魔拳のデイドリーマー

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第13章 コード・オブ・デイドリーマー

第245話 リリンと、アドリアナ

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忙しくてここんとこなかなか書けませんですたい……

年度末は家に帰ったら速攻風呂→爆睡コースでした。……人事異動ってホント大変ですよ、ええ。慣れてないせいももちろんありますが。
********************************************


ある夜のこと。
僕は、リアロストピアの王都『ネオリア』……その中心部にある、王城に来ていた。

この城の地下に監禁されており、今はもう、死を待つ身である……王とやらに会うために。

もちろん、僕が会いたいと思って来たわけじゃない。

今の……あ、もう『元の』か。とにかく、王ってことは……クーデターを起こして、『ベイオリア』を滅ぼし、王族を根絶やしにして――したつもりで、だけどね。正確には――王位についた簒奪者ってこと。つまり、僕の『父親』の仇ってわけだ。

だからってどうこうないんだけどね。そのへん、どうでもいいし。
気にならないじゃなかったけど、興味もなかったし、公開処刑も見に行くつもりなかった。

なのに……なぜかその王様とやらが、僕に会いたがってるらしい。
昨日、今回の一件の最終的な戦果の報告に来たウェスカーが、そう伝えてきたのだ。

夜の闇の中、興味があるってことでついてきた、レジーナ、エルク、そして母さんと一緒に歩いていくと……待ち合わせ場所である、人気のない街角に、白い人影を見つけた。

少し目を凝らすと……僕らをここに招いた、ウェスカー本人であることがわかった。
向こうも僕らに気づいたようで、恭しく一礼してくる。

「……今日は本物みたいだね」

「ええ、さすがにこちらからお招きしておいて、分身体で出迎えるのは礼儀に反しますし」

「昨日は?」

「心の準備ができていなかったのと……正直なところ、かの『夜王』『冥王』『覇王』がそろっているところに行くのは、少々怖かった、というのもありますね……っと、これは失礼。挨拶が遅れました……お会いできて光栄です。『夜王』リリン・キャドリーユ様」

「はいはい、どーも」

同じように優雅な礼であいさつするウェスカーと、どーでもよさげに軽く返す母さん。
が、横目で見ていると……さりげなく、その一挙手一投足を観察しているのがわかった。

ウェスカーも、母さんも……どっちも。

さて、さっきの会話の通り、昨日こいつ……本人そのものではなく、魔力とマジックアイテムで作り出したっていう分身で訪問してきたのである。届ける資料持たせて。

まあ、言いたいことはわかる。母さんと師匠とテーガンさんっていう、世界最強クラス3人がいるところに、異分子である自分が行ったら……少なくとも、自分が何者であるかをきちんと事前に理解してもらっておかないと、何されるかわからない。

理解してもらったとしても、今回は手を組んだとはいえ、基本、僕らと『ダモクレス』は味方とは呼べない間柄だし、命の取り合いをしたこともある。用心したんだろう。

母さん達相手じゃ、間違いなく逃げられない。転移魔法とか、発動前に殺されるだろう。多分。

その分身体から要件を聞いた。
で、当初『そんなん知らん』って断るつもりだったんだけど……話を聞いて、会うことにした。

「すみませんね、ご足労いただきまして……どうしても口を割らないものですから」

どうもこの城のどこかに、非常時に備えて蓄えられている『隠し財宝』が存在するらしい。
今回のクーデターからの立て直しの財源にしようと、『首謀者』たちが探しているらしいが……それが、まだ一向に見つからない。

場所を知っているのはこの王のみのため、もう何日も『体に』聞いているらしいんだけども……話してくれないんだとか。

しかし、そのありかを、僕を連れてきたら話す、と言っているのだそうだ。

「薬を使うことも考えたのですが……その場合、副作用で死ぬか、よくても精神に異常をきたしますからね。公開処刑の際に、すでに心が壊れた様子では盛り上がりません。主役には、絶望を顔に張り付けた状態で、飛び交う罵詈雑言の中で死んでいただかなければ」

