魔拳のデイドリーマー

osho

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第17章 夢幻と創世の特異点

第333話 待ち受ける者たち

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何事もなく終わると思っていた依頼だったけど……いや、実際に『依頼』自体は何事もなく終わったけど、予想外の所から騒動の種が芽吹いてしまったようだ。

というか、それを見つけて芽吹かせたのは僕なんだけどさ。
でもあの場合仕方ないよね……正体が何なのかもわからない中、放っておくってのもできなかったわけだし。それこそ、魔法式のトラップとかだったりしたら、いつどんな条件で発動して、周囲にいる誰かを巻き込んでドカン、なんてこともなくはないんだから。

実際はそれを超えて厄介ごとだったわけだけど。まさか、隠蔽された異空間とは……

それも……なぜか、通常の手段では干渉することはできず、僕が『虚数魔法』を使うことでしか入り口を開くことも、維持することもできないなんてな……。

「これが、件の異空間か……まさか、こんなものが隠されていたとはな」

「私も、ここに来たことは何度もあるから、ミナトがこれを開いた時は驚かされたよ。世界は狭いようで広いな、すぐ近くに、こんな想像もできないような仕掛けが眠っていたんだから」

報告を受けて、王宮から急きょ駆けつけたエルビス王子と一緒に、ルビスがその『入り口』を見て、率直な感想を述べていた。

2人そろうとやっぱ似てるな……さすがは腹違いとはいえ、実の兄妹。しかも、かつて片方がもう片方の影武者を務めていただけのことはある。

もっとも、今はもうそれは無理だろうけどね。魔法薬の服用を辞めて、きちんと健康的な暮らしをするようになってからというもの、ルビスは前にもまして女性らしい体つきになりつつある。

髪が長いのはともかくとしても……ボディラインは明らかに女性のそれだし、肉付きも違う。声もルビスの方が高いし……胸についてるシェリーさんクラスは確実にあるであろうそれは、サラシやコルセットなんかじゃ絶対に隠せないであろう大きさだ。

それこそ、また魔法薬でも使って体ごと弄らなきゃ、せいぜい『似てる』どまりのレベルだろう。あれ副作用とかけっこうきっついから、それも含めて治した僕としては、二度としてほしくない。

……似てるといえば、ルビスって時々だけど、まだエルビス王子とお揃いの眼帯付けてるんだな。

任務中の事故で本当に負傷してるエルビス王子と違って、ルビスのそれはあくまで偽装というか、影武者としての変装用だ。その下にある傷も偽装だったわけだし、影武者を解任された今となっては、そうする必要もないはずなんだけど。

なんでも、長いこと片目でやってきたから、こっちの方がしっくりくるらしいんだ。

2人が出会うまでは違ったとはいえ、それ以降は戦闘訓練すら、眼帯で片目を隠した状態でやったがために、片目だけでも距離感とかそういうのはきっちりわかるようになってて、日常生活を送る上で何も問題ないそうで。

逆に両目で見ると……説明が難しいんだけど、ちょっと『見えすぎる』らしい。
それで気分が悪くなるとかはないし、重要な式典に出席する時とかは、失礼になると悪いからきちんと外して両目出してるけどね。

……なんか、普段は眼帯で力を封じてて、本気になるとそれを取り去って『さあここからが本番だ』とか言う少年漫画のキャラみたいで、ちょっとカッコイイって勝手に思ってしまった……ってそんなことはどうでもいい。話が脱線した。

その2人がそろってここにいるわけだが……一応、エルビス王子はこの遺跡の調査のために先遣隊として派遣されており、状況を見て部下と共に突入して内部を調べる許可を持っている。

正式かつ大規模・詳細な調査はまだ先だそうだけど、そのくらいなら王子である彼の裁量権の範囲内なんだそうだ。

で、どうするのか聞いてみたら、

「……できれば、気が早いことは承知の上で、今から中に入ってみたいんだが……ミナト殿、貴殿に護衛を頼みたいのだが、受けてはもらえないだろうか?」

「え、僕ですか?」

「そうだ。ちょうどよく、という言い方だと少し行き当たりばったりな感じはあるが……貴殿に護衛してもらえるなら、これほど心強いことはないからな。それに……」

『それに?』という感情を込めて僕らがエルビスを見返すと、彼は僕と、僕が維持している『入り口』を交互に見ながら続けた。

「どういう仕組みなのかはいまいちわからないが、この入り口はミナト殿にしか開けないし、維持することもできないのだろう? しかも、その使っている手段は非常に特殊なものだという」

「ええ、まあ、確かに……多分ですけど、この世界でこの魔法使えるの、はたして僕以外にいるかどうか、っていうレベルだと思ってます。難易度云々じゃなくて、特殊すぎる技能なので」

