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第17章 夢幻と創世の特異点
第326話 『タランテラ』の本気の一端
しおりを挟む今現在、11時50分を回ったところであり……マリーベルによれば、『模擬戦』は正午から開始らしい。
事前に説明された通り、その瞬間から、あらゆる方法で『タランテラ』の隊員たちが、僕らの持っている『宝』と『情報』を奪い取りに来るわけだ。
隠すか持っているか、みたいな感じで今考えているわけなんだけど……さすがに、館の中も全然まだ詳しく見てない段階で、どこかに隠そうなんて思えない。
なので、今現在は僕らは全員、その『宝』と『情報』を身に着けて持っている。
禁止されてないとのことだったので、僕はすでに『帯』に封筒を収納している。
クロエとセレナ義姉さん、ナナも同様だ。
エルクは、しまう前に軽く調べたいってことで、今は手に持って色々観察してみている。
後で僕も見せてもらおう、マジックアイテム技師の観点から。
まあ、パッと見る限りでは、何の変哲もないガラス玉って感じだったけど……
なお、ただ1人ここにいないシェリーは、トイレに行っている。
単独行動とかして大丈夫かな、って一瞬思って止めようかと思ったものの――ほら、ホラー映画とかで『こ、こんなところに居られるか! 俺は部屋に帰るぞ!』って1人だけ離脱すると大体死ぬじゃん?――奪いに狙っては来るものの、そこまで殺伐とした感じのものじゃないからね。大丈夫でしょ。
それに、戦闘能力で言えば、シェリーはこの中では、僕に次いで2位か3位か4位だ。
……シェリー、ナナ、セレナ義姉さんがほぼ同率なので、この3人順位着けづらいんだよね。敵との相性とか戦う場所、条件なんかで入れ替わると思う。
とはいえそんな感じで、今では確実にSランクの戦闘能力を持っているシェリーであるからして、ちょっと1人になったくらいで危なくなったりはしないだろう……というか、単純な戦闘能力で言えば、彼女に対抗できる可能性があるのは……あの中ではメガーヌくらいじゃないかと思う。
戦っているところを見たことがないカタリナさんや、まだ顔も名前も知らない最後の1人の実力はよくはわからないけど。
だから、最悪襲ってこられても大丈夫だろう、迎撃するくらいなら何も問題はないはずだ。
……そう、甘い考えを抱いてしまったのが失敗だった。
いよいよ正午を回り、『模擬戦』がスタートしたわけだけど……まあ、流石にそんなすぐに何か仕掛けてくるわけもないか……と思っていた、その時だった。
――ばたぁん!
「うわぁーん、ミナトく~ん!!」
「「「!?」」」
勢いよく部屋の入り口の扉が開き、見慣れた赤い髪の女性が飛び込んできたかと思うと、僕……ではなく、ソファに座っているエルクの所に飛び込んでいった。
すんでのところでそれをかわすエルク。
結果、飛び込んできたシェリーは『ぶふっ』というくぐもった悲鳴?と共に、顔面からソファに突っ込むことになった。え、何、どうしたのいきなり? 何かあった。
「うぅ~……って、あ、ミナト君そっちか」
「いや、あんた、ちゃんとよく見て突っ込んで来なさいよ……で、何かあったの?」
呆れながらエルクがそう聞くと、シェリーは、ばっ、と勢いよくエルクに――よくぞ聞いてくれました、とでも言いそうな感じで向き直り、
「…………ごめん。『宝』、とられた」
「「「……はぁ!?」」」
彼女の口から飛び出した、予想外にも程がある言葉に、僕ら全員驚いて視線を集中させる。
矢継ぎ早に説明された内容によれば……彼女はもともと、『宝』を狙って襲い掛かってくるであろう『タランテラ』の隊員たちを迎撃すべく、『どこからでも来い』とばかりに、わざと『収納』に入れずに、巾着袋みたいなものに入れて首から下げていた。この戦闘狂はホントに……。
それが裏目にでたということだ。廊下を歩いていたら、突然体が全く動かなくなり――原因不明。本当に突然、何の前触れもなく来たらしい――その間に、袋ごと奪われたという。
後ろから近づいてきて、首元の袋をさっと抜き取ってそのまま去っていったそうだ。
硬直自体はすぐに解けたものの、振り向けばすでに犯人の姿はなかった。周囲を探しても見つけられなかったため……結果として、姿すら見られないままに『宝』を奪われたという。
おいおい、洒落になってないぞ……まさか、シェリーがろくに抵抗すらできずにやられるとは……つか、なんだその動けなくなったのって? 金縛りか何かか?