「あっそ……で、もう1つの方の条件は?」

「それは……申し訳ありませんが、本人にお聞きいただかないと、何とも」

とのこと。

それからしばらく歩いて、僕らは裏口から城内に入り、地下牢へと進んでいく。

そこには……元は清潔でキレイだったんだろうけど、そのせいで今はかえってみすぼらしく見える装束に身を包んだ、貴族の皆さん方(多分)が、容赦なく牢獄の中に入れられていた。

こっちを見て命乞いをしてくる者もいれば、憤慨して『出せ!』って怒鳴りつけてくる者もいる。震えて、膝を抱えておびえた目でこっちを見てくる者もいる。

まあ、あのへんに用はないので、無視して進み……一番奥の牢に、そいつはいた。

部屋の真ん中に置かれた椅子に、毛布みたいな布を巻かれたうえで縛り付けられているその男は……手入れをすればキレイに見えるんであろう、長めの茶色い髪とひげを生やしていた。
ただし、今は伸び放題の上、洗いもしてないし手入れもされてないようだけど。

それでも……王、って肩書は伊達じゃないのか、目は死んでない。
しっかりとした意思、みたいなものは感じる。

凶悪犯にする拘束措置みたいにして、過剰なまでに体の自由を奪われているその男は……ウェスカーが見張りに指示して、猿轡を取ってやると、じっとこっちを見てきた。

端から順番に見ていって……僕とレジーナのところで、目が止まる。

「……黒髪のお前。お前が、アドリアナ様の息子か」

「そーだけど」

「そうか……私を、恨んでいるか?」

適当に返したことに思うことはないのか、表情を変えずにそう尋ねてくる。
……どういう意図の質問だろうか? 恨んでいるか、って?

「どういう意味で?」

「……かつて私は、お前の父親を……王を殺して、国を乗っ取った」

目をわずかに伏せて、王とやらは語り始めた。

「だが……間違ったことをしたとは思っていない。手段は強引だったし、今回のこの結果を見れば……意味があったかどうかは疑問だろう。実際、亜人たちに転がされていたわけだからな……それでも、あの頃は……お前の父を倒さなければならない、そう考えて立った」

「…………」

「知っているかどうかは知らんが、『ベイオリア』の王……ピエール陛下の政治の手腕は、拙いの一言だった。紛争こそなかったが、国土は荒れ、民心は離れ……他国から見放されつつあることにも気づかず、やりたいことしかやらず、無気力に日々を過ごしていた……」

どうやら……僕の父親とやらは、今の連中に負けず劣らずの暗君だったらしいな。

為政者として最低限の実力こそ持っていたものの、本当に『最低限』だった上に、やることも最低限……いや、それ以下だったそうだ。自分が納めている町……王都周辺の安定のみに力を注ぎ、他は地方に投げっぱなしで関わろうとも気にかけようともしなかった。

やることと言えば、税金の回収と徴兵くらい……なんつー地方分権だ。

そのせいでゆるやかに国力そのものが衰退していき、このままではまずい、と、幾人かの政治関係者たちは考えるようになった。

歳入の低下、人口の流出……問題は山積している。
加えて、国際的な影響力は低下の一途をたどっている。このままだと、十数年後には、国そのものが立ちいかなくなって、最悪滅ぶか、バラバラになってしまう。

それを防ぐには、急激にでも政策を転換して国を立て直す必要があるが、どう考えても今の王にはそれができそうもないし、民もついてこないだろう。それに、進言したところで、その王の膝元で甘い汁をすすっている貴族連中が許さないだろう。
ついでに言うと、そいつらの暗躍や不正についても、王は気づいていない始末だ。

ならば、そいつらの一層と、国全体へのショック療法的な意味もかねて……ということで、当時からの大貴族の1人だったこの王様はクーデターを起こしたらしい。

当時、同じくこの状況を憂いていた将軍らと共謀し、同時に……不遇をかこっていた貴族たちには、権力を餌にして手を組んだ。
そして、王権を打倒したわけだけども……今度は権力に酔った連中が好き勝手し始めた、か。