僕の『虚数魔法』は、僕のというか、夢魔の超特殊能力である『ザ・デイドリーマー』と、アドリアナ母さんの『霊媒師(シャーマン)』の力の組み合わせ+応用で形作られたものだ。それを両立させて使うのは、自分で言うのもなんだが、並大抵のことじゃない。

どちらも生まれ由来の特殊な才能が必要であるし、特に『ザ・デイドリーマー』は、半端な力の者では発動すらできないし……発動出来てもその負荷に耐えきれず死んでしまうものがほとんどだ。そもそもが種族的にさほど強い部類ではない『夢魔族』に使いこなせる力じゃないんだよな。
今の所、死なずに使えるのは母さんと僕の2人しかいない、と思う。

だからこそ、この『虚数魔法』に類する力でこの異空間が形作られているという状況は、そういう意味でも異常なことこの上なかった。
少なくとも、『ザ・デイドリーマー』と『霊媒師』、そのどちらかにゆかりのある『何か』が、この遺跡、あるいは異空間、あるいはその両方にあることになる。

僕はそれが不安だったので、当然エルビス達にも『調査するなら慎重に』ってきっちり忠告させてもらったわけなんだけど……それを受けてのエルビス王子からの要請が、さっきのあれだった。

なるほど、確かに……得体のしれない力によって形作られている空間なら、それに精通した人物を同行させるのは、決しておかしな判断じゃないからな。

「であれば、ぜひとも同行してほしい。無論、ギルドあての書類はきちんと整えて用意しよう」

言いながら、部下の人に言って持って来させた便箋に、さらさらと何か書き込んでいくエルビス王子。書き終わってから見せてもらうと……それは、『念書』みたいなものだった。

内容としては、『ジャスニア王国第五王子として、冒険者ミナト・キャドリーユに護衛の依頼を云々』といった感じのそれ。つまり、後から事後的に資料を作る際、これを証拠書類にしろってことか。なるほど、王子様直筆の書類なら、信頼は十分だろうな。

それに加えて、最後にハンコらしきものを取り出したエルビス王子は、剣で自分の指をほんのちょっと切って血を流し、それをつけて『血判』を押した。……本格的だな。
その傷は、部下の人がすぐに治癒魔法で治していた。

「これなら証明書類として問題ないはずだ。どうだろう……引き受けてもらえないか?」

「んー……わかりました。あんまり規則的にはアレですけど、見つけたの自分ですしね、このままほったらかしってのも気分悪かったし、ご一緒しますよ」

第一発見者としても、『虚数魔法』の使い手としても、この謎の空間は気になるし……それに何より、冒険者として、未知なる遺跡なんてものを探検するのは本懐って奴だ。久々に『未知』を切り開く折角の機会なんだし、こちらとしても願ったりである。

それに、だ。エルビス王子もルビスも、僕の友人にカテゴライズされる1人である。個人的に、何か危険があるかもしれないところに行くのなら、そして偶然でもそこで僕が一緒なのなら、手を貸して守ってあげたいと思うし。

そう話してエルク達からの了承も貰い、彼率いる先遣隊の護衛を引き受けることになった。

エルビス王子は、部下の何人かをこの入り口を警備する人員としてここに残し、その分の人員として僕らを連れていく形を取った。十数名くらいの小規模な調査チームではあるが、調べる空間の規模を考えれば十分だろう。

なお、その間の『入り口』の維持は、僕のマジックアイテムで行う。

僕が開いて抑えておかないと、この入り口はどうやら数分ほどで閉じてしまうようなので、楔になるアイテムを選んで空間に直接突き刺し、留め具みたいにしておくことで入り口を開いたままにしておくことに成功した。

この留め具への干渉も『虚数』を使わなければできないので、何かの事故で取り外されて閉じ込められる、なんてことにはならないだろう。

そうして僕らは……仮の名称として『異空間遺跡』と呼ぶことにしたそこに、踏み込んだ。


☆☆☆


結論から言って、その判断は大正解だった。

入り込んだ先の空間に広がっていたのは……外からも見えた通り、外側の遺跡とほぼ同じ作りになっていて、見た目は特に何の変哲もない、普通の遺跡だったのだ。

そりゃ、異空間にあるってだけで十分異常な事態ではあるけど、このさいそれは置いといて。
何か危険なギミックがあるわけでもなければ、魔物が棲んでるわけでもないし、何か宝物が隠されてる、なんてこともない。

