魔拳のデイドリーマー

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第17章 夢幻と創世の特異点

第334話 僕が目指すべきこと

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 ギィン、と、耳障りな金属音が鳴り響き、シェリーの剣と、『ツィロケトリ』の1体――剣を持っている者――の持つ剣がぶつかり合い、火花を散らす。

 魔力で強化し、さらには品質そのものでも勝るシェリーの剣がそれに競り勝つ形で、ツィロケトリの剣を押し返し、その体制を崩すことに成功した。

 しかし、シェリーが追撃を加えるより先に、横合いから突き込まれた槍がその行く手を阻む。

「うわ、あっぶな……」

「あんたの相手は私だっつーのぉ!」

 背を向けてシェリーを襲う、その槍使いのツィロケトリに斬りかかるセレナだったが、後ろに目でもついているかのようにひらりとかわし、返す刀の一撃をガギン、と槍の柄で受け止める。

 だが、膂力においてはこの中でミナトを除けば最強であるセレナの攻撃を受け止めきれず、先程の剣を持っていた者よりも大きく体勢を崩す。その際、持っていた槍もあまりの一撃の重さに歪んでしまっていた。

 そこにさらに追撃を加えようとした瞬間、セレナは視界の端に、自分を狙って弓を構える別なツィロケトリを見つけ……しかしその瞬間、その弓使いは、横合いから放たれた乱れ打ちの水の弾丸に全身を貫かれて絶命した。弓と矢ごと、粉々に粉砕されて。

(ナイス、ナナちゃん!)

 心の中でそう言ってから、セレナは無理やりにでも耐性を立て直して剣を防ごうとするやり使いが、横向きに構えたその槍に、構わず叩きつけるように剣を振り下ろし……

「どらっしゃああぁぁああ!!」

 ――バキィン!!

 渾身の一撃で、その槍ごと『ツィロケトリ』を脳天から股下まで真っ二つにした。

 そうして振り返ると、シェリーがエルクの掩護を受けた上で距離を詰め、袈裟懸けの一撃で倒した場面を目撃する。

 これで、全部だ。4体とも倒し、『アスラテスカ』の取り巻きとして現れた『ツィロケトリ』は全て、魔法なり、剣なりで仕留め終えた。
 残る敵は、親玉の『アスラテスカ』ただ1体を残すのみ……


 …………そう、彼女達は先ほども思ったのだったが。


 ―――ずずずっ……!


 エルク達は、誰一人油断する様子も気を抜く様子も見せずにいると……そんな不気味な音と共に、目の前の床に、黒いしみのようなものが浮かび上がってきた。
 そして、その中から滲み出すように……今さっき倒したはずの『ツィロケトリ』が再び現れる。

 手には、杖。

 剣と、槍、そして弓のいずれよりも先に倒したはずの個体が、目の前でよみがえったその光景に、エルク達はうんざりするようにしたり、ちっと舌打ちしたり、思い思いの反応を見せる。

「やっぱ復活するのね……何、このインチキ?」

「1体1体はさほど強くないけど、コレが厄介ね。倒しても倒しても復活しちゃうみたい」

「いや、強くないって言ってもAからAAくらいは確実にある、十分ヤバい連中ですけど……いやまあ、私も最近その程度は脅威でも何でもなくなってきてますから、気持ちはわかりますけど」

「どーでもいいからさっさと倒すわよ。こいつら無駄に連携は取れてるから、倒した端から各個撃破してかないと厄介さが増すし……ねーミュウちゃん、ザリー君、解析は?」

 セレナが視線を向けた先では……結界を張りつつ、周囲から奇襲などが来ないか気を配りもしながら……ザリーとミュウが、この空間と、何度も復活を繰り返す『ツィロケトリ』達について、どういう仕組みになっているのか解析を行っていた。

 『邪香猫』メンバーに配布されている、様々な機能が内蔵された『指輪』を使って。

「今やってるけど、正直芳しくないね。この手のはネリドラちゃんかリュドネラちゃんが専門なんだけど……あー、せめてどっちかだけでも連れてきとけばよかったかな?」

「でも、戦闘能力に難があるその2人は、極力こういうクエストには参加させないのはいつものルールですから仕方ないですよ。現にほら、ヤバいのと出くわしてますし」

「それはわかるけどね……せめて『カオスガーデン』のマザーコンピューター……だっけ? それにつなげて、アドリアナさんとかに解析をお願いできれば少し楽だったんだけど……」

