シェリーとか、ナナとか、ギーナちゃんとか、イーサさんとか。
ルビスも興味ありそうだったけど、さすがに止められてたな。
で、実はこの後……もう1戦、控えてるんだよね……。
最後の最後に……とんでもない対戦カード組まれてしまったので。母さんに。
☆☆☆
「それじゃ、用意はいいかしら、3人とも?」
「はい、母上」
「いつでも大丈夫ですよー?」
「ん……いいよ」
最後のが僕だ。審判役を務める母さんの問いかけに、そう返した。
体の各部をあっためるための、柔軟体操をきっちりやりながら。
で、フィールドの中心部を挟んで反対側には……ドレーク兄さんとアクィラ姉さんの2人。
……いや、ホントのこと言えばあんまり用意よろしくないんだけどもね?
何だって僕、男女の兄弟最強を同時に相手にすることになってるのか……。
「あのさ……今更で悪いんだけどもさ、コレ、一瞬で終わっちゃわない?」
「おっ? 何よミナト、随分な自信じゃないの?」
「んなわけないでしょ。逆だよ逆……僕がドレーク兄さんやアクィラ姉さんと、しかも2対1ってそれ、悪いけどもう無理じゃん。模擬戦だからせっかく、にしたって限度ってもんが……」
と、ため息交じりにそう母さんに言ったら……なぜか母さんが、『よく言ってくれた』的な笑みをその顔に浮かべた。え、何?
と思ったら、その直後に『はぁ……』とため息を返してきた。え、ホント何?
「それよ、それ……ミナト、あなたね、こないだも言ったけど……自分の実力はきちんと把握しなきゃダメよ。このカードはある意味、そのためのものなんだから」
「……どゆこと?」
「すぐわかるから。さ、両者構えてー」
返答は返ってこず、代わりに戦闘開始のカウントダウンが始まったので……しかたないか、と割り切って頭を切り替える。
向こう側では、兄さん達も同じようにしてるわけだし。
10から始まったカウントが減る間に、頭の中でルールの確認でもしておく。
基本、何でもあり。武器も、魔法も、体術も、召喚術なんかの特殊スキルも。
刃物の場合は刃をつぶした武器を使うことと、広域殲滅系みたいな威力ありすぎる魔法や戦技は使わないこと。注意点はこのへんか。
そしてフィールドは、特に何の変哲もない地面。
ただし、相応の規模の戦いが起こることを考慮して、頑丈さは金属以上にしてある。
ドレーク兄さんはいつもの軍服で、手に……何というか、表現に困る武器を持っている。
ごついというか、怖いというか……中々に複雑かつ凶悪な形の、長物だ。斬る部分もあるし突く部分もあるし、さらにはひっかける部分もある。汎用性はあるが、ありすぎて逆に扱いが難しそうな感じの武器。地球で言う……『方天画戟』だっけ? アレに近いな。
アクィラ姉さんはいつもの杖だ。服もいつもと同じ、法衣。
そして、二人ともいつもと変わらない表情なんだけど……一応臨戦態勢ではあるためか、離れていてもここまで威圧感みたいなのが漂ってくる。
ちょっとこれは……模擬戦とわかっていても、中々に緊張するな……。
……まあでも、今そんなことを思ったところで仕方ない。
これ以上心の準備をする時間もないわけだし……よし、考えるのはやめだ、やめ。
自分にできる精一杯を、ぶつけさせてもらうとしよう。
「3、2、1……はじめっ!!」
☆☆☆
「じゃ、行きますよー? 『エクスプロージョン』」
戦闘開始と同時に、すさまじい勢いで膨れ上がるアクィラの魔力。
それを即座に、かつ鋭敏に感じ取った結果……一発目からいきなり加減する気がない威力の攻撃が飛んでくると悟ったミナトは、驚き、慌ててその場から飛び退った。
しかし、完全に効果範囲内から抜け出ないうちに……アクィラの魔法が完成。
一瞬前までミナトがいた空間に、突如、魔力の収束した、人の頭ほどの大きさの光球が現れ……次の瞬間、炸裂。
周囲数十mを巻き込む、巨大な爆発が引き起こされた。
すさまじいまでの熱と爆風が周囲を席巻し、頑丈な地面にクレーターを作る勢いで広がり……それを食らったミナトも、大きく吹き飛ばされる。
「っ、く……い、いきなりこんな大技を……」
跳躍の直後だったため、余計に飛ばされてしまうが……ミナトはそれを逆手に取り、空中で体勢を立て直して着地した。
それを見たアクィラは、ふむ、と感心したような表情になり、
「吹き飛びはしたものの、無傷ですか……やはり頑丈ですね。普通の人間なら跡形もなく消し飛んで、骨のかけらも残らない威力なんですけど」
「なんてものを弟に当ててんだよあんたは!?」
「次行きますよー……『フレイムランス』!」
「スルー!?」
炎を収束させて槍の形をさせて、それを何本も飛ばしてくるアクィラ。
それをミナトは、拳で叩き落し、爆発させて消し飛ばす。
結果、拳から肩あたりにかけての部分に、手甲があるとはいえ、爆発が直撃する形となっているわけだが……目立ったダメージが入っているようには見えなかった。
元より、『タワーリングインフェルノ』などによって発生させたマグマの熱にすら涼しい顔をしていられるミナトである。多少の高熱や爆発など、実のところ避けるまでもない。
そんなミナトの頑丈さを、『リアロストピア』での一件で見て知っているアクィラは、遠慮は無用とばかりに、序盤も序盤から強力な魔法を放ちまくっている。
「ふむ、これも効きませんか。では次は……」
「ちょっとアクィラ姉さん!? あの、アレ……最初から飛ばしすぎじゃないの!? さっきから僕、当たったらAAクラスの魔物でも爆散するようなのしか食らってないんですけど!?」
「何を言ってるんですか、ミナト。あなたはもう、ちまちま細かい様子見の戦いで図る範囲の強さなんて、とうの昔に通り過ぎてるでしょう? それに、どっちみち最終的には本気で戦うわけですし……だったら最初から飛ばしていった方が早く火が付くじゃありませんか」
「ああそうだね、確かに火が付きそうになってるよ! 物理的に!」
「続いて『フレイム』」
「またスルー!?」
返事代わりに放たれたのは、先程までとは違い……魔力で発生させた火炎を吹き付けるだけの、初級から中級に位置する魔法。
しかしこの魔法、魔力を注げば注いだ分だけ、火力が増して強力になるという、術者の実力次第で威力の底上げが可能な魔法でもある。
言い換えれば、つぎ込んだ燃料の分だけ、天井知らずで威力が上がっていく。
それを、魔力量および魔力制御能力が共に規格外どころではないアクィラが使った結果……杖の先から放たれた業火は、火炎放射器も真っ青な火力と勢いで吹き付け、射線上の地面を溶解一歩手前まで赤熱させながらミナトに迫っていった。
「んなろ……そう何度も!」
その直後、ミナトの体を、薄緑色の燐光が包んだ。
しかしそれは、身体強化の類ではないと、即座にアクィラは見抜く。
強化ではなく……変化。何らかの変化が、今、ミナトに起こったのだ、と。
次の瞬間、地面を赤熱させる火の海に飲み込まれたミナトだが、その熱に微塵もダメージを受けることはなく……むしろ、だんだんとその身の魔力が高まっている。
しかも、よく見れば……炎で照らされたその黒い髪の毛が、わずかに緑色がかって見える。
しばしの思考の後、アクィラはその正体に行き着いた。
「……ああ、例の『攻撃吸収』とやらですか」
「ご明察……今回のは言ってみれば、『火力発電』バージョンのね」
