魔拳のデイドリーマー

osho

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第17章 夢幻と創世の特異点

第336話 古文書とクローナのアドバイス

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 『異空間遺跡』に、本格的にジャスニア政府の調査が入ったのは、僕がエルビス王子と共に遺跡の中に先遣隊として調査に入り……そこでいきなりでくわしたラスボス的存在『アスラテスカ』を倒した、その既に数日後である。

 国の事業として動くにしちゃ、フットワーク軽い方かな?
 それだけ、古の時代からの遺跡に隠された部屋が見つかったってのは、重要なことなのかも。自分達のルーツを知る研究にもつながるだろうしね、興味がある者は多いだろう。

 もっとも、ホントにただの『空間』ってだけだったので、調べて何か見つかるかと問われれば……微妙なところではあるだろうけど。

 そうしてジャスニアの政府自体が活発に動き出している一方で……僕はすでに、拠点こと『キャッツコロニー』に帰還し、ラボにこもっていた。
 こっちはこっちで、やりたいことがあったためだ。

 あの時、『アスラテスカ』の中から取り出した、『本』の解析、という仕事が。



 順序立てて話していくとしよう。

 あの後僕たちは『異空間』から現実に戻ってきたわけなんだが……その際、持ち帰ったものについて、ちょっと議論があった。

 通常、冒険者は依頼の中で手に入れたものについて、特に取り決めがない限りは、手に入れた冒険者のものになる。探索中に採取した素材とか宝物、倒した魔物の素材なんかもそうだ。

 今回もそのケースである。一応僕はエルビス王子の依頼を受けて、先遣隊である彼の護衛として中に入ったものの、そこで僕自身が手に入れたものに対する取り決めみたいなのはなかったから――というかそもそも依頼自体後からギルド通してする予定だったんだけど――基本的に中で何か僕が手に入れたのなら、そのルールにのっとればそれは僕のものである。

 ただ、場所が場所だったため、さすがに問題になった。
 護衛で踏み込んだ場所は、異空間とはいえ、国有の史跡である『エルドーラ遺跡』の内部であり、その中にあったものなら、所有権は『ジャスニア王国』のものである、と取れなくもないからだ。

 実際、いかにも重要そうなものが見つかったっていうこともあって、僕に対してあの『本』の引き渡しを打診する声があったんだけど……正直、僕自身もこの変な本については興味があった。
 なので、ちょっと渋ったのである。もらえるもんならもらいたい、ってことで。

 あの『アスラテスカ』を倒したのも、そもそもあの異空間を発見して入り口を開いたのも僕だ。僕がいなければそもそも入手できなかったもの、というのも、所有権を僕が主張するとすれば追い風になってくれるだろう。

 とはいえ、国の歴史か何かに関する重要な文献かもしれないってことで、強引にはならないように、しかし粘り強くジャスニアの政府の人も交渉してきたし、向こうの言い分もわからなくもないので、さてどうしたもんかと思ってたわけで。

 最終的には、エルビスとルビスも折衝役として間に入った交渉で、ジャスニアが僕から『買い取る』ってことに決まった。『アスラテスカ』を倒さなければ手に入らなかったってことを踏まえて、相応の額でね。アレの素材扱い、と言えなくもない。

 ちなみにその『アスラテスカ』そのものはというと、倒した後、爆発四散したわけだが……何も残さず消えてしまった。当然、あいつが召喚していたらしい『ツィロケトリ』共々だ。素材も何も残っていない。

 で、結局その『古文書』はジャスニア政府に引き渡したわけなんだが……すでに僕はその中身、というかページ全部、こっちで用意したマジックアイテムでコピーを取っていた。

 そのデータを用いて、帰還してからこっち、解析を続けているわけである。

 手にしてからジャスニアに引き渡すまでに、すでにざっと調べてみたんだが、あの本自体には、『遺跡』や『アスラテスカ』みたいに、何か魔法的な仕掛けが組み込まれているわけではないようだった。正真正銘、古いだけの普通の本だ。

 だから、解析するだけなら、コピーした画像データがあれば足りる。

 古文書、ないし古代文字の解析なんてあんまりやったことないし、純粋に知識量と推理力がものを言う分野の学問だから、魔法関連の研究よりよっぽど苦戦させられている。

 それでも、師匠が持っている膨大な資料を適宜借りつつ……少しずつ、だが確実に解析は進んでいる。
 というか、師匠自身も興味あるらしいので、途中から解析に加わってくれている。助かる。