「結局……私がやったことは、悪政の種類を変えただけだったのだ……そのために、お前の父を犠牲にした。お前は……私を「別に」……?」

「別に、恨んでないよ。というか……興味もない」

独白を遮って、僕は、そう言う。

「会ったこともない父親や、住んでた記憶もない国なんて、別に大事でもなんでもない。恨むほど思い入れもない……っていうかゼロ。……って、この説明なんか前にもやったな」

立場からして、この人のことを怨敵と言っていた盲信者共にも似たようなことを言った覚えがあるな……なんてことを思い出しつつ、『ともかく』と続ける。

「いろんなところで何度も言ってるけど、僕はこの国がどうなろうが何も興味ない。ただ今回は、そっちからいざこざに巻き込んできて、僕や僕の仲間に手を出してきたからぶっ潰しただけだ。恨んでるとしたら、そこだけ」

「私も同じだよ」

僕の斜め後ろにいたレジーナが、それに続いた。

「王位も何も興味ない。権力なんて欲しくないし、伝統も血筋も知ったこっちゃない。私は……私たちは、ただ楽しく歌って踊っていられれば幸せだった。それを奪われて、面倒な『宿命』を押し付けられて……今まで、それだけが苦しかった。それより前のことなんて、知らない」

「……そうか」

しばらく、驚いた様子で聞いていた王様は……小さい声でそうつぶやき、目を閉じた。

「……結局は、私も……何も見えておらず、何かをなしたつもりで何もできていない、大馬鹿者だったわけだ……。勝手に背負って、怯えて、独り相撲をしていた上にそれに負けて……これでは、ピエール陛下を笑うことなどできんな。こうなったのも、必然なのだろう」

「自己完結してないで、気が済んだんならさっさと約束を果たしてもらえる?」

「……わかっている。玉座の間の奥の廊下……右奥から4番目の柱だ。目の高さの装飾部分を右に回すと、下の階……真下の部屋の隠し扉が開く。財宝はその中だ」

と、王が言うと、それを聞いていたウェスカーが目で部下に指示を出した。
それを受けて、部下は走っていく。

その直後、『それと……』と、再び王が口を開き、

「玉座は……装飾をすべて外すと、背もたれの部分が開くようになっている。アドリアナ様の遺品は、その中だ。それと墓だが……旧王都の北の森、かつてアドリアナ様の部族の集落があった場所に埋葬した。墓標はないが……周囲の植生と明らかに違う、巨大樹がある。それが墓標代わりだ。アドリアナ様の部族が、御神体として祀っていた樹らしい……その根元に……」

そう、僕が聞きたかったことを話すと……王は、再び沈黙に戻り、尋問が終わったと判断したらしい見張りの兵士が、僕らに一礼してから、再びその口に猿轡を噛ませた。

☆☆☆

「で……これがその大樹か」

その1時間後。

『ライオンハート』を4人乗りでぶっ飛ばして、例の王様に教えられた……アドリアナ母さんの『墓』を探しに来た僕ら。数百キロの道のりも、マッハ1.5の前ではこんなもんだ。

エルクとレジーナを僕と挟むように、一番後ろに乗ってくれた母さんが張ってくれた力場のおかげで、空気抵抗その他による影響もほぼなかったし。

『旧王都』というのは、今はもう廃墟の集まりって感じになっていて、スラム街同然の状態だったんだけど……その北には、今でも豊かな緑が生い茂る森が残っていた。

どうやら、それなりに危険な魔物も出るってことで開発が進まず、ならず者なんかが寄り付くこともなかったらしい。
……多分、そのさらに北にある『ローザンパーク』の周辺から流れてきた魔物もいるだろう。