逐一ザリーとかと協力して調べながら進んでいたけど……少なくとも、進んでいる途中ではそうだった。

そしてこの『異空間遺跡』だが、構造はシンプル極まりない一本道で、『入り口』から入ってひたすら真っ直ぐ進んでいくだけの作りになっていた。
そして、突き当りに扉があって……そこに入ると、だだっ広い大広間みたいな部屋があった。

広さ的には、前に見たことがある、ネスティアの王宮の大広間とかにも負けず劣らずで……天井も高い。10mや20mじゃないな……。

しかも、壁や床がやけに頑丈に作られてるっぽい。素材は単なる石材に思えるけど……これは、まほうでほきょうされてるのか。
広さも相まって、大型の魔物だって入れそう、なんなら暴れられそうな部屋だ。

(…………あれ、今物凄く嫌な予感がしたんだけど)

……うん、自分で言っといて何だけど……これってつまり、そういうことか?

部屋なんてのは、まあそうでない場合も多々あるとはいえ、基本的に何かしらの用途に合わせて作り、そして使うもんだ。部屋やその位置・場所、そこに備え付けてある道具・設備などを見れば、その部屋がどういう目的で使われているかは自然と予想がつく場合が多い。

本棚があれば書庫かもしれないし、ワインボトルを置けそうな棚がたくさんあるのならワインセラーだろう。

玉座の間に隠すようにして併設された、数人がひそめるような部屋であれば、武装した護衛が隠れて待機しているための部屋かもしれない。だだっ広くて土の地面が広がっている部屋で、壁際に武器とかを立てかける棚とかがあるなら、訓練場かもしれないし、けが人が多発するそういう施設の近くには、医務室的なものが設置されている場合も多いな。

さて、ではこの部屋は何だろう?

さっきパッと見て思い浮かんだ……というか、思い浮かんでしまった『使用用途』がもし正しい場合……非常に嫌な予感がするわけなんだが。

「……だだっ広くて、床も壁の頑丈で……この分だと天井もそうじゃないかな」

「さてこの部屋……なんの用途で誂えられてるのかしらね」

今思いだしたけど……似たような部屋、僕ら知ってるよね。
というか、僕の拠点にも普通にあるよね。そして、『オルトヘイム号』の中にも小規模なものがあるし、師匠の家にもあった。

そう……『訓練室』だ。

見ると、僕の仲間たちのうちの何人か……エルク、シェリー、ナナ、そして義姉さんあたりは、僕と大体同じような疑念を抱いたようだ。残るミュウとザリーも警戒を露わにしているけど、単に得体のしれない部屋に出たから、っていう部分が強いように見える。

なお、今の発言をしたのはエルクのようだけど……その疑問に誰かが答えを出すより先に、この場に居てもっとも危機察知能力が高い奴が反応した。

―――ピィー! ピィー!

「……! アルバ?」

殺気から僕の肩にとまっていたアルバが、突如、何かに気づいたように泣き始めて……それから一拍遅れて、僕も異常を察知する。

はっとして上を見ると、今まで何もなかったはずの空間に、突如として歪みが生まれ……その向こうから何かが飛び出そうとしていた。しかも、1匹じゃない、複数だ。

とっさにエルビス王子を、部下の人たちごと後ろにかばって身構えた僕らの目の前で、転移魔法にも似たエフェクトと共に、突然の気配の主は姿を見せた。空中から出現したそれらは、重力に従って床に落下し、豪快に音を立てて着地する。

数は5体……いや、5『人』か? いや、人型だけど魔物っぽいから5『体』であってるな。
真ん中に1体と、それを囲むように4体。着地はまるでネコ科の肉食獣みたいに4足の形で行って、着地の衝撃を上手く殺したようだった。

(しかし……魔物、だよね?)

5体はいずれも、パッと見ると、仮装した人間に見えなくもない見た目をしていた。
よく見ると肌の色とかがおかしいし、まとっている空気も、感じ取れる魔力の感じや体臭なんかも人間とはかけ離れてるから、魔物だってのはわかるんだけど……こう、全員が被っている仮面や、それを含めた全身の独特な飾りつけ具合が、どこぞの原住民族とかを思い起こさせる。

うろ覚えのにわか知識だけど……アステカ文明とかの資料やら何やらで見た、戦士やら司祭の装束があんな感じだった気がするぞ?