「この空間、なぜか魔力を介した通信の通りが悪いですからねえ……私たちが自力でやるしか……む?」

 と、言葉の途中で何かに気づいたように、ミュウが黙り込む。
 それに気づいたエルクが、遠距離攻撃で速やかに魔法使いの『ツィロケトリ』を打ち取りつつ、

「ミュウ、何かわかった!?」

「……はい、恐らくは。どうやらその4体……『召喚獣』の類のようです」

「召喚獣って……ミュウちゃんも得意の、『召喚術』で呼び出す奴よね? なら、術者がどこかに……もしかして……」

「はい、恐らくは、あっちでミナトさんが戦ってる『アスラテスカ』が術者でしょう。ですから、アレを倒さない限り、何度でも繰り返し召喚され直してしまうようです。再度の召喚までに、若干のタイムラグはあるようですが……」

「何度殺してもよみがえるのはそういう理由か……」

 ため息をつくエルクだが、ふと引っかかったことがあった。

「……でもミュウ? 召喚獣って、確かに倒されても何度でも『召喚』しなおせる奴もいるけど……そういうのって、すぐには召喚しなおせないわよね? 強ければ強いほど、再召喚できるようになるまでに時間がかかる、って聞いたことあるんだけど。ミナトに」

「はい、ですからこの状況は依然として異常ですね……AやAAの魔物なら、最低でも数時間から十数時間、場合によっては数日単位で間を開けないと、再度呼べるようにはならないはずなのに……それも解析できればいいんですけど……」

「……無茶言ってすまないけど、お願いね。私達は……ひとまず、復活した端から倒してくから」

 そうエルクが言った直後、またしても床に現れる黒いしみ。
 滲み出してきたのは、弓矢を持った『ツィロケトリ』。先程、一拍早くナナが討ち取った個体だ。

(魔力も体力もまだまだ余裕あるけど、これじゃキリがないわ……ミュウが解析してくれるといいんだけど……もしそれでもこの状況を改善できないようなら……)

 ちらっ、とエルクは一瞬だけ視線を向ける。
 彼女の愛する男が、1人、敵を引き離して戦っている方向を。

「アイツが『召喚者』を……親玉を討伐してくれれば、まあそれでもいいのか」


 ☆☆☆


 ぶぉん、と轟音と共に振るわれる丸太のような腕。
 顔の前で腕をクロスさせてそれを受け止める。そこから伝わってくる衝撃は……人間サイズの体から繰り出されたとは思えないレベルのそれだった。

 一拍遅れて、後ろに流れた衝撃で、僕の足元の石床にびしぃっ、とひびが入る。

 そこにさらに、もう片方の拳を打ち込んでくるが、僕はそれをこちらも拳で打ち払い、お返しに裏拳をその顔面に――仮面だけど――打ち込む。

 しかし、ガツン、と重厚な音を立てて直撃したにもかかわらず、その仮面にはひび一つはいらないし、『アスラテスカ』自体は揺らぎもしなかった。まるできいていないみたいだ。

 一切怯むことなく、再び腕を振り回して、僕のあばら骨を粉々にしようとラリアットを放ってくるが、僕はそれを腕で受け止めるようにして耐え、さっきよりも力を込めた拳を、アッパーカットの形で放って下からそいつをカチ上げる。

 しかし、それで体勢を崩したのは一瞬で、体が空中にある間に素早く体勢を立て直して着地したアスラテスカは、こっちに向き直って突っ込んでくる。

「――!」

 しかし、今度放ってくるのはただの拳じゃないことに気づく。
 魔力が充填されていて、さっきまでとは比べ物にならない一撃が放たれるであろうことを悟った僕は、さっきと同じように腕をクロスさせてそれに備え……

 ――ドゴォン!!

「……っ、重っ……!」

 かつてないほどの威力がぶつかってきたことで、ガードを弾いて崩され、大きくたたらを踏んでしまう。ガードしたのに腕は少し痺れてるし、それを力で押し切られるとは……馬力だけなら、今まで戦った中で最強かもしれない。

 少なくとも、こいつに匹敵する一撃を繰り出せるのは、片手で数えられるほどだろう。
 それこそ、『クラーケン』や『白鯨龍』なんかの超大型モンスターや、あの『ゼット』くらいのもんだ。それだけの一撃を、大した予備動作もなしに、魔力を込めただけで繰り出してきた。