外部からの魔法による攻撃・刺激を吸収・変換して魔力に変える、ミナトの特殊技能。
そこにさらに、アクィラは気づかなかったが、『魔緑素』による光合成も加わり、激しい炎の中でも酸欠になったりすることがない状態である。
そもそも攻撃が攻撃の意味をなしていない状況。ミナトの桁違いどころではない耐久力を前に、これ以上は無意味と悟ったアクィラは、杖の一振りで一面の炎を消した。
それを待っていたのかどうかはわからないが、ミナトはその瞬間に地を蹴って前に飛び出し、アクィラとの間の数十mの距離を一瞬にして詰める。
しかし、同時に後ろに引き絞られたその拳が、放たれ、アクィラの細身の体をとらえるよりも前に……2人の間に、軍服に身を包んだ長身の人影が割り込んできた。
「……っ!?」
「敵が1人ではない状況で、隙の大きい大振りの一撃は悪手だぞ、ミナト。相手を確実に、一撃で仕留められるわけでもなければな」
ガギン、という金属音と共に、ミナトの拳はドレークの戟によって阻まれ……そこからさらに流れるような動きでその戟が振るわれ、カウンターの切り払いがミナトに迫る。
それをミナトは、空中で無理やり前転するように跳んでかわすと、『スカイラン』で相手の間合いから離脱する。
ドレークは、それを追ってはこなかった。
(ったく……世界で一番凶悪な前衛・後衛コンビだな……)
声に出さずに心の中でそうつぶやきつつ、着地と同時にミナトは次の手に出る。
足に『土』と『雷』の魔力を充填……『リニアラン』を発動。消えたかと思うほどの超高速でその場から駆け出し……やや大回りして、再びアクィラを狙う。
が……ドレークは平然とそれに反応し、追いついてきた。
よく見ると、ミナト同様加速系の魔法を――『風』属性によるそれを使っているのがわかるが、音を置き去りにする速さで動いているミナトに対し、それが見えてきっちり反応でき、あまつさえ追いつくという時点で、魔法云々の問題ではないと言える。
一瞬で進路をふさがれてぎょっとするミナトが急停止するより早く、ドレークの戟が横一線の軌道を描いて振るわれ……
「……ぅおぁ、っと!?」
「……! ほう……?」
それをミナトは、リンボーダンスか何かのように、とっさに体を大きく反らしてかわし……さらにその戟の柄をつかみ、逆上がりの要領で回って、曲芸のごとく空中に飛び上がった。
今度は退避はせず、空を蹴ってさらに回転し、飛び回し蹴りをドレークめがけて放つ。
それをドレークは、戟を持っていない方の手で受け止めた。
そしてそのままミナトの足首を握りしめ……地面に叩きつけようと振り下ろす。
しかし奇妙なことに、その瞬間……一瞬だけ、ドレークの体の動きが止まった。
しかも、何かに全身を抑えられて無理やり止められたかのような……やや不自然な動きと共に。効果音をつけるなら、『ぴたっ』よりも『ぎしっ』だろう。
少しだけ驚いたような表情で――よく見なければわからない程度の変化ではあるが――ドレークが動きを止めた瞬間、ミナトは強烈に横回転で体をひねって拘束を抜け出し、着地。
直後、ドレークのみぞおちめがけて正拳突きを放つ。
しかし、本当に一瞬しか動きを止めることのなかったドレークは、それを戟の柄でいなすようにして防ぎ、刃を向けてけん制しながら、バックステップでミナトから距離を取った。
「……面白い技を使うな。今のは……金縛りの類か?」
「正解。ちょっとしたアレンジを加えてある、僕のオリジナル版だけどね」
通常、幻術などと同様に、相手の精神に干渉することによって動きを封じる『金縛り』。
ミナトが改良して生み出したこれは……精神への干渉と同時に、肉体にも同一の反応を起こすような電気刺激による命令を送り込むというもの。
脳や神経系からの電気信号で命令を受けて動いているという、人体の性質の応用。
欠点としては、相手と直接接触していないと使えないという点であるが、『幻』と『現』の両面からのアプローチで相手を縛るこの技は、うまく使えればきわめて強力な手であるし、相手との実力差が大きければ大きいほど、拘束できる時間が長くなる。
そこまでは知らないが、今起こった現象から、ミナトに不用意に触れるのはリスクがあるとさっとったドレークは、それを念頭に置いた上で戦いを進めるべく、戟を構えなおす。
それに合わせるように、自分も拳を構え……ようとしてしかし、直後に横合いから飛んできた火炎弾をかわすべく後ろに飛び退るミナト。
「ふむ……きちんと周囲への気配りは忘れていないようですね、感心感心」
「ほめてもらってなんだけど、直前にやられたことがアレ過ぎて全然喜べないんですけど」
三白眼になってそう言いながら、ミナトが指さした先には……火炎弾が着弾したところの地面が、ドロドロに溶けてマグマのようになっている光景があった。
明らかに、先程までの魔法攻撃の数々よりも強力である。少なくとも、温度的には。
そんな姉弟のやり取りを前にしつつも、その2人の兄は冷静に物事を考える。
「ふむ……さすがに『SS』にまで上り詰めただけの実力はある、ということだな。この戦いについてこれているのみならず、精神的にも十分に余裕があるようだ」
「でしょう? まあ、私としても、実際に目にして納得した部分もいくつかありますが……これなら、私たちが本腰を入れて戦っても大丈夫だと思いません?」
「おーい、何その会話。死刑宣告?」
普段であれば、向けられる側に立つことが多い三白眼になって、気のせいか、やや嬉しそうにそんな話をしているドレークとアクィラにそうツッコむミナトだが、無常にも2人は、その言葉通りにさらなる力をその身にたぎらせ始める。
やっぱまだ悪化するんだ、とため息をつくミナト。
すると、それを横目で見ていたアクィラが……ふと、思いついたように言った。
「そうだ、ミナト。せっかくの勝負ですし……ひとつ、賭けでもしませんか?」
「へ? 賭け?」
「ええ、その方が盛り上がるかと思いまして。そうですね……ありがちですが、この模擬戦の勝敗ないし結果に応じて、賞品を出す……というのはどうでしょう」
アクィラはそのまま、少し考える仕草を見せて、
「これから私たちは、もう少しだけ本気になって相手をします。もしミナトがそれに30分堪え切れたら、何か1つご褒美を上げましょう。それより前に、私たちのうちどちらか片方だけでも倒せたらご褒美2つ追加、両方倒せたらさらに2つ、という感じでいかがです?」
と、アクィラ。
ご褒美が欲しければやる気を出せ、その分こちらも相応に本気で行く、ということらしい。
また、30分と設定したのは、模擬戦としてそのくらいがちょうどいい時間だから、ということであった。
その申し出に、少し面白そうだと思いつつ、うんうん、と聞き入るミナト。
「ちなみにご褒美は、すぐに決めるのは難しいので後から応相談で、ということになりますが、不必要に値切ったりケチったりするつもりはありませんから、大丈夫ですよ。達成できた条件が難しいものであればあるほど、多少無茶な要求でも聞いてあげます」
「ふーん……で、賭けってからには、こっちも何か出すの?」
「そうですねえ……ああ、そうだ、せっかく用意してくれてたことですし、アレにしましょうか。この間のパーティーの時に没になった、余興のビンゴゲームの景品がありましたよね? ミナトが10分保たずにリタイアしたら、あの中から私とお兄様が1つ、5分以内ならば2つもらう、というのはどうでしょうか? そして、もし1分も保たなかったら……」