「あんた、だからあんな不用心な真似やめなさいって言ったじゃないのよ」
と、文字通り餌を敵の眼前にぶら下げる真似をしていたシェリーに、エルクが呆れている。
「うー、それはそうだけど……ねー、エルクちゃんのちょーだい?」
「いや、私のあげたって何にもならないでしょうが……」
と、エルクがふたたびため息をついた……その時だった。
―――ガチャ
「いや~……この家広い上になんか似たような通路多くない? ちょっと迷子になり……そ……」
ドアを開けて……シェリーが入ってきた。
……もう1度言う。シェリーが、入ってきた。
そして……さっき入ってきたシェリーが、今、ソファの所にうずくまっている最中である。
「「「…………!?」」」
その場の全員が呆気にとられる中、最も早く正気に戻ったのは……クロエだった。
「ミナト! エルク! ぼさっとしてないで、そっちのシェリーを……」
「――もう遅いわよ」
その瞬間、先に部屋に戻ってきていた方のシェリーが、ニヤリと笑い……手の中に持っていた何かを握りつぶすと、強烈な光と、耳をつんざく轟音が部屋中に広がった。
(……っ!? しまった!)
とっさに僕は魔力で目を保護し、強烈な光の中でも活動できるようにフィルタをかけたものの……同時にさらに煙幕まで発生したので、インパクトも相まって数秒の間、驚いて手出しできなかった。未だに耳がちょっとキンキンする中、
「ミナト! 窓抑えて! 逃げる気よ!」
「了解、エルク!」
というエルクの声に従って僕が駆け出して、記憶を頼りに窓の位置に立ちふさがろうとして……
「え、ちょっと待ってミナト! 私何も言ってない! そっち行っちゃダメ!」
「は?」
更に響いた、さっきとは逆の内容のエルクの声に混乱し、足を止めてしまった。
そのままどうしたらいいかわからず、とっさに腕を大きく振るって暴風を発生させたものの……すでにそこには、僕ら以外は誰もいなくなっていた。
窓は開いてはおらず、ドアの前にはシェリー(後から入ってきた方)が立っていて……
そして……入口とは別、窓とは反対側の扉が開いていて、キィ、キィ、と力なく揺れていた。
そこに駆け寄って外を見て見るも、人影なんかはすでにどこにもなく……
そして振り返れば、エルクが青い顔をして立っていて……
「……ごめん、ミナト……やられたみたい」
さっきまでたしかにエルクが持っていた『宝』が……忽然となくなっていた。
☆☆☆
状況を整理すると、つまりはこういうことのようだ。
まず、下手人……誰なのかはわからないけど、あの偽シェリーは、シェリーが室内にいないことを確認した上で、彼女になりすまして部屋に入ってきた。
そして、煙幕と閃光、そして音響兵器で目くらましをした上で、エルクの声真似まで使ってこっちをかく乱し、その隙にエルクの『宝』を奪ってまんまと逃げた。
その直後、周囲を探してみたものの、それらしい人影はやっぱりどこにもなかった。
もうエルクの『サテライト』ここで使おうかとも思ったが、今ここで使うと後がやばいんじゃないか、ということも考えられたし……って迷ってる間に、もう使っても無駄だろうな、ってくらいに時間が経ってしまった。
「そういうわけで、何か思った以上にやばそうなので作戦会議します。皆、忌憚のない意見をよろしく。マジで」
リビングのテーブルをみんなで囲み、全員の『情報』と『宝』を収納にしまった上で作戦会議をすることにしました。
卓についている皆の表情の真剣なこと……いやまあ、実際に目の前で1回出し抜かれちゃったわけだから、それも当然だが。
かくいう僕もけっこうダメージ大きい。
まさかシェリーを……仲間としても、男と女としても親密な関係になっている彼女のことを、まさか偽物と間違えさせられるとは……。
幻覚とかなら見破れた自信あるんだけど、僕の感覚が間違ってなければ、あれは……
「おそらく、魔法薬か何かで本当に『変身』してたわね。じゃなきゃ、ミナトの目や、私とエルクちゃんの魔法知覚をかいくぐるのは不可能に近いはずだし」
と、セレナ義姉さん。やっぱりそうなるか……。
「そ、そんな薬あんの?」
「あるんだよ、それが……一応僕も作れる。作ったこともある」
師匠の所で修行中にね、と、狼狽えながら聞いてきたエルクに教えてあげる。
あるんだよなあ実は……某小説に出てくるナントカ薬ばりの、そういう薬。
「とはいえ、完全に『禁忌』指定の奴でさ……一時的にとはいえ、肉体ごと作り替えるわけだから、副作用けっこうドぎつかったはずなんだけど……」
「……そういう副作用をあらかじめ中和する薬物を飲んだ上で服用するとか、いくらでも抜け道はあるわ。対策をきちんとした上で、短時間の使用ならあるいは……」
「ちょっと、怖いそれ……ガチじゃん」
「さっきからそう言ってんでしょうが」
冷静に分析するクロエ。明らかになる真実の数々に戦慄せずにはいられない。
ていうか、ガチだとは聞いてたけど限度ってもんがあるよね!?