まあ、僕と母さんがいる以上、そんな障害はあってないようなもんだったので、出てくる奴だけ適当に追っ払いつつ、森の中を進む。

不思議なことに……森に入ると、直観的に、どこを目指せばいいのかわかった。
来たこともない森であるにもかかわらず……方向音痴の僕が、だ。

たぶんコレ、こないだ覚醒した『シャーマン』の能力の……アドリアナ母さん譲りの力のおかげだろうな、とあたりをつけつつ、それに従って歩いていくと……あった。

たしかに……コレを見間違えることはないだろう。
種類はわかんないけど、とにかく大きい。太さは……直径20mはあるだろう。大きさはその倍、ってとこか。枝や葉が広がっている部分を足せば、もっと大きいだろう。
これが地球なら、ギネス認定間違いなしだと思う。

周囲に、同じような樹はない。浮いてるなあ……。

そして、この樹の根元に……

「…………」

地面に手を当ててみると、かすかに……その『気配』を感じ取ることができた。
何と言うか……自分と同質の存在が、そこに眠っているような気配というか……この木そのものや、その周辺の地面の両方から……アドリアナ母さんの力を感じる。

けど……埋葬されてるのとは、ちょっと違うような……?

エルクに頼んで『サテライト』を使ってみると……地中に、亡骸が埋まっている様子はない。
なのに、『力』の残滓は感じる。

どういうことだろう? と頭をひねっていた……その時。

『……懐かしい場所ね。まさか……もう一度、ここに来れるなんて』

「「「!?」」」

そんな声が、突如として響いた次の瞬間……ふわっ、と風が吹き抜け……その先で、小さなつむじ風になって渦巻き始めた。
そこに、僕の体からぽうっと立ち上った燐光が、吸い込まれていき……その直後、

半透明の女性の姿に、その形を変えた。

唖然とする僕らの目の前で、その人――夢で見たのと同じ、僕の『1人目』の母、アドリアナ母さんは、にっこり笑いながら、ゆっくりとその目を開いた。

☆☆☆

その場にいた全員が、その女性の正体に気づくまで……そう時間は要らなかった。

僕が事前に、あの食堂での話し合いの時に……夢で出会った『お母さん』の容姿を説明していたのも大きいだろう。ほとんど全員、数秒と立たずに『まさか!』って感じの表情になった。

いやまあ、僕もこの事態には『まさか!?』って感じだったけどね……。
まさか、アドリアナ母さんが……幽霊みたいな感じで、再び僕の前に、しかも現実の世界で姿を見せるとは。

「いやーもーびっくりしたわよー! やだ、私ったらこんな服で、せっかく同じミナトのお母様の前なのに……あ、そうだコレお近づきのしるしにどうぞ」

『は、はあ……どうも……』

そして、もう1人の方の母親がこんなに素早く状況に適応して対応しだすとは……いやまあ、ある意味予想通りではあるけども。

最初こそ驚いていたものの、もともと『会いたいな』って言っていた母さんは、次の瞬間、僕を押しのける勢いでアドリアナ母さんにずいっと詰め寄ると、興奮しながらさっきみたいな感じのマシンガントークであいさつを始めた。アドリアナ母さんが引くくらいのテンションで。

聞けば、長い母さんの人生の中でも……アンデッドの魔物以外で『幽霊』と呼べる存在を見たのは初めてだったらしいので、その分の興奮も混じってるんだろう。

……で、そんな流れで母さん、『お近づきのしるしに』って何かを収納アイテムから取り出して差し出してるってちょっとまったそれは!?

「か、母さん!? ちょ、何それ!? 何差し出してらっしゃいますか!?」

「え? ああこれ? 昔の戦利品なんだけどさ、魔よけのお守り」

しれっとそんなことを言う母さん。
あの、お近づきのしるしに魔よけのお守りって……何、そのチョイス? こういう時って普通菓子折りとかじゃないの?

「いや、持ってきてないし、そもそもアドリアナさん幽霊じゃお菓子食べられないと思って……でもコレほら、宝石いっぱいでキレイでしょ? 贈答品としてはまあ……ありじゃないかなと」

「いや、言ってることはわからなくも……じゃなくて! 母さんそれしまって!」

「えー、だめかな? センス悪い?」

「そうじゃない! 前見ろ前! アドリアナ母さん透けてきてるから!」

「え? 何言って……え゛!?」

そう、さっきから……具体的には、母さんがあのお守りを出したあたりから……アドリアナ母さんの体が透けてきているのだ。今まで以上に。
加えて、何か徐々に上へ上へあがっていってるような……まずいコレ、成仏しかかってる!?