一拍、
「メルディアナ殿下の無茶ぶりを1つ聞いてもらう、というのはどうです?」
「最後の以外はおーけーです」
「よろしい、ではそれで」
ばっさりと切って捨てた返答。しかしアクィラは特に残念がる様子もなく――さすがに冗談だったのだろう――では、と杖を構えなおす。
観客席から、『何だつまらん』という、聞き覚えのある声が聞こえたが、フィールドに立っている3名はきれいにスルー。互いに構えなおし、第2ラウンドを始める用意に入る。
と、またしてもアクィラが、思いついたように……というよりは、思い出したように、
「ああそうだミナト。そういうわけで、これからもうちょっと激しいバトルになりますから……武器と防具とか、何か用意するものがあれば、今のうちにどうぞ? 私たちとしても、出せる力は全部出してもらった方がいいですし」
「ん、そうだね……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう答えると、ミナトは……
☆☆☆
「あらあら、燃えてきたみたいね、あの子」
「物理的に燃える前でよかったな、お袋」
観客席で、横から飛んできたブルースのツッコミ気味の合いの手は華麗にスルーしつつ、リリンは、『やれやれ』といった調子で苦笑いしていた。
「でも、何だか楽しそうですね、ミナト。戦うのは好きじゃない、って前に聞きましたけど」
「そう言われればそうですね……以前は、シェリー嬢の手合わせの申し出をうんざりしつつ断っていたと思うのですが……心境の変化でもあったのでしょうか?」
そんな彼女の斜め後ろで見ていたフレデリカとウィルが、不思議そうにつぶやいた。
本人が気づいているかどうかはわからないが、ミナトは、戦っている途中から徐々に、顔に笑みが浮かんできていた。以前聞いた話、見た記憶と異なるその様子が気になったらしい。
「そりゃまあ、戦いそのものが嫌い、ってわけちゃうからな」
「? というと?」
「確かに、戦い好きなバトルジャンキーってわけじゃないけど……嫌いなわけでもないのよね、あの子。むしろ、楽しんでやれるようなアトラクション的な奴や、確実に自分や仲間の成長につながるようなのは好んでやるタイプなのよ」
「なるほど……じゃあやっぱりアレ、ドレーク兄さんとアクィラ姉さんとの戦いにも、そういう楽しさを見出してるから笑ってるのかな? 単にご褒美目当てでやる気出してるとかじゃなくて」
「でしょうね。まあ、本人気づいてるかどうかあやしいけど」
「……そーいえば、前にもあんな風に楽しそうに戦ってた時があったっけなぁ」
と、リリンの斜め後ろに座っているミシェルが、思い出したようにそうつぶやくと、興味を惹かれたのか、リリンを含む何人かの視線がミシェルに向いた。
それを受け、ミシェルはその時の事を思い出しながら、
「アンデッド相手に模擬戦したいっていうから、最初に500匹ぐらい、武装スケルトンの大群と戦わせて……その中にちょこちょこ、AからAAくらいの強個体混ぜてさ。それが終わったら、AAAの強い奴出して、最後にSランクのボス的なの出してあげたんだけど」
「段階的に強い相手を……ってことか? まあ、オーソドックスというか、ありがちなやり方ではあるが……」
「うーん……やり方、っていうか、状況とか、シチュエーション? が、お気に召したのかな、アレは? 『ザコ敵もとい戦闘員無双からのボスキャラ討伐はヒーローの王道だよね!』とかなんとか言ってたし……」
「……いつものことながら、よくわからんやっちゃな」
「しまいには、別にしなくても確実に勝てただろうに、おニューでしかもまだ試作品だっていう強化変身モードまで披露してくれちゃってさ。いやあ、心底楽しそうだったよ」
「……その強化変身が出るんじゃねーの、アレ?」
と、ブルースの声に、想像力を働かせながらうんうんとうなっていたミシェル達は、ミナトに視線を戻すと……その体から、大量の闇の魔力が噴き出すところだった。
ここから、派手な闇の渦巻きのエフェクトと共に、体を覆う装備が出現していく……という変身プロセスを知っている何人かは、やや呆れたような、しかし同時にやさしさや温かみのこもった目でミナトを見る。というか、見守る。
それ以外の何人かは、これから何が起こるのか……という、程よい緊張感のこもった眼差しを、バトルフィールドで体から闇をまき散らすミナトに向けていた。
……が、
次の瞬間、ミナトの身に起こったのは……見ていた全員の――それこそ、以前に強化変身を見ていた面々や、相対しているドレークやアクィラをも含め――予想を裏切る、というか度肝を抜くと言っても過言ではない、すさまじく突拍子もない事態だった。
それは……ミナトが、拳を握った左手を前に突き出し、何かつぶやいたと思うと……その薬指にはめられている指輪が輝いた、その瞬間に起こった。
『Stand-by! Are You Ready?』
「OK! Come On!!」
『Yeah!! Good Luck!! Set Up―――Hyper!!』
「「「…………はい?」」」
現代日本のヒーローものによくある『よくしゃべる変身アイテム』のノリは、どうやらキャドリーユ家と言えども、その顔を『きょとん』にしてしまうものだったようだ。
同じフィールドに立っている2人も含めた、兄弟姉妹たち、そして母親の唖然とした視線の先で、ミナトの体が闇に包まれ……『パワードアームズ』と同様に、強化装備が覆っていく。
それは、2ヶ月の間にミナトが作り上げた、新たな力。
新たに会得した『シャーマン』の力や、現時点における最強形態である『アルティメットジョーカー』の力を参考にして設計し、くみ上げ、完成した新装備。
戦闘力は『アルティメット』にこそ遠く及ばないが、従来の強化変身である『アメイジング』を上回る強化幅を実現し、反動も皆無に等しいことから、実質的な上位互換となっている。
ベースカラーは黒色のまま、装備の各所に金色の縁取りが現れたり、同じ色のラインが走る。
ノースリーブのジャケットは長袖のコートになり、胸や肩の部分を覆う装甲が現れる。
装甲は、動きを阻害しない程度に重厚さを増し、重鎧とプロテクターの中間程度のそれに。
また、両手両足と胸にあった宝玉『デモンズパール』や、背中の飛行ユニット『NIエンジン』はなくなっている。
代わりにではないが、各部にメカメカしい、機械のような意匠がいくつも見て取れる。ただの飾りではないであろうことは確かだが、見た目からその機能を推し量ることも難しい。
仕上げとばかりに、全身からブシュゥウウゥ……と蒸気のように、余剰分と思しき闇魔力が噴き出し、同時に体を覆っていた黒い竜巻が拡散・消滅。
呼気からも魔力を排出しつつ、呼吸を整えたミナトは……強化変身の完了と共に括目し、ドレーク、アクィラの両名を見据え、改めて構えなおした。
「『ハイパーアームズ』……装着、完了!!」
ご了承ください。
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さて、ちょっと思い出してほしいんだけども……僕が先日の見学ツアーの日に案内『しなかった』場所の1つに、『スタジアム』というものがあるのを覚えているだろうか?