 それに熱が入っちゃうおかげで……例によってここんとこ寝不足だ。あー、参った。

「参ったってあんた、いつものごとく自業自得でしょうに……もうちょっと生活リズム気を使いなさいよね」

「ごめんごめん……布団かけてくれたの、エルクだよね? ありがと」

「どういたしまして」

 ……そして現在、自室の寝室で朝、ちょっと寝坊して遅くなってから目が覚めたところだ。

 どうやら昨日、夜遅くまで解読してて……そのまま部屋に戻って、ベッドに倒れ込んで眠ってしまったようだ。そこにエルクが布団かけてくれた、と。

 眠気覚ましに何か飲もうかな、なんて考えながら起き上がると、ベッドの縁に座っているエルクの呆れ顔が徐々に鮮明に見えるようになった……というのが、今の状況である。

「珍しいわね、あんたがそこまで疲れるなんて……やばい相手と戦って肉体的に疲れたわけでもないし、研究とかで何日か徹夜することだってよくあるのに」

「あー、何て言うのかな……普段やらないような頭の使い方してるからかも。どっちかっていうと僕、理系脳なんだけど、今回のコレ文系な部分多いし……資料使っていちいち調べながらだから、これまでに研究してきたような研究やら解析とは勝手が違う感じ」

「成程ね、慣れない作業だから余計に疲れるわけだ。でも、その分だと一応順調なの?」

「うん。まあ、古代文字の解読自体は、『アトランティス』の時にもちょっと経験あるし……それがなければもっと苦労してたかもね」

 あくびをしながら、部屋に備え付けの冷蔵庫型マジックアイテムの扉を開け、中に入っていたビン入りのジュースを取り出す。例によって『ドリンクマウンテン』から組み出されたもので、ビートの部下の連中が持ってきてくれるそれを小分けにしたものだ。

 キンッキンに冷えてるそれを一気飲みして喉に、胃袋に流し込む。
 絶妙な甘味と酸味が、舌や頬の裏からびりびりと全身に刺激を広げ、頭がすっきりしてより意識が、視界がはっきりしてくるのがわかる。よし、目が覚めた。

 さて、そんなわけで今、解析を進めてる古文書だが……さっきも言ったように、アレ自体はただの本である。
 より正確に言うなら、『歴史書』の類になるのかな? ジャスニア王国……というか、あの国が1つになって、その名前になるより以前のことも含めた歴史の記録のようだ。

 この内容を魅力的に思うかどうかは人それぞれ、立場によるだろうけど……当のジャスニアから見れば、歴史的価値は相当なもんだろう。
 ごねて渡さなかったら余計に大きな問題、というか面倒ごとになってたかも。買い取ってもらう形にしておいて正解だったな……解析自体は、こうしてコピーさえあれば続けられるし。

 ただ、どうもこの古文書……ちょっと気になる部分があるんだよな。

 ページ1つ1つどころか、本の全体に……異なる文法や文字の形態が混在してるように思える。
 ひと続きで訳しようとするとどうしてもうまくいかないところが多すぎるのだ。最初は、解読が上手くできてないだけかと思ったんだけど……。

 例えるなら、日本語、英語、ドイツ語、中国語、ハングル、アラビア文字その他、色々な言語を混ぜ合わせて記載してるような感じなのだ。最早暗号文である。普通に読むだけでも大変なのに。
 そこまで頻繁に混在してごっちゃになってるわけじゃなく、ある程度それらの文字列が纏まってるのがせめてもの救いではあるな。

 どうしてこんな書き方してるのかは謎だけど、何か意味はあるんだろう。それが知りたくて解析を続けてる、っていう面もなくはない。

 全部読み解けた時、そこに何がかかれているんだろうな……楽しみだ。

「……さて、じゃ、頭の次は体動かそうかねっと」

「あ、今日もやるんだ? 朝練」

「当然」


 ☆☆☆


 『朝練』をやるのは、僕にとっていつものことだ。

 出先で宿に泊まっているとかでない限り……というか、ここ『キャッツコロニー』の拠点にいる間は、体の動かし方とか戦い方、諸々を忘れず、磨き上げ続けるため、毎朝欠かさず基礎的なトレーニングを行っている。

 これはもう習慣だ。
 『グラドエルの樹海』にいた頃から、ずっとやり続けている……この身のスペックを、パフォーマンスを保つための、習慣。やらないと、気持ちよく1日を始められないレベル。