「早くしまって母さんそれ! お守り! お守り効いちゃってる! アドリアナ母さん幽霊だから! 魔よけ効いちゃってるから! 待って、お母さん待って! ダメ、行くな、そんな安らかな顔で輪郭がぼやけて上から後光がァ―――ッ!!」


――しばらくお待ちください――


数分後。

「「本当にすいませんでした」」

『あ、あはは……き、気になさらなくていいですよ? この通り、無事(?)ですし……』

どうにか、僕の『シャーマン』能力の応用で成仏を阻止し、輪郭を再度安定させたうえで……母さんと2人で頭を下げて謝罪。
驚きはしたが、気にしていないから大丈夫、とアドリアナ母さんは許してくれた。よかった。

向こうには、さっきからいろんな方向に事態が転げまくってるのについていけてないのか、唖然としてるレジーナと……呆れたような疲れたような表情でこっちに視線を送ってくるエルク。

それらに若干気まずいものを覚える僕だが……母さんは気にせず、さっさと気分を切り替えた。

「いやーもー、ホントごめんなさいね。危うく出会ってすぐにお別れになっちゃうところでした……せっかく、うちのミナトの最初のお母さんに会えたのに」

若干気まずそうにはしつつも……好奇心の方が勝ったらしい母さんは、たたずまいを直してアドリアナ母さんに向き直り、改めて自己紹介した。

「じゃ、改めて……ミナトの2番目の母親で、夢魔族のリリンです。よろしく、アドリアナさん」

『こちらこそ……ベイオリア王国第2王妃、アドリアナです。よろしくね。リリンさん』

その後、レジーナとエルクの自己紹介も済ませ……落ち着いて話そうってことで、座って続けることにした。

その際、アドリアナ母さんが何か呪文みたいなのを唱えると、地面から、大きな葉っぱのついた植物がいくつか生えてきて、椅子みたいな形になった。

唖然とする僕らに、座るように促しながら、アドリアナ母さんは、

『あなたも、いずれできるようになるわよ。ミナト』

「シャーマンの能力……なの? コレも?」

『ええ。西の方だと……精霊魔法、っていうんだったかしら』

「あの耳長塵芥ハイエルフ共とかが使うアレよね? あとは、人魚マーメイドとか、猫妖精ケットシーとか、龍人ドラゴニュートとか……だったかな」

『博識ですね、リリンさん……ええ、その精霊魔法です。もっとも……私たち、人間の『シャーマン』が使うものは、彼らのそれとは少し違うのだけど』

母さんの言葉に、アドリアナ母さんが感心していた。
僕としては、今母さんがさらっと言った種族の方に興味あるんだけど……まあ、後でいいか。

『私たち『シャーマン』の力は、まあ、個人差はあるのだけれど……そういった亜人種族のそれよりも威力は弱い代わりに、汎用性が広いから。通常、その種族に適応した属性のそれしか使えない魔法を……私たちは、修行次第で、あらゆる種類を使えるの』

「それ、純粋にすごいですね……『ハイエルフ』なら風とか植物・自然系、『人魚』なら水系の魔法に適性があるところを……アドリアナさんは全部使えるんですか?」

『いえ、さすがに全部は無理よ……修行が実を結んだものだけね。私の得意分野は、風と、自然と……それから、霊魂だから』

言いながら、アドリアナ母さんは……横に目を流すようにして、今回、僕らが目印として探していた……巨木を見上げた。

『……きっと、こうして私があなたたちの前に出てこられたのは……この神木のおかげね』

「神木……この木?」

『ええ。私たちの部族の、守り神様……世話をする者がいなくなったからかしら……以前より少し、小さくなってしまったようね』

ちょっと寂しそうに言うアドリアナ母さん。え、この木、昔はもっとでかかったの?