言ってみれば、そのまんまサッカーとかの競技場みたいな感じになっていて、周囲に観客席があり、その真ん中部分に、色んな用途に使えるグラウンドのようなスペースがある。
そのグラウンド部分は、模様から材質まで色々といじることができるため、石灰で描いたような5本線のラインを引いて100m走や長距離走のトラックにしたり、サッカーのフィールドにしたり、野球のグラウンドにしたりもできる。多分する機会ないけど。
そして同時に、普通の土や石で作った地面にした上で周囲にバリアを張り、闘技場というかみたいな使い方をすることもできる。というか、それメインで作ったわけだし。
王都にもそんなのあったな。軍関係者の、魔法とか解禁した高レベルな模擬戦用に用意されていたスペースだ。結界で観客に被害が行くのを防いだ上で、思いっきり戦えるように。
大きな町なら大なり小なり似たようなスペースはあるものだ。武術の門下の試合や軍人や傭兵の訓練。さらには冒険者やら傭兵の荒くれ連中の私闘など、用途は多い。
ブルース兄さんのとこの傭兵団も1つ持ってる、って前に聞いたな。
この『スタジアム』はそういうのの超豪華版だ。自分で言うのもなんだが、汎用性、復元性能、結界強度等、どれをとっても最高水準のそれを誇っている。
さっき話したように、材質に構造に様々いじれるバトルフィールド。空間拡張・収縮も可能で、広さを自由に変えられるし、天井の有無も選択できる。
師匠のところの『スライムタイル』を改良して作った素材による高い自己復元能力と、そもそも素材自体が要塞の壁よりも数段強固なそれを誇っている防御性能。
それをさらに覆うバリアは、Sランクの魔物の攻撃にさえある程度は耐える強度がある。ちょっといじれば、さらに強度を増すことが可能だ。
そして、従来の『スライムタイル』にもあった、『ダミー』の魔物の精製能力。
これらの性能があるので、僕ら『邪香猫』は普段、ここをもっぱら模擬戦用のバトルフィールドに使っている。時に人VS人、時に魔物相手、って感じで。
で、何で今そんな話をつらつらと述べたのかというと……だ。
案内の日には『別に見ても仕方ないだろ』と思って飛ばしたここだけども……予想外に好評というか、需要あったみたいなんだよね。
「そこまでっ! 勝者キーラ!」
―――ワァァァアアアア!!
「っかー……! もうそろそろ勝てるかなって思ったんだけどなー……」
「なァーに言ってやがる、100年はええっつーの」
「100年前にも聞いたよ、そのセリフ……」
フィールドには、大斧(模擬戦用)を肩に担いでケラケラと笑うキーラ姉さんと、その数歩先の地面に、満身創痍といった感じで倒れ伏すシャンカス兄さん。いつかのエレノアさんみたいに、手にモグラの毛や長い爪を生やして……獣人モードというか、戦闘モードであった。
次の瞬間には、しゅうう……と音を立てて普通の肌に戻っていったけど。
そんな戦闘モードのシャンカス兄さんを、完封に近い形でたたき伏せたのが、自分の身長よりも大きな斧を振り回して豪快に戦っていたキーラ姉さん、というわけだ。
彼の名誉のために言っておくと、シャンカス兄さんが弱かったわけではない。彼も一般基準で見れば十分にぶっとんだ実力者と言っていい1人だ。
獣人の特性であるスピードとパワー、そして、モグラゆえの『地面を掘って退避・奇襲』というトリッキーな戦法、そしてそこからくる戦闘能力は、AAAの魔物すら屠るだろう。
しかし、キーラ姉さんにはかなわなかった。ドワーフ族としてそれ以上の怪力と身軽さを持ち、斧の重量をうまく扱って立ち回った上、地中にいる時のシャンカス兄さんの動きすら、地面の振動や音で完璧に把握して対応してみせたのだから。
そして、その戦いの審判を買って出ている母さんの一声で戦闘終了となり、両者はスタンドに戻り、休憩に入り……シャンカス兄さんにはフラン姉さんが魔法で治療を行っていた。
……というわけで、今現在僕らは……『キャドリーユ兄弟姉妹模擬戦大会』の真っ最中です。
☆☆☆
うちの兄弟姉妹たちには、戦うのが好きな奴もいれば、好きじゃない奴もいる。
けど、そこまで両極端な位置にいる者はいないようだ。シェリーみたいな戦闘狂や、極度に戦うのが嫌いな感じのは。
皆、適度な運動や強くなるための経験になる戦いは好ましい、って感じだな。
それに加えて、この兄弟姉妹の中でも上位の力を持つ者は、普通の設備の闘技場とかじゃあその力をろくに発揮することもできない。言うまでもなく、強すぎるせいで。
力を入れすぎると、攻撃の余波だけでも闘技場が吹き飛びかねない。
そのため、ドレーク兄さんやアクィラ姉さん、ブルース兄さんなんかは、手加減に手加減を重ねた状態でないと、普通の設備での模擬戦なんかできないのだ。
そこへいくと、僕が作ったこの『スタジアム』は、よっぽどの攻撃でもない限りは耐えられるということもあって、試しに使ってみた皆から大うけ。かなり気に入られた。
そこで、母さんが『みんな揃ってるしこの際……』という感じで提案して始まったのが、今回の模擬戦大会というわけだ。
兄弟姉妹の中には、仕事柄普段戦ったりしないような人――ディア姉さんやシエラ姉さんとか――も居るので、いい機会だってことで、皆賛成した。その2人も含め、たまには思いっきり体を動かしておきたい、と思っていた人も多かったようだ。
僕としてもそれには同感だし、戦いを見たことがない他の兄さん、姉さんの戦闘スタイルや強さを見る機会でもあったので、快く施設の使用許可を出させてもらったわけだ。