 トレーニング自体は殺人的なメニューでも、ね。

 僕専用に作ったトレーニングマシンで、ただその辺を走るだけとか、拳や蹴りを素振り的に突き出すだけではなしえない負荷をかけてるから。

 時速数十キロで床が動くランニングマシンに、数十トンの重りをつけられる筋トレ器具。
 環境的な負荷も自由自在。低酸素、超重力、高温多湿、暴風や降雨まで、およそ想像できる『負荷』になりうるもの、全て備えているトレーニングルームだ。

 繰り返して言うが、僕以外が使ったら、ただの処刑場である。

 これだけ揃えてなお、今の僕の肉体のレベルでは……ちょっとずつ鍛え、そして衰えないようにするくらいのものである。

(なんとなく、わかってはいた……筋肉量、骨密度……いや、もっと根本的な、生体機能としての限界みたいなもんかな……これ以上、単純なフィジカルの強化によって強くなるのは難しい。全く無理ってわけじゃないけど、劇的な変化は望めない)

 身長170㎝前後、体重60㎏もない華奢な体は……『エレメンタルブラッド』の効果で変質したがゆえに、およそ普通の人間にはありえない性能が詰め込まれた、超合金の肉体になっている。

 岩も鉄もその拳で砕き、敵の刃は通らず、毒も、酸も、炎も、この身を害すことはできない。
 しかし、そこまで出来上がっているゆえに、これより強くすることが難しい。

(もちろん、だからってそこを諦めたり、やめるつもりもないし、体は体で鍛え続けて行くけど……やっぱり、また違う何かが必要だよな……次のステップに行くには……)

 思えば、『花の谷』でゼットと戦った跡や、王都近くの『狩場』で……ああ、これもゼットと戦った時か。その他、色んな時期やタイミングで、僕は必要だと思ったから修行して強くなってきた。今のままじゃだめだと思ったから。
 今回もそうだ。自分が歩むべき道を再確認できたから、もっと強くなりたいと思った。

 しかし、例によって……

「方法がわからないんだな~……」

 およそ1時間の『朝練』を――もっとも、そう称するにはちょっと寝坊してしまっているものの――終えて、シャワーも浴び終えて出て来た僕は、誰にともなく一人呟いた。

 いっつもこうだな、僕。
 強くなりたいとは思うものの……『どう強くなりたいか』『どうすればいいか』ってのが必ず後回しになる。そして自力で思いつけない。

 自分の長所を伸ばすのか、あるいは短所を補うのか、それとも全く別の何かか。
 そういう指針を、僕はいつも『師』から与えられてきた。

 無論、自分で考えたことがないわけじゃないが……それがそこまで劇的な成長に繋がった例は、今の所……ない。たぶん。

 『トロン』ではノエル姉さんやブルース兄さんに、
 暗黒山脈の邸宅で師匠に、
 いや、それらよりずっと前、『樹海』にいる時から僕は、母さんに教わってきた。強くなる方法を。どうすれば今の僕を超えられるのかを。

 そしてそれゆえに、僕には……自分がどうすれば今より強くなれるのか、それを考える力が足りてない。

 トロンで学んだ魔力コントロールや、師匠に習ったマジックアイテム製造技術、同時に得た濃密な戦闘経験、それらに匹敵するような……僕を変える何か。僕を成長させるピース。
 それを知るためには……


 ☆☆☆


「俺が知るわけねーだろ、んなこと」

 それを知ろうとして、師匠に頼んでみた結果がこれである。

 昨日の夜、一緒に遅くまで『古文書』を読み解いており、今起きたところだったらしい。
 寝起きは機嫌が悪いことが多い師匠だが、それを加味してもなお塩対応だな……まあ、予想しないじゃなかったけど。

 なお、やはりというか全裸で寝ていたため、今は下着も何もつけずにバスローブを着ただけだが、もう過敏に反応するのはやめている。人間慣れるもんだ、意外と。

「言っとくけどな、別に意地悪していってるわけじゃねーし、『甘ったれるな自分で何とかしろ』っていう意味でもねーぞ?」

「……? てっきり後者か、それに近い意味だと思ってたんですけど……」

「……いつだったかリリンの奴も言ってたが、お前はきちんと自分の実力って奴を正確に把握すべきなのかもしんねーな」

 はぁ、とため息を一つつく師匠。
 どこからか取り出した――多分収納アイテムか何か――ワインのボトルを手に持ってグラスに注ぎ、それを、寝起きだってのに、グラスになみなみと1杯分、一気に飲み干していた。