『霊力を宿した、不思議な木でね……私たちが『精霊魔法』を使う時に、力を貸してくれていたの。その見返りに、私たちはこの木のお世話をしていた。そして、死ねば……この木の根元に埋葬することで、その身と魂を木と一つにしていたの……ブラハムは、それを知っていたはずだから……私をここに眠らせてくれたのかもしれないわね』

「ブラハム……って?」

「あの王様の名前だよ」

小声でレジーナが横から教えてくれた。へー、そうなんだ?
知らんかった。まあ、近いうち死ぬから、覚えとく必要もないと思うけど。

『この木は、死者の血肉も、骨も、魂も……全てを取り込んで、自分に一体化させるの。だからこの木は、私たちの部族の歴史であり、命であり、魂そのものなのよ……そして私も、その一部になる時が来たみたいね』

そう、呟くように言うと同時に……アドリアナ母さんの体が、また透け始めた。

「……っ!?」

反射的に……母さんの方を見る。
……お守りは……出してないな。

『……あ、ミナト? 違うわよ? その……リリンさんが何したとかじゃなくて、えっと……時間切れっていうか、必然の結果っていうか……』

とっさの行動として母親(2番目)を疑う、っていう僕の行動にちょっと気まずげな視線を送りつつも……アドリアナ母さんから、説明があった。

あと、母さんから『ちょっと、ひどくない?』的な視線が来たけど、ほら、あんた前科あるし。

それはともかく……アドリアナ母さんの話だと、どうやら『魂』そのものの限界が来てるらしい。

前に『幻想空間』で、僕に『覚醒』のために力を貸してくれた時点で、力を使い果たし……もう、表層化する力もなく、僕の中で永遠に眠るだけだと思ってたけど……アドリアナ母さんにとっては『パワースポット』とでも言うべきここに来たことで、こうして外に出てこられた。

しかし、それは同時に、魂として本来あるべき終わりを迎える……という意味でもあった。
僕から離れたアドリアナ母さんの魂は、木に宿る魂の力の導きに従い、成仏しようとしている、らしい。

それを聞いて……何と言ったらいいかわからない僕らを前に、アドリアナ母さんは、

「そんな顔をしないで、ミナト……皆も。私は、もともと死んでいる人間なんだから……。今まで、幸せだったわ……あなたの中から、本当なら見ることができない、あなたの成長を見届けることができて」

言いながら、僕の頬にそっと手を添える。
なんだか……不思議な感覚だった。触れているのはわかるんだけど、はっきりと『触っている』っていうほど感覚がはっきりしていないというか……まさに、そう、消えかかってて不安定な感じが、触れられている個所から伝わってきていた。

『……欲を言うなら……もう少しあなたに、『シャーマン』の力の使い方を指南するくらいはしてあげたかったんだけどね……。でも、あなたなら、自力でそれを見つけられると思うわ。だから私も……心残りが全くないわけじゃないとはいえ、ようやく逝ける』

どんどん、頬に感じるアドリアナ母さんの手の感触が、弱くなっていく。

確かにあった感触も、風がふいているのと同じくらい不確かなものになってしまっていた。目の前にいるのに、ほとんど存在感を感じなくなっている。

そしてアドリアナ母さんは、エルクたちにも目をやり、

『……エルクちゃん、この子のこと……よろしくね。見ての通り、危なっかしい子だし……まあ、その点については、あなたの方がよく知ってると思うけど。私の代わりに……この子のこと、しっかり見ておいてくれたら、うれしいわ』

その言葉に、ちょっと困ったような、戸惑ったような表情になりつつも……力強く頷くエルク。
消えていくアドリアナ母さんに、心配事を残させちゃいけない、とか思ったのかもしれない。

「大丈夫ですよ……このおっきな子供の世話、多分、今一番手馴れてるのは、私ですから。ええ、お義母さんにだって負けません」

「おぅ、言ってくれるわね、未来の娘ちゃん」

ニヤニヤと面白そうな笑みと共にそんな茶々を入れてくる母さんに、エルクもひるまずに100万ドルのジト目笑顔で返し……その様子を見ていたアドリアナ母さんは、『あらあら』なんて、楽しげに笑っていた。