基本的にこの大会は、『誰やるー?』『あ、じゃあ俺やるー!』『俺もー!』的な形で適当にマッチングして戦いが行われるので、希望制でやりたい者からどんどん戦っていっている。
さっき、キーラ姉さんとシャンカス兄さんが一戦やったし……現時点で、ほとんどのメンバーが1回以上ずつ戦ってる感じだ。
ちなみに、不参加はアイドローネ姉さんのみ。『眠い』そうです。
ダンテ兄さんはいつもの白衣でなく、動きやすい服装で、手甲脚甲に軍用ナイフや暗器を装備。同じくパワータイプであり、獣人モードで腕に体毛を生やして体が一回り大きくなり、牙と爪が長く伸びたダイアナ姉さんと戦っていた。
魔法使いタイプのノルン姉さんは、同じく魔法使いタイプのフレデリカ姉さんと魔法合戦を繰り広げていて、炎や氷、風や砂礫や雷が飛び交わせていた。
小柄な外見に似合わないダイナミックさで風と水の魔法を放つのに加え、時折『精霊魔法』まで混ぜて繰り出すノルン姉さんが優勢に見えたけど、途中から額に『第3の目』を出現させたフレデリカ姉さんが魔力を爆発的にブーストさせたときは驚いた。展開的にも、ビジュアル的にも。
いやだって、いきなり額に『カッ!』って目が開いて……思わず飲んでたジュースを吹き出した僕は多分悪くない。
同じく魔法使いタイプ同士で戦っていたのは……フラン姉さんとジェリーラ姉さんだ。
どちらもエルフらしく、風と水の魔法をがっつり操って戦ってたけど、フラン姉さんはさらにそこに剣を、ジェリーラ姉さんは鞭を織り交ぜて戦っていた。あの2人の得意武器らしい。
しかもどちらもマジックアイテムのようで、フラン姉さんのフェンシングのような太刀筋に沿って発生した風の刃を、ジェリーラ姉さんが縦横無尽に水の鞭を走らせて消し飛ばしたりしていた。
普段はあんまり戦いというものに縁がないディア姉さんとシエラ姉さんは、タッグを組んで、ウィル兄さんとセトロラ姉さんのコンビと戦っていた。
ディア姉さんとシエラ姉さんは、双子ならではの息の合ったコンビネーションで、魔法主体で攻める。対するコンビは、セトロラ姉さんが前衛に立って得物であるエストックを両手に駆け回り、後衛のウィル兄さんがそのサポートに魔法を繰り出して戦っていた。
すごかったのは、ブルース兄さんとノエル姉さんの、炎VS氷の戦いだった。
模造刀に炎をまとわせ、縦横無尽に鋭い斬撃をすさまじい速さで放って戦うノエル姉さん。その攻撃の余波でたちまち周囲の地面は乾いていき、切り刻まれ、灼熱地獄になる。
しかし対するブルース兄さんは、氷点下数十度の冷気を常にまとい、歩くだけで地面に霜が降りる。猛吹雪や氷柱の弾丸を放ち、片っ端から凍り付かせて粉砕していっていた。
杖に巨大な氷の刃――しかも相当な魔力を込めてるのか、全然解けない――を装着してハルバードにして、姉さんの炎の剣と真っ向から打ち合ってた。さすが兄弟ナンバー3。
けどそれ以上のスケールだったのは……ミシェル兄さんとイオ兄さんの戦いだな。
巨人族であるイオ兄さんと、そのイオ兄さんより大きな『ヒュージスケルトン』を作り出して戦うミシェル兄さん。さながら怪獣大戦争である。
地力の差ゆえかイオ兄さんが毎回勝つんだけど、そのたびにミシェル兄さんが新しい、しかも前とは違う形の巨大アンデッドを作り出す。しかもイオ兄さんも面白がってそれをわざわざ待って戦って、を延々繰り返すもんだから、砕けた骨でフィールドが埋まりそうになった。
まあ、スライムタイルで吸収してエネルギーに還元できるし、いいんだけど。
とまあ、説明としてはこんなとこかな。
他にも色々組み合わせはあったんだけどね。1人1戦って決まってるわけじゃないから。
無論、僕も戦ったし。ノエル姉さん相手に、『合宿』の時と同じような戦いを繰り広げたり、ミシェル兄さんの作り出す骸骨軍団相手に無双したり、ディア姉さんとシエラ姉さん相手に、直接的な戦闘じゃなく……可視化した幻影で、主導権争い主体の幻術合戦やったりした。
さらには、『邪香猫』のメンバーや、護衛で来てるメンバーから希望者が飛び入り参加したりもした。シェリーとか、ナナとか、ギーナちゃんとか、イーサさんとか。
ルビスも興味ありそうだったけど、さすがに止められてたな。
で、実はこの後……もう1戦、控えてるんだよね……。
最後の最後に……とんでもない対戦カード組まれてしまったので。母さんに。
☆☆☆
「それじゃ、用意はいいかしら、3人とも?」
「はい、母上」
「いつでも大丈夫ですよー?」
「ん……いいよ」
最後のが僕だ。審判役を務める母さんの問いかけに、そう返した。
体の各部をあっためるための、柔軟体操をきっちりやりながら。
で、フィールドの中心部を挟んで反対側には……ドレーク兄さんとアクィラ姉さんの2人。
……いや、ホントのこと言えばあんまり用意よろしくないんだけどもね?
何だって僕、男女の兄弟最強を同時に相手にすることになってるのか……。
「あのさ……今更で悪いんだけどもさ、コレ、一瞬で終わっちゃわない?」
「おっ? 何よミナト、随分な自信じゃないの?」
「んなわけないでしょ。逆だよ逆……僕がドレーク兄さんやアクィラ姉さんと、しかも2対1ってそれ、悪いけどもう無理じゃん。模擬戦だからせっかく、にしたって限度ってもんが……」
と、ため息交じりにそう母さんに言ったら……なぜか母さんが、『よく言ってくれた』的な笑みをその顔に浮かべた。え、何?
と思ったら、その直後に『はぁ……』とため息を返してきた。え、ホント何?