「俺は確かにお前の『師匠』だが……残念なことに、お前にもう、俺が教えられることはねーよ」

「えぇ? ……師匠、僕よりまだまだ全然強いじゃないですか」

「バカ、強さ云々の問題じゃねーっつってんだよ。例えばお前……ミュウ・ティックに戦い方を教えられると思うか? お得意のマジックアイテムで能力強化するとかいうのなしにだ」

「……あー……」

 その例えで僕も理解した。

 確かに僕はミュウよりも強い。けど、彼女を『鍛える』ことはできない。

 『鍛える』と一言に言っても色々ある。ただ単に彼女を強くするだけなら、それこそ高品質なマジックアイテムを作って持たせるなり、強力な人工モンスターを作って契約させるなりすれば、それだけでミュウの総合的な戦闘能力は容易く上がる。

 あるいは、彼女が力を磨くための的……スパーリングの相手になることくらいはできるだろう。僕の実力なら、彼女が使役できる最高レベルの『召喚獣』を使った上で、彼女自身が魔法を使って攻撃してきても、耐えられるし対応できる。

 けど、彼女の本領と言うか、本来の強み、戦い方である『魔法』や『召喚術』は……僕には使えないものだ。それに関して指導するすべを、僕は持たない。
 ゆえに、彼女の『持ち味』あるいは『可能性』を伸ばし、引き出すような鍛え方はできない。

 マジックアイテムを使って『似たようなこと』はできてもだ。

 同じことを師匠も言っているんだろう。
 僕と師匠の戦い方は、似ているようでかなり違う。
 いや、似ているからこそわかるのだ。自分には『鍛える』ことができないと。

 より正確に言えば、『鍛える』はできても『導く』はもうできない、ってところか?

 僕の戦いの軸は、大雑把に言って3つ。

 1つ目は、フィジカルに物を言わせた力技。
 徒手空拳と言えば聞こえはいいけど、体系化された武術を修めているわけでもない。単なる喧嘩殺法、あるいは……いつかもこう言ったと思うが……『特撮:ゲーム:香港映画=4:3:3』でブレンドしたような我流体術だ。

 2つ目は、自作のマジックアイテムやマジックウェポンを使った戦い。
 一通り武器の扱いも習得している僕は、その道の達人には遠く及ばないとはいえ、『武器を使って戦う』という点には不足ない程度には使える。ゆえに、そこに上乗せする形で、武器自体の性能や特殊な機能を持たせておくことで、それを『戦闘能力』に結び付けられる。

 あるいは、アイテム自体に戦う機能を持たせたり、人工モンスターに組み上げたりして戦わせるとか、自分自身の強さとすら関係ない形で使ったりもできるが。

 3つ目は、フィジカルでもなければ、外付けでもない、文字通り『特殊な』力。
 『夢魔』としての精神系技能に、『霊媒師(シャーマン)』としての技能、『虚数魔法』に『ザ・デイドリーマー』など。

 1つ目と2つ目に関しては、師匠は確かに僕より強いし、似たようなことはできるけど、教えられるかって言われれば別なのだ。そんな段階はもう過ぎている。

 戦い方が似ているからと言って、空手家がボクサーを指導したりできないようにだ。どちらも拳で相手を殴るものだけど、拳1つ繰り出すにしてもそのやり方は大きく違う。

 僕も師匠も、既に自分に合った戦い方を見つけ、それを育てて今に至っている。
 いくら師匠が僕より強いからと言って、僕が師匠の戦い方を真似しても強くなれるわけがない。むしろ弱くなるだろう。ゆえに、スパーリングの相手や、簡単な助言くらいならともかく、『指導』はできない。

 3つ目については……これは説明も不要だろう。
 そもそも使えない技能を指導できるはずないんだから。知識だけでは限界があり、それはとっくに過ぎている。僕が1つずつ、少しずつ研究していくべき事柄だ。

 そんなわけで、師匠は僕を、僕が望むように『指導』することはできない。
 そう納得させられたものの、結局僕はまた一から、いやゼロから『方針』を探っていかなきゃいけないんだな……と思い、はあ、とため息をついた。

 ちなみに、もう教えることがあろうがなかろうが、僕は彼女を『師匠』と呼ぶのをやめるつもりはない。師匠のおかげで僕が強くなり、そしてマジックアイテムに関する知識や技術を習得できたのは事実であり、もう教わることがなくなっても、僕にとって彼女は、大恩ある『師匠』に他ならない。