訓練だよねコレ!? 何そんな怖い薬まで使って……今言ったばっかだけどアレホントに副作用、割と酒落にならなかったはずなんだけど!? 大丈夫なの使った人!?
「しかもあれ、僕の気のせいじゃなければ、体臭とか魔力の質まで変えてたよね? それも多分……同じように魔法薬で」
「んー……ごめんねミナト。訓練内容というか、相手の戦略に抵触するからノーコメント」
マリーベルは答えてくれないけど、多分この予想であってると思う。
体臭はともかく、魔力の質を短時間でも変えるってのも、体にかなりの負担になるはずなんだが……誰が変身してたのかわからんけど、本当に大丈夫なのかな。不安だ。
「……ミナト、心配してる暇があったら、今後のこと話し合いましょ」
ため息をついている僕に、クロエが横からそうぴしゃりと言って来た。
「気持ちはわかるし、ミナトのそういう優しいところはいいところだと思うけど……ことここに至っては、それすら連中に利用されかねないから、ちょっとだけ心を鬼にして。ていうか、さっき彼女が言ってたことが、大げさでも何でもないって、ちょうどよくわかったんじゃない?」
「……そう……かもね」
うん……確かに。一発目からここまでされたら、そりゃ嫌でも理解する。
この模擬戦……本当に彼女達『タランテラ』は、手段を択ばず目的を達成しに来るんだろう。それも、普通ならNoという判断を下してしまうような方法まで使って。
そしてそれは、僕の優しさ……あるいは甘さまで容赦なく利用してくるんだろう。
一発目のアタックでそれを知ることができたのは、かえって良かったかもしれない。
「よし、じゃ、切り替えていこうか……この先のことについて考えよう。あと、チャンスがあればエルクの『宝』は取り戻す方針でいくけど」
「うん、ごめん……それもよろしく」
落ちこみ気味になっているエルクを若干痛ましいと思いつつ、司会進行をクロエに頼む。
「了解、任された。まず、マリーベルさんに確認。彼女達『タランテラ』は、例えば今回、偽シェリーが嘘の報告の中で言ってたような感じで、個人を襲撃して『宝』や『情報』を強奪する、なんてこともありうるのかしら?」
「なくはないけど、あまり過度な戦闘になることもまずないよ? 基本的に、ミナト達にケガさせることは禁止されてるから。原則気づかれず、気づかれたとしてもさっと奪って風のように、って感じで動くことになってる。戦闘になった場合なんかはまあ、多少判定緩くなるけど……それでも、基本的には戦闘自体回避する形で動くはず」
「それはどうして? 『実戦形式』にしては中途半端ね」
「『実戦形式』だからこそだよ。基本的に少人数で動く私達が、敵の本拠地で潜入中にいたずらに騒ぎなんか起こしたら一気にピンチだからね。場合によっては外交問題にもなりかねないし」
……外交問題になるようなところに潜入することもあるのか。
「だからあくまで原則は『気づかれず』なの。ま、今回のは『訓練』な上に、『タランテラ』が狙ってくるってわかってる形だから、あえてああして派手に……おっと、これ以上は言いすぎか」
「なるほど。つまり、本来なら『狙われてる』ってこと自体気づかせない立ち回りをすべきところだけど……今回そこまではする意味ないから、あえてああして派手に奪って見せることでこっちに緊張感を持たせて精神的な疲弊、及び、人に化ける方法があるってあえて教えることで疑心暗鬼を誘発する狙いがあった、ってことね」
「うぉお……そこ当てに来ちゃう? さすがは元特種部隊」
クロエ、途中でマリーベルが言うのをやめてしまった部分を見事に言い当てて見せた。やだ、頼りになる。
それに続けてクロエがさらに聞く。
「なら極端な話、私達のうちの誰かを拉致して、さっきマリーベルさんが言ってたみたいな『尋問』をしたり、あるいは薬物で洗脳したりなんてことは……」
「ない、それは絶対にない。基本的に私達は、捕縛もしくは撃破を狙ってミナト達の方から武力行使を受けた場合に限って戦闘行動を許可されてるし、そういう、リアルに考えても後で面倒なことになりそうなことはしないと考えてくれていい。やってもせいぜい、薬を嗅がせて眠らせて、その隙に持って逃げる、くらいかな? ……だからちょっとミナト君睨まないで、ごめん、怖い」
しないから、絶対しないから、とちょっと顔を青くして言ってくるマリーベル。
うん、よかった。それならよかった。
もしそれもありだったら……なりふり構わずこの訓練を終わらせるために動くことも考えなきゃいけなかったよ。それこそ、手段を選ばずに。
「ち、ちなみにどんな風にやるのかお聞かせいただいても……」
「……最近作り出した僕の強化変身の一つなんだけどね、『ヒュッ……」
「やめなさいミナト! あんなもん使ったらどんなヤバいことになるかわかんないでしょうが!」
血相を変えた我が嫁に止められたので、この話はここまで。
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