「それよ、それ……ミナト、あなたね、こないだも言ったけど……自分の実力はきちんと把握しなきゃダメよ。このカードはある意味、そのためのものなんだから」
「……どゆこと?」
「すぐわかるから。さ、両者構えてー」
返答は返ってこず、代わりに戦闘開始のカウントダウンが始まったので……しかたないか、と割り切って頭を切り替える。
向こう側では、兄さん達も同じようにしてるわけだし。
10から始まったカウントが減る間に、頭の中でルールの確認でもしておく。
基本、何でもあり。武器も、魔法も、体術も、召喚術なんかの特殊スキルも。
刃物の場合は刃をつぶした武器を使うことと、広域殲滅系みたいな威力ありすぎる魔法や戦技は使わないこと。注意点はこのへんか。
そしてフィールドは、特に何の変哲もない地面。
ただし、相応の規模の戦いが起こることを考慮して、頑丈さは金属以上にしてある。
ドレーク兄さんはいつもの軍服で、手に……何というか、表現に困る武器を持っている。
ごついというか、怖いというか……中々に複雑かつ凶悪な形の、長物だ。斬る部分もあるし突く部分もあるし、さらにはひっかける部分もある。汎用性はあるが、ありすぎて逆に扱いが難しそうな感じの武器。地球で言う……『方天画戟』だっけ? アレに近いな。
アクィラ姉さんはいつもの杖だ。服もいつもと同じ、法衣。
そして、二人ともいつもと変わらない表情なんだけど……一応臨戦態勢ではあるためか、離れていてもここまで威圧感みたいなのが漂ってくる。
ちょっとこれは……模擬戦とわかっていても、中々に緊張するな……。
……まあでも、今そんなことを思ったところで仕方ない。
これ以上心の準備をする時間もないわけだし……よし、考えるのはやめだ、やめ。
自分にできる精一杯を、ぶつけさせてもらうとしよう。
「3、2、1……はじめっ!!」
☆☆☆
「じゃ、行きますよー? 『エクスプロージョン』」
戦闘開始と同時に、すさまじい勢いで膨れ上がるアクィラの魔力。
それを即座に、かつ鋭敏に感じ取った結果……一発目からいきなり加減する気がない威力の攻撃が飛んでくると悟ったミナトは、驚き、慌ててその場から飛び退った。
しかし、完全に効果範囲内から抜け出ないうちに……アクィラの魔法が完成。
一瞬前までミナトがいた空間に、突如、魔力の収束した、人の頭ほどの大きさの光球が現れ……次の瞬間、炸裂。
周囲数十mを巻き込む、巨大な爆発が引き起こされた。
すさまじいまでの熱と爆風が周囲を席巻し、頑丈な地面にクレーターを作る勢いで広がり……それを食らったミナトも、大きく吹き飛ばされる。
「っ、く……い、いきなりこんな大技を……」
跳躍の直後だったため、余計に飛ばされてしまうが……ミナトはそれを逆手に取り、空中で体勢を立て直して着地した。
それを見たアクィラは、ふむ、と感心したような表情になり、
「吹き飛びはしたものの、無傷ですか……やはり頑丈ですね。普通の人間なら跡形もなく消し飛んで、骨のかけらも残らない威力なんですけど」
「なんてものを弟に当ててんだよあんたは!?」
「次行きますよー……『フレイムランス』!」
「スルー!?」
炎を収束させて槍の形をさせて、それを何本も飛ばしてくるアクィラ。
それをミナトは、拳で叩き落し、爆発させて消し飛ばす。
結果、拳から肩あたりにかけての部分に、手甲があるとはいえ、爆発が直撃する形となっているわけだが……目立ったダメージが入っているようには見えなかった。
元より、『タワーリングインフェルノ』などによって発生させたマグマの熱にすら涼しい顔をしていられるミナトである。多少の高熱や爆発など、実のところ避けるまでもない。
そんなミナトの頑丈さを、『リアロストピア』での一件で見て知っているアクィラは、遠慮は無用とばかりに、序盤も序盤から強力な魔法を放ちまくっている。
「ふむ、これも効きませんか。では次は……」
「ちょっとアクィラ姉さん!? あの、アレ……最初から飛ばしすぎじゃないの!? さっきから僕、当たったらAAクラスの魔物でも爆散するようなのしか食らってないんですけど!?」
「何を言ってるんですか、ミナト。あなたはもう、ちまちま細かい様子見の戦いで図る範囲の強さなんて、とうの昔に通り過ぎてるでしょう? それに、どっちみち最終的には本気で戦うわけですし……だったら最初から飛ばしていった方が早く火が付くじゃありませんか」
「ああそうだね、確かに火が付きそうになってるよ! 物理的に!」
「続いて『フレイム』」
「またスルー!?」
返事代わりに放たれたのは、先程までとは違い……魔力で発生させた火炎を吹き付けるだけの、初級から中級に位置する魔法。
しかしこの魔法、魔力を注げば注いだ分だけ、火力が増して強力になるという、術者の実力次第で威力の底上げが可能な魔法でもある。
言い換えれば、つぎ込んだ燃料の分だけ、天井知らずで威力が上がっていく。
それを、魔力量および魔力制御能力が共に規格外どころではないアクィラが使った結果……杖の先から放たれた業火は、火炎放射器も真っ青な火力と勢いで吹き付け、射線上の地面を溶解一歩手前まで赤熱させながらミナトに迫っていった。
「んなろ……そう何度も!」
その直後、ミナトの体を、薄緑色の燐光が包んだ。
しかしそれは、身体強化の類ではないと、即座にアクィラは見抜く。
強化ではなく……変化。何らかの変化が、今、ミナトに起こったのだ、と。
次の瞬間、地面を赤熱させる火の海に飲み込まれたミナトだが、その熱に微塵もダメージを受けることはなく……むしろ、だんだんとその身の魔力が高まっている。
しかも、よく見れば……炎で照らされたその黒い髪の毛が、わずかに緑色がかって見える。
しばしの思考の後、アクィラはその正体に行き着いた。
「……ああ、例の『攻撃吸収』とやらですか」
「ご明察……今回のは言ってみれば、『火力発電』バージョンのね」
外部からの魔法による攻撃・刺激を吸収・変換して魔力に変える、ミナトの特殊技能。
そこにさらに、アクィラは気づかなかったが、『魔緑素』による光合成も加わり、激しい炎の中でも酸欠になったりすることがない状態である。
そもそも攻撃が攻撃の意味をなしていない状況。ミナトの桁違いどころではない耐久力を前に、これ以上は無意味と悟ったアクィラは、杖の一振りで一面の炎を消した。
それを待っていたのかどうかはわからないが、ミナトはその瞬間に地を蹴って前に飛び出し、アクィラとの間の数十mの距離を一瞬にして詰める。
しかし、同時に後ろに引き絞られたその拳が、放たれ、アクィラの細身の体をとらえるよりも前に……2人の間に、軍服に身を包んだ長身の人影が割り込んできた。
「……っ!?」
「敵が1人ではない状況で、隙の大きい大振りの一撃は悪手だぞ、ミナト。相手を確実に、一撃で仕留められるわけでもなければな」