 母さんや師匠は当然除いて考えてるが……これは明らかに、なめてかかっちゃいけない相手だ。『エレメンタルブラッド』で強化されている僕の肉体を、力ずくで破壊できるだけの可能性を持つヤバいモンスターだ。

 体勢を崩した僕に追撃をかけるべく踏み込んでくるアスラテスカに対し、僕もさっきのこいつと同じようにすぐさま体勢を立て直して迎え撃つ。すぐに地に足をつけ、今度は僕も体全体に魔力を巡らせて強化した上で……拳を突き出す。

 拳を、拳で迎え撃つ。真正面からぶつけあって……

 魔力のこもった拳同士の衝突は、すさまじい轟音と、その余波によるとんでもない衝撃波を週一にまき散らした。
 低級な魔物なら、これだけで死ぬんじゃないかってレベルのそれを。

 そうして、一瞬の拮抗の後、僕とアスラテスカは、互いに弾かれたように後ろに飛んで……恐らくは互いに、今の一撃勝負の勝敗を悟っていた。

(……マジか、競り負けた……!)

 骨は……無事だ。
 けど、かつてないくらいに腕にダメージが入った。びりびりとまだ痺れてるし、痛みもあるし……うまく動かない。完全にパワー負けしていた。

 熱いものを触った時のように、ぶんぶんと手を振ってほぐすようにして……少しはマシになってきた。もともと回復も早い体だし、この程度のダメージならすぐ元に戻るだろう。

 けど……絶対値的なパワーで競り負けるとは……今までにあまりない経験だな。

 もちろん、まだいくつも切れる札はある。
 『ハイパーアームズ』を使えば全能力を底上げできるし、『虚数』をより上手く使えるようになる分、戦力もアップする。それでもだめなら、パワー重視の『フォルムチェンジ』もあるし、現時点での最強形態の『アルティメットジョーカー』もある。

 けど……だからって現状をよしとするってのも、面白くないと思うのが僕なんだよな。

 見た感じ、この『アスラテスカ』もまだまだ本気とは程遠い様子だ。それこそ、何かしらの切り札的な技能を隠し持っていて、ここからさらに攻撃力を爆発的に上げたりするかもしれない。
 考えすぎ、だとは思わない。実際、ゼットの奴は僕の『ジョーカー』シリーズを……強化変身技を真似て、自分なりの強化形態を作り出している。

 ましてや、その強さに比して目撃例やら情報は少ない――ただ単に古代の魔物だからって理由が大きいだろうけども――ってことは、よく知られてない能力があっても何もおかしくない。
 そんなのに無策・無警戒で挑むなんてのは、たとえ自分の力に自信があってもやっちゃいけないことだと僕は思う。

 そして、そんな思考を重ねている間にも、アスラテスカは攻め込んでくる。

 この程度まで力を込めれば、僕にも通用するってことを学習したんだろう。さっきの一撃と同等の魔力が、今は拳どころか両手両足、いや全身に込められているのがわかる。漏れ出した魔力が、オーラみたいに全身を覆っている。

 あの拳足から繰り出される一撃をもらえば、今の僕じゃあちょっと無事には済まないだろう。
 上手いことかわしたり、受け流したりしてさばいているが、直撃を受けるのはさけないと。

(というか……こんな思考、普通の冒険者とかなら、当たり前のことだよな)

 ふと、そんなことを思う。

 魔物の攻撃をクリーンヒットで……いや、それに限らず『受けたらまずい』なんて、誰でも……それこそ、子供でも分かることだ。

 だが僕にとっては違う。『EB』で強化された体は、殴られても効かず、剣で斬られても斬れず、魔法が直撃しても焦げ跡一つつかない。毒も、酸も、呪いも、細胞レベルで強化され、ついには変質するまでに至っていた肉体の前には、ほぼ無力なものとして力なく弾かれる。

 脅威となりうるのは、一部の超強力なモンスターや敵が使う攻撃のみ。ディアボロス級のモンスターが放つような攻撃であれば、僕の防御を突破してダメージにつながり得るから。

 実際、僕が冒険者になってから、ダメージらしいダメージを受けたことは本当に少ない。

 母さんや師匠、兄さん達といった身内を除けば……ゼットやウェスカーのようなごく一部の敵だけだ。僕にダメージを通したのは。

(もちろん、その頑丈さを強みとして構えるのは悪いことじゃないんだろうけど、それが油断や慢心につながるようじゃ本末転倒……分かってたつもりでいたけど、いつの間にか忘れかけてた気がするな)

 ……思えば、こないだネスティアでやったクエストでも……王女様、僕に似たような危惧を抱いて、経験を積ませようとした意図があったんだっけ。
 マリーベルの言い方を踏襲すれば、『強いだけじゃどうにもならない問題への対処法』を身に着けさせる意図で……アレと似てるな。

 現状で満足せず、自分にとって足りない部分、弱い部分を見つけて、克服して……常にそれを繰り返して、隙のない実力を作り上げていく。修行時代から母さんにさんざん言われてたことだ。

 今の僕は、それができているだろうか……?