 そもそも、まだまだマジックアイテム関連を主とした知識量や経験の豊富さなんかでは、圧倒的に負けてるしね。そこ追いつくには、あと100年あっても足りるかどうか。

 そんなことを考えていた僕に、『でもな』と師匠が続ける形で口を開いた。

「まあ、お前の師匠として、伸び悩んでる弟子に対して、何もしないで突っぱねるってのもアレだ……アドバイスくらいはしてやるよ。役に立つかどうかは微妙だがな」

 そう、嬉しいことを言ってくれて、立ち上がる師匠。
 目線を寄こすと同時に、顎をしゃくるように動かして『ついてこい』と言ってくる。



 …………その、数分後。

 『訓練場』で、僕は……驚きのあまり、絶句していた。

 今しがた、師匠が披露してくれた、ある『技』を見て……それが、あまりに衝撃的だったから。
 想像を超えていて、新しく、激しく、鮮烈で、見事で……けど、どこか『懐かしい』。

「何ですか、今の……!?」

 そう聞くと、師匠は、抑揚の少ない……しかし、どこか重苦しく、神妙な気配のする声音で語りだした。技に関する、不思議な話を。

「……この技はな……俺が、『いつの間にか覚えていた』技だ」

「いつの間にか……?」

「ああ。俺は、この技を考え付いた時のことを覚えていない。訓練した覚えもない。名前だって知らなくて、後から適当に決めた。習得に至るまでの全てのプロセスを覚えていない……というか、そもそもそんなものがなかったにも関わらず、ある日突然、完璧に使いこなせるだけの熟練度をもって、使えるようになっていた」

「……そんなことあるんですか?」

「俺の、それなりに長い人生の中でも、あれ1回きりだったよ。さらに言えば、俺達『女楼蜘蛛』は皆、これと同じような『いつの間にか覚えていた技』を持ってる。1人1つな。その1つであり、リリンのそれにあたるのが……他でもない、『ザ・デイドリーマー』だ」

 僕にとってもすっかりなじみ深くなった、しかしその難易度とレア度たるや『夢魔の究極能力』とまで言われるスキルの名を告げられ、重ねて驚く。
 母さんって……そんな変なプロセス?で、あれを会得したのか。

「極限まで自分を鍛え上げた者が至れる境地だとでもいうのか、何かの条件を満たしたことで魂の底から呼び覚まされた本能なのか……あるいは、何らかの理由でその時のことを忘れてるのか……今もってこの技のルーツはわからねえ。便利だし強ええんで、俺の切り札として普通に使ってるがな」

「……個人的には3つ目が一番ありそうな気がしますね。確か、母さんが『ザ・デイドリーマー』を会得した前後……そのへんの記憶が、皆さんまるっとないんでしょ?」

 たしか、母さんは『ザ・デイドリーマー』を会得したのと同時期に失恋を経験していた。
 そして、その悲しみに『ザ・デイドリーマー』の副作用――その時の精神状態が作用して変なことが起こる――が重なったことで、全員が数日間も眠り続けた(ふて寝で)ばかりか、その失恋相手の情報のみならず、その前後数日間の記憶を、『女楼蜘蛛』の全員が失ったんだっけ。

「この際それはいい。推測したところで答え合わせのしようがねーしな。俺がコレをお前に見せたのは……お前にとっていい『刺激』になると思ったからだ」

「刺激?」

「そうだ……今、お前に一番必要なものだ。『変化』や『刺激』ってもんはな」

 すたすたと歩いてきて、師匠は僕の目の前に立つ。僕よりも少し背がひくい師匠はしかし、真正面から僕の目を見据えて話し続ける。
 顔と顔を突き合わせ、目と目が合っているからか、見上げられている感じはしない。

「例外がないわけじゃねえが、反復練習からは単なる成長は見込めても、その延長上にある力しか見込めない。何か現状を打破するにたる劇的な、ブレイクスルー的なものを欲するなら、新しい何かを取り込むのが一番手っ取り早い。そのために必要なのが、『刺激』だ」

 こつん、と、
 僕の胸に、師匠は握った拳を押し当てて、諭すように一言一言紡いでいく。

「行ったことのない場所へ行き、見たことをないものを見て、聞いたことないものを聞いて、触れたことのないものに触れろ。そこで受けた『刺激』が、お前の中に蓄積されていき……時に新たな形を取って結実し、お前の力になる。冒険者としてお前がよくやってることと同じだ……『未知』を切り拓け! それが……俺からお前へのアドバイスだ」

 そう言い残し、さっさとその場から歩き去っていく師匠。

 僕は、言われたことを頭の中で反芻しながら、その後ろ姿を黙って見送っていた。


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