『これなら、心配なさそうね……いいお嫁さんをもらったわね、ミナト』

「うん。そりゃもう」

その返事に、にこっと笑ったアドリアナ母さんは、最後に……母さんに視線をやった。

しかし、彼女が何かを言う前に、母さんは機先を制するように口を開き、

「言っておくけど……ミナトのことについてなら、お礼なんていいわよ? 私にとっても、大事な息子なんだから。どこにお婿に出しても恥ずかしくないように育てたわ」

『ふふっ、そうですね……それに、私が与えてあげられなかった、たくさんの家族や仲間に、温かく囲まれて……とても幸せそう。おかげで、何も心配することなく、安心してみていられたわ』

「なーに、伊達に160年もお母さんやってないしね」

『ただ、不満があるとするなら……あの『テスト』は正直やりすぎだったと思いますけど』

「うぐっ!?」

『痛いとこ突かれた』的な顔になった母さんが、気まずそうにアドリアナ母さんを見返す。

『あれのフォロー、一応私もこっそりやっていたけど……結構大変だったんですから』

「あ、あはは……ホントアレはごめん。反省してます」

『もう……でも、今はもう、そのあたりも心配なさそう』

そこで、僕の2人の母は……ちらっと僕の方を見て、すぐにまた視線を合わせて続ける。

『まだ、少し危なっかしいところもあるけど……これからもよろしくね、リリンさん』

「まっかせなさいな! 私の他にも、頼れる義娘やお仲間や、兄弟姉妹たちがいるからね。安心して、天国から見ててよ。私も、そうね……あと5000年くらいしたら、お土産話どっさりもって、そっち行くと思うし」

自分の余命を『あと5000年』と言い切る母さんに、一同吹いた。

「あら、なーに、笑っちゃって。言っとくけど、ホントにそのくらいは死ぬ気ないわよ私? それに多分……この子も」

わしゃわしゃ、と僕の頭をくしゃくしゃになるほどに乱暴に撫でながら、母さんが言う。

『あらあら……それじゃあ、向こうで親子でゆっくりできるのは当分先ね。ちょっと残念』

「むしろ、そっちからアドリアナさんを呼び戻しちゃうかもね。この子ならやりかねないわ」

『……そ、そう……それは、楽しみなような、ちょっと怖いような……』

「あ、そうだ。そっち行ったら多分、私の子供たちに会うかもしんないから、よろしく言っといて」

『あらそう……ええ。『相変わらずだ』って伝えますね』

そんな感じで、最後の別れの瞬間としては、およそ不釣り合いなほどに明るくてさっぱりした空気の中で……母さんとお母さんは、最後に無言で視線を交わらせ……どちらからともなく、こくりとうなずいた。

そしてアドリアナ母さんは、満足そうな笑みを浮かべ……それ以上何も言うことなく……空気に溶けるようにして、その姿を消した。
後に残った、アドリアナ母さんの魂の名残である光の粒子が、天に昇っていく。

僕ら4人が見送る中、ゆっくりと、薄れながら登っていくその光は、ついに、空気に溶けたか、木に吸い込まれたかして、見えなくなった―――

――と、思った次の瞬間。

(……ん?)

何だか、僕の心の中で……何かがざわつくような感触があった。

と、同時に、目の前にある大樹の中というか、向こう側に……同じように、何かの存在というか、妙なざわつきを感じ……しかしそれは、すぐに収まった気がした。

僕の中のざわめきも……一瞬だけ、大きくなったかと思うと……すぐに収まった。

……何だろう? 今の……?

はっきりと感触があったから、気のせいじゃないのは確かだけど……

「……ミナト? どしたの、帰ろ?」

「あ……うん」

結局、その日は……その正体がわからないまま、その場を後にして、僕らは拠点に戻った。

それが明らかになるのは……もう少し、後のこと。



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