ガギン、という金属音と共に、ミナトの拳はドレークの戟によって阻まれ……そこからさらに流れるような動きでその戟が振るわれ、カウンターの切り払いがミナトに迫る。
それをミナトは、空中で無理やり前転するように跳んでかわすと、『スカイラン』で相手の間合いから離脱する。
ドレークは、それを追ってはこなかった。
(ったく……世界で一番凶悪な前衛・後衛コンビだな……)
声に出さずに心の中でそうつぶやきつつ、着地と同時にミナトは次の手に出る。
足に『土』と『雷』の魔力を充填……『リニアラン』を発動。消えたかと思うほどの超高速でその場から駆け出し……やや大回りして、再びアクィラを狙う。
が……ドレークは平然とそれに反応し、追いついてきた。
よく見ると、ミナト同様加速系の魔法を――『風』属性によるそれを使っているのがわかるが、音を置き去りにする速さで動いているミナトに対し、それが見えてきっちり反応でき、あまつさえ追いつくという時点で、魔法云々の問題ではないと言える。
一瞬で進路をふさがれてぎょっとするミナトが急停止するより早く、ドレークの戟が横一線の軌道を描いて振るわれ……
「……ぅおぁ、っと!?」
「……! ほう……?」
それをミナトは、リンボーダンスか何かのように、とっさに体を大きく反らしてかわし……さらにその戟の柄をつかみ、逆上がりの要領で回って、曲芸のごとく空中に飛び上がった。
今度は退避はせず、空を蹴ってさらに回転し、飛び回し蹴りをドレークめがけて放つ。
それをドレークは、戟を持っていない方の手で受け止めた。
そしてそのままミナトの足首を握りしめ……地面に叩きつけようと振り下ろす。
しかし奇妙なことに、その瞬間……一瞬だけ、ドレークの体の動きが止まった。
しかも、何かに全身を抑えられて無理やり止められたかのような……やや不自然な動きと共に。効果音をつけるなら、『ぴたっ』よりも『ぎしっ』だろう。
少しだけ驚いたような表情で――よく見なければわからない程度の変化ではあるが――ドレークが動きを止めた瞬間、ミナトは強烈に横回転で体をひねって拘束を抜け出し、着地。
直後、ドレークのみぞおちめがけて正拳突きを放つ。
しかし、本当に一瞬しか動きを止めることのなかったドレークは、それを戟の柄でいなすようにして防ぎ、刃を向けてけん制しながら、バックステップでミナトから距離を取った。
「……面白い技を使うな。今のは……金縛りの類か?」
「正解。ちょっとしたアレンジを加えてある、僕のオリジナル版だけどね」
通常、幻術などと同様に、相手の精神に干渉することによって動きを封じる『金縛り』。
ミナトが改良して生み出したこれは……精神への干渉と同時に、肉体にも同一の反応を起こすような電気刺激による命令を送り込むというもの。
脳や神経系からの電気信号で命令を受けて動いているという、人体の性質の応用。
欠点としては、相手と直接接触していないと使えないという点であるが、『幻』と『現』の両面からのアプローチで相手を縛るこの技は、うまく使えればきわめて強力な手であるし、相手との実力差が大きければ大きいほど、拘束できる時間が長くなる。
そこまでは知らないが、今起こった現象から、ミナトに不用意に触れるのはリスクがあるとさっとったドレークは、それを念頭に置いた上で戦いを進めるべく、戟を構えなおす。
それに合わせるように、自分も拳を構え……ようとしてしかし、直後に横合いから飛んできた火炎弾をかわすべく後ろに飛び退るミナト。
「ふむ……きちんと周囲への気配りは忘れていないようですね、感心感心」
「ほめてもらってなんだけど、直前にやられたことがアレ過ぎて全然喜べないんですけど」
三白眼になってそう言いながら、ミナトが指さした先には……火炎弾が着弾したところの地面が、ドロドロに溶けてマグマのようになっている光景があった。
明らかに、先程までの魔法攻撃の数々よりも強力である。少なくとも、温度的には。
そんな姉弟のやり取りを前にしつつも、その2人の兄は冷静に物事を考える。
「ふむ……さすがに『SS』にまで上り詰めただけの実力はある、ということだな。この戦いについてこれているのみならず、精神的にも十分に余裕があるようだ」
「でしょう? まあ、私としても、実際に目にして納得した部分もいくつかありますが……これなら、私たちが本腰を入れて戦っても大丈夫だと思いません?」
「おーい、何その会話。死刑宣告?」
普段であれば、向けられる側に立つことが多い三白眼になって、気のせいか、やや嬉しそうにそんな話をしているドレークとアクィラにそうツッコむミナトだが、無常にも2人は、その言葉通りにさらなる力をその身にたぎらせ始める。
やっぱまだ悪化するんだ、とため息をつくミナト。
すると、それを横目で見ていたアクィラが……ふと、思いついたように言った。
「そうだ、ミナト。せっかくの勝負ですし……ひとつ、賭けでもしませんか?」
「へ? 賭け?」
「ええ、その方が盛り上がるかと思いまして。そうですね……ありがちですが、この模擬戦の勝敗ないし結果に応じて、賞品を出す……というのはどうでしょう」
アクィラはそのまま、少し考える仕草を見せて、
「これから私たちは、もう少しだけ本気になって相手をします。もしミナトがそれに30分堪え切れたら、何か1つご褒美を上げましょう。それより前に、私たちのうちどちらか片方だけでも倒せたらご褒美2つ追加、両方倒せたらさらに2つ、という感じでいかがです?」
と、アクィラ。
ご褒美が欲しければやる気を出せ、その分こちらも相応に本気で行く、ということらしい。
また、30分と設定したのは、模擬戦としてそのくらいがちょうどいい時間だから、ということであった。
その申し出に、少し面白そうだと思いつつ、うんうん、と聞き入るミナト。
「ちなみにご褒美は、すぐに決めるのは難しいので後から応相談で、ということになりますが、不必要に値切ったりケチったりするつもりはありませんから、大丈夫ですよ。達成できた条件が難しいものであればあるほど、多少無茶な要求でも聞いてあげます」
「ふーん……で、賭けってからには、こっちも何か出すの?」
「そうですねえ……ああ、そうだ、せっかく用意してくれてたことですし、アレにしましょうか。この間のパーティーの時に没になった、余興のビンゴゲームの景品がありましたよね? ミナトが10分保たずにリタイアしたら、あの中から私とお兄様が1つ、5分以内ならば2つもらう、というのはどうでしょうか? そして、もし1分も保たなかったら……」
一拍、
「メルディアナ殿下の無茶ぶりを1つ聞いてもらう、というのはどうです?」
「最後の以外はおーけーです」
「よろしい、ではそれで」
ばっさりと切って捨てた返答。しかしアクィラは特に残念がる様子もなく――さすがに冗談だったのだろう――では、と杖を構えなおす。