 ……確かに僕は、昔よりも多くのことができるようになった。

 身体能力はもちろん、体術の腕も上がったし、『EB』の出力自体も上がったから、頑丈さも以前までにまして鉄壁と呼べるレベルになっている。大抵の攻撃は避けるまでもなく――まあそれが慢心につながる部分でもあるけど、まず置いといて――傷一つ負わず耐えられる。

 加えて、師匠の所で鍛えてもらったおかげで、マジックアイテムや魔法薬の作成に関する知識や技術も手にすることができた。これによってできることが大幅に増え、飛躍的な戦力増強にもつながった。

 今の無茶苦茶な……母さんたちと比較してなお『普通』とは大きくかけ離れた僕の戦闘スタイルは、それによるところが大きいし。体術で戦うのはともかく……特撮ヒーローを意識したようなマジックアイテムだらけの武装とか、それを使った『強化変身』や、趣味丸出しの装甲とか。

 それ以外にも、湯水のようにマジックアイテムを戦闘の……いや、戦闘に限らず、生活の各部に盛り込んでいる。今では、一部とはいえ現代日本と変わらない利便性の中で生活できているほどだ。

 それら自体は、純粋に僕が努力の末に可能にしたことだと思っているし、恥じることはない。
 ついでに言えば、自重する気もない。今でも。

 ……けど、それでおろそかになる部分が出て来ちゃ、繰り返しになるが本末転倒だ。

 僕は、様々なマジックアイテムを使って色々なことができるようになったおかげで、今まで欠点だった部分も『克服した』と思っていた。

 けど、より正確に言えばそれはちょっと違ったんだろう……『克服した』というよりは、『カバーできるようになった』と言うべきだった。
 大まかに考えればそれは同じだと言ってもいだろう。問題が起きた時、それを解決する、あるいは問題を起こさせないような備えができるのであれば、それは実質的には同じことだし。

 …………けど、

(カバーできていても、根っこの部分の『弱点』がそのままなら、何かの手段でそこを突かれれば当然窮地に陥ることになる……本当に余裕をもってどっしり構えたいなら、そこを弱点じゃなくするしかない。それができないなら……きちんと、最低限は緊張感も警戒心も持っておくべきだ。自分は決して無敵でもなければ不死身でもない、死に得る存在だって、覚えておくべきだ)

 人は、心臓を刺されれば死ぬ。
 そうならないために、人は心臓をあばら骨で覆って保護している。

 それでも不安だし不足だから、人は鎧を着る。
 鎧の隙間から攻撃が届くのが怖ければ、鎖帷子を着る。

 それでも不安なら、魔法か何かで保護して守る。

 敵の刃が心臓に届かないように、出来る限りあらゆる対策を講じることで、ようやく人は『比較的』安心して戦える。

 けどそれでも……鎖帷子の隙間から細い針で刺されたら、魔法や鎧を貫通するだけの威力で突き貫かれたら……その時は、やはり人は死んでしまう。心臓を刺されて。

 それを何が何でも、絶対に回避したいのなら、方法は1つだ。
 心臓を貫いても死ななくなるしかない。

(……我ながら、無茶苦茶な思考してるな……)

 うん、無理だろそんなこと。
 いや、僕なら心臓が……多少傷ついた程度であれば、自己治癒で回復する自信あるし、ある程度以上の品質のポーションでも飲めば即座に回復可能だけど……そういう問題じゃない。

 要するにこれは『死にたくないから不老不死になろう』と言うのと同じレベルの暴論だ。
 誰がどう考えても、いや考えるまでもなく不可能だと、論じることが無駄だとわかるようなことであって、最初から何か別の方法で『カバーする』ことを模索するか、あるいは無理だと諦めるしか手が残されていないようなことなのだ。