4体のうち、前にいる2体が前衛、後ろ側の2体が後衛のようだ。全員武装が違い……前の2体が、それぞれ剣と槍を、後ろの2体がそれぞれ杖と弓を持っている。バランスが取れた構成だな……杖ってことは、魔法とか使うんだろうし。

そして……一番やばいのは、中央にいる奴だな。
武器は持っておらず、素手だけど……まわりの4体より一回り体が大きく、身を飾る鎧や装飾品も豪華だ。仮面も同じように豪華だし重厚で、何かこう、強そうな……ドラゴン? 獣? とにかくその手の怪物をイメージしたデザインに見える。

着地し、全員息の合った動きでゆっくりと立ち上がり……仮面向こうでこちらからは様子をうかがえない目で、僕らを見据えてくる。目は見えなくても、視線は感じる。

「……ようこそいらっしゃいました、って空気じゃないね」

「みたいね。武器も持ってるし……言葉通じると思う?」

「試してみればいいんじゃない? けど……勘だけど、聞く気がそもそもあるか微妙よ、アレ」

漂う緊張感の中、エルビス王子が口を開いた。

「……あの装束……ジャスニア建国以前の『3国』時代の国の一つが、民族文化として持っていた戦士の装束に似ているな」

「知っているのか、エルビス?」

ルビスがそう聞き返し、それを肯定する形でこくりと頷くエルビス王子。

「ああ……まあ、私も資料で絵を見たことがあるだけなんだが、ああいった感じの造詣が多く見られたはずだ。しかし、その当時は似たような姿の魔物も跋扈していたそうでな……」

「……? 正規の、その……『戦士』とやらと、人型の魔物が同じようなカッコしてたっての? それ、戦う際にややこしくて困ったりしないのかな?」

「昔の人が何考えて戦ってたかなんていいでしょ今は。見分け方あったのかもしれないし」

「あるいは……そうだな。強い力を持つ存在の姿かたちをまねて、その力にあやかろうとしたのかもしれんが……今は置いておくとしよう。それでだ、その資料にあそこにいる魔物の、恐らくは種族のようなものも記載されていたのだが……取り巻きの4体は『ツィロケトリ』と言って、現代の基準で言えばA~AAランクくらいだと思われる魔物。そして、真ん中の1体は……」

一拍置いて、

「……絵柄と似ているだけだから、恐らく、としか言えんが……『アスラテスカ』。当時の資料には、たった1体で数万の兵をなぎ倒し、破壊衝動のままに暴れまわっていくつもの国を滅ぼした邪神だと書いてあった。信憑性は何とも言えんが、もしそれが事実なら……」

エルビスの言葉に、その場にいたほぼ全員が青ざめた。

……その情報通りなら、とんでもないのが出てきたな……ひょっとしてここ、そいつを封印しておくための部屋だったとか? だとしたら、とんだ藪蛇だったかな……

数万って……その話が本当なら、ランクはSかそれ以上は確実にあるだろう。下手したら、『測定不能』なんてことも……

考えても始まらないか、向こうさんどうやら臨戦態勢のようだし、逃げるにしても、このレベルの敵を相手に背中を向けるなんてのはむしろ自殺行為だ。

結局まあいつも通り、こういう感じのトラブルが顔を出すわけね。

「じゃ、まあ……相談する必要もなさそうではあるけど、とりあえず役割分担でも決めとく?」

「戦う以外の選択肢はなさそうだしね。ここ広いけど、聞いた通りのレベルの奴が戦うには逆に心もとないかも……なるべくこっちに流れ弾とか飛んでこないようにしてね」

「私達で取り巻きの4体、ミナト君が真ん中のヤバい奴……ってのが無難かな。王子様達は危険だから下がっててもらうとして……」

「私とエルクさん、シェリーさん、それにセレナさんで1体ずつ相手をしましょうか。エルビス殿下達の守りは、ザリーさんとミュウちゃんに。アルバちゃんは必要に応じて掩護をお願いします」

「了解。あんまり無茶苦茶な威力のが飛んでこない限りはきっちり守るよ」

「そーいうの『フラグ』ですよ、ザリーさん。ああミナトさん、念のために小型魔力炉も使っていいですか? ちょっと戦いの規模的に、自前の魔力と『召喚獣』だけじゃ心もとないかもです」

「オーケーオーケー、じゃんじゃん使っちゃって。っていうか、何気にこのメンバーでの戦闘久しぶりだな……規模とかも考えると『狩場』の時以来とかじゃない」

「その時私いなかったでしょーよ、まあどうでもいけど」

これから始まるであろう壮絶な戦いを前に、軽口をかわす僕ら。
ま、過度な緊張でがちがちになるよりはいいんじゃないかな、ってことで。

最近は国の正規軍だの、テロリストだの相手にしたり、異常発生した魔物とかを相手にする場面が多かったけど、久々にシンプルな、守りながら戦って倒す、っていう感じの戦闘だ。

だからどうってわけじゃないが、わかりやすいのはいいことだ。
もちろん、色々な警戒は怠らないようにはするけど、原点回帰、みたいな感じでいい。

じゃあ……一丁、始めますか。



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