観客席から、『何だつまらん』という、聞き覚えのある声が聞こえたが、フィールドに立っている3名はきれいにスルー。互いに構えなおし、第2ラウンドを始める用意に入る。
と、またしてもアクィラが、思いついたように……というよりは、思い出したように、
「ああそうだミナト。そういうわけで、これからもうちょっと激しいバトルになりますから……武器と防具とか、何か用意するものがあれば、今のうちにどうぞ? 私たちとしても、出せる力は全部出してもらった方がいいですし」
「ん、そうだね……じゃあ、お言葉に甘えて」
そう答えると、ミナトは……
☆☆☆
「あらあら、燃えてきたみたいね、あの子」
「物理的に燃える前でよかったな、お袋」
観客席で、横から飛んできたブルースのツッコミ気味の合いの手は華麗にスルーしつつ、リリンは、『やれやれ』といった調子で苦笑いしていた。
「でも、何だか楽しそうですね、ミナト。戦うのは好きじゃない、って前に聞きましたけど」
「そう言われればそうですね……以前は、シェリー嬢の手合わせの申し出をうんざりしつつ断っていたと思うのですが……心境の変化でもあったのでしょうか?」
そんな彼女の斜め後ろで見ていたフレデリカとウィルが、不思議そうにつぶやいた。
本人が気づいているかどうかはわからないが、ミナトは、戦っている途中から徐々に、顔に笑みが浮かんできていた。以前聞いた話、見た記憶と異なるその様子が気になったらしい。
「そりゃまあ、戦いそのものが嫌い、ってわけちゃうからな」
「? というと?」
「確かに、戦い好きなバトルジャンキーってわけじゃないけど……嫌いなわけでもないのよね、あの子。むしろ、楽しんでやれるようなアトラクション的な奴や、確実に自分や仲間の成長につながるようなのは好んでやるタイプなのよ」
「なるほど……じゃあやっぱりアレ、ドレーク兄さんとアクィラ姉さんとの戦いにも、そういう楽しさを見出してるから笑ってるのかな? 単にご褒美目当てでやる気出してるとかじゃなくて」
「でしょうね。まあ、本人気づいてるかどうかあやしいけど」
「……そーいえば、前にもあんな風に楽しそうに戦ってた時があったっけなぁ」
と、リリンの斜め後ろに座っているミシェルが、思い出したようにそうつぶやくと、興味を惹かれたのか、リリンを含む何人かの視線がミシェルに向いた。
それを受け、ミシェルはその時の事を思い出しながら、
「アンデッド相手に模擬戦したいっていうから、最初に500匹ぐらい、武装スケルトンの大群と戦わせて……その中にちょこちょこ、AからAAくらいの強個体混ぜてさ。それが終わったら、AAAの強い奴出して、最後にSランクのボス的なの出してあげたんだけど」
「段階的に強い相手を……ってことか? まあ、オーソドックスというか、ありがちなやり方ではあるが……」
「うーん……やり方、っていうか、状況とか、シチュエーション? が、お気に召したのかな、アレは? 『ザコ敵もとい戦闘員無双からのボスキャラ討伐はヒーローの王道だよね!』とかなんとか言ってたし……」
「……いつものことながら、よくわからんやっちゃな」
「しまいには、別にしなくても確実に勝てただろうに、おニューでしかもまだ試作品だっていう強化変身モードまで披露してくれちゃってさ。いやあ、心底楽しそうだったよ」
「……その強化変身が出るんじゃねーの、アレ?」
と、ブルースの声に、想像力を働かせながらうんうんとうなっていたミシェル達は、ミナトに視線を戻すと……その体から、大量の闇の魔力が噴き出すところだった。
ここから、派手な闇の渦巻きのエフェクトと共に、体を覆う装備が出現していく……という変身プロセスを知っている何人かは、やや呆れたような、しかし同時にやさしさや温かみのこもった目でミナトを見る。というか、見守る。
それ以外の何人かは、これから何が起こるのか……という、程よい緊張感のこもった眼差しを、バトルフィールドで体から闇をまき散らすミナトに向けていた。
……が、
次の瞬間、ミナトの身に起こったのは……見ていた全員の――それこそ、以前に強化変身を見ていた面々や、相対しているドレークやアクィラをも含め――予想を裏切る、というか度肝を抜くと言っても過言ではない、すさまじく突拍子もない事態だった。
それは……ミナトが、拳を握った左手を前に突き出し、何かつぶやいたと思うと……その薬指にはめられている指輪が輝いた、その瞬間に起こった。
『Stand-by! Are You Ready?』
「OK! Come On!!」
『Yeah!! Good Luck!! Set Up―――Hyper!!』
「「「…………はい?」」」
現代日本のヒーローものによくある『よくしゃべる変身アイテム』のノリは、どうやらキャドリーユ家と言えども、その顔を『きょとん』にしてしまうものだったようだ。
同じフィールドに立っている2人も含めた、兄弟姉妹たち、そして母親の唖然とした視線の先で、ミナトの体が闇に包まれ……『パワードアームズ』と同様に、強化装備が覆っていく。
それは、2ヶ月の間にミナトが作り上げた、新たな力。
新たに会得した『シャーマン』の力や、現時点における最強形態である『アルティメットジョーカー』の力を参考にして設計し、くみ上げ、完成した新装備。
戦闘力は『アルティメット』にこそ遠く及ばないが、従来の強化変身である『アメイジング』を上回る強化幅を実現し、反動も皆無に等しいことから、実質的な上位互換となっている。
ベースカラーは黒色のまま、装備の各所に金色の縁取りが現れたり、同じ色のラインが走る。
ノースリーブのジャケットは長袖のコートになり、胸や肩の部分を覆う装甲が現れる。
装甲は、動きを阻害しない程度に重厚さを増し、重鎧とプロテクターの中間程度のそれに。
また、両手両足と胸にあった宝玉『デモンズパール』や、背中の飛行ユニット『NIエンジン』はなくなっている。
代わりにではないが、各部にメカメカしい、機械のような意匠がいくつも見て取れる。ただの飾りではないであろうことは確かだが、見た目からその機能を推し量ることも難しい。
仕上げとばかりに、全身からブシュゥウウゥ……と蒸気のように、余剰分と思しき闇魔力が噴き出し、同時に体を覆っていた黒い竜巻が拡散・消滅。
呼気からも魔力を排出しつつ、呼吸を整えたミナトは……強化変身の完了と共に括目し、ドレーク、アクィラの両名を見据え、改めて構えなおした。
「『ハイパーアームズ』……装着、完了!!」
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弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
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