 世の中には、そういう、神様でもない限り解決できないような問題……いや、問題とも呼べないような、自然の摂理レベルの困りごとがいくらでもある。危険の排除とか対策に関することだったりする分野に、特に多い。

 それらに対し、いかなることが起ころうとも無問題、何がどうなってもひと欠片の不安も何もなくするなんてことはできない。何か想定外のことが1つ起これば、どんな防備も突き崩される危険は常に付きまとっているのだ。

 それをできる者が今の世に居ないと言われていても。
 それが起こるのが、ほんの0.000001%ほどの確率だとしても。

 物事に、絶対はない。
 想像できることは、すべからく実現する可能性がある、と思うべきだ。

 もう随分昔……それこそ、前世で得た格言(?)だ。何の本で読んだんだったかな?

 そんなことを考えている間に、ほんの一瞬呼吸がずれて……アスラテスカの拳が僕の防御を弾き、がら空きになった胴体に、水平に振りぬかれた蹴りが直撃した。

「がっ、は……!」

 体が『く』の字に折れ曲がり、一瞬の間を置いて……すさまじい衝撃を体に感じながら、僕は吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられた。背中からも衝撃が加わって、しかし突っ込んだ勢いが強烈すぎたせいで、ほぼ跳ね返らない。横隔膜が少しやられたのか、呼吸ができなくなっている。

 喉の奥から何かがこみあげてくる感触。口の中に血の味が広がって、吐き出してみると……やっぱりというか、血だった。

 僕が明確に負傷したのを見て、好機と見てか一気に突っ込んでくるアスラテスカ。
 一気に勝負に出たのか、さっきまでよりもさらに魔力を体に纏い、感じ取れる威圧感が上がっている。パワーはもちろん……スピードもまだ上がるか。

「……『ハイパーアームズ』!」

 そう口にした瞬間、即座に展開された武装が僕の体を覆う。
 ロングコートの装束に、胸部も覆う装甲、手甲と脚甲は金の縁取りのついたものに変わり、まとう魔力は先程までの比じゃないレベルになった。

 この変化は、アスラテスカも感じ取ってるだろう。けど……

(コレでも多分、あいつの攻撃を防ぐには至らない……)

 ダメージは激減するだろうけど、まだまだアスラテスカには上がある。恐らく、今纏っている魔力での一撃でさえ、全力ではない……と思う。根拠はないが、そんな気がする。

(……というか、さっきから僕は何をちんたらしてるんだ?)

 決着をつけるなら、『アルティメット』を開放して一気に全力で責めればいい。僕の見立てからすれば、そうすれば十分に勝機はある。
 なのに、ポーション飲めばすぐ治るだろうとはいえ、こんなケガまでして……危険だと知りながら、まだ全力を出さないでいる。……自分のことだけど、なんでこんな風に……

(何、だろう? もう少しで、何か思いつきそうな……いや、思い出しそうな気がする……)
 
 見れば、さっきただでさえ魔力をさらに高めていたアスラテスカが、明らかに不穏な挙動をしていた。

 そのまま突っ込んでくるかと思いきや、腰だめに、弓弦を引き絞るように拳を握って構えている。その手元には……すさまじいまでの魔力が渦巻いているのが、ここからでも感じ取れた。

 アレ食らったら、僕もタダじゃ済まないな……

 そして……それがわかってて何で、まだ僕は何もせずに、『ハイパーアームズ』のままで迎え撃とうとしてるんだろうね。攻撃力、防御力、機動力、そして特異性の全てにおいて上を行く『アルティメットジョーカー』であれば、あれを無傷……かどうかはわからないけど、防ぐことだって……

 ……傷……そうだ、傷だ。
 さっき僕が、こいつは強い、僕でも無傷では勝てない、って思った時……そして、実際に傷を負った時、何かを思い出しそうになったんだ。どちらも、僕自身の負傷がキーになってる。

 いや、だからってアレを食らうのを良しとするってのも……そもそも、いくら何かつかめそうだからって、わざと負傷するなんて僕基本嫌だしそんなの……現に、アレを食らって傷を負うこと自体は僕は今、本心から嫌だと思ってる。

 それでも僕が動かないのは、その先に恐らくある、何か大事なことを思い出したいからで……いやでも、それで大けがするようなことがあればそれはそれで…………なんて考えていた、その時。

 声が、聞こえた。


「ちょっと! ミナト……ミナトォオッ! 避けてぇ―――っ!!」


 耳に届く、その声。僕が、この世で一番好きな人の声。

 ほんの一瞬の間に距離を詰め、今まさに、僕の顔面を粉砕すべく拳を振りぬこうとしているアスラテスカが……というか、その魔力のこもった光輝く拳が目の前に見える段階になって、僕は……ようやく、それにきづいた。

 …………ああ、そうだ、思い出した。

 僕は…………



 ―――キュイン! ズドガアアァァアアン!!



 アスラテスカの拳が振りぬかれ――る前に、『虚数跳躍』でその場から一瞬消えて攻撃を回避し、その背後に回り込んで後ろ回し蹴りを叩き込み……さっきのお返しとばかりに、僕はアスラテスカを反対側の壁まで蹴り飛ばした。

 視界の端に、大ピンチに陥ったように見えた次の瞬間、いとも簡単に僕がそれを回避して反撃した光景を目にしてか……唖然としているエルク達が見える。

 しかし僕は、そんなことに意識を向けている余裕はなく……ただ、今自分がたどり着いた1つの結論を、脳内で反芻していた。

(そうだ。僕は……エルクの口から、二度とあんな悲痛な声を聴きたくなかったから……強くなろうって思ったんだった)

 始めてゼットと戦って、僕があわや腕を食いちぎられかねない事態に陥った時も、

 狩場でそいつと再戦して、かつてないほどに負傷した僕を見た時も、

 火山島でウェスカーと戦って、奴と引き分けに終わって満身創痍になった時も、

 その声は、僕を心配してくれてるのが嬉しい反面……そんな心配をさせてしまったことが心苦しかった。だから僕は、いつも安心して、笑顔で、心配する必要もなく僕を見ていてほしいから、もっと言えば、いつも一緒に、穏やかに笑っていたいと思ったから……

 だから、もっと強くならなきゃ、って思ったんだっけ。



(……って、たったこれだけのことを思い出すのにどれだけかかってるんだよ、そもそもこんなん結論でも何でもなくて、いつも僕が思ってることじゃん!)



 思いだす、とはまた違ったな。いつも普通に思ってることだった。
 ただ、コレが僕の向上心の根源で、大事なことだっていうことを忘れてた。

 さらに言えば、これはエルクに限った話じゃない。
 
 まだ僕が幼い頃、オリジナル魔法の開発中の事故で負傷した時や、母さんから課せられたあの『テスト』の時に、母さんに悲しい思いをさせてしまった時にも思った。

 他にも……これ以上はキリがなくなるからやめておくけど、僕は自分が傷つくことと同じくらい、あるいはそれ以上に、自分のせいで他人が傷つくのが嫌だった。

 物理的にケガするとかはもちろんのこと……自分がバカなせいで、あるいは弱いせいで、自分の大切な人が、どんな形であれ辛い思いをするたびに、自分が傷つくよりずっと辛くて、悲しくて、苦しい気持ちになっていた、気がする。僕はそれがどうしようもなく、嫌で仕方なかった。

 だから、頼もしいって感心されるのを通り越して、呆れられるくらいにオーバーテクノロジーを盛り込んだマジックアイテムを作って持たせて、それでも満足せずに次々とまた作って強化して……今だってまだ、どうすればもっと安全になるかな、何が作れるかな、っていつも考えてる。

 けど、さっき考えた通り、いくら完璧を追及しても、物事に完璧、ないし『絶対』はない。
 だったらそんな中で、より『完璧』に、『絶対』に近づけるため、僕は、僕たちは何をすべきか。

 ……そんなもの、考えるまでもなく、当たり前で基本的なの『答え』がひとつあるだけだ。

 壁にめり込んでたが、何事もなかったかのように抜け出して復活してきたアスラテスカを見据えながら、僕は、半分独り言のように言う。

「一応感謝しとくよ。お前のおかげで、進むべき道が見えた。いや、もともとそうしていくつもりではあったけど、その大切さを再認識できた、って言った方がいいか。僕は……」

 そう、僕は……



「もっと修行して、もっと強くなって、もっといろいろ作って………………なんか上手くまとめられないけど、とにかくまだまだもっともっと向上心あるのみ!」



「……あんた、今の戦いの中でどんな思考たどったらそんな危険な結論に行き着いたのよ」

 なんか、守りたいと思っている女の子から否定的な意見が飛んできた気がしたけど多分気のせいだってことにして、

「じゃ、そろそろ本気で行くか……『アルティメットジョーカー』ッ!!」



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